福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

【北九州部会】~児童虐待研修会の御報告~

会員 三苫 和喜(71期)

1 はじめに

令和元年10月4日、北九州弁護士会にて、北九州市子ども総合センター(児童相談所)児童虐待対策担当課長の菊原康弘さんを講師にお迎えし、児童虐待研修会が行われましたのでご報告いたします。

2 児童虐待の基礎知識

児童虐待とは、保護者がその監護する児童について行う、(1)身体的虐待、(2)性的虐待、(3)ネグレクト、(4)心理的虐待、をいうとされています。

(1)身体的虐待とは、児童の身体に外傷が生じ又は生じる恐れのある暴行を加えることとされ、殴る・蹴る・叩くといった行為だけでなく、部屋に閉じ込めることや戸外に締めだす等の行為も当たるそうです。

(2)性的虐待とは、児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせることで、子どもへの性的暴行だけでなく、子どもに性器や性交を見せる行為も当たるそうです。

(3)ネグレクトとは、児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ることとされ、適切な衣食住の世話をしないだけでなく、保護者以外の同居人による身体的虐待、性的虐待、心理的虐待を保護者が放置することも、ネグレクトに当たるそうです。

(4)心理的虐待とは、児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこととされ、言葉による脅迫や無視といった典型的なものだけでなく、子どもの前で配偶者に暴力や暴言を行う面前DVも心理的虐待に当たるそうです。

3 児童相談所の虐待対応

児童相談所が相談を受け付けると、初動対応を協議する受理会議が行われ、原則48時間以内に児童の安全確認を行い、児童面接、保護者面接・指導、といった調査を行ったうえで、援助方針の決定をするという流れになるそうです。必要な場合には受理会議から調査までの間に職権による一時保護を行うこともあるそうです。この一時保護は子どもの安全の確保を最優先とする観点から保護者や裁判所の同意なく実施することができる強力な手段でもあります。

また、児童の心理的負担を減らすため、虐待を受けた子どもの児童面接に際しては、協同面接として児童相談所・警察・検察が連携し最小限の機会で被害内容を確認するようにしているそうです。

4 北九州市の取り組み

北九州市では、北九州市子どもを虐待から守る条例を平成30年12月の議会で議決し、平成31年4月1日から施行されています。

また、福岡県警・福岡県・福岡市・北九州市で情報共有に関する協定を締結し、警察との連携を図っているそうです。これまでは刑事事件として立件の可能性のある重篤な事案について警察への情報提供を行っていたそうですが、今後は、一時保護が検討された事案、虐待通告受理後48時間以内に安全確認ができない案件、虐待で一時保護、施設入所したものから家庭復帰する場合などが対象となり、警察への情報提供が広がったそうです。

さらに、虐待の予防の観点から、生後4か月までの乳児がいるすべての家庭を訪問し、支援が必要な家庭に対して適切な指導や支援を行っているそうです。乳幼児健康診断の未受診者には、保健師が未受診の理由や現在の状況を確認するといったことも行っているそうです。

虐待の早期発見の観点からは、保育所や幼稚園・学校等の職員に対し、児童虐待対応リーダーの養成研修を実施したり、拠点病院に児童虐待専門コーディネーターを配置し、地域の医療機関等からの児童虐待対応に関する相談への助言等を実施したりするといった対応、市民を対象に児童虐待問題連続講座を行うといった事業を行っているそうです。

5 おわりに

講義後の質疑応答や懇親会においても、参加した弁護士が具体的に悩んでいる事案等につき助言をいただくことができ大変有意義なものとなりました。

2019年10月 1日

あさかぜ基金だより

会員 西原 宗佑(71期)

8月26日と27日の2日間、私たちあさかぜの所員は、九弁連執行部の対馬訪問に同行して、対馬に行ってきました。

まず驚いたのが、福岡と対馬は非常に近く、飛行機ではあっという間に対馬に着いたことでした。福岡からは飛行機でわずか30分です。しかし、フェリーでは5時間半程掛かりますし、台風等で欠航すれば、まさに離島です。

あさかぜ所員は、対馬ひまわり基金法律事務所を訪問し、あさかぜOBの若林毅弁護士(68期)から対馬の現状や対馬での弁護士業務についてレクチャーを受けました。

対馬で受任している仕事は、家事事件がもっとも多く、不動産関係、金銭支払請求事件、交通事故や破産管財人、不在者財産管理など多種多様であることが分かりました。もっとも、債務整理や刑事事件は比較的少ないということでした。離島は債務整理が多いというイメージがありましたので、少しばかり意外でした。

そして、島は範囲が狭く、また人間関係も狭いため、利益相反が頻繁に生じるので、弁護士が島に定着するのはとても難しいということでした。

長崎地方裁判所厳原支部

その後、対馬ひまわり事務所を出て、九弁連執行部と長崎地方裁判所厳原支部で合流し、支部長であり、また壱岐支部での裁判官も兼務している久田淳一裁判官に会いました。裁判官の話で印象的だったのが、対馬と壱岐では事件の性質が異なるということでした。対馬は、裁判までする当事者はあまり多くはなく、理屈だけではない紛争解決を考える島民性である一方で、壱岐は、権利意識の高い当事者が多く、紛争性の高い事件が多いそうです。久田裁判官は、若林弁護士が対馬の島民のために一生懸命働いていることを賞賛されていました。私も、離島に赴任したときには、若林弁護士のように裁判官や島民から認められるような存在になりたいと思いました。

法テラス対馬

次に、法テラス対馬の事務所を訪問し、現在法テラス対馬の所長をしている金澤万里子弁護士(67期)から話を聞きました。法テラスは、ひまわり基金法律事務所と異なり、債務整理の案件が多いということでしたので、法テラスとひまわり基金法律事務所とで依頼者層の棲み分けができているのかもしれません。また、金澤弁護士は、対馬での弁護士をアピールするために、地元のお祭りに参加して、法テラスでブースを出し、島民の方々との交流を深めようと熱心に努力しているとのことでした。さらに、金澤弁護士は、対馬の状況を知るために、着任してすぐに島中の交番を回り、警察官の話を聞くように努めたそうです。私も島に行ったときには、このような積極性を身につけようと思ったことでした。

対馬市商工会・対馬市長

対馬市商工会や対馬市長にも訪問できました。いずれも話題に上がったのは、韓国人観光客の激減でした。昨年は、韓国人観光客は40万人を突破し、約76億円の観光効果を生み出していたとのことで、この経済効果ですから、今回の激減が与える対馬への打撃は計り知れないと市長も嘆いていました。

まとめ

今回の訪問は、私たちあさかぜ所員にとっても貴重な経験でした。実際に現地に行かなければ分からない多くのことを知り、また、私たちの赴任のための課題がいくつも見つけられた対馬訪問でした。

余談ですが、2日目は、対馬で50年に1度といわれるほどの大雨に見舞われ、飛行機が飛ばなくなるかもしれない事態が発生しました。幸い私の乗る飛行機は予定通り動きましたため、帰ってくることができましたが、一時は対馬から出られない可能性もあり、ひやひやしました。私たちは、島の天候についても50年に1度の貴重な経験をすることができました。

裁判官評価アンケート分析

裁判所制度改革・裁判官選任充実化委員会 委員長 野田部 哲也(43期)

第1 はじめに

2019年の裁判官評価アンケートを実施しましたので、その結果を報告します。

人は、社会生活を送るにあたり、常に、相互に評価するものです。頼りになるか、強いか、優秀か、温かいか、大きいか、速いか、公平か、親切か、美しいか、好きか等、種々の観点から評価しています。

我が会が、毎年、実施している裁判官評価アンケートは、「市民の司法」を築くため、利用者である市民の目線に立って、一定の評価項目を設定し、アンケートに答えて頂きました。

また、裁判官の評価をできるだけ客観的に明らかにするべく、お声掛けを行い、多くの会員から回答を頂きました。

皆様から頂いた回答は、次のとおりであり、数多くの個別意見も頂戴しました。

部会 回答者数 回収率
福 岡 333 / 968 名中 34%
北九州 82 / 214 名中 38%
筑 後 50 / 100 名中 50%
筑 豊 11 / 37 名中 30%
総 計 476 / 1319 名中 36%

裁判所は、国民に公平・平等な裁判を実施するため、全国の全裁判官が均質となるべく努力しているように思われますが、裁判官の独立が保障されている以上、同じ裁判官といえども、個々の裁判官には個性があり、多様であるように思われます。

この報告が、裁判官の現状の把握に役立ち、利用者である国民の視点から望ましい裁判官像を描く糧になれば、幸いです。

第2 アンケートの分析
高裁民事

全体の評価

  • 総合平均は、3.51であり、他の分野の裁判官と比較すると、若干低めの評価となりました。
    高裁は、事後審であり、弁護人の主張をしっかり聞いてくれたといった感想を抱きづらいという背景事情があると考えられます。
  • 他の項目と比較すると、「和解案の妥当性」の評価は高い一方、「審判・判決の説得力」の評価は低くなっています。
    最終的な事実審となる高裁の判決には、とくに説得力が求められているといえます。

個人別の評価

  •  総合評価の良い裁判官は、総じてすべての項目について、平均的に良い評価を受けているのに対し、総合評価の悪い裁判官は、いずれの項目についても、悪い評価を受けているという傾向が見受けられました。
    ただし、総合評価が3点台後半であっても、「和解案の妥当性」のについては4点台後半と、高い評価を受けていた裁判官が数名いました。
  • 最上位の裁判官は4.38、最下位の裁判官は2.58であり、大きな差がありました。もっとも、地裁民事の裁判官に比べると、極端に低評価の裁判官はいませんでした。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 訴訟資料をしっかりと読み込んでいる印象
    • 相手方の立場や状況に配慮し、柔軟に対応しつつも、当方の意向もふまえた訴訟指揮をしていた
    • 記録を丹念に検討し、素直で自然な観点から問題提起する、信頼できる裁判官である
    ★ 否定的な意見
    • 訴訟手続をまったく理解していないことが分かり、驚いた
    • 裁判官として対応すべきことを他の職員に委ねている
    • 和解協議において、まったくまとめようという気がなく、あいだをとりもとうという気配すらない
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 温厚な人柄と絶妙なバランス感覚で、事件をうまくコントロールしている
    • 物腰が柔らかく、当事者本人に対する態度も親身
    ★ 否定的な意見
    • 和解案を強引に勧めるのはいかがかと思う
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 裁判官としてしっかりとした見識を持ち、踏み込んだ判断をしている
    • 公平な評価をしている
    ★ 否定的な意見
    なし
高裁刑事

全体の評価

  • 例年、事後審ということもあり、証拠がなかなか採用されにくく、弁護人の主張に耳を傾けてもらっているという感想をもちにくいという構造的な問題から、低評価が続いていましたが、今年は例年に比べて高評価です。
  • 審理を主催する能力、審理に応じた柔軟性、訴訟関係者に対する態度、証人等の採否の適否の項目の点数が高い傾向があり、事後審であるとはいえ、事件の内容、筋からして適切に裁判所が証拠採否をふくめて審理していると弁護士から評価されているようです。
    逆に、被告人の権利の保障、判決の説得力の項目の点数が他に比べると低い傾向があり、被告人本人に対してはやや高圧的で、判決でもなかなか言いたいことに立ち入って判断してもらえない、という評価です。

個人別の評価

総合平均点は最低が3.43、最高が4.53で、極端に低評価の裁判官はいませんでした。

裁判官への個別意見では、肯定的な意見が目立ち、今年は、否定的な意見はありませんでした。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 一刻も早く無辜の者を救済しようという気概を感じた
    • 刑事裁判官として、刑事司法のさまざまな改正の趣旨にしたがい、弁護人の弁護活動や検察官の立証活動の活発化、直接主義の趣旨に沿う訴訟運営をしている
    • 裁判官として、公平・中立な立場で、双方の納得が得られる訴訟指揮をしている
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 人柄の良さを感じる
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 大変説得的な判決をもらった
    ★ 否定的な意見
    なし
地裁民事

全体の評価

  • 各評価項目の全体平均と全評価項目の総合平均は、いずれも4.0前後でした。
    「裁判官として必要な能力・素養を備えている」という回答が4点であることからすると、福岡地裁の民事裁判官は、全体として求められる基準に達していると言えます。
  • 「訴訟関係者に対する態度」、「証人等採否の適否」については、それぞれ他の項目と比較すると、評価が高くなっています。
  • 「和解案の妥当性」、「審判・判決の説得力」については、それぞれ他の項目と比較すると、評価が低くなっています。
    総合平均が3点台の裁判官は、これらの項目が低い傾向にありました。

個人別の評価

  • 総合評価の良い裁判官は、総じてすべての項目について、平均的に良い評価を受けているのに対し、総合評価の悪い裁判官は、いずれの項目についても悪い評価を受けていました。
  • 上位10名の裁判官は、40期代前半から60期代後半の裁判官まで幅広く含まれていて、ベテランの裁判官ばかりではありません。
  • 上位の裁判官のグループと、下位の裁判官のグループとでは、平均点が大幅に異なりました。最上位の裁判官は4.95、最下位の裁判官は2.43であり、きわめて大きな差が目立ちます。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 議論が噛みあわない事件では双方に毎回宿題を出するが、宿題の内容がとても適切で納得できる
    • ざっくばらんに心証を開示し、法的問題を議論する裁判官であり、解決の見通しが立てやすい
    • 内容を的確に整理してまとめ、期日において適切な求釈明するなど、熱心に記録を読んで考えている様子が伝わった
    ★ 否定的な意見
    • 当事者代理人が気づいていない抗弁について、安易に意見を求めるなど、不適切な訴訟指揮が見られる
    • 記録を読んでおらず、期日において、原告被告のどちらから主張が出ているかすら確認していない
    • 訴訟物を理解していないのに閉口した
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • ご本人の雰囲気も非常に親しみが持て、当事者の納得を得られやすいと思う
    • 訴訟関係者に対する敬意を忘れていない
    • 初回期日開始時に、当事者に対して、席で立ちあがって名乗ったうえで挨拶していたのが印象的だった
    ★ 否定的な意見
    • 尋問中、突然激しい口調になるなど、人間性を疑う
    • 訴訟代理人に対して侮蔑的な言葉が多い
    • 訴訟指揮の随所で、弁護士を疑い、見下しているとしか思えない発言や行動が見受けられる
  • 証人等採否の適否
    ☆ 肯定的な意見
    • 証拠について疑問に思っている点などもわかりやすく示唆するため、紛争の早期解決にもつながっていると思う
    • 証拠の採否に関して、事案に応じた適切な判断だった
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 代理人による説得には応じなかった当事者に対し、和解による解決を諦めず、直接、粘り強く説得し、当事者にとっても利益となる和解を成立させた
    • 判決をもらったこともあるが、事実認定、評価とも、丁寧かつ適切と感じられた
    • 事件のポイントを見抜いて和解案や和解の説得にうまく反映してくれた
    ★ 否定的な意見
    • 判決に明白な事実誤認が多く、浅い考察による説得力を欠いたものとなっている
    • 和解案の内容について、当事者の主張、証拠への理解を欠いている
    • 和解案に関して、なぜその和解額になるのか不明なまま提示することがあり、依頼者への説得力がない
地裁刑事

全体の評価

「審理を主宰する能力」、「審理に応じた柔軟性」、「訴訟関係者に対する態度」、「証人等採否の適否」、「被告人の権利の保障」、「審判・判決の説得力」の各評価項目は、いずれも平均4.2前後で、おおむね高評価です。

個人別の評価

総合評価のよい裁判官は、個別項目についても高い評価を受けていますが、総合評価の悪い裁判官は、個別項目についても低い評価を受けています。

もっとも、裁判官の全員が、総合評価3.0以上で、総合評価が3.5を下回った裁判官は、ごく少数でした。

個別意見

  • 被告人への態度について
    ☆ 肯定的な意見
    • 被告人への説諭が分かり易く説得的である
    • 被告人や証人に対する接し方がとても丁寧で謙虚
    • 知的障害のある被告人に良くわかるように説明した
    ★ 否定的な意見
    • 当事者の訴訟活動を鼻で笑うようなところがあり、あまりいい印象はない
  • 審理について
    ☆ 肯定的な意見
    • 訴訟指揮も非常に分かりやすく、被告人がしっかりと理解できる 表現を用いていた
    • 証拠をしっかり読み込み、公判に臨んでいる
    • 公平かつ丁寧な訴訟運営である
    ★ 否定的な意見
    • 打合期日が多すぎる
    • 審理計画遂行のために裁判やっているわけじゃない
  • 身柄関係の判断について
    ☆ 肯定的な意見
    • 表面的な判断ではなく、じっくりと検討したうえで判断している
    ★ 否定的な意見
    • 結論ありきで判断している
    • 保釈の判断が厳格に過ぎる
    • 事案の特殊性に対する弁護人の主張に対して何ら具体的な回答を示すことなく、漫然と勾留の必要を認めている
  • 判決について
    ☆ 肯定的な意見
    なし
    ★ 否定的な意見
    • 判決のあっさり加減は、許容範囲をはるかに逸脱している
    • 否認事件で消極事実に真摯に向き合っていなかった
    • 検察官の主張を切り貼りして記載して、理解していないことが明らか
  • 補充質問について
    ☆ 肯定的な意見
    • 誠実で的確な印象を受けた
    • 被告人に自分の問題点や再犯しないために今後どのように生活していくべきなのかを考えさせる質問が多く、かなり深く掘り下げて聞こうとしている
    ★ 否定的な意見
    • 裁判員裁判では、裁判官の尋問事項の発し方によっては、それだけで心証形成されてしまうおそれがあるため、十分に気をつけて尋問してもらいたい
家裁家事

全体の評価

各評価項目と全体平均は、証人等の採否を除いて、いずれも3点台後半でした。

本庁の裁判官の「訴訟関係人に対する態度」は、平均点が3.95とやや低い点数となっています。この点は、当事者と長く接しストレスが溜まりやすい家事事件の性質上、やむを得ない面もあります。

個人別の評価

平均4.0以上の裁判官が16人、平均4未満の裁判官が12人(うち、平均3.0以下の裁判官が2名)となっています。このうち、10人以上の回答を得た裁判官は、おおむね3点台後半の高評価を得ていますが、10人以上の回答を得た裁判官のなかに、総合評価が3点以下の評価を得た裁判官が1名いました。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 丁寧な審理だった
    • 極的かつ柔軟に解決を目指していた
    ★ 否定的な意見
    • 記録を読んでいないと思われる
    • 論を決めつけて期日に臨んだ
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 粘り強く和解を説得した
    ★ 否定的な意見
    • 和解の説得が強引
    • 訴訟当事者に対する態度が高圧的
    • 当事者の面前で、説得的な理由を述べずに審判の取下げを勧めた
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • バランス感覚が良く、事件の実情に合った和解案を提案した
    ★ 否定的な意見
    • 当事者双方の意向と離れた内容での和解案の提示があり、かつ、説明も形式的な理由のみで、説得力に欠けていた
    • 客観的証拠に反した事実認定をした
家裁少年

全体の評価

家裁少年事件担当裁判官のアンケート結果は、ほとんどの項目が全体平均3点台であり、他の分野の裁判官の評価と比較して、いずれの項目も低い評価にとどまっています。

個別意見

  • 全項目の平均点が3点台の裁判官が、アンケート評価対象者10名のうち6名と過半数を占めています。
  • 担当裁判官数が少なく、同一の裁判官が事件を担当することが多いためか、複数の回答者から類似のコメントが多数寄せられました。
    とくに、訴訟関係人に対する態度、記録の読み込み不足に関して、厳しい意見が目立ちました。審判結果のみならず、少年・保護者との面接を通して少年の内省を促すという更生へのプロセスが重視される少年審判の特性を反映したものと思われます。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 少年に対し、「どうしてそう思うか」「横に座っている少年の父親だったらどう考えると思うか」を具体的に考えさせ、型通りではなく振り返りを促していたのが印象的だった
    • 事件全体を把握し、落ち着きどころを模索した訴訟指揮で、法的知識・理解にも優れている
    ★ 否定的な意見
    • 少年を困惑させる質問が多い。質問事項が表層的。少年の更生につながる質問ではない
    • 審判当日まで、調査官意見書以外まったく記録を読んでいない。当然、付添人意見書も読んでいない
    • 個々の事件の特殊性に目を向けることなく、毎回、少年に対して同じ説教を繰り返すのみ
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 少年への説示など非常に説得的であり、審判後の少年にとても響いていると感じる
    ★ 否定的な意見
    • 態度が高圧的で、少年の話を聞く姿勢が見えない
    • 少年への態度が悪い。保護者への対応も悪い
  • 審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    なし
    ★ 否定的な意見
    • 処分を告げたあと、処分に至った理由を一切告げなかった
第3 おわりに

以上のとおり、2019年裁判官評価アンケートの結果について、報告させて頂きます。

九州の各単位会も、裁判官評価アンケートを実施し、中には、100%近くの回答を得ている単位会もありますが、単年度で500人近い会員から、回答を得た単位会は、当会が初めてです。これは、裁判官評価アンケートについて、パソコンやスマートフォン等から、会員専用ページにアクセスして回答できるシステムになり、委員皆で力を合わせて声掛けをしたことが大きかったです。声掛けに対応し、裁判官評価アンケートにご協力頂き、誠にありがとうございました。

司法試験に合格し、司法修習を経て二回試験に合格したとき、これが最後の試験と思ったかもしれませんが、私たち法曹は、終わりのない試験を連続して受けなければなりません。その試験は、裁判官、裁判員、弁護士、部長、所長、当事者その他の人々が採点し、評価します。

他者に評価されるプロの職業人は、誰を向いて仕事をするかも大切ですが、自分の仕事を評価する内的基準を持つことが大切です。私たち法曹は、生涯をかけて、自分の内的基準を確立していくものであり、特に、良い結果が出たときは、誰も私たちを批判しないので、この場合でも、正しく、自分の仕事を評価する必要があります。

おおざっぱに言うと、弁護士の場合、自分に依頼したくなる仕事をしているかが問われるでしょうし、裁判官の場合、(裁判官は選べませんが、)自分に裁判をしてほしいと思えるかが問われるのではないでしょうか。

裁判官評価アンケートが、私たち法曹の、内的なスタンダードの確立の役に立てば、幸いです。 最後に、アンケートの回収やその分析に尽力してくれた委員の皆様と、集計作業に尽力してくれた職員に対し、心から感謝します。

裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析

第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して」~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~のご報告

会員 塩山 乱(64期)

1 令和元年8月24日(土)午後1時から、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~」が開催されました。

このシンポジウムは、第62回日弁連人権擁護大会第2分科会シンポジウムとして、令和元年10月3日(木)12時30分から徳島県郷土文化会館において開催される、「今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!~個人通報制度と国内人権機関の実現を目指して~」のプレシンポジウムとして開催されました。

2 皆さんは、国内人権機関、個人通報制度を御存じでしょうか。

国内人権機関とは、各国の制度設計でその形式は様々ですが、基本的に①人権保障のために存在する国家機関であり、②憲法または法律を設置根拠とし、③人権保障のために法定された権限を有し、④他の国家機関から独立した機関、という性質を有する機関です。世界では、既に120カ国以上で設置されていますが、日本には未だ設置されておりません。日本に国内人権機関が設置されていないことに対しては、現在まで、多くの条約機関や、諸外国から勧告を受けています。

個人通報制度とは、条約において認められた権利を侵害されたと主張する個人が、条約機関に対して直接に訴えを起こしてその救済を求める制度です。個人通報制度も諸外国においては導入されている制度ですが、日本では未だ導入されておりません。

この二つの制度については、弁護士でもご存じない方の方が多いのではないでしょうか。この二つの制度を、弁護士及び一般の方々に知っていただき、その実現への足掛かりとして、本プレシンンポジウムおよび第62回日弁連人権擁護大会第2分科会のシンポジウムが企画されました。

3 (1)プレシンポジウム当日は、当会会長のご挨拶の後、まず、日弁連国内人権機関実現委員会事務局長である小川政治弁護士により、「国内人権機関の実現に向けて」というタイトルの基調報告を行っていただきました。日本の人権救済システムの不備をご指摘の上、国内人権機関ができた場合には、どのような救済方法が考えられるかについて、わかりやすくご説明いただきました。

(2) 次に、日弁連自由権規約個人通報制度等実現委員会委員である大川秀史弁護士により、「個人通報制度と入管問題」というタイトルで基調報告を行っていただきました。個人通報制度が、どのような仕組みになっているのかわかりやすくご説明いただき、実際に個人通報制度が利用された場合に各条約機関においてどのような判断がなされているかについて、具体例を挙げてご説明いただきました。

(3) その後、福岡県第7選挙区選出の自由民主党衆議院議員である藤丸敏議員から、個人通報制度の実現に向けて、どのような活動が可能かについて、ゲストコメントをいただきました。

(4) 休憩をはさんだ後、大阪大学大学院国際公共政策研究科の安藤由香里招へい准教授により、「日本における入管問題及び国際状況」というタイトルで基調講演を行っていただきました。安藤准教授からは、日本は、国連の人種差別撤廃委員会、自由権規約委員会、拷問禁止委員会から、入管収容施設長期収容問題について早期に解決するよう複数の勧告を受けていることについて、ご説明がありました。また、カナダ最高裁の判決で、入管の長期収容問題について、入管法ではなく、人身保護の観点から憲法問題として争った事案をご紹介いただき、日本においても検討に値する方法ではないかとご教授いただきました。

(5) 引き続き、当会国際委員会委員であり日弁連国際人権問題委員会事務局長である稲森幸一弁護士のコーディネートのもと、現在の日本における入管収容施設の実情および国内人権機関および個人通報制度がどのように長期収容問題を解決することに役立つのかについてパネルディスカッションが行われました。小川弁護士、大川弁護士および安藤准教授に加えて、長崎インターナショナル教会の柚之原牧師および大阪赤十字病院国際医療救援部長である中出雅治医師にご登壇いただきました。

まず、柚之原牧師からは、自己紹介において、大村入国管理センターの収容者の支援活動を長期にわたって行われていること、現在の長期収容者が精神的・肉体的に追い込まれていることについて、実体験をもとにお話しいただきました。今年の6月に、3年7カ月間もの間大村入管に収容されていたナイジェリア人の方が亡くなったことをご指摘され、大村入国管理センターは強制収容所と変わらないではないか、と怒りをもって話されているのが胸を打ちました。また、中出医師からは、自己紹介においてミャンマーからの避難民、パレスチナ難民の支援活動の現状を、写真と共にお話しいただき、世界における難民の実情を伝えていただきました。

自己紹介後、パネリストにより、大村入国管理センターの長期収容問題について実情をお話しいただき、国内人権機関および個人通報制度が実現した場合、現在と異なり具体的にどのような手段を採りうるかが議論されました。例えば、国内人権機関が実現した場合、①裁判をするよりも低額で人権救済の申し立てをすることができ、裁判をするより早く判断がなされること、②国内人権機関の政策提案機能により、入管収容施設の実情に対して勧告をすることが可能であることなどが説明されました。また、個人通報制度ができた場合には、日本の最高裁まで闘う必要はあるものの、その後国際的な水準の判断をうけることができるため、その判断を基に政府が問題解決に向き合うことになると考えられることなどが説明されました。

パネルディスカッションにおいては、各登壇者により、入管収容施設の長期収容問題をどのように解決することができるか真剣に議論をしていただき、非常に内容の濃いものになりました。

(6) 最後に、当会人権擁護委員会および国際委員会副委員長である中原昌孝弁護士より閉会の挨拶があり、シンポジウムは終了となりました。

4 登壇者の詳しくかつ熱心なお話を聞き、参加された弁護士および一般の方々も国内人権機関および個人通報制度の有用性を理解していただけたと思います。日本に住んでいると、根拠もなく日本の人権救済システムは世界水準を超えているような気がしますが、実は、そのようなことはありません。そのことが、一般の方々に少しでも伝わったのであれば、本シンポジウムは成功であったといえると思います。

弁護士である皆さまにも、是非国内人権機関及び個人通報制度についてご認識いただき、将来の実現にご協力いただきたいと思っております。

ご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、冒頭で記載しております、徳島で開催される人権大会第2分科会シンポジウムにもご参加いただきますよう、お願いいたします。

第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して」~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~のご報告

大連律師会訪問と交流会の報告

会員 中原 幸治(64期)

8月1日から3日まで、中国大連律師協会への定期交流訪問について、本会より山口会長をはじめ総勢16名の会員で実施しましたので、報告いたします。

本会と大連律師協会の交流は1992年から開始され、2010年に正式の交流提携を締結し、以来隔年で相手方を訪問しており、今年は本会が大連を訪問しました。

1 一行は8月1日16時に大連国際空港に到着し、本会との交流に長年あたられている大連律師協会の劉挪弁護士と、同協会宣伝交流工作委員会の劉艶弁護士が花束で歓迎してくださいました。
大連律師会訪問と交流会の報告
2 法律事務所訪問および企業見学
(1) 遼寧恒信法律事務所

翌日午前は1時間の市内観光(旧日本人街、旧ロシア人街、満鉄本社など)を行ったのち、遼寧恒信法律事務所を訪問しました。

大連律師会訪問と交流会の報告

同事務所は中国国内に3拠点、70人の登録弁護士、会社法務、海事など6つの業務セクションを有し、顧問先としては主に重工業企業、金融機関、大連市政府などがあるとのことでした。

本会から、中国の輸入促進策等について質問したのに対し、大連市は、北京上海等と比較すると経済的地位が低下しているとの認識のもと、特に日本企業への優遇政策をとって投資を誘致する施策をとっているとの説明がありました。また、中国政府としても関税の引き下げ、食品輸入規制を緩和するなど輸入を増加させバランスを取りながら、輸出入の拡大を図っているとの説明がありました。

青果物の具体例としてはJAとの連携による日本米の輸入、青森県産ナマコの輸入、ワサビの日本への輸出などの例が挙げられていました。

(2) 大連華信

2件目の訪問先として午後、市内から1時間程度の郊外にある大連華信計算機技術股分有限公司というソフトウェア開発企業を訪問しました。冒頭の劉挪弁護士が社外取締役を務められていることから訪問先となったものです。

同社は売上のうち64%が海外向け、うち9割が日本向けであり、特に日本の地方自治体の8割が行政情報システムの運用において同社のサービスを利用している状況とのことです。そのため、同社はデータセンターにおいて常時、日本の行政情報システムの運用状況をモニターしているとのことでした。アクセスには限界はあるはずとはいえ、日本の基幹情報システムが中国と常時接続されているという実態に驚きました。

このような事業に関して同社は日本の地方行政に関わる法改正の最新情報を常にフォローしていると、同社総裁自身が極めて堪能な日本語で説明されました。

8000人の従業員を収容できる広大な敷地建物の様子にIT分野での中国企業の隆盛を強く印象付けられました。

(3) 遼寧君連法律事務所

さらに2件目の法律事務所として、遼寧君連法律事務所を訪問しました。同事務所は、大連市の南部の星海湾地域(福岡の百道浜か)の高層ビルに所在しています。

同事務所内には中国国旗と中国共産党旗が掲揚されるスペースが設けられており、中国政府の「一帯一路」政策に関連する業務を行っているという説明にもなるほどと思いました。

約15分程度の短時間の訪問になったため、一帯一路政策に関わる業務の詳細に聞くことができなかったことは残念でした。

3 交流セミナーおよび懇親会

(1) その後、遼寧君連法律事務所階下のグランドハイアット大連の会議室において両会の共同セミナーが開催され、大連側からは輸出入および投資規制の法体系、知的財産権保護法制についての発表があり、福岡側から多数の質問が出されました。

(2) 福岡側からは尾畠弘典国際委員会事務局長が、「日本における株式取得及びその制限等について」の表題で発表されました。

これは、日本進出の法律相談を受けることが多いという大連律師協会側の要請に応えるものでした。

また、同発表の内容は中村亮介国際委員会委員が中国語への通訳をされました。

(3) 懇親会では、山口会長と大連律師協会楊家君会長との間で記念品贈呈が行われた後、中国語・日本語のできる弁護士間では直接に、または通訳を介しての交流となりました。

4 今後の交流に向けて

(1) 今回の訪問日程は実質2日でしたが、中国の法律事務所を見学できるともに、共同セミナーでは中国の輸出入・投資規制の法体系、知的財産権保護法制の概要を学ぶことができました。

また、企業訪問では、中国のIT分野の日本への影響力の大きさを肌で感じることとなりました。

このような事務所訪問、企業訪問は今後もさらに内容を充実深化させて実施すべきだと考えます。

(2) 今回の訪問団のうち、意外にも多くの先生方が中国を訪問すること自体が初めてとのことでした。隣国である中国の実情を、長い友好関係にある大連律師会の方々から直接聞くことができるというのは本会会員にとって極めて貴重な機会と思われます。

過去の大連訪問に参加された先生方にも、中国を定点観測する機会と考えていただき継続的に参加していただき、大連とのパイプを当会として太く築くことが必要なのではないでしょうか。

(3) また、交流会のセミナーについても、国際委員会以外の委員会からも参加していただき、より幅広い分野での意見交換ができればさらに内容を充実できると思います。

この点については、2016年釜山弁護士会訪問の際の、交流会のテーマ(面会交流、家庭内暴力被害者保護制度)と現地施設3か所の視察の例が参考になると思われます。

中国法制や比較法的な関心をお持ちの先生方にはぜひ、大連律師協会との交流会に参加していただきたいと存じます。

(4) 交流を発展的なものとしていくため、例えば、毎月大連律師会と電話会議を行い、相互に法制度や実情について質疑応答を行い、交流を定期的に続けるといった新たな方策が必要かもしれません。

(5) 来年は本会と大連律師協会との友好協定締結から10周年の節目にあたり、大連律師会が福岡を訪問する回となりますので、ぜひ多くの先生方に交流会に参加していただきたいと存じます。

大連律師会訪問と交流会の報告 大連律師会訪問と交流会の報告 大連律師会訪問と交流会の報告

福岡銀行産業金融部「事例に基づいたM&Aセミナー」

会員 原 隆(68期)

1 福岡銀行産業金融部「事例に基づいたM&Aセミナー」の開催について

中小企業法律支援センターは、福岡銀行の方に以前海外進出に関する講演をお願いした経緯がありますが、今回は産業金融部ファイナンシャルアドバイザリーグループ部長代理の武重太郎様に令和元年9月4日(水)17時から「事例に基づいたM&Aセミナー」と題してM&Aセミナーに関する銀行実務についてご講演頂きました。

2 M&Aについて
(1) マーケット動向

全国のM&A件数は増加の一途たどり、平成26年には合計で1400件だったのが平成30年には2180件に大幅に増加しています。また、九州においても平成26年には買い56件、売り80件であったのが、平成30年には買い84件、売り108件に増え、増加基調にあります。

(2) M&Aの流れ・企業価値算定について

M&Aの一般的な流れとしては、スキーム等の条件検討、アドバイザー契約締結、価格分析、譲渡先選定、アプローチ・交渉、意向表明・基本合意、買収監査・条件調整、最終契約締結、クロージング、引継ぎ経営統合という流れを経ます。

買収価格決定のための企業価値算定手法としてはインカムアプローチ(DCF法・収益力をベースに評価する方法)、マーケットアプローチ(株価倍率法・市場価格をベースに評価する方法)、コストアプローチ(修正純資産法・純資産をベースに評価する方法)が検討され、最も適切と思われるアプローチを選択あるいは組み合わせることにより評価を行うことが一般的です。

(3) 買い側の人気業種について

全体として、現在のM&A市場においては売りを希望する側よりも買いを希望する側の方が大幅に多いようですが 特に買い手が多い(売り手が少ない)市場としては、ソフトウェア開発・IT関連、ビルメンテナンス・マンション管理、調剤薬局・ドラッグストア、人材派遣、業務請負等があるようです。また、他にも買い手候補が多い業種としては飲食チェーン、食品スーパー、医療関連、介護関連、学習塾・専門学校、通信販売、Eコマース、物流・運送会社、健康食品・化粧品関連、建設業、ホテル業等があり具体的なシナジーが出やすい業種の買いM&Aニーズが多いようです。

(4) 売り側の主な売却理由について

売り手が事業を売却したいと考える理由には、①後継者不在企業型(後継者が不在で外部売却を検討)、②ハッピーリタイア型(株式譲渡で多額のキャッシュを得る)、③カーブアウト型(グループ関連会社の売却。選択と集中を実施し、経営資源を割り振る)、④オーナー経営の限界(資本面、技術面、商圏などを理由に自力での成長に限界を感じており、大手グループ傘下入やファンドによる経営参画を検討)、⑤アライアンス型(業界先行きが不透明な中、単独での事業運営について不安を感じている。売却まではいかないが、他社と資本業務提携を検討)、等に分類できるようです。

3 おわりに

ここではご紹介が難しいのですが、当日の講演では、福岡銀行で実際に扱った11件のM&A案件について具体的な背景事情、苦労した点、後日談等を詳細に生々しくご紹介頂き、聴講者にとって非常にわかりやすい形でご説明いただきました。

福岡銀行産業金融部「事例に基づいたM&Aセミナー」 福岡銀行産業金融部「事例に基づいたM&Aセミナー」

弁護士と商工会職員との勉強会

会員 寺尾 功(71期)

1 勉強会の開催

令和元年8月23日、福岡県商工会連合会研修室にて、「事業承継の相談で何を聞いたらいいの?」というテーマで弁護士と商工会職員との勉強会を開催しました。勉強会では、弁護士を代表して舛谷隆輔先生が講師として事業承継の相談を受ける際に留意すべき事項等を講演されました。

2 事業承継とは

本講演は、そもそも事業承継とは何か、というところから遡って始まりました。以下、本講演の内容を箇条書きにて要約してお伝え致します。

(1) 「事業承継」、「事業承継対策」とは何か

事業承継とは、「経営(社長のイス)と所有(自社株)の承継」である。

(2) 事業承継の必要性

事業承継対策をしていないと、①後継者や相続人の間で内紛が起こる可能性、②取引先や銀行からの信用が失墜する可能性、③会社の資金繰りへの影響がでる可能性、④後継者に大きな負担を与える、などのリスクが生じる。

(3) 事業承継で検討すべきこと

事業承継にあたっては、①経営権を渡す相手と渡す時期、②後継者の育成、③関係者の理解、④経営体制の構築、⑤株主構成の検討、⑥自社株を後継者に渡す方法など検討しなければならないことが多岐にわたる。

(4) 事業承継の相談で行うべきこと

事業承継の相談では、まず、経営者に事業承継の話を切り出していいのか確認する必要がある。経営者によっては、事業承継の話はイコール自身の引退の話であると肝に銘じ、言葉遣いに慎重にならなければならない。

次に、事業承継の必要性を認識してもらう必要がある。経営者の中には、自分はまだ現役でやれるので事業承継など必要ないと感じている方も多く、弁護士として、そのような経営者に対し、事業承継が経営者の引退を意味するものではないことや事業承継には長期間を要することなどを説明し、その必要性を認識してもらう必要がある。

また、相談に臨む側としては、経営者の話を聞くことも重要である。

(5) 経営者のあるある発言とその対応

その他、勉強会では、①「事業承継はまだ早い」、②「まだまだやりたいことがたくさんあって引退なんて考えられない」、③「事業承継は顧問税理士に頼んでいる」、④親族でない役員に継がせるから大丈夫」、⑤「潔く辞める(会社をたたむ)つもりだよ」、といった発言が経営者からあった場合の対応について、弁護士と商工会職員とディスカッションを行い、議論しました。

3 勉強会後の懇親会

勉強会後には懇親会を開催しました。商工会職員の方は気さくな方が多く、懇親会も勉強会以上に盛り上がり、会の終盤では、今後、弁護士会と商工会がどのように連携していけるかなどについても議論がされていました。

4 おわりに

この勉強会も今年で10年目を迎えるとのことで、当センターとしては、今後とも、商工会及びその他の各連携先との関係を深めつつ、会員の皆様に有益な情報提供を行うことができるよう、活動を続けてまいりたいと考えております。

弁護士と商工会職員との勉強会

2019年9月 1日

民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川の報告

民事介入暴力対策委員会 甲谷 健幸(62期)

1 はじめに

本年7月19日、北海道の旭川市にて開催された、民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川に参加してきましたので報告いたします。

協議会のテーマは、「給付行政等における反社会的勢力排除」と「暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題」であり、昨今何かと話題となっている反社会的勢力の排除に重点が置かれた内容となっていました。

2 テーマ設定の背景

21世紀最初の民事介入暴力対策大会は、平成13年(2001年)5月に旭川で開催されています。この18年前に開催された大会において、旭川の民暴委員会は先進的に暴力団排除条項をテーマとされました。

暴力団排除条項については、平成19年6月19日の政府指針が、世間へと浸透していく契機となったのですが、その約6年前にはすでに旭川で開催された民事介入暴力対策大会において提言がされていたのです。

今回の拡大協議会では平成13年(2001年)5月に旭川で開催された民暴大会の経緯を踏まえ、契約関係の解除などの現実に問題となる場面が裁判の場に持ち込まれた場合に暴力団排除条項が裁判規範としてどの程度機能するのか、暴力団排除条項を遡及的に適用することに問題はないのかといった視点から「暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題」のテーマが設定されました。

また、北海道では約2億4000万円もの生活保護費が不正受給されるという事件が発生し世間に大きな衝撃を与えたこともあり、生活保護費の不正受給に関する事例等を分析して諸論点を取りまとめ、特に、暴力団員という属性認定の判断要素はどのようなものなのかについて検討すべきとして「給付行政等における反社会的勢力排除」のテーマが設定されました。

3 協議会の内容
(1) 給付行政等における反社会的勢力排除について
  • 生活保護制度を所掌する厚生労働省は、暴力団員は稼働能力の活用要件、資産・収入の活用要件を満たさないとして、生活保護の受給を基本的に認めないという通知を発出しています(以下「平成18年通知」といいます。)。そのため、暴力団員が生活保護の受給申請をするに当たっては、暴力団員ではない又は既に離脱した等の虚偽の事実を述べて申請することになり、これが発覚した場合には、詐欺事件として取り扱われることとなります。他方で、真実暴力団員ではない者や、暴力団を離脱し生活に困窮した者が生活保護の受給申請をする場面もあることから、生活保護の現場においては、不正受給を目論む暴力団員を排除しつつ、暴力団員ではない者や暴力団を離脱し生活に困窮している者に適切な保護費を支給する必要があり、暴力団員という属性認定が重要な課題となっています。
  • このテーマについては、札幌、函館、釧路の各弁護士会の民暴委員が担当し、生活保護申請者が真実暴力団を離脱したかが争われた事例、離脱の真実性ではなく現役の暴力団員かどうかが争われた事例をそれぞれ検討の上、論点整理と暴力団員の属性認定の判断要素について整理がなされました。
    暴力団員該当性の判断においては、①警察における暴力団員登録の有無、②当該人物の外部からの評価・認識、③当該人物の活動実態、④当該人物の交友関係、⑤当該人物の外形的特徴、⑥当該人物の生活状況を要素とし、①の要素については推認力が強く、その余の要素については事実関係によって推認力の軽重は生じるものの、概ね、この6要素によって、暴力団員該当性の判断されるのではないかとの報告がされました。
  • 協議会ではさらに進んで、仮に、誤情報により生活保護申請を却下し、後に国家賠償請求がされた場合には、どのような判断がされるのかという点の検討もされました。
    国家賠償請求においては、職務行為基準説により違法性が判断されることは周知のことですが、警察の依頼に基づく口座凍結について銀行の不法行為責任が争われた事例において、銀行の不法行為責任を否定した裁判例とパラレルに考察することができるのではないかという視点で報告がされました。
(2) 暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題について
  • 平成3年5月に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律が制定され、その後、同19年6月の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の公表によって、企業に反社会的勢力との一切の関係遮断が求められ、さらには同年23年10月までに全国の都道府県に暴力団排除条例が施行されるに至ったこと等を契機に暴力団排除条項の導入が広がりました。もっとも、暴力団排除条項を具体的に適用する場面、特に契約関係の解除の場面において、どこまでの効力が認められるかについてなお具体的検討が必要な重要な課題となっています。
  • このテーマについては、旭川弁護士会の民暴委員が担当し、法人内部における暴力団等反社会的勢力の排除、金融取引における暴力団等反社会的勢力の排除、不動産取引における暴力団等反社会的勢力の排除について、それぞれ暴力団排除条項の裁判規範性の視点から検討がなされました。
    加えて、ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除と保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)についても検討がなされました。ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除と保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)については、実務経験豊富なパネリストとのパネルディスカッションの形式で行われました。
  • 法人内部からの暴排については定款や就業規則に暴力団排除条項を加えた場合の効力、金融取引からの暴排については改正民法下で定型約款に暴力団排除条項を加えた場合の効力、不動産取引からの暴排については不動産流通4団体作成のモデル条項例や国土交通省作成のマンション標準管理規約の暴力団排除条項の効力が、それぞれ報告されました。
  • ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除については、具体的な事例の寸劇が披露され、特に暴力団排除条項を導入する前から当該ゴルフ場の会員になっていた暴力団員(既存会員)を排除できるかについて検討がされました。これについては、そもそも暴力団排除条項の導入が既存会員に及ぶかについて難しい論点があり、最高裁判所平成12年10月20日判決(判例タイムズ1046号89ページ)、最高裁判所昭和61年9月11日判決(判例タイムズ623号74ページ)、東京地方裁判所平成22年7月30日判決(ウエストロー・ジャパン2010WLJPCA07308002)、東京地方裁判所平成22年11月4日判決(ウエストロー・ジャパン2010WLJPCA11048002)などの裁判例の検討、さらに暴力団排除条項の導入に加えて、受付において表明保証や誓約等を求めることにより暴力団等反社会的勢力の排除の実効性がより高まるという整理がされました。
  • 保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)については、暴力団員と判明した時点と解除行使の時点、保険金支払いの有無などの内容により場面を分け、具体的な検討がされました。これについては、解除すべきか否か、どの時点で暴力団員であることが必要か、支払った保険金や弁特保険金の返還請求ができるかなどの検討がされました。
4 最後に

今回の拡大協議会は、反社会的勢力の排除について基本的なところを押さえつつ、現時点における到達点が報告され、資料もよくまとまっており非常に有益なものでした。

反社会的勢力の排除は近時でも某芸能事務所で問題になったように実際には様々な論点の絡み合う解決困難なテーマです。反社会的勢力なのか否かの判定や、反社会的勢力の排除が、これを逆手に取った「ゆすり」や「たかり」などの材料にされないような配慮も必要です。

反社会的勢力の排除を少しでも容易にし、かつ、仮に反社会的勢力であることが発覚した場合にも適切な対応をするための道具として反社会的勢力排除条項が生み出され、今日まで様々な場面で活用されてきました。今回参加して、同条項の適用には、なお検討の余地もあることや、(折しも某芸能事務所で問題となっている)反社会的勢力とのかかわりが発覚した場合の適切な対応とは何なのかについて、深く考えさせられました。

反社会的勢力排除の問題はこれから先もまだまだ議論の発展がなされるものと思われます。議論に遅れることなくアップツーデートで対応できるよう今後も研鑽を続けていきたいと思います。

最後に、令和元年11月15日に第89回民事介入暴力対策大会が、大分市で開催されます。この大会のテーマは「暴力団の資金に対する課税について」となっています。暴力団の資金を根絶することは、暴力団被害の根絶の最たる方法と考えられます。暴力団資金への課税の場面に弁護士として関与することはなかなかないことではありますが、暴力団への金銭請求に弁護士が関与することはあり得るところです。かかる場面における一助となり得るテーマと思いますのでふるってご参加ください。

民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川の報告

旭川会場

民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川の報告

旭川垂れ幕

外国人相談研修のご報告

国際委員会 仁田畑 莉加(70期)

1 はじめに

令和元年7月22日、福岡県弁護士会館にて外国人相談研修が行われましたので、ご報告いたします。

第1部は、福岡出入国在留管理庁就労・永住審査部門の総括審査官、入国審査官をお招きし、入管手続についての基礎知識及び改正入管法の概要についてご解説いただきました。第2部前半は、国際委員会川上誠治先生より、外国人相談・入管相談において注意すべきポイントについて、後半は同委員会松井仁先生より退去強制手続と在留特別許可・行政訴訟についてご解説いただきました。

2 福岡出入国在留管理庁によるご講演

第1部では、入管手続の基礎知識として、外国人の入国(上陸)審査手続から在留手続・退去強制手続までの一連の手続をご説明いただき、「特定技能」に関する入管法改正についてご説明いただきました。

入管法改正で新設された在留資格「特定技能1号」は、特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格で、「特定技能2号」は、特定産業分野に属する熟練した技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格です。特定産業分野は介護、ビルクリーニング等の14分野とされています。

特定技能1号は在留期間を通算5年とし、技能水準・日本語能力水準は試験等で確認されます。また受入機関等による支援の対象となり、受入機関は支援計画の作成、支援を行うことになります。これに対し、特定技能2号は、技能水準は試験等で確認し、日本語水準は試験等による確認が不要で、受入機関又は登録支援機関による支援の対象外となります。

外国人増加に伴い、外国人の受入環境の整備・支援の方向に進んでいるとのことでした。

3 川上誠治先生によるご講演

第2部前半では、入管業務に関して、①入国・上陸、②在留、③出国・退去強制・出国命令手続の各時点における具体的設例の解説をいただきました。さらに帰化手続業務に関する具体的設例を解説していただきました。

まず入国・在留手続に弁護士が関与するにあたり、弁護士会を経由して各地方入国管理局庁に事前届出をすることで、各種手続において、申請者本人の出頭を要することなく申請等を行うことができるとのことでした。届出手続、届出済証明書の発行までには1~2ヶ月を要するそうです。

在留期限が近づいており、在留期間の更新許可申請をせずに永住許可申請のみを行う場合、永住許可がなされなければ帰国しなければならなくなるため、永住許可手続と更新許可手続が独立の手続であることに注意して対応をしなければならないとのことでした。

外国人に対する政策や出入国管理庁の方針は、国際情勢等によっても変化する可能性があることに留意して活動をすることが大切だそうです。

4 松井仁先生によるご講演

松井先生からは、実際にご経験された2つの事例をご紹介いただき、詳細な対応方法についてご紹介いただきました。

1つ目の事例は、専従資格外活動をしたとして、退去強制事由該当性が問題となった事案での立証資料準備、退去強制手続の流れについてご説明いただきました。退去強制事由に該当する容疑がある場合、収容令書により収容され、仮放免許可を受けると在宅手続になりますが、仮放免中は就労はできず保証人等の扶助で生活し、原則として一月毎の更新手続のために入管に出頭する必要があるそうです。

2つ目の事案は、オーバーステイの外国人について、在留特別許可申請をし、その後行政訴訟、執行停止の申立、そして再審情願をされた事案をご紹介いただきました。退去強制事由に該当する場合であっても、在留特別許可手続があり、在留特別許可についてはガイドラインがあり、法務省サイトで事例集が毎年発表されているそうです。

5 おわりに

本研修で入管法を始め、様々な外国人の法律関係について広く学ぶことができる貴重な機会となりました。今後、実務に活かしてまいります。

交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故連続研修(第5回)-物損・責任論-

会員 井上 瑛子(70期)

第1 はじめに

令和元年7月31日、福岡県弁護士会館にて、交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故研修(第5回)が開催されましたので、その内容をご報告いたします。

本研修は、交通事故委員会内のPTである賠償法研究会所属の先生方により、主に新規会員や交通事故事案の取扱経験の少ない会員を対象として、交通事故事案に関する入門的・体系的な知識・意見共有のために開催いただいているものです。平成から令和にかけて毎月連続して開かれた本研修(全5回)も、今回をもって最終回となりました。

今回の講演では、「物損・責任論」をテーマに、田部貴大会員(68期)を講師として、物損特有の法的問題や、(損害補填の実現可能性のある)請求の相手方という観点から検討される法的責任者について、ご解説頂きました。

第2 物損

以下のとおり、物損事案特有の法的問題を体系的にご説明頂いた後(1~5項)、想定事案を基に事例研究が行われました(6項)。

1 車両損害

(1) 修理費

①車両が当該事故によって損傷した事実、②修理済み又は修理予定であることの事実、③修理費の額又は見込み額を主張・立証すれば、原則として、必要かつ相当な修理費の請求が可能。立証には、領収書、修理明細書、事故車両の写真等が用いられるとのご説明でした。

実務上では、加害者側保険会社のアジャスターが事故車両を検分し、修理工場との間で協議の上、修理費の金額について協定が締結されることが多いとのことでした。

(2) 買替差額

修理費が、①「事故当時の車両価格」及び②「買替諸費用」(被害車両と同種同等の車両の取得費用)の合計額を上回る場合(経済的全損)、事故当時の車両価格と売却代金との差額を請求し得るとのことで、①②の検討方法をご教示いただきました。

①の参考資料として、いわゆるレッドブックや、インターネット上の中古車価格情報等が挙げられました。②については、実務上、廃車・登録等の法定手続手数料や、ディーラー報酬部分のうち相当額、自動車取得税などが買替諸費用として認められている一方、旧車にかかる自動車税や自賠責保険料については、還付制度があるため認められていないとのことです。

2 代車両

車両の修理や買替えのために車両が使用できない場合、①代車を使用し、②代車料を支出し、③当該代車を使用する必要性があるときは、現実に修理・買替えに要した期間のうち相当期間に限り、代車料を請求できるとのことです。

③については、被害車両が営業用車両の場合は原則として肯定される一方、自家用車の場合は当該車両の使用目的・状況、代替交通機関の使用可能性・相当性等の事情を主張しておく必要があるとのことでした。

なお、代車期間について、修理期間は概ね2週間程度、買替え期間は概ね1か月程度が一般的な目安とされているそうです。

3 休車損

被害車両が営業用車両であった場合、①事故車を使用する必要性があるが、②代車を容易に調達できず、かつ③遊休車が存在しない場合は、修理又は買替えに必要な期間中の営業損失(【計算式】〔事故車両の一日あたりの営業収入-経費〕×休車日数)を請求できる。ただし、前項の代車料が認められる場合は、休車損は発生しないことに留意が必要とのことです。認定資料には、事業損益明細書、事故発生後に被害者が作成した計算書・会計書類のほか、国交省自動車局が刊行している「自動車運送事業経営指標」を用いることもあり得るそうです。

②については、いわゆる"緑のナンバープレート"車両は、許認可との関係から、基本的に調達困難として認められているとのことです。③については、諸般の事情を総合考慮し、被害者が遊休車を活用して休車損の発生を回避し得たか否かが検討されることとなり、たとえば各営業所に予備車両を多く備える路線バス会社のケースでは、③が認められない可能性があるとのことでした。

4 評価損

事故当時の車両価格と、修理後の車両価格との差額をいい、以下(1)・(2)に区分されるとのことで、ご説明頂きました。評価損の算定方法につき、現在の裁判例は、車種、走行距離、初年度登録からの期間、損傷の部位・程度等を考慮の上、修理費用の一定割合とする方法を採用するものが多いとのことです。

(1) 技術上の評価損

車両の修理をしても完全な原状回復ができず、機能や外観に何等かの欠陥が存在することにより生じた評価損のことをいい、損害賠償の対象になり得ることについてはほぼ争いがないとのことでした。

(2) 取引上の評価損

車両の修理をして原状回復され、欠陥が残存していないときでも、中古車市場において価格が低下した場合の評価損のことをいいます。以前は争いがあったものの、現在の裁判例では、これを損害賠償の対象として肯定するものがほとんどであるとのことでした。

また、評価損の本質は被害車両の交換価値の低下、すなわち所有権に対する侵害と考えられているため、その請求権は原則として車両所有者に帰属するものと考えられるが、売主・買主間に評価損の帰属について合意があれば、買主にも評価損の請求が認められるそうです。そのため、代理人弁護士としては、早期に車検証等から所有権留保等の有無を確認し、依頼者に見通しを述べられるようにしておくとよい、とのことでした。

5 物損に関する慰謝料

被侵害利益が財産権である以上、物損を理由とする慰謝料請求は原則として認められないとのことです。

6 事例研究

タクシーとの衝突事故(過失割合に争いあり)により、自身の運転するリース車両に物損を被った依頼者から相談を受けた、という想定事案を基に、参加会員との間で議論が交わされた後、相談時から受任後の初動、交渉・訴訟に至るまで、代理人弁護士として留意すべき事項に関するご解説をいただきました。

本件で慎重に検討すべきポイントは3点あり、①過失割合の立証、②レンタカー代、③評価損、とのことです。

①については、ドライブレコーダーや防犯カメラ(Googleマップで現場付近に店舗がないかを確認しておくとよい、とのことです。)等が考えられるが、いずれも短期で自動削除されるおそれが高いため、特に前者については、依頼者に早急にSDカードを抜くよう指示すべきとのご指摘でした。

②については、過失割合に争いがある本件では、修理費・レンタカー代が手出しになる可能性がある(修理着工を踏みとどまるケースもある)ため、依頼者に十分に説明しておくべきとのことでした。

③については、上述(4項)のとおり、車両所有者をすみやかに確認すべきとのことでした。

第3 責任論

責任論においては、法的責任の所在について検討した上で、損害補填の実現可能性のある請求の相手方(保険金の支払を受け得る加害者、資力ある加害者)を検討する、とのことです。

以下のとおり、運行供用者責任(1項)、共同不法行為(2項)の順に、それぞれご説明いただきました。

1 運行供用者責任

(1) 自賠法3条(運行供用者責任)について

民法の不法行為責任が過失責任主義であるのに対し、自賠法の運行供用者責任は事実上の無過失責任であり、人損事故において適用されるとのことです。

(2) 運行供用者とは

(自賠法3条:「自己のために自動車を運行の用に供する者」)

  • 判断基準
    実務上、運行供用者とは、車の運行についての①運行支配と②運行利益が帰属するものとされている、とのご説明でした(二元説)。
    ①運行支配とは、社会通念上、自動車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり、運行を支配制御すべき責任があると評価される場合をいい、②運行利益とは、客観的外形的に観察して利益が帰属する場合をいうそうです。
  • 運行供用者の範囲
    詳細にわたりご解説いただきました。概要をまとめると、下記表のとおりです。

原則肯定 原則否定
  • 無断運転された保有者
  • レンタカー業者
  • 運転代行(依頼者、業者共に)
  • 使用貸主
    (例外:借主が返還時期を大幅に徒過したような場合には、否定され得る。)
  • 名義貸与
  • マイカー通勤のうち、使用者が業務使用を認めていた場合の使用者
  • リース会社、留保所有権者
  • 泥棒運転された保有者
    (例外:車両管理状況、泥棒運転の経緯、盗用場所と事故との時間的・場所的近接性等から、自動車管理上の過失ありと評価される場合には、肯定される余地がある。)
  • 名義残り
  • マイカー通勤のうち、使用者においてマイカーの業務使用が禁止されていた場合の使用者
  • 親子関係
    車両の購入費・維持費の負担、保管・使用状況等を総合的に考慮し判断する。

(3) 自賠法3条:「運行によって」損害が生じたこと

  • 「運行」によって
    「運行」については、自賠法2条2項に定義規定がありますが、同項の「当該装置」の解釈については、最高裁が固有装置説を採用しているとのご紹介がありました。
  • 運行「によって」
    実務では、運行と事故との間に相当因果関係が存することを要するとされている、とのことです。

本要件との関係で問題となる事例として、駐停車中の自動車における事故が挙げられました。駐停車中の自動車への追突事故や停車中のドアの開閉による事故については、肯定される場合が多いとのことです。他方、荷物の積み降ろしを原因とする事故においては、判断が分かれているとのことです。

(4) 自賠法3条:「他人」の生命または身体

「他人」とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除く、それ以外の者」をいうとのことです。

(5) 免責

運行供用者責任の免責規定について、自賠法3条ただし書のご説明を頂きました。

以上のとおり、運行供用者責任についてご解説いただきましたが、自賠法3条の適用が否定されるおそれのある場合には、不法行為責任からのアプローチを検討することも重要であるとのことでした。

共同不法行為(民法719条1項)

(1) 導入

共同不法行為を主張する意義は、個別的因果関係の立証責任が緩和されたり、加害者に連帯責任を負わせ得るという点にあるとのことでした。

以下、各種の問題点についてご説明いただきました。

(2) 純粋異時事故の問題点

  • 同時事故・異時事故とは
    同時事故は、各加害行為が同一場所で同時に行われた場合をいい、異時事故は、複数の事故の間に時間的経過が存在する場合をいいます。後者のうち、複数の事故が時間的場所的に近接して生じた場合を同時類似事故といい、それ以外の場合を純粋異時事故という、とのことです。
  • 問題の所在
    純粋異時事故においては、具体化した損害が、先行事故による損害か後行事故による損害か、区別がつかなくなるケースがある点で問題となります。
  • 被害者の請求方法
    裁判上は、寄与度に応じた分割責任が認定されていますが、被害者の代理人弁護士としては、損害全額が各加害行為と相当因果関係があると主張し、各加害者に連帯責任を求めることになるとのことでした。

(3) 医療過誤との競合

交通事故加害者に全損害の賠償を請求できるかという観点のもと、共同不法行為といえるか、単なる不法行為の競合か、検討すべきとのご説明でした。参照判例として、共同不法行為の成立を認めた最判平成13年3月13日をご紹介いただきました。ただし、当事案は交通事故・医療過誤が時間的に接着していた事案であり、一般化はできないとのことです。

(4) 共同不法行為と過失相殺

①絶対的過失相殺(各加害者の行為を一体的にとらえ、これと被害者の過失割合とを対比して過失相殺をする方法)、②相対的過失相殺(各加害者と被害者ごとに、その間の過失の割合に応じて、過失相殺をする方法)についてご説明いただいた後、各立場の判例についてご紹介いただきました(①:最判平成15年7月11日、②:最判平成13年3月13日)。

第4 おわりに

今回の研修では、物損・責任論という、広く、ややとっつきにくさを感じる分野がテーマでしたが、田部会員のご丁寧なレジュメ(豊富な資料と、約60に及ぶ脚注のフォローまで・・!)と解説で、基本的・体系的なポイントを余すところなくご教示いただきました。

全5回の連続研修がついに最終回を迎え、入門者として参加させていただいた身としては、なんともいえない寂しさと不安感を覚えていますが、手元には、基本書・辞書よりも豊かなレジュメと、ご登壇いただいた先生方の、豊富な実務経験をふまえた解説のメモ書が残っています。今後は、これをバイブルとして、しっかり復習しながら事件処理に臨めたらと思います。

賠償法研究会の先生方には、連続研修を通して、交通事故事案の扉を広く開けていただきました。大変有意義な時間とご縁をいただき、誠にありがとうございました。

前の10件 10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー