弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2025年1月22日

新型コロナ最前線-自治体職員の証言


(霧山昴)
著者 自治労連編 、 出版 大月書店

 コロナ禍がなくなったわけではありませんが、今ではそれほど騒がれなくなりました。しかし、コロナ禍「騒動」はきちんと振り返り、総括しておく必要があると思います。コロナと同じような感染病はこれからも起こりうると思うからです。
 それにしても、自治体職員は本当に大変だったと思います。自治体職員は多過ぎる、減らせ減らせの大合唱がありました。今でも決してなくなったわけではありません。トランプ政権下でイーロン・マスクが公務員減らしを高言し、どんどん民営化させようとしています。要するに「税金削減」を口実として、自分の商売(利権)を有利にしようというのです。
ところが、日本の郵政民営化と同じで、公務員を削減したら税金が少なくなって自分の生活が少しでも楽になるかのような幻想、錯覚に陥って、人々が拍手するといおう構図です。でも、結局、公務員を削減して苦しむのは私たち庶民なのです。超大金持ちは何ひとつ困りません。
2020年4月から会計年度任用職員制度なるものがスタートしている。非正規公務員のこと。任期は1年で、再任用は原則2回で、最長3年。要するに使い捨て公務員を増やすということです。これでは、職場に必要なベテラン職員が十分に確保できない心配があります。
 この会計年度任用職員はボーナスはもらえるけれど、月額報酬が減らされるので、ボーナスもらっても同額だという仕掛け。ひどい話です。
 地方公務員でも長時間・過密労働の職場が多く、精神疾患による公務災害申請が増えている。20~40歳代が8割近くを占めている。そして、精神疾患による自死が増えている。過労死ラインといわれる月80時間をこえて働かされている職場が依然として少なくない。
 それは、職員数が削減された結果のこと。正規職員は328万2千人(1994年)だったのが、今や273万7千人(2018年)となっている。そして、5人に1人が臨時・非常勤職員だ。
 コロナ禍で、真っ先に過酷な労働を余儀なくされたのが保健所。終電後の帰宅は当たり前。午前3時か4時に帰宅し、シャワーをあび、1~2時間仮眠をとったら出勤。なかには始発電車で帰宅し、仮眠を取る間もなく出勤する保健師もいた。帰ることができず事務所で寝た保健師もいた。終電がなくなったあと、保健所の前にはタクシーが列をつくっていた。保健師は「死ぬか辞めるか」という究極の選択を迫られ、命を守ることを選び、職場を去っていく人がいた。
 陽性者の入院搬送に付き添った保健師は防護服を着るため、トイレにも行けず、朝から水分を制限。暑さのため熱中症や脱水症状にならないかという不安。夜、電話相談の内容が耳元でリフレインして寝つけない...。
 京都市消防局の救急車の出動は例年1日200件台なのが、コロナ禍のときは倍の400件にもなり、大変な状況になった。ところが、京都市は財政危機のため市長が一方的に職員を150人削減し、三交代制を二交代制に切り替えた。職員は過重労働のため、身体がもつか心配せざるをえなくなった。  
保育園では、「保育士1人に子ども30人」という配置基準が戦後70年間そのまま変わっていない。保育所はあっても保育士は足りない。しかも、「特別な配慮を必要とする児童」の割合が増えている。コミュニケーションがうまくとれない子どもには個別に対応するしかないのに、対応しきれない。
 維新の会が府・市政を牛耳っている大阪市では保健所が次々に廃止・統合されてしまった結果、1保健所で、271万5千人を担当することになってしまった。そのため、最悪の結果が出ている。これが、例の「身を切る改革」の実際。しかし、中間層以上の市民は、今なおそのことを自覚することなく、維新の会に拍手している。本当に残念でならない。
自治体職員の悲鳴がほとばしってくる本でした。
(2023年8月刊。1650円)

