弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2019年6月15日

70歳のたしなみ

(霧山昴)
著者 坂東 眞理子 、 出版  小学館

昨年12月、私も70歳となりました。先日は、右肩が突然動かなくなり、4日間、泣きました。朝、目覚まし時計を停められない、布団から起き上がれない、着換えができない、歯みがきできない・・・。右肩が動かなくて、本当に不便しました。幸い、手は動かせましたから、ペンをもって字は書けましたので、仕事への支障はそれほどありませんでした。整形外科に行ってレントゲン写真をとると、右肩に石灰化が始まっているのが確認できましたので、恐らくこれが急に暴れたのでしょう、という判定でした。要するに、70歳という老化現象をひしひしと体感させられたということです。
70代というのは人生の黄金時代、新しいゴールデンエイジだというのが著者の訴えるところです。著者は私と同じ団塊世代です(2歳だけ年長)。
70歳になったら、毎日、上機嫌で過ごすことが周囲に対するマナーであり、礼儀であり、たしなみである。イライラしていても、意思の力で上機嫌に振る舞うこと。
機嫌よく過ごす秘訣は、意識して他人(ひと)の良いところ、可愛いところを見つけ、「をかし」と楽しみ、「いいな」と感心すること。
70歳になったら、良い加減に生きる知恵が大切だ。周囲の人が成功しているのを見たら、たとえ心の底からでなくても、必ず言葉で祝福し、ほめてあげる。これを習慣にするのが大切だ。
70歳になったら、「キョウヨウ」と「キョウイク」をつくる。「キョウヨウ」とは、今日は用事があること。「キョウイク」とは、今日は行くところがあること。何も用がない、どこにも行くところがないと言って、家でゴロゴロしていると、すぐにボケてくる。そして、用事も行くところも、自分で能動的に発見し、取り組む。
70歳になったら、お金をいかに貯めるかではなく、もっているお金をいかに上手に使って豊かに暮らす心がけこそ必要だし、大切だ。
70歳でするべきは終活ではない。生前葬はあまり早くするものではない。高齢期という新しいステージを生きるため準備の老活をすべきだ。
与えられる毎日毎日を丁寧に生きる。自分を励まして、少し無理して生きる。これが高齢期を豊かにするライフスタイルだ。
友人だからこそ、言ってはいけないことが、たくさんある。年齢(とし)をとったからこそ、相手の気持ちを想像して、どう表現したら相手の気持ちを傷つけないで言うべきことを伝えるのか、これを工夫する。それがたしなみだ。そんな工夫ができなくなったら、たちまち老化は加速する。
人間関係はこわれもの。大切に扱わないと、すぐにこわれる。
夫婦仲良く暮らすためには、上機嫌に振る舞い、できるだけずけずけ言わないように心がける。
他人の過去も自分の過去にもこだわらないのが70歳に必要なたしなみ。気にすべきは過去ではなく、これからの日々での有言実行、約束を守ること。
わずか200頁ほどの新書版です。病院での待ち時間で読了しました。さあ、私も、こんなたしなみを有言実行して、一日一日を楽しく上機嫌で生きていくことにしましょう。
(2019年5月刊。1100円+税)

