弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

生物

2012年7月30日

愛犬が教えてくれること

著者   ケヴィン・ビーアン、 出版   早川書房

 犬について、改めてよくよく考えさせてくれる本でした。
 犬の行動は、たとえどんなものであろうとも、常に飼い主の心に訴えかけているのだ。なぜなら、人は、自分では気づいていなくても、潜在的に犬と同じ動物的な意識を心のなかにもっているから。犬と飼い主の心を結びつけるのにもっとも重要なのは、人が動物の中に人間性を読みとることではなく、動物が人間の中にある動物性を読みとることである。
 犬は人の感じることを感じる。これによって犬は自分の立場やこの世界に適応していくためにしなければならないことを「知る」。
犬は、あるもの、あるいはある瞬間をほかと比較してみるという世界観をもっていない。犬の心はエネルギーの回路である。
 犬と人間は、基本的に同じ環状構造をもっている。犬は、人から発散された潜在的エネルギーに非常な興奮を示す。
犬は人が注目しているものに心を奪われる。飼い主が棒を指差し、「取ってこい」と命じると、犬にとって棒は手や足と同様、飼い主の体の一部となる。犬は飼い主が棒に対して発した感情のエネルギーを感じとる。犬からみると、棒は生き物であり、飼い主の体そのものなのだ。
 犬と人の意識は、犬のいる場所で交わる。犬は「心のエネルギー」である。心のエネルギーとは、肉体と神経のエネルギーが交わり、頭と体が結合し、人間が自然とつながる場所である。こうして、犬は人間の内面を映す鏡となる。犬は自分が欲しいと思ったものは、人間も欲しがっていると「感じる」。
 わがままな犬を飼っている家庭では、しばしば子どももわがままである。
犬は、きわめて社会的で協調性に富んだ動物である。だが、狩りの最中は、リーダーを識別するのは容易ではない。
 きちんと育てられ、訓練された犬は飼い主のライフスタイルに適応する術を身につけている。
去勢された雄犬は、されていない雄犬より問題が多い。犬に不妊治療は必要ない。
犬には思い出すことがなく、それでいて、忘れることがない。犬に時間の感覚がないのは、犬が感情に動かされる生き物であり、完全に感情によってのみ動くから。
犬がなにをするにしても、そこに意図はない。犬は、まさに今の瞬間のみを生きており、犬の行動と学び方は、感情が犬の体の中でどう動き、そしてどう発展して特定の感覚を引き起こすのかによって決まる。犬には時間という概念が全くなく、他者がどんなものの見方をするかを想像することもできない。
 感情こそが犬の全意識であり、認識するすべてだ。感情の流れが犬の意識の流れだ。犬は感覚そのものだ。
 犬にとって、一瞬は永遠と同じであり、物事がどうやって、なぜ起こるのかを犬が「考える」ことはない。
犬が生まれつき社会的なのは、個々にもつはずの感情の回路が半分は相手の中にあるからだ。犬はみな、持ちつ持たれつの関係を築いている。
犬とは、どういう生き物なのか?
 犬とは自然界で最も共感力の強い生き物である。犬は心で理解する。犬は感情そのものなのだ。犬は飼い主の姿を映し出している。
 犬は飼い主を心で理解する。犬の行動は、飼い主いや自分のグループの心を写し出す感情の超音波映像のようなものだ。
犬は感情を理解する達人として高度に進化した生き物だ。
犬と飼い主との関係について、これほど深い関係があることを指摘した本を読んだことがありませんでした。犬好きの人には犬という生き物を深く理解するため一読をおすすめします。
(2012年3月刊。1800円+税)

