弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2020年5月22日

国策・不捜査―森友事件の全貌


(霧山昴)
著者 籠池 寿典、赤澤 竜也 、 出版 文芸春秋

森友事件で籠池夫妻のみが強制捜査の対象となり、刑事裁判になっているのは、どう考えても納得できません。巨悪を逃れしてはいけないのです。
森友事件の本質は、9億円の土地が1億円に大幅値引きされたこと、この8億円の値引きは地下3メートルより深い地点に「新たなゴミ」が発見されたからという理由から。しかし、実は、そんな「新たなゴミ」なんてなかったし、8億円もの値引きにつながるものではなかったのです。
では、何があったのか。それこそ、ズバリ安倍首相案件だったからです。昭恵夫人が前面に出てきますが、その裏には首相本人がいたのです。そのことを当事者として関与した近畿財閥局の担当官A氏(赤木氏)は、苦悩したあげく、ついに自死されました。
いったい、誰がそこまで追い込んだのか...。ところが、財務省の上司たちは、その後、実は、順調に昇進していき、現在に至っています。信じられません。昭恵夫人の秘書役だった谷氏もイタリアの駐日大使館へご栄転の身です。
私は、つくづくこんなキャリア官僚のみちに足を踏み入れなくて良かったと思いました(いえ、大蔵省なんて望んでも入れない成績でしたけど...)。
稲田朋美氏は弁護士として古くから籠池氏と関わりがあるのに、国会では、「ここ10年ほど会っていない。かすかに覚えてほどで、はっきりした記憶はない」、「籠池氏の事件を受任したこともなければ裁判をしたことも法律相談を受けたこともない」などと答えていた。
ところが、籠池氏は、この本のなかで稲田朋美・龍示夫妻(いずれも弁護士)に森友学園の顧問弁護士になってもらい、担保権抹消の裁判を依頼したりして、深く関わっていたことを明らかにしています。
ということは、稲田朋美弁護士(議員)は、とんでもないウソをついていたことになります。そんな人物が自民党を代表してテレビ討論会に堂々と登場してくるのです...。
「安倍晋三記念小学校」という名称は、実は、安倍首相の自民党が野党のときのことで、首相になったあと、昭恵夫人が、現役の首相になったので、この名前を辞退したいと申し入れたとのこと。
なーるほど、と思いました。それほど、籠池夫妻は安倍晋三という議員に思い入れがあったわけです。
ところが、安倍首相は、そんな籠池氏を国会という公の場でバッサリ切り捨てたのでした。
「非常にしつこい人物」
「名誉校長になることを頼まれて、妻は、そこで断ったそうです」
「この籠池さん、これは真っ赤なウソ、ウソハ百...」
すべては、安倍首相が「私や妻が関係していたということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということをはっきり申し上げておきたい」と、2018年2月17日の国会で答弁したことに端を発している。
これだけ「関係していた」ことが明らかになっているのだから、今なお安倍晋三が首相どころか、国会議員であることが不思議でなりません。世の中、ウソが通れば、マコトがひっこむというのを地で行っています。
しかも、このような人が「道徳教育」に熱心なのだから、世の中はますます狂ってきますよね...。プンプンプン。
堂々480頁もある本です。籠池氏の怒りがびんびんと伝わってきます。保守主義者、天皇主義者そして生長の家信者というところは何ら変わっていないとのこと。それでも安倍首相を支持する側から、反対する側にまわったことは明確です。いわば、日本人として良識を取り戻したということなのでしょう...。
(2020年2月刊。1700円+税)