2019年6月10日

探検家の事情

(霧山昴)
著者 角幡 唯介 、 出版  文春文庫

著者のスリルにみちみちた冒険の旅は、その迫真の描写に接して、思わず息をひそめてしまうほど圧倒されてしまいました。『空白の五マイル』、『極夜行』など、読んでいる途中で、息が詰まって投げ出したくなりましたが、でも、このあとどうなるんだろうと思わず頁をめくる手が速く動いていきました。
この本は、そんな著者の、信じられないとぼけた人柄もにじみ出てくる内容です。いわば楽屋裏のオチ話のオンパレードになっています。
著者に向かって投げかけられる質問。なぜ、冒険をするのか・・・。これは冒険をしない人に、なぜあなたは生きるのかと問うのと同じくらい、回答に窮する質問だ。
氷点下40度の寒さに支配される世界を、1日30キロも歩いていく。そのときには1日に5千キロカロリーは人体の健康保持に十分なレベルではない。大人が極地で肉体運動を続けるのには、少なくとも1日8千キロカロリーが必要なのだ。
著者は忘れ物や落し物が多いという「自慢話」を紹介しています。
記憶力があまりよくないうえに、集中力が非常に高く、せっかちなので、ある一つの動作から別の動作に移った瞬間、その新たな動作のほうに意識が集中してしまい、前のことが完璧に意識の外にはじき出されてしまうことになるからだ・・・。ええっ、そ、そうなんですか。
著者はスマホを持っていない。不肖、私もスマホはもっていません。がさつで慎重さに欠ける人間である著者の「唯一の取柄」は、立ち直りが早いこと。これは、いいことですよね・・・。
北極の村に滞在するときには、肉を生食することになる。生肉は、身体にビタミンを補給してくれる。口内炎で悩んでいたのが、生肉を食べると、たちまち良くなった。肉で一番おいしいのはシロクマの肉。シロクマの肉は「王候貴族の料理」と言われている。
シロクマの肝臓(レバー)を生で食べると、ビタミンA過剰をひきおこし、吐き気やひどい頭痛に苦しめられる。
コウモリの肉は「深みのある味」だそうです。ご相伴したくありませんね・・・。
コウモリの頭蓋骨に穴をあけ、脳髄をずるずるっとすする。ドロッとしていて濃厚で、少しだけ苦味のきいた独特の味がする。
うひゃあ、コウモリなんて、まったく食べようという気分にはなりません・・・。
家庭と探検生活をいかにして両立してきたのか、その悩みや葛藤が紹介されています。
(2019年4月刊。690円+税)

2019年6月 4日

日本を愛した人類学者


(霧山昴)
著者 田中 一彦 、 出版  忘羊社

私は弁護士として、毎日毎日、男女間の不倫にともなうトラブルを扱っています。浮気するのは決して男性だけということはありません。その相手は女性ですし、女性がリードしている不倫だって少ないとは言えません。
まことに日本は太古の昔から性に関してはおおらかな国なのです。
それは神話の時代にさかのぼっても言えますし、戦前もそうでした。夜這(よば)いの習慣が戦後まで続いていた地方もあったのです。
そんなおおらかな性習慣をふくめて、戦前の農村地帯の生活の実際をあますところなく伝えてくれる画期的な本が、若きアメリカ人学者夫妻の手になる『須恵村の女性たち』です。まだ、読んでいない人には、ぜひぜひ図書館から借りてでも一読されることを強くおすすめします。
この本は、最近、その須恵村(今は、あさぎり町須恵)に定住してまで調査・研究した元新聞記者の著者による労作です。
エンブリー夫妻は、戦前の1935年(昭和10年)11月から1年間にわたって須恵村に定住して調査・研究を重ねた。函館に育ったエラ夫人は日本語が達者で、須恵村の女性たちの話を中心に日記1005頁を残した。
エンブリーは、有能な通訳2人(いずれも若くして交通事故死ないし戦死)によって記録していった。
エンブリーはアメリカに戻って42歳のとき娘とともに交通事故で亡くなったが、エラ夫人のほうは再婚したあと、2005年にホノルルにおいて96歳で亡くなった。
当時の須恵村の人口は1663人。軍事施設はなく、純農村地帯で、大地主もいなかった。エンブリー夫妻は、毎日のように開かれる酒宴に参加し、いつも酔っ払っていたので、それが調査の障害になっていた。
プライバシーがまったくない、何でも自由に話す村人たちのなかに入って、仰天させるような話題までエンブリー夫妻、とりわけエラ夫人は聞くことができた。
須恵村の女性たちは、お互いの性器を比べあい、夫以外の男性とも関係をもち、酒宴では卑猥な歌をうたって踊る。甘い子育て。村外から嫁いだ女性たちは、女だけの協同のネットワークをもった。
須恵村の女たちは、結婚そして離婚においても、予想できないほど著しく自立していた。
詳細はぜひ『須恵村の女たち』を読んで下さい。仰天することまちがいなしのオンパレードです。
須恵村の女たちは、エラ夫人が2歳の娘クレアに対する厳しいしつけを「異例」と見て、理解できなかった。須恵村では子どもは寛大に扱われていた。
そして、須恵村の人々は、天皇について、「神様のようにしとりますが、本当の神様ではなかとです。天皇陛下は人間で、とても偉か人です」と語った。
ええっ、そんなことを外人(アメリカ人)に話していただなんて・・・。
GHQによる日本の農地改革はエンブリーの『須恵村』を参考書として始まった。
明仁天皇が皇太子だったときの家庭教師だったヴァイニング夫人も須恵村まで足を運んでいる。もちろん、エンブリーの本を読んでいたからだ。
この本が『須恵村の女たち』を読んだ人に大変な便益をもたらすのは、エンブリー夫妻がとった写真がたくさん紹介されていることです。これによって、須恵村の人たちが、どんな顔と表情をしていたのか、具体的なイメージをつかめます。
ぜひ、この本も手にとってお読みください。
(2018年12月刊。2200円+税)

2019年6月 3日

南極ではたらく

(霧山昴)
著者 渡貫 淳子 、 出版  平凡社

今ではコンビニでも売られている(らしい)悪魔のおにぎりを南極の昭和基地で考案した著者による面白い調理隊員体験記です。
女性が昭和基地で1年間も生活するなんて、大丈夫かしらんと心配しますが、ちゃんと風呂・トイレは男女別になっていて、トイレはいち早くウォッシュレットです。そして、野外活動に出て見渡かぎり何もないところでは、「ちょっと大地と交信してきます」と言うと、男性が察してくれるとのこと。それにしても勇気があります。
調理員は2人。交代で厨房に入る。1人で30人分をつくる。
夕食は、メインの料理に小鉢ものが2~3品。ご飯と味噌汁はセルフサービス。
1年間、途中の補給はなく、1年間分の食糧を1回で仕入れ、それでやり切る。したがって、ありとあらゆる料理をつくれるスキルが求められる。
常に生野菜が不足している。1年間も保存がきくのは、長いもと玉ねぎくらい。
南極にもち込んだものはすべて日本に持ち帰る。生ごみは処理機で減容して焼却し、灰はドラム缶に入れて日本に持ち帰る。スープ類が残ってもシンクに流さず、生ごみとして処理する。
水は、雪を水槽に投げこんでつくる。
人間1人が1年間に消費する食糧は1トン。30人の隊員のため30トンを持ち込む。
観測隊は海上自衛隊にならって、金曜日はカレー。カレーは料理をムダにしないというメニューでもある。
メニューは日替わり1種類のみ。隊員は勝手につくって食べることは出来ない。調理隊員が用意したものを食べるだけ。
アルコールはあるけれど、無料(実は食費のなかに含まれている)で、飲み放題だけど、隊員はあまり飲んでいない(ようです)。
空気が乾燥しているので、洗濯物はすぐに乾き、枚数は必要ない。ところが、20足もっていった靴下は、みな穴が開いた。極度の乾燥で足の裏がゴワゴワになって、擦れて靴下に穴が開く。
南極から日本に戻ると、しばらくは「南極廃人」になって、ぼおっとして過ごす人が多い・・・。
子もちの40代の主婦が、夫と子を日本に残して、1年間、南極で調理隊員として過ごしたというのです。大変なその勇気にただただ感服しました。
(2019年1月刊。1400円+税)

2019年6月 2日

生き残った人の7つの習慣

(霧山昴)
著者 小西 浩文 、 出版  山と渓谷社

56歳の著者は、8000メートル峰の無酸素登頂に挑み続けてきたプロの登山家です。
これまで山でケガしたことはなく、五体満足。凍傷のため手や脚の指が1本、2本なくなっているところもありません。これって、実に素晴らしいことです。奇跡的です。
標高8000メートルの高さは、「デス・ゾーン」(死の地帯)と呼ばれている。酸素が平地の3分の1しかないので、息苦しいどころではない。すぐに視力は減退し、脳機能障害が引き起こされ、正常な思考ができなくなる。
ジャンボジェット機が飛ぶ高さが標高8000メートル。普通は酸素ボンベを背負って、マスクで酸素吸入しながら登頂していく。酸素ボンベがなければ、普通の人は30秒で失神し、急性脳浮腫や肺水腫になり、死に至る。
それなのに、著者は酸素ボンベを使わず、8848メートルのエベレストをふくめて、8000メートルの山が14座あるうちの6座を制覇したといいます。信じられません。
デス・ゾーンでは、ほんのわずかな迷い、ためらい、そしてわずかなミスが致命的な危機を招いてしまう。危機の90%以上は何かしらの予兆がある。
気の緩みが危機につながる。あともう少しで安全地帯だと思う気の緩みは危ない。ゴールや目標が間近に迫ったとき、人は緊張が緩む。すると、身体はまだゴールしていないのに、頭のほうはゴールしたかのような錯覚に陥る。これが危ない。
「危機」というものの多くは、その組織や人物の心が引き起こしているケースがほとんど。つまり、「危機」の90%以上が「心」に起因している。
山の事故のほとんどは下山中に起きている。それは「気の緩み」と「焦り」から来る。「心」の乱れが道迷いや事故を引き起こす。
「おごり」(過信)は、目の前にある「危機」から目を背けさせて、自分たちに都合のいいように物事を解釈してしまう。人間は、どうしても自分に都合のいいように「危機」を考えようとする。そうではなくて、常に「最悪」を想定しなければいけない。
「いつもと同じ」というのが、きわめて重要。いつものように冷静に判断できる。いつものように高い技術を発揮する。いつもと同じことを苛酷な状況下で行えるかどうかが生死を分ける。そして、そのためにも事前準備に9割の力を注ぐ。
なるほど、とんでもない高山で大変な危機に何度も直面してきた著者の体験にもとづく提言なので、一つ一つの提言がしごく素直に受け入れられます。
(2018年12月刊。1200円+税)

2019年5月31日

経済学者の勉強術


(霧山昴)
著者  根井 雅弘 、 出版  人文書院

たくさん本を読み、たくさん書評を書いている人のようですが、申し訳ないことに、私はまったく知らない人でした。私もたくさんの本を読み(この30年間、年間500冊を下回ったことはありません)、たくさんの書評(この20年近く、1日1冊の書評も欠かしていません)を書いていますので、大いに共感するところがある本でした。
読書は、自分の好きな本を読めばよい。
時間は、30分でも1時間でもよいから、無理してでも作ったほうがよい。30分でも、毎日、継続的に読書に励めば、1年、5年、10年とたつうちに大きな力となるだろう。
30分でも、長年実践していると、新書1冊ぐらいは読めるようになる。私も電車のなかで、たいていの新書は30分で1冊読んでしまいます。専門書でも、30分で1章ほどは読めるようになる。継続が大事である。
私が著者に絶対かなわないのは、専門書のなかに英文も含まれているということです。私は法律書(もちろん日本文)なら、それなりに早く読めますが、英語もフランス語も、まるでダメです。
本は買って読む。自分の所有物なら、どこに線を引こうと書き込みをしようと自由である。
文章は理路の通ったものであるだけでなく、魅力ある生きた文章を書きたいもの。あまり平板な文章が続くと、読者がついていけない。
いやはや、本当にそのとおりなのです。その点も、私の永年の課題です。分かりやすく書けるようにはなったつもりなのですが、味わい深さがまだまだです。
書評は読んだ本の悪口は書かない。欠陥の多い本なら取りあげなければいいだけのこと。本当にそのとおりです。私は読んだ本の7割を書評として紹介するようにしています。それも、なるべく本の内容を紹介するのを主体としています。忙しい読者に、ほら、こんな内容なんですよ。もっと読みたくなったでしょ。ぜひ、手にとって、あなたも読んでごらんなさい。そう呼びかけています。
「私が」とか「我々は」、「彼らは」といった主語は、日本語の文章では省略されるもの。ただし、学術雑誌は違う。英文では、必ず主語が必要だ。
自分の稼いだお金で本を買い続けることが大切だ。自分の蔵書が少しずつ確実に増えていくことは「知的生活」のために必須だ。
私もこれを永らく実践してきましたが、70歳になって、一大決心し、蔵書の2割を捨てて、本箱は背表紙が見える状態に整えることにしました。この10連休に、かなり達成しました。すると、今までの読書遍歴をたどることも出来て、なんとなく豊かな気分に浸ることができました。
(2019年1月刊。1800円+税)

2019年5月27日

じゃがいも父さん

(霧山昴)
著者 日色 ともゑ 、 出版  文芸春秋

宇野重吉一座、最後の旅日記というサブタイトルがついています。劇団民芸とは別に、宇野重吉が地方巡行したときの模様が熱く語られていて、読んでいる私の胸まで熱くなりました。1986年(昭和61年)9月の第一次巡業はじめから、翌1987年10月までの第五次巡業まで、全国をまわりました。福岡にも八女や福岡に来ています。そして沖縄にも・・・。
行く先々で大変な歓迎を受け、舞台は大いに受けて、大笑いと大拍手、そしておひねりが舞台に飛んできました。おひねりは、すぐに受け取らなければいけないものだそうです。米倉斉加年は、セリフを話しながら、上手に拾っていったとのこと。
宇野重吉は肺ガンが発見され、体重は40キロ台にまで落ち、点滴を受けながら舞台に立ったといいます。すごいですね、まさしく神業(かみわざ)です。
演ずる劇は「おんにょろ盛衰記」と「三年寝太郎」の二つ。宇野重吉は三年寝太郎役です。舞台の本番の前、著者は1時間かけてたっぷりストレッチ体操をし、楽屋入りしたら1時間は発声練習。開演1時間前にメーキャップにとりかかる。この手順をきちんと守る。まだ40歳台の著者が老婆役を演じるのです。
福井出身の宇野重吉は、なんでも福井のものが「日本一」なんだそうです。酒・魚・越前ガニ・ソバそして青くび大根・米・・・。イカ大根を宇野重吉が料理し、好んでいたというのも初めて知りました。
宇野重吉は演出家でもある。
大学の応援団のように、台詞(セリフ)をがなっていてはダメなんだ。
舞台の様子を録音しておいて、テープを聴きながら、勉強会をする。どういう声で、どういうしゃべり方をしているか、自覚すること・・・。
「台詞が一面的で、自分の演じる人物のキャラクターの個性がない。台詞の音の高低、強弱、遅い、速い、ということがはっきりせず、前の日との台詞にひっぱられてしまっている」
「同じことばかり言われているのに、台詞の調子が変わらないのは、どういうことか。台本をよく読んで、どこがどう足りないのか、注意深く読みとること。人間のうらのうら、一人ひとりの意識、そのたぐいとりが足りない。今からでも遅くはないから勉強しなさい。そうすれば、ましな役者になるでしょう。貧乏しても役者をやっていようと思うでしょう」
「芝居というのは、90%が台詞術で、あとの10%が動き。一にも二にも台詞、そして声」
福岡では嘉穂劇場でも演じています。福岡の昼食は「多め勢」のおそば。そして、夕食は「まめ丹」。今もある店なのでしょうか・・・。
若い著者がおばあさんになるには、メイク、かつら、着付けと40分はかかる。開演の15分前には舞台袖にスタンバイして気持ちを整えておきたい・・・。
宇野重吉は、毎日毎日、台本を読んで、毎日毎日、工夫している。台詞の言い方、間のとり方、緩急が毎日ちがう。幕開きにしても、寝ころんでいたり、障子によりかかっていたり、いろいろな工夫がされている。
宇野重吉が亡くなって30年がたちました。私は、残念ながら舞台でみたことはありません。テレビと映画だけです。滝沢修とあわせて、とても存在感のある役者でした。
宇野重吉の息子が寺尾聡です。
昭和63年5月刊行のこの本を五月の連休中に読んだのは、不要本を一掃する大片付けをしているとき、たまたま発見して、宇野重吉一座の地方巡業ってどんな様子だったのかなと気になったからです。いい本でした。今では、日色ともゑも本物のお婆さんになりましたね・・・。
(1988年5月刊。1200円)

2019年5月25日

助監督は見た!実録「山田組」の人びと


(霧山昴)
著者 鈴木 敏夫 、 出版  言視舎

今秋に公開予定の『男はつらいよ』を私は今から楽しみにしています。
映画『男はつらいよ』は私が東京で大学3年生のときに始まり、年に2回、はじめは一人で、やがて家族とともに正月の楽しみとしてみていました。ですから、山田洋次監督は私のもっとも敬愛する映画監督です。その「山田組」の実態が実況中継のように描かれた興味深い本です。
山田監督って、他人(ひと)を笑わせることには長(た)けているわけですが、自身は人前ではあまり笑わない人のようです。そして、あからさまにほめることもしないとのこと。意外でした。ですから、助監督は撮影現場の雰囲気をなごませるのも大きな仕事の一つなのです。
撮影現場で、俳優たちの表情が硬く、緊張している、その要因は山田監督の仏頂面。
愛想良くしなくてもいいけど、せめて不機嫌そうな顔をやめてほしい・・・。
山田監督はテレビドラマは見ない。映画はよくみているようですが・・・。
「はい」「はい」と返事をしすぎる俳優は、まずダメ。言われたことを理解していない。その場を逃れようとしているだけのこと。
山田監督は、「東京家族」の撮影のとき、林家正蔵さんに「顔で芝居しようとしないで!」と、よく叱責した。
ええっ、落語家って顔で芝居するものではないのか・・・。
子役に対する演技指導のポイントは三つ。その一は、相手に分かる言葉で話すこと。その二は、ほめること。「さっきより良いよ」、「すごいね、できちゃうんだね」。その三は、空いている時間は、寄り添って相手をする。山田監督は、この三つとも苦手だ。山田監督は、子役の俳優にこういう芝居をしろと命じるだけで、具体的に指導しているのは助監督たち。子どもはほめるに限る。ほめれば、やる気が出てくる。
山田監督は、「面と向かってほめるなんて、照れ臭いじゃないの」という。
山田監督は、緊張をときほぐす技をもちあわせていない。むしろ、どんどん追い込んでいく。山田監督は、俳優への注文が多い。
山田ジョークは相手に伝わらないことがある。
俳優は、一般の人が経験しないことも対処しなくてはいけない。それが嫌なら、できないのなら、俳優なんかにならないことだ。
山田組の撮影現場は、いつもピリピリした緊張感に包まれている。俳優への要求も多く、ときには激怒し、容赦なく罵声を浴びせることも・・・。うひゃあ、そ、そうだったんですか・・・。そんなフンイキのなかでつくられた映画なので、腹の底から、何のわだかまりもなく笑えるのでしょうか・・・。
山田監督はあきらめが悪い。カット割りが決まるまで、悩みに悩みぬく。芝居のテストを何度も何度も繰り返す。ロケ撮影になると怒鳴りまくる。残業が多くなる。
そんな山田監督のつくった映画の出来はよい。
助監督として著者が復帰して、山田監督が怒鳴る回数が減ったそうです。
早く『男はつらいよ』で、渥美清を久しぶりにアップで見たいです。
(2019年3月刊。1600円+税)

2019年5月22日

国際線機長の危機対応力

(霧山昴)
著者 横田 友宏 、 出版  PHP新書

いつも飛行機に乗るとき、落っこちないでくださいと願っています。だって、怖いじゃないですか、こっぱみじんになって死ぬなんて・・・。ですから、機中では、一心不乱に本を読むのに集中して、怖さを忘れるようにしています。
そんな私ですから、飛行機のパイロットって、どんな人種なのか、とても興味があります。この本はパイロット、とりわけ機長について書かれていますが、大変面白く、また勉強になりました。イソ弁からパートナー弁護士、そして独立弁護士になるときの心得に共通したものも大きいと思いました。
パイロットにとって、何か一つのことに集中するのは大変に悪いこと。パイロットは常に一つのことに意識を集中させないように、何かに心を留めないようにしなければならない。
うひゃあ、そ、そうなんですか・・・。
機長として大事なのは、自我の抹消。
機長は猛々しいライオンであってはならない。機長は長い耳をもつ、臆病なウサギでなければならない。機長はウサギと同じように、常に強い警戒心を持ち、自分に不利な情報や危険の徴候を探さなければならない。
理想の機長は、さまざまな緊急事態にてきぱきと対応する機長ではない。緊急事態が起きないように見えないところで手を打って、何事も起こらないフライトをするのが理想の機長である。
なるほど、そうなんですね・・・。
自分でも懸念をもちつつも、何らかの理由をつけて合理化し、懸念を解消しない機長は危険だ。
機長は自分の感情や心理状態をコントロールできなければならない。
機長が副操縦士にアドバイスされたときの第一声は、必ず「ありがとう」でなければならない。そして、副操縦士のアドバイスが間違っていたとしても叱ってはいけない。
機長と副操縦士は同じことに関わってはいけない。操縦中は、どちらか一人は操縦に集中しておかなければならない。
みんな、もっとも、当然のことばかりです。
アルコール類は、フライトの12時間前から一滴も飲んではいけない。
これから副操縦士になる訓練生を教えるとき、一番重要なことは、機長の指示どおりに動くのではなく、自分の頭で考えるパイロットを育てるということ。
どうやって後進を育てていくかについても、大変示唆に富んだ話が満載の新書でした。
(2019年1月刊。880円+税)

2019年5月13日

母の老い方、観察記録

(霧山昴)
著者 松原 惇子 、 出版  海竜社

面白い本というか、身につまされるというか、大変勉強になる本でした。
病院(目下、椎間板ヘルニアの治療のためにリハビリ科に通っています)の待ち時間で読みはじめ、そのまま昼食休憩に突入して読了しました。
著者は、私と同じ団塊世代の71歳の「おひとり様」。ところが、実家に戻って92歳の母と同居するようになったのでした。いえ、決して老母の介護のためではありません。住んでいたマンションが水漏れ問題発生のため売却して退去したのです。ところが高齢独身女性は借家を見つけるのも容易ではありません(私も知りませんでした・・・)。やむなく、50年ぶりに戻った実家で、相互不干渉を宣言し、借家人として2階で生活するようになったのでした。
夫(著者の父親)を亡くして独身の母親は、90歳です。まさしく妖怪のように元気も元気。すごいものです。
妖怪を知る人は、口をそろえて母をほめる。
「お母様は、すばらしいわ。90歳であんなにきれいに丁寧に暮らしている方を見たことがないわ。お母様は、わたしたちの憧れよ。お母様こそ、現代の高齢者の生き方モデルよ」
妖怪は運動しない。毎日散歩するということもない。ただし、生活にはリズムがある。毎日、同じルーティンで生活している。驚くほどきちんとしている。
妖怪は椅子の背にもたれることがない。まめに家の中をちょこちょこ動くものだから、わざわざウォーキングに行かなくてもいい。
午前6時にセットした目覚ましで起床し、パジャマ姿ではなく、起きた時間から、誰が来ても困らない服を着ている。
朝食にハムやソーセージは欠かさない。肉好きなのだ。ヨーグルトと納豆も欠かさず、小魚も食卓に出ている。そして、朝食のあとは、必ず緑茶とお菓子で、朝のテレビ小説を見る。そのあとは、手にモップをもって床を磨きはじめる。室内は、いつもピカピカ。掃除が終わると、新聞に目を通しながら、二度目の緑茶タイム。このときも、お菓子は欠かさない。
一日中、テレビの前にいるようなことはない。
夕食は自分でつくって食べる。牛肉を欠かさない。ステーキ肉や霜降りのロース肉が冷凍庫のなかにびっしり入っている。食べ物にはうるさい。
お風呂は自分で掃除をし、自分で沸かす。いつもピカピカ。用心して、最近は昼間にお風呂に入っている。
夜は9時から10時までに寝る。通い猫に「また来てね」を声をかけて送り出してから寝る。
妖怪のファッションセンスは抜群。友人も、おしゃれな妖怪を自慢するために誘ってくれる。ピンピン長生きの秘訣は、おしゃれであること、老いてますます楽しく暮らすためには、おしゃれをして外出することに限る。
行動しようという気持ちが心身ともに元気にしている。
老いるというのは、ひとつずつ上手に諦めること。今できることは、惜しみなくやるべきだ。今やれることを精一杯やって人生を謳歌する。嫌なことがあったら、近所を散歩するなり、お風呂に入るなりして忘れたい。終わったことは終わったこと。振り返らないのが一番、精神衛生上いい。
65歳をすぎれば、あとは死ぬだけなのだから、楽しく暮らさないと損だ。
病気の予防や薬の知識に強くなることにより、病気のことを忘れて生きるほうが賢い。
ひとつひとつ、もっともな指摘で、同感しきりです。元気の出るいい本でした。妖怪と一緒の著者がうつっている表紙の写真を見て、ほっとします。ぜひ、あなたも手にとって読んでみてください。
(2018年10月刊。1300円+税)

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