弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2010年5月 6日

彼らは戦場に行った

著者:石山永一郎、出版社:共同通信社

 2001年10月から2008年4月までにアフガニスタンかイラクに展開したアメリカ兵90万人のうち30万人は帰国してから退役軍人病院で何らかの治療を受けた。うち
4割の12万人は、機能性または心因性による脳神経系の問題を抱えて治療を受けている。
 2005年の退役アメリカ兵の自殺者は少なくとも6256人で、一般民間人の2倍。20代前半でみると、4倍。自殺未遂者は年間1万人以上。アフガン・イラク帰還兵のうち121人が、アメリカで殺人を犯して逮捕された。その被害者の3分の1は妻、恋人、父母そして自分の子など「身内」である。
 アメリカ全土にホームレスとして路上で夜を明かす人が1日平均100万人いて、その4割が退役軍人である。
 イラク・アフガン帰還兵の離婚率は、8割に近い。夫が別人のように変わってしまったという妻たちの嘆きが聞かれる。理由もなく妻を殴り、子どもを叩く。帰国して家から一歩も出れない者、うつ病に陥っている人も多い。
 軍隊に入るサインをすると、一時金が2万5千ドル支給される。志願兵への除隊したあとの奨学金は最高7万2千ドル(最近、引き上げられた)。
 アメリカ兵の死傷者の比率は、第二次大戦のとき、死者が39%、朝鮮戦争で24%、ベトナム戦争では27%だった。これがイラク・アフガンでは10%以下。イラクでは  2008年までに6万人、アフガンでは8千人のアメリカ兵が負傷した。これには、「心の病」は含まれていない。
 一方、死亡したイラク人は、少なくとも15万1千人。
 アメリカが費やした費用は、公式には1兆ドル(100兆円)と言われるが、実際には3兆ドルを下まわらないとみられている。
アメリカ軍の下請としてイラクで働く民間軍事会社の要員は1万5千人から3万人。 フィジーから、5千人以上の男たちがイラクへ出稼ぎに行った。1万人以上という推計もある。フィジー人の仕事が一番危険なのに、給料は一番安い。アメリカ人の月給は1万2千ドル。これは4倍。南アフリカ人は白人が8千ドル、黒人が5千ドル。
 フィジーの85万人の国民のうち、イラクだけで5千人、PKOを含めると数万人が戦地経験をもつ社会では、軍の発言力だけが強くなり、民主化は進まない。クーデターが頻発する根もそこにある。今も軍事独裁が続いている。
 なーるほど、そういう余波もあるんですね・・・。
 アメリカ軍のイラクそしてアフガニスタンへの侵略・進出は、確実にアメリカ社会を内側から腐蝕させていっているようです。オバマさん、しっかりしてくださいな。アフガニスタンへの侵攻なんてやめるべきですよ。
(2010年2月刊。1500円+税)
 アイリスの黄色の近くにキショウブの花が咲き始めました。似ていますが、良く見ると違います。花弁が全体に丸くて、優しく垂れているのがキショウブです。そのうち肥後ショウブも咲いてくれることでしょう。

2010年4月30日

生き残る判断、生き残れない行動

著者 アマンダ・リプリー、 出版 光文社

 9.11のとき、ワールド・トレード・センタービル(WTC)にいた人々がどんな行動をとったのか。助かった人と助からなかった人に違いはあったのか、究明されています。たしかに違いはあったようです。
 生存者900人に聞くと、平均して6分間は、廊下に出て行動するまで待っていた。沈黙、笑いは、立ち遅れと同じく、典型的な否認の徴候である。
 危機に直面すると、人々は、一様にのろい反応を示す。無関心な態度をとり、知らないふりをしたり、なかなか反応しなかったりする。
 この否認の段階では、不信の念を抱いている。我が身の不運を受け入れるのには、しばらく時間がかかる。
 人間の脳は、パターンを確認することによって働く。現在、何が起こっているかを理解するために、未来を予測するために、過去からの情報を利用する。この戦略は、大抵の場合、うまくいく。しかし、脳に存在していないパターンに出くわす場合も避けられない。つまり、例外を認識するのは遅くなる。
 WTCから脱出したと推定される1万5千人あまりの人々が各階を降りるのに平均して1分かかっている。これは標準的な工学基準にもとづく予測の2倍の時間がかかっている。
 災害に直面すると、群集は概して、とてももの静かで従順になる。災害時の人間の反応のなかで、逃げることと同じくらい「凍りつくこと」という現象がみられる。
 危機に直面した群集に対しては、大きな声ではっきりした指示をすることが大切だ。
 年輩の人は避難するのが好きではない。年老いた人は変化を好まないからだ。そして、人はしばしば自分の能力を過大評価する。
 車を運転中にケータイで話すと、視野は著しく狭くなる。ところが、よく見かけますよね。夢中で会話している人を……。とても危険なんですから、止めてほしいですよね。
脳は、一生を通じて人間の行動次第で構造も機能も文字どおり変化する。点字を読んでいる目の見えない人々は、触覚を処理する脳の部位が大きくなる。
 回復力のある人には、三つの潜在的な長所も備わっている傾向がある。人生で起きることに自らが影響を及ぼす事ができるという信念。人生に波乱が起きても、そこに意義深い目的を見出す傾向。いい経験からも嫌な経験からも学ぶことができるという確信。このような信念は、一種の緩衝材として、いかなる災害の打撃をも和らげてくれる。こういう人々にとって、危険は御しやすいものに思え、結果として、よりよい行動をとることになる。
 強い自尊心を持っている人たちは、比較的たやすく元気を回復した。IQ値の高い人のほうが、心的外傷を受けた後もうまくやっていく傾向がある。しかし、IQに関係なく、誰もが訓練と経験で自尊心を生み出せる。
 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の罹患者は、ただ変わった振舞いをするだけでなく、脳そのものが実際に変わっている。脳の奥深く扁桃体の近くにある海馬が、PTSDの罹患者のものは少し小さくなっていた。
 危機に直面し、パニックになったときに、どうしたら助かるのか、実例をふまえて分かりやすい教訓を導き出している本です。大変参考になりました。
(2009年12月刊。2200円+税)
 連休初日、午後から庭の手入れをしました。よく晴れて気持ち良く作業していると、頭上の樹でウグイスが景気よく大きな声でホーケキョと鳴いてくれました。私が下に居るのに気付かなかったようです。私がびっくりして見上げていると、見つめられたのに気がついて飛んで行ってしまいました。地味な色の小鳥です。
 ジャーマンアイリスの青紫色の花の第一号が咲きました。華麗な花弁に見とれます。アイリスの最後は真っ黄色の花です。いくつか咲いてアイリス軍団フィナーレを飾ります。
 今年はサクランボの赤い実を全く見かけません。天候不順のため、例年だとヒヨドリが見向きもしないのに、食べつくしてしまったのでした。野菜が高値となっていますが、小鳥たちには生存がストレートにかかっているのですね。それにしても、サクランボの実がまったくないというのは異変です。

2010年4月27日

ルポ貧困大国アメリカⅡ

著者:堤未果、出版社:岩波新書

 この本を読んでもっとも驚いたのは、アメリカの刑務所のことです。刑務所を出所したときに、元囚人が多大の借金を背負っているというのです。
 1年半の刑期をつとめたジャクソンは、出所したとき、訴訟費用の未払い金8900ドル(89万円)、それにともなう利子と罰金が1万3千ドル(130万円)、総額2万1900ドル(219万円)の借金をかかえていた。いやはや、すさまじいことです。
刑務所は、犯罪防止のための場所とか更生の場所ではない。囚人たちは用を足すときに使うトイレットペーパーや図書館の利用料、部屋代や食費、最低レベルの医療サービスなど、本来なら無料のものまで請求される。
重罪で投獄される犯罪者の8割は貧困層で、経済的困難から犯罪に走る。それなのに、その彼らに刑務所のなかで、さらに借金を背負わせるのです。
うひゃあ、これって、あまりにひどいことですよね・・・。
今や、刑務所はアメリカ経済そしてイラク戦争まで支えている。国防総省はサービスの半分以上を刑務所に発注している。兵士たちの食事、生活備品、防弾チョッキなど、など・・・。
アメリカの電話番号案内サービス(日本の104)は、70億ドル規模の巨大市場だが、そこでもオペレーターは囚人が活躍している。
アメリカの囚人は2008年に連邦刑務所で160万人。前年比2万5000人の増。地方刑務所に72万3000人。したがってアメリカの囚人は10万人あたり740人。ロシアは628人である。アメリカの総人口は世界の5%だが、囚人数は世界の25%を占める。カリフォルニア州だけで、1000ヶ所もの刑務所がある。
アメリカは刑務所を運営・維持する費用が年570億ドル(7兆7千億円)。国の教育予算420億ドルを上まわっている。
カリフォルニア州では、この10年間に大学の教職員が10万人も解雇されたのに対して、刑務所の看守は1万人が増やされた。カリフォルニア州政府は、大学生1人あたり年6000ドル(60万円)の教育予算を支出しているのに対して、囚人1人あたりには、6倍にあたる3万4000ドル(340万円)を支出している。
そして、刑務所を民営化して、その会社は、株価を急上昇させています。こんな国に未来のあろうはずがありませんよね。
このほか、学資の問題そして医療・福祉が取りあげられています。「自己責任」の国アメリカでは、弱者は切り捨てられ、金持ちだけが栄えています。にもかかわらず、まだまだ少なくない人がアメリカン・ドリームの幻想に浸っているのです。
日本は決してアメリカの後追いをしてはいけない、せめてヨーロッパ型でいくべきだとつくづく思わせる、いい本でした。一読を強くおすすめします。
(2010年2月刊。720円+税)

久しぶりに朝からよく晴れた日曜日となりました。でも春の陽気というより冬の冷たさを感じます。4月に入って東京で雪が降るなんて信じられない異常気候です。
いま我が家の庭はチューリップ畑が終わり黄色と白色のアイリスの花畑から橙色のヒオウギの畑に移行しつつあります。そして青紫のアイリスから真っ黄色のアイリスへと変わった先に登場するのはお待ちかねのジャーマンアイリスです。昨年のうちに大々的に庭銃を移し替えていた成果があがりジャーマンアイリスはなんと60本ほど期待できそうです。
天候不順のせいで野菜が品薄になり高値傾向にあるというので自給自足を目ざして野菜にも挑戦しました。というのは嘘です。お隣のレストランのシェフからキュウリやトマトの苗を分けて貰いましたので庭の一部を整理して植え付けてみました。久しぶりの野菜ですからうまくいく自信はありませんが、せっかくですのでチャレンジしてみることにしたのです。がんばります。
チューリップ畑だったところの大半を掘り起こしました。球根は小さく分球していますので、来年は使えません。紅白のクレマチスの苗を植えそのそばに朝顔のタネも植え付けて見ました。目もさめるような鮮やかな赤い色の朝顔が私の好みです。
 夕方6時に作業を終えて風呂に入って心身をリラックスさせます。早めの夕食をとり薄暗くなってきたので雨戸を閉めました。夜7時15分まで外は薄明るく初夏も間近だと実感します。
 蚊や虫のいない今が庭に出て一番楽しい時です。

2010年3月14日

フリー

著者 クリス・アンダーソン、 出版 NHK出版

 ユーチューブで無料映像配信したところ、DVDの売上は、なんと230倍になった。
 オンラインでは、無料であることが当たり前になっている。
 この経済は、歴史上初めて最初の価格がゼロなのにもかかわらず、数十億ドルの規模を持つものになりつつある。英語のフリーは、自由と無料の二つの意味を持つ。
 本当に無料のものは少ない。ほとんどの場合、遅かれ早かれ利用者は財布を開くことになる。ところが、本当はタダでもらったものではないのに、消費者はしばしばそう考える。
 マディソンで、1988年に創刊された無料の新聞は、その前に13万部(最盛期には16万部)だったのが今では25万部だ。無料のある雑誌は、広告収入があるため、定期購読料を赤字にしても利益の出るビジネスモデルになっている。雑誌業界では、定期購読を勧めるダイレクトメールへの返事が2%以下なら失敗したと考える。
 海賊行為はフリーの強制である。潤沢な情報は無料になりたがる。稀少な情報は高価になりたがる。
  2008年のアメリカ長寿番付によると、上位400人のうち11人がフリーを利用したビジネスモデルによって財を為していた。
 テレビの視聴率は、ピークを過ぎて減っている。
 新聞業界が全体として衰退するなか、フリーペーパーが唯一の希望の星となっている。ヨーロッパを中心に年間20%成長を遂げていて、2007年の新聞の総発行部数の78%を占めている。
 巷には無料のタウン誌があり、ティッシュやガーゼ・マスクなどが街頭で無料配布されています。いったい、どこに秘密があるのか、心配でした。この本を読んで、それがまったく無用のものと分かりました。
(2010年1月刊。1800円+税)