2020年4月28日

平成重大事件の深層


(霧山昴)
著者 熊﨑 勝彦 (鎌田 靖) 、 出版 中公新書ラクレ

東京地検特捜部長として高名な著者をNHK記者だったジャーナリストがインタビューした本です。8日間、のべ25時間に及ぶロングインタビューが読みやすくまとめられています。
「これは墓場までもっていく」といった場面がいくつかあり、いささか物足りなさも感じました。要するに自民党政治家の汚職事件です。
ゼネコンなどが大型公共工事で談合していることは天下周知の事実なわけですが、途中に「仲介人」が入っていたら刑事事件として立件できない、著者はこのように弁解しています。一見もっとものようにみえますが、本当に「仲介者」を攻め落とせないのか、そこに例の忖度(そんたく)が入っていないのか、もどかしい思いがしました。
登場するのは、リクルート事件、共和汚職、金丸巨額脱税事件、大手ゼネコン汚職事件、証券・銀行の総会屋への利益供与事件、大蔵省汚職事件です。
スジの良い情報をとれば、捜査は半分成功。
厳正な捜査を貫くことが捜査の基本だが、そのなかで国民目線でものを見ていくことも重要。国民の視点をつねに留意する。捜査というのは、途中で後戻りする勇気も合わせもたないとダメ。
事件捜査は、離陸がうまくいっても、肝心なことはうまく着陸できるか...。
金丸信副総裁への5億円ヤミ献金事件では、金丸信を実情聴取もせず、上申書のみで、罰金20万円で終わらせた。これに国民は怒った。怒った市民が検察庁の看板をペンキで汚すと、同じ罰金20万円だった。
著者は、この金丸副総裁の件を罰金20万円でよかったと今も考えていると弁明しています。とんでもない感覚です。金丸信は、現金10億円を隠していたのです。いったい何という政治家でしょうか...。これが自民党の本質ですよね。
ゼネコン汚職事件について、談合が過去形であるかのように語られているのも納得できません。
高度成長期に建設業界が長いあいだ公共事業で潤っていたことが明らかになった。その旨味(うまみ)を、談合をとおして特定業者に分配する構造が浸透していた。
さらに、談合は受注側だけじゃなくて、発注者側も加担している。つまり官製談合もはびこっていた。このような隠れた社会システムのなかで、建設族とか運輸族とかの族議員や地方自治体の長らが幅を利かせていた。
これって、今もそのまま生きているように私には思えるのですが...。
レストランの奥の部屋にゼネコン4社の談合担当者が集まり、全部で現金1億円をトランクに入れ、それをまるごと仲介者に手渡した。そして仲介者が仙台市長に渡した。
今も、同じことがされているのじゃないのでしょうか...。
物足りなさもたくさんありましたが、特捜検事の苦労話としては面白く読みました。
(2020年1月刊。980円+税)

2020年4月24日

法医学者が見た再審無罪の真相


(霧山昴)
著者 押田 茂實 、 出版 祥伝社新書

DNA鑑定など、法医学者として多くの刑事事件に関与した体験をもとにしていますので、大変説得力があります。
この本の最後のところに、裁判官が間違った判決を出したことが明らかになっているのに、冤罪として無罪になっているにもかかわらず、有罪判決を書いた最高裁判事が「勲一等」「旭日大綬章」といった勲章を受章したままになっているが、本当にそんなことでいいのかと著者は怒りを込めて疑問を投げかけています。私もまったく同感です。無実の人を十分な審理をせずに誤った判決を下したとき、その裁判官に授与された勲章は国があとで取り上げるべきではないかと私は思うのです。
そこで思い出すのは、最高裁長官だった田中耕太郎です。裁判の当事者の一方と秘密裡に会い、合議の秘密をもらしたうえ、判決内容まで指示され、そのとおりにしたことが明らかになったのです。ひどいものです。砂川事件の最高裁判決は田中耕太郎がアメリカ大使から受けた指示のとおりになったのです。
裁判の独立をふみにじった、こんなひどい男はまさに日本の司法の恥です。ところが、客観的に明らかになっても、今の最高裁は何の措置も講じようとはしません。これでは、要するに同じ穴のムジナだと言うほかありません。司法の堕落です。
著者の鑑定結果と刑事判決が一致しない判決が10件以上もあるということです。これにも驚きます。つまり裁判官は法学者の鑑定を無視した判決をいくつもしているわけで、決して「例外」ではないのです。
先日の大崎事件の最高裁判決にも驚かされました。最高裁の裁判官にはあまりにも謙虚さが欠けていると思います。
弁護士生活46年になる私にとって、裁判不信は刑事裁判に限りませんが、刑事は死刑判決だったり、長期に刑務所に拘留されますので、民事以上に深刻だと思います。
(2014年12月刊。800円+税)

2020年4月 1日

裁判官も人である


(霧山昴)
著者  岩瀬 達哉 、 出版  講談社

 井戸謙一元裁判官は、裁判官には3つのタイプがあるといいます。
一番多い(5~6割)のは一丁あがり方式で処理する。次に多い(3~4割)のが杜撰処理する。そして、1割にも満たないのが真実を見きわめようとして当事者の主張に耳を傾ける裁判官。これは46年間になる私の弁護士生活にぴったりの感覚です。たまに、人格・識見・能力ともに優れた裁判官に出会うことがあり、本当に頭が下がります。でも、普段は信用のおけない裁判官に対処するばかりです。ええっ、と驚く判決を何度もらったことでしょうか...。
青法協の会員だった裁判官が次々にやめていった「ブルーパージ」は、決して「過去の遺物」ではない。その影響は今に引き継がれている。多くの裁判官を心理的に支配してきたし、今も支配している。つまり、既存の枠組みをこえることにためらい、国策の是非が問われる裁判において、公平かつ公正に審理する裁判官が少なくなった。当時も今も、ほどほどのところで妥協すべきという空気が、常に裁判所内にはびこっている。
平賀書簡問題のとき、札幌地裁の臨時裁判官会議は、午後1時に始まって、午前0時ころまで延々12時間にわたって議論された。しかも、平賀所長は当事者だからはずし、所長代行の渡部保夫判事もあまりに平賀所長寄りなので司会からはずされた。そして、裁判官会議は平賀所長を「厳重注意」処分に付すという結論を出した。これはこれは、今では、とても信じられない情景です。
最高裁の判事と最高裁調査官とのたたかいも紹介されています。滝井繁男判事と福田博判事の例が紹介されています。最高裁調査官は最高裁判事をサポートするばっかりだと思っていましたが、実は意見が異なると、最高裁判事を無視したり足をひっぱったりしていたのですね。ひどいものです。
また、矢口洪一最高裁元長官が陪審制の導入に積極的だったのは、長官当時に冤罪事件が次々に発覚したことから、裁判所の責任のがれのための「口実づくり」だったというのも初めて認識しました。それでも私は裁判員裁判の積極面を評価したいと考えています。
「ブルーパージ」のあと、若手裁判官が気概を喪い、中堅裁判官に覇気がなくなった。部総括(部長)に負けないで意見を述べる気概のある裁判官が減り、部総括にしても、部下の意見を虚心に受けとめるキャパに欠ける人が増えている。これまた、私の実感と一致するところです。
こんな裁判所の現状を打開する試みの一つが裁判官評価アンケートです。これはダメな裁判官を追放するというより、ちょっぴりでもいいことをした(している)裁判官を励まし、後押しをしようというものなんです。
ぜひ、あなたもその趣旨を理解して、ご協力ください。
(2020年1月刊。1700円+税)

2020年3月26日

子ども福祉弁護士の仕事


(霧山昴)
著者  平湯 真人 、 出版  現代人文社

 養護施設の子どもたちは経済的な自立の困難をかかえている。小さいときから、まわりの大人との信頼関係をもつことが出来ないため、人生に自信がなく、肯定感がもてない、自分が尊重されたという実感がもてないことが少なくない。大人が子どもにしなくてはいけないことは、子どもが生きていく自信をつけること...。
非行に走った子どもにとって、その行動への反省が大切なことは言うまでもない。しかし、問題は、反省する力を、そのようにして培(つちか)うか、ということ。これまで大切にされたことのない子どもは、すぐには反省することができない。子どもの首根っこを抑えて頭を下げさせるのが反省ではない。人間が自分の行動を反省できるためには、一定の成熟が必要であり、反省する本人の成長を認めてやれる環境が不可欠だ。
どこまでも子どもを権利の主体として扱い、その権利の実現のために働く大人の姿が求められている。このような役割をする弁護士が子ども福祉弁護士だ。
今年、喜寿になった平湯弁護士は、23年間は裁判官として事件に向きあい、48歳からは弁護士として子どもに向きあってきた。
著者は、幼い子どものころ、母の売り上げた納豆の代金の一部をかすめて自宅近くの駄菓子屋でお菓子を買った。両親はそれを知っていたが何も言わず、著者を叱りもしなかった。そこで、著者は考えた。子どもには考えたり、迷ったりするのに十分な時間が保障されるべきだ。子どもを叱ることなく、子どもが自分で考えて、どうすることを決めていくことの大切さを著者は両親から教えてもらった。
私より6歳年長の著者とは、著者が福岡地裁柳川支部の裁判官時代に面識がありました。そして、このとき、赤旗号外を配りながら「演説会に来んかんも」と声をかけた松石弘市会議員が公選法違反で起訴された事件で、公選法は憲法違反なので無罪とするという画期的な判決を書いたのでした。
著者は、弁護士になって子どもの権利委員会に所属して活動するようになり、国会で、子どもの虐待に関して3回、参考人として意見を発表することがあった。すばらしいことに、これらの意見発表の多くが立法化されたというのです。すごいです。
平湯弁護士は、現場を踏まえて法や制度を変えていくのも「子ども福祉弁護士」の役割だと強調します。
千葉で起きた「恩寵園事件」の取り組みが紹介されています。園長一家が収容されていた子どもたちを虐待していたという事件です。子どもたちが集団脱走して児童相談所に駆け込んだのに、千葉県は口頭指導しただけで子どもたちを園に戻してしまいました。行政のことなかれ主義のあらわれです。
ところが、新聞記事を読んで、現場に飛び込んでいった弁護士たちがいました。山田由紀子弁護士や平湯弁護士たちです。その行動力には本当に頭が下がります。そして、子どもたちを一時的にしろ受け入れた大人たちがいました。
この本には、そのときの園児たちが、今では子をもつ親となって、当時の悲惨な状況をどうやって切り抜けたのかを語っています。感動的な座談会です。平湯弁護士が、当時の園児たちに、子どもにとっての「ふつうの生活」とは、どういうものかと問いかけています。
・ 脅えながら生活しないこと。
・ 愛のある生活のこと。
・ 落ち着いて静かに暮らして、時間が来たら、「やったあ、ご飯だ。うれしいなあと感じる生活。
 なるほどですよね。たくさんのことが学べた本でした。
熱意と包容力、子どもに対する揺るぎない温かな眼差しをもつ人として、平湯弁護士が紹介されていますが、まったく同感です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2020年2月刊。2200円+税)

