弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
アメリカ
2021年3月 5日
怒り
(霧山昴)
著者 ボブ・ウッドワード 、 出版 日本経済新聞出版
トランプの4年間を総括するというサブ・タイトルのついた本です。著名な記者がトランプ大統領に直接、オンレコで取材したことがベースになっていますので、トランプ前大統領としても全否定できるはずがないものです。
アメリカのすばらしいところは、この本がアメリカで150万部も売れたということです。アベ前首相の回顧録がつくられたとして、それが何万部、何十万部も売れるとは、私にはまったく思えません。
トランプ前大統領の人間性を知れば知るほど、こんないいかげんな男にアメリカ人の多くがコロッと騙され、今なお共和党議員の多くが信奉しているというのが信じられません。
トランプは取材した著者に対して、「すべてのドアの向こうにダイナマイトがある」と答えた。
予想外の爆発で、なんもかもが変わりかねないという意味だ。しかし、そのダイナマイトは、実はトランプ自身だった。
肥大した個性、組織化の失敗、規律の欠如。トランプは自分が選んだ人間や専門家を信頼しない。アメリカの社会制度の多くをひそかに傷つけるが、あるいは傷つけようとした。人々を落ち着かせて、心を癒やす声になるのに失敗した。失敗を認めようとしない、下調べをきちんとしない。他人の意見を念入りに聞かない、計画立案ができない...。
トランプは、長く、自分に異議を唱える人間を傷つけてきた。敵だけでなく、自分の部下やアメリカのために働く人々に対しても同じだった。
トランプはよくしゃべる。ほとんど、ひっきりなしにしゃべる。そのため、かえって国民の多くに信用されなくなった。国民の半分ほどが絶えずトランプに怒りを覚えたが、トランプ本人はそれを楽しんでいるように見える。
トランプ政権では、何事が起きても、おかしくない。何が起きるか、見当もつかない。
トランプ政権のもとで、アメリカの大統領の権力は、いまだかつてなかったほど強まった。トランプは、それをとりわけメディア支配に利用している。
トランプの義理の息子(娘のイバンカ・トランプの夫)ジャレッド・クシュナーの影のような存在も、予測できない要素の一つだ。クシュナーは、きわめて有能だが、意外なほど判断を誤るので、その役割が、きしみを生じさせている。
クシュナーは、ほとんど通常の手順を介さずに大統領の業務に半端に手出しした。ジョン・ケリー首席補佐官は苦慮し、その職務遂行の妨げになった。
クシュナーは、ハーバード大学を卒業していて、知力が高く、できぱきとして、自信に満ち、しかも傲慢だった。トランプは、このクシュナー外交対策のなかでもっとも重要かつ機密の部分を担当させた。しかし、それはうまくいかなかったし、うまくいくはずもなかった。いくら大学で成績が良かったとしてもクシュナーの思いつき程度で世の中が変わるはずもありません。
トランプには、自分なりに信じている事実がある。どいつもこいつも馬鹿だし、どの国もアメリカを騙して、ぼったくっている。この固定観念はあまりも強かった。アメリカはずっと利用されてきた。アメリカは、みんなが金を盗もうとする貯金箱だ。
いやはや、トランプの間違った思い込みは恐ろしすぎますよね...。
国防長官になったマティスは、トランプについて、本を読まないから、できないと見切ったようです。
書物や資料を読む。人の話を聞く、評論する。複数の方策を比較考量して政策を決定する。そんなことがトランプにはできない、できなかった。すぐに変わる、気まぐれなツィートによる意思決定のため、これまでのすべての戦利が沈没しつつある。マティスは、こう考えた。
トランプに任命された国防長官だったマティスは、辞めた理由を著者にこう語った。
愚かさを通りこして、重罪なみの愚行だと思ったことをやれと指示されたので、辞めた。それは国際社会におけるアメリカの地位を戦略的に危うくするようなことだった。
国務長官のティラーソンを解任する理由について、トランプは直接、何も言わなかった。ティラーソンは、トランプについて、「クソったれの間抜け」と会議で言ったことがリークされていた。
自分の思いつきだけで、専門家の助言も無視して強大な権力を行使しようとしたトランプは、アメリカと国際社会に大いなる災厄をもたらしました。残念なことに、そんなトランプの蛮行を今なお偉業だと信じこんでいる人がアメリカにも日本にも少なくないという現実があります。フェイクニュースに毒されてしまった人を目覚めさせるのは容易ではありませんよね...。
(2020年12月刊。2500円+税)
2021年1月26日
ジョン・ボルトン 回顧録
(霧山昴)
著者 ジョン・ボルトン 、 出版 朝日新聞出版
この本のオビに池上彰の解説文がついています。
「トランプ政権とは、"大きな赤ん坊"に振り回されながら、なんとか権力にしがみついていたい野心家ばかりの組織であることがわかる」
まさしくその内情が手にとるように描かれ、読んでいると寒々としてきて、こんな男たちがアメリカを牛耳っていて、世界の平和を脅かしているのかと思うと空恐しくなってしまいます。
タカ派のボルトンは1年半ものあいだトランプ大統領の外交担当補佐官をつとめ、トランプのすぐ身近にいました。
ボルトンは、この本のなかでトランプについて再三再四、軽蔑の言葉を書きつらねています。いかにトランプが愚かな人間であるか、また、側近たちもトランプをバカにしている様子が赤裸々に描写されている。これも池上彰の解説文です。
トランプは、自らの直感と、外国首脳との個人的な人間関係、そして何よりテレビ向けに築きあげたショーマンシップだけに頼って、行政府を運営したり、国家の安全保障政策を策定できると信じている。
トランプに対する周囲の大人たちの働きぶりがあまりにもお粗末なため、トランプは人々の善意を勘ぐり、背後に陰謀があるのではと疑い、ホワイトハウスの運営に関して驚くほど知識不足のまま政権をスタートさせた。
トランプは自分自身のことを「非常に安定した天才」だとツウィートした。いやはや、恥ずかし気もなく、こんなことを書けるとは...、信じられません。まあ、誰も言ってくれないので、自分で言うしかないのでしょうね...。
トランプは、ブッシュ元大統領親子とその政権を見下すような物言いをする。
トランプは一度決めたことを、すぐに変えたがる。
トランプと北朝鮮の金正恩との2度にわたる会議の内情も暴露されています。トランプのほうは、ともかく金正恩とすぐに会って会談しようとするので、ボルトンは苦々しく思っていたようです。金正恩に手玉にとられて、利用されるだけだとボルトンは考えていたのです。その心配な思いはトランプにはどうやら伝わらなかったようです。
ボルトンは北朝鮮を動かす最良の手段は軍事的圧力だとしています。タカ派の主張そのままです。
安倍首相は、トランプが金正恩と会って話すのを止めさせようとしていたとのこと。
トランプは、「行きたいんだ。見事な出し物になるだろう」と言った。つまり、トランプは政治ショーの主役を演じたかったのです。それがボルトンは気に入りませんでした。
金正恩がトランプに宛てた書面は、大げさすぎる誉め言葉の嵐で、トランプは大いに喜んだ。これがトランプと金正恩との親密な関係の始まりとなった。
トランプは、カナダのトルドーもフランスのマクロンもあまり好きではなかった。
金正恩はトランプに対して、自分のことをどう思うかと質問した。よい質問だ、とトランプは言い、あなたは非常に頭がよく、かなりの秘密主義者ではあるが、とてもよい人だ。全く嘘偽りのないすばらしい人柄だ、と持ちあげた。
ええっ、ウ、ウソでは...。トランプがこんな答えをするなんて。
金正恩は、肯定的な答えを引き出すためにあらかじめ考えられていた質問だったに違いない。そんな答えでなければ会話はすぐに終了してしまう恐れがあったから...。トランプは金正恩に、まんまとしてやられたのだ。ボルトンは苦々しそうに、こう書いています。
安倍首相がトランプと話している最中にトランプがすっかり眠ってしまったことがあるというエピソードも紹介されています。要するにアベ首相はトランプからまったくバカにされていたのですよね。
トランプは安倍首相をイランと交渉してくれと求め、安倍首相はその要請を受けてイランを訪問し、何の成果も得られなかった経緯も紹介されています。アベはトランプのポチだったのです。トランプ政権の内情暴露本として興味深く読み通しました。
(2020年10月刊。2700円+税)
日曜日の朝、フランス語検定試験(準1級)の口頭試問を受けました。今回はなぜか受験生はおじさんばかりでした(あとから女性もチラホラ来ましたが...)。
3分前に渡された問題は、コロナ禍によって、何がどう変わったか、というのと、客の要求はいつもまともなのかというものでした。私はコロナ禍について想定問答していましたので、こちらを選択。まず3分間スピーチをします。事前に練習していたとおり、職場のテレワークは、弁護士は面談が欠かせないので無理、家庭では自由時間が増えて、散歩したりガーデニングや孫たちと遊ぶ時間ができたと話しました。今回は頭の中の文章を吐き出し、なんとかフランス語らしく話すことができました。
次に試験管との質疑応答です。これは、いつもなんとかなっていますし、今回も無事に切り抜けました。年に1回の口頭試問ですが、本当に緊張します。終わって、宇宙の話を書いた新書を喫茶店で読んで、頭のほてりをさまして帰宅しました。
2021年1月10日
宇宙考古学の冒険
(霧山昴)
著者 サラ・パーカック 、 出版 光文社
現代のインディ・ジョーンズは人工衛星で古代の遺跡を探すという話です。
宇宙考古学とは、さまざまな人工衛星データを分析することで、他の方法では見つからない遺跡や遺構を見つけて、マッピングする分野だ。
人工衛星画像と地上探査によると、アマゾン川の流域に1万8千ケ所の遺跡が存在する可能性がある。いま人間が住むのに適しない地域に100万人以上が暮らしたと思われる。ええっ、そ、そんなことが本当にありうるでしょうか...。
人工衛星の撮像システムによるが、画素を構成する光には可視光だけでなく、近赤外光や中赤外光、遠赤外光もふくまれている。さまざまな波長の赤外線を用いて、植生の健康状態のわずかな違いを視覚化すると、色のバリエーションを感知することができる。
たとえば石壁の基礎部分が土に埋もれていったとして、その上に牧草が根づいたとしても、別のところの牧草と同じ深さまで根は伸びることができない。すると、牧草がその部分だけ生育が悪く、干ばつのときには先に枯れてしまう。水路のときには、そこに腐敗した植物がたまり、肥決な腐葉となり、水路跡では牧草や作物がよく育ち、周りよりも草丈が高くなる。
このような植生の草丈の違いによる影は、航空写真で簡単に確認できる。そして植生の健康状態の微妙な違いは、人工衛星の近赤外線観測データから読みとることが可能。人工衛星画像は2000ドル(10万円)で手に入る。
エジプトで、ヴァイキングが活躍していた北欧で、そしてマヤなどの南米で、またインダス文明の遺跡を求めて探査していき、あちこちで遺跡を発見していったのでした。きっとワクワクドキドキの瞬間が何回もあったことと推察します。ローマの円形劇場を上空から発見できなるなんて、すごいことですよね。
著者は遺跡の盗掘ともたたかっています。村ぐるみの組織的が最近もやられているようです。需要が存在しなかったら、盗掘は現在のレベルにはないだろう。盗掘は、いちかばちかの犯罪だ。エジプトの地元住民の盗掘グループのときは、村の共同体内であらゆる遺物の売却代金を分配する。地元住民が遺跡保護に積極的に関われば、世界は大きく変わる。
著者は発掘現場に行きますが、発掘隊長になると、その仕事の大半は雑用係である。本当に大変なんですよね...。
それにしても人工衛星が軍事スパイ衛星ではなく、古代遺跡の探査に大活躍していることを知りました。ワクワクドキドキする内容の本になっています。
(2020年9月刊。2400円+税)
2020年12月19日
終わりなき探求
(霧山昴)
著者 パール・S・バック 、 出版 図書刊行会
パール・バックの本を久しぶりに読みました。ノーベル文学賞をもらっていたのですね。もちろん『大地』は読んでいます。
宣教師だった両親とともに生後3ヶ月から42歳まで中国で暮らした経験をふまえた作品です。1934年、日中戦争の「はじまり」のころにアメリカに帰国しました。
『大地』は1931年に書きあげ、1932年にピューリッツア賞、そして1938年にノーベル文学賞を受賞したのです。戦後の中国政府からは入国禁止処分を受けていたとのこと。
1973年にアメリカで亡くなりました。80歳でした。この本は80歳で亡くなる直前に病室で書かれたものだそうです。384頁もある長編小説ですが、まさか80歳の女性が書いたとは思えない、みずみずしさです。
主人公は、12歳で大学入試に合格し、16歳でヨーロッパへ旅立つ青年です。
その心理描写は、とても80歳という高齢の女性の手になるものとは思われません。まことに作家の想像力は偉大です。うらやましい限りです。私も、こんな豊かな想像力を働かせて、「ホン」を書いてみたいと思います。あすなろうの気分です。今にみていろ、ぼくだって...。
それにしても、12歳で大学に合格するほどのズバ抜けた才能をもつ人が何を考えているのか、ひたすら凡人の私にはまったく想像できません。
ニューヨークの超大金持ちの邸宅にすむ高齢の祖父の日常生活も想像して描写することができません。イギリスの古城にすむ貴族女性の生活なんて、まるで雲をつかむような話です。そして、パリに住む高級古物商の営業と生活、さらには韓国でのアメリカ兵の生活...。
いくら想像力があっても、裏付け調査がなければ難しいと思います。そして、それを一つのストーリーにまとめあげるのです。いやはや、さすがパール・バックだと驚嘆してしまいました。
世界は、いろいろな種類の人間で成り立っている。できるだけたくさん、異なるタイプの人間と知りあうことが大切だ。というのも、そうした人々が基本的に我々の人生を構成しているからだ。
間違ったことをしているということだけで、それをしている人たちを避ける必要はない。そうした行為になぜ走るのか理解してはいけないということもない。世の中は、美しく、秩序ある人々ばかりではない。あるがままの相手を理解するのだ。そのためには、人々から少し距離をとっておく。
モノカキは二通りいる。その一は、技巧や描写のしかたを詳細に検討して、道具としてのコトバを知り尽くしていて、小説や物語の構成要素を研究し、初めから終わりまで筋立てに工夫をこらし、知識のすべてを投入して書きはじめる人たち。このタイプは、だいたいうまい書き手で、養成もできる。
その二は、ひとつの考えや状況にとりつかれて、それを紙に書きつけるまで解放されないというタイプ。ひたすら状況を述べるだけで、解答を示さないかもしれない。答えがあるとは限らないから。このタイプは、書かずにおれないのだ。
私は、まさしく第二のタイプのモノカキです。書かずにはおれないのです。私という人間の理解できたことのすべてを文字としてあらわしたいのです。もちろん、売れる(広く読んでもらう)ための構成を少しばかり考え、工夫したいとは思っているのですが...。
知識は、人を世間ばかりか賢明な人々からも孤立させるので、知りすぎると不安になる。なので、毎日が本の一頁だと思って、丁寧に、隅々まで味わって読むのが一番いい。
人間が知りえない理由によって、その先に真理が存在するという確信を得ようとする。それこそ、永遠の探求心こそが、人間のすべての営為の根源なのだ。
384頁という長編でしたし、じっくり読もうと思い、とびとびに3日間かけて、じっくり味わいながら読了しました。
(2019年10月刊。2700円+税)
2020年12月10日
ルース・ベイダー・ギンズバーグ
(霧山昴)
著者 ジェフ・ブラックウェル、ルース・ホブディ 、 出版 あすなろ書房
1993年にビル・クリントン大統領からアメリカ連邦最高裁判事(終身)に任命された女性判事(RBG)をインタビューしている本です。すごい判事がいたのですね。
RBGはインタビュー当時、87歳で現役の最高裁判事でした。
1956年にRBGがハーバード大学ロースクールに入学したとき、男子学生500人に対して女子学生はわずか9人。それでも前年5人から倍増。ところが、今ではロースクール生の半分は女性が占めている。日本では、まだそこまではいきませんよね。
ロースクールでの成績は優秀だったのに、ニューヨークの法律事務所でRBGを迎え入れようとしたところは一つもなかった。RBGはユダヤ人であり、女性であるうえに母親だったこと(4歳の娘をかかえていた)が問題だった。そこで、RBGは大学で働くようにした。
RBGの母は娘にレディーになることを求めた。それは、エネルギーを奪うだけで、役に立たない感情には流されない女性のこと。怒りや嫉妬や後悔といった感情は、自分を高めるのではなく、袋小路に追い込むだけ。「レディーになる」とは、怒りにまかせて言い返したりせず、何度か深呼吸してから、理解していない人々を教え導くように応える女性になること。
もし意地悪であったり、無神経な言葉を投げかけられたときには、聞こえないふりをして聞き流したらよい。無視してしまえばよく、決してそれでめげてはいけない。ノーと言われても、あきらめないこと。
そして、怒りにまかせて反応してはいけない。過去を振り返らず、変えようのないことで、あれこれ悩まないこと。他人の声にきちんと耳を傾けることが大切。うむむ、そのとおりなんですよね。とはいっても、実行するのは容易ではありませんが...。心がけてはいます。
RBGは次のように呼びかけています。
信念にもとづいて行動しなさい。ただし、たたかいは選び、のっぴきならない状況には追い込まれないように。リーダーシップをとるのを恐れず、自分が何をしたいかを考えて、それをおやりなさい。そのあとは、仲間を呼んで、心がうきうきするようなことを楽しみなさい。そして、ユーモアのセンスをお忘れなく。これまた、まったく異論ありません。
リベラル派の最高裁判事として大活躍したRBG、最強の87歳を知ることのできる80頁ほどの小冊子です。
(2020年10月刊。1000円+税)
2020年11月17日
世界で最も危険な男
(霧山昴)
著者 メアリー・トランプ 、 出版 小学館
アメリカの大統領選挙には冷や冷やしてしまいました。まさかトランプが再選されることはないだろうと期待しつつ、祈る思いで開票状況を見守っていました。敗北したとはいえ、7000万票をこえる得票、前回より600万票も伸ばしたトランプ支持層の厚さには恐ろしさすら感じました。
この本で、トランプの姪(兄の娘)はトランプはアメリカの大統領になんかになるべき人物ではなかったと断言しています。それはトランプの父との関係にさかのぼる精神分析にもよっています。著者は心的外傷(トラウマ)、精神病理学、発達心理学を大学院で抗議している博士でもあるのです。
トランプにとっては事実よりも話の面白さのほうが大事。つくり話のほうが受けると思うと、真実をあっさり犠牲にする。
2015年6月、トランプが大統領選挙に出馬すると言い出したとき、おそらく本人も本気ではなかっただろう。単に広告費をかけずに自社ブランドの名前を宣伝したかっただけのこと。ところが、支持率が上がり、ロシアのプーチン大統領から全面的協力するという暗然の保証を得たあたりから本気になっていった。
トランプには、5回もの破産記録がある。
トランプがこれまでに自力で何かを成し遂げたことはあっただろうか...。
トランプは親族で会食するたびに、必ず他人をけなし、笑いものにした。
トランプは父との関係で、無謀な誇張癖や不相応な自身を示したが、それは父から認めてもらうために必要なものだった。
トランプの人物像は虚像と誤伝とでっち上げで成り立っている。共和党と白人至上思想の福音派キリスト教徒たちがその虚像を延命させてきた。そして、ポンペオ国務長官などが黙認によって延命に加担している。
トランプは好ましくない状況になったときには、その場しのぎの嘘をつき、問題を先送りにして不明瞭にするのが常套手段だ。
トランプ家において分裂と不和の空気をつくっていたのはトランプの父であり、トランプは常にその空気のなかを泳いで育った。この分裂によってトランプだけが利益を得て、ほかの全員が苦しんだ。
トランプは、常に組織の一部となっていたので、自分の限界を思い知らされることもなく、自力で社会的に成功する必要もなく、守られてきた。まっとうに働く必要もなく、どれだけひどい失敗をしても、挽回してきた。
乳幼児期には、生理的欲求が満たされるだけでなく、求めに応じて自分に注意を向けてくれる人の存在が欠かせない。ところが、トランプが2歳半のとき、母親が病気で倒れてしまい、5人の姉弟たちは母なし子同然になってしまった。父親は、裕福な実業家ではあったが、高機能の社会病質者で、共感力をもたない、平気で嘘をつく、善悪の区別に無関心、他者の人権を意に介さない人間だった。
父親の無関心によって2歳半のトランプは大きな危険にさらされた。安心と愛情が与えられず、深い精神的外傷(トラウマ)を負った。この傷がトランプに一生消えない傷を負わせ、その結果、トランプはうぬぼれ、自己顕示、他者への攻撃性、誇張癖が身についた。
トランプ家の子どもたちにとって、嘘をつくのは当たり前であり、嘘は自衛手段だった。生きのびるためには嘘が必要だった。
トランプの父親は家庭において、冷酷な専制君主だった。そして税金を支払うのが大嫌いで、納税を回避できるのなら、どんな手段もつかった。
父親は、「男はタフでなければいけない」というルールを子どもたちに押しつけた。そのためなら何をしてもいい。嘘をついてかまわない。自分がまちがっていると認めたり、謝ったりするのは弱虫のすること。優しさは、すなわち弱さだ。
幼児期に悲惨な育てられ方をしたせいで、トランプは直観的、そして十分な経験にもとづいて、自分は決してかわいがられることはない、とりわけ慰めを必要とするときであっても決して慰めてもらえない。慰めを求めること自体が無意味なのだと悟った。
トランプは、今も3歳のときと変わらない。成長したり、学んだり、進化することは見込めず、感情をコントロールすることも、反応を抑制することも、情報を取り入れてそれをまとめることもできない。
トランプはただ弱いわけではなく、自我が脆弱なために、常にそれを補強しつづける必要がある。なぜなら、自分は主張しているとおりの人間ではないと心の奥で分かっているから。トランプは愛されたことがないのを自覚している。
トランプの特技は、自分をよく見せること、嘘をつくこと、巧妙にごまかすこと、それがトランプ流の成功に特有の強みと解釈されてきた。
トランプはテレビをみたり、侮蔑的なツイートをするほかは、仕事などほとんどしていない。
トランプは、自分が何も知らないこと、政治も市民の権利や義務も、基本的な人間の良識も知らないという事実を国民の目からそらしつづけるためだけに膨大な労力を費やしている。
今回の大統領選挙の開票過程と敗北をあくまで認めようとしないトランプの言動は、本書で描かれていることをあまりに証明するものでした。怖いほどです。アメリカ国民7000万人を騙した危険な男の本質を知るうえで、欠かせない本だと思います。幼児のころ、愛される実感をもたせることの大切さも痛感しました。
(2020年9月刊。2200円+税)
2020年11月12日
当世出会い事情
(霧山昴)
著者 アジズ・アンサリ 、 出版 亜紀書房
スマホ時代の恋愛社会学というサブタイトルのついた本です。
スマホ時代になって、不倫の立証はかなり容易になってきました。だって、不倫相手とのやりとりが残っている(写しとられる)ことが多いからです。しかも、その会話は性的に露骨ですし、写真のやりとりも多いからです。
セクスティングというコトバを本書で初めて知りましたが、このコトバを知る前にその理由は見聞していました。
セクスティングとは、デジタルメディアを通じて、露骨に性的な画像を共有すること。
なぜ人々はセクスティングをするのか?
パートナーと親密さを共有するため、性的な魅力をアピールするため、パートナーの求めに応じるため、遠距離をこえて愛情を保つため...。
ところが、親密な時を分かちあう贅沢とプライバシーを与えてくれるテクノロジーが、その一方で、悲しいことに、パートナーの信頼を大きく裏切る行為も可能にしてしまう。
世間には、性的に健全で、まともな人間はセクスティングなんかしないと考えている人も多いが、実際には、そうではないという証拠が山ほどある。
大人たちがセクスティングの危険をどう考えようと、若者たちのあいだでは、それがどんどん普通のことになりつつある。
スマホによって浮気も簡単に可能になった。アメリカで恐ろしいほど人気のある出会い系サイトは会員数1100万人だ。3年前に850万人だったのが急増している。ここのモットーは、「人生一度。不倫をしましょう」だ。
SNSが浮気を簡単にできるようにした半面、そのためにはいっそう発覚しやすくもなった。
ちなみにフランスでは、政治的リーダーが少なくとも愛人をもち、そしてしばしば第二の家庭まで築くものだと、国民の多くが理解している。フランソワ・ミッテランが大統領だったとき、愛人と娘がエリゼ宮にしばしばやってきていた。エリゼ宮には正妻と子どもたちがいることを承知のうえで...。そして、ミッテランの葬儀のとき、第一家族の横に第二家族が並んで座った。
うひゃあ、そこまですすんでいるのですか...、知りませんでした。
出会い系サイトにアップする写真についてのコメントもあります。
女性の場合には、カメラに向かって誘いかける感じのほうが成功率が高い。ところが、男性のほうは笑わずに視線をそらしているほうが、ずっと効果をあげる。女性にとってもっとも効果的な撮影アングルは、正面からの自撮りで、ちょっとはにかんだ表情を浮かべ高い角度から撮るのがいい。男性では、動物といっしょの写真がよく、もっとも効果が薄いのは、アウトドア、飲酒、旅行の写真。
世の中、スマホですっかり変わってしまいました。
(2016年9月刊。1900円+税)
2020年9月20日
米国人博士、大阪で主婦になる
(霧山昴)
著者 トレイシー・スレイター 、 出版 亜紀書房
著者には大変失礼ながら、タイトルからは全然期待せずに読みはじめたのですが、意外や意外、とても面白く、ついついひきずりこまれて一気読みしました。
著者はアメリカ北東部のボストンで、きわめて裕福なユダヤ系アメリカ人の両親のもとに生まれ、豪邸で使用人に囲まれて育った白人女性です。英米文学で博士号をとり、左翼傾向のある36歳の独身女性が初めてアジアにやって来て、神戸で企業研修の講師として活動を始めたのでした。
その前、アメリカでは刑務所で受刑者相手に獄中カレッジのプログラムにしたがって文学とジェンダーを教えたり、ホームレスの大人を対象とした文章教室、スラム街のティーンエイジャーの大学進学準備を手伝い、公立大学で移民一世の学生を教えています。
ところが、裕福な両親が離婚したあと、ひたすら自活を目ざして生きてきた著者は次のことをしないことを誓ったのです。
① 宗教にはまる(ユダヤ教に深入りしないということでしょうか...)
② ボストンの住まいを手放す(日本に来てからも、ずっとボストンに家をもっていたようです)
③ 男に依存する(彼氏はいたようですが...)
④ 両親のような伝統的な核家族を形成する(子どもを産まないということでしょうか...)
⑤ 毎日、晩ごはんをつくる(主婦にはならない、食事は外食でいい...)
日本の企業研修の講師料は、3ヶ月だけで刑務所での丸1年分の5倍以上だったので、まっ、いいかと思って日本にやってきたのでした...。
そして、講師生活を始めてまもなく、受講生の一人、日本人男性と恋におちてしまったのです。ええっ、その彼って、そんなに英語が出来たの...。でも、それほど英語が話せたようではありません。それなのに、著者のハートを射落としてしまったのです。目力(めぢから)なのでしょうね。
「男のいない女は、自転車のない魚のようなもの」
これは、ウーマンリブの有名なスローガンだそうです。知りませんでした。聞いたこともありません。魚に自転車が不要なように、女にも男は不要だという意味だそうです。このたとえは、私にはさっぱり分かりません。
二人はついに結婚するわけですが、そこに至るまでには、いろいろな葛藤もあったようです。それはそうでしょう。口数は少なくても意志の強い日本人と、口数が多くて意思も強いユダヤ系アメリカ人のカップルなのですから...。
この本には、ときどき英単語について正しい解説がはさまれています。たとえば、日本人にとってゴージャスとは、豪華や高級というニュアンスで使われていますが、実は、そんな意味はなく、単に「きわめて美しい」ということだそうです。これも知りませんでした。
日本は、欧米と大きく異なり、人と違うことが驚くほどのひずみとなって、「さざなみ」を立てる、きわめて体制順応的な国だとステレオタイプ的に言われている。そして、著者は、これは完全に真実だと確信したのでした。たしかに、ちょっとでも他と違うと、すぐに叩かれるのが日本社会です。
著者は結婚する前、先の誓いの5番目にあるとおり、料理するつもりはないと、きっぱり断言しました。ボストンでは、ただの一度も料理したことはない。なーるほど...。ところが、結婚したあと、夫の父親(母親は死亡)と一緒に自宅で食事をするため、著者も料理しはじめるのでした。まさに、主婦になっていったのです。
そして、この本の最後のフィナーレを飾るのは妊活(にんかつ)です。涙ぐましい努力をして失敗を重ねたあげく、ついに赤ちゃん誕生...。46歳です。おめでとうございました。
著者は、東京でも、アメリカでやっていたような朗読会(フォー・ストーリーズ・トーキョウ)を主宰しているようです。すごいですね。ですから、著者の肩書は主婦ではなく、作家です。
(2016年10月刊。1900円+税)
2020年9月11日
「不戦」 2018春季号
(霧山昴)
著者 不戦兵士・市民の会 、 出版 同
ベテランズ・フォー・ピース(平和を求める元軍人の会)は1985年にアメリカで設立された国際的な平和団体。会員8000人で、オノ・ヨーコやオリバー・ストーン映画監督なども参加している。日本にも支部があり、武井由起子弁護士(東京)が事務局をつとめている。日本の不戦兵士の会は1988年に設立された(今は、「不戦兵士・市民の会」)。
この二つの団体が2017年11月25日に早稲田大学キャンパスで開催した講演会の内容を冊子にしたものです。イラク戦争に従軍したアメリカ兵としての体験、そして戦前・戦中の日本軍の過酷きわまりない話が報告されています。
元アメリカ海兵隊員は、愛国心にあおられて海兵隊に入り、2003年にはイラクの最前線にいた。テロリストと戦ってこいと言われて、その任務で戦地に来たのに、実際に自分がやっていることこそがテロ行為ではないかと疑うに至った。イラクの人々にとって、テロリストとはアメリカ兵である自分自身だった。
アメリカでは6000億ドルがペンタゴン(国防総省)が吸いとっている。そして、それは軍産複合体という、ボーイング社やロッキード・マーチン社に流れている。ところが、300億ドルもあれば、世界中から飢餓を絶滅させることができる。戦争という手段をとらず、むしろ国と国との違いを何とか平和的に架け橋をしていけば、きっと本当の平和が築けるはずだ。
元アメリカ海兵隊員は、このように言ったうえで、日本は、アメリカの植民地になっている、日本の憲法9条は、世界に誇るすばらしい憲法だ、と断言したのです。
元自衛隊員は、海上自衛隊の3等海佐としてアメリカのジブチ基地に派遣された。現地に行ってみると、あれ、自衛隊はおかしいなと考え込んだ。現地の人々は今日も家族と一緒にパンが食べられる、これがハッピーなんだという。日本では、みんなハッピーではない。ジブチにこそ、人間本来の豊かさ、幸せがあることに気がつき、55歳定年の9年前に46歳で自衛隊を退職し、それからは農業を営んでいるとのこと。
PTSDは治療して治るものではない。一生、かかえていくもの。PTSDでアメリカでは元兵隊が1日平均20人も自殺している。戦争で亡くなるより、自らの命を絶つ兵士のほうがずっと多い。ところが、このPTSDとのつきあいを覚えたら、PTG(心的外傷後成長)になる。Gは成長の意味。
PTSDの治療法の一つとして、「コンバット・ペーパー」なるものがある。着ていた軍服をチョキチョキと細かく刻む。そして出来た布屑を水につけて回しながらパルプにし、和紙のように紙をすく。この作業を通じて、精神的な立ち直りを目ざすのです。
軍隊にとって、武器は4つの特徴をもっている。一つは、人殺し以外には役立たない。二つは、使えばなくなる。三つは、武器・砲弾・銃弾は大変高価なものであること。四つは、国家が買いあげしてくれるので、絶対に売りっぱぐれがない。だから、軍需産業は喜び、権力者は戦争の危機を国民にあおりたてるのです。
海兵隊では新兵は3ヶ月半ものあいだブートキャンプ(新兵の訓練)が始まる。ここで徹底した洗脳教育を受ける。上官の命令で、いつでも人を殺せるようになる。上官の命令には絶対的に服従し、言われたことには何の疑いも抱かない。上官の命令によって、いつでも人を殺せるような状態になる。
元アメリカ海兵隊員はイラクからアメリカに帰国してたあと、車の運転ができないようになった。高いビルに狙撃兵が忍びこんでいないか、仕掛けがないか・・・、と心配して見るクセがついている。
旧日本軍には、ほとんどPTSDはいなかった。それほど、旧日本軍兵士は、つくり変えられていた。
自衛隊も、他の国の軍隊も、国民を守るのではなく、国家(権力)を守る組織だ。沖縄戦で、このことは実証されている。
戦争体験は私にはありません。なので、こういう戦場で悲惨な体験をした人々の話を聞き、その可能性を探るのは、自分の貧困な想像力を補うものとして、とても大きな意味があると思います。武井由起子先生、ありがとうございます。力をこめて応援します。
(2018年4月刊。500円)
2020年9月 2日
白人ナショナリズム
(霧山昴)
著者 渡辺 靖 、 出版 中公新書
この本を読んで笑ったのは、白人ナショナリズムの人たちが牛乳を一気飲みして、白人の優位性を示しているという話です。ユーチューブで、白人ナショナリストが牛乳を飲みながら、「牛乳が飲めないのならアメリカを去れ」と叫びます。牛乳が白人ナショナリストのシンボルになった。というのは、黒人やアジア系は牛乳を飲むとお腹をこわすが、白人は牛乳にふくまれる乳糖を消化するラクターゼという酵素をもっているから、大丈夫だというもの。
どうして、こんなことが白人優位の根拠になるというのか、理解に苦しみます(たしかに私は牛乳をたくさん飲むと、通じが良くなります)。ことほどさように、白人優位というのが客観的根拠に乏しいということを意味しています。
アメリカには不法移民が1050万人いる(2017年)。これは外国で生まれたアメリカ移住者4560万人の23%に相当する。最高時(2007年)の1220万人よりは減っているが、そのまえの1990年の350万人の3倍だ。メキシコ出身者が半分近い(47%)。
KKK(クー・クラッフス・クラン)は、最盛時の1920年半ばに300万~500万人の会員がいた。KKKは黒人排斥の前に、カトリック・ユダヤ人そして黒人をターゲットとしていた。
いやあ、これは意外でしたね...。
アメリカのトランプ大統領も白人ナショナリズムに同調した発言を繰り返す。
「移民はアメリカにいられることに、ひたすら感謝し、おとなしく服従すべきだ」、「そんなに嫌なら、アメリカから出て行け」というのは、自らを社会の所有者のようにとらえ、新参者を排除しようとする土着主義(ネイティビズム)の典型だ。
白人ナショナリストには高学歴の人が少なくない。リベラル派から白人ナショナリストに転向した人も珍しくはない。反グローバリズムという点ではリベラル左派とナショナリストは合致する。ただし、ほとんどのリバタリアンには、白人ナショナリストのような集合主義とは明確な一線を画している。
白人ナショナリストは、遺伝学に強くこだわると同時に、反ユダヤ主義も根強い。アメリカを第一次世界大戦に駆り立てたのはユダヤ人だ。リンカーン暗殺もユダヤ人の仕業だ。そんな具合だ。
トランプ大統領の世界的評価はとても低いと私は考えていますが、アメリカ国内ではプアー・ホワイト(貧乏な白人たち)の支持は意外にも著しい低下傾向にはないようです。
インチキを重ねて超大金持ちになったトランプが生活に苦しんでいるプアー・ホワイトの味方であるはずもないと思うのですが、まだまだその醜悪な実像がアメリカ国内で広く知られていないようなのが、とても残念です。
(2020年5月刊。800円+税)