弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

生物

2024年11月18日

裏山の奇人


(霧山昴)
著者 小松 貴 、 出版 幻冬舎新書

 新書版としては新刊なのですが、実は10年前に東海大学出版会から同じタイトルで出版されていて、その復刊本(新書)なのです。カラー印刷なので、見てるだけでも楽しい新書になっています。
10年前は九大につとめていた著者は、関東に移り、また、結婚して、2人の息子がいるとのこと。奥様のコトバがすばらしいです。
 「コマツは組織に飼われたら絶対ダメ。自由におやり、私が養ってあげる」
 そのコトバのおかげで、著者は相変わらず、裏山で自由に生き物(昆虫)たちとの悦楽の時間を過ごしているようです。すごいですね。幼いころから昆虫好きだったとのこと。私もアリの行列に見とれ、その行き先をたどった記憶はありますが、石をひっくり返し、巣穴をのぞいたことはありません。そして、著者はなんと、アリに寄生する虫を発見したらしいのです。好蟻性昆虫と呼びます。このアリヅカコオロギの研究で20数年後に、飯を食うなど想像もしていなかったとのこと。そりゃあ、そうでしょう...。
 昆虫観察を成功させるコツは地元の人を決して敵にまわさないこと。いかに地元の人たちに赦(ゆる)されるかが肝心。要するに、変な奴と警戒されないようにすることなんですね。
 わが家の庭にはモグラが棲みついています。先日もチューリップの球根を植えたところが大きく盛り上がっていて、球根が地上に放り出されていました。トンネル内にあった泥を地上に押し出した後です。モグラはミミズを食べて生きていますので、決して球根なんか食べませんが、球根を邪魔者扱いにして地上に放り出すので困ります。
 このモグラの小型をヒミズと呼び、著者はずっと観察しました。
 ヒミズは、ある面ではとても賢いけれど、別の面ではとてもバカな生き物らしい。
 著者は森の中で、野ネズミを観察しようと夜に待ち伏せした。たった1人、暗い夜の森にじっと座って待つ。足を動かすと地面を振動が伝わるので、足は動かせない。鼻水が流れてもすすると、その音で警戒されるので垂れ流しのまま...。いやあ、寒い中、大変な作業ですね。おかげで動かず、音を出さないと、人慣れしていない野生動物でも至近で観察できることを学んだそうです。
いま、西日本新聞に連載中の昆虫博士・九山宗利先生に手ほどきしてもらい、今は尊敬しているとのことですが、初対象の印象は次のとおり。
 その見た目の胡散(うさん)臭さ、まがまがしさ...。いやはや、なんということでしょう。でも、恐ろしく博識で頭が切れるというホメコトバが続くのです。
 好蟻性昆虫の研究なんかして何の役に立つのか、そんなもの研究する価値があるのか...。よくある疑問です。でもでも、すぐに役に立たなくても、ひょっとして何かの役に立つかもしれないし...。学問って、すぐ目の前の役に立つ者ばかりではありませんよね。
 好蟻性生物は、いずれもアリに寄り添い、利用するために特殊な進化を遂げた、選りすぐりの精鋭ぞろい。アルゼンチンアリのようなアリの放浪種には、1コロニー内に女王が何十匹もいるので、たった1匹でも女王を駆除しそうになったら、すぐに増えてしまう。
天敵というのは、害虫の密度を抑えるのには役立つけれど、滅ぼすことはできない。
ツノゼミは、アリに守られた状態でよく見つかる。ツノガミが排泄する甘露をなめるため、アリがたかるのだ。
 奇人・変人がいるからこそ世の中の進化はあるのです。常識人ばかりでは困るのですよね。そのことがよく分かる本でもありました。
(2024年7月刊。1400円+税)

2024年11月 5日

ザトウムシ


(霧山昴)
著者 鶴崎 展巨 、 出版 築地書館

 クモみたいだけど、クモではない、脚長の生き物。このザトウムシを高校生のころから50年ものながいあいだ研究しているという著者による本です。すごいですね、まったく見上げた執念ですよね。
ザトウムシは座頭虫。歩くとき、最長の第2脚を前方に伸ばして周囲を探るような姿勢をとる。その姿が、前方を杖で探りながら歩く姿に似ていることから、江戸時代にザトウムシと呼ばれるようになった。
 ザトウムシは、山地の森の中で、人知れず、ひっそりと生きている。
 ところが、手塚治虫のマンガ「きりひと讃歌」に出てくるし、野田サトルの「ゴールデンカムイ」にもザトウムシが非常に正確に描かれている。手塚治虫は昆虫好きでも有名でした。
 クモとザトウムシの違いは、2つ。クモは腹部と頭胸部とのあいだが細くくびれているが、ザトウムシはずんどう。そして、眼はザトウムシは2個なのに、クモは8個か6個の単眼をもっている。
ザトウムシの細い脚は、古生代の化石として登場するときも今と同じく細く長い。
ザトウムシは、1年に1世代。
ザトウムシは、小型の昆虫やクモ、陸見、ミミズを食べる。食性幅が広いので、クモと違って食べ物には困らない。
 クモは消化した液体しか取り込まないので、不消化物が少なく、ほとんど糞が出ない。ザトウムシの糞は、白いペレットとして肛門から排泄する。
 ザトウムシを飼育するときの餌(エサ)は、カロリーメイト、食パン、魚肉ソーセージ、チーズなど、どれもよく食べる。そして、水をよく飲む。
 オスとメスは向きあって交尾する。オスはメスに餌を提供して長い交尾時間を確保している。この餌を婚姻贈呈という。メスは平均で7個体のオスと交尾している。
 ザトウムシには、メスしか見つからず、産雌単為生殖種と考えられるものが多い。日本産のザトウムシの1割にあたる8種がそうである。
 ザトウムシでは、子を保護するのをオス(父親)もする。
 ザトウムシは、世界には6300種いて、日本には80種いる。
ザトウムシは、人を咬んだり刺したりすることはないので無害だけど、人の生活に目立つ益もない。ただし、森林害虫を捕食している。
蛇足ながら、著者の長男は、TBSテレビのクイズ番組で初代の「東大王」だったそうです。マニアックなところが似たのでしょうね、きっと...。
(2024年8月刊。2400円+税)

2024年11月 2日

農はいのちをつなぐ


(霧山昴)
著者 宇根 豊 、 出版 岩波ジュニア新書

 庭に植えたカボチャは花こそたくさん咲いたのに、ひとつも実がなりませんでした。なぜ、でしょうか...。残念です。来年はもう少し研究して植えつけ、育てるつもりです。
サツマイモのほうは、地上には勢いよく葉が繁っていますが、肝心の地中部分はどうでしょうか...。今月末から11月にかけて掘り起こすつもりです。実は、これまで何回もチャレンジしましたが、毎回、うまくいきませんでした。野菜育ての本を立ち読みすると、ツルの先端が少しばかり上向きになっているのが良いのだそうです。そこまでの目配りはしていませんでした。果たして、どうなることやら...。
 もう一つ、アスパラガスを昨年、植え替えました。今のところ、あまり調子良くはありません。来年の春に、太い芽を次々に出してくれたら、うれしいのですが...。
 「百姓」という言葉は、「日本書紀」に登場しており、決して差別語ではない。明治以降の歴史教育が差別を助長した。今では「百姓」という言葉のイメージは、明るさを取り戻している。そうなんですよね。また、士農工商も、以前と違って、格差を意味していないそうです。
稲株のまわりにはオタマジャクシが35匹いる。オタマジャクシは、10アール(1千平方メートル)あたり20万匹が生息する。しかし、カエルになって翌年また会えるのは1千匹。残りの19万9000匹は、いったい、どうなったのか...。きっと、その多くは食べられたのだろう。
赤トンボは、毎年、東南アジアから飛んでくる。海の上を20日も飛ぶことになる。
花粉はミツバチの幼虫の餌食になる。
 稲穂は刈り入れる直前、交雑したがっている。
江戸時代の百姓は80%、明治時代には64%、大正時代には57%、1960年には37%だった。ところが、1990年に14%、2020年には、わずか3.8%。
ごはん1杯は、米粒3000~4000粒、つまり稲3株となっている。
野の花が咲き乱れるには、適度な草刈りが必要。
食べるということは、「いのち」を奪いながら、「いのち」を引きつぐこと。すごい行為だ。
 農業の営みを私たちはもっと大切にしなければいけませんよね。自給率から3割のまま、大軍拡して、ミサイルをどんどんアメリカから買い入れても、日本人が生きのびることができるはずもありません。
(2023年11月刊。990円)

2024年10月21日

植物の謎


(霧山昴)
著者 日本植物生理学会 、 出版 講談社ブルーバックス新書

 ショ糖の甘みを100とすると、ブドウ糖は70、果糖は80~150。果糖の甘みに幅があるのは、甘みが温度の影響を受けるから。果糖には2種類(αとβ)があり、β型の果糖は温度が低くなると、α型より3倍も甘く感じられる。ところが、これに対して、ショ糖やブドウ糖の甘さには、温度で変わる性質がない。
 マンゴーには果糖が糖の34%を占めているため、低温にすると甘みが増す。パイナップルとバナナには果糖の比率が低いので、低温にしても甘みは増やさない。
 イチゴの甘みは、含まれるショ糖の濃度に依存する。イチゴを栽培するとき、温度が高いと、甘みを主体とする美味しさの成分をじっくり蓄積できないまま、大きさだけどんどん成長してしまう。温度が低いと、美味しさの成分が十分に蓄積されるので、甘みの強いイチゴになる。
 ダイコンは、すりおろされて初めてイソチオシアネートを発生し、強い辛(から)みを感じる。そして、ダイコンの尻をすりおろしたときのほうが辛みを強く感じる。それは、維管束の密度が高いから。
 リンゴやジャガイモを切ってそのままにしておくと、酸化反応が起きて、タンパク質やアミノ酸などと結合し、赤や茶色に変わる。リンゴの切り口を塩水につけると、塩化物イオンがポリフェノール酸化酵素のはたらきを阻害するため。
 生き物のからだの形は、必ずしも必然性からそうなっているとは限らず、とくに良くも悪くもないので、とりあえずそんな形をしているという事例が多々あると一般に考えられている。
葉緑体の機能が低下して葉の老化がはじまると、植物は葉を落とすため、葉柄の付け根に「離層」という細胞層をつくる。
 植物は「積極的に」老化している。スイカは細胞の数は増えないまま、細胞の一つひとつが大きくなっている。
 バナナは「木」ではなく、多年生の「草(草木。そうほん)」。そして、一生に一度だけ果実をつける。果実ができると地上部は枯れるが、地下部は生きている。
 ニホンタンポポは、自家不和合性なので、雌しべの柱頭は、別の個体の花粉を受粉することが必要。
 「経験によって行動(反応)が永続的に変化する」というのを学習の定義だとすると、植物には学習する能力があると言える。
 オジギゾウにも人間と同じように体内時計があり、およそ24時間周期のリズムをもっている。植物の謎をたくさん解明することができました。
(2024年3月20日刊。1100円)

2024年10月15日

植物園へようこそ


(霧山昴)
著者 筑波実験植物園 、 出版 岩波科学ライブラリー

 わが家の庭にもサボテンがあります。北海道・阿寒湖のマリモのような丸い球型が、もう何十代と育っています。決して一定の大きさ以上は大きくならないのも不思議な気がします。
サボテンは2000種あり、その先祖は3500万年前に熱帯アメリカの林で暮らしていた木。乾きに耐える特殊な光合成を営み、茎には水を貯える細胞が発達していた。
 刺(とげ)は、サボテンの武器砂漠でさまよう動物に食べられないように発達した。
 最小の表面積で蒸散をおさえながら、最大の体積で水を貯えることができる形は球。
 その臭いで有名なショクダイオオコンニャク。この花粉を運んで、受粉するのは、腐った肉を食べる甲虫。シデムシの仲間。花を腐肉と勘違いしたシデムシを集め、受粉してもらうための臭い。
 満開となる深夜に突然、すさまじい腐敗臭を放つ。これは夜行性のシデムシの行動に適応した進化の結果。臭いがしているときは38度になる。発熱している。次に花が咲くまで何年もかかる。
 ラン科は、キク科と並んで、植物でもっとも種数の多い科。これまで2万8千もの種が記録されていて、今なお毎年500もの新種が発見されている。うひゃあ、すごーい、です。
 それは、ランの花粉を運んでくれる動物の種類が大胆に変わったことによる。確実に受粉できるよう、パートナーとする動物が近づきたくなる花の色、形、においがさまざまに進化していった。
 いったい、これは誰が、どうやって変えていったというのでしょうか...。神様がしたというのは一つの考えだと私も思うのですが、ではなぜ、神様はそんなに世の中を複雑にする必要があった(ある)というのでしょうか...。神様ではなかったというのなら、誰が、どうやってデザインを考え、工夫し、さまざまに変えていったのですか...。まったく不可思議の世界ですよね。
 前にもその名前を聞いたことがありますが、「奇想天外」という和名(本名はウェルウィッティア・ミラビリス)をもつ植物がいます。
 アフリカのナミブ砂漠を原産とし、1000年以上も生きるという植物です。まったく信じられないほどの長命です。屋久杉に匹敵しますよね。
 ランは、非常に小型の種子をつくるという特徴がある。種子が小型で軽いので、遠くまで飛んでいく。それと引き換え自力では成長できない。そこで、ランは菌類と共生する。共生菌との関係がランの種分化や生態に影響している。
 ランの種子には胚乳がなく、菌に感染して、菌から栄養を奪って発生するため、菌の感染なしには発芽できない。ランは、ひとつの果実に数千~数十万個の種子をつくるので、ひとつでも果実がとれて培養できたら大量に増やすことができる。
 さあ、植物園にも、動物園だけでなく、行ってみたくなりましたよね。でも、解説してもらわないと、その良さ、面白さが分からないのが、動物園とは違った点でしょうか...。
(2024年7月刊。1500円+税)

2024年10月 7日

標本画家、虫を描く


(霧山昴)
著者 川島 逸郎 、 出版 亜紀書房

 顕微鏡をのぞきながら、製図用ペンで体長数ミリの昆虫を描いていくのです。それも微細にわたって、刻明に。いやあ、すごい、すばらしい細密画のオンパレードです。
身近な生き物が対象ですので、なんとなんと、ゴキブリもハエも描かれています。
 虫の形態の多様さに惹かれて昆虫を観察し続けてきた著者にとって、ゴキブリは、いたって基本的な形態をした、ごくごく平均的な虫だった。そうなんでしょうね。太古の昔から存在してきたのがゴキブリですから、もう身体を変える必要を感じていないのでしょう。
 庭にいる身近な虫といえば、ナナホシテントウもいます。つまむと(私は見るだけで、つまんだことはありません)脚の関節から悪臭のする黄色い毒液を出す。うひゃあ、知りませんでした。やっぱり、これからも、つままないようにします。
テントウムシのつるつるしたようにしか見えない体は、実はでこぼこだらけ。ええっ、そ、そうなんですか...。
 テントウムシは、見かけによらず、食いしんぼうな虫。アブラムシの仲間を好んで食べ、ときには同じ種の卵や幼虫までも襲うことがある。
 標本画はとても実用的なもので、描かれる目的はきわめて明確。なので、見る側の自由な感性に任される絵画とは、そこが決定的に異なる。
 描線の引き加減や微細なもの入れ方ひとつを見ても、そこに込められた描き手の狙いが手に取るように分かる。まるで情念のように感じられる。スミやインクの乗りもありありとした肉筆の画面にのみ色濃く漂う、生身の人間臭さ。むふん、コピーでは伝わらない、感じられないものがあるんですね...。
 昆虫の体には、基本的な構造や法則性がある。たとえば、胸は三節から成る。前脚は前胸から、中脚は中胸から、後脚は後胸から出るという法則がある。前脚は、はっきり区切られ、可動もする前胸から出る。
 予備知識がないまま、形態上の改変が進んだアリの体を読み解くのは、初心者には非常にハードルの高い作業。
 点描とは、点(ドット)の集合の密度や濃度の加減によって、立体感を表現する方法。
 チョウの鱗粉(りんぷん)は、粉ではなく、毛が変形したもの。翅(はね)の表面にただふんわり乗っているだけではない。通常の毛は、糸状に細く、先端に向かって、とがっているか、チョウでは毛は幅広く、瓦状に重なりあっている。
 ハナバチの豊かに全身を包む毛の一本一本は、幾重にも枝分かれしていて、表面積を増やしたその分だけ、より多くの花粉が付着する。
 毛の配列と本数は、決して誤ってはいけない要所なのだ。
 すごい絵が、実に100点、しっかりしびれてしまいました。まさに根気とのたたかい、執念すら感じさせる本です。
(2024年8月刊。2200円)

2024年10月 1日

特殊害虫から日本を救え


(霧山昴)
著者 宮竹 貴久 、 出版 集英社新書

 いまわが家の庭には、サツマイモとカボチャを植えて、収穫を楽しみにしています。
 実は、サツマイモはジャガイモより難しいのです。なかなか大きく育ってくれません。今年は場所を変えたので、今年こそは、と期待しているのですが、どうなりますやら...。
 地上部分は元気一杯にツルを伸ばし、葉を繁らせてくれているのですが、肝心な地下で太ってくれなければどうしようもありません。
この本には、このサツマイモに寄生する害虫の話が出ていて驚きました。
 アリモドキゾウリムシという害虫がいます。熱帯起源でアメリカ南東部とハワイにかけて分布する虫です。1903年に沖縄で発見されました。台湾から入ってきたようです。
 卵から孵化(ふか)した幼虫はサツマイモを食べて育つ。幼虫にかじられると、サツマイモは、大変苦い物質を発するので、とても食べられなくなる。人どころか、家畜のエサにもならずブタさえ見向きもしない。これは、イモが自らを防御するために発するイボメアユロンと呼ばれる苦み物資。虫だけでなく、人間が傷つけてもこの物質を出すので、広く敵に対するサツマイモの防御物質と考えられる。
こんな害虫をどうやって駆除するのかという苦労話が紹介されています。時間もかけて、物量作戦でいくのです。
 殺虫剤の散布は簡単だけど、他の昆虫も殺してしまう。そこで、オスのみを誘引する物質を探しあて、殺虫剤と混ぜてオスに食べさせ、オスを殺す。すると、メスは卵を産むことができなくなる。
 不妊虫放飼法というのは、蛹(さなぎ)のときに放射線を浴びせて不妊にしたウリシバエの大量の成虫をヘリコプターからばら撒(ま)くやり方。これはウリミバエを増産する必要がある。なんと、毎週2億匹のウリミバエを生産したそうです。沖縄の島々に21年もかけて撒いていって、ついに根絶した。いやあ、たいした取り組みですね。
 ところが、あまり強い放射線を浴びせると、オスの競争力が低下してしまい、弱すぎると不妊オスにならないので、その加減が難しかったようです。
 毎週3000万匹の不妊虫がヘリコプターで宮古諸島の林や畑に空からばら撒かれたというのですから、壮大な作戦です。
 それでも殺虫剤などの農薬を空中散布するより、よほどいいですよね。
 ところが、害虫根絶というのは、一度根絶したら終わりかと思うと、そうではなく、終わりなき再侵入との戦いに突入しているというのです。つまり、周辺の諸外国から害虫が侵入してくる危険が絶えずあるということなのです。
 害虫のミカンコバエは、50キロも離れた島まで海上を飛んでいくとのこと。すごいです。
 なので、著者は最後に、ネット販売で南西諸島の果物やサツマイモを島外に郵送しないように訴えて(警告して)います。
 農作物の移動を制限するのは根拠があること、初めてしっかり認識しました。
(2024年5月刊。1100円)

2024年9月30日

空飛ぶ悪魔に魅せられて


(霧山昴)
著者 ジョナサン・マイバーグ 、 出版 青土社

 フォークランドカラカラは、300羽ほどが海岸でひきしめあっている。
 フォークランドカラカラは、新鮮な肉しか口にしないハヤブサと違って何でも消化できる。
カンムリカラカラは、現地ではカランチョと呼ばれる。賢く魅力的な島で、「羽ある種族の王」と呼んで称賛されている。
 フォークランドカラカラの知性はレベルが違う。フォークランドカラカラは遊びと仲間を愛し、学習意欲にあふれ、ヒトを射貫くような意識のオーラをまとう。
 ハヤブサは、地球上で最速の鳥であるだけでなく、長距離を渡る鳥でもある。ハヤブサの多くは季節に応じて大陸間を移動し、総距離は1年で3000キロメートルほどにもなる。そして、ハヤブサの視力は想像を絶している。1.6キロメートル先から新聞の見出しを読めるほど鋭敏。
 カラカラは、南米のハヤブサのなかで、もっとも冒険好き。
 脳が大きく、長命なカラスやインコは、脳が小さく、短命なハトやウズラなどの鳥に比べて、平常時のストレスホルモンのレベルが低い。
 ハヤブサは孤独を愛し、型通りの行動を好み、失敗を避ける。これに対してカラカラは、新しいものに目がなく、仲間を求め、退屈を嫌い、いつもリスキーな行動をとり、興味をそそるものは何であれ、いじくり回さずにはおれない。
 南アメリカにはカラスがいない。なぜなのか...。
 アカノドカラカラの大好物は、なんといってもスズメバチ。大声で存在をアピールすることにかけては、アカノドカラカラも負けてはいない。すさまじい絶叫で耳鳴りがした。
鳥は哺乳類よりもヒトから逃げるのがうまいはずではと思うかもしれないが、歴史記録は逆の事実を示している。
 アンデスカラカラは、一族のなかで、もっとも美しい鳥だろう。インカ帝国でもっとも高い価値を認められていたものの一つは、カラカラの羽。インカ帝国では頭飾りが階級や所属を表す。
 カラカラの黒と白の装いは、インカの人々が考える万物の秩序にふさわしかった。
 カラカラには、ヒトと関わりをもちたがる興味深い傾向があった。
 チャールズ・ダーウィンはビーグル号に乗って航海していたとき、南米大陸の南端の島々で、タカとカラスの雑種のような奇妙な鳥に出会い、その賢さに舌を巻くとともに、いたずらに手を焼いた。好奇心旺盛で人を恐れず、大胆で騒々しい「空飛ぶ悪魔」ことフォークランドカラカラは、猛會類として異例の気質を獲得した。
 カラカラのことが、なんとか少しだけ理解できました。
(2024年5月刊。3800円+税)

2024年9月24日

タコの心身問題


(霧山昴)
著者 ピーター・ゴドフリー・スミス 、 出版 みすず書房

 この本を読むと、タコは意外なほど賢く、好奇心の旺盛な生き物だということがよく分かります。タコは、食べられないことが明らかなものにさえ関心を示す。
大腸菌は単細胞生物だが、自分にとって好ましい物質とそうでない物質とを区別することができる。好ましい物質であれば、その濃度の高いほうに移動するし、逆に好ましくない物質であれば、濃度の低いほうに移動する。大腸菌の外面には、そうした「感覚器」が並んでいる。この「感覚器」は、正確には、大腸菌の外膜を構成する分子である。
 実験室内でテストを受けさせると、タコはおしなべて良い成績をとり、かなり頭が良いことが分かる。
 タコは見慣れないものを弄(もてあそ)ぶだけでなく、有効に活かすこともある。
 タコは好奇心が強く、順応性もある。冒険心がある一方、日和見主義なところもある。いやあ、これって、人間の若者そっくりですよね。
 タコには5億個のニューロンがある。いったい、どうやって、こんなことを数えられたのでしょうか...。
 タコは捕食者であり、自らが動いて獲物を襲う。
 タコは非常に社会性が高い動物とは言えない。
 タコの心臓は一つではなく、三つ。その心臓が送り出す血液は赤ではなく、青緑色をしている。酸素を運ぶのに鉄ではなく、銅を使うから。
 タコは知覚の能力も、運動能力も非常に優れている。大規模な神経系と、活発に動くことのできる複雑な構造の身体をもった動物である。行動も非常に柔軟で、変幻自在だ。
 タコは方向感覚にも優れている。
 タコは身体の色を変える能力に長(た)けている。
 その皮膚は、重層構造のスクリーンのようになっていて、脳によって直接、制御される。脳内のニューロンは直接、皮膚につながり、筋肉を制御する。皮膚には、ピクセルのように色を発する小胞が何百万とあり、筋肉は脳の指令を受けて、その小胞を制御する。何かを感じると、それに従って、即座に色が変化する。一つの色素胞が発するのは一色のみ。
 イカには、人間に対して有効的なものがいれば、強い敵意を示すイカもいる。それでも、友好的なイカのほうが、ずっと多い。
 頭足類の身体の色変化には、擬態と信号伝達の二つの大きな役割がある。
タコの寿命は1~2年が普通。最大のタコであるミズダコも野生ではせいぜい4年しか生きられない。衰えが始まると、あっという間に健康が損なわれてしまう。好奇心旺盛な知性をもつタコだが、2歳になる前に死んでしまう。
 タコのメスは多数のオスと交尾をするが、産卵の時期には、巣穴に入ったまま動かない。卵を産むと孵化するまで抱いている。一度に産む卵は何千。幼生たちが水の中に出ていくとメスのタコは死ぬ。
 大阪はタコ焼き。そのタコがこんなに知能の高い生物とは...。うかうか食べられませんよ。
(2023年11月刊。3300円)

2024年9月15日

アリの巣をめぐる冒険


(霧山昴)
著者 丸山 宗利 、 出版 幻冬舎新書

 アリの大群そしてアリの行列をよくよく観察すると、いろんなことが分かるという、面白い新書です。
生き物の発見は、視点がすべて。知識にもとづく独自の視点をもたなければ、新しい発見はできない。確固たる才がなければ、多くの生き物の存在を簡単に見落としてしまうのが野外調査の怖さ。
アリと多少とも共生あるいは依存することを好蟻(こうぎ)性という。
 アリの好む物質を出してアリから口移しに給餌を受けるもの、アリの巣にまぎれこんで餌の残りを食べるもの、アリの巣の周辺に住んで弱ったアリを食べるもの、アリの背中に乗って生活するもの、実にさまざまいる。
 分類学の研究では、写真技術の発達した今でも、絵描きのほうが有用な手段である。重要な部分だけを絵で示したり、強調できるから。
 アリの死骸がまとまって巣から出されるのは、年1回の早春に限られる。そこで、クサアリハネカクシは、この早春に産みつけられた卵は、わずか数日で孵化する。
アリはきわめて排他的で、他種に対しては強い敵対行動をとる。
 ヒメサスライアリは、アリを専門に食べるアリ。ほかのアリの巣を襲って、成虫や幼虫を狩って食べる。2~5ミリの小さなアリだけど、毒針を使って、自分よりはるかに大きなアリを仕留める。しかし、ヒメサスライアリは放浪性のアリなので、見つけるには偶然の出会いを求めるしかない。そして、基本的に毎晩、引っ越す。その引っ越しには、8時間も10時間もかかることがある。
ジャングルでは、ハチもヘビも怖いが、一番怖いのは蚊。マラリアにかかると大変。
 ヒメサスライアリの観察中、怒ったアリに刺されると、毒針なので強烈な痛さ。
 面白い、面白いと著者は書いていますが、なにしろジャングル(密林)の中なので、ともかく大変な現地探求の日々です。いやあ、学者って大変な苦労をするものですよね。とても真似できません。
(2024年4月刊。1040円+税)

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