2020年3月12日

反対尋問


(霧山昴)
著者 フランシス・ウェルマン 、 出版  ちくま学芸文庫

120年も前にアメリカの弁護士が書いた本とは思えない指摘のオンパレードです。
当初の解説は平野竜一が書いていました。そこでは、ロッキード事件やグラマン事件での国会での証人尋問の拙劣さが指摘されています。尋問する国会議員は威丈高に直接法的な尋問するが、真実は少しも明らかにならないとの批判です。しかし、昨今の国会議員のうまさは目を見張るものがあります。とりわけ共産党の田村智子議員の安倍首相の質問には心底から感服しました。
今回のちくま学芸文庫版では現代日本の刑事弁護の第一人者というべき高野隆弁護士が次のように解説しています。
1世紀以上も前の先人たちの話に接するのはとても貴重であり、勇気づけられる。
経験にしか頼るものがない時代に、彼らが試行錯誤の末にたどり着いた結論は、現代の法廷弁護士に対しても気付きを与え、一般市民に人の営みの奥深さを教えてくれる。
さらに、高野弁護士は、法廷技術には科学や理論で説明しきれない部分があると強調します。公判廷にいて偶然のたまものとしか言えないような瞬間がある。検察側の証人の表情を見ていて、反対尋問のアイデアが閃光のように閃く(ひらめく)ときがある。
メモなんか取るひまがあったら、証人を観察せよという言葉の真実を実感するときがある。この本は、そうした閃きを私たちに与えてくれる源泉となる。そうなんですよね...。
反対尋問が弁護士に必要なあらゆる技術のなかでも、もっとも難しいものの一つであることは、疑問の余地がないし、またもっとも大切なものの一つでもある。
弁護の技術には、熟練への早道も王道もない。経験である。成功をもたらすものは、ただ経験だけと言えるだろう。
弁護士には、尋問中の証人の弱点を見抜く直観が要求される。
訴訟代理人の弁護士は証人と精神的決闘をしているのである。
良き弁護士は良き俳優でなければならない。
質問は論理的な順序で行なってはいけない。ここかと思えば、またあちらという具合にやる。一般法則として、元の証言を最初と同じ順序でくりかえさせてみても、時間のムダになるだけのこと。
つまらない質問をどんどんぶつけながら、なかに大事な質問をまぜ、しかもまったく同じ声の調子でやる。
反対尋問の唯一の目的は、対立証言の力を打破することにある以上、無益な試みはただ証人の陪審への心証を利するだけのこと。だから、沈黙は、しばしば長時間の尋問にまさる。つまり、席を立たず、全然質問をしないでいるにしくはない。まあ、そうは言っても、反対尋問しないということを私はやったことがありません。
反対尋問の目的は、真実をつかまえることにあるが、この真実というものは、実につかまえにくい逃亡者なのだ。
延々と執拗に質問しつづけて、証人の頭をへとへとにさせたあげく、真実を引き出してやるという方法でしか成功できない場合もまたある。
頭の良さが良心の欠如を隠しているような証人の偽証を暴くほど、難しいことはない。
うむむ、大変大変勉強になりました。文庫本で700頁の大著なのに、1900円という安さです。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2019年7月刊。1900円+税)