2012年7月 9日

ウイルスと地球生命

著者   山内 一也 、 出版   岩波新書

 2000年、ウイルスが人間の胎児を守っていることが明らかにされた。それまで、病気の原因とだけ見られていたウイルスが、実は、人間の存続に重要な役割を果たしていることが示された。ええっ、ウイルスって役に立つものだったんですか・・・。
 ヒトゲノムの9%は人内在性レトロウイルス、34%がレトロトランスポゾン、3%がVNAトランスポゾンだということが判明した(2003年)。
トランスポゾンとは、生物の間を自由に移動できる、いわば「動く遺伝子」であり、その大部分を占めるレトロトランスポゾンは数千万年前に感染したレトロウイルスの祖先の断片とみなされている。われわれ人類のもっている遺伝子情報の半分はウイルスに関連したものになる。ということは、ウイルスは、単に病気に原因というだけの存在ではありえないということを示している。
 ウイルスは30億年前には存在している。これに対して最古の猿人は700万年前、ホモ・サピエンスが出現したのは20万年前にすぎない。
人類(女性)は、妊娠すると、それまで眠っていた人内在性レトロウイルスが活性化されて大量に増えてくる。そして、この内在性レトロウイルスのエンベロープ・たんぱく質が胎盤を形成するのに重要な役割を果たしていることが実証された。
ウイルスは、細胞外では単なる物質と言える。しかし、細胞の中では、自主性をもった生物として振る舞う存在である。そして、無生物との間には、常識的なはっきりした線を引くのは難しい。
生物とウイルスとの大きな違いは、細胞の有無と増殖様式。ウイルスには細胞は存在しない。生物は、二分裂で増殖する。しかし、ウイルスは部品組み立て方式である。
 エイズの原因であるウイルス(HIV)には、二つのタイプがある。そして、全世界に広がったのは1型のHIVであり、20世紀のはじめに西アフリカでチンパンジーのウイルスにひとりの人間が感染して、それが人間のあいだに広がった。2型のHIVは、アフリカ産サルであるスーティマンガベイのウイルスに人間が20世紀半ばに感染したもの。これは西アフリカの中だけで広がっている。
 子孫を残すために共生するウイルスが貢献している側面は、哺乳類よりはるか以前に地球上に出現した昆虫に既に見られる。
 海に存在するウイルスを推算すると、少なくとも海水1ミリリットル中に、深海で100万個、沿岸だと1億個のウイルスが存在する。海洋全体では、10の31乗個のウイルスが存在する。ウイルスは、海洋の至るところで、さまざまなプランクトンに感染することで、地球規模の炭素循環に多大な影響を与えている。
 深海底から採取した堆積物に、1平方メートルあたり28兆個のウイルスが存在していた。また、ウイルスの活動は、地表の温度上昇を防ぐ雲の性瀬にも影響を及ぼしている。ウイルスは、硫化物の循環を介して地球の気候変動にも関係している可能性がある。
 人間の腸内には100兆個もの最近がすみついているが、ウイルスはそれを上まわる数で共生している。それが腸内細菌とどのような相互作用をしているのか、まだ未知の領域である。
ウイルスって、人間にとって有害なだけの存在かと思っていました。実は違っているんですね。ほんとうに、世の中って、知らないことだらけですよね。
(2012年3月刊。2800円+税)
 土曜日に、先日うけたフランス語検定試験(1級)の結果通知のハガキが届きました。61点でした。初めて5割を超えることができました。信じられない成績です。もちろん合格基準点は82点ですから、あと20点以上も上回らなければいけません。それにしても、続けていると少しずつ良くなるのが、うれしいものです。
 フランス語の授業のとき、原発はすぐなくすべきだと言ったら、みんなが電力不足が心配だからと反論してきました。そんなのウソだ、政府と電力会社にだまされてはいけないと言い返せず、悔しい思いをしました。まだまだです。

