弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

朝鮮・韓国

2024年10月24日

朝鮮民衆の社会史


(霧山昴)
著者 趙 景達 、 出版 岩波新書

 隣の国であり、顔つきもそっくりなので、道を歩いている人が韓国(朝鮮)人かどうか、一見して分かりません。
 ところが、生活習慣などはかなりの違いがあります。この本を読んで、ますます違いの大きさ、深さを知ることができました。
朝鮮王朝が建国したのは1392年。太祖は李成桂。朝鮮は朱子学革命によって建国された国家だった。
 朝鮮は貴族制を廃そうとはしたが、身分制を廃することはなかった。
 朝鮮の身分は四区分。両班(ヤンバン)、中人、良人(常人、常民、良民)、賤人(賤民)。儒教的民本主義は五つ。第一は一君万民。第二は、公論直訴、第三は観農教化、第四は賑怵(しんじゅつ)扶助、第五は平均分配。
 王権は門閥政治、臣権の強大性に脅かされ、士禍や党争などの熾烈(しれつ)な抗争が長きにわたって中央政治を歪めた。そして、地方政治では情実が支配した。
 儒教国家というのは、法律があっても、その運用は情理によるのを良しとした。
朝鮮では土地売買が原則として自由であり、民衆の移動率はきわめて高かった。戸籍によると、3年の間に20~30%が移動している。
 いやあ、これはまったく知りませんでした。日本と同じように、民衆は生まれた土地にしばりつけられているとばかり思っていました。
 戸籍は、職役を把握するためのものなので、賄賂をつかって戸籍に登録せず、良役を逃れる人が少なくなかった。
 朝鮮では、人々は簡単に移住していたようです。そうなると、土地にしばりつけられてきた日本とは決定的に違いますよね。近世日本の村は、「閉ざされた村社会」でしたが、朝鮮はまったく異なるようです。
 朝鮮全体が巨大な相互扶助社会だった。人々は、村民同士でひんぱんに行きかって食を分けあったが、よそ者に対しても同様だった。だから、人々は、見も知らぬ人々の善意と扶助をあてにして住みなれた村を出ていくことができた。いやあ、これは日本ではまったく考えられない状況です。
 朝鮮人は大食。多く食べるのは名誉なこととされた。
 朝鮮は、現実には、儒教一色の社会ではなかった。民衆世界は儒教的統治原理を受け入れ、朱子学をヘゲモニー教学として認めた。必ずしも儒教が優位していたわけではない。
 朝鮮仏教の特徴は、護国信仰的な性格をもつだけでなく、あらゆる教学を一つにした総合仏教的な性格をあわせもち、道教や巫俗とも習合した点にある。
 朝鮮の芸能民は、一般に広大とか才人と総称される。
 白丁は、もとは、特定の職役をもたず、土地の支給も受けない職人身分の人々を言った。白丁は、一般民との通婚ができなかったので、仲間内で婚姻するしかなかった。
 褓負商(ポプサン)とは行商人のこと。賤民ではないが、賤民視されていた。
 朝鮮社会にあっては、妻や娘は、男性にとって一種の所有物であった。女性は名前さえ満足につけられなかった。朝鮮時代、女性の地位は、時代が下がっていくにつれて低くなっていった。
 離婚するのは、実質的にはなかなか難しいものがあった。野良仕事について、女性はもっぱら畑作で、稲作は基本的に男性の仕事。
 男子15歳、女子14歳という早婚は悲劇をもたらした。朝鮮の女性殺人犯の63%は夫殺しだった。女性の再婚は、両班社会では許されなかった。
甲午改革のなかで、断髪令は最大の失政だった。断髪令に反発したのは士族も平民も同じだった。
 1900年3月ころから活貧党が活動した。三大盗賊の洪吉同をモチーフとした小説に出てくる義賊集団にならったもの。富者の墓を掘り返して遺体を奪って脅迫した。身代金ならぬ骨代金を要求するというわけで、日本では考えられません。死骸に宗教的な価値を置く儒教国家ならではの犯罪。
民衆にとって、火賊は恐怖しつつも、親愛を覚える対象だった。
朝鮮は、はい上がり型志向と分かちあい型志向という相反する論理が混淆(こんこう)した社会であった。
 朝鮮社会が昔から矛盾にみちみちた社会であることを、今さらながら認識させられました。大変、知的刺激にみちた本です。あなたにも、ご一読を強くおすすめします。
(2024年8月刊。1120円+税)

2024年10月16日

北朝鮮に出勤します


(霧山昴)
著者 キム・ミンジュ 、 出版 新泉社

 何、このタイトルは...?
 北朝鮮に開城(ケソン)工業団地という韓国企業の運営するところがあり、そこに韓国人が常駐していたのです。毎週月曜日の朝、ソウル市内でバスに乗り込み、軍事境界線を越えて北朝鮮へ出勤。平日は北で過ごして週末に韓国に戻る。そんな生活をした著者の体験記です。
この本を読むと、北朝鮮の庶民は厳しい統制下にあっても、同じフツーの人々だということがよく分かります。
 たとえば、韓国では美容整形手術が一般的ですが(日本からも大勢それを受けに行って
います)、北朝鮮でも同じのようです。食堂で働く7人の職員のうち3人は二重まぶたの手術を闇(ヤミ)で受けていた。
 北朝鮮の人が国に対する自負心、指導者の自慢や尊敬の念を示すのは、必ず他の人がいるとき、一人のときは体制の話なんかせず、子どもや夫など、家族の話ばかりする。
 北朝鮮には、「総和」という全人民に課せられた反省会(批判集会)がある。労働態度や職務の失態を自己批判し、あわせて同僚の欠陥を相互批判させられる。
 開城工業団地で働く人々は、北朝鮮では、かなり恵まれた富裕層。北朝鮮では自転車を持っていると、韓国で自動車を持っているのと同じレベルで裕福だとみられている。
 北朝鮮の人々は、数人だけになると純朴。ところが、人目のある場所では行動が攻撃的になる。北の人が南の人と会うときには暗黙の了解がある。一人では絶対に南の人と同じ空間にいてはならない。
 北の職員が南の人である著者と話すときには、必ず2人以上でやってきた。この原則は、工場内のエレベーターでも同じように厳守される。
開城の人は、恩着せがましく渡されるプレゼントは受け取らない。なにげなく、そっと、でも気をつかいながら差し出されると、うれしくもないふりをしながら受け取る。そして、お礼を言うことはない。
 本当はうれしく、喜んでいる。でも、他の人がいるところでは、絶対に言えない。お礼が言えないことを、心の内では申し訳なく思っている。
北朝鮮では、常にお互いを監視している。
 北の軍人は、南の軍人に比べて背が低く、黒色でやせている。
 ところが、北の消防団員は、一般的な北朝鮮男性に比べて体格が良い。
開城の工場で働く女性に美味しいものを与えても、食べるふりだけして、家に持ち帰り、子どもや夫に食べさせる。
 北朝鮮では、みかんは貴重品。南の温暖な土地でしかとれないからだ...。
 北朝鮮の庶民の生活感覚を実感できる、貴重な体験記になっています。
(2024年9月刊。2200円+税)

2024年6月13日

ハルビン


(霧山昴)
著者 キム・フン 、 出版 新潮クレストブックス

 伊藤博文をハルビン駅のホームに待ち構えていて射殺した朝鮮人の安重根を描いた歴史小説です。韓国で33万部も読まれたベストセラーでもあります。安重根は朝鮮では知らぬ人はいないほどの英雄です。
 小説とはいえ、ほとんど史実に則しています。それで、ハルビン駅の警戒の緩さが日本側に原因があったことを知りました。
 当時、ハルビンはロシアの統制下にあり、ロシア警察庁は日本総領事に事前入場券の発行を提案した。しかし、日本側は、すべての日本が自由に入場できるようにしてほしいとして断った。たしかに、ハルビン在住の日本人は大勢がハルビン駅に歓迎のために参集したようです。そして、日本人も朝鮮人も外見からは識別できませんので、日本人の間に朝鮮人が紛れ込むのは容易でした。さらに、駅に入る人の所持品検査はしなかったのです。
ハルビン駅に伊藤博文が来ることは新聞が事前に報道していた。しかし、到着時刻までは書いていない。そこで、安重根の仲間がロシア人の駅員にロシア語で話しかけて聞き出した。
あとは安重根がハルビン駅にたどり着けるか、拳銃に弾(たま)は何発あるかです。
安重根は拳銃の弾を伊藤博文に3発命中させたようです。そして、伊藤博文のそばにいた日本人3人をうち、弾が1発だけ残りました。
ハルビン駅はロシアの管轄区域だけど、犯人の安重根が韓国市民であるため、この事件の裁判権はロシアに属さないとロシア司法裁判所は決定した。
そして、ロシア憲兵隊は安重根をハルビン駐在の日本総領事館に引き渡した。安重根は領事館の地下の拘置所に入れられた。
安重根は死刑宣告を受けたあと、上訴権放棄をして死刑を早々に確定させました。それからの安重根は大忙しだったようです。自分の一代記まで書いています。たいしたものです。
安重根は1910年3月26日、処刑された。31歳だった。
安重根の遺体は現在まで所在不明のままで、発見されていない。
韓国カトリック教会は、1993年8月に安重根の行為は「正当防衛」であり、国権回復のための戦争遂行行為として妥当だったとしました。
(2024年4月刊。2150円+税)

2024年4月19日

「劇場国家」北朝鮮


(霧山昴)
著者 権 憲益 ・ 鄭 炳浩 、 出版 法政大学 出版局

 北朝鮮の政治体制は長続きするはずはない。まもなく自壊するに決まっている。こんな見方が日本でも有力でした。私もそう考えていました。ところがどっこい、今なお存在していますし、まだまだ当分の間、続きそうです。
 国民が食うや食わず、いえいえ、大量の餓死者すら出したというのに、一見すると、盤石の政治体制であるかのようです。
 ではなぜ、そんな矛盾をかかえながらも存続しているのかを探った本です。この本を読んで驚かされたことの一つとして、北朝鮮には朝鮮戦争で亡くなった兵士や市民のための墓地がないという事実です。あるのは1954年につくられた革命烈士陵。しかし、ここは朝鮮戦争の戦死者ではなく、金日成と一緒に戦った100人の満パルチザンを讃(たた)えるための場所。いやあ驚きました。
 金日成と満州パルチザンのグループが権力を掌握する過程で他のグループが次々に粛清されていった血なまぐさい歴史は知っていましたが、この革命烈士陵は、北朝鮮社会のもっとも特権的な層を形成していることのシンボルでもあるのでした。
そして、「苦難の行軍」です。これは、北朝鮮政府当局の無策・無能によって、少なくとも数十万人の市民が餓死していった時代の状況を示す言葉です。1994年に金日成が亡くなり、その後の1995年から1998年までのあいだのことです。
この食糧危機によって一般市民の間で朝鮮労働党の道徳的権威が墜落した。党の威信は果てしなく墜落した。それはそうでしょう。ともかく大量の餓死者を出すまでに至ったのですからね。
党中央が無為無策のため、下部の党幹部たちでさえ、女性たちの国境を越えてまでの出稼ぎ労働を事実上支援していたというのです。みんな生きるための必死の努力をしていたからです。この餓死との闘いにおいても、人民より軍を優先するという先軍政治がすすめられたのでした。
現地指導についても、これが北朝鮮指導者のカリスマ政治の重要な部分を占めていたことを認識しました。
現地指導によって、国家というものが遠く離れた公的な独裁権力から、父のような存在へと豹変する。父子関係がすべての人間関係を支配する主軸を成している。
これは日本の明治天皇が北海道から九州まで日本中のほとんどをまわったこと、同じく昭和天皇も戦前・戦後、日本各地を訪問しているのと、同じ意義を有する。なーるほど、ですね...。
北朝鮮の2400万人国民と平和共存するのがいかに大変なことかと思いつつ、でも共存するしかないと思い直し、苦労して読みすすめました。
(2024年1月刊。3400円+税)

2024年1月12日

続・韓国カルチャー


(霧山昴)
著者 伊東 順子 、 出版 集英社新書

 私は韓国映画は比較的よくみているほうだと思います。といっても、Netflixは全然みていません。みるのは、あくまで映画館で上映される映画です。テレビでドラマをみることはありませんし、みるつもりもありません。韓流ドラマもみていません。こちらは、好みの問題です。
 映画を通して韓国社会の実像・実際を知ることができるというのは本当だと私も思います。
 巨大な高層マンション団地の真ん中にある小学校には校門が4つあり、どの校門を利用するかで、その子の家族のステイタスが分かる。
 韓国では、近年、25階建て以上の高層マンション団地が続々と誕生していて、今や韓国人の6割がアパート暮らし。日本に多い5階建の小型マンションは「ビラ」と呼ばれる。
 韓国人にとって家は、住むところではなく、投機の対象。韓国の富裕層の多くが、不動産投機で形成されている。農村地帯でも人々は一軒家ではなく、マンションで暮らすことを望む。韓国は「不動産階級社会」と言われるほど、住まいによる階層の序列化が見える形で進んだ。
 富裕層が江南に住むようになったのは「子どもの教育」に原因がある。政府が15校もの名門高校を半ば強制的に江南に移転させ、「江南は教育環境のよいエリア」という定評ができあがった。しかも、名門中学も江南に移転し、よい進学塾まで密集するようになった。
実際に暮らしてみると、韓国の大型マンション暮らしは快適。効率化、最適化という点で、「タワマン共和国」は理想的。
 同じマンションに暮らす人々の生活スタイルも似ている。高級団地には高級車が並び、庶民向け団地には庶民の車が並んでいる。それはそれで居心地がいいだろう。
 韓国の宗教人口は、1位がプロテスタントで970万人、2位が仏教で760万人、3位はカトリック教で390万人。
 保守系の大統領はプロテスタントで、革新系の金大中、廬武鉉、そして文在寅はカトリックだった。
 統一協会の信者はわずか2万人で、なぜ日本でたくさんの信者を獲得したのか、韓国人は不思議がっている。ひなびた農村に日本人女性の統一協会信者が少なからず今もいる。
 大企業のオフィスが集まり、富裕層が暮らす江南は、ソウル市全体で25区からなるうち3つの区を指す。この3区で徴収される財産税だけでソウル市全体の4割をこえている。それほど富が集中している。
 韓国の高校3年生が大変なのは、そこに「受験のすべて」が集中するから。中学校の入学試験が廃止され、高校受験は実質的になくなった。韓国では大学受験が人生初の大勝負になってしまっている。
 韓国の高校では、基本的に部活動がない。
 ほかにもいろいろありますが、日本と似ているようで、こんなに違うのか・・・と思わせるのが韓国社会のようです。それにしても、韓国映画は面白いものが多いと私も思います。
(2023年7月刊。980円+税)

2024年1月11日

金正恩の核兵器


(霧山昴)
著者 井上 智太郎 、 出版 ちくま新書

 北朝鮮が宇宙空間に衛星を打ち上げると、日本政府は日本の上空を通過する(した)といって、Jアラートを発令します。「ミサイルが落下するかもしれませんから、地下壕や地下室に避難しましょう。机の下に潜り込みましょう」などと危機をあおり立てます。でも、私の身近に地下室なんてありませんし、テーブルの下に潜り込んで助かるミサイルなんて一体あるのでしょうか(ありえません)。
 はっきり言えることは、北朝鮮の軍事的脅威をあおり立てることによって、日本の大軍拡予算に賛同するよう国民を誘導(誤導です)していること、それにNHKを初めとする日本マスコミが乗せられ、電波ジャックさせられていることです。なにしろ、少し前まで年間3兆円台だったのが、4兆円となり、来年度は何と8兆円近い、今では大軍拡予算に驚かなくなっている日本人ばかりになってしまいました。危険な徴候です。
 金正日体制のときは18年間で16発のミサイルが発射された。ところが金正恩体制下では、ミサイル発射が11年間に150発、2022年の弾道ミサイル発射は59発にのぼった。また、核実験のほうは6回も行った。
 アメリカは、1958年から1991年までの34年間にわたって韓国に戦術核兵器を配備していた。ピークの1967年には、核兵器システムが8種類そして核弾頭950個が沖縄にあった。
 北朝鮮は、1950年代にソ連の支援で核開発に着手した。
 北朝鮮での核兵器開発には100~150の組織、人員にして9000人から1万5000人が従事しているようだ。ミサイル開発にしても同じように50の研究機関、3000人の科学者・技術者を含む1万5000人が従事しているとみられている。合計3万人規模だ。
 金正恩は、これらの科学者や技術者を厚遇し、優先的に住宅を供給している。
 朝鮮人民軍の総兵力は128万人。人口(2544万人)の5%にあたる。北朝鮮の兵役は、男性8~9年、女性6~7年だったが、今は、男性7年、女性は5年に短縮されている。人的資源を経済活動に振り分けるためだ。
 中国の地方都市で働く北朝鮮人労働者の月給は2000元(4万円)ほど。国への上納金などを含めると、1割も残るかどうかという実情にある。
 北朝鮮では政府公認のハッカー集団が活躍している。そのうえで、仮想通貨を窃取している。
 ロケット(ミサイル)の液体燃料は発射直前に燃料を注入する必要があり、発射まで時間がかかるし、その分、敵に見つかりやすくなる。
 朝鮮人民軍は食料や弾薬など、あらゆる物質を6ヶ月分備蓄するように定めている。
北朝鮮の核開発を、実は私たち日本人が主体的に支えているのではないかと、本書でも指摘されています。それは民間も政府も、です。闇の部分があるのです。
いろいろ実際と、裏に隠されているところを見抜く必要があると思いました。
(2023年4月刊。940円+税)

2024年1月 7日

「三人の女」(下)


(霧山昴)
著者 チョ・ソニ 、 出版 アジュマブックス

 「三人の女」とは、許貞淑、朱世竹、高明子。
 許貞淑の父親は許憲という弁護士。日本敗戦朝鮮開放後は、朴憲永や呂運亨たちと主に民主主義民族戦線を結成した。許貞淑は朴憲永との関係も深く、中国共産党との関係が深い廷安派に属していたが、金日成の信頼を得て、北朝鮮のエリートとして生き延び、1991年に天寿を全うした。その経歴を知ると、奇跡的な長命です。
 朱世竹は、ソ連へ2番目の夫・金丹治とともに移住したが、金丹治はスターリンの粛正の嵐にとらわれ、日帝スパイとして処刑された。朱世竹は1番目の夫、朴憲永との間の娘、ビビアンナ・パクをもうけるが、娘ビビアンナは父を知らず、母とは疎遠のままソ連で民族舞踊団員として活躍する。そして、朱世竹はソ連の流刑地に長く暮らす。
 高明子は朝鮮共産党の活動をしているうちに逮捕され、拷問を受けて転向書にサインして釈放された。
 「三人の女」たちの複雑な歩みがからまりあいながら、戦前・戦後の朝鮮、韓国と北朝鮮、そして朝鮮戦争、さらには戦後を生きていく状況が活写されています。
 北朝鮮で、金日成は主体思想を唱えます。著者は、主体思想について、マルクス主義やマルクス・レーニン主義とは異なる朝鮮の土着思想だとしています。儒教、カルヴィニズム・フォイエルバッハ流の人間主義、スターリン主義が奇妙に融合したアマルガム(合金)。
 朝鮮戦争は、金日成が発議し、推進した。この戦争は短期間で終わるし、アメリカは介入しないと言って、金日成はスターリンと毛沢東を説得したが、この予想ははずれた。
 スターリンは田舎の若者を抜擢(ばってき)して国家権力を与え、その若者(まだ30代後半だった)が有頂天になって戦争を起こし、結局、破局、国の破滅を招いた。金日成がせめて40歳になっていたら、戦争は起きなかっただろうと著者はみています。
 複雑怪奇な韓国・朝鮮の政治を「3人の女性」を通して描いている、いかにもスケールの大きい小説でした。韓国で4万部も売れたベストセラーというのは、よく分かります。
(2023年8月刊。2640円)

2023年12月19日

三人の女(上)


(霧山昴)
著者 チョ・ソニ 、 出版 アジュマブックス

 夏の陽差しを受け、小川に足を浸しながら笑顔で会話している三人の若い女性胃の写真に始まる小説です。
 小川にアーチ型の石製の橋がかかっています。三人の女性はみな、膝下まである白い服を、チマ・チョゴリを着ています。三人とも素足で川の水に入っていて、二人は岸辺の岩に腰かけていて、一人だけ立っています。長い髪の女性ばかりの時代に、みな短髪。三人の若い女性たちは、いったい何を話しているのでしょうか・・・。
 日本の植民地だった朝鮮で雑誌『新女性』を編集長として発行していた許貞淑、そして朱世竹、高明子。この三人は、いずれも共産主義運動に人生をかけ、欧米にも足をのばして朝鮮で激動の時代を生きた。
 許貞淑は京城の人権弁護士として高名な許憲(ホ・ホン)の娘。朱世竹は、没落した両班(ヤンバン)家に生まれ育った。留学先の上海で有名な革命家である朴憲永と結婚した。朴憲永は韓国で活躍したあと北朝鮮に行き、朝鮮戦争のあと金日成によって粛清された。高明子(ミョンジャ)は、大地主の娘。
 日本の植民地時代、朝鮮人は徹底して抑圧されていました。そのなかでの共産主義者たちの活動を描いた本ですので、1980年代までの韓国ではこんな本が出版されるなど、考えられもしませんでした。軍事政権は出版と表現の自由を抑圧していたからです。2017年にようやく本書を出版することができました。
 朝鮮半島で活動していた共産主義を信奉する人たちは、激しい派閥争いをしていて、お互いに暴力班(チーム)までつくって流血の争いも辞さなかった。
 1925年4月17日、京城にある清料理店で朝鮮共産党の結成式が敢行された。ついに朝鮮にも共産党が誕生したのだ。
 日本人は、協力することを知らず、派閥争いをするのが朝鮮人の民族性だとあざ笑った。しかし、それは日本人だって同じこと。日本人も協力することを知らず、派閥争いをしているということ。
 朝鮮共産党事件の公判は、1927年9月13日だった。このとき、被告人らの弁護を買って出たうちの三人は許憲、金炳魯そして秀任がふくまれている。日本からも古谷貞雄弁護士が派遣されてきた。同じく自由法曹団の弁護士が法廷に立って議論した。
 刑務所における独房というものは、便所で食べて寝てるようなもの。
 コミンテルンは1933年に朝鮮共産党の創立、そして再建運動から手を引いた。このころスターリンによる粛清が最高潮であり、「反革命分子」の公開銃殺が連日敢行されていた。1938年10月、中国で朝鮮義勇隊が結成された。
はてさて、三人の女性たちは苦難の活動をどうやって続けていくことになるのか、下巻が楽しみです。
(2023年8月刊。2640円+税)

2023年7月14日

カメラを止めて書きます


(霧山昴)
著者 ヤン ヨンヒ 、 出版 クオン

 いささか胸の痛みを感じながら読みすすめていきました。
 私が弁護士になった40年以上も前は、朝鮮総連の活動家のみなさんは本当に元気でした。民団の人との接点はあまりありませんでしたが、ともかく総連の人たちは声がでかくて、押しが強いのです。
 この本では、朝鮮総連の幹部だった父親が3人の息子を北朝鮮に「帰国」させたあとの行動が紹介されています。
 「帰国事業」は、1959年12月から朝鮮総連(そして、日朝の赤十字社と日朝両国政府)が総力をあげて推進したもの。9万3千人ほどの在日コリアンが「北朝鮮は差別のない地上の楽園」だと思って移住していった。著者の父親は、この「帰国事業」の旗振り役だった。
 病気で倒れる前、著者はビデオカメラをまわしながら父親に質問した。すると、予期しない答えが返ってきた。
「その時は、在日朝鮮人運動がとても盛り上がっていたときだから、すべてがうまくいくという方向で問題を見たんだから、甘かったんや...。行かさなかったら、もっと良かったかなというようにも考えてるさ」
 著者の3人の兄は、1970年代初め、長男18歳(朝鮮大学校)、二男16歳(高校生)、三男14歳(中学生)のとき、北朝鮮に渡っていった。やがて北朝鮮では大量の餓死者が出る大変な状況に陥った。送られてきた兄たちの写真はガリガリにやせ細った少年の姿だった。そこで、著者の母親は、北朝鮮に住む息子たちへの仕送りを45年間、続けた。仕送りの段ボール箱には、たくさんの食料品、そして衣類を詰め込んで送り続けた。
 孫たちが生まれたら、その学校生活に必要なものをすべて送った。私も、この年齢(とし)になると、母親の執念にみちた仕送りの意味がよくよく分かる気がします。「帰国事業」に賛成し送り出したことをいくら悔やんでも取り返しつかないのです。それだったら、せめて生きている息子たちを助けたい。そんな思いだったのではないでしょうか。
 三男の兄が三度目の結婚をするときの話が胸を打ちます。
「あの家は少額でも日本からコンスタントに生活費と愛情あふれるダンボール箱が届く」という噂が広まっていて、3人の子どもをかかえている兄に嫁ぎたいという女性たちが列を成した。
 著者の両親は済州島出身。夫(父親)が死んだあと、母親は済州四・三事件を目撃した当事者として娘に語りはじめたのです。私もこの「四・三事件」については金石範の『火山島』などを読んでいましたので、母親がその当事者の一人だったということには驚きました。
 著者の3本の映画『ディア・ピョンヤン』(2005年)、『愛しきソナ』(2009年)、『スープとイデオロギー』(2021年)をどれもみていないのが本当に残念です。映画館でみるタイミングがありませんでした。DVDでみてみたいものです。あまり高価だと手が出せませんが...。
(2023年4月刊。2200円)

2023年6月30日

ラザルス


(霧山昴)
著者 ジェフ・ホワイト 、 出版 草思社

 多くの国民が食うや食わずで餓死の危険すらあるというのに、北朝鮮は次々にミサイルを打ち上げ、人工衛星まで宇宙空間に飛ばしています。いったい、この貧困そのものの国のどこに、そんなお金があるというのか...。
 北朝鮮の飛ばすミサイルは短距離弾道弾で1発4~7億円。アメリカに届く長距離弾道弾だと、1発30~40億円もかかる。この莫大な費用を北朝鮮は億ドル札やハッカー部隊で稼いでいるのではないか、それが本書のテーマです。
北朝鮮には軍を母体とする超エリートのハッカー集団があるようです。でも、政府機関や軍に属するハッカー組織が存在するのは何も北朝鮮には限らない。世界の多くの国でハッカー集団が組織され、他国政府の情報収集やスパイ活動ないしサイバー攻撃を行っている。
 北朝鮮の異様さが目立つのは、宿敵である韓国政府と軍に対してのサイバー攻撃だけでなく、世界中の暗号資産の収奪をもっぱら標的にしている点。
 ただ、不正に得たデジタル(暗号)資産は、それだけでは利用できず、ドルやポンドなどの現金に換えなければならない。それをどうやって克服するのか...。
 北朝鮮の犯行とされるハッキングで流失した暗号資産の総額は13億ドルにのぼる。
 この本の冒頭は、西インドの人口50万人の都市にキャッシュカードの束を持つ男たちが集まってきて、一斉に何十台ものATMから現金をカードで引き出していったシーンです。2時間あまりのうちに1100万ドルもの現金が引き出されたのでした。
 その犯人のあやつっていたのはラザルスグループ。
 北朝鮮のハッカー集団(ラザルス)は、2015年からは銀行をターゲットに定めている。ハッカー集団(ラザルス)は銀行のインターネットシステムのなかに潜入し、暗証番号の確認なしに現金を入手できるようにした。ハッカーたちは捕まるかもしれないとビクビクしながらネット操作を繰り返している。そして、銀行内のシステムにデジタル記録を削除し、爪痕が残らないようにしている。わずか数文字の変更によって、コンピューターの「ノー」が「イエス」に変わり、10億ドルの預金がしまわれている銀行の金庫室のデジタル扉が開放される。これが、コンピューター社会の怖いところです。
 プリンターを故障と思わせ、緊急メッセージは白紙しか出ないように変えられていた。
北朝鮮は、12歳までの頭の良い子どもたちを「サイバー戦士」に仕立てあげている。「国際数学オリンピック」に参加するほどの天才児たちがいるのです。そして、北朝鮮のハッカーたちの肉親も巻き添えをくってしまうのです。
 今や、銀行までもがハッカー集団に狙われて、ひっかきまわされることが頻繁に起きています。知らなかった、怖い話がオンパレードでした。
(2023年6月刊。2200円+税)

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