弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2024年12月 3日

ドキュメント・民営刑務所


(霧山昴)
著者 シェーン・バウアー 、 出版 創元ライブラリー

 2020年に発刊された「アメリカン・プリズン」が改題し、文庫本になりました。
 アメリカのジャーナリストが刑務官として民営刑務所で働いた4ヶ月間の体験が生々しく語られています。刑務所内に隠しカメラとマイクを持ち込んだのです。
 アメリカの刑務所や拘置所に入れられている人は220万人(2017年)、過去40年間で500%の増加率。アメリカの人口は世界の総人口の5%しかないのに、囚人数では全世界の25%を占めている。そして、150万人の受刑者(拘置所の収容者70万人を除く)のうち、民営刑務所に13万人が収容されている。
 アメリカでは、8万人が独房に入れられている。そのなかには10年以上、20年以上も独房で生活させられている囚人がいる。
 アメリカの歴史の大半を通じて人種差別と人の自由を奪うことと、利益の追求とは常に結びついている。奴隷制が廃止されたあとは刑務所の囚人がそれに代わった。
潜入取材をしたのは、ウィン矯正センター。警備が中程度の刑務所のなかではアメリカ最古の民営刑務所。経営する会社、CCAのCEOの年収は400万ドル(2018年)。
 潜入取材の用具として、録音機付きのペン、そして蓋の部分に小型カメラが仕込まれたステンレスの保温マグを持ち込んだ。結局、4ヶ月間、バレることはなかった。
刑務官の心得。囚人としゃべりすぎないこと。囚人は、刑務官の性格や反応を探っている。
 刑務官には精神力が大切。
CCAは受刑者ひとりにつき、1日34ドルをもらっている。州の運営する刑務所では受刑者ひとりにつき52ドルの費用がかかっている。
CCAは売上高18億ドルで、2億2100万ドルの純利益を計上した(2014年)。
州にとっては民営刑務所にすれば15%もコストが低い。ところが、逆に公営刑務所のほうが14%だけ安上がりだという調査結果もある。結局、民営刑務所は、実は、それほどの費用節約にはならない。
働いている刑務官の大多数はアフリカ系黒人で、その半分以上が女性、そして多くがシングルマザー。
 監獄はジェイルで、刑務所はプリズン。
刑務所内では自殺未遂は処罰できない。しかし、自傷行為と認定すれば処罰は可能となり、CCAは受刑者に損害の回復を求めることができる。
 刑務所は白人の優越性を脅かすものではなく、むしろそれを後押しするものだ。
民営刑務所では囚人の更生よりも収益性が重視される。これは、どこでも同じこと。
 平均で3分の1の刑務官がPTSDに悩まされる。刑務官の自殺率は一般市民より2.5倍も高い。刑務官の寿命は短い。
一般的な刑務所では、医療費が人件費に次いで多い。ルイジアナ州の刑務所は予算の31%を医療費に充てている。カリフォルニア州の刑務所では、予算の31%を医療費が占めている。というのも、ウィンの受刑者の40%が糖尿病・心臓病そしてぜん息などの慢性疾患をわずらっている。
 全米で、男性受刑者の9%で、獄中で性的暴行被害を受けている。実際には、もっと多いとみられている。ゲイの受刑者の3分の1以上、トランスジェンダーの受刑者の3分の2が刑務所で性的暴行を受けた。刑務所での性的被害の訴えの半分近くに職員が関与している。
民営刑務所は、公営刑務所より受刑者どうしの傷害事件が28%も多い。また、民営刑務所の受刑者は、公営刑務所の受刑者の2倍近く武器を持っていた。
 奴隷と同じく囚人も金もうけの手段になっているのですね。大きく目を見開かされる本でした。
(2024年8月刊。1300円+税)

2024年11月29日

アメリカ連邦最高裁判所


(霧山昴)
著者 リンダ・グリーンハウス 、 出版 勁草書房

 日本の最高裁の裁判官の国民審査で、10%以上の人々が不信任を突きつけたのは異例でした。めったにありませんが、たまに良い判決を下すこともあるものの、たいていは三下り半の、無内容のうえ、しょっちゅうひどい判決を出している裁判官に対する国民の不信感のあらわれだと私は思いました。今の日本の最高裁判事の名前を知ってる国民は、ごくごくわずかでしょう。私も長官の名前くらいをうっすらと知っているだけです。
 その点、アメリカの連邦最高裁判事は国会で激しい審判を受けて選任されますので、かなり周知されていますよね。
アメリカの連邦最高裁は、20世紀半ば近くまで、専用の土地を持っていかなかった。それくらいの位置にあったということ。いやあ、これには驚きましたね...。
 最高裁判事は終身制なのに、40台、50台で任命されることが珍しくない。なので、20年も30年も判事を続けることが少なくない。日本だと、64歳くらいで任命されるので、せいぜい6年ほどの任期です。
 アメリカの連邦最高裁は上訴された事件のうちの1%だけに判決を下している。
 歴代の判事は全員が法律家であるが、実は正式な資格要件は定められていない。当初は、全員が白人男性で、プロテスタントだった。その後、カトリック系も出て、ユダヤ教徒もいるようになった。女性も9人のうち4人を占めるまでになっている。出身地の地理的要素は問題になっていない。なお、その前職は、大半が連邦控訴審判事がほとんど。
 黒人女性判事が任命されたのは2022年のこと。
連邦最高裁判事になったあと保守側からリベラルに変わった判事は何人もいるけれど、在任中に保守化した判事は、ほんの数人にすぎない。
連邦裁判所の組織には、1200人の終審裁判官、それ以外の850人の裁判官、3万人の職員がいて、80億ドルの予算をもっている。
 日本の司法予算は3000億円で、ほとんど増えないどころか、むしろ人件費を含めて減っています。
毎年数千件もある上訴申立事件のなかから連邦最高裁は数十件しか受理しない。それを選別しているのは、若くて精力的なロー・クラークたち。
 連邦最高裁は、判決言い渡し期日は事前に発表しない。しかし、判決文は、言渡後の数分以内に最高裁のウェブサイトにアップされる。
 連邦最高裁の法廷内はテレビにもカメラにも撮影は許されていない。
 裁判官が世論を意識するのは避けられないというだけでなく、実は望ましく必要なことだと述べられていますが、私もまったく同感です。神のみぞ知る、なんてこと言って唯我独尊に陥るより、世論の動向を踏まえた常識的な判決のほうが、害は少ないと私は考えています。
 上訴申立書には、9千字という字数制限があるそうです。上訴が受理されたあとの本案趣意書も1万3千字内という制限がある。私は、これはこれで理解できます。格別な案件については、例外措置を設けておけば目的は達成できるのです。
 アメリカの連邦最高裁と日本の最高裁の違いを考えさせられました。
(2024年7月刊。3200円+税)

2024年11月21日

トランプ、再熱狂の正体


(霧山昴)
著者 辻 浩平 、 出版 新潮新書

 トランプがアメリカの大統領に返り咲くなんて、まさかの出来事が起きました。まさしく地球の未来にとっての悪夢です。多くの心ある人たちが、この先に何が起きるのか大いなる不安を感じています。私もその一人です。
この本は、トランプ本人ではなく、トランプを熱狂的に支持しているアメリカ国民をNHK記者として取材したレポートです。
 アメリカを再び偉大に。
 Make America Great Again  これをMAGA(マガ)と呼ぶ。
 保守的なトランプ支持者の中には、自分たちが慣れ親しんできたアメリカが変わっていくことへの反発や焦り、不安を覚える人が少なくない。
 トランプ支持者の中には、日常生活で白い目で見られたり、陰口を叩かれたり、疎外感を感じている人もいる。
 トランプ支持の理由の一つが、公的機関という社会を構成するシステムへの信頼の低下にある。
 アメリカではミドルクラス(中産階級)の地盤沈下が顕著だ。トランプのナラティブ(話)は「被害者の物語」であり、支持者は、そこに自分自身を重ねることで引き寄せられている。
陰謀論を信じている人々にとって、いくら政府機関や裁判所が否定したところで、まったく意味をなさない。同じことが日本でも兵庫県知事選挙で起きました。パワハラ自殺なんて嘘だと信じてしまったのです。
共和党の議員がトランプに反旗を翻(ひるがえ)したとき、殺害予告をふくめた脅迫が相次ぎ、果ては落選させられる。
アメリカは車社会なので、ラジオは今も影響力のあるメディアだ。
アメリカの一つのメディアの実際が紹介されています。驚くべき実情です。そこは毎日500万本という大量の記事を配信しているのですが、記事1本を作成するのにかけるのは、わずか7分ほど。記者は70人しかいない。読者(外部の人)が投稿してきたらAIがニュース記事のスタイルに仕上げる。いやはや、そこではフェイクニュースかどうか、まるで問題になりません。まさしく砂をかむようなニュース砂漠です。
 アメリカ社会が極端なまでの分断に行きついているようで、本当に怖いです。
(2024年8月刊。840円+税)

 日曜日、庭のサツマイモを全部掘り上げました。前に試し掘りをしたとき、立派なイモが出てきたので、安心して掘り進めました。見事に大きなサツマイモが次々に土の中から姿を現してくれました。いくらか小ぶりのものもありましたが、大人のふくらませた両手をあわせたのよりも大きいイモが30個ほどもとれました。大豊作です。これまでサツマイモは失敗ばかりでした。なにしろ小さかったのです。しかも、数もちょっとでした。今年豊作だったのは、11月も半ばまで待ったこともあるのでしょう。昨年までは10月に入ってすぐ掘り上げていました。早すぎたのです。
 そして、今年は、チューリップ畑のあとに植えたのが良かったと思います。サツマイモは栄養満点の土地ではよく育たないというのです。不思議ですが、どうやら本当のようです。昨年までは、専用の区画に苗を植えつけていました。この区画には何度も生(なま)ゴミをすき込んでいますので、黒々としてフカフカの土地、つまり申し分のない栄養土だったのです。
 早速、イモを食べてみました。本当は何日か放っておいたほうが甘味が増すということなんですが、ともかく我が家の味を知りたかったのです。
 鳴門金時ほどの甘さはありませんでした。まあ、それでもイモはイモです。とても美味しく食べることができました。

2024年11月12日

ネクスト・クエスチョン


(霧山昴)
著者 ステファニー・グリシャム 、 出版 論創社

 トランプほど虚像の大きい男はいないのではないのでしょうか...。アメリカで有権者の半分ほどがトランプに投票したなんて、まったく信じられません。著者は6年間も、トランプ一家のすぐ近くにいて、すべてを余すところなく目撃した女性です。
2021年1月6日、トランプ政権から著者はようやく脱出できた。ええっ、いったい著者の職業は何、なんなの...???
 著者はファーストレディ(メラニア夫人)の広報部長、そして、大統領の報道官なのでした。
トランプは、わざと常軌を逸し、道化を演じる。テレビショーで長年にわたって人気を博したのには、それなりの理由がある。
トランプは、自分が注目の中心、政治の中心、政治の中心、そして世界の中心にいるという栄誉に浸っていた。
 トランプの食習慣は16歳のそれである。トランプの食事のメニューは、どこにいようと、ほぼ変わらない。ウェルダンのステーキ、チーズバーガーとポテトフライ、スパゲティとミートボール。デザートはバニラアイス2個。複雑で繊細な外国料理は好みにあわない。
 トランプは、自分の指示に相手がどこまで従うのか、いつも見ている。それが、忠誠心を測るトランプ流の方法だ。
周囲の人間にとって、トランプを満足させ続けることが何より大事なこと。
 トランプのボキャブラリーに、「強硬」「どう猛」「殺し屋」以上のほめ言葉はない。
トランプのもっとも貴重な所持品は、ツイッター(X)のアカウント。
 トランプは、頭髪をあの形に整えるべく、毎日耐えている苦労はすごいものがある。大量のヘアスプレーを使っている。トランプの見た目は毎朝、顔に塗るメイクによって作られている。トランプは、夕食後には映画をみて過ごす。
 トランプにとって女性との不倫は日常茶飯事にすぎない。
 トランプはダイエットコークを次から次に飲み干すという癖がある。
 トランプは、自分自身に関する報道しか気にかけていない。
トランプは一瞬のうちに激怒する。その怒りは一時的であっても、非常に激しい。
 トランプは人の弱点を見つける能力があり、信じられないほど下劣で、粗野で、そのうえ効果的なやり方で怒りを向ける。
 人は負け犬や弱虫と言われるのがもっとも嫌いだとトランプは考えているので、そんな単語を無数に発する。
 トランプはフランスのマクロン大統領について、「あいつは臆病者だ」とけなした。
トランプは細菌恐怖症だ。プーチンは、それを知っているので、わざと咳払いを繰り返した。他の人なら怒鳴りつけるところ、トランプは黙って耐えた。
 トランプは娘イヴァンカの夫・ジャレッドに事実上無制限の権力を与えていた。それは愛娘(イヴァンカ)のご機嫌を損ねたくないから。
 ジャレッド・クシュナーの機嫌が悪い。トランプのホワイトハウスでは、絶対に聞きたくないニュースだった。著者はジャレッドの愚かな発言に辟易(へきえき)させられていた。
 トランプのホワイトハウスでは、トランプに都合の悪い事実がニュースとして流れると、その情報漏洩者捜しが始める。しかし、これは気に入らない人間を排除する口実として用いられることが多かった。
トランプ一家の大半の人間は、人々をいともあっさり解任し、自分たちの生活から切り離していく。
完全なる忠誠心を求めるものの、誰に対しても忠実ではない。彼らはビジネス界の人間であって、ビジネスに私情を差しはさむことは許されない。
トランプのやったことで良いことは共和党の政策だからであって、トランプの政策が良かったからではない。
 分裂を引き起こし、スキャンダルまみれのトランプ時代のドラマと決別すべきだ。
 6年間もすぐそばにいた女性から、これほどまで「下劣」だと決めつけられるような人間がアメリカの大統領になるなんて、ホント信じられません。
(2024年6月刊。2400円+税)

2024年11月 9日

クラーク・アンド・ディヴィジョン


(霧山昴)
著者 平原 直美 、 出版 小学館文庫

 1944年、シカゴの地下鉄駅で事故が発生。
 著者はアメリカで生まれ育った日系3世。1962年にカリフォルニアで生まれ、スタンフォード大学を卒業してロサンゼルスの大手日系新聞社に入社して記者として活動しはじめる。その後、作家活動に入った。ジャーナリストとして、そして小説家として、日系アメリカ人のリアルを追い続けている。
 アメリカに日本が戦争を仕掛けたあと、日系人は収容所に入れられた。ただし、アウシュヴィッツのような絶滅収容所ではなかったし、シベリアに抑留して強制労働させられたというものでもない。アメリカに対して忠誠心をもつと認められたら、収容所を出ることが認められた。ただし、西海岸に戻ることはできず、行き先はアメリカ政府(戦時転住局、WRA)が定める。
 アメリカ生まれ、アメリカ育ちのアメリカ市民、日本に行ったこともないのに、ルーツが日本だというだけで差別された。収容所を出るときの出所許可申請書には、「日本国天皇に対する忠誠を拒絶することを誓えるか?」という質問がある。
 そして、戦時下で強制収容所に入れられたのは日本人と日系人だけで、同じ敵国のドイツ系もイタリア系もそれまでどおりの生活を送ることができた。
 戦時下のアメリカで日系人がどんな苦労をしていたのかが手にとるように分かる描写が満載のミステリー小説でした。そして、どこの国も警察って、あてにならない、そしてあてにしてはいけない組織だということもよく分かります。
 袴田さんの再審無罪判決で、裁判所が警察官たちが証拠を捏造(ねつぞう)したとしか考えられないと認定したのに対して、検事総長は控訴断念の声明のなかで「残念無念」とばかり言って、まったく反省の色を示していません。こんな警察・検察だったら、今後も再び証拠捏造をやってしまうんだろうなと思わざるをえません。そのため、これまでたくさんの人が泣いてきたわけですが、これからも泣かされる人が続出するということですよね、残念です。
(2024年6月刊。1210円+税)

2024年11月 8日

Z世代のアメリカ


(霧山昴)
著者 三牧 聖子 、 出版 NHK出版新書

 アメリカの大統領選挙の投票日も間近となりました。「もしトラ」が万が一にも実現したら、本当に世の中、お先、真っ暗ですよね。私からすると、トランプなんて、見かけ倒しのインチキ不動産ブローカーにしか思えないのですが、プアホワイトが熱狂的に信奉しているようですね、怖い現象です。
 さて、Z世代とは何か...。1997年から2012年のあいだに生まれた世代のことです。
 現在、アメリカの人口の2割を占めています。
 Z世代は、アメリカの強さよりも弱さを、その善なる部分より悪しき面を存分に見て育った世代。そして、戦争なんか、もうコリゴリという反戦感情を抱いている。
 アメリカによる「テロとの戦い」のために、過去20年間でアメリカが軍事作戦を展開した国は80ヶ国に及び、支出した費用は880兆円(8兆ドル)。そして、死亡した米兵は7千人。敵対する兵士や民間人を含む全世界の死者は90万人をこえる。
 トランプは、今後はただひたすら国益を追求する、「アメリカ第一」で行くと宣言した。トランプは、「例外主義」を放棄した大統領。
 Z世代は物心がついてから、ずっと、お金がものを言う政治を見せつけられてきた。
 アメリカの社会保障制度や政治システムに関して「誇りに思えない」と回答する割合が6割をこえている。これって、Z世代に限らない割合です。それもそうですよね。アメリカには国民皆保険制度が今もなく、それを主張すると、「アカ」呼ばわりされるのですから...。
 さしずめ、ヨーロッパはフランスもイギリスも、トランプからすると「アカ」の国になってしまうのです...。おかしな話です。
 「他国への軍事介入はアメリカをより安全にするか?」という問いに対して、「安全にならない」と回答した人が40%にのぼるとのこと。アメリカ人も良識のある人も少なくないのですね、ちょっぴり安心しました。
 ロシアのプーチン大統領にとって、トランプの主張するような、アメリカが「例外主義」を放棄して「アメリカ第一」を掲げて内向きになることは、周辺国に領土や勢力圏を拡張したいので、望ましいこと。だから、トランプはプーチンと仲が良いのですね。
 アメリカでは、上位10%の世帯が国の富の72%を保有し、下位90%の世帯は国全体の富の2%しか持たない。格差は広がり、ますます固定化している。
 トランプ大統領の下で司法の保守化がすすんだ。これは「永久保守革命」とも称される。
 2022年の中間選挙でZ世代の連邦議員が初めて誕生した。マクスウェル・フロストという。
 アメリカのZ世代の活躍ぶりを知ることができました。日本では、Z世代は団塊世代2世が該当するのでしょうか。アメリカに比べて少々、活力が感じられませんね...、残念です。でも、決してあきらめているわけではありません...。
(2023年7月刊。930円+税)

2024年10月12日

「カサブランカ」、偶然が生んだ名画


(霧山昴)
著者 瀬川 裕司 、 出版 平凡社

 映画「カサブランカ」は、史上屈指の人気作品の一つ。
 酒場で、ナチスの将校たちがナチ賛美の歌をうたって気勢をあげるのを、くやしそうに下をうつ向いて指をかんでいた男たちが、誰かがフランスの愛国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌うと、その場にいたナチス将校以外の全員が立ち上がって歌い出し、ついにナチス将校を圧倒するという感動的な場面は忘れようがありません。
著者は18歳のときに初めて観たあと、なんと1年間で10回以上も観たとのこと。ええっ、どうしてそんなことが可能だったのでしょうか、それほどロングラン上映されていたのですかね...。
 この本は映画「カサブランカ」が出来あがるまでが、これでもかこれでもかと言わんばかりに、きわめて詳細にその経過をたどっています。
 まず、脚本です。その原作を誰が書いたのか、そして、それにもとづいた脚本は誰が書いたのか...。原作を書いたのは、バーネットとアリスンという男女。そして脚本は、何人もの手が加わっている。アメリカ映画って、すごい人数が関わってつくられるということを知りました。
 まずは、マッケンジーとクライン。そして、エプスティーン兄弟。次いで、ハワード・コッチ。それからケイシー・ロビンスン。これら脚本家全員が、映画が完成して高く評価されたあと、あの高く評価された部分は自分のアイデアだと主張したというのです。それぞれ、すごいプライドです。
 そして、1942年5月から撮影開始。ところが、脚本はまだ完成していなかった。それでも、ハンフリー・ボガードとイングリット・バーグマンは初日から撮影に参加した。
 この夏、ワーナー映画のスタジオでは、ほかに6本の映画の撮影が進行していた。「カサブランカ」は、そのなかで高額の資金が投入された作品ではなかった。製作費103万ドルだったが、別に264万ドルとか150万ドルというのもあった。
 「カサブランカ」が全国公開されたのは1943年。そして翌1944年にアカデミー賞作品賞を受賞した。
 リック役のハンフリー・ボガードはギャングや悪徳弁護士など悪役専門の俳優だったそうです。ところが、戦争が始まってからは、ナチを倒すタフな男の役を演じるようになりました。戦後は、ハリウッドの赤狩りに反対する委員会のメンバーとして活動しています。
 そして、イルザ役のイングリッド・バーグマンは、「カサブランカ」を代表作とは認めないと高言していたとのこと。ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」こそ代表作だとしたのです。
 それにしても、この映画に関わった主要メンバーの多くがユダヤ系というのには改めて驚かされます。ハリウッドに多いのは「アカ」と「ユダヤ」だという「非難」はあたっているのですね...。もちろん、こんな「非難」は間違っています。能力ある人は、誰であろうときちんと評価すべきなのです。
 よくもまあ、ここまで調べ上げたものだと驚嘆しながら読了しました。
(2024年5月刊。3400円+税)

2024年9月13日

原爆(上)(下)


(霧山昴)
著者 ディディエ・アルカント(文)、ドゥニ・ロディエ(絵) 、 出版 平凡社

 フランスの真面目なマンガ本です。映画「オッペンハイマー」と同じく、アメリカの原爆開発の過程をマンガによって視覚的に明らかにしています。日本の物理学者である仁科(にしな)芳雄な登場するのは意外感がありました。日本の原爆研究・開発がそれほど進んでいたとは思えないのですが...。
 それより驚いたのは、「森本」という架空の人物が登場し、その息子2人が戦死するという状況も描かれていることです。この「森本」は、今も銀行の階段に黒々とした「影」が残っていますが、その「影」の持ち主、つまり原爆が投下されたときに銀行の階段に腰をおろして休んでいた人物とされていることです。なるほど、そうなんですよね。原爆投下によって一瞬のうちに何万人もの人々が蒸発したように亡くなったわけですが、その人たちはみんなみんな、それぞれの人生を過していたわけです。それが原爆によって一瞬のうちに消滅させられたのです。
 原爆開発にはナチスも取り組んでいました。そして原料となるウランの争奪戦も水面下で激しくたたかわれていました。
 アフリカのベルギー領コンゴがウランの原産地です。ノルウェーの山中にドイツは「重水」の生産工場があるので、連合国軍は特殊部隊を派遣して爆破しようとしましたが、悪天候のせいで見事に失敗してしまいました。
 下巻では、いよいよ原爆の人類初の爆発実験の様子が描かれます。映画でも緊張の瞬間でした。放射能汚染の怖さを誰も知りませんから、ゴーグルで目を保護するくらいで、防護服を着た人は誰もいません。
 実験があったのは1945年7月14日未明のこと。実験が「成功」したとき、アメリカ軍の将校はこう言った。
「我々は戦争に勝つ。日本に1.2発落とせば、終わる。よくやった」
8月6日に広島、そして8月9日に長崎に原爆が落とされ、日本は8月15日に無条件降伏しました。なので、原爆が日本敗戦の決め手になったのは間違いないでしょう。でも、多くの日本人は「新型爆弾」と呼ばれた原爆のことを十分に知らされず、また、広島・長崎の惨状も共有化されませんでした。
それは戦勝国アメリカ人にとっても同じです。原爆の悲惨さ、そのケタ外れの威力について認識を深めることはありませんでした。各戸の地下室に「シェルター」をつくる動きがあらわれたのは、その象徴です。原爆は「シェルター」をつくったくらいで被害を回避できるというものではありません。ところが、政府・当局は、それを知ったうえで、知りながらも「核シェルター」づくりを現在でも推奨するのです。おかしなことです。
映画「オッペンハイマー」には、原爆投下による広島・長崎、悲惨な状況が一切描かれませんでした。しかし、この本には銀行の階段に腰かけていた「森本」をはじめ、都市全部が消滅した状況が視覚化されています。マンガ「はだしのゲン」はとてもよく描けたマンガだと思います。ところが、子どもには残酷すぎると称して読ませないところ(学校)もあるとのこと。信じられません。大判のずっしりしたマンガ2冊です。図書館に備え置いて、誰でも見れる、読めるようにしたいフランス産のマンガ本です。
(2023年7月刊。(3800円+税)×2)

2024年7月30日

ジェーンの物語


(霧山昴)
著者 ローラ・カプラン 、 出版 書肆侃侃房

 映画のほうは見損なってしまいましたので、本を読みました。アメリカの1970年代初め、まだ妊娠中絶が違法とされていたころ、シカゴの女性たちが「ジェーン」と名づけられた非合法の組織をつくって、中絶を援助した実話を掘り起こして紹介した感動的な本です。
 4年あまりの活動期間に1万1000人の女性を援助して中絶を成功させたとのことです。そして、この「ジェーン」に関わった女性は100人超です。本当に大変なことだったと思います。警察に摘発されてブタ箱(警察署の留置場)に入れられた女性も7人いますが、結局、裁判にはなりませんでした。アメリカの連邦最高裁のほうが、中絶を違法とする州法を無効と判断したからです。
4年あまり活動して「ジェーン」は解散したのですが、中絶は違法とされていたので、記録は意図的に残していない。捜査の手が入ったときに芋づる式に検挙されることを恐れたから。それを著者がインタビューして明らかにしていったのです。
当初の中絶費用は600ドル。1ドル100円としたら6万円です。けっこうな値段ですが、それは、ともかく、安全に中絶してくれる医師を確保するのは大変でした。
 「ジェーン」が依頼していた「医師」は、実は医師免許をもっていないというのが、途中で判明しました。それでも、腕はいいので、続行しました。そして、やがて、その「医師」から中絶技法を学んで、「ジェーン」の女性たち自身が中絶手術をするようになったのです。
中絶を依頼してくるのは、若い人から年輩まで、そして白人も黒人も、いろいろ、裕福な女性も貧困層もいました。なかには、妻や娘を送り込んでくる警官たちもいたのです。決してオトリ捜査ではありませんでした。
 中絶反対派は、「赤ちゃん殺し」と叫びますが、「ジェーン」に関わった女性は、「胎児は人間ではない」と考えました。それより、目の前の女性を助けることにしたのです。
「ジェーン」は決して中絶を推奨したのではありません。
中絶の最初の段階として、過剰出血を防ぐため、エルゴトレートを筋肉注射する。スペキュラムを膣に挿入し、子宮の入口を筋肉でできた子宮頸部を露出させ、膣と子宮頸部を殺菌剤のベタジンでぬぐう。次に、子宮頚管の周囲に麻酔薬のキシロカインを注射して子宮の拡張がもたらす痛みを鈍らせる。子宮頚管の硬く締まった筋肉を拡張させ、柔軟な金属でできているゾンデで子宮頚管の向きを確認してから、拡張器を子宮の開口部である子宮頚管に挿し込み、子宮内に器具を挿入できるようになるまでゆっくりと拡張する。いずれも注意深く慎重にやる。拡張が終わったら、小さなスポンジ鉗子を子宮に入れ、胎児と胎盤を少しずつ取り出す。取り除けるものを取り除いてから、中空のスプーン状のキュレットを使って、子宮内膜をきれいに掻き出す。鉗子とキュレットを代わるがわる用いて、この手順を繰り返す。子宮壁がきれいになって中絶が完了すると、キュレットが子宮膜をこする音は、親指で口蓋をこするのと同じような音になる。
この中絶のプロセスで痛みを伴うのは、ほぼ空になった子宮が収縮して器具にあたる最後だけ。中絶には魔法のようなものはなにもない。その手法は非常にシンプルなもの。
中絶したあと、出産後と同じように、ホルモンレベルの急激な変化がうつ病の引き金になる可能性があるようです。でも、それ自体が生命の危険をもたらすわけではありません。
この本の「ジェーン」に関わった女性は、どうやら私とほとんど同世代(戦後生まれの団塊世代)か、少しだけ上の女性たちのようです。その勇気と行動力に圧倒されました。
いったい、日本はどうなっているのでしょうか。そう言えば、ごく最近、フランスでは、憲法に女性は中絶できる自由のあることが明記されたのですよね。すばらしいことですね。
自民党や公明党はいまだに選択的夫婦別姓すら認めようとしませんし、憲法改正に躍起になっていて、国民の権利を制限する方向の議論しかしません。本当に残念です。
読んで勇気の出る、いい本です。ご一読をおすすめします。
(2024年4月刊。2500円+税)

2024年7月20日

イーグル・クロー作戦


(霧山昴)
著者 ジャスティン・ウィリアムソン 、 出版 鳥影社

 1979年11月、イスラム革命の真っ只中にいたイラン国民は、その怒りの矛先をテヘランのアメリカ大使館に向けた。
 アメリカは、それまで何十年もイランとは友好的な関係にあった。しかし、イスラム革命によって、パーレビ国王を追放したイラン革命は、ホメイニー師が帰国してクライマックスを迎えた。イランを脱出したパーレビ国王は、病気治療名目でアメリカに入国することができた。そのことでイラン国民のアメリカへの怒りは頂点に達した。
 1979年11月4日、アメリカ大使館がイラン人に古拠され、66人のアメリカ人が人質となった。アメリカは直ちに人質救出作戦を立案した。そして、アメリカの砂漠で救出訓練を開始した。1980年4月24日、アメリカ軍の救出部隊がイーグル・クロー作戦を開始した。
 しかし、ヘリコプターの1機が機械的不具合で不時着し、作戦から離脱。ハブーブ(砂嵐)のため、ヘリコプターの操縦士たちは空間識失調となった。そして、アメリカのヘリコプター同士が接触して炎上した。アメリカ軍将兵が現場から離脱するに際して、ヘリコプターを破壊する余裕はなかったので、すべての情報が置き去りにされた。ジミー・カーター大統領は4月25日の朝、国民に対して救出作戦の失敗を報告した。
 その結果、カーター大統領の支持率は60%から30%未満へと急落した。
 この救出作戦には沖縄を拠点とする第1特殊作戦飛行隊も参加していた。そのことを知って沖縄と日本でアメリカ軍基地への反対運動が強まった。
 アメリカ人の人質は1979年11月17日にまず13人が、そして1981年1月20日に残る52人が解放された。444日間も拘束されていた。
 失敗した救出作戦のとき、8人のアメリカ兵が死亡した。
 この作戦が失敗した要因の一つは、情報の漏洩を警戒しすぎたこと、敵を欺騙することを優先させたことから、ヘリコプターの安全確認が十分できず、友好国の特殊部隊からの支援を受けられず、結果として、全部隊をまとまりのある組織につくり上げることができなかったことにある。
 アメリカは、ベトナム戦争のときにもハノイにある捕虜収容所からの救出作戦にも失敗しています。それほど、救出作戦って、難しいのですね...。
(2024年2月刊。2200円)

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