2010年3月 5日

チャップリンの影

著者 大野 裕之、 出版 講談社

 チャップリンを支え、全面的に信頼されていた秘書は、なんと日本人だったのです。そして、チャップリンは来日したとき、5.15事件で犬養首相とともに暗殺されようとしたのを危機一髪で免れました。そのとき高野秘書が苦労していたのでした。
 日本人の多くがこよなく愛しているチャップリンと、日本人秘書・高野(こうの)虎市との、うるわしき関係が明らかにされ、感動を呼びます。そして、スパイの濡れ衣を晴らした後の晩年の高野元秘書の悲惨な生きざまも語られています。
 天才チャップリンのすぐそばにいて、大変だったことでしょうが、高野秘書はきわめてもっとも充実した人生を過ごしたと言えると思います。
 広島生まれの高野虎市は、名家出身ではあったが、身内を頼りにして15歳のとき単身アメリカに渡った。そして、苦労して働きながらも、アメリカの学校に通い、英語を身に付けた。いったん日本に戻って結婚し、アメリカに戻って妻とともに生活した。高野の夢は、飛行機のパイロットになること。今でいえば、宇宙飛行士になる夢に匹敵するものでしょうね。
 ところが、夢破れて、当時は珍しい自動車の運転手になったのです。そのとき、チャップリンに出会い、その運転手になりました。チャップリンは既に週給1万ドルという最高の大スターでした。チャップリン27歳、高野31歳の出会いです。やがて、高野の妻も、チャップリン家の料理係として雇われます。
 高野の長男は、チャップリンからスペンサーというチャップリンのミドルネームをもらって名づけられた。そして、高野はチャップリンの兄が住んでいた建物を与えられて、住むことになった。それほど信頼されていたのですね。
 高野は、チャップリンのプライベートな部分に関する秘書だった。チャップリンは高野に全幅の信頼を置き、自分の代わりに小切手に「チャップリン」とサインする権限も与えていた。運転手から秘書に昇格したわけである。
 チャップリンが『黄金狂時代』を作ったころ、高野はチャップリンの右腕として絶大な権力をもっていた。チャップリンに近づきたい映画監督や俳優たちは、みな高野に近づいた。
 1926年ころ、チャップリン家の使用人はみな日本人だった。多いときには17人もいた。
 チャップリンは、勤勉な日本人を大いに気に入った。
 チャップリンは、使用人に対して本当に優しく、公平に、友人として接した。
 チャップリンはユダヤ人ではない。しかし、ナチス・ドイツはチャップリンをユダヤ人の軽業師だと紹介した。チャップリンは「残念なことにユダヤ人であるという幸運に恵まれていない」と言っていた。「愛国心と言うのは、かつて世界に存在した最大の狂気だ」というチャップリンの言葉を、イギリスのマスコミは徹底的に叩いた。
 チャップリンが東京駅に着いたとき、一目でも見ようと日本人が3万人も駅に押し寄せた。いやはや、日本人の熱狂ぶりはすごいものです。
 チャップリンの秘書だった日本人男性を通じて、チャップリンの偉大な人柄も知ることのできる本でした。いい本です。一読の価値があります。
 
(2009年12月刊。1900円+税)

 朝、ウグイスが大きな声で元気よく鳴いていました。ずいぶんと上手くなりました。春告げ鳥です。
 近くの電線に鴉が止まって、ゴミ袋を狙っています。
 ハクモクレンがシャンデリアのような白い花をたくさん見事に咲かせています。
 チューリップの咲くのももうすぐです。
 庭のジャーマンアイリスを整理して、球根を久留米や福岡の地人におすそ分けしました。6月が楽しみです。