2012年6月25日

テングザル

著者   松田 一希 、 出版   東海大学出版会

 ボルネオのジャングルに分け入ってテングザルをじっと観察した成果が本になっています。大変な苦労があったことが生々しく伝わってくる本でもあります。
熱帯のジャングルのなかには、蚊、ヒル、ダニといった人間にとって疎ましい虫が多い。耳元で四六時中とびまわる大量の蚊にいらいらさせられ、身体中をダニにかまれて一晩中かゆみに苦しんだりする。 うひゃあ、ご、ごめん蒙りたいです。
テングザルの個体を識別する必要がある。そのうち尻尾の形にはいろいろのパターンがあることがわかってきた。どこを見たら個体識別ができるが、初めはとても骨の折れる作業だ。
 テングザルの産まれたばかりのアカンボウは、顔の肌の色が真っ黒だ。産まれてから1年半から2年くらいで、顔から黒色が消えて、子どもと分類される。区別の難しいのは、コドモとワカモノである。
テングザルは水かきの発達した四肢をもっている。それで体重20キログラムもある巨大なオスが高い木の上から勢いよく川に飛び込む。そして、川では犬かきのフォームで静かにスイスイと泳いで対岸へ渡る。テングザルは、対岸までの距離が6メートルにも満たない場所を選んで、川渡りする。テングザルは、水中の捕食者である。ワニによる攻撃を受けにくい場所を選んで川渡りしている。テングザルが止まり場所として好む場所も、対岸までの距離が短い地点だ。
 テングザルは、森の中で過ごす時間の大半を「休息」に費やしている。このときは、木の枝の上でじっとしている。24時間のうち21時間もの時間を休息に費やしていた。
 その理由は、「特殊な胃の構造」にある。コロブス科であるテングザルは、胃のなかでの分解・消化に多大の時間を要するため、その間じっと動かずに休息しておかなければならない。
 テングザルは、日中のわずか0.5%しか毛づくろい行動に時間を費やさない。テングザルは、188の植物種を採食した。テングザルは若葉のほか、果実そして花を採食した。ところが、テングザルが好んで食べた果実は、売れていない未熟なものだった。なぜか?
 もし糖度の高い、熟れた果実をテングザルが食べると、胃のなかのバクテリアの活動が急激に高まり、多量のガスを発生させて胃を膨張させる。そして、ついには、他の内臓器官もこの膨張した胃が圧迫して、テングザルを死に至らしめる。つまり、テングザルにとっては、熟れた果実はあまりありがたい食べ物ではない。うむむ、そういうことってあるんですね。美味しさが命とりになるなんて・・・。
 テングザルは平日の移動距離は最大1.7キロ、最短は220メートル。これも、テングザルが夕方までには必ず川岸に戻って眠らなくてはいけないからという理由だ。
 テングザルの胃の構造は草食に特化しており、全体として葉を多く食べる傾向にある。
 テングザルの生態をわかりやすく紹介した本として推薦します。それにしても学者って大変ですよね。
(2012年2月刊。2000円+税)

2012年6月11日

魚は痛みを感じるか?

著者   ヴィクトリア・ブレイスウェイト 、 出版   紀伊國屋書店

 魚が痛みを感じているのか?
 この問いかけに対する答えは、イエス。ではなぜ、一度エサにかかって釣りあげられた同じ魚が、再びエサで釣れるのか?
それは、ひもじいのに、ほかにエサが見つからなかったから。うーん、魚も痛みを感じているのでしたか・・・。モノ言わない魚も、実は痛みを感じていたなんて。
 痛みとは、単一のプロセスではなく、一連のできごとが集まったもの。皮膚の特殊な受容体が刺激を受けると、それは何かが皮膚にダメージを与えているという情報を身体に伝える。たとえば、最初にやけどが検出され、その情報が伝達する信号が脊髄背角へと伝わり、そこで反射反応が引き起こされる。そして、ヒトはやかんのふたを落とす。ここまでは、すべて無意識のうちに生じる現象だ。信号は、脊髄に到達して反射反応を引き起こしたあと、脳に至る。そのときはじめて、ヒトは痛みを感じはじめる。
 やけどによって引き起こされた不快な情動的感覚に意識的に気づき、脳はたった今自分がとった行動が痛みをもたらしたのだと告げる。何らかの痛みが感じられるまでに2秒ほどかかることがあるが、ほとんど痛みはそれより早く感じられる。
 マスに深い痲酔をかけて活動を完全に停止させ、何が起きているかをまったく関知できない状態にする必要があった。しかし、神経系は依然として機能している。ヒトの場合には、痛みを経験すると、呼吸と心臓の鼓動が速くなる。魚の場合には心拍数が早くなることが、エラ蓋の開閉数を数えることで分かる。
 マスをハチの毒や酢で処置したとき、エラの開閉数は、休息していたことに比べて、ほぼ倍になっていた。したがって、マスは痛みを検知する。そして、それが刺激されると、その情報が三叉神経に伝達される。それによって魚の行動が変化する。
 では、魚は感情を経験しているのか、苦しむ能力をもっているのか?
 魚はエサを迷路のなかでも素早く見つけるようになる。つまり、魚は学習できるのである。エサを早く見つけるため迷路のなかで、どこで曲がったらよいのか、そのときの目印は何かを魚(キンギョ)は学習し、記憶することができる。
フィルフィンゴビーという小さな魚は、満潮時に周辺の地形を覚え込んでいて、干潮のときには海水のたまるくぼみを記憶している。そして、捕食者が来ると、水たまりから水たまりへと飛び移って逃げる。周辺の環境を学習するには、満潮をたった一度だけ経験すればよい。
魚にも「知能」があって、学習できること。そして、魚も痛みを感じていることを実証した面白い本です。
(2012年5月刊。2000円+税)

2012年6月 4日

左利きのヘビ仮説

著者   細 将貴 、 出版   東海大学出版会

 人間に右利きと左利きがいるように、カタツムリにも右巻きと左巻きがいます。
 この本は右巻きカタツムリを主食とするヘビが、左巻きのカタツムリは食べられないことを実証した研究の過程を詳しく紹介しています。そう書いてしまうと、なあんだ、たいしたことないやんか、と思われるかもしれません。でも、実は、ものすごく 面白いのです。その過程が。
 まず、カタツムリだけを食べるヘビがいるなんて知りませんでした。よくぞ、それだけで生きられるものです。カタツムリばかり食べるヘビは、西表島と石垣島にしか生息していないイワサキセダカヘビという。樹上で暮らす夜行性のヘビだ。同じようにミミズとかナメクジだけ食べるヘビもいるとのこと。たいていのヘビはごく一部の動物しか食べない偏食家である。シマヘビは何でも食べる変わりもののヘビ。
 そして、カタツムリの右巻き、左巻きです。カタツムリも、人間と同じようにほとんどが右巻き。それで、カタツムリを食べるヘビの頭(口)は、それに適応するように左右不ぞろいな格好をしている。口の形から歯の数まで違うのです。それを発見したのは偶然ですが、それは執念のたまものでした。そこで、右巻きカタツムリを食べるのに適したヘビが左巻きカタツムリを食べようとすると、いったいどうするのかを実験してみたのです。その実験装置をつくるのが大変でした。さらに、その状況を映像を残さなくてはいけません。このヘビは夜行性ですので、カメラをセットして自動撮影にしておきます。
 なんと、右巻きカタツムリを食べるのに適した口をもつヘビは、目の前の左巻きカタツムリを食べることができなかったのです。よくぞ映像にとらえたものです。著者の執念による成果でもあります。
 この本を読むと、人間にも左利きが必ずいるが、「ほどほどに少数」いて、実は一人もいないということはない。そして、それがなぜなのか、その理由は解明されていないというのです。
 人間の場合、左利きになるのは、教育の成果だけでは説明がつかない。利き手の決定には遺伝子が関係している。
右巻きのカタツムリと左巻きのカタツムリとが出会っても交尾はできない。これも考えてみれば不思議なことですよね。前にフランスの自然映画で、カタツムリの交尾の様子を見たことがあります。お互いに触れあい、相性を確かめあって交尾に至るのですが、それはもう、見ている方が思わず赤面してしまうほどなまめかしい愛撫でした。
 カタツムリばかり食べるヘビは、西表島と石垣島にしか生息していないイワサキセダカヘビという。樹上で暮らす夜行性のヘビだ。同じようにミミズとかナメクジだけ食べるヘビもいるとのこと。たいていのヘビはごく一部の動物しか食べない偏食家である。シマヘビは何でも食べる変わりもののヘビ。森の中に入り、このヘビやらカタツムリを採取するというのですから、学者も大変です。なにしろ夜間です。例の毒ヘビ・ハブだっているのですよ。かまれたときの応急薬も持参します。それにしても、怖いですね。夜に森の中に一人で入っていくなんて・・・。勇気がありますね。
 まだ30代になったばかりの若手研究者による苦闘の研究が実感をもって伝わってきます。知的刺激にみちた本でした。
(2012年2月刊。2000円+税)

2012年5月28日

教授とミミズのエコ生活

著者   三浦 俊彦  、 出版   三五館

 自宅でミミズを飼う某女子大学教授の体験記です。ミミズをずっと飼い続けるって大変なことなんだと思い至りました。まさに奮闘努力の甲斐もなく・・・、という事態の連続なのです。
 簡単なようで、実はとても大変なのがミミズの飼育です。著者がミミズコンポストを始めたのは10年前。三層のたらい型容器とミミズ3000匹を3万5000円で購入。ミミズは釣り餌になるシマミミズ。シマミミズなら、私もよく分かります。至ってフツーのミミズです。
ミミズに塩分と柑橘類をやるのは現金。片栗粉も固まってしまうのでダメ。
 ミミズコンポストの目的は、なにより生ゴミ減らしにある。
ミミズはデリケートな生き物だ。ミミズは1日に自分の体重の半分の量を食べる。
ミミズの卵は、直径2~3ミリ。球根のような、レモンのような、ラグビーボールのような形をしていて、橙色に輝く、きれいな粒だ。2~3週間後に赤ちゃんが生まれ、4~6週間で生殖年齢に達する。シマミミズの個体は4年ほど生きる。
ミミズは健康食品の重要な素材になっている。咳止めや熱冷ましに使われる「地龍」は、漢方系の風邪薬の成分として定番である。血液サラサラのサプリメントとしても使われている。
 ミミズが大量に死ぬと、身体から流れ出す酵素によって仲間のミミズに害をなす。ミミズの大絶滅は、ミミズ飼育においては、ごくありふれたこと。
ミミズはもともと冷たい生き物である。ひんやり感が心地よい生き物なのだ。
 ミミズは、一匹一匹が個体というよりも、2万匹全体が個体というか超個体であり、一匹一匹は超個体を構成する細胞なのだ。
 スイカの皮はミミズの大好物。ミミズは、意外に場所の好みが激しい。ミミズにも個性がある。
ミミズを飼っていると、死に絶えるというハプニングは当たり前。実感されるのは、命の軽さ、命への代替可能性、命の偶然性。そんな一種のニヒルな悟りを受ける。
 ある一定の状態をこえるとミミズは死滅してしまうが、その直前に卵を異常に産む。これは、種を残すための行動だろう。
 ミミズを飼うことで生命の神秘をも感じさせる面白い体験記でした。私もミミズなら平気で触れます。なにしろ、フナ釣り大好き人間でしたから・・・・。今、わが家の庭にもたくさんのミミズがいます。もちろん、それを食べて生きるモグラも。
(2012年2月刊。1400円+税)

2012年5月14日

犬から見た世界

著者   アレクサンドラ・ホロウィッツ 、 出版   白揚社

 私は犬派の人間である。
 実は、私も犬派です。物心がついたころから、ずっと犬を飼っていましたので、犬とは慣れ親しんだ関係です。猫は飼ったことがありませんので、まったくなじみがありません。小学生から高校生まで、スピッツが家の中に同居していました。おかげで部屋はいつもざらざらしていました。でも、気になりませんでした。今なら、嫌ですけど・・・。子どもって、慣れてしまえば、何でも平気なんですよね。
 イヌ科のなかで、完全に家畜化されたのは犬だけ。家畜化は、自然には起こらない。
 オオカミは、付属品を装着する前の、いわば原初の犬である。
 考古学的証拠によると、オオカミ犬が最初に家畜化されたのは1万年から1万4千年前と考えられる。今日の犬種のほとんどは、この数百年のあいだに作り出されたものにすぎない。オオカミから犬への変化の速度は衝撃的な速さである。
犬の目は生まれてから2週間以上も開かないが、オオカミの子どもは生後10日で目を開ける。犬は、身体的にも行動的にも成長が遅い。
 犬は本当の意味で群れを形成しない。
 犬は人間の社会グループのメンバーである。人間やほかの犬のあいだこそが彼らの生来の環境だ。犬は人間の幼児と同じく、いわゆる愛着を示し、ほかの者よりも世話をしてくれる者を世話をしてくれる者を好む。世話をしてくれる者から離れることに不安を感じ、戻ってきた相手に特別な挨拶をする。
 同じ体サイズの犬とオオカミを比べると、犬のほうが頭蓋が小さく、したがって脳も小さい。犬は形も大きさも変えられるが、それでも依然として犬である。オオカミのサイズは、大部分の野生動物と同じように、同一環境では、ほぼ均一である。
 犬は人間の目を見る。犬はアイコンタクトをし、情報を求めて人間に目を向ける。オオカミは、アイコンタクトを避ける。うむむ、これって大きな違いですよね。
犬は決してオオカミには戻らない。そして、オオカミを生まれたときから人間のあいだで育て、社会化しても、決して犬にはならない。
犬の鼻は敏感そのもの。犬は鼻の生き物だ。犬は、訓練されると、人間のガンを検知することができる。
犬を洗って清潔にすると、犬のアイデンティティを奪っていることになる。匂いは、犬にとってのアイデンティティである。
 犬は、ある程度まで、人間の言語を理解している。
 犬は体を使って表現する尻尾を振るのも、そうである。
 人間の視野は180度だが、犬のそれは250~270度。犬は獲物を追いかけ、投げたボールを回収する優れた能力をもつ一方、ほとんどの色彩に対して無関心である。
 識別できる色彩の幅が狭いため、犬はめったに色の選り好みを見せない。
 犬の視覚は、ほかの感覚の補足手段である。犬は人間を匂いによって認識している。
 犬はよく遊ぶ。大人になってからも遊ぶ。遊ぶ前に信号を相手に送る。そして、その前に、まず注意をひく行動をする。
 犬は本当の動機から人間の注意をそらして、実際に行動を隠蔽することができる。
犬の時間において、瞬間は、より短い。次の瞬間が来るのが、もっと早いのだ。
 犬の意図について、頭が語らないことは尻尾が語る。頭と尻尾は、おたがいに鏡であり、同じ情報を並行して伝えるもの。
 犬は、なじみのあるものも新しいものも、両方とも好きである。よく知っている安全な場所で、新奇なものを楽しむのが幸せなのである。それはまた退屈をも癒す。新しいものは注意を必要とするし、活動を促す。犬にとって、新しいものは魅力的なもの。
 犬という、人間にとって身近な生き物の実体をさらに知ることができました。犬派の人におすすめの本です。
(2012年4月刊。2500円+税)

2012年5月11日

先生、モモンガの風呂に入ってください

著者   小林 朋道 、 出版   築地書館

 なんとシリーズ第6巻です。偉いですよね。文体が軽くて面白く読めるうえに、観察の対象となった生き物たちが可愛らしいばかりでなく、著者と学生たちの対応がほのぼのしていて、いつも一気に読了してしまいます。場所は鳥取県の山奥深いところが舞台です。
 そこの森に棲むモモンガを探検し、よくよく観察します。
地上から6メートルの高さのところに据え付けた巣箱にモモンガの赤ちゃんを発見。そっと地上に降ろして計測して観察します。洞窟も探索します。冬眠中のコウモリを見つけました。さらに、カエルまで・・・。
 モモンガは、巣の材料として、杉の樹皮を使う。モモンガは巣の中で、スギの香りに包まれて、癒されながら休息する。
モモンガを捕まえると、顔の写真をとり、尾の毛を少し刈り、さらに注射器でマイクロチップを尻の皮下に入れる。いずれも、あとで個体識別できるようにするため。
 こんなユニークな教授とともに森の奥深くまで入りこんで実地調査できるなんて、この鳥取環境大学の学生はなんと幸せなことでしょう。
 恐らく学生である本人たちはそう思っていないでしょうから、私が代わりに言わせていただきます。
 先生、この調子で第7弾を続いて飛ばしてくださいね。
(2012年3月刊。1600円+税)

2012年5月 4日

豚のPちゃんと32人の小学生

著者   黒田 恭史 、 出版   ミネルヴァ書房

 小学生のクラスで3年間、豚を飼っていたという体験記です。そのクライマックスは、なんといっても、卒業のときの残された豚の処遇をめぐるクラス討論会の模様です。
 次の学年に引き継ぎ、ずっと学校で豚を飼い続けるという声が有力です。でも、豚って、あまりに大きくなりすぎると、自分の足で身体を支えられなくなるようですね。ゴロンと横になって、喰っちゃ寝の生活をするとのこと。そんな巨大な豚を小学生が本当に世話できるでしょうか。
 もちろん、食肉センターに引き渡すという声もありました。でも、それは自分たちが食べるというのではありません。もう誰も学校で面倒みられないから、豚を手放すだけなのです。決して豚を殺して食べていいというわけではありません。たとえ、結果として、そうなったとしても、そこまではもう子どもたちの考え及ばない世界なのです。
 映画は見ていませんが、今から9年前に出版された本を読んだのです。実際の話はそれよりさらに10年前、1993年のことでした。テレビで放映されると、反響は大きく、抗議の電話がじゃんじゃんかかってきたそうです。それでも、動物愛護映画コンクールで内閣総理大臣賞を受賞しました。私も受賞してよいと思います。実際、毎日のように、私たちは豚肉を食べているわけですから、子どもたちの教育実践として生きた豚を飼って悪いはずがありません。
 それにしても豚の世話って、大変なようです。
 ぶた(Pちゃん)の好きなものはトマト、嫌いなものはキャベツ。
 子どもたちはPちゃんの処遇を決める過程で、食肉センターへ見学にも行きました。もちろん、希望者のみ、親が同伴して、です。
32人のクラスは食肉センター派と引き継ぎ派と16人対16人、真っ二つに分かれた。同じように3年間かかわってきた子どもたちが、見事に分かれてしまった。不思議だった。筋書きのない授業をすすめるなかで、このクラスを担任した教師は悩みました。結局、Pちゃんは食肉センターに送られ、子どもたちが豚を食べるわけでもありませんでしたが、そこに至る教師の苦悩がリアルに伝わってきました。それを感じることが出来ただけでもいい本だと思います。橋下流の「教育改革」では、こんなことをしている著者なんて最低評価しかされないことでしょう。なぜなら、直接的に「学力向上」に役立つとは思えないからです。
 でも、本当の学力、考える力、仲間を支えあう力は大いに育成できたのではないでしょうか・・・。
(2008年11月刊。2000円+税)

2012年4月23日

ヒトの見ている世界、蝶の見ている世界

著者   野島 智司 、 出版   青春新書

 視覚を通して人間と昆虫など他の生物との異同を考えている面白い本です。
 人間の視覚にとって、脳は非常に重要な役割を果たしている。脳の3分の1から2分の1の部位が、視覚情報の処理に費やされている。人間が大きな大脳をもっているのは、実のところ物を見るためと言って過言ではない。
実際には、網膜上に映った像をそのまま見ているのではなく、本来は見えていないはずの部分も推測で補ったり、あまり重要ではない情報はあえて意識しなかったりしている。
 ヒトは、自らの生活にとって必要な情報を瞬時に取捨選択している。
 昆虫の複眼は、ショウジョウバエという小さなハエで800、アゲハチョウは1万2千、トンボに至っては5万もの個眼から成っている。
 複眼には網膜がない。個眼全体が光ファイバーのようになっていて、一つの個眼に入ってきた光を、内部の視細胞層で受けとる。
 個眼には複数の視細胞が入っているが、その内部に像を結ぶわけではなく、個眼に入った光は内部の視細胞を一様に刺激する。したがって一つの個眼に入った光は、一つの情報いわばデジタルカメラの画素に相当する。
 もし、複眼の視力をヒトの視力に換算すると、0.1に満たない。ミツバチは、ヒトと同じ三原色で世界を見ているが、赤、緑、青の三色を感じる視細胞がなるのではなく、緑、青、紫外線の三色を感じる視細胞をもっている。だから、紫外線を感じることができる代わりに、赤を見ることができない。
 ミツバチやアリは、景色だけを頼りにしているわけではなく、方角を理解する能力がある。
 ミツバチやアリ、そして多くの昆虫が、偏光を見分けることができる。
 景色に目印の乏しい砂漠に住むアリは、偏光を使った方角と自分の歩いた歩幅を積算することで、現在地の巣からの相対的な位置を把握することが分かっている。
 鳥は、他の動物に比べると大きな眼球をもっている。その重量は脳のそれをこえることさえ少なくない。巨大な眼球をもっているため、眼球そのものを自由に動かすのは難しい。鳥は見る方向に眼球を動かすのが得意ではない。イヌワシの視力はヒトの8~10倍もある。
 鳥の眼は、一度に広い範囲にピントを合わせられ、近くも遠くもヒトよりずっと広い範囲を同時に見ることができる。
鳥の9割が、紫外線反射によってオスとメスを識別することができる。
 渡り鳥は太陽コンパスを用いている。同時に、星の分布と時刻によって方角を知ることも可能だ。
ハトは、磁気を感じることもできる。ハトなど長距離を飛行する鳥は、太陽や星座、磁気、景色などを手がかりとして総合的に方向を判断して飛行ルートを決めている。そのうちのどれか一つということではない。
 眼の誕生が、カンブリア紀の生き物の爆発的な進化を引き起こした。視覚の登場が、生き物たちの暮らす世界を大きく変え、そのことが急速な種分化を引き起こしたと考えられる。
 なにげなく見ている風景も、よくよく考えると、大変な進化の産物なんですね。見ることの意義を改めて考えさせられました。
(2012年2月刊。943円+税)

前の10件 40  41  42  43  44  45  46  47  48  49  50

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー