弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2014年3月14日

ショック・ドクトリン(上)


著者  ナオミ・クライン 、 出版  岩波書店

 シカゴ学派が、チリのアジェンデ大統領を殺害した軍部クーデターを支えたということは聞いていましたが、シカゴ学派は、チリだけでなく世界中の国々を徹底して荒らし回ったことを本書で深く認識しました。
私も名前だけは知っている経済学者のミルトン・フリードマンという人は、そのあこぎさで許すべからざる人物だと思いました。なんでも自由、すべての規制を撤廃して権力者に自由にやらせたらいいなんて、とんでもない考えの持ち主です。それでは、大金持ちが奴隷を所有するのまで自由だとして、認めることになってしまいます。
 2001年の前には、とりに足りない規模だったセキュリティー産業は、今では2000億ドル規模の一大産業へと成長した。
 そして、大金が動くのは、国外の戦争においてである。イラク戦争のおかげで、アメリカの兵器産業は大もうけした。そして、アメリカ軍部の維持そのものが、世界でもっとも急成長するサービス経済の一つになった。
 今では、アメリカ軍は戦地にバーガーキングとピザハットを引き連れて行っている。
 ハリバートンの株主にしてみたら、20億ドルの収入をもたらしてくれたイラク戦争は、万々歳というわけだ。
 ブッシュ政権は内部者による拷問を可能にした。9.11以降、ブッシュ政権は、拷問する権利をだれはばかることなく要求した。ラムズフェルド国防長官は、アフガニスタンで拘束された囚人は、捕虜ではなく、「敵性戦闘員」なので、ジュネーブ条約は適用されないとした。そして、一連の特殊尋問行為(つまり拷問すること)を承認した。
 拷問の新しい定義は、臓器不全のような重大な身体的損傷に匹敵する痛みをともう場合に限られるとしている。すると、アメリカ政府は新しく開発した方法で自由に拷問できる。
 シカゴ学派は、景気の後退や不況を意図的に引きおこすことを推奨する。それは大量の貧困者を発生させる冷酷無比の考え方だ。
 チリは、シカゴ学派の理論に厳密に従っていたにもかかわらず、チリ経済は破綻した。そして、少数のエリート集団が、きわめて短時間に大金持ちになった。
 ミルトン・フリードマンは、1976年のノーベル経済学賞を受賞した。しかし、フリードマンの理論を実行に移したチリにおいて直面した現実は、あまりにも痛ましいものだった。
 フリードマンの唱える自由市場主義を実行に移そうとしたのは、自由が著しく欠如した独裁政権だけだった。
 フリードマンによれば、自由貿易が実現すれば、職を失った人には新たな職が創出されるはずだった。しかし、現実には、20%の失業率が30%にまで上昇した。ごく少数のエリート階級がますます富裕になる一方、労働者階級に属していた国民の大部分が経済からはじき出されて、無用の存在になってしまった。
 1999年、世界各国政府の閣僚のうち、シカゴ学派の出身者が25人いた。中央銀行の総裁としては10人。
フリードマンは、規制のない盲活動の自由を重視し、政治的自由は付随的な者、あるいは不必要なものとさえみなしていた。こうした「自由」の定義は、中国共産党指導部で形成されつつあった考え方とうまく合致した。すなわち、経済を開放して、私的所有と大量消費を促す一方で、権力支配は維持し続けるという考え方である。
 そうすれば、国家の資産が売却されるにあたって、党幹部とその親族がもっとも有利な取り引きをし、一番乗りで最大の利益を手にできるという筋書きだ。
中国には、低い税金と関税、賄賂のきく官僚、そして何より低賃金で働く大量の労働力がある。そして、その労働者たちは、残忍な報復の恐怖を体験しており、適正な賃金や基本的な職業の保護を要求するといったリスクを冒す恐れは、長年にわたってないと考えられてきた。
 シカゴ学派の果たしてきた具体的な役割が、小気味いいほどの鋭い切り口で暴露されています。こんな大金持ち万歳の学説を経済学者がもてはやすなんて、とても信じられませんでした。
(2012年10月刊2500円+税)

2014年3月 1日

ソウル・コレクター

著者  ジェフリー・ディーヴァ―   、 出版   文芸春秋

 インターネット万能社会の怖さ描いたアメリカの小説です。
 ある人の情報をすべて入手し、その人になりすまし、犯人に仕立てあげたり、その人に近づいて騙し、強奪してしまうのです。
 私自身はガラケイしか持ちませんし、ホテル以外はすべて現金ですので、それほどの情報は集まらないような気もしますが、その気になれば私の知らない(忘れた)データもたくさん集まることでしょうね。そして、今や、いつ、どこにいったのか、また、今どこにいるのかまで、リアル・タイムで判明するのです。
 先日の川崎の脱走犯人もケータイを使ったため、その所在が判明したのでした。そして、このデータを収集する元締めは政府ではなく、民間企業なのです。なぜか?
 個人情報保護法(プライバシー法)に抵触すると判断されるので、政府はやれなくなった。そこで、民間企業を使うしかない。
 警察に寄せられてくる情報のほとんどは匿名の一般市民から寄せられたものと見せかけられているが、実は、政府機関などが収集したもの。警察だって、この民間情報収集機関を利用している。
 絶対に部外秘なのに、第三者に、漏れている。いったい、だれが、どのようにして入手したというのか・・・・。この本は、情報がもれていたときにどうなるのか、その怖さを生々しく伝えてくれます。
 たとえば、居酒屋で見知らぬ人と相席になり、話し込むと不思議なほど趣味が合致し、たちまち意気投合する。しかし、実は、趣味その他のデータを入手して、近づいているのであり、それで、話を合わせているだけなのです。そして、その居酒屋に前もっていたのも、日頃の行動パターンをしっかり把握していたからです。これって、怖いですよね。
 ある日突然、ネット上の全取引がクローズされ、ついには犯行現場の遺留品があなたのものだというのです。
 疑われて当然の、怖い話が臨場感あふれるストーリとして進行していきます。
(2009年10月刊。2381円+税)

2014年2月 5日

倒壊する巨塔


著者  ローレンス・ライト 、 出版  白水社

 アルカイダと9.11への道、というサブタイトルのついた上下2冊の大作です。
 サウド王家、とくにファサイル国王の子供たちとビンラディン家の絆は非常に強かった。父王の載冠前後おけるビンラディンの得難い尽力を、息子たちは決して忘れなかった。
アフガン戦争の最初の数年間、ビンラディンは「生身の参加への恐怖」から、実際の戦場とは十分な距離をとっていた。この事実を、ビンラディンは後に大きく恥じることになる。
 ビンラディンがムジャヒディンのために1000万ドル近く集めたことによって、アフガン・ジハードにおける最高民間財務責任者と目されるようになった。
ビンラディンは、ジハードを戦うアラブ義勇兵とその家族に旅費と住居と生活費をもれなく提供した。毎月の支給額は1家族あたり300ドルだった。このビンラディンの出してくれるお金に惹かれて人が集まってきた。
 サウジ政府はアフガン・ジハードに対して年間5億ドルもの資金提供を行っていた。この資金は、アメリカ政府が管理するスイスの銀行口座に振り込まれ、ムジャヒディンの支援活動につかわれた。
 多くのアラブ青年をペシャワールに呼び寄せた誘因は、アフガニスタンで勝利を勝ち取ることではなく、死を迎えることだった。殉教こそ、まさにアッザームが若者やビデオなどで売り込んだ商品だった。華々しく、しかも意味のある死。人生の喜びや努力のしがいのない政府の抑圧下に暮らし、経済的な損失に人々がうちひしがれている場所では、そうした誘惑は、とりわけ甘美に響いた。
 殉教という行為は、報われることのあまりに少ない人生の理想的な代替物をそうした若者に与えた。輝ける死によって、罪人は最初の血のほとばしりとともに許され、死に至る以前に、すでに天国にそのところを得るといわれている。ひとりの殉教者の犠牲により、一族の70人が地獄の業火から救われるかもしれない。
 貧しい殉教者は天国で、地球そのものよりも価値のある宝石で飾られる。カネがなければ女性と知りあうチャンスすらなく、しかも高望みをいとう文化のなかで育った若者が、ひとたび殉教者になりさえすれば、72人の処女と夫婦になる喜びに浸れるという。黒い目の美しい乙女たちが、肉と果物とこのうえなき清浄なワインというご馳走とともに殉教者を待っている。
 アッザームが描いてみせた殉爛たる殉教者のイメージは、死のカルトをつくり出し、やがてアルカイダの中核部分を形成していく。これに対してアフガン人にとって、殉教という行為は、それほど高い価値をもっていなかった。このようにして数千人のアラブ人、実際に戦場に行ったのは数百人ほど、が戦況の推移に実質的な変化をもたらしたことは一度もなかった。
 アルカイダは、アフガニスタンで新兵を採用した。新兵はビンラディンに忠誠を近いというサインをし、秘密厳守を誓った。その見返りとして、独身者は月1000ドルのサラリー、既婚者は月1500ドルを受けとる。全員に毎年、故郷への往復チケットが支給され、1ヵ月の休暇が与えられ、健康保険制度も完備していた。
ビンラディンはアフガン・ジハードのさい、サウド王家のメンバーと密かに接触し、アメリカの参戦に対する感謝の気持ちを伝えている。
サウジアラビアの駐米大使、バンダル・ビン・スルタン王子は、ビンラディンが訪ねてきて、こう言ったことを憶えている。
 「ありがとうございます。世俗主義者、不信心者のソ連を排除するため、我々にアメリカ人をもたらしてくれたことに感謝します」
 世界にあまたの国があるけれど、互いにかくも異なりながら、かくも深い相互依存にある二国間関係はほとんど例がない。それがアメリカとサウジアラビアの関係だった。
同時多発的な自爆攻撃スタイルをアルカイダはとった。これは目新しく、リスクをともなう戦法だ。複雑で手間がかかるため、失敗の可能性や当局に事前に察知される危険性がそれだけ増す。だが、ひとたび成功すれば、比較にならないほど注目を全世界から集めることが出来る。
 アメリカの情報機関にとって、ビンラディンやザワヒリの動向をつかむ最善の方策は、彼らが使用する衛星電話の追尾だった。探索機を当核地域の上空に飛ばしていれば、電話を逆探知することによって正確な位置を割り出す手がかりが得られる。
 2000年10月12日、イエメンの港町アデンにいたアメリカ海軍のミサイル駆遂艦「コール」にモーターボートが近づいてきて爆発した。死者17人、負傷者39人。この攻撃はビンラディンにとって大勝利だった。そのおかげでアフガニスタンにあるアルカイダ系の基地は新兵たちであふれかえり、湾岸諸国の篤志諸国の篤志家立ちはオイルダラーの詰まったサムソナイトのスーツケースを携えてやってきた。資金が隅々まで行きわたりだした。
 タリバン政権の指導部は、この国にビンラディンがいるとの是非をめぐって意見対立を続けていたが、カネ回りが良くなるにつれ、制裁や報復への懸念はあるものの、アルカイダに対してより協力的になっていった。
 2001年7月5日、アメリカの国家対テロ調整官ディック・クラークは、アメリカ国内を管轄する各政府機関FAA(連邦航空局)、INS(移民帰化局)、沿岸警備隊、FBI、シークレット・サービスなどの代表を一堂に集め、ひとつの警告を発した。
 「何か非常に人目をひくような、派手な出来事が、それも近々起こるはずである」と全員に申しわたした。
 9.11のあった日の夜、私は何も知らずに福岡の先輩弁護士たちと会食し、ホテルに戻ってテレビをつけたのでした。最初みたとき、何の映像が理解できませんでした。世の中には信じられないことが起きるものです。
この本を読むと、あのテロ行為は、アメリカが育成したテロリストたちがアメリカに牙を向いたという意味で必然だったということが分かります。とんでもないことですが、結局、アメリカの暴力的体質は報復の連鎖を生むものだと言うことなのです。根本的な発想の転換が求められています。
(2009年10月刊。2400円+税)

2014年1月30日

第二次世界大戦・影の主役


著者  ポール・ケネディ 、 出版  日本経済新聞出版社

 1943年秋、ドイツ空軍は押し寄せる米軍機の大編隊を相手に、明白な勝利を収めていた。
 ノルマンディー上陸作戦の開始当時、フランス鉄道網は年初と比べて30%にまで減少していた。7月当初には、わずか10%に減っていた。だから、ドイツ軍は、フランス西部に応援部隊を送るどころか、前方部隊を引き揚げることもできなかった。
 1946年6月から10月までのあいだに、ドイツのパイロットと搭乗員1万3000人が戦死した。ドイツ空軍の編隊長クラスは、おもにマスタングに撃墜されていた。その痛手からドイツ空軍は立ち直れなかった。このようにして連合軍がヨーロッパ西部の制空権を握ったのは、Dデーのわずか3ヵ月ほど前だった。
 1944年2月から5月にかけてのドイツ空軍打倒は、接戦だったかもしれないが、史上最大の勝敗を決する軍事行動でもあった。
 戦略航空攻勢は、ドイツ国民の士気を打ち砕くことはできなかった。いくら打ちのめされても、ドイツ人は戦いをやめようとはしなかったし、ナチス政権打倒に立ち上がろうともしなかった。英米空軍の無差別爆撃は、かえってドイツ国民の戦意を高揚させてしまった。
 1943年2月、アフリカ大陸はチュニジア中部の岩山の戦略的要路カセリーヌ峠をめぐって、アメリカ軍部隊が初めてドイツ軍と本格的に交戦した。カセリーヌ峠の戦いは、1942年始めにフィリピンでマッカーサーのアメリカ軍が日本軍に敗北して以来、アメリカ軍が第二次世界大戦で味わった最大の屈辱だった。カセリーヌ峠の戦いにはアメリカ兵3万人が投入され、そのうち6000人を失った、戦車183両、半装軌車104両、砲20門以上、ジープとトラック500台以上を失った。これに対してドイツ軍の死者はわずか201人だった。
 ところがドイツ軍の電撃戦も、その後は停止させられた。それはイギリス軍のシャーマン戦車ばかりではなく、広大な地雷原と、大量の砲とバズーカ砲を使用する特殊な対戦車大隊が功を奏した。
 イギリス軍のモントゴメリー将軍は全面的な攻勢をかけ、ドイツのロンメルは苦戦した。壮絶な戦いが終わったとき、イギリス軍の戦車は200両が大破し、走行不能に陥っていたが、それでも600両が残っていた。これに対して、ロンメルには30両しか残っていなかった。
 ドイツは3つの戦線で戦い、いっぽうソ連はドイツとだけ戦っていた。連合軍が北アフリカと地中海に進出したことにより、ドイツ国防軍最高司令部は、もっとも精強な師団をスターリングラードの戦いから引き抜かざるをえなかった。そもそもドイツが全方面で強力な軍事力を発揮するのは無理だったのだ。北アフリカに上陸した英米連合軍は、スターリングラードの戦いにも影響を及ぼした。また、シチリア上陸も、クルスクの戦い(戦車戦)に影響を与えた。
 ソ連のつくった初期のT-34戦車は、欠陥の塊で、戦場では全く信頼できなかった。T-34戦車が真価を発揮したといえるのは、1944年初めから半ばにかけてのこと。
 T-34戦車は、ドイツ軍とのクルクス戦車戦で敗退したあと、望まれていた改良が修理・製造工場で進められた。
 ジューコフは、大規模な地雷原の敷設に専念した。これは、ロンメルやモントゴメリーが地雷を重用したのと同じだ。アメリカ軍は地雷戦をあまり利用していない。エルアラメインの戦いで示されたように、地雷原は攻撃側がそれを突破するのに苦労するため、防御側に行動する貴重な時間をもたらす。
 クルスクの戦いでは、これがさらに大規模に実証され、世界最大の地雷原戦とまで呼ばれている。ドイツ軍の高速の装甲攻撃を擾乱するのに、縦深地雷原にしくものはない。
 赤軍の防御地雷原は、優秀な土木工兵部隊が敷設し、奥行が25~40キロあった。
 1943年半ば以降、アメリカからソ連に対して、スチュードベイカーのトラックが陸続と送られ、ジープも至るところにあった。赤軍の車両の半数以上(66万5000台のうち58%)は国産だったが、アメリカ製のトラックとジープのほうが、はるかに頑丈で信頼できた。アメリカ製の車両はもっぱら戦闘部隊の武器弾薬の輸送に使われ、ソ連製のトラックは予備の補給品の輸送や傷病者の後送に使われた。
 アメリカ製トラックをイギリスの輸送船国が運び、ジューコフの前線部隊の機動性が向上したというのは不思議な共存関係だ。
 赤軍のクルスク防御の成功と翌年の着実な西進には、赤軍がドイツ軍よりも優れていた三つの事柄が役立った。架橋能力、欺瞞の技術、そして膨大なパルチザン網だ。
 第二次世界大戦の戦史を読むときには欠かせない視点が満載の大変な力作でした。知らなかったことが多く、最後まで興味深く読みとおしました。
(2013年8月刊。3500円+税)

2014年1月29日

見た、聞いた、キューバ改革最前線

著者  千葉県AALA連帯委員会 、 出版  AALA連帯委員会

 昨年2月の10日間のキューバ訪問の旅が160頁ほどの小冊子になっています。キューバの現状とかかえている問題点がよく分かりました。
 私も、一度はキューバに行ってみたいと思うのですが、世の中、思うようにはいきません。そこで、旅行体験記を読んで、行ったつもりになるのです。
 それにしても、この冊子はよくまとまっています。半年近くの研究・編集作業が結実したもののようです。
 カリブ海にあるキューバは、アメリカから150キロメートルしか離れていないのに、アメリカによる経済封鎖が続いています。残念なことに、わが日本もアメリカに命じられ、いつものようにアメリカに逆らうことなく、キューバへの経済封鎖に加担しています。
 キューバの人口は1125万人。白人65%、黒人10%、混血25%。カトリック人口が85%。
 キューバ人の平均寿命は79.3歳と高い。60歳以上の人口は18.3%。
キューバでは、選挙権は16歳以上。国会議員の被選挙権は18歳以上だが、県会議員のほうは16歳以上。日本でも18歳以上に早くすべきだと思います。自民党が抵抗しているのです。
 キューバは共産党の一党独裁ということになっているが、国会にも20%の非党員の議員がいる。
キューバは物不足。スーパーの品ぞろえも少ない。そのため、買い物を楽しめるほどの選択の幅はない。欲望をあおり立てない社会なので、落ち着いている。しかし、物不足だから、欲望をあおり立てたら国民の不満が噴出することは十分に考えられる。
1990年からソ連経済が悪化し、キューバは非常時体制に入った。それまでソ連圏から輸入していた燃料や農業機械の補修部品が入手困難になり、機械化農業ができなくなった。そこで、都市農業運動が本格化した。
アメリカによるキューバ経済封鎖によって、キューバ経済は、いかなる緊急事態にも対処するため、「戦時経済」という性格を与えられ、過剰な在庫の保持など、経済構造が歪んでしまった。
 キューバの医師養成は目を見張るものがあります。累計では世界128ヶ国から、のべ5万人の学生が学んだ。アフリカからも、35ヶ国から学生がキューバに来ている。
 医学校では、入学金、授業料、宿泊料、食費、インターネットの使用が、すべて無料。ただし、キューバまでの往復の旅費は自己負担。
 修了するのに8年かかり、卒業後にキューバで医療活動をする義務はない。
 キューバの医療は、基本的に無料。アメリカのマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」に、アメリカ人が病気を治すためにキューバへ行ったときの情景が出ていました。
ただ、キューバの医師の賃金はタクシー運転手のそれより低い。そのため、キューバの誇るファミリー・ドクター(家庭医)が激減している。
キューバの教育も素晴らしいものがあります。ユネスコは、フィンランドとともにキューバを教育のモデル国として推薦している。
 キューバでは、保育園から大学まで学費がすべて無料で、高校も基本的に全入。一学級の定員は15~20人。うらやましいですよね、これって・・・。
アメリカのキューバ制裁が解除されないのは、国会で3分の2以上の賛成を要するところ、オバマ政権は他の重要案件を先行させ、キューバ問題の比重を軽くみて、後まわしにしているから。
 なーるほどと思いました。大変勉強になりました。ありがとうございます。
(2013年9月刊。1000円+税)

2014年1月20日

ザ・ファイト

著者  ノーマン・メイラー 、 出版  集英社

 カシアス・クレイ改めモハメッド・アリが、1974年、アフリカはザイールで行われたジョージ・フォアマンとのタイトル・マッチを描いた本です。
 私の父はプロレスの熱心なファンでした。テレビにかじりついて、身体をよじって応援していました。同じようにキックボクシングについても、プロレスほどではありませんが見ていました。
 1974年というと私が弁護士になった年です。モハメッド・アリがフォアマンにKO勝ちしたのは記憶に残っていますが、アフリカでの試合とは知りませんでした。そのボクシング試合の観戦記なのですが、さすがはノーマン・メイラーです。心理描写がすぐれていて、格好の読み物になっています。
 リングでのモハメッド・アリの強みは、自分の心理状態に忠実であること。マスコミに向かってしゃべるときには、甲高くもヒステリカルな調子でまくし立てるが、リングに上がったときには、決して半狂乱になったりはしない。
 アリはリングの上で、蝶のように舞い、蜂のように刺す。
 これは、すごいフレーズですよね。
ベストコンディションとは、どういう状態なのか。ボクシングでは他人にはうかがいしれないものがある。ヘヴィ級において、15ラウンドを最良のスピードでこなしうる心身を維持するのは、至難の技である。
 モハメッド・アリは、徴兵を公衆の面前で拒否した。そのときのアリの言葉は、
「ベトコンは、おれを黒人坊と呼んだことなどない」 というもの。
 荒々しい力を養うにはどういうわけか、肉を食べる必要があるようだ。
 重いサンド・バックを長時間たたき続けるほど、ボクサーにとって辛いことはない。それは腕を痛め、頭を痛め、両手によくバンデージを巻いておかないと、拳の骨を折りかねない。
80ポンド以上はある重い物で、タックル用の人形みたいに巨大である。したがって、パンチが正確にあたらないと、身体がショックでしびれてしまう。パンチのひとつひとつに十分にウエイトをかけるため、1分間に40発から50発の間隔に調整しつつ、連打しつづける。
ブロウを1発でもくらったら、ふつうのボクサーなら簡単に肋骨を砕かれてしまうだろう。腹筋を鍛えていない者であれば、背骨まで折られてしまうにちがいない。
 リング上。二人は円を描き、フェイントをかけあい、一進一退をくりかえしてみせた。まるで、おたがいに銃口を向けあっているみたいだった。一方が発砲し、命中させそこなったら、相手に確実に仕留められるといわんばかりの様相である。パンチを放った場合、相手にそれを読みとられてしまえば、逆にしたたかパンチをくらうことになる。これほどショックなことはない。
 高圧線を素手でつかむようなものだ。いきなり、ぶっ倒れてしまうだろう。
アリは防戦一方の形をとって、自分のペースに相手のフォアマンをまきこんでいった。
 アリは、フォアマンに左のパンチを浴びせ、つづいて右を放った。チャンピオン同士が対戦する場合、右のリードパンチなど出さないものだ。第一ラウンドではなおさらである。
 それは非常にむずかしく、かつまた、危険をともなうパンチだから。命中率が悪く、しかも、自分にとってはガードが甘くなる危険性がある。ボクサーにとっては、1インチや半インチのリーチの差が勝敗の分かれ目となる。
 それだけのハンディを負いながら、右をくり出そうものなら、たちまち相手にそのすきを見破られ、絶好の反撃のチャンスを与えてしまう。
連打の雨をくぐり抜けおおせたアリは、何度もフォアマンの首をつついている。それは、家庭の主婦のケーキの出来ぐあいを爪楊枝でつついて試してみるような感じを与えた。フォアマンのパンチの威力は、ますます弱まるばかりである。アリは、ついにロープから放れ、ラウンドの終盤30秒のうちに、めまぐるしいパンチをくり出した。少なくとも20発は放っただろう。そのほとんどが命中した。
 何発かは、この夜の試合でも、もっとも効果的なパンチであった。
アリが狙いすましてパンチをくり出した。パラシュートを背負って、飛行機から飛び出す男みたいに、フォアマンの両腕が横に開き、このバランスを失った姿勢のまま、フォアマンはリングの中央によろめき出た。バランスを崩し、ふらつきつつ、ずっとモハメッド・アリを見つめつづけ、どうすることもできず、つまずき、よろけ、身を沈めた。その心は、チャンピオン・シップの誇りとともに高きにありながら、その身体は大地を求めていたのだった。
 フォアマンは、悲報を受けとった直後の、6フィートも背があり、60歳にもなる老執事みたいに、その場に倒れ伏した。そう、2秒間は、うちひしがれて身動きひとつしなかった。あらゆる階級のなかで最強のチャンピオンがダウンしたのである。
 なんともはや、目の前で実況中継されている気分になる描写の続く本でした。
(1997年10月刊。古本)

2014年1月15日

オバマの医療改革


著者  天野 拓 、 出版 勁草書房 

 アメリカという国は本当に遅れた、野蛮な国だとつくづく思いました。だって、国民皆保険なんて、あたりまえのことでしょ。日本もヨーロッパも,
みんな当然のように古くから実施しているじゃないですか。政府が国民皆保険にしようというと、そんなのは社会主義だ、アカだなんて共和党の議員が絶叫して反対するだなんて、本気ですかと言いたくなります。信じられません。
 クリントン政府が失敗し、今度、オバマ政権がようやく実現したアメリカの国民皆保険制度は、なんと民間保険会社への加入を義務づけるものだなんだそうです。またまた民間の保険会社の金もうけ話になってしまうのです。それでも反対する人が多いなんて・・・。
 アメリカの制度は、日本や多くのヨーロッパ諸国の制度とはきわめて性格が異なる。アメリカのものは民間保険をベースにしている。日本などの国民皆保険制度は、基本的に公的な医療保障制度を中核としている。アメリカの制度は、民間の医療保険を中心とする。既存の医療制度をベースに国民皆保険制度の実現を目ざすものである。
 2010年3月、オバマ大統領が署名して医療改革法が成立した。それまでアメリカでは、1910年代に皆保険を導入しようとして、いずれも失敗に終わっている。医師会は国民皆保険制度は「社会主義化された医療」につながるという反対キャンペーンを張った。
 私などは、社会主義化されても大いに結構だと思うのですが、アメリカでは、とんでもないことの代名詞になっているようです。
 メディケアは、65歳以上や一定の病気をもつ人、障害者などを対象とするもので4700万人15%が加入している。受給者の3分の2が女性であり、6割がメディケアとメディケイドを重複して受給している。
メディケイドは、低所得者を対象とする医療扶助制度。2010年に5084万人(16.5%)の加入者がいる。2001年には3017万人だったから、10年間で2000万人の増加である。メディケイドは、アメリカの医療制度における「セーフティネット」であり、3100万人の児童をカバーしていて、アメリカの出産の4割を財政的に支援している。2011年度のアメリカ人口3億人あまりのうち、民間医療保険の加入者は2億人近い(64%)。
 しかし、戦前の1940年には、総人口1億3200万人のうち、医療保険に加入していたのは1200万人、10%にすぎなかった。戦後になって、民間保険の加入者は急増している。アメリカの医療制度のもっとも大きな特徴は、4861万人(16%)もの無保険者が存在すること。無保険加入者の多くは、19歳から64歳までの成人。無保険者はマイノリティに多い。ヒスパニックの30%(1578万人)、アフリカ系20%(772万人)、アジア系17%(270万人)。
ヒスパニック系の無保険者は1990年に700万人だったのが、2000年には1120万人へ急増している。
無保険者のうち就労者が2800万人で、年に1週間も働いていない人が1310万人もいる。無保険者は家計所得が中程度のミドルクラスのあいだで着実に増加している。
 無保険者問題が深刻なのは、それが個人、家族、コミュニティ、経済などに広範な影響を及ぼすからである。
 アメリカへの不法移民は850万人から1180万人まで増加し、それが180万人もの無保険者の増加につながった。アメリカぜんたいの無保険者の690万人の増加の27%になる。
アメリカは国民皆保険をうたいながらも、2019年時点で2200万人が無保険者のまま取り残される。アメリカは先進民主主義国のなかで、唯一、今後とも多くの無保険者がかかえ続けていくことになる。
民間保険会社は、健康状況の悪い人間の保険加入を拒絶しようとする傾向にある。
 マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』をみて、私はアメリカではうかうか病気になれないなと思いました。民間保険会社の査定・選別は営利主義一本槍でありまるで人道に反しています。
 アメリカ人の多くが医療改革を望んでいながら、現状維持を志向し、改革によって負担をこうむるのを嫌悪する傾向にある。
アメリカ先進国のなかで、もっとも医療費が高い国である。国民医療費は2兆7000億ドル(2011年)、1人あたり医療費は8680ドル。前年度より3.9%伸びている。国民医療費がGDPに占める割合は18%である。
 アメリカにおける医療費が高いのは、システムの大半が投資家によって所有されていることにある。医療ビジネスは、投資家を満足させるだけの利益を必要としている。
 病院は、効率的であるよりもむしろ利益の上がるサービスの提供に集中する傾向にある。それがコストの高騰につながっている。
 今日の民間保険の大半は投資家によって所有されたビジネスである。アメリカの民間保険産業は、その保険料から少なくとも5000億ドルの収入を得ている。その管理運営コストと利益が、医療費を何十億ドルも押し上げている。
 こんなアメリカのようにしようというのが安倍政権の考え方です。やめてほしいです。大金持ち中心の国にするなんて、とんでもありません。
 340頁もある。大変貴重な労作です。
(2013年10月刊。3800円+税)

2014年1月 3日

アメリカ連邦最高裁の素顔


著者  ジェフリー・トゥービン 、 出版  河出書房新社

アメリカという国は、実に遅れた国だと思います。
 妊娠した女性に中絶する権利を認めるかどうかがアメリカという国では今なお重大な政治的争点だというのです。信じられません。宗教的観点があまりにも強すぎます。
妊娠中絶を支持するかしないかという問題は、民主党と共和党の分水嶺となってきた。
 祈禱と聖書朗読は、アメリカの公教育における柱として代々行われてきた。ところが、アメリカ連邦最高裁は公立学校での聖書朗読を義務づけることを禁止した。
 当然のことですよね。キリスト教を公立学校で教えるなんて、とんでもありません。
 スーター判事という変わった判事がいます。昼食は毎日おなじ、りんご丸ごと1個(芯と種まで)にヨーグルト1カップ。ものを書くときは万年筆をつかう。自宅にテレビはない。
 最高裁のロークラークは、ほとんど20代後半で、著名なロースクールを主席で卒業したあと、下位裁判所の判事の下で1年クラークとして働いていた。クラークを定期的に最高裁に送り込む判事をクラーク供給係と呼ぶ。クラークは、裁量上訴の申立を精密に調べ、8000件ほどの事件を選りすぐって審理の価値のある80件前後にしぼる手伝いをする。判事と事件を議論し、口頭弁論の準備をする。そして、判決理由となる意見書の最初の草案を書く。
 アファーマティブ・アクションの恩恵者としてアメリカで一番有名なトーマス(黒人判事)は、その措置を公然と批判する激しい意見を書いた。
 このように世の中は矛盾に満ちています。アメリカの連邦最高裁の矛盾した激しい対立が描かれています。同じように日本の最高裁の内情も誰か紹介してほしいものです。
(2013年6月刊。3200円+税)

2013年12月25日

マッキンゼー

著者  ダフ・マクドナルド 、 出版  ダイヤモンド社

マッキンゼーとか大前研一と聞くと、私には「金の亡者」というマイナス・イメージしかありません。世の中、すべて、お金。カネ、かね、金。お金がすべてを決める。いやですね、そんな世の中って・・・。
マッキンゼーには、オフィスや役員室を占領している、成功を収めた同窓生(アラムナイ)立ちのネットワークが世界中の隅々まである。
 マッキンゼーで年配のコンサルタントは、めったに見かけない。この組織は経験より若さを好む。
マッキンゼーは、価値があるのか疑わしい仕事に対して莫大な手数料をとっている。現実には、単に重役の仕事をしているだけ。
過酷なコストカットのために正当な言い訳を求めている経営者たちにとって、マッキンゼーは頼りになるコンサルタントであるばかりでなく、責任を負わせられる都合のいいスケープゴートである。
 問題は、マッキンゼーの高価な費用は、果たして、本当に見合っているのか。それは難問だ。
コンサルタントは見かけがあってこそ成り立つもの。コンサルティングとは、学位の証書からは分からない能力を、服装やマナー、言葉づかいという外見によって伝えるもの。
 マッキンゼーは、自分たちは企業の最高責任者のためだけに働くのであって、下役たちには用がない。要するに、マッキンゼーは、あくまでも経営者のために働くもので、労働者のためにはならないのですね。この本を読んで私が理解したことは、これでした。よく分かりました。だから、費用も超高額なのですね。
 マッキンゼーは、人材開発をうまくやっている。わずかな金額で若くて未経験な人材を雇いそれからクライアントの費用で教育させる。
ハーバード大学の卒業生にとっても、マッキンゼーへの就職が一生の仕事になることはめったにない。
 多くのコンサルタントは、1年に最大で2000時間分の報酬請求ができる。
 マッキンゼーを雇ったクライアントが、彼らにはその価値がなかったと明言することは、ほぼない。
 これという「商品」のないマッキンゼーにとっては、関係がすべてだ。
 賢明なクライアントは、マッキンゼーを使う最善の方法は入り込ませないことだ。
 マッキンゼーは、自信がすべてだ。成功の秘訣は、成功しているようにふるまうこと。
 マッキンゼーが成功したもう一つの理由は、世界中の経済界に同窓生と友人を送り込んだことにある。
 マッキンゼーは、あの最悪の悪徳企業エンロンからなんと年間100万ドルももらっていたのに、無傷で生きのびたのでした。マッキンゼーは、エンロンで稼いだだけでなく、エンロンを崇拝の対象に押しあげて、その福音を伝えて、「石油企業家」を称賛した。マッキンゼーは、不正な手段で成長していたエンロンを事実上誇大宣伝した。
 ところが、マッキンゼーは、刑事でも、民事でも、被告人になることはなく、議会公聴会に社員が証言を求められることもなかった。これには、業界関係者の多くが憤慨した。
マッキンゼーって、大企業と経営者のためのコンサルタント会社と経営者のためのコンサルタント会社だということがよく分かる本でした。
 コストカットって、要するに、冷酷な人減らしですよね。でも、それだけで企業が発展するとは、とても思えません。
(2013年11月刊。2400円+税)

2013年12月19日

ライス回顧録


著者  コンドリーザ・ライス 、 出版  集英社

ブッシュ大統領の下で国務長官をつとめた著者が、その激動の日々を振り返っています。上下2段組で670頁もある大作です。世界のあらゆる動きを視野に入れた政策決定と行動ですから、それを追うだけでも目がまわってしまいます。まさしく超人的な仕事ぶりです。
 51歳にして黒人女性初の国務長官に就任したというのですから、よほど頭が切れる女性なのでしょう。顔写真をみると、怜悧そのものです。ちょっと怖い印象です。
 少しの間でも寝て、体を動かすエクササイズを欠かさないなど、体調管理も十分に気をつけていたことが分かります。
 それにしても、アメリカのホワイトハウスから見た日本の存在感のなさはどうでしょうか。驚くべきものがあります。国務長官として日本を注視していたなんて、とても感じられません。
 日本を見るときには、日中、日韓などで、あまり問題をおこしてくれるなという程度なのです。670頁もあるこの本のなかに、日本についての記述はほとんどありません。わずかに出てくるところを紹介します。
 アジアには多国間の外交組織はない。二国間の関係があっても、大半はこじれている。日本と韓国、韓国と中国、日本とロシア、日本と中国、どの関係も第二次世界大戦のまだ癒えない傷を負っている。
アメリカは、韓国そして日本との安全保障上の同盟関係を大幅に刷新した。
 日本人は控え目だ。感情を見せずに、形式のなかに本音を隠して、なかなか奥が見透かせない。日本は近隣地域において、中国からだけでなく、アメリカの同盟国である韓国からも信頼されていない。日本のポーズは多少は役に立つだろうが、大きな効果は期待できない。
アメリカは、軍事的にも経済的にも太平洋の一大パワーとなった。
 韓国、日本、オーストラリアといった友好的な民主国があり、この変貌いちじるしい地域において、アメリカは足場を維持するだけの十分な力をもっている。そのなかで弱点になってきたのが日本だった。大幅に遅れ、強く求められていた省庁と経済の改革に着手することを小泉首相は決断した。しかし、小泉の退任後、日本は再び合意政治に逆戻りした。とても国を前進させることができるとは思えないような、誰とでも取り替え可能な首相が何人も続いた。日本を訪問するのがどんどんユーウツになってきた。
 日本は、停滞し老化しているだけでなく、周辺諸国からの増悪で呪縛されているように思えた。個人的にも、日本人との相性は良いとは言えなかった。
 日本は、拉致問題についてのアメリカの援助が得られなくなると困るというだけの理由で、北朝鮮についての六カ国協議の失敗を望んでいるのではないかと感じることが多かった。
 変動するアジアにおけるパートナーとして、アメリカは自身ある日本を必要としていた。だが、2006年の小泉純一郎の首相退任とともに、そうした日々は消え去ってしまったようだ。
 アメリカの同盟国で成熟した民主主義国家である韓国がアメリカの長年の友人である日本に深い疑念を抱き続けていることには、どう対処すればよいのだろう?
 日本にも詳しい国務省のメンバーは、「菊紋の工作員」という蔑称で呼ばれることが多かった。
ここにはジャパン・ロビーとも呼ばれるアーミテージやナイという人々はまったく登場してきませんが彼らがホワイトハウスに全然影響力を持っていないことが、ここにも反映されていると受けとりました。
 著者が、チェイニー副大統領と、それに連なる「ネオコン」一派と厳しく争っていたと解説のなかで指摘されています。
チェイニー副大統領の率いる「ネオコン」一派と、パウエル・ライスの「隠健」派と、パウエル・ライスの「隠健」派とが抜きがたく内部で対立していた。
 そして、ライス国務長官は、日本の保守政権をこき下ろした。太平洋を挟んで、日本とアメリカの相互不信は増殖していった。
いまの安倍政権のやっていることは、大局的に見ると、アメリカの手のうちではあるけれど、実はアメリカ一辺倒でも必ずしもなく、アメリカからすると容認できない部分も多々ふくまれているように思われます。安倍政権の特異性という危険性は、そこにもある気がします。
よみ通すのに骨の折れる本ですが、読みはじめると、なかなか面白いことが書かれています。アメリカの視点からみた国際政治がよく分かります。ただし、キューバ制裁をいまだに合理化・正当化しているところなんて、いかにも時代錯誤としか思えませんでしたが・・・。
(2013年7月刊。4000円+税)

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