2010年2月25日

戦場の哲学者

著者 J・グレン・グレイ、 出版 PHP研究所

 第二次大戦にアメリカ軍の少尉として従軍した著者が、戦場体験をふまえて、戦争で人がなぜ平気で人を殺せるのかを考察した本です。
 無数の兵士たちが程度の差はあれ進んで命を投げ出してきたのは、国、名誉、信仰、あるいはそのほかの抽象的な善のためではなく、持ち場を捨てて己が助かろうとすれば、仲間をより大きな危険にさらすはめになるのをよくよく心得ていたからである。
 まとまりのない大集団内にいる者は、小規模ながらも組織化された集団に対しては自分たちの分が非常に悪いことに、常々気づいているものである。捕虜からなる巨大な群集がいくつも、ライフルを背中に下げた数名の監視員によって捕虜収容所へと移動させられている光景は、哀感に満ちている。これらの捕虜たちが監視員を前にして無力なのは、武器を携帯していないせいではない。共有の意思が欠如しているため、すなわち、ほかの者も自分と協同して征服者に対するはずだとの確信を持てないためである。
 戦闘中にともに奮闘する経験は、条件の変化した近代戦においてさえ、兵士たちの生涯で最高のときである。恐怖や疲労、汚れ、憎悪などがあるにもかかわらず、ほかの者とともに戦闘の危険に加わることには忘れがたいものがあり、その機会を逃したことはなかったはずである。
 自由をわくわくするような現実、つまり真剣だが喜びに満ちたものとして経験できるのは何か具体的な目標に向かって他者と一致して行動しており、しかも、その目標は絶対的な犠牲を払わねば達成できないような場合に限られる。男たちが真の仲間となるのは、互いが相手のために熟考することも個人的な損失を考えることもなく、自らの命を投げ出す覚悟がある場合のみである。自分の命を仲間と共有している者にとって、死はいくぶん非現実的で信じがたいものとなる。
 破壊の喜びには、ほかの二つと同様に人を有頂天にさせる性質がある。人間は破壊行為に圧倒され、外部から羽交い絞めにされ、これを変えたり支配することなどとてもできないと感じる。これは一体化なしの忘我状態なのである。
 これが軍隊仲間の戦友会(同窓会)の盛んな理由なのですね。初めて分かりました。
 戦時下には性愛が優先時となる。多くの女性が偶然出会った兵士への激しい思いに突如として駆られる。性的な表現に対する抑制が弱まるのみならず、互いのなかに相手の性への強烈な興味が存在し、それは平時の場合よりはるかに激しいものがある。通常なら他の関心事に心を奪われている男女が、気がつくと性愛の渦に巻き込まれていて、この愛が現下の優先事となる。戦時中は婚姻数が増加し、出生率が上昇する。
 兵士は故郷の精神的なよりどころや、地域社会といった背景から引き離されて、どこにも所属しなくなり、心配、脅威、孤独、寂しさにさらされる。男ばかりの敵意に満ちた環境にあって、兵士が切望するのは、自分を保護してくれる穏やかな存在であり、その象徴が女性であり、家庭なのである。兵士が性行動にのめりこむのは、失ったものに対するある種の埋め合わせとなる。いうなれば、不適応状態の表れである。戦争でぞっとするような、あるいはなにもこれと言って特徴のない昼夜を何日も過ごした後で、従順でやさしく愛撫してくれる女性を腕に抱くことは、報いのないことに慣れきっていた兵士にとっては途方もなく素晴らしいことだった。
 女性は、自分の親兄弟と戦いを交えて殺戮していた敵(連合軍)の兵士を愛することができた。もっとも自明なのは、基本的本能と言われている自己保存の本能や、利己心、自己本位の動機すべてに反して、人間は行動できるということである。
 死に直面して臆病になるものと、生来の臆病者を区別しなければならない。ほぼ誰にでも、ときには臆病者になる自分が潜在している。臆病者は戦闘中に何度も死ぬ思いをする。そのたびに計り知れないほどの精神的な辛さを味わう。
 戦争は人間を人間でない存在にするのですね。体験にもとづいての考察ですので、言いたいことがよく伝わってきます。
 
(2009年9月刊。1700円+税)

2010年2月16日

金融大狂乱

著者 ローレンス・マクドナルド、 出版 徳間書店

 リーマン・ブラザーズの元社員が、その内情を曝露した本です。サブプライム・ローンの実態を知るにつけ、アメリカは狂っているとしか言いようがありません。
 頭金の確保や月々のローン返済もままならないような人々が、銀行から住宅ローンを提供された。クリントン大統領によって住宅都市開発相の次官補に抜擢されたロバータは、全国的に体制を整備し、各地の出先機関に弁護士と調査員を配置した。この配置の目的は、差別禁止の法律を銀行に対して適用すること、アメリカ国民に住宅ローンの資金を供給することにあった。1993年から1999年までのあいだに、200万人以上の人が新たに住宅の所有者となった。
 2004年の末、不動産の世界には、新たな文化が生まれていた。住宅ローン会社は、自社の資本をリスクにさらしていないため、将来の返済状況を気にする必要がなくなった。
 カリフォルニアで働くセールスマンは、無理やり中低所得者にまで顧客層を広げ、相手が大喜びする条件で見境なくローンを売りまくった。ここには規範もなければ、責任もなければ、非難もなかった。結果を気にする者は皆無だった。いや、結果を気にする必要自体がなかった。
 このころ、カリフォルニア州だけでも、毎日50万人ものセールスマンが住宅ローンを売り歩いていた。サブプライムローンの貸し手の40%以上は、カリフォルニアで設立された企業だった。当時は、新車のローンを組むよりも、新居のローンを組むほうがたやすく、マンションを借りるよりも、住宅を買う方が安くついた。住宅ローンのセールスマンは、史上空前の報酬を得ていた。
 収入も仕事も資産もない人が借りられるローンを、ニンジャ・ローンと呼ぶ。
 買い主は代金の支払いを心配する必要はなかった。ニンジャ・ローンは、お金に困っている多くの家族にとっては奇跡以外の何物でもなく、たいてい住宅価格より10%増の融資が行われた。契約書にサインした人々は、100%分をローンの支払いに充て、10%分を自分のポケットに入れて新居での生活を始めた。
 住宅ローンのセールスマンの顧客の半分は、契約書を理解するどころか、読むこともさえできなかった。ニンジャ・ローンは当初の金利が1~2%と不自然なほど低いものの、数年後には5~10倍に跳ね上がる。これが、結局、住宅ローンの債務不履行の微増に繋がる。
 フロリダのマイアミ地区で10年間に建てられたコンドミニアムはわずか9000棟だった。ところが。最近たったコンドミニアムは2万7000棟。このほか、建設許可待ちが5万棟もある。
 ウォール街の労働者が受け取ったボーナスは、ニューヨークの非金融系労働者の2.5倍。年収額で見ると、2003年に比べて1.5倍となっていた。
リーマンブラザーズの社員にとっては、ボーナスが至高の重要性を持っていた。なぜなら、給与体系上、報酬の大部分がボーナスだったから。しかも、報酬の半分は自社株で支給されているため、生きていく糧を確保するには、会社に収益をあげさせ、株価を高く保たせる必要があった。そうなって初めて、自分たちの財政状況が向上する。
 社員はほぼ同水準の固定給をもらっていた。差がつくのはボーナスの部分だ。たとえば100万ドルのボーナスをもらうためには、会社に2000万ドルの収益をもたらさなければならない。
 倒産した会社の取締役たちが、とてつもない高額をとっていたことが何度も明るみに出ました。まさしく狂っているとしか言いようのないアメリカです。そのせめてもの救いは、こんな本で実態を教えてくれる人がいることでしょうか……。

 庭の紅梅が先に咲き、遅れて隣の白梅も咲き始めました。紅白の花は春の到来を告げてくれます。隣家の庭のピンクの桃の花も盛りで、メジロがチチチとせわしく鳴きながら花の蜜を吸っています。
 
(2009年9月刊。1800円+税)

2010年2月 9日

大搾取

著者 スティーブン・グリーンハウス、 出版 文芸春秋

 アメリカでは、毎年、4年制の大学に行く資格のあるハイスクール卒業生の40万人以上が、経済的な理由から進学をあきらめている。そのうち、20万人は2年制の短大に行くが、17万人は大学教育をまったく受けない。その結果、10年間で400万人以上のハイスクール卒業生が4年制の大学への入学資格を持ちながら入学できていない。
 法律事務所のなかには、25歳の一流法科大学院出身者の初任給が年16万ドル(1600万円)というところもある。退職者の医療保険給付を削減しながら、その一方で、重役たちに対しては、途方もない高額の退職後医療保険給付をおしみなく与えている。役員のための「補足」年金制度を別に設け、しばしば平均的従業員の賃金の40倍という年金を与えている。
 多くの企業の取締役会では、CEOの友人が役員報酬決定委員会の委員におさまり、年金をCEOの報酬を増やす手口の一つとみなしている。
 アメリカ人材派遣協会によれば、1982年に98万人だった派遣労働者は今日では300万人にまでふくれあがっている。マイクロソフトのような一流の巨大企業でさえ、派遣社員は全従業員の20%を超える。
 人材派遣業は、1975年の年商10億ドルから、今や720億ドル産業へと急成長した。今やアメリカの臨時雇用労働者は800万人に達する。正規雇用労働者の64%が、雇用主の提供する医療保険に入っているが、派遣労働者は9%しか入っていない。
 ウォルマートが医療保険を提供しているのは、従業員の50%にすぎない。
 ウォルマートが地域に参入してくると、その地域の賃金水準が低くなる。
 ウォルマートの経営者だったサム・ウォルトンは、合計資産が800億ドルを超え、世界一の富豪であり、その相続人が年に30億ドルを寄付してウォルマートの従業員のためにすばらしい医療保険制度をつくるくらい、わけもないはずだ。
ホントですね。でも、決してそんなことしないんですよね。金持ちはケチですから。
 労働組合に加入している労働者のほうが間違いなく経済的に優遇されている。組合のおかげで労働者の賃金は平均20%引き上げられ、医療保険その他の福利厚生を加えれば、総収入で28%も上がっている。組合に加盟している工場は、労働者一人当たりの生産性も高い。
 アメリカ人が今ほど借金まみれになったことは、かつてなかった。
 底辺から5分の2の世帯では、4分の1近くが月の収入の少なくとも40%を借金返済に充てている。まじめに働けば、その報いとしてまともな暮らしが送れる。日々、正直に働けば、家族に十分な衣食住を与えられるというアメリカの約束は、破られてしまった。
 社会は、労働者や労働者が抱えている問題について、もっと関心を払わなければならない。見えないことが無視につながり、逆に関心は尊重につながる。
 日本は、アメリカ社会のようになってはいけない、つくづくそのように思わせる本です。
 
(2009年6月刊。2095円+税)

2010年1月30日

アメリカの眩暈(めまい)

著者 ベルナール・アンリ・レヴィ、 出版 早川書房

 私と同世代のフランス人哲学者がアメリカを駆け巡って考察した本です。200年前にもフランスのトクヴィルが同じようなことをしました。
 今回はアメリカを車で2万5000キロも移動しながら見聞したのでした。売春宿も刑務所も訪れています。しかし、ウォールストリートもシリコンバレーも見ていないじゃないか、と批判されています。
 ケネディ神話は、もはや神話ではない。ジャッキーとの幸福な家庭生活の光景は、宣伝用につくられたイメージだった。日焼けした若きヒーローが、実はテストステロン剤(男性ホルモン剤)とコーチゾン剤(副腎皮質ホルモン治療剤)を常用する重病人で、そのバイタリティあふれる外観はまやかしだった。
 イラクの平和化を先導するはずのアメリカ軍は、平凡で素人っぽく、装備も悪く、訓練もきちんとされていない。イラク派遣部隊は、半分は星条旗の下で参戦すれば帰化手続きが早まるのを見込んだ非アメリカ人で構成されている。もっとも難しい任務、たとえば政府施設やアメリカ大使館の警護は、民間警備会社が雇った傭兵がしている。これで本当に近代の帝国軍隊なのか……?
 奇妙な転移現象がみられる。伝統的な生産活動の大半が第三国に移転されている。銀行、政府、企業、つまり国の年金や健康保険など原則的に支配国家のものであるはずのものが、巨額の対外債務に依存している。これ自体が原則として被支配国家の経済、とくに、インド、ロシア、日本、中国の資本によって資金を供給されている。
 アメリカには、公式に3700万人の貧困者がいるにもかかわらず、アメリカ国民は自らを「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を運命づけられた巨大な中流階級と思い続けている。
アメリカの浮浪者は、退去命令に従うとか逃げる手立てさえないので、町の廃墟に閉じ込められている。
アメリカの真実を、フランスの哲学者が鋭く暴いています。

(2006年12月刊。1600円+税)

2010年1月28日

現代の傭兵たち

著者 ロバート・ヤング・ペルトン、 出版 原書房

 イラクで2006年春までに死亡した民間軍事要員は314人と発表されている。しかし、民間軍事要員の死亡がすべて報道されているわけではない。アメリカ政府もイラク政府も、死亡した民間軍事要員の数を公式に数えていない。それも当然で、交戦地域で現在稼働している民間警備会社の数も、その社員の数も把握していないからだ。
2006年春、イラク政府だけでも、730個の身辺警護隊を必要としていた。イラク民間警備会社協会なる組織が設立されて、企業の合法化に取り組み、モグリの企業を取り締まる法案づくりを働きかけた。だが、イラク政府は民間請負会社を取り締まる能力も意思もなかった。
 武装した身辺警護隊で働いているイラク人のうち、1万4000人が未登録になっている。
 1万9120人の外国人警備員を加えると、合計3万3720人をこえる人間がイラクで殺しのライセンスを支えられていることになる。
 西洋人の警備要員が日常的にイラク人の車や車内に向けて弾丸を浴びせている。
 民間軍事要員による発砲事件で市民が死傷した重大事件400件を分析すると、バクダッドの民間警備要員は、この9ヶ月間で61台の車両に発砲した。そのなかで、相手が発砲や暴力、危険な行為で反撃してきた例は、たったの7件。そして、ほとんどのケースで、警備要員は事件の直後に現場から遁走している。警備要員は、年がら年中、人に向けて銃を撃っているが、死人やけが人が出たかどうか、いちいち止まって確かめたりはしない。
 2006年春の時点で、民間軍事(警備)要員がイラクで犯した罪で、告訴された例は一つもない。その一方、何百人という兵士が、軍の軽い規則違反から殺人にいたるまで、さまざまな罪で裁かれている。
 軍事要員の故意または不注意による市民に対する攻撃が、たまたま明るみになったとしても、どのような法的手段をつかって犯人の責任を追及するのかも定まっていない。
 交戦地域や高度危険地域での民間警備会社の台頭は、新種の民兵や武装した傭兵、警備要員や企業体を生み出した。彼らは攻撃されたら全力をあげて反撃するライセンスを与えられている。いわば、あいまいな法規制のもとで活動する傭兵階級予備軍だ。
 ロシア人が退くと、ジハードの戦士は職を失った。故国に帰った者もいたが、多くはアルカイダに加わるか、他のイスラム武装勢力とともに戦う道を選んだ。
治安の悪い場所で働き、殺しのライセンスを与えられるなどというと、ぞっとする人もいるだろう。ただ、これが病みつきになって、アドレナリンが体内を駆け巡るという人種もいる。雇用の水源が枯れあがったとき、現在、イラクで働いている何千人という警備要員のうち、どれだけの人間がふつうの市民生活に戻れるかは見当もつかない。
 警備事業は、既成の企業や政府の顧客のしがらみから解放されると、即座に物騒な方向に走り出すだろう。なにしろ、傭兵は、儲け第一主義の個人事業主なのだ。
 いやはや、とんだことです。イラクの「安定」は世界中に不幸をもたらす「不安定」につながりかねませんね。これもアメリカのイラク侵略によって引き起こされた悲惨な事態としか言いようがありません。今年11月、アメリカ軍はイラクから撤退するということです。遅きに失しました。しかし、今度はアフガニスタンへ進駐(増派)するといいます。ますます世界の不安定要因(危険)が増大してしまいます。
 
(2009年12月刊。2200円+税)

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