弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

生物

2024年9月30日

空飛ぶ悪魔に魅せられて


(霧山昴)
著者 ジョナサン・マイバーグ 、 出版 青土社

 フォークランドカラカラは、300羽ほどが海岸でひきしめあっている。
 フォークランドカラカラは、新鮮な肉しか口にしないハヤブサと違って何でも消化できる。
カンムリカラカラは、現地ではカランチョと呼ばれる。賢く魅力的な島で、「羽ある種族の王」と呼んで称賛されている。
 フォークランドカラカラの知性はレベルが違う。フォークランドカラカラは遊びと仲間を愛し、学習意欲にあふれ、ヒトを射貫くような意識のオーラをまとう。
 ハヤブサは、地球上で最速の鳥であるだけでなく、長距離を渡る鳥でもある。ハヤブサの多くは季節に応じて大陸間を移動し、総距離は1年で3000キロメートルほどにもなる。そして、ハヤブサの視力は想像を絶している。1.6キロメートル先から新聞の見出しを読めるほど鋭敏。
 カラカラは、南米のハヤブサのなかで、もっとも冒険好き。
 脳が大きく、長命なカラスやインコは、脳が小さく、短命なハトやウズラなどの鳥に比べて、平常時のストレスホルモンのレベルが低い。
 ハヤブサは孤独を愛し、型通りの行動を好み、失敗を避ける。これに対してカラカラは、新しいものに目がなく、仲間を求め、退屈を嫌い、いつもリスキーな行動をとり、興味をそそるものは何であれ、いじくり回さずにはおれない。
 南アメリカにはカラスがいない。なぜなのか...。
 アカノドカラカラの大好物は、なんといってもスズメバチ。大声で存在をアピールすることにかけては、アカノドカラカラも負けてはいない。すさまじい絶叫で耳鳴りがした。
鳥は哺乳類よりもヒトから逃げるのがうまいはずではと思うかもしれないが、歴史記録は逆の事実を示している。
 アンデスカラカラは、一族のなかで、もっとも美しい鳥だろう。インカ帝国でもっとも高い価値を認められていたものの一つは、カラカラの羽。インカ帝国では頭飾りが階級や所属を表す。
 カラカラの黒と白の装いは、インカの人々が考える万物の秩序にふさわしかった。
 カラカラには、ヒトと関わりをもちたがる興味深い傾向があった。
 チャールズ・ダーウィンはビーグル号に乗って航海していたとき、南米大陸の南端の島々で、タカとカラスの雑種のような奇妙な鳥に出会い、その賢さに舌を巻くとともに、いたずらに手を焼いた。好奇心旺盛で人を恐れず、大胆で騒々しい「空飛ぶ悪魔」ことフォークランドカラカラは、猛會類として異例の気質を獲得した。
 カラカラのことが、なんとか少しだけ理解できました。
(2024年5月刊。3800円+税)

2024年9月24日

タコの心身問題


(霧山昴)
著者 ピーター・ゴドフリー・スミス 、 出版 みすず書房

 この本を読むと、タコは意外なほど賢く、好奇心の旺盛な生き物だということがよく分かります。タコは、食べられないことが明らかなものにさえ関心を示す。
大腸菌は単細胞生物だが、自分にとって好ましい物質とそうでない物質とを区別することができる。好ましい物質であれば、その濃度の高いほうに移動するし、逆に好ましくない物質であれば、濃度の低いほうに移動する。大腸菌の外面には、そうした「感覚器」が並んでいる。この「感覚器」は、正確には、大腸菌の外膜を構成する分子である。
 実験室内でテストを受けさせると、タコはおしなべて良い成績をとり、かなり頭が良いことが分かる。
 タコは見慣れないものを弄(もてあそ)ぶだけでなく、有効に活かすこともある。
 タコは好奇心が強く、順応性もある。冒険心がある一方、日和見主義なところもある。いやあ、これって、人間の若者そっくりですよね。
 タコには5億個のニューロンがある。いったい、どうやって、こんなことを数えられたのでしょうか...。
 タコは捕食者であり、自らが動いて獲物を襲う。
 タコは非常に社会性が高い動物とは言えない。
 タコの心臓は一つではなく、三つ。その心臓が送り出す血液は赤ではなく、青緑色をしている。酸素を運ぶのに鉄ではなく、銅を使うから。
 タコは知覚の能力も、運動能力も非常に優れている。大規模な神経系と、活発に動くことのできる複雑な構造の身体をもった動物である。行動も非常に柔軟で、変幻自在だ。
 タコは方向感覚にも優れている。
 タコは身体の色を変える能力に長(た)けている。
 その皮膚は、重層構造のスクリーンのようになっていて、脳によって直接、制御される。脳内のニューロンは直接、皮膚につながり、筋肉を制御する。皮膚には、ピクセルのように色を発する小胞が何百万とあり、筋肉は脳の指令を受けて、その小胞を制御する。何かを感じると、それに従って、即座に色が変化する。一つの色素胞が発するのは一色のみ。
 イカには、人間に対して有効的なものがいれば、強い敵意を示すイカもいる。それでも、友好的なイカのほうが、ずっと多い。
 頭足類の身体の色変化には、擬態と信号伝達の二つの大きな役割がある。
タコの寿命は1~2年が普通。最大のタコであるミズダコも野生ではせいぜい4年しか生きられない。衰えが始まると、あっという間に健康が損なわれてしまう。好奇心旺盛な知性をもつタコだが、2歳になる前に死んでしまう。
 タコのメスは多数のオスと交尾をするが、産卵の時期には、巣穴に入ったまま動かない。卵を産むと孵化するまで抱いている。一度に産む卵は何千。幼生たちが水の中に出ていくとメスのタコは死ぬ。
 大阪はタコ焼き。そのタコがこんなに知能の高い生物とは...。うかうか食べられませんよ。
(2023年11月刊。3300円)

2024年9月15日

アリの巣をめぐる冒険


(霧山昴)
著者 丸山 宗利 、 出版 幻冬舎新書

 アリの大群そしてアリの行列をよくよく観察すると、いろんなことが分かるという、面白い新書です。
生き物の発見は、視点がすべて。知識にもとづく独自の視点をもたなければ、新しい発見はできない。確固たる才がなければ、多くの生き物の存在を簡単に見落としてしまうのが野外調査の怖さ。
アリと多少とも共生あるいは依存することを好蟻(こうぎ)性という。
 アリの好む物質を出してアリから口移しに給餌を受けるもの、アリの巣にまぎれこんで餌の残りを食べるもの、アリの巣の周辺に住んで弱ったアリを食べるもの、アリの背中に乗って生活するもの、実にさまざまいる。
 分類学の研究では、写真技術の発達した今でも、絵描きのほうが有用な手段である。重要な部分だけを絵で示したり、強調できるから。
 アリの死骸がまとまって巣から出されるのは、年1回の早春に限られる。そこで、クサアリハネカクシは、この早春に産みつけられた卵は、わずか数日で孵化する。
アリはきわめて排他的で、他種に対しては強い敵対行動をとる。
 ヒメサスライアリは、アリを専門に食べるアリ。ほかのアリの巣を襲って、成虫や幼虫を狩って食べる。2~5ミリの小さなアリだけど、毒針を使って、自分よりはるかに大きなアリを仕留める。しかし、ヒメサスライアリは放浪性のアリなので、見つけるには偶然の出会いを求めるしかない。そして、基本的に毎晩、引っ越す。その引っ越しには、8時間も10時間もかかることがある。
ジャングルでは、ハチもヘビも怖いが、一番怖いのは蚊。マラリアにかかると大変。
 ヒメサスライアリの観察中、怒ったアリに刺されると、毒針なので強烈な痛さ。
 面白い、面白いと著者は書いていますが、なにしろジャングル(密林)の中なので、ともかく大変な現地探求の日々です。いやあ、学者って大変な苦労をするものですよね。とても真似できません。
(2024年4月刊。1040円+税)

2024年8月13日

神秘なるオクトパスの世界


(霧山昴)
著者 サイ・モンゴメリー 、 出版 日経ナショナル・ジオグラフィック

 タコは賢い生物で、人間を見分け、人間になつくというのです。
 タコは、頭に1つ、足1本につき1つずつ、合計9個の脳がある。そして、心臓も3つある。ただし、その割には短命。8本の足で触り、味わう。そして、化ける。
 タコは洗練された擬態能力を備えている。瞬時に姿を変えることができる。ほかの動物の形や動きを擬態して、カムフラージュの名手もいる。
タコの皮膚の色の変化は、人間が顔をしかめたり、笑ったり、赤面したりする感情表現に似ている。
 タコにも、人間と同じく、個体ごとに違う性格と特質がある。
タコは、短命で、ミズダコの寿命はわずか3年~5年。
 タコには人間の顔を見分ける能力があり、好悪の感情がある。
 一部のタコは、2本の足で歩行する。
タコは、近づく人間が害がないと判断すると、近づくのを許し、手を伸ばして触れようとする。
 タコは信じられないほど、人なつっこい。
タコは人間が瞬(まばた)きするよりも速く、体の色や形を自由自在に変える。ワモンダコは、1時間に最大177回も体色を変え、50種類のボディパターンを身にまとうことができる。5分の1秒で体色を変えられるし、1時間以上も同じ色や模様を安定して維持することもできる。
 タコは、イカよりも6.5平方センチメートルあたりの色素胞の数が多い。500万個以上の色素胞がある。
タコは硬い骨格なしで二足歩行できる唯一の動物。タコの目は色を識別できない。タコは皮膚で光を感じたり、見たりできる。
実験によって、タコには記憶力、学習能力、自制心をもつことが証明された。
 タコにも人間のように2つの異なる睡眠段階があり、目覚めるまでにそれが何度か繰り返される。
タコは好奇心が旺盛で、何か面白いことをするのを楽しむ。つまり、タコは遊ぶ。
 タコは人間の顔を認識し、記憶する。
タコのメスは1度に10万個の卵を産むと、それを平均6ヶ月間守り、清潔に保つ。卵が孵化(ふか)するのを見届けると死んでしまう。
 タコのメスはオスを殺して食べる。
 タコって、こんなにも人間によく似た賢い動物なんですね...。すっかり見直しました。
(2024年4月刊。2300円+税)

2024年7月28日

水族館飼育係だけが見られる世界


(霧山昴)
著者 下村 実 、 出版 ナツメ社

 これは面白くて楽しい本でした。水族館だからもちろん魚を扱うわけです。でも、ジンベエザメって、これも魚なんですかね...。最大全身14メートルという、最大の魚類。イルカやクジラはもっと大きいわけです。こうなると、魚って何者なのか...という疑問も湧いてきます。
 ジンベエザメの「ハナコ」さん。立ち泳ぎして、1ヶ所にとどまって餌を食べるそうです。慣れてくると、頭をなでさせてくれ、背ビレにつかまっても悠々と泳いでいく。いやあ、ここまで慣れるのですね...。
 ただし、頭をなでられて喜ぶのは犬と一部の哺乳類だけ。多くの生き物にとって頭頂部は急所なので、触られるのは嫌なこと。
ジンベエザメは24時間、泳いでいる。寝ているあいだも泳ぐ。これって、マグロと同じですよね。
 水族館の飼育係になるのに、特別な免許は必要ない。ただ、潜水士の資格はもっていたら都合がよいし、潜水経験があって、泳げたら、うれしい。
 ただし、飼育係も接客業なので、コミュニケーション力は重要。人間同士で話し合うコミュニケ―ション能力がないと、生物たちと通じ合うのは無理。なーるほど、ですね。意思伝達は必要なのですね、相手が魚であっても...。
 マンボウの体表についていた寄生虫を指でこすって取ってやると、1回しただけなのに、マンボウはそれを覚えていて、著者を見ると、近寄ってくるようになったそうです。ちゃんと人間を見分けているのです。
毒をもつ生物は多いので、要注意。アカエイは痛い。カラスエイは激痛。マダラトビエイも激痛。ハオコゼは痛い。ゴンズイも痛い。カカクラゲは激痛。アンドンクラゲも同じく激痛。オオスズメバチは熱い痛い、苦しい。そしてミノカサゴは激痛かつ苦しい。
 ヤモリは、「チーチー」と鳴くそうです。わが家の台所の窓にはヤモリが夜になると貼りつきます。でも、「チーチー」なんて鳴き声を聞いたことはありません。本当に鳴くのでしょうか...。
 同じ水槽に小さい魚と大きな魚を入れて共存させるための秘訣(ポイント)は、小さい魚を先に入れて優先権を与え、小さい魚が逃げ隠れできるようにする。大きな魚には適正に餌を与えて、極力空腹にならないようにする(もっとも肥満にも気をつけるとのこと)。
 水族館で魚を飼うときに気をつけないといけないのは、「衝突死」が多いこと。つまり、水槽のアクリルガラスに衝突して死んでしまう個体が少なくないそうです。
 日本は水族館大国と言われるほど、水族館が多く、100館もあるとのことです。
 鹿児島の水族館も大きな水族館ですけれど、沖縄の「美ら海(ちゅらうみ)水族館」のスケールの大きさにはど肝を抜かれました。スカイツリーにも「すみだ水族館」があるそうです。
 著者は「さかなクン」と同じで、幼いころから「魚、大好き少年」だったようです。それを一生の仕事にしたというのです。すばらしいことですよね、尊敬します。
(2024年5月刊。1540円)

2024年7月16日

生き物の「居場所」はどう決まるか


(霧山昴)
著者 大崎 直太 、 出版 中公新書

 ニッチ(居場所)をめぐる新書です。ニッチとは、天敵からの被害を最小限に抑えることのできる「天敵不在空間」。
モンシロチョウ属の最大の天敵は、アオムシサムライコマユバチという寄生バチ。モンシロチョウ属の幼虫の体内に産卵し、孵化(ふか)したハチの幼虫はチョウの幼虫の体内で寄生生活を送る。ハチの幼虫が十分に育つと、チョウの幼虫の体内から脱出して蛹(さなぎ)になり、残されたチョウの幼虫は死んでしまう。
 この天敵から逃れるため、3種のチョウは異なる天敵回避法を獲得している。モンシロチョウは新たに栽培されるキャベツを求めて移動し、コマユバチのいない世界に「逃げる」。ヤマトスジグロシロチョウは、ハタザオ属という他の植物の下草として覆われるように生える植物を利用してコマユバチから「隠れる」生活をしている。スジグロシロチョウは幼虫の体内でコマユバチの卵を殺してしまうという「攻める」生活をしている。
 モンシロチョウ属のチョウは、カラシ油配糖体を含む、一度も経験したことのない新奇な植物に出会うと常に産卵する。そして、チョウは産卵できる植物の葉の形を学習して記憶し、離れた場所から視覚的に産卵植物を探し出す。
 北海道の北半分にはエゾスジグロシロチョウ(エゾ)が棲んでいて、本州にはヤマト(ヤマト)スジグロシロチョウが棲んでいる。
 学者ってすごいね、偉いなと思うのは、このエゾとヤマトのとてもよく似た卵と幼虫を見ただけで識別するのです。もちろん、それには年月がかかります。
 ヤマトの幼虫の体色は緑色っぽくて、エゾの幼虫のそれは青っぽい。この体色の違いを識別できるようになるまで、2年間を要した。すごいことですよね、2年間もじっと見つめて観察していたのですから...。
 さらに、蛹の重さはキレハ(黄色い花の帰化植物)で育てると平均184mg、コンロンで育てると132mgだった。つまり、キレハで育てたときのほうが重く大きな蛹になった。
 すごいですね、体色で見分けるだけでなく、体重が184mgなのか、132mgなのか、計測までするということです。これって「ミリグラム」の世界ですからね、本当に根気のいる、大変な仕事だと思います。しかも、実験や観察で得られたデータを数式をつくって予測し、分析するのです。私のような凡人にはとてもまね出来ません。
 前半は、私としては少し難しすぎでしたが、後半に具体的なチョウの知られざる生活のところは大変興味深く読み通しました。
 私は、アサギマダラ(チョウ)が来てくれることを願って、フジバカマを大切に育てています。今では、フジバカマは20株ほど植えてアサギマダラを待ちかまえているのですが、まだまだ、やってきてくれません。それこそ、今年の秋には、ぜひ来てほしいと願っているのですが...。
(2024年1月刊。1050円+税)

2024年7月 1日

森を失ったオランウータン


(霧山昴)
著者 柏倉 陽介 、 出版 A&Fブックス

 ボルネオ島には、孤児となったオランウータンを保護し、育てあげて10年たったら森に戻すという施設があります。人間と同じ大型哺乳類なので、オランウータンを森の中の大自然に戻すには10年もかかるというのです。
 なんで、ボルネオから森がなくなったのか...。それは人間の都合。アフリカ原産のアブラヤシをボルネオで大々的に栽培するようになった。このアブラヤシからとれるパーム油はお金になるから。森は大々的に伐採され、なくなっていった。
 オランウータンは生まれつきの木登りの天才というのではなく、木登りをまず学ぶ必要がある。1~3歳は、木登り。そして、3~6歳は森林の中で生きていくことを学ぶ。
 ボルネオの熱帯林の焼失が急速に進んだため、野生のオランウータンは80%も減ってしまった。
 1964年に開設されたボルネオ島にあるリハビリセンターでは、これまで750頭以上のオランウータンが保護された。
リハビリセンターで、また森の中で遊んでいる自然な様子のオランウータンの顔を見ていると、オランウータンの保護というのは、それは人類の生存環境の保全にもつながっていると感じさせられます。アマゾンやボルネオの熱帯雨林を次に「開発」と称して消滅させていったら、次は人間の居住する環境も悪化していくことにきっとつながると思います。
 ところで、こんなに大々的に森林を植樹されてつくられるパーム油って、いったい何に使われているのでしょうか...。世界の生産量の85%を占めるのは、ボルネオ島を保有するマレーシアとインドネシア。
 ともかく、熱帯林をこれ以上減らすのは、ぜひ止めてほしいです。
(2024年3月刊。1980円)

2024年6月17日

森の鹿と暮らした男


(霧山昴)
著者 ジョフロワ・ドローム 、 出版 エクスナレッジ

 フランスの若い男性が、ルマンディー地方の森の中に入って、そこで生活して、鹿と仲良くなって7年間も暮らしていたという驚くべき話です。信じられません。
夜の森は退屈とは無縁だ。夜行性の動物はたくさんいて、サイズもさまざま。昼夜を問わず活動する動物もいる。たとえばリスは、日中は庭をちょろちょろしているが、夜は森を縦横無尽に駆けまわっている。
 森で過ごすようになって、人生はより濃密になり、喜びと発見に満ち、おだやかだった。
両親が私を縛りつけようとすればするほど親子の絆(きずな)はほころびていき、ついに切れた。私は森で暮らすことにした。
森の冒険は4月に始まった。できるだけ森で採れるものを食べ、完全には難しいとしても、菜食主義に近い食生活をしようと決めた。同じ森にすむ動物を狩って食べるなんてことは考えられなかった。
ある晴れた朝、道端で葉っぱを食べていると、1頭のノロジカが私の目の前を横切り、数歩先でとまった。この出来事がきっかけで、ノロジカと暮らし、彼らの生き方を学ぶことにした。正しいサバイバル法はノロジカのダゲを観察することで分かった。
ノロジカは昼夜を問わず、短いサイクルで休む。1回に1、2時間ほどの休憩を何度もとる。こまめに眠れば、夜にまとまった睡眠をとる必要がないことが分かった。
そして、森では、昼よりも夜のほうが生産性が高い。完全なる自給自足は一朝一夕で達成できるものではない。私の貯蔵法は、採取した植物を日中はメッシュ生地の袋に入れて日当たりのよい枝につるし、夜は湿気ないようにジップロックに入れるというもの。
イラクサ、ミント、オレガノ、オドリコソウ、セイヨウナツユキソウ、セイヨウノコギリソウ、シシウド・・・。食べられる植物と毒のある植物を正確に見分け、それぞれの栄養価を把握する、これには長い時間がかかった。量にも注意が必要。スイバはとてもおいしくて食べやすいが、大量に摂取すると、ひどい消化不良を起こす。小さな花をつけるアカバナの根は万能薬。
食料の蓄えがあり、大きなケガをせず、適当な体力があれば、1年ほどで栄養面の自活・自立は成し遂げられる。
シカと生活し、移動を共にするうえで、いちばん難しいのは、雑念を払うこと。
いたずら好きで、遊び心のあるノロジカたちに、私はすっかり魅了された。
森に善悪はない。しかし森は、常に私たちに自問することを強いてくる。
シカは習慣の生き物だ。だから、シカに会いたいと思ったときは、いつも現れる付近に腰をおろして待つのが賢い。
森で生活するとき、洗濯はしない。人間社会のにおいを森に持ち込みたくないからだ。
ノロジカは美食家だ。栄養価が高く質の良い食べ物を選んで食べている。
神経質そうに見えて、ノロジカはおだやかで、生きることを楽しむ生き物だ。
冬のもっとも寒い時期は発汗が命取りになるので、なるべく汗をかかないようにする。低体温症にならないように、体を濡らさない。体温を保つこと、十分に食べること。冬場のまとまった睡眠は死に直結する。
気温が最も高くなる午前中の終わりに少しだけ眠った。
ノロジカは人の感情を理解する。それだけではなく、その人の善悪、つまり動物の命を尊重する人と、危害を加えようとする人を見分けることができる。
著者は19歳のときに森に入って生活を始めました。そして、26歳のとき、パートナーに出会って写真展を開いたのです。39歳になった今も、森の近くの町に住んでいます。すごい本です。思わず力が入り、うんうん唸りながら読み進めました。
(2024年4月刊。1800円+税)

2024年5月27日

植物観察の事典


(霧山昴)
著者 大場 秀章 、 出版 ヤマケイ文庫

 私の数少ない趣味、というか生き甲斐の一つがガーデニング(庭づくり。つまり、花と野菜の栽培)です。東京そして神奈川に10年間住んでいました。憧れて上京したのですが、自然の四季折々を実感することができないのが本当に寂しく思いました。それで、東京直下型大地震の話が出たとき、これは何としても田舎に帰ろうと思ったのです。今は、広い庭(東京だと建売住宅が少なくとも4軒以上は十分に建つ広さがあります)に、四季折々の花を楽しんでいます。
 3月末から4月にかけては、なんといってもチューリップです。毎年、少なくとも300本は自宅の周囲に球根を植えて、愛(め)でて楽しんでいます。その前後は水仙ですね。チューリップが終わるころにジャーマンアイリス、そして黄ショウブ、それからクレマチスが次々に咲いてくれます。今はアマリリスの大輪の花が魅惑的です。私個人のブログで写真を公開しています。一度のぞいてみて下さい。
 そして、ジャガイモを梅雨に入る前に掘り上げます。タマネギをつくっていたときもありますが、あまりにたくさんとれて、今はつくっていません。ジャガイモより難しいのはサツマイモです。今年も苗を植えましたが、なかなかうまくいきません。小粒で、大きくならないのです。恐らく、土地が肥えすぎているのだと思います。長年にわたって生ゴミを庭に植えこんでいますので、庭の土はふかふか、黒々としています。
 こうやって日曜日の午後を過します。私の最大の楽しみの一つになっています。
 キャベツを植えたこともあります。これは大変でした。毎日毎朝、青虫を割リバシでつまんで取り除くのですが、いつだって取りきれません。これは、農家が農薬を使いたくなるのも当然だと思いました。
 ネギも植えました。これは失敗がありません。薬味として、刻んで、美味しくいただきます。
 ドングリは、たくさんの、実のなる年と、それほどでもない年がある。それは、何年かに一度、たくさんの果実をつくると、急に動物が増えることはないので、ドングリを食べきれず、多くのドングリが生き残る。そうやって子孫を確保している。うむむ、そういうことですか...。
 トリカブトの毒も、少量なら薬になる。人間にとって、アルカロイドは毒であると同時に薬でもある。ソテツの実やヒガンバナの球根は猛毒だけど、人間はすりつぶして水にさらし、リコリンというアルカロイドを抜いて、飢饉(ききん)のときに食べていた。やはり、生きるための知恵ですよね。
ひところ黄金色に輝くセイタカアワダチソウの群落があちこちに見ましたが、今は、それほどでもありません。繁殖力は旺盛なのですが、時間が経過すると、個体の寿命の到来とあわせて自家中毒によって、自らもその場所から追い出されてしまうのです。
 知らない植物の話が盛り沢山の本でした。
(2024年3月刊。1100円)

2024年5月13日

生きものたちの眠りの国へ


(霧山昴)
著者 森 由民 、 出版 緑書房

 依頼人と話しているとき、不眠症の人が意外に多いことに驚かされます。
ベッドに入るのは10時ころ、眠るのは午前3時で、朝の7時には目が覚める。なので、毎日の睡眠時間は4時間。これは30代の男性の話です。いやあ、大変ですよね・・・。ぐっすり眠れないと疲れがどんどんたまっていき、病気になってしまいます。
 「眠りは、優しい母と美しい姉が一体になったものだから、なかなか僕の寝室には恥ずかしくて来てもらえないのだ」(中井英夫「眠り」)
 睡眠は非常に効果的に脳の機能を回復させる。
私は徹夜したことは高校生時代に1回、そして大学生のときに1回だけあります。弁護士になってから徹夜したことは1回もありませんし、30代のころ午前2時まで起きて書面作成したことが1回ありましたが、回らなくなった頭ではどうしようもありませんでした。高校生のときは、実験的に徹夜してみたのですが、まるで効率が悪いことをして1回でやめました。大学生のときは、サークルの夏合宿のときに彼女と話し込んで夜が明けたというわけですが、これまた次の日は散々でした。
 ともかく夜の12時を過ぎたら頭が回転しなくなります。身体全体が明らかに機能不全になっていることが分かります。なので、最近は夜11時までに寝るよう心がけています(それでも、ときどきは12時近くになってしまいます。でも12時過ぎまで起きていることは絶対にありません)。
レム睡眠とノンレム睡眠と、はっきりしているのは、ほ乳類と鳥類だけ。ちなみに、鳥類については、「ここまでが恐竜で、ここからが鳥」という客観的な区分はできないので、恐竜そのものの延長線で考えられている。レム睡眠のあいだに、記憶の重みづけが行われると考えられている。
水族館のイルカは、泳ぎながらの「遊泳睡眠」、プールに浮いて眠る「浮上睡眠」、沈んで眠る「着床睡眠」の3つがある。
オランウータンは、ベッドに入ると、体の上に枝葉をかけぶとんのようにかぶる。雨が降ると、枝葉を傘のように使う。
オランウータンは、毎日夕方の5時から6時くらいに数分間でベッドをつくる。ゴリラは、夜でも地上で眠ることが多い。
犬は平均して30~40分を1単位とする睡眠をとっている。1回のレム睡眠は10分以内。動物園のゾウは、ひと晩に4~6.5時間しか眠らない。
カイメン類の祖先は6億年以上前からすでに存在していた。もっとも原始的な多細胞動物の姿を受け継いでいるようです。このカイメンには、全身をつなぎ合わせてコントロールする神経は存在しない。それどころか、ばらばらの細胞にされても、また細胞が寄り集まって再生する。
睡眠が大切なことを改めて認識させられる本でした。
(2023年12月刊。2200円+税)

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