福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
月報記事
市民とともに考える憲法講座「守ってくれるのは軍隊?それもとも憲法?」のご報告~内外から見た沖縄基地問題
会員 米倉 大樹(65期)
1 憲法市民講座の開催、中村哲医師への追悼
2019年12月21日14時から、福岡県弁護士会館大ホールにおいて、「憲法改正問題に取り組む 全国アクションプログラム 憲法市民講座」として、沖縄基地問題から平和憲法を考えるとのテーマの下、琉球新報・編集局長の松元剛さん、弁護士であり、新外交イニシアティブ(ND/New Diplomacy Initiative)代表も務める猿田佐世さんにご講演いただきました。講演会の様子は、北九州弁護士会館でも中継放送されました。
また、講演会に先立ち、長年にわたりアフガニスタンやパキスタンで人道支援活動に従事された中村哲医師が、12月4日、現地で護衛者らとともに銃撃を受け、逝去されたことを受け、改めて追悼の意が表されました。北九州でも2015年8月2日にウェルとばた大ホールで「9条あっての国際貢献~アフガニスタンでの医療協力31年~」のご講演をいただき、会場一杯に市民の方々が足を運ばれ、中村医師の活動への関心の高さを目の当たりにしたことを覚えています。
2 松元剛さんの講演~沖縄から見た「沖縄基地問題」~命の格差、二重基準
まず、松元さんから、沖縄の内側から見た「沖縄基地問題」について語られました。そもそも基地担当の記者がいることが沖縄の特殊性を表しており、沖縄基地問題の核心は、ウチナーンチュと、本土やアメリカ本国に住む人々との命の重さをめぐる度を超えた「二重基準」にあります。沖縄の人々の命は、本土やアメリカ本国に住む人々との命と比べて、明らかに軽んじられているということです。
基地の現状として、普天間基地から嘉手納基地までの距離は僅か9.5~10キロメートルであり、海兵隊と空軍の拠点がこれほど近い所は他にないそうです。普天間基地の直ぐ近くには普天間第二小学校があり、教室内でも騒音は119デシベルに達するとのことです。このレベルの騒音になると会話は不可能とされます。また。2008年5月2日付の琉球新報「〔嘉手納基地から〕F15が未明に10基離陸」、「爆音 砂浜で112デシベル」という見出しの記事を示され、この出来事の背景には、日本を午前5時頃に離陸することでアメリカへの到着時刻を日中にし、過酷な訓練に臨むパイロットへの負担を軽減する配慮があることに触れられました。
ハワイでは、地域住民からのカメハメハ大王の生誕遺跡が荒れるとの反対意見などに配慮し、オスプレイの離着陸訓練が中止されたり、アメリカとの地位協定があるイタリアでは、アメリカ軍が事前にイタリア側に訓練を報告し、事故があった時はイタリアの国内法に基づいてイタリアが主導して、アメリカ軍がそれに協力をすることになっており、シエスタ(昼寝)の習慣にも配慮がなされ、その時間帯は訓練させないことになっているとのことです。
指摘されたいくつかの記事、事例を見ても、日本、沖縄への配慮とは雲泥の差があり、沖縄の人々の命が軽んじられている現状が伝わりました。普天間基地の名護市辺野古への移設についても、沖縄県民投票で反対が70%を越えたことに加え、軟弱地盤の問題やそれに伴う工費の莫大な膨張を指摘され、2014年1月1日付で琉球新報が特報した日米地位協定の秘密解釈文書「日米地位協定の考え方」にも触れられました。日米地位協定の不自然さを浮き彫りにし、見直しの必要性を考えさせる内容の講演でした。
最後に、2004年8月13日に普天間飛行場に派遣されていた米海兵隊所属ヘリコプターが、沖縄国際大学の本館ビルに墜落、激突後に、爆発炎上した事故について、当時の動画を流されました。アメリカ兵によって現場への立ち入りや撮影が厳格に規制されている様子を捉えており、事故直後の現場の物々しい雰囲気が伝わりました。イタリアにおける地位協定の在り方も踏まえ、改めて主権とは何か考えさせられました。
3 猿田佐世さんの講演~沖縄の外から見た「沖縄基地問題」~ワシントン拡声器、「アメリカの声」の主
引き続き、猿田さんから、沖縄の外側(国外)から見た「沖縄基地問題」について語られました。猿田さんが代表を務める「新外交イニシアティブ」は、政策提言・情報発信を通じ、日米及び東アジア地域において、外交・政治の現場に新たに多様な声を吹き込むシンクタンクです。現在の取り組みの8割は沖縄問題であり、猿田さん自身、月に1回ほど沖縄を訪問されていた時期もあるとのことです。沖縄問題は、実は本土の問題であり、根本的な原因は東京の永田町にあります。
日本の政策に影響を与える「アメリカの声」の発信元は、多くても30人ほどの非常に限られた知日派アメリカ人であり、日本の政府や大企業から情報や研究資金の提供を受けています。日本では、こうした「声」を通じて伝えられる「アメリカの意向」が大きな圧力として働きます。この仕組みを「ワシントン拡声器」と表現されています。
具体的な仕組みは、ワシントンは世界中の問題についてアジェンダ(議題)設定能力を有し、評価・権威付けを行うところ、(1)一部の日本人がアメリカの知日派やシンクタンクなどに資金や情報を与える。(2)与えられた情報に基づき彼らが発言したり、報告書を発表したりする。(3)日本の政府やメディアが、アメリカ側から出てくる情報の中から自分達の推進したい政策の追い風となる情報を選択し、選択した情報を「ワシントン発」の声として日本に向けて「拡声」しながら伝える。(4)アメリカの影響力を追い風に、日本国内で自分達の望む政策を実現するというものです(猿田佐世『自発的対米従属-知られざる「ワシントン拡声器」』68頁~135頁(角川新書、2017))。
知日派で知られるアーミテージ元国務副長官が普天間基地の返還を巡り「沖縄であれだけ反対しているのだから、辺野古以外のプランB(代替案)があった方がいい。」と語ったことや、アメリカでは原発が斜陽産業と認識されており、日本の使用済み核燃料再処理に反対していることなどが日本国内のメディアでは伝えられておらず、アメリカの声の「アメリカ」とはいったい誰なのかと疑問を投げかけられました。
日本ではアメリカの出来事が連日のように報道される一方、アメリカ人で日本のことを考えている人はほぼ皆無とのことです。2015年9月21日、翁長知事が国連人権理事会(ジュネーブ)で声明を発表し、沖縄の人々の人権や自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を世界中から関心を持って欲しいと訴えたことに触れ、今後も、アメリカの中枢に「沖縄の声」を届けるとともに、辺野古が唯一の選択肢ではないことを働きかけていきたいと語られました。
4 質疑応答~沖縄基地問題の今後の展望
質疑応答において、猿田さんによると、トランプ政権の下でも強固なパイプは健在であり、「ワシントン拡声器」を利用した既存外交に変わりはないとのことです。松元さんは、今後も基地の周辺で、小さな事故が重なりやがて重大事故につながる恐れや統計的に見てまた沖縄の人々が事件に巻き込まれる可能性を危惧し、時間的にも、費用的にも終わりの見えない辺野古への移設問題にも触れ、なぜここまでしてアメリカに、日米地位協定にすがらなければならないのか、考える分岐点にあるとの認識を示されました。
基地の引取運動について、松元さんは、一部の地域の人々に過剰な負担をかけず、国民全体の問題と捉えようとする動きとして正当性があると評価されましたが、猿田さんは、アメリカに提言すると実際にそのように動く可能性があり、議論が成熟するのを待ちたい。まずは日本の外交を変えなければならないと述べられました。