2020年3月 3日

完全版 検証・免田事件


(霧山昴)
著者 熊本日日新聞社 、 出版  現代人文社

免田事件とは1948年(昭和23年)12月29日の深夜、人吉市で起きた祈祷師一家4人が殺傷された事件。免田栄さんが逮捕されたのは翌年1月13日のこと。免田さんは23歳の青年だった。そして免田さんは「自白」し、熊本地裁八代支部での第1回公判まで認めていたが、2回目の公判から否認に転じた。ところが免田さんについては死刑判決が確定し、以後34年間、死刑囚として福岡拘置所で過ごした。
再審無罪となって釈放されたとき、免田さんは57歳になっていた。
いま、免田さんは故郷の人吉市を離れて熊本県に隣接する大牟田で生活している。すでに死刑囚だった34年間よりも釈放されてからのほうが長い(2017年で92歳)。
再審無罪判決は、自白調書について、「重要な事項である犯行時刻の記述がなく、犯行動機も薄弱で、犯人しか知り得ない、いわゆる『秘密の暴露』も見当たらず、客観的事実との重大な食い違いや不自然な供述が随所にみられ、犯行後の行動も客観的事実と多くの点で食い違っている」とし、さらに「自白の矛盾点を指摘していない調書で、取調官が、自分の誤った事実に基づく安易な誘導から強制があったとさえみられても仕方ない」。自白調書は多くの点で、破綻していることこそが、「あたかもアリバイの成立を裏付けるかのようだ」と指摘した。
免田さんの自白調書は、夜に眠らせてもらえず、暖房のない部屋で、寒さにふるえ、身体が硬直して言葉も出ない状態で作成されたもの。
犯行現場の畳は血の海で障子などにまで血痕が飛び散っていたというのに、免田さんの着ていた上着・ズボン・地下足袋・マフラーからは血痕は検出されなかった。犯人なら相当の返り血を浴びていたはずなのに・・・。
免田さんの再審請求は6回ありました。免田さんの事件に関与した裁判官はのべ70人。そのうち、免田さんを無罪としたり再審開始にした裁判官は14人だけです。2割しかいません。これが日本の刑事司法の現実です。検察官が起訴したら、その時点で有罪の心証をとってしまう裁判官が8割いるのです。
免田さんの事件では、裁判があっているうちに、重要な証拠が「紛失」しています。ナタ・上衣・マフラーそしてチョッキと軍隊手袋です。証拠品の管理の杜撰さは、他の事件でもよくみかけます。絶対にやめてほしいことです。
免田さんの死刑が確定したのは1951年(昭和26年)12月に最高裁が上告を棄却したからです。それから死刑執行されることなく、拘置所で免田さんは勉強もし、必死で訴えて世論を動かし、国民救援会と日弁連の支えがあって再審無罪の判決を獲得したのでした。
先の大崎事件についての最高裁の冷酷無比の決定をみるにつれ、再審裁判では検察側にきちんと証拠開示するよう義務づけておくべきだとつくづく思います。
(2018年7月刊。2700円+税)

2020年2月18日

おりとライオン


(霧山昴)
著者 楾 大樹、 今井 ジョージ 、 出版  かもがわ出版

けんぽう絵本です。先日、久留米で楾(はんどう)弁護士の憲法講座に参加しました。そのとき買ったのが、この「けんぽう絵本」です。
子どもから憲法の役割がわかる絵本、できました。そうです。憲法の入門書『檻の中のライオン』が絵本になったのです。
楾弁護士の話は途中10分休憩があるものの、なんと2時間以上ぶっとおしです。ところが、スライドを使いながら、小さなぬいぐるみ人形をつかいながらで、あっという間にすぎてしまいます。
私の前に小学5年生の男の子がすわっていました。福岡の女性弁護士の息子です。あとで憲法のことがとてもよく分かったと感想を言っていたそうです。
私も、まったく同感です。憲法は国の理想を定めたものだと安倍首相は常にもっともらしく言います。教科書にも、社会のルールを定めたものとしか書かれていないとのこと。
憲法って、そんなものじゃありません。悪いことするか分からない安倍首相のような不届き者をきつくしばるためにこそ憲法があるのです。
口から出まかせのことを国会の場で堂々と開き直っている安倍首相ですが、その言動は、まさしく憲法をふみにじるものです。この点は、国民の側に「不断の努力」が欠けている(弱い)のだと私は思います。
どうぶつたちは、どうにかこうにかライオンをおさえつけました。そして、きまりとおりをつくっておりにライオンをいれました。きまりには、ライオンがしなければならないことと、ライオンがしてはいけないことをかきました。このたいせつなきまりとおりがけんぽうです。
けんぽうは、わたしたちのしあわせやじゆうをライオンからまもってくれる、とてもたいせつなきまりなのですね。
小学生の子どもたちに、ぜひ読ませたい絵本です。
(2019年8月刊。1400円+税)

2020年2月 4日

一粒の麦、死して

(霧山昴)
著者 田中 伸尚 、 出版  岩波書店

『史談裁判』の著者として有名な森長英三郎弁護士の「大逆事件」との関わりに焦点をあてた本です。不思議なことに、森長弁護士は先輩弁護士の小伝をたくさん書いていながら、自分については「伝記拒否」を遺書に書いていたというのです。信じられません・・・。
「大逆事件」の仮出獄者には公民権がないだけでなく、釈放してからも常に警察に見張られ、その居場所を明らかにしなければいけなかった。
「大逆事件」では、死刑者12人。死刑判決のあと無期に減刑された12人のうちの8人は獄中で病死、自殺で死亡した。つまり20人が命を失った。戦後1947年の時点では、4人だけ生き残っていた。
「大逆事件」で起訴された26人の被告人の弁護をした弁護士には、国選(官選)、私選もあるが、磯部四郎、花井卓蔵、今村力三郎、鵜沢総明。いったん引き受けながら辞退したのは江木衷(まこと)弁護士。
検察側は検事総長の松室致(いたる)や、司法省民刑局長の平沼騏一郎(きいちろう)。
「大逆事件」の被告人となった26人の被害者を記憶する記念碑が全国に12基ある。東京監獄、市ヶ谷刑務所は、今の新宿区余丁町88番地にあった。ここで「大逆事件」の死刑が執行された。
1964年7月15日、死刑者慰霊塔がたてられた。
石川啄木は、「大逆事件」のころ東京朝日新聞社の校閲記者だった。啄木は、平出修弁護人や社内で得た情報から、かなり正確に「大逆事件」の真相をつかんでいた。
「それは、単に話しあっただけ、意思の発動だけにとどまっていて、まだ予備行為にも入っていなかった・・・」
森長英三郎が弁護士になったのは、弁護士の大量増員による弁護士窮乏化が喧伝(けんでん)されていたころだった。弁護士が1912年ころの2000人が3倍以上の7000人になっていた。昭和恐慌による弁護士の窮乏化が始まっていた。加えて、戦時体制が強化されるなかで、弁護士会も全体として戦争に協力する方向になっていた。
したがって、弁護士全体がときの政府や非常時に迎合していた。治安維持法は悪法であり、被告人の行為は正当だとまでは言えなくても、もっと穀然とした態度で弁論できる方法があったのではないか・・・。
「大逆事件」で刑死した一人の和歌山の医師・大石城之助はアメリカに留学して、アメリカで医師免許をとっている。そして、この大石は医師業のかたわら情歌作者としても活動していた。大石は、1899年1月に日本を出てシンガポールに滞在した。さらにインドで伝染病を研究し、社会主義も学んで1901年1月に日本へ帰国した。
「團珍」が1901年10月に情歌大懸賞として情歌を募集したところ、全国から3万6000首もの広募があった。
大石が茶飲み話として語ったアメリカ視察の話が天皇暗殺の謀議とされたのだ。
1911年、与謝野鉄幹がつくった詩の一部は次のようになっている。
「ほんにまあ、皆さんいい気味な
その城之助は死にました
城之助と城之助の一味が死んだので、
忠良な日本人は之から気楽に寝られます。
おめでとう」
「大逆事件」の関係者・遺族をずっとずっと掘り起こす旅を続けていたというから、たいしたものです。驚嘆しました。
(2019年12月刊。2700円+税)

 日曜日の午後、久しぶりに庭に出ました。
 チューリップ畑が雑草だらけでしたので、一生けん命引き抜きました。チューリップの芽があちこち隠れていました。今年は温かくて紅梅も白梅も咲いています。鮮やかな黄色の黄水仙そして淡い黄色のロウバイも咲き誇っています。
 ヒヨドリが群れを出して飛びまわっています。今年の冬はなぜかジョウビタキの姿をあまり見かけません。
 ジャガイモを植える準備としてウネづくりもしました。朝からノドが痛くて、風邪の前ぶれかもしれません。コロナウイルスにやられないよう免疫力をつけるつもりです。

2020年1月24日

検察調書があかす警察の犯罪


(霧山昴)
著者 警察見張番 、 出版  明石書店

県警本部警備部外事課の警部補が不倫相手の女性とともに覚せい剤を常用していて、シャブボケの幻覚によって警察官に発覚したのに、現行犯逮捕されることもなく、部下から知らされた県警本部長の指示によって事件がもみ消されようとしたという恐るべき事件の顛末が検面調書(検察官面前調書)によって明らかにされています。
事件が起きたのは今から20年前の1999年(平成11年)10月末のこと。神奈川県警を舞台としています。ことが発覚したあと、渡辺泉郎本部長ほか4人は起訴され、全員有罪(ただし、みな執行猶予)です。県警本部長のほかは、生活安全部(生安部)の部長、警務部の部長、その下の監察官室の室長と監察官の合計5人が起訴されたのでした。監察官という、本来、警察内部の不正をただすべき立場の人間までも、このような犯罪に加担していたわけですので、警察内部の体質を如実に示しているものとしか言いようがありません。
県警本部の庁舎に問題の警部補たちは深夜0時ころ押しかけてきて、意味不明な言動をしたことから、注射痕を見て覚せい剤使用を自認したというのです。それだったら、すぐに現行犯逮捕すべきところ、二人とも逮捕されず、女性は自宅に帰され、警部補のほうは県警本部内にとめおかれ、あとでホテルに連れ出されて覚せい剤が尿から検出されなくなるまで缶詰め状態(軟禁)にされました。
懲戒免職処分にしようとすると、解雇予告除外認定を申請する必要があり、そのとき覚せい剤使用を理由として明らかにせざるをえない。そこで、県警本部は組織ぐるみで論旨免職(依願退職の一つ)にしようとした。そのため、警部補の自宅マンションをガサ入れするときも、その前に、まずいものが出ないよう県警本部の警察官が先に入って処分することもした。
警部補をホテルに軟禁し、連日、尿検査をした。それは正式鑑定手続ではないので、採尿容器も正規のものは使えず、ネスカフェの空き瓶などを使用した。しかし、なかなか陰性反応に変わらなかった。陰性反応に変わったのは、1週間してからだった。
それまで、警部補にどんどん水を飲ませ、風呂に入って汗をかかせていた。
では、なぜ県警本部長はこのような隠蔽工作に走ったのか・・・。
現職警察官による覚せい剤使用事件が公になったときの警察組織に対するダメージの大きさを心配した、警察の威信が大きく失墜するのを恐れた、という。しかし、本当にそれだけだったのか・・・。渡辺本部長自身の経歴に傷がつき、その後の出世に響くということも大きかったのではないか。また、前任の小林元久・神奈川県警本部長は、警察庁警備局長に栄転していたうえ、内閣情報調査室長への栄転が決まったと新聞報道されていた。そこまで悪影響が及ぶ心配もあった。
要するに、警察の威信保持という名をかりて、実は自己保身を優先させていたというわけです。
また、外事課の高松課長補佐は、「せっかくだから記念撮影しよう」と呼びかけ、みんなで集合写真まで撮っています。まったく悪いことをしているという気がないというのにも驚かされます。
今年正月の恒例の人間ドッグのときに積んだ状態になっていたものを読了した本の一つです。読んでよかったです。今も、警察の体質は残念ながら変わらない、同じとしか思えません。
(2003年6月刊。2800円+税)

 大寒になっても雪がまだふりません。
 庭のあちこちに水仙の花が咲いています。およそは白い花ですが、いくつか黄水仙もあります。
 オーストラリアで火事が多発して、コアラが何万頭(匹?)も死んでいるとのこと。かわいそうです。でも、グレタさんの指摘を無視していると、温暖化のため人間だって地球に住めなくなるかもしれません。「戦争にそなえて軍備増強」より、こちらのほうがよほど差し迫っていると私は思うのですが・・・。

前の10件 11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー