弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

生物

2023年12月25日

ミツバチの秘密


(霧山昴)
著者 高橋 純一 、 出版 緑書房

 ミツバチのことなら、何でもわかる百科全書のような本です。
 私はミツバチのオスの哀れさに涙を流してしまいました。
 オスのハチの生涯唯一の仕事は女王バチと交尾すること。もちろん、こんなことは私も知っていました。ところが、オスバチは新女王バチと交尾をした瞬間に即死するというのです。ええっ、ど、どういうこと・・・。
そして、交尾できずに巣に戻ったオスバチはメスの働きバチによって巣から追い出され、哀れ餓死するしかないのです。オスバチは自分で花から餌を取ることができません。交尾する機会があるまでは働きバチから餌をもらえるのですが、シーズンを過ぎたら、単なる厄介者なので、厄介払いされるのです。いやはや、涙があふれます。
 昔からオスバチは「ドローン」と呼ばれていたそうです。この「ドローン」とは、最近、大活躍している飛行体ではなく、「ふらふらしている」「漂っている」というのはともかくとして、「ろくでなし」「ごくつぶし」という意味なのです。
 女王バチの寿命は1~5年、平均2年ほどのようです。そして、交尾したあと、巣に戻って卵を産み続けます。その数、なんと、1日で自分と同じ体重に相当する1000~2000個の卵を産む。
 女王バチは、「受精のう」という特別な袋のような器官に精子を貯めておく。著者は100万から400万個の精子を測定したとのこと。
そして、女王バチの交尾相手のオスは1匹ではないというのです。セイヨウミツバチは平均14匹のオスバチと交尾する。
著者は、女王バチが400万個もの精子を体内に貯蔵しておくためには、十数匹のオスと女王バチは交尾しているという仮説を立て、それを実証しました。
 二ホンミツバチの女王バチは、平均16匹のオスバチと交尾していることが判明した。つまりミツバチの世界は一妻多夫の社会でもあるのです。
 オスバチの目(複眼)は、野外で交尾相手の女王バチを見つけるために発達した。オスバチにはメス罰と違って毒を注入する針がない。
 この本を読んで、ハチミツが何から出来ているか、200年前まで謎だったというのにも驚きました。
 ミツバチの「8の字ダンス」は有名ですが、その前提として、ミツバチは花の色、形、匂い、開花していた時刻、場所(景色)をしっかり記憶できることによる。
 この本では、世界中でミツバチが減少しているという事実も指摘されています。人間のせいです。農薬のせいですよね、きっと・・・。本当に心配になります。ミツバチが死滅したら、イチゴを初め、生物界では果物がとれなくなってしまうでしょう。うひゃあ、そら恐ろしい事態です。340頁の本です。どうぞ、ご一読ください。
(2023年9月刊。2800円+税)

2023年12月16日

動物写真家の記憶


(霧山昴)
著者 前川 貴行 、 出版 新日本出版社

 いつも、すごい動物写真を撮っている写真家が自分の撮った写真とともに自らの半生を振り返っています。何よりド迫力の動物写真がすばらしいです。
グリズリー(クマ)の写真を夢中になって撮っていると、もう1頭、別のグリズリーが近くにやって来た。気がついたときは絶体絶命。もはや逃げる場所はない。走って逃げようとしても、逃げ切れるはずもない。その気になったクマが走るスピードは、想像をはるかに超えた次元だ。
 目の前にやってきたグリズリーが横目でちらりと見る。でも、その表情はずいぶん穏やかだ。どきどきしながらも、おそらく大丈夫だろうという感が頭をよぎった。グリズリーは何事もなかったように通り過ぎていった。
 うひゃあ、こ、怖いですね...。臆病な私には、とてもこんなことはできません...。
 著者は26歳のとき写真家を目指し、それまでしていたエンジニアの仕事を辞めた。そして写真家の助手をつとめ、30歳で独立した。
 野外の至るところで待ち構えているのが、ダニ。草木の密集したところで撮影していると、身体のどこかに喰いつかれている。右目の視界がボヤけてきたので調べてみると、まつ毛の根元にダニが喰いつき、成長していた。無理やり取ると、ダニの頭が人間の皮膚の中に残ってしまう。これもまた怖いですよね。
 アフリカの大地でキャンプをしていて、夜中にテントから出て用を足しに行ったとき、うっかりサスライアリの行列を踏みつけ、そのままテントに戻った。すると、テント内にサスライアリの大群が押し寄せてきた。靴に取りつき身体を登り、皮膚にかみついてくる、容赦のない攻撃の痛みは強烈そのもの。ダニよりもヒルよりも、サスライアリの恐怖は群を抜く。テント内でサスライアリの大群と大立ち回りをせざるをえなかった。うひゃあ、こんな怖さもあるのですね。
 未知の生き物たちとの出会いが待っている。必ずしも友好的なコンタクトばかりではないが、ほとんどがこちらの出方次第。それを十分に学んだつもりになっていても、唐突に覆されることがあるのが野生の怖さであり、面白さであり、また醍醐味でもある。
 できることは、用心深く慎重に行動することのみ。でも、貴重な出会いに舞いあがってしまい、後先考えずに大胆になってしまうことは多い...。
 どこに行っても現地の人々とのコミュニケーションが欠かせない。でも、野生動物と同じく、人間だって多様性にあふれている。日本人だって外国人だって、さまざまな人がいる。それは世界共通で、国は関係ない。それはそうでしょうね。
これからも安全と健康に気をつけて、どんどんいい写真を撮って紹介してください。
(2023年3月刊。3100円+税)

2023年12月11日

匂いが命を決める

(霧山昴)
著者 ビル・S・ハンソン 、 出版 亜紀書房

 人間は他の生物ほど嗅覚情報に頼っていない。
 あなたも私も、そう思い込んでいるだろう。しかし、実は、人間の生活の重要な場面の多くで嗅覚に頼っている。
 アホウドリなどの海鳥は、プランクトンの豊富な漁業を匂いを手がかりとして探し当てている。植物だって、匂いを感知できていて、匂いのメッセージを送りあっている。
 ええっ、ホントなの...、驚くばかりの記述が続きます。
人の嗅覚受容体が400種ほどもあるからこそ、何百万種類もの異なる匂いを識別して嗅ぎとることができる。
 プラスチックは、海に漂ってるうちに、数ヶ月もすると、DMS(ジメチルナルファイド)を放出するようになる。なので、自然界の生物たちは、これ(プラスチック)を食べられる物質だと錯覚させてしまう。
 人間の遺伝子の1~3%が匂いを嗅いで、それを識別し、反応を引き起こすために働いている。
 犬にとって、匂いを嗅ぐことは知的刺激の源。匂いを嗅ぐことによって、犬は状況を理解し、その場をうまく切り抜ける。犬は嗅覚だけを使って、過去から現在までに何があったかを理解し、未来さえも見通す。人間が500万個の嗅細胞をもっているのに対して、犬の嗅細胞は数億から10億個もある。犬のほしがりそうな情報のすべてはお尻とその付近にある。
長いあいだ、鳥には嗅覚がないとみられてきた。しかし、アホウドリが進路を知るときは、嗅覚が大きな役割を果たしている。
 サケは必ず、「自分の生まれた」流水の川を探しあてて、そこに卵を産む。視覚的情報と電磁的信号、そして鋭い嗅覚を総合的に利用して故郷に帰る道を探しあてている。
 サメもまた、匂いで方向を探知する高い能力をもっている。サメは、ある種の匂いを2500万分の1の濃度で検知できる。
 サメの脳の3分の2は嗅覚器官蚊を誘引するかどうか、人によって明らかな個人差がある。妊娠中の女性は妊娠していない女性より2倍も蚊を引き寄せやすい。ビールを飲んだ男性は、明らかに他の男性より多くの蚊を引き寄せる。
 植物は攻撃されると、被害を訴える合図として、VOC'Sを放出する。
 私は、自慢にもなりませんが、あまり鼻が利きません。水仙の花の匂いどころか、キンモクセイの香りもなかなか楽しめません。コロナ禍のなかでマスクをしていると、そのせいにも出来ますが、マスクをほとんどしない今、なんで匂いが分からないの...、と非難されると、返すコトバはありません。でも、早春の水仙って、そんなに香り(匂い)がするものなのでしょうか...。
 裁判所で調停事件のとき、待たされているあいだに、300頁ある本書を読了してしまいました。今は調停事件を何件も担当しています。
 
(2023年9月刊。2600円+税)

2023年12月 4日

動物たちは何をしゃべっているのか?


(霧山昴)
著者 山極 寿一 、 鈴木 俊貴 、 出版 集英社

 ゴリラ研究の第一人者と鳥(シジュウカラ)の若き研究者が対談している本です。ゴリラと鳥で、いったいどんな共通項があるのでしょうか...。そう言えば、鳥は現代に生きる恐竜の片割れでしたよね、それと関係があるのかしらん。
 ゴリラ学の権威は、ゴリラに「グッ、グフーム」とゴリラ語で挨拶が出来ます。山極さんを、26年ぶりに再会したオスのゴリラが覚えてくれていて、子どもゴリラ時代のように、あお向けに寝ころんで腹を見せてくれたそうです。親愛の情を示し、一緒に遊ぼうという意思表示です。すごいですよね、ゴリラが26年ぶりに会った人間をしっかり覚えていたのですから...。人間だって覚えているかどうかでしょう。
 鈴木さんは、長いときには8カ月ものあいだ長野県の山にこもって、日の出から日没までシジュウカラを観察しました。そして、ついにシジュウカラの鳴き声には意味があり、そこには文法まであることを発見したのです。
 いやはや、学者の苦労って、底知れませんよね。でも、いったい、どうやって...。
 シジュウカラは森の中の見通しの悪いところに暮らしているので、見つけた天敵の種類によって鳴き声を変えている。ヘビなら、「ジャージャー」、タカなら「ヒヒヒ」といったように。これは、天敵によって対処法が違うから。でも、これは野生の小鳥のことで、飼育下だと、いつだってエサがもらえて安全なので、鳴き声は少なくなる。
 シジュウカラが「ピーッピ・ヂヂヂヂ」と鳴いているのは「警戒して、集まれ」という意味。では、それをパソコン上で操作して「ヂヂヂヂ・ピーッピ」と逆にしたら、シジュウカラはいったいどう反応するか...。
 入れ換えたらシジュウカラは、特段の反応を示しません。ということは、音の並び方には意味がある。したがって、これは文法があるということを意味する。なーるほど、ですね。
 さらに、「ピーッピ」と「ヂヂヂヂ」を別のスタジオで録音して再現してみると、シジュウカラは特段の反応も示さない。つまり、あくまでも「ピーッピ、ヂヂヂヂ」という並び声だけが「警戒して集まれ」という呼びかけだと判明した。いやはや、推理力も必要なんですよね。
 動物には、ストーリー化する力がほぼ「ない」。
 ところが、シジュウカラは人間のように、文法を頼りとしていることが判明した。チンパンジーは、鏡を見て、うつっているものが自分だとは判別できないようです。それでも、鏡のうしろにうつっているものはつかもうとするというのですから、これまた不思議です。
 恐竜のなれの果ての小鳥のさえずりにきちんとした文法があることを発見するなんて、信じられません。
 この本には出てきませんが、小鳥のさえずりにも地方色、つまり方言があるそうです。
 道を究めた2人の学者の対話は、とても興味深いものでした。
(2023年9月刊。1700円+税)

2023年12月 3日

無人島、研究と冒険、半分半分


(霧山昴)
著者 川上 和人 、 出版 東京書籍

 日本にも無人島がたくさんあるようです。本書の舞台となった南硫黄島は、第二次大戦のときの激戦地、硫黄島ではありません。本州から南に1200キロのところにある絶海の孤島。東京都小笠原村に属しているが、過去に人間が定住したことはない。
 この島は、半径1キロ、標高も同じく1キロで、傾斜角度45度の急勾配の島。島の周囲は数百メートルの高さがある崖で囲まれた天然の要塞。
 なので、この島は人間による人為的な撹乱(かくらん)を受けていない、原生の生態系がそのまま維持されている。だから、研究のために島に上陸した人は、自然排泄は許されず、尿はそのままで許されるけれど、固形物のほうは携帯トイレで持ち帰ることが義務づけられている。うひゃあ、そ、そうなんですね...。
 この島の調査は、1936年と1982年、2007年、2017年に4回あっただけ。今回の2023年の調査は5回目。18人による2週間の調査のため、水は1日1日4リットル、予備をふくめて1104リットルを用意。食事は630食分。個人の持ち込みは1人15キロ以内。それでも総計1.6トンの物資を運び込んだ。
 南硫黄島には平地もなければ川もない。もちろん地下洞窟なんてない。崖の上からは、ボロボロと落石が降り注ぐ。
 この島には、タカやハヤブサなどの猛禽(もうきん)類がいない。なので、オナガミズナギドリが繁殖している。これまでのところ、この島にはネズミも侵入していない。ミズナギドリの仲間は、地下にトンネルを掘って、巣をつくる。控え目な鳥だ。
 島の生態系は、海鳥による八面六臂(ろっぴ)の活躍によって形づくられている。
 南硫黄島のウグイスもメジロも、この島だけでしか生きられない。
絶海の孤島で生活するなんて、私には考えられもしませんが、こんな冒険をしてみたい気持ちは、ほんのちょっぴりだけはあるのです。探検隊の一員にでもなったかのような気分で読みすすめました。面白い本です。
(2023年9月刊。1760円)

2023年11月27日

「利他」の生物学


(霧山昴)
著者 鈴木 正彦 ・ 末光 隆志 、 出版 中公新書

 人間にとって腸内細菌の多様性を保持したほうが病気になりにくい。そこで、腸内バランスの改善のため、健康な人の糞便を移植するという治療法が注目されているそうです。健康な人の糞便を溶かして大腸に直接挿入したり、カプセルに入れて口から摂取したりします。
 腸内細菌とヒトの免疫系はお互いに協力しあって、外部からの菌の侵入を防いでいる。腸内細菌は、直接、病原菌を駆除することもしている。
腸内細菌は、脳と密接に関わっていて、感情面にも影響している。そもそも脳は腸の先端部分が進化した器官とも言われている。腸には、腸管を取り巻く腸管神経系があり、腸管神経系は5000万個の神経細胞から成り立っている。腸管神経系は迷走神経系と密接につながっていて、迷走神経系は脳にもつながっている。
 精神を安定化するホルモンとして知られるセロトニンは腸管でつくられる。これには、腸内細菌のビフィズス菌が関わっている。ビフィズス菌はセロトニンを自らつくり出す。このセロトニンは、迷走神経の発達を促して、脳を育てている。
植物の9割は、何らかの菌根菌と共存している。どの菌根菌も、植物と共生しないと生きていけない絶対共生性の菌類。外生菌根菌としては、あの有名な松茸、フランス料理に使われるトリュフ、イタリア料理のボルチーニなどが有名。これらが高価なのは、生きた植物にしか共生できないというのが、大きな理由。
原始地球の環境は、高温かつ酸素が少なかった。今でも、この原始地球環境に似た場所がある。深海にある熱水噴出孔周辺。栄養分の乏しい熱水噴出孔周辺には、ジャンルの生物量に匹敵するほどのものがある。なぜか...。口も消化管も肛門も持たないチューブワームは、口がなくてもエラから硫化水素や酸素を吸収できる。
花と昆虫は、お互いに利他的で、仲が良さそう。でも、実は決して安穏な関係ではない。なぜなら、両者の目的が異なるから。花は甘い蜜や栄養豊富な花粉を用意して昆虫の訪花を待つ。その目的は、あくまで花粉を運んでもらうため。
昆虫にとっては、花粉の運搬なんて、どうでもよいこと。花の蜜や花粉さえもらえればよいことなのだ...。
花と昆虫、そして人間の身体までを広く統一してとらえることのできる本(新書)です。
(2023年7月刊。880円+税)

2023年11月20日

植物に死はあるのか


(霧山昴)
著者 稲垣 栄洋 、 出版 SB新書

 植物の葉っぱが当たり前に行っている光合成の反応を完全に再現することは、現代の科学技術をもってしても、出来ない。これって意外ですよね。宇宙にロケットを飛ばして、はるか彼方から極小の粒々を地球にもって帰ることの出来る人間が、たかが植物の葉っぱにかなわないとは...。信じられません。
 この光合成によって、酸素が廃棄物として植物から排出される。そして、酸素は生命を脅かす猛毒の存在なのだ。ええっ、そ、そうは言っても、疲れをとるため酸素マスクを口にあてかっているでしょ。あれは何なのでしょうか...。
 酸素は生物にとって危険な物質ではあるが、爆発的なエネルギーを生み出す力がある。
ソクラテア・エクソリザという植物は、「歩く植物」とも言われ、光の当たる方に移動する能力があり、1年間で数十センチも移動する。
 植物が巨木になれるのは、細胞壁のおかげ。
ウミウシの仲間は、細胞の中に葉緑体をもっていて、それが光合成をし、そこから養分を得ている。
 光合成を行う小さな単細胞生物は、シアノバクテリアと呼ばれている。このシアノバクテリアを体内に取り込んだか、取り込まなかったか、それだけが植物と動物の違い。
 木から草が進化した。草のほうが、木よりも進化した形である。
 生きている木のほとんどは、死んだ細胞から出来ている。木の中心部分は、実は樹木として立っているときから死んでいる。木のうちの生きている細胞は木の外側のやわらかい細胞であり、この外側の部分だけが生きている。人間の場合には、死んだ細胞が生きた細胞を包んでいる。
植物には、脳がない。脳細胞は、1000億個あまりの細胞がある。
 いま、身近な田で稲穂の刈り入れが始まっています。その田の畔に咲くヒガンバナは、縄文時代に日本に渡来した。ヒガンバナは三倍体なので、種子を作ることができない。
 サツマイモは根っこが太っただけで、ジャガイモは茎が太ったもの。
 生命の源は、星の死によって生み出されたもの。植物も星のかけらから出来ている。ええっ、空を飛んでいる「かけら」が地上の植物に一大変身するというのですね。本当ですか...。
 1週間をたどるうちに、植物という存在の出現、そしてその意義と問題点を学生からの質問にこたえる形式で明らかにしている楽しい新書です。
(2023年8月刊。990円)

2023年11月18日

獲る、食べる、生きる


(霧山昴)
著者 黒田 未来雄 、 出版 小学館

 私の日曜日の夜の楽しみは、録画したNHK『ダーウィンが来た』をみることです。
 日本と世界のさまざまな生き物の生態が詳しく紹介され、いつも驚嘆しています。自宅で映像をみるのは楽ちんそのものですが、映像を撮っているカメラマンとそれを支えているスタッフの苦労は想像を絶します。
 この本の著者は、まさしくこの番組のディレクターをつとめていたそうです。
 著者が大自然に触れる道を踏み込むようになったのは、星野道夫、有名な野生動物カメラマンです。この星野氏は、残念なことに、43歳のとき、カムチャッカでヒグマに襲われて亡くなってしまいました。
 著者は26歳のとき、星野道夫も行ったアラスカの犬ぞりを体験しています。すごい行動力です。
 犬ぞりを引く犬たちの健康管理で大切なことはエサよりも水。湿度が低いため犬は脱水症状になりやすい。犬の尿の色が濃くなっていないか、常に気を配っておく必要がある。
 犬ぞりの犬が引くことのできる重量は自分の体重と同じ。だから、体重40キロの犬が4頭なら160キロ。犬たちは、走りながら排泄する。犬たち自身が走りたいと思わないと犬ぞりは動かない。そこで、性格の違う犬の一頭一頭に声をかけ、抱きかけ、抱きしめ、ほめてやり、チームとしての集中力を高め、走り出す。なかなか難しいんですね。
 ヘラジカの鼻は珍味中の珍味。全体を覆う毛を焼いて落とし、ゆっくりと煮込む。黒く変色した皮をナイフで丁寧に取り除き、少し塩をつけて口に放り込む。濃厚な脂、コリコリとした軟骨、さらにとろけるように柔らかい肉。いろいろな味と食感が、絶妙なバランスで複雑に混ざりあう。いやあ、ホント、美味しそうですよね...。
 野生動物を狙うハンターに求められる(問われる)のは、観察力と想像力、そして最後は気力。まさに人間力が根底から試される真剣勝負だ。
著者のハンターとしての先達(師匠のキース)は、狙った獲物に銃弾があたったと分かっても、「すぐには動くな」と著者をさとした。「彼は今、死を受け入れなくてはいけない。そのための時間を、彼に与えてあげなくては」と言う。
 「獲物に最後の力が残されているとしたら、まだ近づいてはダメ。彼らが死を受け入れるためのひとときを決して穢(けが)してはならない。しっかりと待つんだ」
 いやあ、これにはまいりました。さすがは先達です。こんな心構えで、獲物を狙うのですね。単なる楽しみとはまるで違います。
 著者は北海道でヒグマを撃ちました。仔グマ2頭を連れた母ヒグマでした。そんなときは仔グマも生かさないのだそうです。「なんで僕が殺されなくてはいけないの...」と訴える仔グマの視線を感じたとのことです。いやあ、臆病な私にはとても出来ない状況です。
 いま51歳の著者は東京外国語大学を卒業し、商社に入って、そのあとNHKに転職したとのこと。そしてNHKを辞め、最近では狩猟・採集生活を送っているそうです。とてもとても真似できない人生です。うらやましい限りですね。だって、人生は一度かぎりなんですから、...。やりたいことをやった者が勝ちですよね。
(2023年8月刊。1700円+税)

2023年11月 9日

有明海のウナギは語る


(霧山昴)
著者 中尾 勘悟 ・ 久保 正敏 、 出版 河出書房新社

 私は小学生のころ、毎年のように夏休みになると大川市の叔父さん宅に行って1週間ほども過ごしていました。大川市にはたくさんのクリークがありますが、そこで掘干しと言って、クリークをせき止めて底にたまったヘドロを両岸に田んぼに上げて「溝さらえ」をするのです。そのとき、たくさんの魚がとれました。そのなかにウナギも入っていて、叔父さんが台所でウナギを包丁で上手にさばくのを身近に見ていました。柳川のウナギのせいろ蒸しはとても美味しくて評判ですが、子どものときは食べたことがありません。
 この本によると、二ホンウナギが絶滅に向かっているというのです。心配になります...。この本は、有明海とウナギについて、さまざまな角度から捉えていて、いわばウナギに関する百科全書です。
 日本産のほとんどは河口部で採ったシラスウナギを養殖池に入れて大きくした養殖ウナギ。九州では鹿児島が産地として有名です。
 日本で出回るウナギの3分の2は輸入したウナギで4万2千超トン。ヨーロッパウナギの生産量も減っている。
 日本のウナギ消費動向が世界のウナギ種の資源量を左右している。
 シラスウナギはもともと自然界でとれるものなので、人間は養殖ウナギの生産量を自由に制御することはできない。
 二ホンウナギの生態や生活史は、いまも謎だらけだ。西マリアナ海嶺近くでウナギが産卵していることが2005年に判明したくらいだ。
 ウナギの祖先は、白亜紀、つまり1億年前ころに現在のインドネシア・ボルネオ島付近に出現した海水魚。ウナギは2回、変態する。ウナギの北限は青森県。
私はウナギ釣りをしたことはありません。フナ釣りをしていてナマズを釣り上げたことは何度もありますが、ナマズは食べることもなく、すぐにリリースしていました。
 ウナギはミミズでも釣れるようですね。そして夜釣りもするようです。
 この本で驚いたのは、ウナギの生態を研究するため、ウナギの体内に金属製ワイヤータグを埋め込むというのです。また、麻酔をかけ、極小の発信機をウナギの体内に埋め込んで縫合するのです。すごい技術があるのですね...。
 ヨーロッパウナギを絶滅寸前に追いやったのは、資源量を考慮しない、日本国内の旺盛なウナギ食需要だ。これは消費者だけでなく、生産業、流通業など、関係者全員のあくなき欲望がつくり出した結果だ。いやはや、罪つくりなことです。でも、でも...。ウナギの蒲焼きとか「せいろ蒸し」なんて、本当に美味しいですよね。
(2023年3月刊。2970円)

2023年11月 6日

歌うカタツムリ


(霧山昴)
著者 千葉 聡 、 出版 岩波現代文庫

 ええっ、カタツムリが歌うの...、それって本当なの...。
 ハワイに古くから住む住民は森の中から聞こえてくる音をカタツムリたちのささやき声だと考えていた。そして、19世紀の宣教師もたしかにハワイマイマイのさざめき音を聞いたと証言した。でも、今、ハワイのカタツムリは姿を消してしまった。
ナメクジはカタツムリとともに陸貝のメンバー。殻のないカタツムリがナメクジの仲間だ。
 先日、久しぶりに台所の床にナメクジが出てきました。いったいどこから這い出してくるのか不思議でなりません。その後、床どころか、朝、ミキサーを使おうとしたら、フチにナメクジがいました。危く、ナメクジ入りのジュースを飲むところでした。くわばら、くわばら...。
 カタツムリは、海に棲んでいた祖先が得た性質に、ずっと生き方をしばられてきた。カタツムリの生き方は殻を背負うことに制約される。ところが、その制約のため、環境への適応や捕食者との戦いの中で、多彩な殻の使い方、形、そして生き方の戦略が生み出される。制約のためにトレードオフがあらわれ、それが偶然を介して創造と多様性を生む。
小笠原諸島で見つけたニュウドウカタマイマイは直径8センチをこえ、日本の在来のカタツムリのなかでは最大。この巨大種は2万5千年前に突然出現し、1万年前に忽然(こつぜん)と姿を消した。
 現生のカタマイマイは、直径3センチほどで、その特徴は非常に殻が硬いこと。カタマイマイ属は飼育が難しい。そしてマイマイ属は、別の種に対して攻撃的に干渉する。
 カタマイマイ属の由来は、日本本土にあった。日本南部だ。まず父島で4つの生態系に分かれ、そのうちの一つの系統が聟(むこ)島に渡って、そこで2つの生態系に分かれた。もう一つの系統が母島に渡って、そこで再び4つの生態系に分かれた。母島では47の生態系の分化が、少なくとも3回、違う系統で独立に起こった。
 一つの系統が生活様式など、生態の異なる多くの種に分化することを適応放散という。カタマイマイ属の適応放散は、まったく同じ分化のパターンを何度も繰り返す点で、非常にユニーク。このような多様化を「反復適応放散」と呼ぶ。
 カタツムリは適応放散するばかりではない。非適応放散もある。では、いったいどのような条件で、それらが起きるのか、それが現在も研究課題となっている。
 琉球列島と小笠原諸島は、同じような気候条件にもかかわらず、生態系がまったく対照的な世界である。
 ニッポンマイマイ属の左巻きと右巻きの集団の分布は、カタツムリを食べるイワサキセダカヘビに対する適応によって生じた。このヘビは右巻きの貝を食べることに特化して、頭部が非対称になっているため、左巻きの貝をうまく捕食することができない。そこで、このヘビの生息地では、左巻きのタイプは捕食されないので、有利になる。すると、左巻き個体が増え、集団が確立して交尾できない右巻きの集団との間に種分化が成立する。いやはや、こんなところまで学者は注目して、研究するのですね...。
カタツムリを食べるカタツムリがいる。ヤマトタチオビだ。これは農業害虫のアフリカマイマイを駆除するため、アメリカはフロリダ州から持ち込まれた。ところが、現実には、アメリカマイマイの減少より早く、固有のポリネシアマイマイ類が全滅してしまった。
 著者も小笠原諸島で、カタツムリの歌を聞いたとのこと。足の踏み場もないほど地上にあふれ出した、おびただしいカタツムリたちの群れが、互いに貝殻をぶつけあい、求愛し、硬い葉をむさぼる音だった。つまり、よくよく耳を澄ますと、これこそカタツムリの歌だって聞こえてくるというのです。
 生物学の奥底は闇に近いほど深く深いもののようです。秋の夜長に、いい本を読むことができました。
(2023年7月刊。1130円+税)

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