2025年1月15日

「原爆裁判」を現代に活かす


(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 日本評論社

 「原爆裁判」というものを、今の若い人がどれほど知っているのか、いささか不安があります。若い人が新聞を読まないばかりかテレビも見ないからです。
 これは、NHKの朝ドラ「虎に翼」(昨年4月から9月まで放映されていました)の主人公寅子のモデルとなった三淵嘉子が裁判官として関わった裁判です。
1955年、原爆の被害にあった市民5人が、アメリカの広島・長崎への原爆投下は国際法に違反するので、その受けた損害の賠償を日本政府に対して請求した裁判。
 1963年、東京地裁は原告の請求を棄却した。判決理由のなかで、アメリカの原爆投下をはっきり違法と認定し、同時に被爆者に対して支援しようとしない「政治の貧困」も指摘した。それによって、この判決は日本国内外に大きな影響を与えた。
 著者は、ドラマ化されるときに、手持ちの資料を提供したそうです。
 裁判を起こした原告5人の代理人は岡本尚一弁護士ですが、提訴して3年後に亡くなり、弁護士3年目の松井康浩弁護士が受け継ぎました。
 原爆を投下したのはアメリカなのに、なぜ被告をアメリカ政府ではなく、日本政府にしたのか...。アメリカの原爆投下は違法だ。その違法行為によって損害を受けたのだから、被爆者はアメリカに対する損害賠償請求権がある。日本政府は、その請求権を対日講和(平和)条約によって放棄してしまった。国民の財産権を放棄したのであれば、憲法29条3項によって、政府はそれを補償しなければならない。その補償をしないのは違法だから日本政府に対する国家賠償請求権がある、このような堂々たる論法です。
 日本の裁判所でアメリカ政府は裁けません。日本政府は、1945年8月10日の時点では原爆投下を「国際法違反」としていたのに、裁判になると「国際法違反ではない」と主張しました。国民に向かっては手の平を返したのです。
 アメリカは原爆投下は「戦争終結を早め、多くの人命が失われるのを防いだ」という原爆投下正当化論に立っていますが、日本政府も裁判で同じことを主張したのでした。まったくもって許せません。このような日本政府の姿勢は今も続いています。アメリカの「核の傘」にいたら安全であるかの幻想に浸り、また「核抑止力論」を振りかざすばかりです。
 判決は、広島と長崎への原爆投下を国際法違反と判断した。そのうえで、日本政府の責任について次のように述べた。
 「国家は自らの権限と責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、傷害を負わせ、不安な生活に追い込んだ。しかも、その災害の甚大なことは、一般の災害の比ではない。被告が十分な救済策をとるべきことは多言を要しない。しかしながら、それは裁判所の職責ではなく国会や内閣の職責である。戦後十数年を経て、高度成長をとげたわが国においてこれが不可能であるとは考えられない。われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられない」
 この裁判に終始関わった三淵嘉子は、弁護士になったあと、日本婦人法律家協会の会長だったとき、池袋駅前に立って反核署名を集める活動もしていたとのことです。行動する人でもあったのですね。すばらしいことです。
 日本被団協(被爆者団体協議会)が長年にわたる反核・平和の取り組みに対してノーベル平和賞が授与されました。そのときの田中代表委員のスピーチは胸を打つものでしたが、そのなかで日本政府が被爆者に対して冷たい仕打をしてきた(している)ことを重ねて批判したことも忘れられません。
 この本には、1999年6月、イギリスの3人の女性がトライデント搭載潜水艦の関連施設に無断侵入し、家庭用ハンマーで機器類を壊して湖に投棄したという事件が紹介されています。私は知りませんでした。
 核兵器の使用等は大量殺人あるいはその準備であり、国際法違反。その違反行為のために存在するトライデント関連施設の破壊は、大きな犯罪行為を阻止する行為であり、こんな行為を処罰するのは、法のあるべき姿ではない。したがって私たちを無罪にすべきだと彼女らは主張しました。
 この裁判で、陪審員は女性3人の主張を真正面から受けとめ無罪評決を出し、裁判所も無罪としたのです。大きな違法行為を止める行為は処罰されるべきではない。犯罪的意図をもって行動していないから、無罪。いやあ、すっきり明快な無罪判決ですね。勇気ある3人のイギリス人女性に心から敬意を表したいと思います。
 本文150頁(別に資料が50頁)という、ほどよい厚さの本です。とても読みやすい解説文となっていますので、相談の合い間に読了しました。みなさんに一読をおすすめします。
 なお私は、原発(原子力発電所)がミサイル攻撃の対象にならないとも限らない現下の状況(ウクライナでは現実に起きました。日本海側に原発が何十基も立地しています)を大変心配していますが、著者がそのことについて一言も触れないのが不思議でなりません。
いつものように著者から贈呈を受けました。ありがとうございます。
(2024年12月刊。1870円)

2025年1月12日

あの日の風を描く


(霧山昴)
著者 愛野 史香 、 出版 角川春樹事務所

 芸術大学(美術大学)は、異能をもつ学生集団から成りますよね。
 東京芸大について、「最後の秘境」として紹介した本を読みましたが、まさしく秘境というか異郷です。とても凡人の行くところではありません。
そのなかに文化財保有修復専攻がある。日本絵画の模写や修復、表具の仕立てをするところ。
 江戸時代が終わるまでの絵画が「日本絵画」で、日本の伝統的な画材と技法を用いて描かれた明治時代以降の近代絵画が「日本画」。
 日本絵画を日本絵画たらしめる、古の画家がもつ底知れぬ描写力。円山応挙の絵には余分な線が一切なく、対象の本質を見抜いて充実している。
 中国では、バブル期に日本に留学した中国人によって「岩彩画」という新しい絵画ジャンルが確立している。日本画の自由な気風と岩絵具を使った表現方法は、水彩画が席巻していた中国画壇に新風を吹き込んだ。
日本において「模写」には、古くからいろいろな定義がある。教義を伝えるための仏画の模写。様式や技法を継承するための模写。修業のための模写。保存するための模写。日本の仏画や水墨画、障壁画といった絵画様式は、それぞれ図様や技法が、模写によって時代を超えて継承されている。保存のための模写は、どの状態を模写するかによって三つに区分される。現状模写、古色復元模写そして復元模写。
 卓越した腕をもつ画家の行いをなぞることで、冷静になり、自分を客観的にとらえることができる。未熟さや傲慢さ、どこに神経を研ぎ澄まさねばならないのか、いろいろと気づかされ、視界が晴れる。
新岩絵具は、化学反応で人工的に発色させた硝子(ガラス)質の塊を粉砕してつくられた天然岩絵具に比べて、色数が多い。
 絵具のにじみを防ぐ、にじみ止めを「どう砂」という。水ににわかと「明ばん」を溶かした液体。描く前に和紙に塗っておかないと、絵具がにじんで描きたい細さで線が引けない。
AI絵画が出てきたけれど、本来、絵は時間がかかって面倒臭いもの。作るにしろ、鑑賞するにしろ、芸術はタイパ良く楽しめるようには出来ていない。
 修復では、作品に影響を及ぼすような描き起こしや塗りはしない。これが原則。穴や破れを埋めた箇所に絵を足すことを補彩というけれど、周囲の色調とのバランスをとるため、作品本来の地色と合わせる程度にとどめる。
 いやあ、すごく専門的な解説があって、日本画の復元作業の奥深さをしっかり堪能できました。なので、著者はもちろん芸大が美大の卒業生だと思って巻末の著者紹介を読むと、なんと、福大の薬学部を卒業して、今は薬剤師だというのです。のけぞってしまいました。
この本は小説賞をとっただけのことはあります。ともかく最後まで読ませました。
(2024年10月刊。1650円)

2025年1月 4日

山田洋次が見てきた日本


(霧山昴)
著者 クロード・ルブラン 、 出版 大月書店

 寅さん映画(『男はつらいよ』)の第1作は私が大学3年生のとき上映されました。大学祭のとき、無料(タダ)でみることが出来ました。それ以来年に1回から2回、ずっとみてきました。盆と正月の恒例行事でした。子どもたちが少し大きくなってからは、正月に家族でみる映画でした。弁護団合宿で飯塚の安い旅館に泊まっていると、ちょうど寅さんが沖縄で同じような安宿に泊まっている光景が出てきて、みんなで大笑いしたこともなつかしい思い出です。
 この本は、フランス人のジャーナリストが書いたもので、日本語訳はなんと770頁もある超大作です。当然、値段も高く9900円もします。まあ、しかし、寅さん映画、そして山田洋次監督の映画のほとんどをみてきた身として、読まないわけにはいきません。
 この本によると、寅さん映画は、そのときどきの日本の社会状況を正確に反映している記録映画の面もあるとのこと。なるほど、たしかにそうですね。その典型例が汽車(列車)です。今では廃線になっているところがいくつもあります。映画のなかでも、駅舎で寅さんとポンシュウが待っていると、いつまでも列車が来ないという場面(シーン)があります。もう廃線になってレールも取り払われているのに二人は気が付かなかったというのです。
 山田洋次監督は満州育ちです(生まれは大阪)。小学2年生のころの新京(現・長春)での写真が紹介されています。金持ちの、いかにも賢そうなお坊ちゃんです。ちなみに、祖父は柳川藩の武士の息子でした。
 この祖父は満州に渡って旅館業を営み、その稼ぎのおかげで息子を九州帝大の工学部に進学させることができました。そして息子である父親は満鉄に勤め、鉄道技師として働くのです。
 日本敗戦のとき、山田洋次は中学生で、学校でロシア語が必修になったので、ロシア語を勉強させられた。ところが、まもなくソ連軍は撤退し、八路軍がやって来た。
 そして、日本に引き揚げてきて、山口に住むようになった。苦学生として働きながら、東大を受験し、一浪して東大に入学します。法学部を卒業するのですが、学生のときには自由映画研究会に入っていて、松竹に入社するのでした。初任給は6000円。
 山田洋次は最下位の助監督として働くうちに、監督として大切なのは、その場のバランスを保つために十分な力を示すことができるかどうかだと理解した。
 野村芳太郎監督は、「映画なんてスタッフに任せておけば出来ちゃうんだよ。キミがつくるわけじゃない」と言った。周囲の人々の個性を尊重すると同時に、コンセンサスをつくりあげるように尽力すべきだ。そうしなければ、満足のいく作品はほぼ期待できない、ということ。山田組と呼ばれる親密なチームがあることで有名ですよね。スタッフの全員を山田洋次監督は知っていて、あだ名で呼んでいるそうです。
 山田洋次は30歳近くになって、ようやく監督に昇進した。ハナ肇を主役とする『馬鹿まるだし』を上映したところ、客が大笑いしているという知らせがあり、山田洋次も映画館に足を運んだ。すると、客がたしかに、予想もしなかったところで、わいわい笑っていた。これによって、山田洋次は松竹のなかで認められた。
観客を惹きつけるには、ユーモアとヒューマニズムが決め手になる。
 「現実が砂漠ならば、おれはオアシスを作るのだ」
 葛飾柴又は2018年に東京で最初の重要文化的景観に指定された。
 私は柴又には少なくとも3回は行っています。帝釈寺にも行きましたし、矢切りの渡しも見ています。
 近くに江戸川があり、寅さんはダンゴ屋に帰る途中、江戸川の土手を歩くのですが、実際には、これはありえないコースです。まあ、映画の見所(みどころ)をつくる場所として必要だったんでしょうね。
 柴又は狭い参道の両側に店が並んでいて、本当に草だんごを売っている店もあります。私も入って食べました。少し離れたところに寅さん映画の資料館があり、なつかしい情景が再現されています。
寅さんの叔父は、森川信、松村達雄そして下條正巳がつとめました。いずれも適役でした。叔母を演じた三崎千恵子は、私もNHKテレビで一緒に出演したことがあります。
 商品先物取引に騙されないようにという啓蒙番組です。九州・福岡で若い弁護士(私のことです)が取り組んでいるというので、東京から声がかかったのでした。1回目は全国生(ナマ)放送で、2回目は、ミニ・コントつきで録画でした。このミニ・コントに三崎千恵子が出ていて、私が弁護士としてコメントしたのです。いい思い出です。
 『男はつらいよ』は、第5作が最終作になる予定でした。ところが、1970年の「望郷扁」が70万人の観客動員だったので、松竹がもうけられると思って続扁がつくられることになったのです。
 渥美清の父親は小さな新聞社の政治記者、母親は代用教員で、裁縫の内職もしていた。
 チャップリンとチャーリーという有名な例を除いて、渥美清と寅さんという、役と俳優がこれほど一体化したことはない。
 『男はつらいよ』は、幾度となく200万人以上の観客動員を達成しました。信じられませんが本当です。映画館は満員、そして爆笑に次ぐ爆笑なんですが、ついしんみり、ホロリともさせられて...。
 『男はつらいよ』には、まさに日本の庶民が描かれている。人を愛し、自由を愛する寅さんの信条が、日本人の心をわしづかみにした。
 『男はつらいよ』は日本人にしか分からない。ガイジンになんか、その良さが分かるはずはない。そんな思い込みを完全にノックアウトしてしまう大作でした。
 毎週日曜日の午後、行きつけの静かな喫茶店で読みふけりました。楽しく充実した、濃密な、至福の時間を与えてもらったことを著者に感謝するばかりです。
(2024年9月刊。9900円)

2024年12月31日

ことばの番人


(霧山昴)
著者 髙橋 秀実 、 出版 集英社

 いま、ちょうど私の最新刊(昭和のはじめ東京にいた父の話です)の最終校正をしている最中に届いた本です。何度見直しても校正洩れを発見しています。まさしく、「校正、恐るべし」です。目が慣れてしまうと、誤字を見逃しがちになります。なので、2日間ほど空けて、まっさらな目で一行一行、目を皿のようにして眺めていきます。それでも見落としがあるので、油断なりません。
 古事記を撰録した太安万呂は校正者だった。日本では、「はじめに校正があった」。
 ところが、今はネットの普及により、書いた人が読み返さないので、目を覆うばかりの誤字脱字の氾濫だ。
 たとえば、「にも関わらず」と書いている人が、有名な大学者にまでいます。正しくは「不拘」、「関」ではなく「拘」なのです。
法律まで誤字だらけだというのには驚かされました。いったい、どうして、そうなった(ている)のでしょうか...。
 校正する人は、心の中に音声を残し、それと照合する。
面白い原稿は内容を読んでしまうので、要注意。誤りを拾い損ねてしまう。校正者は読むのを楽しんではいけない。
文章を読みやすくするには3つの改善策がある。句読点をひとつ入れる。言葉の順番を変える。修飾語と修飾される語を近くにする。
 今は。ジャパンナレッジという便利な有料サイトがある。これは70以上の辞書・辞典などが入っていて、横断検索できる。
校正者は根拠がないと指摘できない。
 校正者が内容を理解しようとすると、かえって誤植を見落としてしまう。
 心を空っぽにしないと、必ず見誤る。
 読者は内容を読むが、校正者は活字を見る。
校正者は、すべてを疑うべし。相手を疑う前に、自分を疑う。疑いを晴らすために辞書を引く。
日本語は正書法のない、極めて珍しい言葉。なので、英語やフランス語そして中国語であるディクテーション(ディクテ)がない。日本語だと正解はひとつではないから。なーるほど、そう言えば、そうですね...。
 私たちは生きているから間違える。間違えることは生きている証拠。だから、校正するとキリがない。うむむ、なんだか校正者の開き直りのような...。
 AIに校正を全部まかせるわけにはいかない。本当にそうなんですよね。AIは適当な嘘を平気でつくのです。面白い本でした。
(2024年11月刊。1980円)

2024年12月15日

ウォークマン、かく戦えり


(霧山昴)
著者 黒木 靖夫 、 出版 ちくま文庫

 今ではソニーって、あまりパッとしない会社になってしまいました(今もありますかね...)が、かつてのソニーは、それこそ飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがありました。そんなソニーの商品の一つが世界の話題を集めたウォークマンです。それまでのカセット・レコーダーと違い、録音できず、再生するだけの小型・ポケットタイプのものです。爆発的な人気を集めました。
 ウォークマンの原型ができたのは1978(昭和53)年11月のこと。売り出すとき、事業部は5万円にするというのを盛田昭夫会長は3万3千円にしろと注文した。ところが、今度は販売部門から反対の声が上がった。「録音もできない機械が売れるはずはない」という。
 そこで、売れるかどうか、中学・高校そして大学生を100人集めて視聴させた。すると、いける反応が出た。それで、2万台を売り出して市場の様子をみてみようということになった。
 さて、名前をどうするか...。はじめウォーキィ・ウォッチという案があったけれど、すでに登録されていてダメ。そこで、ウォークマンになった。しかし、これは英語ではない。ウォーキングマンにしたらどうか。いや、それは名前として長すぎる。
 そして、ついに1979年6月、ウォークマンが発売された。すると、人々は争って買い求めた。全国一斉といっても、実は、東京、大阪、名古屋だけで、7月1日から売りに出したが、反応が鈍い。ところが、8月に入ると急に売れだした。口コミと雑誌が紹介記事を書いたことによる。
小柳ルミ子そして西城秀樹が「明星」などでウォークマンとともにグラビアで紹介されると、品切れ店が続出した。そうすると、品切れ店続出が話題になって、みんなが買いたいという気になる。
ソニーは増産に次ぐ増産。そして、二代目のウォークマンが売り出されたのは1981(昭和56)年2月。ヘッドフォンが28グラムという驚異的軽さのものになった。
 1986年9月、ソニー・アメリカはアメリカで1000万台のウォークマンが売れたと発表した。1986年11月、ソニー本社は、2500万台のウォークマンが売れたと発表。1日1万台も売れたという、とんでもないヒット商品になった。
 1987年の1年間で、ソニーは850万台のウォークマンを生産、月産70万台になる。
 私ももちろんウォークマンを購入し、聴いていました。といっても、あまり音楽を聴く習慣はありませんので、フランス語の勉強を兼ねてシャンソンを聴いていました。私のお気に入りはパトリシア・カースです。フランス語の先生にそう言ったら、おっ、渋い趣味だなと驚かれてしまいました。今は、もちろんスマホ全盛時代です。スマホでは日本は遅れをとっているようですね、残念です。日本の技術力は、今のように大企業のなかも非正規社員ばかりだと伸びないということでもあるのでしょうね。同じ課で懇親会をしようとしても、非正規(パート、派遣など)がいろいろいて、出来ずに、結局、意思疎通が難しくなっていると聞きます。大企業の経営者が近視眼症状になっているようです。もっと若者を大切にしないと、日本の明日はありません。
(1990年2月刊。500円)

2024年12月11日

日本のデジタル社会と法規制


(霧山昴)
著者 日本弁護士連合会 、 出版 花伝社

 2022年9月、旭川市で開かれた人権擁護大会のシンポジウムの内容が本になりました。私もシンポジウムに参加していましたが、今や日本のデジタル化はすさまじいものがあります。SNSの活用(乱用)によって選挙のやり方まで大きく変わってしまいました。活字人間の私にはなかなかついていけませんが、黙って指をくわえて見守るだけではいけないと考えています。
大手IT企業が収集するスマートフォン(スマホ)の履歴から、個人情報が収集され、私たちは丸裸にされてしまっている。たとえば、グーグルテイクアウトの利用履歴から、自宅マンションの居住フロア、家族構成、年収、職歴、性別、年齢まで判断し、さらには仕事を転職し、体調を悪化させるという近い将来まで予測する。
 いやあ、これは恐ろしいことです。私は自分を誰かが管理するというのが本能的に嫌いですので、スマホは持たず、ポイントカードも使いません。どこで、いつ、何を買ったなんて知られたくないし、私の趣味・性向なども第三者に教えたくなんかありません。
 フェイスブック(FB)には、月間20億人のユーザーが1日あたり3億5000万枚の写真をアップロードした。これも実は2017年のデータですので、今はもっとすごい数字になっていることでしょう。
 同じことは電子マネーについても言えます。キャッシュレスは、個人情報の集積を促進するものでもあります。
 今では、外部から自動車のエンジンを切ったり、ワイパーを動かすことも出来る。
 そして、データを活用したら、選挙での投票行動に影響を与えることが出来る。この本でも、SNSによるフェイクニュースの拡散の恐ろしさが指摘されていますが、東京都知事選の石丸、衆院選の玉木、そして兵庫県知事選の立花と斉藤。恐るべきペテン師の横行に、身が震える思いです。
 中国ではAIによる信用スコアリングが普及している。中国ではキャッシュレス決済比率は8割近い(2018年)。そのほとんどがアリババグループのアリペイとテンセントのウィーチャットペイ。この2つでモバイル決済の9割を占める。社会信用システムは、顔認証技術と信用スコアから成っている。信用スコアによる評価を回避するのは、きわめて困難。この信用スコアは、第二の身分証のようなものになっている。信用スコアが低い人は、社会の下層で固定されてしまう。
世界には7億7000万台(2019年)の監視カメラがあり、うち54%が中国にある。2021年末には10億台をこえた。
顔認証システム搭載の監視カメラは、旧来型の監視カメラと情報の精度やボリュームの次元がまったく異なる。顔認証システムは、顔に着目した外形による生体認証の一種である。
 ジュンク堂書店は、万引き防止のため、顔認証システムで入店を検知している。顔認証システムも人がつくるシステムである以上、完全ではなく誤りを含む。
台湾では、故意・危害・虚偽の3要素がそろったときは、各省庁に設置された即応対策チームが60分以内に対策として正しい情報を発信することになっている。
 デジタル庁に対する国家予算は4720億円(2022年度)です。これは司法予算3222億円よりはるかに大きいのです。そして、いずれ8000億円の予算になるとのこと。うひゃあ...、です。
 マイナンバーカードの普及・宣伝のため国は1兆8000億円も使いましたが、笛吹けど、踊らず、でした。いつものように、一部の広告会社などに巨額の税金が流れこんだことでしょう。そんなお金があるのなら、大学の学費の無料化が実現できたはずです。
 SNSを規制することが簡単にできるはずもありませんが、現状のような野放しは、さすがにまずいと思います。それと同時に、選挙を金もうけビジネスにしている立花某については、やはりきちんと取締の対象とすべきと私は考えます。だって、「他人を当選させるために立候補しました。私には投票しないで下さい」と候補者が呼びかけるなんて、どうしてもおかしいでしょう。明らかに公選法の趣旨に反しています。
 このシンポジウムの実行委員長をつとめた武藤紗明弁護士(大牟田市出身)から贈呈していただきました。ありがとうございます。大変勉強になりました。
(2023年10月刊。2500円+税)

2024年12月10日

半導体有事


(霧山昴)
著者 湯之上 隆 、 出版 文春新書

 熊本にTSMCが進出して、巨大な工場をつくりあげました。日本政府は1兆円でしたか、莫大な税金を投入しました。外国の営利企業にそんなに巨額の税金を投入していいものなんでしょうか...。著者は、それに批判的です。
 営利企業であるTSMCのために、日本の税金を使うのは、はっきり言って間違っている。TSMCの工場を熊本に誘致しても、日本の経済安保はまったく担保されないし、サプライチェーンも強靭(きょうじん)化されない。このように、土地、インフラ、助成金など、日本の税金を使うことは許されないと断言しています。
TSMCの熊本の工場でロジック半導体を生産する前工程は日本国内で行うとしても、マスク設計、製造と後工程は今までと同じく台湾で行われ、中国本土で最終製品に組み込まれることに変わりはない。中国の工場というのは、ホンハイという本社は台湾の会社がもっている工場のことで、そこでアイフォンなどのスマートフォンに組み込まれる。
 そもそも、半導体とは、演算するロジック半導体、データを保存するメモリ半導体、電気、音、光、温度、圧力などを処理するアナログ半導体に分かれる。このなかで、とくにロジック半導体の不足が深刻となり、今やTSMCが9割を占めている。
半導体は一国や一地域で閉じて生産できるものではない。TSMCの最先端技術なくして、最新のアイフォンも、高性能コンピューターも、AI半導体も、製造することはできない。
人類の文明の進歩は、TSMCの微細加工技術に大きく依存している。
 TSMCは、世界中のファブレスが設計しやすい世界標準の仕組みを構築した。つまり、TSMCは、受託生産専門だが、設計を制しているのだ。
TSMCの売上高の成長はすさまじいし、その営業利益率は50%に近い。売上高の半分が利益だ。
 EUVは、オランダの露光装置メーカーASMLLしか製造できない。
中国の半導体産業は、市場規模で世界最大だが、自給率が低い。
 日本は、この分野で、韓国に、技術でもビジネスでも負けている。日本は、過剰技術で、過剰品質をつくってしまう。
 昨年(2023年)4月に刊行された新書なので、事態はさらに変化しているとは思いますが、半導体をめぐる動向を少しばかり理解することができました。
(2023年12月刊。950円+税)

2024年12月 5日

大阪・関西万博「失敗」の本質


(霧山昴)
著者 松本 創 、 出版 ちくま新書

 維新の会の「目玉商品」だった関西万博の「失敗」は今から目に見えていますよね。多くのマスコミが万博盛り上げに必死になっていますが、国民のほとんどは冷ややかです。
 この本は、どうして万博が「失敗」必至なのかを具体的な事実をあげて論証しています。
この「失敗」で泥をかぶるのは維新の会ではありません。私たちの納めた税金がその穴埋めに使われるのです。維新の会が国からもらっている巨額の政党交付金をそっくり充ててもらいものです。
 イメージ・キャラクター「ミャクミャク」って、本当に奇怪な姿と形をしています。万博自体がつかみどころがないのを体現しています。
維新の会の新しい代表になった吉村知事は、万博とIRによって大阪成長の起爆剤とすると豪語してきました。でも、このIRって、要はカジノを主体とする大型の公営ギャンブル場です。そんなのでもうけようなんていうのは愚策の最たるものです。そして、たくさんのギャンブル依存症の人々を生み出し、社会不安を増大させることになります。ひどい話です。
 万博がはじまったら、ピーク時には夢洲には1日22万人もの来場者が見込まれている。ところが、夢洲へのルートは2つだけしかない。夢舞大橋と、夢咲トンネル。大地震が起きたら、夢洲に取り残された15万人もの人をこの2本(橋と海中トンネル)だけで避難・脱出させることになっている。本当に、そんなことが出来るのだろうか。
 夢洲の地盤は、粘土層と呼ばれる弱い地層が20数メートル堆積しているので、40~50メートルという長い杭を打つ必要がある。杭の長さだけで、15階建てのビルの高さぐらいある。その上、地上部分には3階程度の建物しか建てられないので、非常にバランスが悪い。掘削制限があるので、地下室はつくれない。
 夢洲には埋立にヘドロが使われているので、そこからメタンガスが発生してくる。それが爆発してしまう危険がある。
 関西万博には電通が関わっていない。というのは、オリンピック汚職に電通OBが関わり、逮捕・起訴されたから。同じく吉本興業も関西万博にそれほど深く肩入れはしていない。
 関西万博には「哲学」がなく、素人集団が動かしている。これでは失敗しないほうが不思議です。
関西万博の会場設計予算は1250億円だったのが、今や2倍の2350億円にふくれ上がっている。そして、来場者を「2800万人から3000万人」と見込んでいた。
 しかし、現実には、これまでの世界の万博の入場者は2000万人ほど。3000万人近くになることには無理がある。
今どき、高いお金を払ってまで万博を見覚してこようという奇特な人や家族がどれだけいるものでしょうか...。
 メタンガスがぶくぶく吹き出し、爆発するかもしれないという旧埋め立て地の会場。大地震が発生したら、2本のルートでしか逃げることが出来ず、大勢の取り残される人々が出てきてしまう夢洲...。本当に怖い話ばかりです。
 身を削る改革と言いながら、税金からなる巨額の政党交付金を削減しようともせず、今なお「都構想」にしがみついて、自分たちの野望の実現に狂奔する維新の会...。もういいかげん万博なんてムダづかいは止めてください。そんな叫び声を上げたい気分です。またまた維新の会の正体を見てしまった思いのする本です。
(2024年8月刊。990円)

2024年12月 1日

筆の音


(霧山昴)
著者 中山 伸 、 出版 大田文化の会

 東京都大田区で活動している民主的な人々が創立46周年を記念して発行した本です。私が大学生のころ川崎セツルメントに所属して活動していたときの先輩(太田政男さん)から贈呈されました。
 今は亡くなられた人を含め、有名人がずらり並んでいて壮観です。
 まずは、マルセ太郎(2001年1月22日没、67歳)。私は直接、その劇を見聞きしたことはありませんが、映画「泥の河」をひとり舞台で演じたのは圧巻でした(と聞いています)。50歳すぎまで売れなかったそうです。でも、最後は華々しい活躍でした。
 そして、井上ひさし(2010年4月9日没、75歳)。私のもっとも敬愛する作家です。「知の巨人」、「稀有(けう)の文豪」という評価に、まったく偽(いつわ)りはありません。
 井上ひさしの人生は、「言葉」で時代や世の中と真剣勝負をしつづけた生涯だった。日本語の素晴らしさを身をもって示した人間だった。何事も笑いに変える能力にたけた人間だった。これは畑田重夫の井上ひさしの評言ですが、ずばりそのとおりです。
 そして永井智雄(1991年6月17日没、77歳)の名前に久しぶりに接しました。NHKテレビ「事件記者」の相沢キャップ役が大当たりでした。私が小学生のころに観ていた、なつかしい番組です。いかにも知的で、いつだって物事を深く考えようとする表情・姿勢がとても印象深く残っています。この本を読んで、戦前から劇団員として活躍していて、召集されて兵隊にもとられていたことを知りました。戦後は、劇団員、俳優として活動しながら、革新懇話会などでも活躍していたのですね...。
 そして、映画「ドレイ工場」です。大学生のころに観た映画です。「男はつらいよ」では倍賞千恵子の夫役の前田吟が主役を演じました。志村喬が社長を演じています。
 この映画の苦労話として、ギャラが日給制だったということが紹介されています。すべてのスタッフ・キャストが1日3500円から2000円までの日給制だったなんて、信じられません。
 そして、撮影はすべてオールロケ。12ヶ所でロケした。エキストラも、のべ2700人。1968年に始まった上映運動は150万人の観客動員を成功させた。いやあ、すごい映画でしたし、迫力がありました。いまの日本でも、労働組合は労働者の生活を守り、権利を伸ばすために不可欠なものだということを広めるため、ぜひ見てほしい映画です。
 いま、アメリカでもヨーロッパでも、労働組合運動が盛り上がっていて、どんどんストライキをやっていて、成果を勝ちとっています。今どきストライキをやっていないのは日本くらいです。委員長に人を得て(連合の芳野女史のような自民党べったりのダラ幹部ではなく、資本家と対等にわたりあえる人)、若者を広く結集して活動しているのです。
日本だって、出来ないわけがありません。投票率53%という低すぎる壁を打ち破る力が労働組合にはあると確信しています。
(2024年9月刊。2000円)

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