弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

ヨーロッパ

2007年1月19日

風の影

著者:カルロス・ルイス・サフォン、出版社:集英社文庫
 本年度のミステリーナンバー1ということです。なるほど、どっしりとした読みごたえがあります。400頁の文庫本で2冊という大長編です。
 オビにある推薦の言葉を紹介します。小説を読む喜びにあふれている。物語の虜になることの愉しさがここにはある。まさに傑作。過去と現在を複雑な糸でつなぎ合わせ、読む者を浪漫の迷宮へ誘い込んでいく。すべての誠実な読書人におすすめしたい、掛け値なしの傑作である。
 どうですか。ここまで書かれると、うん、どんなものだかちょっと読んでみようって気になりますよね。私も、そんなわけで読んでしまったのです。それにしても、オビの3行とか4行で本屋で手に取って読ませようという文書を私も書いてみたいと思いました。
 舞台はスペインのバルセロナです。古書店の父と息子が登場します。スペインの小説には、いつもスペイン内戦の影がまとわりついてきます。フランコ派と人民戦線そしてアナーキストが互いに殺しあった悲惨な内戦の後遺症が今もあとを引いているようです。人々の消すに消せない重大な出来事だったのでしょう。
 いくら読みすすめていっても、いったいこの話はどんなふうに展開していくのか、まるで予測がつかないのです。だから、次はどうなるのか知りたくて、ひたすら頁を繰っていきました。
 話の筋が複雑にからみあっていて、なるほど、そういうことだったのか、と終わりころになって、ようやく事件の全貌をつかむことができます。それまで、物語の基調にあるレクイエムのような暗い調べをずっと聞いている気分に浸ることになります。決して心地よいものではありません。でも、先行見通しの不透明さ、人生の不可思議さをじっくり味わうことのできる小説ではあります。
 私はベトナム行きの飛行機のなかで読みました。ベトナムまで福岡から5時間かかるのです。

モンゴル時代史研究

著者:本田実信、出版社:東京大学出版会
 イラクへ侵攻したアメリカ軍兵士が3000人以上亡くなり、ついに9.11の犠牲者を上まわりました。負傷者は数万人にのぼるとみられています。戦場PTSD患者は大変な数になっているようです。もちろんイラク人の犠牲者はもっと多く、5万人は下まわらないと言われています。これらの死傷者をうんでいる原因の一つに自爆攻撃があります。自らの身体に強力な爆弾を巻きつけて要人を暗殺した例としては、スリランカの首相暗殺をすぐ思い出します。イラクでは、スンニー派とシーア派との宗派間の争いもあって、完全な内戦状態に突入しているといわれています。
 11世紀のイスラム世界に、要人暗殺を得意とするイスマイール派という教団があったことで有名です。アッバース朝カリフ制やセルジューク朝スルタン制というスンニー派体制の打倒を目ざし、天険利用の山城群を構築し、暗殺集団を組織していた。イスマイール派の山城の総数は150とも360ともいう。山城には、十全の防備施設をもつ居城、遠望のきく見張り城、有事の際に立て籠もる逃げ城、狼煙などによる連絡点としての山城がある。これらの山城をセルジュク朝も、モンゴル軍(フラグ)も、一つも落とすことができなかった。
 イスマイール派教団には、指導者層として3階級の宣教者がいて、その下に献身者がいた。献身者の任務は暗殺。献身者は信者の若者たちから選択され、困苦に耐える肉体の錬磨、必殺の武技訓練のほかに、高度の教養が授けられ、アラビア語、ラテン語などの学習の習得が課され、自己犠牲を喜ぶ精神的鍛錬が施された。
 暗殺の対象は、スンニー派の法官、市長、さらにカリフであり、将軍や宰相だった。毒薬や飛び道具はつかわず、すべて匕首(あいくち)で刺殺した。闇討ちではなく、むしろ、大モスクの金曜日の祈りの場など、公衆の面前で刺殺するのが建前だった。そのため、献身者はたいていその場で殺害され、生還の望みは初めからなかった。
 また、スンニー派なら無差別に殺傷するというのではなく、政治的・宗教的・社会的にもっとも効果の期待できる者が狙われた。
 暗殺すべき目標の人物が決まると、彼についての詳細・的確な情報が集められ、暗殺の手だてが綿密に検討され、適任の献身者が選ばれた。
 アラムート城には、暗殺された者と暗殺した献身者の氏名、暗殺の場所、日付を書き入れた暗殺者表が保管された。それによると、暗殺された者は、ハサン・サッバーフの治世に48人、第2代と第3代の世には、それぞれ10人、14人となっている。いずれも当代スンニー派ないしセルジュク朝の代表的人物である。
 600頁をこえる分厚い学術書です。今から10年前に読んでいたのですが、イラクで頻発する自爆テロと似通っていると思いましたので、紹介します。

2006年12月28日

帝国と慈善 ビザンツ

著者:大月康弘、出版社:創文社
 ビザンツは、その領土的遺産を引き継いだオスマン帝国と同様、他民族からなる文化複合の世界帝国だった。
 89人いたビザンツ帝国の歴代皇帝のうちの43人がクーデターで失脚した。
 ビザンツ帝国では、後のオスマン帝国と同じく、エリート官僚は固定化された社会階層から輩出される存在ではなかった。絶えず広く帝国各地、各層から有為な人材が登用されていた。この世界では、ギリシア語を話すことが条件であり、ときに識字能力をもたない人物が皇帝になることも珍しくはなかった。エスニシティが問われることもなく、異民族間の通婚も決して稀ではなかった。
 文字も読めない一介の地方農民のせがれが帝都に上り、コネを求めて有力者の従者団の一員となる。その人的信義関係をテコに国家の官職に与り、最終的に皇帝のポストを得ることのできた社会だった。そのような者が一再ならず登場したビザンツでは、単に社会的流動性が高かったというにとどまらず、帝国を支える人材と富の流通、権力による収奪の回路が、コンスタンチノープに象徴される中心に向かって流れるばかりでなく、その中心から環流するさまざまなチャンネルがあった。
 皇帝の座をめぐる権力闘争は行われたが、皇帝権力の存在そのものが否定されたことはない。皇帝就任のあかつきには、卑近な論功行賞にとどまらず、どの人物も、ほとんど必ず帝国民に対する広範な善行を施した。国政の継続と皇帝に期待される「善き行い」の持続にビザンツ帝国の一つの特質が示されている。
 教会は集積した財貨を、いろいろの慈善活動を通じて帝国社会に広く還元していった。現在も見られる病院、救貧院、孤児院、養老院などは、まさにこのビザンツ帝国の5、6世紀に出現した。
 市民の寄進、遺贈は教会の重要な財源基盤だった。そして、その財源をつかっての慈善施設の経営は、教会活動のなかでも日常的に最重要な領域を構成していた。
 ギリシアに住む11世紀の女性(修道女)の遺言状が紹介されています。彼女は、遺産を修道院に寄進すると書いているのです。
 日本人の学者が、ビザンツ帝国のことを深く研究しているのを知って感動しました。
 ビザンツ帝国の断面をほんの少し知った気になりました。ハードカバーの400頁ある、ちょっと値のはる本なので、紹介してみました。

反米大統領、チャベス

著者:本間圭一、出版社:高文研
 ベネズエラというちいさな国が今、世界の注目を集めています。アメリカが今もっとも嫌っていながら、倒すことのできない大統領がいるからです。
 ベネズエラの石油輸出量は世界5位、石油埋蔵量は世界6位。今のままの石油生産を 300年も維持できる。
 中南米の国々は、いま大きく左傾化している。ブラジルのルラ大統領アルゼンチンにキルチネル大統領、ウルグアイのバスケス大統領、ボリビアのモラレス大統領、そしてニカラグアのオルテガ大統領など。
 先日、キューバの革命記念日にフランスの有名な俳優であるド・パルデューが現地に駆けつけたという新聞記事を読んで驚きました。キューバはアメリカからは依然として敵視されていても、今や孤立なんかしていないのですね。
 ベネズエラの人口で、先住民は数パーセントしかいないが、混血は7割近い。チャベスも、父親は先住民の血を引いた混血。
 多くの中南米の国々の軍人は、アメリカにある軍人養成学校で学んでいる。その出身者が60年代から70年代にかけて左翼政権を倒し、軍政を樹立した。ところが、ベネズエラは、このアメリカの軍人養成学校「米州学校」で学んでいない。
 チャベスは37歳のとき、中佐として軍事反乱を起こし、失敗した。そのとき、テレビの前で90秒間、語ることができた。
 同士よ、残念ながら、今は、我々が目ざす目的は達せられなかった
 私は、国家とみなさんの前で、今回のボリバル軍事行動の責任をとる。
 この言葉によって、無名の男が1700万人の国民の人気を得た。責任を認めたから英雄になったわけだ。
 チャベスが大統領になったあと、軍部が反乱を起こし、チャベスは身柄を拘束された。ところが、暫定大統領となった商工会議所連盟会長がモタモタし、チャベス支持の国民が決起したため、反乱した軍部は動けなくなった。
 この本は、そのあたりの息づまる攻防戦(いえ、軍事的な市街戦があったというのではありません)を生き生きと描いています。
 チャベスは独裁者に転化する危険性があると著者は指摘しています。なるほど、そうかもしれません。でも、私がチャベスのしていることで、いいなと思うのは、次の2つです。医療と教育です。ここにチャベスは本当に力を注いでいるのです。この点はどんなに高く評価しても、しすぎということはないと思います。
 国内総生産に占める教育予算はかつて3%以下だったのが、今は6%。学校給食を受けた子は、24万人から85万人に増加した。識字計画への参加者は100万人をこえている。医療面では1700万人もの人々に医療が確保された。キューバから大量の医師を受け入れている。
 そして、チャベスは、毎週日曜日のラジオ番組に実況中継で出演する。それも、なんと、朝9時からの5時間番組だ。全国各地をまわって直接、国民と対話している。それをそのまま全国に実況中継している。うーん、すごーい。すご過ぎます。
 いま、ベネズエラから目が離せません。

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