5 最後に~本講座の持つ意義、まず関心を持つことの重要性
松元さんが講演の冒頭で今年10月31日に首里城が炎上したことに触れ、今この時期に、国民の目が沖縄に向くことは、基地問題や憲法改正を結びつける何かのメッセージではないかと語られたことが印象に残りました。また、猿田先生の著書、講演に接し、伝達される情報がどのような過程を経て届けられているのかを知ることの大切さ、重要性を感じました。今年3月9日に開催された憲法市民講座「広告で憲法が変えられる?」において、著述家の本間龍さんが講演されたメディアによる情報操作の危険性にも通じるものがあると思います。
今回の講演会を通じ、沖縄基地問題、憲法改正のいずれも、国民一人一人がまず関心を持つこと、関心を持った上で理解・知識を深めていくことが大切であり、このような機会を弁護士だけでなく、一般市民の方々にも提供する場として、本講座の持つ意義を改めて感じました。
多数の情報が氾濫する中、実際に現場で活動される方々の生の声を、直接、より多くの方に届けることが、問題の所在と本質への理解、議論を深め、より良い方策の発見、解決への一助となるのではないかと思います。
2020年1月 1日
九州レインボープライド
LGBT委員会委員 会員 西 亜沙美(71期)
1 はじめに
令和元年11月4日、福岡市冷泉公園にて九州レインボープライド2019が開催されました。本稿では、九州レインボープライド2019の概要、イベントで行われたパレードの様子等についてご報告いたします。
2 九州レインボープライドについて
九州レインボープライドとは、LGBTをはじめとするセクシャル・マイノリティ(性的少数者)を筆頭に、世の中の差別や偏見から子どもたちを守り、子どもたちが前向きに、自分らしく生きていく事ができる社会の実現を目指して、開催されているイベントです。イベントでは、毎年多くの協賛企業や団体がブースを出展し、アーティストによるパフォーマンスやトークショー、イベント参加者によるパレードが行われます。5年目となる今年は、12000もの来場者を数え、1200人がパレードに参加しました。
3 企業や団体の取り組み
各出展ブースでは、各企業や団体の活動が紹介され、体験イベントを通して来場者との交流が行われていました。福岡県弁護士会もブースを出し、LGBTに関する無料法律相談会を実施しました。セクシャル・マイノリティの中には、自身の性について周りに打ち明けておらず、誰にも相談ができないという人もいます。そのため、LGBTに関する相談は、一般的な法律相談と比べて悩みを打ち明けるハードルが高く、相談者のプライバシーと性のあり方に配慮が必要です。イベント会場内のブースでの相談ということもあって、どれくらいの数の相談が実際あるのか予想がつきませんでしたが、本相談会では少なくない数の相談が寄せられました。レインボープライドに来場され、それが相談の契機になった人もいたのではないかと思います。本相談が、なかなか悩みを打ち明けられない人の一助になったのであれば幸いです。
4 パレードを歩いて
レインボープライドのイベントの一つとして、参加者によるパレードがあります。参加者は、より社会に知ってほしい、差別偏見なく誰もが生きやすい街になってほしいという思いで、約1時間かけて福岡の街をパレードしました。このパレードに福岡県弁護士会も参加しました。パレードに参加しながら沿道の人々を見ると、パレードに無関心の人もいましたが、中には手を振ってくれた人もいて、様々でした。
5 最後に
九州レインボープライドは毎年参加人数が増え、以前はパレードが通っても無関心だった人が多かったそうですが、今では沿道の人が手を振って応援の言葉をかけてくれます。福岡県弁護士会だけでなく、九州レインボープライドを通じた多くの企業や団体等の地道な取り組みが、差別や偏見をなくしLGBTを始めとするあらゆる少数派が多様性豊かに住みやすい街・福岡ひいては九州を作っていくのだと実感しました。
第19回情報ネットワーク法学会の報告
IT委員会委員 後藤 大輔(63期)
【はじめに】
去る令和元年11月2日・3日に、関西大学千里山キャンパスにて開催された第19回情報ネットワーク法学会に参加してきましたので、報告します。
今年度の情報ネットワーク法学会では、開催地である関西大学の河田惠昭教授による基調講演(「国難災害が起これば破綻する災害関連法」)を皮切りに、2日間の開催期間中に11の分科会と14の個別報告が行われました。メインコンテンツともいうべき分科会ではAIやロボット法、eスポーツといった近年社会の関心の高さが伺える話題や、個人情報保護法制、ヘイトスピーチ、プロバイダ責任制限法やシステム開発紛争など、弁護士業務との高い関連性が伺われる分野に関して最先端の議論が繰り広げられ、大いに知的好奇心を掻き立てられる内容でした。ここでその全てを語りつくすにはとても紙面が足りないため、本稿では個人的に特に関心が深かった部分に絞っての報告とさせていただきます。なお、報告内容の紹介に関しては、専ら私の理解不足を原因とする不正確な標記が存在するかもしれませんが、その点はご容赦頂ければと思います。
【1日目の分科会】
学会1日目は、上でも紹介した河田教授の個別報告の後、第2分科会「eスポーツの法律問題」と第3分科会の「ヘイトスピーチ規制の着地点」を聴講しました。ここではそのうち、第2分科会の「eスポーツの法律問題」について報告をしようと思います。
この分科会では、弁護士以外にも日本のゲーム産業史を研究されている大学教授や、実際にプロチームの監督業を行っている元プロゲーマーの方、プロゲーマー育成事業を行う専門学校の方などを報告者として、それぞれの立場からeスポーツの歴史と現状、今後の問題点などを切り取り、解説を加えるというものでした。
まずは、ゲーム産業史からの観点として、日本がゲーム先進国でありながら昨今のeスポーツの流れに乗り遅れた理由についての考察(日本ではコンシューマーとアーケードが発展した一方、eスポーツはPCゲームから発展していったこと)が紹介され、個人的には膝を打つ内容でした。また、プレイヤー育成の面では、ゲーム技術だけではなく人間力(!)が必要とされること、そのために毎日の挨拶や筋トレ、メンタルトレーニングや英会話(海外大会への参戦を視野に入れて)を取り入れているという報告があり、昔ながらのゲームマニアという印象を持っていた自分にとっては目から鱗の内容でした。
監督業との関連では、チームとプレイヤーとの間の業務委託契約に関して契約期間についての現場感覚(3か月毎更新とすることが多く、これでも長いと言われることもある、等)や、プレイヤーの移籍に関して問題に直面することが多いという話を伺うことが出来ました。プレイヤーは大会出場や実績のためにチームに所属するが、同時にチーム内での役割分担を課せられることにもなり、その両立が難しい(チーム内での負担が自身のスキル向上につながらない場合もある)と短期間でも退団という話になる(あるいは引き抜かれる)という話は、実力重視を地で行く話でもあり、制度整備が追い付いてないなと感じる部分でした。
その他、弁護士サイドからは、プレイヤーに関連する契約(選手契約やスポンサー契約、用具提供契約、コーチ指導契約、ライセンス契約、マネジメント契約等々)についての簡単な説明や、特有の法律問題(誹謗中傷対策や、未成年との契約が多くなることとの関係でのゲームのレーティングの取扱いや依存症対策)、eスポーツにおける「プロ資格」の意味合いと獲得賞金額との問題、移籍制限と独禁法違反との関係について)についての議論状況を知ることができ、大変有意義でした。
【2日目の個別報告及び分科会】
2日目ですが、午前中の個別報告では「訴訟記録閲覧の権利化による閲覧情報拡散の抑止」と「デジタルアイデンティティとデータ保護法制に関する一考察」、並びに「「信託としてのプライバシー論」の理論的前提-新たなプライバシー権論に向けた理論構築」を選択し、午後からは第6分科会「セキュリティ要件におけるベンダ・ユーザーの責任分界点~ハッキング事故の分析を通じて~」と第9分科会「プロバイダ責任制限法研究会:デジタルプラットフォームとプロバイダ関連法」、第11分科会「利用規約とプライバシーポリシー~企業の立場から関連施策を考える~」を聴講しました。
個別報告はいずれも興味深い内容だったのですが、ここでは特に信託としてのプライバシー論について少し紹介をします。話の骨子としては、例えばインターネット上のサービスに関して「第三者提供への同意を求める利用規約・プライバシーポリシーの存在」→「利用者はそれらの規約類を読まないが、同意しないとサービスを使えないので規約への同意はする」→「情報管理者が、受けた同意に基づき個人情報を第三者提供する」→「第三者提供に伴い漏えい等の問題が生じる」といったケースで、漏えいさせた第三者に責任追及できないかという問題点に対し、同意の有無(自己情報コントロール権)の問題ではなく信託類似の理論(信認義務)で解決しようと試みるものであり、まさに実務と理論の架橋というべき流れだなと感じたところでした。
午後からの分科会については、第9分科会の内容を簡単に紹介します。この分科会では、まず名誉権侵害に基づく削除請求に関して、近時話題になった最判H29.1.31以降の裁判例の流れが紹介され、次にログイン型投稿(twitterやinstagram)における開示請求の状況に関する流れが紹介されました。余談とはなりますが、その議論の流れで、海外プラットフォーマーに対するディスカバリー制度活用の話が聞けたのは、収穫だったと考えています。その他にも、SNS上のいわゆる企業アカウントの運営に関する大阪高判H31.3.27の紹介や死者の情報・契約上の地位の承継についての話を聞くことができ、まさに最先端の議論が展開されていました。個人的には、最判H29.1.31以降の最高裁の判断枠組みの中でいわゆる「明らか」要件の検討を行うにあたり、プラットフォーマーの性質(情報流通の基盤といえる存在か否かで)次第で要件該当性判断を変えるというのは、ギリギリ理解できなくもないですが、実際の事案で問題となっているプラットフォーマーをどう捉えるかというあてはめの段階における裁判所の判断には甚だ疑問を感じているところです。
【おわりに】
学会で得ることのできた情報は、日頃の業務に従事するだけでは到底キャッチアップできない情報ですし、他方で個人的にも興味を持っている分野に関する最先端の情報でした。そして今回、私が学会に参加する機会を得たのも、所属委員会であるIT委員会の委員の方々からの勧めがあったことによる部分が大きかったと考えております。本稿の内容に多少でも興味を持たれた会員の方は、ぜひともIT委員会への委嘱を希望してみてはいかがでしょうか。
高齢者・障害者総合支援センター「あいゆう」研修報告
会員 郷司 佳寛(71期)
1 はじめに
去る令和元年11月20日(水)午後1時から、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、令和元年度「あいゆう」研修が開催されました。
近年、福岡県内でも豪雨災害などの大規模災害が多発し、災害時における高齢者・障害者の方などの要支援者に対する支援が喫緊の課題となっております。そこで、今年度の本研修は、「避難行動要支援者に対する支援」をテーマに、「避難行動要支援者名簿」の制度の紹介や活用事例の報告などが実施されました。
2 避難行動要支援者名簿制度について(第1部)
第1部では、福岡市市民局防災・危機管理課の小田素久さんを講師にお迎えし、「避難行動要支援者名簿制度について」と題し、同制度の紹介をしていただきました。
まず、避難行動要支援者名簿は、災害対策基本法により、市町村長に作成義務があるもので(同法49条の10第1項)、この名簿には要支援者の氏名、生年月日、性別、住所又は居所、電話番号その他の連絡先、避難支援等を必要とする事由などが記載されます(同条2項)。この名簿に記載される避難行動要支援者は、福岡市地域防災計画によると、(1)移動することが困難な者、(2)日常生活上、介助が必要な者、(3)情報を入手したり、発信したりすることが困難な者、(4)精神的に著しく不安定な状態をきたす者、とされています。
作成された名簿は、避難行動要支援者本人の同意を得て、避難支援等関係者(校区・地区自治協議会等、校区・地区社会福祉協議会、民生委員、児童委員)に提供され、電話等での安否確認や避難所までの避難支援の際にの活用されることになります。福岡市で同意が得られているのは、名簿登録者(36、000人)の約4割に過ぎず、同意文書へ返信をしていない方が約5割、提供を拒否された方が約1割いるとのことでした。
3 避難行動要支援者名簿の活用について(第2部)
(1) 事例紹介(1)
第2部の事例紹介(1)では、福岡市西区金武校区より、同校区自治協議会の藤内寛幸さん、同校区自主防災会の倉光利博さん、同校区社会福祉協議会井長京子さん、西区金武公民館の西知加子さんより、金武校区の名簿の活用事例の紹介をしていただきました。
金武校区は、平成29年10月16日に校区防災会議予備会議を開催し、避難行動要支援者名簿の活用を検討する機会を西区内でいち早く設けたそうです。具体的には、各種団体の連携の機会を設けることや、避難行動要支援者を見守るためのマップを作成し、町内の状況が目で見て分かり、情報の共有がしやすい環境の整備を実施しているとのことでした。
その後、平成30年7月5日から6日にかけての豪雨災害では、初めて避難所の運営や要支援者の避難誘導を経験したそうです。このときは、自主防災会を組織したものの、災害時には各種団体との連携が上手くいかないことや、避難行動要支援者の把握はできていたものの声掛けのタイミングに苦慮し、避難しないといった住民の方もいたこと、などの課題が見つかったとのことでした。そのため、「金武校区よかネット」を立ち上げ、校区内の介護事業所等と地域とが連携し災害時の情報共有や対応などを協議する機会を設けたそうです。また、名簿の活用についても、金武方式として、各町内会・自治会別に連絡網を作成し、名簿に登載されていないが支援が必要と思われる世帯も色を分けて記載するなどの工夫をされているとのことでした。
(2) 事例紹介(2)
第2部の事例紹介(2)では、福岡市社会福祉協議会・地域福祉課の小山浩俊さんを講師に迎え、福岡市社会福祉協議会での取組みについて紹介していただきました。
社会福祉協議会はふれあいネットワーク(見守り活動)やふれあいサロン(閉じこもり予防、孤立予防)といった様々な地域の活動の支援をされており、社会福祉協議会での名簿の活用支援の代表例についても紹介していただきました。
まず、地域の関係団体が集まって座談会やワークショップを開催し、地域の現状や課題を地域で共有することから始めるとのことです。そして、地域で情報収集をして見守りが必要と判断した名簿と、行政が把握した名簿では齟齬が生じていることがあるため、これらの情報を突合し、より詳しい地域の情報を集め、情報共有を図るとのことでした。その後は、把握した情報をもとに、要支援者の居所を地図上に印をつけ、「誰が」「誰を」支援するのか具体的に決めて、支援者と要支援者とを地図上に矢印を付けることで、地図を用いて一目で支援体制を把握することができるとのことでした。その後は、この体制がどれほど機能するのかを検証するため、災害時を想定した安否確認訓練を繰り返し、臨機応変に対応ができるように準備をしている校区が多いとのことです。
4 パネルディスカッション(第3部)
第3部では、第1部と第2部の講師の方々のほか、岡直幸会員が加わり、「避難行動要支援者等の支援のあり方と問題点について」と題して、パネルディスカッションをしていただきました。
岡会員から、骨折をした場合や足を切断した場合には、災害時に支援していただけるのかという疑問が投げかけられました。避難行動要支援者名簿は、福岡市の場合には身体障害者手帳を持っているなどの要件を設けているため、名簿に載ることはなく公助は期待できないとのことでした。また、足を切断した場合には、名簿への登録は可能ですが、年に1回しか更新されず、6月に名簿が避難支援等関係者の手元に渡るため、支援を受ける側も地域の行事などに参加するなどして、普段から地域と方々と顔の見える関係づくりをすることが大事であるとのことでした。
また、地域の活動では、名簿に載っていないが、支援が必要と思われる方の個人情報について、扱いが難しいという悩みがあるとのことでした。地域ごとの取り組みとして、個人情報の手引きを作成し情報を共有する範囲を事前に決めているて校区や、事前に校区版の同意書を作成し一人一人同意を取っていく校区もあるとのことでした。また、ボランティアなどの協力者の高齢化の問題もあり、支援の担い手を探すことも課題であるが、どういった支援ができるか具体的に決めて参加を集えば、それくらいならできると考えて手を挙げてくれる方もいるとのことで、校区ごとの工夫も紹介されました。
5 おわりに
私は、今回の研修を受け、避難行動要支援者名簿という制度があることや、地域の各種団体等が避難行動要支援者として様々な準備をしていただいていることを知ることができ、非常に勉強になりました。講師をしていただきました方々には、改めてお礼申し上げます。
2019年12月 1日
あさかぜ基金だより~豊前ひまわり基金法律事務所定着式・披露会に出席して~
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 田中 秀憲(69期)
平成28年9月まであさかぜで勤務していた西村幸太郎弁護士が、福岡県豊前市における豊前ひまわり基金法律事務所での3年の赴任期間を経て、事務所名を豊前総合法律事務所に改め同地域に定着することとなりました。その定着式・披露会を紹介します。
豊前地域について
福岡県豊前市は人口が2万5000人(令和元年9月現在)で福岡県の東南端に位置します。周囲には築上町、上毛町、吉富町があり、豊前市とともに豊前地域を形成し、同地域の人口は6万人です。
豊前地域には西村弁護士が豊前ひまわり基金法律事務所を開設するまで40年以上も弁護士が常駐する法律事務所はありませんでした。リーガルサービスを受けられる場所として豊前法律相談センターがありますが、相談できる日時は火、木、金曜の午後2時から午後4時30分までと限られていたため、困りごとがあったときにすぐに弁護士に相談することはできませんでした。
そこで弁護士過疎を解消すべく、平成28年10月に西村弁護士が豊前ひまわり基金法律事務所を開設し、豊前地域のリーガルサービスを担うことになったのです。
定着式
定着式には、豊前市長をはじめとして、築上町、上毛町、吉富町の各町長や市議会議長、商工会議所の関係者、ロータリークラブの関係者など、豊前地域の関係者が出席されていました。豊前市長の挨拶のなかでは、西村弁護士が市民から数多くの法律相談を受けているのみならず豊前市からも法律相談を受けており、これからも豊前地域に法の支配をいきわたらせるには西村弁護士が必要だという力強い励ましがありました。豊前市長は西村弁護士が依頼者に寄り添うリーガルサービスを提供しているエピソードとして、西村弁護士が交通事故の案件で依頼者にわかりやすく説明するために骨格標本を利用しているとの話をしていました。豊前市長は西村弁護士がいつも笑顔で頼りになり、親しみを持てる身近な弁護士であり、西村弁護士のおかげで豊前地域の住民が平穏に暮らせていると話していました。
また、当会の山口雅司会長や原田直子日弁連副会長、宮國英男九弁連理事長も出席し、西村弁護士の3年の赴任期間をねぎらい、あわせて激励の言葉が贈られました。山口雅司会長からは西村弁護士が国選弁護活動などの公益活動はもちろんのこと、商工会議所での講演活動やブログを使っての啓発活動などを行っているとの話があり、西村弁護士が豊前地域で幅広い活動によりリーガルサービスを提供していることが紹介されました。
披露会
披露会では、西村弁護士が挨拶し、とても不安な気持ちで赴任したが、市民のもとに出かけたときには断られることもなく、市民からは何かあれば相談したいと言ってもらい、市民に支えられ、また地域に活かされ定着に至ることできたと笑顔いっぱいの話でした。また、豊前地域での受任件数が毎年増加していて、事件の件数が多いのは、それだけ市民の困りごとがみ過ごされていたためではないかと思う、そのような地域でひまわり基金法律事務所として活動する意義は大きいと話していました。そして、挨拶の最後に西村弁護士はこれからの抱負として、これまでの豊前地域における活動であまねくリーガルサービスの提供の礎になれた、今後もこの地で活動を続けていきたいと話していました。
披露会では、西村弁護士のこれまでのご苦労に対して宮國英男九弁連理事長より感謝状が贈呈されました。
地域の人々とともに
定着式に出席して、西村弁護士が市民のみならず、行政からも厚い信頼を寄せられていることを実感しました。西村弁護士は豊前ひまわり基金法律事務所の初代所長として同事務所を開設し、ゼロから豊前地域の方々と人間関係を築いていきました。そのような苦労を経て今ではたくさんの地元の人々から大きな信頼を得ているのは、豊前地域の人々が西村弁護士を暖かく迎え入れてくれたことはもちろんですが、西村弁護士自身の努力や人柄によるものも大きいと思いました。また、西村弁護士が今後も豊前地域において法の支配を行き届かせることに弁護士会からも大きな期待が寄せられていることもあわせて感じたところです。
私はこの度の定着式・披露会に出席してひまわり基金法律事務所の存在意義を再確認することができました。西村弁護士の話を聞いて弁護士過疎地には法による助力を求めている人たちがたくさんいることを認識し、弁護士過疎地で誰もが平等に法の助力を受けられる社会を実現するために依然としてひまわり基金法律事務所が果たす役割は大きいように思います。
弁護士過疎地へ赴任すれば、その地でのリーガルサービスの多くを赴任した弁護士が担うことになります。そのため赴任する弁護士の責任は重大です。近い将来の私の赴任先の地域の人々が適正なリーガルサービスを受けられるよう、残りの養成期間、しっかりと研鑽を積み、西村弁護士のような赴任先の地域の人々に信頼される弁護士を目指してがんばります。
紛争解決センターだより
紛争解決センター運営委員会副委員長 渡邊 洋祐(52期)
今回は、当職が申立代理人として関与した事案についてご紹介させていただきます。
事案の内容は、一戸建ての家屋の建物明渡し請求ですが、当職は、賃貸人の代理人として、あっせん・仲裁申立てを行いました。
賃貸借契約は10数年前に2年契約で締結され、その後、自動更新を繰り返しておりましたが、賃貸人は、県外で家族と離れて働いている80代の男性で、高齢である上、食道がんを患っている状況であったため、本件建物で家族と一緒に暮らしたいとして、当職が委任を受ける前の段階で、自ら賃借人に対して解約通知を送付し、明渡し交渉を行っておりました。
しかしながら、当事者同士の交渉では解決の糸口が見出せなかったため、当職が建物明渡しの依頼を受けることとなりました。
本件においては、賃貸人に建物の自己使用の必要性が認められ得ると考えられたことや、受任前のやりとりにおいては、賃借人は賃貸人の提示する条件での明渡しに抵抗を示してはいるものの、明渡しそのものを頑なに拒絶している様子でもなさそうであったことから、当初から訴訟ではなく、あっせん・仲裁手続きに持ち込む方針で委任を受けることにしました。
当職受任後の手続きは以下のように進んでいきました。
(1) 平成31年1月
受任通知兼明渡し請求書の発送
(2) 平成31年2月
相手方代理人弁護士からの回答書受領
~相手方代理人と交渉し、あっせん・仲裁手続きで紛争解決を図る旨の了解を得る。~
(3) 平成31年3月
あっせん・仲裁申立て
(4) 令和元年5月
第1回あっせん仲裁期日
※申立て当初、高齢・病気の正当事由を主張するのみで、立退料の提示を行っていなかったため、正当事由の詳細について相手方から具体的な主張・立証を求められ、次回期日までに可能な限りの具体的な主張・立証を行うこととなりました。
(5) 令和元年7月
第2回あっせん仲裁期日
※相手方から正当事由に関するより詳細な主張・立証を求められ、これについて準備することとなったほか、双方において立退料の提示についても可能か否か検討することとなりました。
(6) 令和元年8月
第3回あっせん仲裁期日
※双方から期日間において立退料の提示を行っておりましたが、差異が大きかったため、次回期日までに双方にて譲歩案の提示について検討することとなりました。
(7) 令和元年10月
第4回あっせん仲裁期日
※期日間に双方から譲歩案の提示を行い、立退料の差異は相応に縮小されましたが、まだ金額に隔たりがあったため、あっせん人から和解案の提示がなされ、これを双方にて検討することとなりました。
(8) 令和元年11月
第5回あっせん仲裁期日
※期日間にあっせん人からの和解案について双方受け入れるとの合意が調ったため、和解成立となりました。
なお、明渡し日を和解成立の約7ヶ月後とすることとなったため、不履行の際の執行力を確保するため、和解については、仲裁判断の形式で成立させることとなりました。
本件については、あっせん・仲裁申立てから和解成立に至るまで7ヶ月以上の期間を要しました。
しかしながら、同種の事案について、訴訟を提起する場合、より長期の時間を要するのが一般的であり、また、立退料の鑑定、尋問等の重い負担が発生します。
これらの負担を考慮すると、あっせん・仲裁手続きによって、本件を解決することで当事者双方の負担は相当程度軽減されたものと考えられます。
また、あっせん・仲裁手続きは3回程度の手続きにて終了するのが通常ですが、あっせん・仲裁人の先生には、5回にわたる期日に丁寧に対応していただき、また、双方が納得する適切な和解案を提示していただき、このようなあっせん・仲裁人の先生の尽力により本件紛争について合意が成立するに至ったと思います。
建物明け渡し事案については、過去にもあっせん・仲裁手続きにて、仲裁判断の形式で和解を成立させることによって解決した例が存在しており、同種事案の簡易迅速な解決に当たっては、あっせん・仲裁手続きが極めて有効であると思います。
「日弁連第11回貧困問題に関する全国協議会」の報告
会員 平尾 真吾(66期)
1 はじめに
令和元年9月21日(土)、東京霞が関の弁護士会館17階会議室にて行われた「第11回貧困問題に関する全国協議会」に参加してきましたので、その様子を報告致します。
本協議会は、各単位会の代表者が集まり、貧困問題に関する日弁連・各単位会の取組みの状況等を報告することを目的とする会です。
2 貧困問題に関する日弁連の取り組み
まず、日弁連貧困問題対策本部事務局長吉田雄大先生(京都会)より、貧困問題に関する日弁連の取り組みについての報告がありました。
日弁連として重点的に取り組む課題として、労働相談事業の強化や奨学金問題などを含む15点があり、とりわけ生活困窮者自立支援法の相談事業の拡大、ブラック企業対策を目的とした労働相談事業の充実等が挙げられるとのことでした。これらの問題は、法テラスの司法ソーシャルワーク、行政や他の関連委員会との連携を図り対応する必要があることが強調されました。
3 滞納処分に対する対応策
次に、佐藤靖祥先生(仙台会)より、「あるべき滞納処分とは」と題して講義がありました。
近年、自治体が国民健康保険税などの公金の債権回収業務を強化しており、一部自治体で本来的には差押禁止債権である給与等が送金される口座(預金口座自体は差押禁止ではない)に滞納処分を行ったり、無理な分納誓約をさせるケースが見られるとのことでした。
佐藤先生は、このような過酷な滞納処分がなされている背景として、自治体が広汎な調査権(国税通則法141条)と裁判所を介さずに自ら差押えをすることが出来る権限を有していることがあると指摘されていました。
佐藤先生からは、滞納自体には問題があるとの前措きがありました。しかしながら、自治体が対象者の生活困窮状況を鑑みずに一方的滞納処分を行っていることが問題であるとの説明がありました。そのような過酷な滞納処分を行った結果、滞納処分を受けている人が、生活保護よりも厳しい資産状況となり、生活困窮者を増加させているとの指摘がありました。
対処法として、(1)納税の猶予(国税通則法46条2項・3項、地方税法15条1項・2項)、(2)換価の猶予、(3)滞納処分の停止(国税徴収法153条1項、地方税法15条の7)という方法があります。佐藤先生は、この問題に対応するには、まずは、職権による換価の猶予(国税徴収法151条、地方税法15条の5)と滞納処分の停止を念頭に入れればよいのではないかとのことでした。特に、滞納処分の停止とは、滞納処分を回避するものであり、停止が3年間継続すると納税の義務自体が消滅する制度です。
また、一部自治体で先進的な取り組みを行っていることも報告されました。例えば、滋賀県野洲市では、税金滞納を生活困窮の徴表と捉え、徴税部署と生活困窮者支援部署が連携し、生活支援を行っているとのことでした。税務情報を生活困窮者対策に活用するためには、税法等に規定される公務員(特に徴税吏員)の守秘義務との関係が問題となります。ただし、先進的な対応をしている自治体では、対象者に税務情報の取扱に関する同意書の作成を求め、税務情報を徴税部署と生活困窮者支援部署で共有するという運用を行っているようです。
4 労働相談・生活困窮者自立支援法の各会の取り組み
その後、労働相談や生活困窮者自立支援法に関する取り組みについて、特に顕著な実績のある単位会より報告がありました。
当会は、平成30年度の労働相談件数が1235件と、東京会に次いで多く、件数が多い理由について報告を求められました。労働相談が多い単位会は、法律相談センターの振り分けが機能していること、労働相談が無料化されていること、ターミナル駅の駅前に相談箇所を設置したり、夜間の相談を行っていること、会員向けの労働相談連続研修会の開催といった共通の特徴があるのではないかとの分析もなされました。
また、生活困窮者自立支援法の取り組みについては、各単位会が、自治体の生活困窮者自立支援部局と連携し相談業務を行っている様子が紹介されました。特に、大阪会では、困窮者相談担当弁護士経験交流会(年2回)、困窮者支援相談担当弁護士向けの連続研修会(基礎編・応用編)、滋賀県野洲市や大阪府豊中市といった先進自治体の事例を学ぶシンポジウムを開催するなど、積極的な活動を行っているとの報告がありました。
生活困窮者自立支援法の取り組みについては、当会のリーガルエイドプログラムのような先進的な取り組みもありますが、多くの単位会で、社会福祉協議会や自治体などと連携を行い、弁護士が電話相談を行ったり、生活困窮担当の職員向けの研修や協議会を立ち上げるといった取り組みが定着しているように感じました。しかしながら、相談件数などをどうやってあげていくかといった課題に直面している単位会もあり、各単位会として生活困窮者に対する相談の掘りおこしをどうしていくかが課題であるように思いました。
5 法テラスの準生活保護者免除申請制度について
法テラスの準生活保護者免除申請制度についての各単位会での周知状況についての報告がありました(具体的な制度紹介については、当報569号41頁の東会員の報告をご確認下さい。本協議会にも参考資料として配布されていました)。
ただ、どの単位会も当該制度についての十分な広報がなされておらず、結果的に当該制度に関しての十分な周知がなされていないという指摘がなされていました。参加会員からは、その理由として、事例の蓄積が少ないとの意見がありました。本協議会では、今後の事例の蓄積を弁護士会側でどのように行っているのかという課題が議論されていました。また、当該制度が、高齢者や障害年金・障害者手帳を受けている身体・精神障害者に限定して、その対象としていることも指摘されました。特に、当該制度が、経済的に困窮している母親の養育費請求などといった母子家庭問題に対応できておらず、制度として不十分ではないかといった意見もありました。
6 生活保護法にかわる「生活保障法」の制定の提言
日弁連では、平成31年2月に、生活保護法改正要綱案(改定版)を作成・公表しており、本協議会では、その要綱案の説明がありました。
具体的には、生活保護法にかわる「生活保障法」を制定すべきとし、5つの改正案の柱があるとの説明がありました。すなわち、(1)権利性の明確化、(2)水際作戦(保護申請をさせずに窓口で突き返すこと)を不可能にする制度的保障、(3)保護基準決定に関する民主的コントロール、(4)生活困窮層に対する積極的支援、(5)ケースワーカーの増員と専門性の確保の5つです。
特に、(4)生活困窮層に対する積極的な支援の制度設計が印象的でした。これは、生活保護利用世帯とその一歩手前の困窮世帯の「逆転現象」(困窮世帯が医療費などの自己負担金を支出したことによって、結果的に困窮世帯の可処分所得が保護利用世帯よりも少なくなること)を防ぐことを目的とするものです。手段としては、困窮世帯の収入が最低生活費の130%未満の場合には、当該困窮世帯が教育・医療・住宅・生業扶助の生活保護法上の給付を単独で利用できるとするものです。
7 終わりに
本協議会に参加し、特に、各単位会が、生活困窮者に対する支援をどのようにしていくのかという課題に直面していることが良く分かりました。その中で、当会が運用しているリーガルエイドプログラムは画期的なものであると感じました。
一方で、大阪会のように、生活困窮者の支援を積極的に行い、各種研修会やシンポジウムを行っている単位会もあるなど、今後の会務に参考になる(かつ刺激にもなる)情報を得ることができ、極めて有意義な協議会でした。
人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~
会員 川上 誠治(68期)
1 はじめに
令和元年9月14日(土)午後1時より、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~」が開催されました。
2 基調報告「未決勾留制度の現状と課題」
愛知学院大の石田倫識教授から、「未決勾留制度の現状と課題」と題した基調報告がありました。
石田教授からは、勾留制度は、「罪証隠滅」及び「逃走」を阻止するための制度であるが、実務の現状は、主に被疑者を取調べることが目的となっている。これは未決勾留の目的外使用にあたるのではないか、という疑問が投げかけられました。
このような現状を踏まえ、人質司法の脱却を図るべく、具体的な改善策として、(1)具体的な資料に基づく高度の蓋然性(現実的可能性)が認められる場合にしか勾留を認めない、(2)少なくとも、勾留を基礎づける疎明資料については、弁護側にも証拠開示を認めるべき、(3)勾留質問や取調べに弁護人の立会いを認めるべき、といった提言をいただきました。
石田教授の報告では、的確な現状分析を前提として、未来に向けてどう刑事手続を変えていくべきか、一定の方向性が示されました。非常に示唆に富む内容であったと思います。
3 特別報告
(1) 準抗告運動の内容及び現状の報告
準抗告運動とは、(1)会員に対して準抗告等の不服申立てを積極的に行うよう呼びかけるとともに、(2)会員から活動の報告を受け、(3)寄せられた活動の報告を分析し、定期的に周知を行うものです。
平成30年6月から8月に第一弾、令和元年6月から8月に第二弾が、九州で一斉に行われました。今年は、福岡県全体の通算報告件数が90件(うち積極事例40件)と、報告件数は昨年より大きく増加しました。
準抗告運動の成果として、会員には準抗告をすればこれだけ通るのだという意識を植え付けられただけでなく、実際に勾留請求却下率の引き上げに貢献したことなどが、野田幸言会員から、具体的な数字を挙げて分かりやすく解説がなされました。
今ある制度を使いこなして不当な身柄拘束を防止するという意味で、準抗告は弁護士が持っている大きな武器であるということを私自身再認識しました。
(2) 韓国視察の報告
このプレシンポジウムにさきがけ、本年7月23日~24日に、刑事弁護等委員会委員10名がソウルの裁判所や検察庁・警察署等を訪問しました。
日本と韓国は歴史的な経緯から、刑事手続、特に逮捕・勾留といった身体拘束手続は、非常に似通っています。しかし近年、韓国では、勾留却下率や却下数が大幅に上昇しています。
これは、2007年に、韓国において、「被疑者に対する捜査は、身柄不拘束状態で行うことを原則とする」という法改正がなされたことがきっかけになったとされています。さらに、時を同じくして、「身体拘束は慎重に行われるべき」(大法院裁判長のことば)というパラダイム転換がなされ、裁判所がこぞって積極的に勾留を却下するようになったことも原因となっているようです。
具体的には、(1)裁判官が勾留質問の際に、勾留要件に対する具体的な質問をする、(2)各裁判所に令状専門裁判官を設置する、(3)各裁判所ごとに令状発布の具体的な内部基準を策定する、といった運用がなされているようです。
その他、浅上紗登美会員からは、韓国では、日本と異なり、起訴前保釈制度があるといった報告等もありました。
わが国においても、このような韓国の制度を積極的に取り入れることが必要なのではないか、という思いを強く抱きました。
(3) 爪ケア事件における身体拘束の実情報告
東敦子会員と上田里美さんによる北九州爪ケア事件の報告がありました。
会場では、スライドで、実際の患者の写真を見ることができました。一般の方が見ると、血豆がひどく、これは「虐待なのでは?」と思われてもやむを得ない、やっぱり「爪剥ぎ」だとなりそうです。しかし、専門家の間では、これは「きれい」、本当に「爪ケア」なんですね、という感想になるということが、東会員からご説明いただきました。
上田さんは、事件当時、警察やマスコミ等から犯人扱いされたことや苛酷な取調べなどあまりにも非日常な場面に出くわしたことから、頭が真っ白になった。東会員が当番で接見に来た時の状況もあまり記憶がなく、女性か男性かといったこともはっきり覚えていない、ということを述べられました。
この事件は、一審では有罪、このままでは上田さんの看護師人生が失われる危機的状況でしたが、控訴審では無罪となりました。しかし、上田さんの身柄拘束期間は102日、起訴から無罪判決まで3年以上を費やしていることを決して忘れてはならないと思います。
4 パネルディスカッション
10分間の休憩を挟んで、パネルディスカッションが行われました。
パネリストは、石田教授、宮崎昌治氏(テレビ西日本取締役報道担当兼報道局長)、東敦子会員、德永響会員、コーディネーターは、甲木真哉会員という顔ぶれでした。
現在、ゴーン事件がきかっけで、日本の刑事手続に対して世界の目が向けられています。しかし、宮崎氏からは、近時、保釈中の被告人が逃走する事件等が数多く発生し、国民の目は逆に厳しくなっているのではないか、とう鋭い指摘がありました。
逃走の危険性があるにもかかわらず、積極的に保釈や準抗告が認められるべきであるというならば、それを国民に説明するのが裁判官や弁護士の責務である。弁護士はそうした説明責任を果たしていないのではないか、という疑問があるということです。
たいへん耳の痛い意見です。しかし、こうした叱咤激励は、われわれに対する熱いエールと受け止めるべきかもしれません。
德永会員からは、日本の刑事手続における弁護権の拡充の歴史(当番弁護士制度、取調べの可視化等)を分かりやすくご説明していただきました。加えて、德永会員は今回の韓国視察の団長を務めたことから、韓国の刑事手続の現状についても、ユーモアあふれる語り口で言及されました。
東会員からは、上田さんが逮捕されたのは平成19年7月で、韓国のパラダイム転換の時期と同じである、第一審では執行猶予が付されており、韓国の基準に照らせば、もしかしたら当時長期間拘束されることはなかったかもしれない、という話しを上田さんとされたことなどが伝えられました。
石田教授からも、韓国視察報告の感想等をいただきました。
総じて、4人のパネリストの方から、刑事手続の過去から現在さらに未来を語っていただき、非常に興味深いパネルディスカッションになりました。
5 終わりに
このシンポジウムは、第62回日弁連人権擁護大会第1分科会シンポジウムとして、令和元年10月3日(木)12時30分からJRホテルクレメント徳島「クレメントホール」において開催される「取調べ立会いが刑事司法を変える」のプレシンポジウムとして開催されたものですが、準抗告運動や韓国視察など福岡県弁護士会独自の取組みも踏まえたとてもユニークな内容になったのではないかと思います。実際、当日の参加人数は一般の方を含んで80名を超えており、たいへん盛り上がったシンポジウムになったことは間違いありません。
最後に、このプレシンポジウムでは、次の2つの提言が、拍手喝采という形で採択されました。
(1) 勾留質問の実質化
容疑についての弁解内容を聞くだけの現在の運用から、それにとどまらず、証拠隠滅や逃亡の可能性が現実にあるか具体的に質問して確認する運用とする。
(2) 勾留質問への弁護人の立会い
弁護人が勾留質問に立ち会ってはいけないという規定はない。
勾留質問の実質化を担保し、勾留要件に関する適切な情報を提供するために、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とする。
現状改革するにはまだまだ克服すべき課題が山積されていることを改めて痛感しました。しかし、このプレシンポジウム開催により、人質司法脱却に向けて大きな一歩を踏み出した、とは言えそうです。今後、弁護士会を挙げて、この流れを止めずに、むしろ推進ないし前進させることが、我々の役割ではないか、と考える次第であります。
2019年11月 1日
福岡国税不服審判官による研修のご報告
会員 牟田 遼介(68期)
1 はじめに
令和元年9月18日、福岡県弁護士会館にて福岡国税不服審判官による研修会が行われました。当研修では、福岡国税不服審判所から現役の国税審判官をお招きし、不服申立制度の概要や実務に役立つ事例紹介等について御講義頂いています。当研修は、ここ数年、毎年1回開催されており、痒い所に手が届く研修として好評を博しています。
2 研修の概要
研修前半は、福岡国税不服審判所の金沢孝志所長より、まず国税に係る不服申立制度について御講義頂きました。国税不服審判所の事務運営の特色として、争点主義的運営であること(昭45.3.24 参議院大蔵委員会附帯決議)、国税庁長官通達に拘束されないこと(国税通則法99条)、基本は書面審理であること、原則1年以内に事件が終結するように処理していること(同法77条の2)など説明頂きました。また、審査請求書を提出する場合、必要事項の記載漏れがあると、補正の対象となるため、提出前に「審査請求書作成・提出時のセルフチェックシート」(国税不服審判所HPから入手可能)等を活用して、必要事項の記載漏れの有無につき、しっかりと見直して頂きたいとのことでした。
次に、最近の裁決事例の紹介として、"通帳の提示もれと仮想隠ぺい行為"が問題となった事案(平成29年8月23日裁決)につき、当事者の主張を踏まえて解説頂きました。当該事案の結論は、当初から所得を過少に申告する意図を有していたと認めることはできないとされました。紙面の都合上、事案の詳細な解説は割愛致しますので、ご興味がある方は、国税不服審判所HPの裁決事例集からご覧下さい。
研修後半では、福岡国税不服審判所の佐久間玄任国税審判官より、「実務に役立つ税務事例(裁決例等の紹介)」として、次の2つの事例を基に御講義頂きました。
事例①は弁護士が弁護士会等の役員としての活動に伴い支出した懇親会費等が、その事業所得の計算上必要経費に算入することができるかが問題となった事例(東京高裁平成24年9月19日判決)です。事例(1)では、(ア)弁護士会等の役員等として出席した懇親会等の費用のうち、弁護士会等の公式行事後に催される懇親会、業務に関係する他の団体との協議会後の懇親会、会務の執行に必要な事務処理をすることを目的とする委員会を構成する委員に参加を呼び掛けて催される懇親会等は必要経費に該当する(但し、二次会の費用は除く)としました。しかしながら、(イ)弁護士会会長又は日弁連副会長に立候補した際の活動等に要した費用、(ウ)日弁連事務次長の親族の逝去に伴う香典、弁護士会の事務員会の活動費に対する寄付金等については、必要経費に該当しない旨判示しました。
事例(2)は司法書士が支出したロータリークラブの会費等が、その事業所得の計算上必要経費に算入することができるかが問題なった事例(平成26年3月6日裁決)です。事例(2)では、司法書士が支出したロータリークラブ等の会費について、「クラブの会員として行った活動を社会通念に照らして客観的にみれば、その活動は、登記又は供託に関する手続について代理することなど司法書士法第3条«業務»第1項各号に規定する業務と直接関係するものということはできず、また、その活動が司法書士としての業務の遂行上必要なものということはできない」として、必要経費への算入はできない旨判示しました。
事例(1)、(2)ともに、紙面の都合上、要旨のみしか記載できませんでしたので、事案の詳細について知りたい方は、判決文等をご覧ください。
なお、現在、国税不服審判所では、国税不服審判官の特定任期付職員の採用を行っています。審判官の仕事に興味・関心がある方は、是非ご応募ください。
3 終わりに
税務分野は、専門性が高く、敬遠しがちですが、知っておくと実務で大変役立つことが多いと痛感しました。税務分野に苦手意識を持つことなく、これから見識を深めて行きたいと思った次第です。
最後になりましたが、今回講師を務めて頂きました福岡国税不服審判所の金沢孝志所長、佐久間玄任国税審判官に深く御礼申し上げるとともに、簡単ではありますが、ご報告させて頂きます。
研修会「災害からの復興支援とLGBT」
LGBT委員会委員 浜田 輝彦(71期)
1 はじめに
令和元年9月17日(火)、福岡県弁護士会2階中会議室201にて開催された「災害からの復興支援とLGBT」の研修会について報告いたします。
今回は外部講師として、山下梓さん、川口弘蔵さんの2名の講師をお招きしました。山下梓さんは、弘前大学の男女共同参画推進室専任担当教員で、東日本大震災の際、LGBT 被災者支援のために「岩手レインボー・ネットワーク」(セクシャルマイノリティの当事者及び支援者のためのネットワーク団体)の立ち上げ、これをきっかけにLGBTなど多様な性を生きる人たちの災害時支援対応策などを広める活動を行っている方です。川口弘蔵さんは、「レインボーパレードくまもと2016」の共同代表で、ご本人もLGBT当事者としてLGBT支援活動を続けるなかで熊本地震に被災し、災害時の支援活動を間近で経験された方です。
2 本研修の意義
昨今、全国的にも地震や台風などによる災害が度々生じており、九州でも熊本地震・九州北部豪雨をはじめ、様々な災害が生じています。当会の弁護士も被災者の相談を受けたり、災害時の対応へのアドバイスを求められたりする機会が増えています。
もっとも、社会的にLGBTの方々への理解は広まりつつありますが、災害という緊急事態にあっては、未だにおざなりにされているというのが現状です。しかし、支援を必要とする被災者の中にも、少なからずLGBTの方々は存在しており、被災者LGBTの方々への災害時の支援活動に関する知識は必須のものとなっています。
そこで、災害時におけるLGBTの復興支援に関する理解を深めてもらうため、LGBT委員会と災害対策委員会が共催で研修する機会を設けました。
3 災害があってもだれもが尊厳をもって生きのびられるように(山下さん)
(1) 東日本大震災での経験
まず、山下さんには、東日本大震災の復興の取り組みの一環として「岩手レインボーネットワーク」を立ち上げ、岩手県内に住むLGBTの被災者の方々からの相談窓口として活動された経験についてお話しいただきました。同団体が活動するなかで聞き取った相談の中には、生理用品、下着、ヒゲソリなど、男女別に支給される物資を受け取りにくい。周囲から不審な目で見られるため男女別に設置されたトイレ・更衣室・入浴施設を使うことができない。ホルモン剤治療を継続していたトランスジェンダーの方が、ホルモン剤治療を中断せざるを得ず生理が再開し、生理用品をもらいにいくと不審がられた。性自認や性表現に沿った物資をもらいにいったりすると予期せぬカミングアウトに繋がるため、避難所に避難することができなかったなど様々な相談が寄せられたそうです。
しかし、一方で被災者の中には、避難所という狭いコミュニティのなかでは、緊急時にLGBTであることを伝えても配慮してもらえるはずがない、予期しないタイミングでのカミングアウトに繋がる、そもそもLGBTのことを理解してもらえるか不安であることなどを理由に相談することさえできない当事者の方も多数いたそうです。
1 LGBTとは、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャク(B)、トランスジェンダー(T)の略称で、性的少数者(セクシャルマイノリティ)の総称としてよく用いられる言葉です。実際には、LGBTに該当しない性的少数者もたくさんいます。
(2) 多様性に配慮した被災者支援
山下さんは、災害などの緊急時には、見えにくいものはさらに見えにくく、普段から忘れられがちなことはさらに忘れられるようになり、LGBTの方や外国人などの少数者に配慮ある支援はおざなりになる傾向があると言います。しかし、被災者にも尊厳ある生活を営む権利はあり、可能な限り尊厳ある生活を営むための援助を受ける権利があります。このような多様な個性に合わせた被災者支援をするためには、普段から当事者の方々と繋がり、その理解を深めることが重要であり、被災地の相談所などにLGBTに関する理解者がいることがその改善への第一歩とのことでした。
実際に、山下さんは東日本大震災の経験から、高知県のLGBT支援団体(高知ヘルプデスク)と協力して、支援者や自治体向けに災害時の対応策をまとめた「にじいろ防災ガイド」を作成し、災害時に誰もが尊厳をもって生きのびられる災害支援対策を広める活動を行っています。山下さんらが作成した「にじいろ防災ガイド」には、誰もが使えるユニバーサルトイレの設置、多様性に配慮してボランティアや専門家などを通じて個別に支援物資を届けられるような仕組みの検討など自治体向けの対応策や支援の際の注意点など、災害時であってもだれもが尊厳をもって生きのびられるようにするためのアイディアがまとめられています。「にじいろ防災ガイド」は災害時の対応へのアドバイスや被災者からの相談の際にも非常に有意義なものであるため、皆様も是非一度ご覧いただければと思います。
4 熊本地震とLGBT支援(川口さん)
川口さんからは、当時の熊本の被災状況を紹介していただき、被災地での支援活動についてお話しいただきました。川口さんが避難された場所は、熊本市国際交流会館でした。国際交流会館は、避難対象場所とはなっていませんでしたが、普段同会館を利用する外国人の方など多くの人が避難していたため、炊き出しの際には、できる限り各国・各人の信仰に配慮した食事の提供などもおこなっていたそうです。
また、自らSNSなどで自分がLGBTであることを公言した上で、様々な理由により避難場所に避難できないLGBTの人たちのために、国際交流会館が理解者のいる避難所であることを発信し続けるなどしてLGBTに向けた被災者支援活動もおこなっていたとのことでした。
川口さんは、LGBTの方々は、他者の態度や反応に敏感であり、LGBTであっても気軽に相談できる相談場所を作ることが求められると今後のLGBTに対する被災者支援についても語ってくれました。
5 終わりに
災害時におけてLGBTの方々が直面する問題は、この他にも、パートナーの死を知らせてもらえない、災害公営住宅に同性カップルで住むことができない、ホルモン剤治療を辞めると体調が不安定になるため治療継続の必要があるが理解されないなど多岐にわたります。また、山下さん・川口さんのお話でもあったとおり、災害時にこのような要望を誰にも相談できない当事者の方々が数多く存在します。
このような方々を本当の意味で支援するためには、普段からLGBTの方々の理解に努め、多様性に配慮した災害支援対策を議論することが肝要です。
先日、熊本県で、九州で初めて性的少数者への配慮を盛り込む形で災害時の避難所運営マニュアルを改訂する方針が発表されましたが、全国的にはまだ議論がはじまった段階です。災害対策・災害支援は今や身近なものであり、支援を必要とするLGBTの方々は必ず存在します。誰もが尊厳をもって災害支援を受けることができるようLGBTをはじめとするセクシャルマイノリティの方々を理解することから始めていきませんか。