弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
アメリカ
2023年1月10日
クレプトクラシー,資金洗浄の巨大な闇
(霧山昴)
著者 ケイシー・ミシェル 、 出版 草思社
世界最大のマネーロンダリング天国、アメリカというサブタイトルのついた本です。
ウクライナ、赤道ギニア、ハイチなどの独裁者から押し寄せる違法な超大金を洗浄するシステムがアメリカでものすごく活用されているということを今さらながら強く認識させられる本でした。
アメリカは世界最大のクレプトクラシーの避難地となっていて、今や史上最大のマネーロンダリングの国だ。世界中に張りめぐらされた犯罪ネットワークに関係する、何兆ドルもの資金が手品のようにクリーンで合法的なお金に一瞬で変わり、実際に使えるようになる。
アメリカはクレプトクラシーの世界が出現するために手を貸し、その過程で利益を受けている。アメリカでは、匿名のペーパーカンパニーが次々に設立されていて、その背景に誰がいるのか、まったく分からない。ペーパーカンパニーとは、ブラックボックスにも似た汚いお金を変換させる魔法の装置だ。洗浄されたお金は、捜査官も解明できない。アメリカでは幽霊会社を設立するのは、許しがたいほど簡単、容易だ。必要な時には、「ノミニ―」と呼ばれる人間が選ばれる。ノミニーは、ペーパーカンパニーの取締役、株主そして共同経営者という登記できる、名目上の第三者。当局の質問に対しては、会社に関わっているのは自分だけだと主張する(できる)。
アメリカでは、連邦ではなく、州政府が法人誘致をめぐって、互いに競い合っている。ニュージャージー州には、企業が殺到した。登記のために駆け込んでくる企業のおかげで、州の財政はありあまるほど潤沢となり、州民に対しては減税するようになった。同じくデラウェア州でも登記した企業から毎年15億ドルもの収入を得て、売上税・資産税を課していない州にとって巨大な財政支柱になっている。年間22万5000件超の企業が設立され続けている。
チリの悪名高い独裁者ピノチェトも隠れ資産をもって私腹を肥やしていることが明らかにされた。
ウクライナでも独裁者がせっせと私腹を肥やしていた。ウクライナの銀行、プリヴァトバンクの融資先の99%は内容のない幽霊のような企業だった。
トランプ前大統領は、自分の不動産を通じて、何十億ドルもの資金洗浄してマネーロンダリングに関わっていた。トランプの所有する物件はどれも、過去数十年にわたって、アメリカに流入していきた汚いお金の大洪水のおこぼれに預かってきた。トランプの物件の最終的な所有者のうち、身元が公表されているのは、ごくわずか。怪しい買い手の大半は、アメリカで登記したダミー会社を徹底的に利用して、アメリカの不動産を購入していた。大統領に就任したトランプは、アメリカ政府が築いてきた反腐敗という壮大な砦を破壊するような行為を始めた。腐敗に対する規制、先例と伝統をトランプはあくことなく破壊した。
トランプ大統領に快く思われるには、トランプのホテルに宿泊するのが一番だと気がついた首相や大統領もいた。
ウクライナのゼレンスキーというユダヤ人の俳優が世に出たのは、テレビドラマを通じてウクライナの大統領を数年かけて演じカリスマ性を獲得した。クレプトクラットであるコロモイスキーの支援も受けてゼレンスキー大統領は誕生した。でも今なおウクライナは腐敗とは無縁ではない。
世界中の汚い大金がアメリカに集中している仕組みがあることを認識しました。それも気の遠くなるほどの大金です。世界中の多くの人が食うや食わずの生活をしているというのに、なんということでしょうか・・・。
(2022年9月刊。税込3,080円)
2022年12月13日
逃亡者の社会学
(霧山昴)
著者 アリス・ゴッフマン 、 出版 亜紀書房
アメリカの大都市の一つ、フィラデルフィアの黒人居住区に白人(ユダヤ人)の若い女性(社会学者)が入りこんで6年ものあいだ黒人家庭の生態を観察したという大変貴重な記録です。司法の裏で、闇の商売が成り立っているというのには、まさかと驚きました。
刑務所の看守のなかには、職業上の立場を活用して、お金を工面できるよう被告人たちに対して特別な免除・恩恵を与えている。たとえば、ケータイを売る。薬物やナイフを売っている。また、女性とのプライベートな時間、セックスする時間を15分で100ドルで売っている。
保護観察所で面談のとき尿検査される。その尿が売られている。買った尿を内股にテープで貼り付けておいて、採尿用のコップに入れる。運転免許証の偽造もある。1000ドルで売られている。
警察の捜査官は、ケータイの位置情報を追跡して、指名手配犯をリアルタイムで追っている。
黒人居住区に生活する若者は、まず初めに警察官に対して強く意識する。どんな姿で、どのように移動し、いつどこに現れそうか...。覆面パトカーの車種、警察官たちの体型や髪形、その巡回するタイミングと場所を覚える。そして、予測不能な日常を心がける。
指紋をとられないように留置場で、鉄格子に指先の皮膚をこすりとってしまう。
2000年代半ばから、パトカーにはID照会用のコンピューターが装備されている。偽造IDの使用は困難だし、偽名も警察には通用しない。黒人居住区に住み、指名手配中の若者はIDを使っての買物はしない。何の書類も求められない店を探す。
警察が逃亡中の男性の妻に対する尋問のなかでは、子どもを取り上げるぞという脅しが一番効果ある。指名手配中の夫は居場所を教えないと、児童保護サービスに通報する必要がある...、と言うと、たいていの母親は口を割る。育児放棄と、不適切な生活環境に現存しているから。
この黒人居住区に暮らす多くの家族にとって、拘置所や刑務所などは多くの親戚がいる場所にすぎない。
黒人居住区の若者たちは、文字どおりフェンスを乗りこえ、徒歩や車で彼らを追跡する警察から逃げている。ところが、別の場所で成功するための資金やスキルをほとんど持っていないため、この地区にとどまる。彼らを匿(かくま)い、生きのびるのを助けてくれる、家族と隣人たちの寛容さに頼る。
徹底的な取り締まりと、それが統制しようとする犯罪は、互いを補強しあう。犯罪厳罰化政策の皮肉の一つは、それが家族や友情、そしてコミュニティの絆(きずな)にとって、きわめて破壊的であるため、誰もが警察や裁判所そして刑務所が不当でありすぎて、違法性の風土の一員だ。
州刑務所で黒人男性に面会に来る女性の多くは白人だ。
著者は、すごく勇気のある女性です。私には、とてもマネできません。社会学者としてのレポートとしては難があるという批判もあるそうですが、ともかく黒人居住区の実際が活字になってレポートされているのはすごいことです。
(2021年4月刊。税込2970円)
2022年11月10日
アフガニスタン・ペーパーズ
(霧山昴)
著者 クレイグ・ウィッロック 、 出版 岩波書店
アフガニスタンを軍事的に支配しようとして、アメリカは完全に失敗してしまいました。ソ連(ロシア)の手痛い失敗をアメリカもそのまま繰り返したのです。
アメリカはオサマ・ビン・ラディンの無法な暗殺には成功しましたが、アフガニスタンという国との関わりにおいて失敗の連続でした。要は、軍事力とそれをバックとしたお金の力では国民を長く治めることはできないということです。ソ連の失敗がそれを証明していたのに、自分ならもっと軍事的にうまくやれるとアメリカは考えていたようです。でも、まったくそのアテは外れてしまいました。
そこで、アメリカはどうしたか。徹底的に真相を隠し、国民に嘘をつき続け、多くのマスコミもそれに加担したのです。本当に残念な状況がアフガニスタンでは続いています。
アメリカは20年以上のあいだに77万5千人以上のアメリカ軍兵士をアフガニスタンに配置した。そのうち2300人以上が現地で死亡し、2万1千人が負傷して帰還した。この戦争費用は公表されていないが、1兆ドルを超えているとみられている。
著者はアフガニスタンに派遣された退役兵士600人以上にインタビューして、その成果をこの本にまとめました。
当初のアメリカ軍は予測以上に勝利した。ところが、やがて、「終わりの見えない展開」に陥った。2001年12月の時点では、アフガニスタンにいるアメリカ軍兵士は、わずか2500人だけだった。アメリカは、誰と戦っているのかはっきししない(させない)まま、戦争に飛びこんだ。
アメリカ軍はアフガニスタン現地で、一般のアフガニスタン人と悪者を区別するのに苦労した。だから、住民に向かって無差別銃撃も出来た(した)のですね。恐ろしいです。
タリバーンの関心は完全に地元にあった。タリバーンの支持者のほとんどは、アフガニスタン南部と東部に住むパシュトゥン人に属している。
アメリカがタリバーンの活動と呼んでいるものは、実際には部族的なもの、抗争、古くからの確執だった。
アフガニスタンでの戦争がこんなに長引いた理由の一つは、何が敵に戦う動機を与えているのかを、アメリカは本当の意味でまったく理解していなかった。
アメリカは、アフガニスタンにおいても、7万人から成る軍隊を創設しようと試みた。ところが、このプロジェクトは、その見かけとは真逆に、最初から失敗していた。
アフガニスタン人の新兵は、数十年にわたる混乱のなかで基礎教育が受けられなかった。8割近くが読み書きできず、数を数えられなかったり、色が分からなかったりする。単純なコミュニケーションですら、支障をきたした。アフガニスタン人兵士には、基本的な戦闘スキルがなく、絶えず再訓練が必要だった。
アメリカは、35万2千人のアフガニスタン治安部隊を訓練・維持し、22万7千人を軍隊に入れ、12万5千人を国家警察に所属させた。そのための資金を提供した。
アフガニスタン軍を訓練するのは難しかったが、国家警察を創設する試みは、さらに大きく失敗した。その給料が少なかったこともあり、多くの警察官は、保護するはずの人々から賄賂を強要する、ゆすり屋になった。
タリバーンには3種類ある。その一は、過激なテロリスト。その二は、自分たちだけのために参加している。その三は、他の二つのグループの影響を受けた貧しい無知な人々。
かなりの数のアフガニスタン人は、タリバーンを軍閥と比較してよりましなほうだと認めた。
ケシの根絶作戦は、政治的つながりや賄賂を支払うお金をもたない貧しい農民に打撃を与えた。疎外された極貧の人々はタリバーンの新兵になっていた。
タリバーンの弟がアメリカのプロジェクトを爆破し、それから、何も知らないアメリカ人は兄にお金を支払って再建させる。
アフガニスタンにおける腐敗の唯一最大の発生源は、アメリカ軍の広大な供給網。資金の18%がタリバーンと他の反乱勢力に渡っている。
2009年から2011年のあいだに、アメリカ軍がアフガニスタンに増派されると、民間人の年間死亡者数は2412人から3133人に増加した。殺害された民間人は5年間で53%も急増している。アメリカと同盟国は、ひどく負けたのだ。
アメリカ軍は、実のところ、敵を訓練しているようなものだった。ブッシュ・オバマと同じく、トランプはアフガニスタンで勝つという約束を果たすことができなかった。
それにつけても思い出されるのは中村哲医師とペシャワール会の偉業です。鉄砲や戦車ではなく、スコップとシャベル、そしてユンボなどの平和産業こそが国を再建する手助けになるということだと思います。
(2022年6月刊。税込3960円)
2022年10月 5日
「私たちが声をあげるとき」
(霧山昴)
著者 吉原 真理 ・ 三牧 聖子 ・ 土屋 和子 ほか 、 出版 集英社新書
アメリカを変えた10の問い。これがサブタイトルの新書です。マンスプレイニングというコトバを初めて知りました。女性に対して何かと講釈をたれる男性の言動を指した最近の造語だそうです。
トップバッターはテニスの大坂なおみです。最近、ちょっと不調のようですが、まだまだ若いので、ぜひ回復してほしいです。
「私はアスリートである前に、一人の黒人女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今すぐに注目してもらわなくてはならない、ずっと大事で切迫してことがあると感じています」
これって、実にすばらしい声明でしたよね。テニス試合が延期されるなかで、大坂なおみは、はっきり意思表示したのです。
大坂なおみは日本人なのか、アメリカ人なのか...。日本で生まれ、アメリカ育ちの大坂なおみは、2019年まで二重国籍だった。そして、日本国籍を選択した。大坂なおみが「日本人」として認められてきたのは、片言の日本語や「黒人の女の子」という外見にもかかわらず、内向的な性格と控えめな言動によるところが大きかった。
「私はアジア人で、黒人で、そして女性です」
これをそのまま受け入れようとしない日本人が少なくないのが残念です。
アレクサンドリア・オカシオ=コルテスは2018年に29歳でアメリカ下院議員に当選した。プエルトリコ系アメリカ人で、バーニー・サンダース上院議員と同じく民主社会主義者を自認している。マンハッタンでバーテンダーとして働いていた。といっても、ボストン大学を上位4番で卒業している。アメリカにも、こんな人たちが活躍できる基盤があるわけです。日本も負けていられませんよね。
アメリカ南部のアラバマ州でバスの中の白人専用席に座ったローザ・パークスも登場します。行動を起こした1955年に42歳でした。2005年10月に92歳で亡くなっています。
2013年2月、オバマ大統領はアメリカ連邦議会議事堂内にローザ・パークス像が据えつけられたときに、祝辞を述べています。
このころ、アメリカでは選挙民として登録するのに読み書きテストに合格する必要がありました。パークスはなんと2回も「不合格」となったのです。
日本でも女性ががんばっているとはいえ、世界的にみたら、まだまだです。そんな状況を変えたいと願うすべての人々に勇気を与えてくれる新書です。
(2022年6月刊。税込1100円)
2022年9月14日
キャッチ・アンド・キル
(霧山昴)
著者 ローナン・ファロー 、 出版 文芸春秋
#MeToo運動は、この一冊から始まった。
ハリウッドの大御所プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインの性的虐待疑惑を追いかける若手テレビ記者の調査を、メディア界・政界・司法界の「悪の三位一体」が激しく妨害する様子が生々しく描かれていて、胸が痛みます。というか、セクハラ加害者による執拗きわまりない、えげつない攻撃の数々に胸つぶれる思いです。
そして、大手メディアが裏切り、またイスラエル仕込みのスパイたちも暗躍して、いったい、この世はどうなっているのか、つい嘆息してしまいました。
被害を受けたと訴えても、その女性が自分のところに戻ってきたらレイプではない。ワインスタインは、こう繰り返し主張した。だが、職場や家庭で避けられない相手から性的暴行を受けたとき、女性が戻ってくることは珍しくないし、むしろ、そのほうがフツーだ。
トラウマによる心の傷、報復の恐れ、性的暴行の被害者に対する世間の烙印。ワインスタインがメディアを支配していたため、誰を信用していいか分からなくなってしまう。
イスラエル企業(「ブラックキューブ」)は、これまでと違う企業スパイの手法を売り込んだ。その手法のひとつが「なりすまし」。つまり、ブラックキューブの工作員が、別人を装ってターゲットに近づく。
ブラックキューブは、設立当初からイスラエルの秘密諜報機関とイスラエル軍の上層部と深く関わっていた。ブラックキューブの工作員は100人以上、30ヶ国語を操る。ロンドンとパリに事務所を構え、本部はテルアビグの中心にあるガラス張りの高層ビルに置く。そこは、ほとんどの扉に指紋認証機がついていて、社員の机には、20台ものケータイが並んでいる。それぞれが別人格用でナンバーも違う。社員は全員、定期的にウソ発見器にかけられる。
ブラックキューブは、法を平気で破ることで有名だ。ブラックキューブは、オバマ政権の幹部を尾け回し、汚点を探し、イランのロビイストと手を組んで賄賂を受けとっているとデッチあげたり、不倫しているという噂を流したりした。
ワインスタインは、報道機関を動かし、告発者の信用をおとしめる活動を展開した。金持ちの権力者がこれほど大掛かりに人々を脅迫し、監視し、秘密を隠しとおせるなんて、とんでもないことだ。
まったくそのとおりです。背筋が氷ってしまいます。お金があれば何だって、できるのですね...。でも、その社員から著者に内部告発の匿名メールが届きます。性的加害を隠すのに加担したのが恥ずかしいという良心の呵責(かしゃく)からの通報でした。世の中には、やはり良心を捨てきれない人が時に厳然としているのですよね。それが人間社会の面白さです。誰でも、みんながお金に目がくらんで良心を捨てるというのではないのです。
結局、ハーヴェイ・ワインスタインは2018年5月25日、逮捕された。といっても、アメリカでは、その日のうちに100万ドルの保証金を積んで釈放。足首に監視装置をつけられて出所。弁護団は次々と入れ替わり、とうとう23年の懲役刑が宣告され、重犯罪者向け厳重警備施設(ウェンデ矯正刑務所)に収容された。
性暴力の被害者は、被害にあったのに、自分のせいだと感じてしまう。もし自分がもっと強い女だったら、男のタマをけ飛ばして逃げていたはず。でも、そうしなかった。だから自分のせいだと感じていた。彼の前では自分が小さくて、バカで弱い人間になった気がした。レイプのあとは彼が勝った。
今の世の中では、被害者は聖人であることを求められ、聖人でなければ罪人扱いされてしまう。でも、声をあげた女性たちは聖人ではない、ただの人間だった。
ワインスタインにとって、女性を食い物にすることが仕事の一部になっていた。若い女性とのミーティングのはじめだけ女性を同席させ、待ち合わせの時間が昼間から夜に移され、場所もホテルのロビーから部屋に移された。
被害者と示談し、秘密保持契約で練る。しかし、こんな秘密保持契約って、いったい刑事犯罪が成立しても守らなければならないものなのか...。
告発者バッシングにメディアが加担するというのは日本でもありますよね。そして、今度、アベ銃撃事件で責任をとって辞任した中村警察庁長官は準強姦被疑者の逮捕状の執行を差止めた男でした。首相秘書官を5年半もつとめていて、まさに政界の闇を知り抜いた男が、部下のヘマで辞任を余儀なくされたわけです。因果はめぐるということなんでしょうね。
(2022年4月刊。税込2530円)
2022年8月31日
リセットを押せ
(霧山昴)
著者 ジェイソン・シュライアー 、 出版 グローバリゼーションデザイン研究所
ニューヨークタイムズがアメリカのベストセラーとして紹介したゲーム業界の栄枯盛衰の話です。私は今なおスマホは持たずガラケー、メールは見るだけで自ら発信することもない、もちろん、ゲームなんて、かのインベーダーゲーム以来、とんととんと無縁に生きてきました。
ゲームの面白さを知らずして人生を語るな。こう言われてしまいそうですが、私に言わせてもらえば、他人(ひと)の手の平(ひら)の上で踊って(踊らされて)何が面白いの...、ということです。それでも、かくもたくさんの人々を惹きつけてやまないゲーム業界とはいったいどんな状況なのかは知りたいのです。なので、ざっとざっと読んでみました。
ゲーム業界とは、どんなところなのか...。この業界で一番嫌いなところは、開発者たちの生き血をすすり、骨までしゃぶってから捨てる。
ビデオゲーム業界に安定という言葉はない。確実なものは何もないのだ。ビデオゲーム業界で30年以上も働いたという人は、あまり多くない。
ビデオゲーム業界で働いていて、一番辛(つら)いのは、友人ができても突然引き裂かれる可能性があること。
ビデオゲームは楽しんでもらえることを目指して作られる。ところが、実際は、企業の冷酷な論理の下で製作されている。
ビデオゲーム制作会社の社員たちは、自分の時間も家族との時間もあきらめて完成にまでこぎ着ける。その犠牲の代償が失業、だとしたら、あまりにも不条理なのではないか...。
いやあ、ホント、本当ですよね。
ビデオゲーム制作会社での不安定な労働環境はあたり前になっている。従業員は、5年間にフルタイム勤務で2.2社、フリーランスで3.6社つとめている。それほど雇用の不安定は際立っている。しかも、収入は良くても、燃え尽きてしまう。アパートの1室で1日16時間も働くという生活は、明らかに持続不可能だ。ときには休息が必要なのだ。
年収10万ドルの高給取りでさえ、物価の高いサンフランシスコでは生活に苦労する。悪くない収入を得ていても、裕福というほどではなく、生きるのに精一杯というのが実際だ。
ビデオゲームの開発は、2つの段階に分けられる。ゲームを設計するプリプロダクションと、実際に制作するプロダクションだ。ただし、2つのあいだに明確な境界線はない。時間と予算に応じて、短くなったり、長くなったりする。
たかがビデオゲームをつくるのに、何日間も徹夜するなんて、まったく信じられません...。
若さにかまけて、そんなことしていたら、年齢(とし)をとって、身体中が内臓をふくめてガタガタ、病気もちの身になってしまいますよ。気をつけてください。
(2022年6月刊。税込2420円)
2022年8月23日
ジャカルタ・メソッド
(霧山昴)
著者 ヴィンセント・ベヴィンス 、 出版 河出書房新社
国際勝共連合・統一協会は日本の支配層にがっちり喰い込み、日本の政治を自分たちの思う方向に動かそうとしてきました。ただ、非武装の団体ですから、不幸中の幸いにも大量虐殺とは無縁(少なくともこれまでは)です。しかし、本家本元のアメリカ(CIA)は、それこそ世界中、いたるところで共産主義者の大量虐殺を敢行してきました。
この本は、1965年にインドネシアで起きた大量虐殺がアメリカ(CIA)の差し金によるものであること、その方法(方式)はじゃカルト公式(メソッド)として、世界各地であてはめ、実行がなされ、今なお「ジャカルタ」と言えば共産主義者を有無を言わさず大量虐殺し、その国の民主主義を圧殺するものとして「活用」されているという恐るべき事実を実証しています。
著者はまだ若い(38歳)アメリカのジャーナリスト。ロサンゼルス・タイムズの特派員やワシントン・ポストの記者として活躍中です。
1965年10月、インドネシア在のアメリカ大使館は、CIA分析官と協力して、数千人の共産主義者および共産主義者と疑われる人物の名前を記載したリストをインドネシア軍に手渡した。それは、リストにある人物を殺したら印をつけられるようになっていた。このリストにもとづき軍と反共団体が大量虐殺を実行していった。
バリ島では、住民の5%にあたる8万人が殺害された。人々が虐殺された現場の浜辺には、今、高級ホテルが建っていて、痕跡も見あたらない。
虐殺されたインドネシア国民は100万人。それ以外に100万人が強制収容所に入れられた。虐殺の間接的犠牲者は数百万人にのぼる。なぜ、こんなに多数を占めるのか。それは、当時、インドネシア国民の約4分の1がインドネシア共産党(PKI)と関わっていたから。連行された囚人の15%は女性だった。
PKIは、インドネシアで、もっとも有能かつ本格的な政党だった。PKIは、清廉(せいれん)潔白だと評判だった。農村部で農民のニーズにこたえる活動をしていた。PKIは武装闘争を否定していた。PKIは、しばしばモスクワの指示を無視し、スカルノ大統領に接近していた。
PKIは国内の資本家階級と手を結び、反封建的な「民族統一戦線」を目ざした。
スカルノ大統領は「ナサコム」と命名し、PKIも包含する政治をとろうとした。スカルノ、軍部そしてPKIという三つの政治勢力のバランスをうまくとっていた。
PKIは300万人の党員をかかえ、系列組織として、労働者機構、農民戦線、人民青年団のほか、婦人団体のゲルワニを擁していた。ゲルワニには、2000万人もの会員がいた。
PKIはあくまで平和的に活動していた。毛沢東は中国を訪問したPKIのアイディット議長に対して警告した。アイディットは、武装闘争を否定した。
インドネシア軍による民衆の大量虐殺の主導権を握っていたのはアメリカ政府だった。途方もない圧力をかけ、作戦を進行させ、規模を拡大させた。アメリカ大使館は一貫して軍を焚きつけ、より強硬な態度をとり、政権を乗っとるように仕向けた。
インドネシア軍の将校たちは、人を殺せば殺すほど、左翼は弱体化し、アメリカ政府は喜ぶと知っていた。
このとき、ソ連はスカルノの失脚とPKIの滅亡をほぼ黙認した。すでに中ソは対立状態にあり、ソ連政府は、歯に衣着せぬ中国の盟友(PKI)の成功を望んでいなかった。
アメリカ政府関係者は、ほぼ一様にインドネシアでの大量虐殺を称賛した。そして、アメリカの財界エリートは、インドネシアがアメリカの企業に門戸を開いたことを大歓迎し、さっそくインドネシアを次々と訪問した。
インドネシアとブラジルでは反対勢力の存在は許されなかった。買収と暴力が日常茶飯事で、国民は恐怖に口をつぐみ、汚職は劇的に増加した。
1960年代、インドネシアには、ソ連の最悪の時代に匹敵する規模の強制収容所が存在した。そして、アメリカが、そのシステムを支援していた。
チリのアジェンデは、社会主義者でありながら、洗練されたサンティアゴのエリートだった。
ニクソン大統領はCIA長官を呼び出し、アジェンデの大統領就任を阻止せよと命じた。
ブラジルで「ジャカルタ作戦」が始動した。それは、インドネシアと同じく、大量殺人だった。
1973年にチリのクーデターは成功し、アジェンデは失脚し、死んだ。ピノチェトとその部下は、独裁政権を誕生させて数日間のうちに3000人もの市民を殺害した。
アメリカは世界各地で、インドネシアを重要なモデルケースとして、暴力すなわち「絶滅」プログラムを実行していった。一般市民に対する残忍きわまりない暴力を頂点とするアメリカ政府の反共十字軍の「成功」が現代国際社会を形成している。
このアメリカ化の構築に役立ったのが、インドネシアで敢行された大量殺人プログラム(ジャカルタ・メソッド)だった。
お手本であるアメリカの現状はどうか。アメリカは総体としてみると、並はずれて豊かで強力な国だ。しかし、その内実は、社会の最上層に他国から入って来る富がますます蓄積される一方で、底辺にいる多くのアメリカ市民は、旧第三世界の人々と変わらない貧しい暮らしをしている。
1965年で起きたインドネシア国民100万人もの大量虐殺事件が日本で話題となることはほとんどありません。でも、これを主導としたアメリカ政府(CIA)の冷酷そのものの政策(「ジャカルタ・メソッド」)は、決して日本人の私たちに無縁ではないことをしっかり認識しておく必要があると、つくづく思いました。お盆休みに、喫茶店をハシゴして360頁もの大著を、重い気分に浸りながらなんとか読み通しました。あなたも、ぜひ手にとってご一読ください。
なお、『インドネシア大虐殺』(中公新書、倉沢愛子)を前に、このコーナーで紹介しています。あわせてお読みください。
(2022年4月刊。税込4180円)
2022年8月12日
グーグル秘録
(霧山昴)
著者 ケン・オーレッタ 、 出版 文春文庫
世界はグーグル化された。私たちは情報を検索するのではなく、「ググる」。
アメリカで電話の普及率が50%をこえるのに71年かかった。電気は52年、テレビは30年かかった。ところが、インターネットはわずか10年で普及率が50%をこえた。DVDは7年、FBは5年で2億人のユーザーを擁した。
グーグルは絶対権力になった。アメリカのネット検索の3分の2、世界全体の70%を占める。グーグルは、230億ドルの規模をもつアメリカのネット広告市場と540億ドルの規模をもつ世界のネット広告市場で各40%のシェアを占める。
社員には食事またはスナックが無料で提供されている。5か月間の育児休暇中の給料は全額支給される。社員は、勤務時間の20%を好きなことにあててよいという「20%ルール」がある。
グーグルは、平等主義であると同時に、エリート主義を貫く。創業者2人とCEOのシュミットは、既に10億ドルの資産をもつビリオネア。ほかの役員は45万ドルのほか、その150%のボーナスを受けとった。
ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの父親は、ともに大学教授で母親も科学関係の仕事をしていた。ともに1973年の生まれで何事にかけても、とことん議論を尽くすような家庭で育った。子どもの自発性を重んじ、画一的な授業をしないモンテッソーリ式の小学校に通い、好きなことを自由に学ぶことを許された。
ブリンは、友骨精神が強く、ユダヤ人としての教育を受けたものの、礼拝には顔を出さなかった。ブリンは、高校でも大学でも、ほとんど勉強せずに、すべての試験に合格した。
ペイジの父親はコンピュータサイエンスの教授で無宗教、母親はユダヤ教信者だった。
ブリンとペイジが出会う2年前の1993年の時点では世界50ヶ国でインターネットを使っていたのは1500万人でしかなかった。
スタートした時点のグーグルは徹底して検索にこだわった。2000年、グーグルの1日あたりの検索処理件数が平均700万件に達した。すぐに1日の検索処理件数は1億件になった。
グーグルは世界中に数十か所のデータセンターを置いている。物理的にデータセンターを世界中に分散すれば、データ処理の効率は大幅に高まる。
グーグルは広告がクリックされた回数しか広告料を受けとらない。ユーザーが広告のその他の情報をどれだけ眺めているか、何をクリックするか、何を検索するか、何が好きで何は嫌いかといった情報は、広告主にとって測りしれない価値がある。
グーグルはそうした情報を、直接、広告主に渡すことはしない。だが、それを使って、特定の顧客にターゲットを絞って広告を表示するのを手助けしているのは確かだ。グーグルの顧客は広告主なのか、それともユーザーなのか・・・。
今日のグーグルは難攻不落に思える。しかし、本当に盤石とみてよい根拠は何もない。かつてのトップ企業IBMもマイクロソフトも凋落してしまった。
いやぁ考えさせられる文庫本でした。私たちの個人情報がどこかで集積され、売られ。利用され、狙われているのですよね・・・。本当に怖い世の中です。
(2013年9月刊。税込1232円)
2022年8月10日
無人戦の世紀
(霧山昴)
著者 セス・J・フランツマン 、 出版 原書房
今や、世の中、ドローン万歳の時代になっています。たしかに観光地を上空から、居ながらにして眺めることができるなんて、うれしい限りです。マチュピチュ遺跡のような遠いところだけでなく、身近な所員の新居まで上空から眺められるのですね...。
でも、上空にいるドローンが、私たちの毎日の私生活を観察・監視し、さらには上空から小型ミサイルを撃ち込まれてしまったら、もう逃げようがありません。それは、もう、本当に怖いことです。
2020年までに使用された軍用ドローンは2万機をこえた。
ドローンは、ビジネス規模も大きい。2019~2029年の10年間に軍用ドローンに投じられる金額は960億ドルにのぼるとみられている。いやあ、とてつもない金額です。想像を絶します。
2020年に、アメリカは前から暗殺しようと狙っていたイランのカセム・ソレイマン司令官をドローン攻撃で暗殺することに成功した。
アメリカ政府が気にくわないと思ったら、外国で、空港から出てきたばかりの人物をドローンからミサイル攻撃して暗殺できるって、ホント、恐ろしいことですよね。
ソレイマン司令官の命を奪ったミサイルを発射したのは、重さ2200キロ、翼幅20メートルのドローンだった。つまり、小型のドローンではなかったのです。
この本によると、ドローンのパイロット(操縦者)のなかには、任務と日常生活との不協和音に苦しんでPTSDを発症したものが少なくないとのこと。ドローン・パイロットは、夜になれば帰宅してフツーの市民生活を送る。そのギャップのせいで、神経に混乱をきたす。しかも、それを避けるすべはない。カメラの性能が向上していけば、攻撃のボタンを押したあとで見る悲惨な映像は、いっそう生々しいものとなる。そうなんですよね。彼らが見ている映像は、市民向けにもつながっていると言えますね...。
ドローンそれ自体が責任を問われることはない。ドローンは、世界中で、大規模な秘密作戦のもとで、ときに標的殺害を目的として使用されている。そこに戦略はなく、ただ殺すのみ。今や、ドローンはテロリスト集団も手にしていて、改良を続けている。まずは既製のドローンを購入するところから始める。超小型ドローンでも25分間は飛行可能だ。中国は、ドローンの発展とともに勢いを増した。いやあ、ドローンって、ほんと怖いですよね。改めて実感しました。ドローンが戦場で活用されている状況を知ることのできる本です。
(2022年3月刊。2800円+税)
2022年8月 8日
土を育てる
(霧山昴)
著者 ゲイブ・ブラウン 、 出版 NHK出版
日本にも『自然農法,わら一本の革命』(福岡正信、春秋社)がすでに実践されていますが、この本によるとアメリカでは不耕起農法は今やメジャーな手法として定着しているそうです。小麦・大豆の40%以上、トウモロコシの30%近くが不耕起で栽培されている。
著者はアメリカのノースダコタ州で広大な農場を営んでいる専業農家。リジェネラティブ 農業(環境再生型農業)を実践し、そのパイオニアとして世界に知られています。
この農法は、土の再生がメイン・テーマで、植物や土壌微生物の力を生かし、土の生態系を回復させて、大気中の窒素や炭素を地中に取り込む。それによって作物の育ちは良くなり、同時に気候変動の抑止につながる。
土が再生すると、ミミズが地中にうじゃうじゃいるようになる。
私の庭は、私がせっせと耕し、枯草や生ゴミをすき込んでいますので、ミミズがそれなりに生息してはいます。でも、「うじゃうじゃ」まではいきません。
土の健康に欠かせない5つの原則。
その1,土をかき乱さない。
その2,土は常に覆う。
その3,植物と動物の多様性を確保する。
その4,土の中に「生きた根」を保つ。
その5,動物を組み込む。
著者は、農地を耕すな、と強調しています。耕すと、土壌生物のすみかである土の構造が壊れ、水分の浸透も減ってしまう。 不耕起栽培では、土壌の団粒化がすすみ、有機物の量も増え、地表の作物残渣が水分の蒸発もおさえてくれるので、雨の浸透度が増え、多くの水分が作物にゆきわたる。
微生物の活動が活発になり、養分の循環が増し、化学肥料の必要性が減っていく。労力も燃料もメンテナンスのコストも減る。
農地を肥沃にするには、カバークロップで覆うのが一番良い。
小さな変化を生み出したいなら、やり方を変えればいい。大きな変化を生み出したいなら、見方を考えなければいけない。 なるほど、そんな違いがあるのですね・・・。
地中の菌根菌を増やす。菌根菌は、植物の植と共生関係をつくる菌種で、土の健康は欠かせない。 グロマリンという糊(のり)のような物質を分泌し、それが土の粒子の結合を助け、団粒化が進むことで、土壌に「隙間」ができる。この隙間は水分浸透の要となり、また、地中の微生物のすみかとなる。
ジャガイモだって、耕さずに植えるというのには驚きました。種イモを地面に置いて、その上にアルファルファ草の干し草を薄くかぶせるだけなのです。そして、収穫時には、その枯れ草をめくったらジャガイモがごろごろ・・・。ええっ、本当ですか。なんということでしょうか。今度、やってみましょう。
牛も、豚も、羊も、そしてニワトリ、またミツバチまで農場で飼っています。無農薬、ストレスのない広々とした草原で放し飼いされた牛、そして卵、またハチミツ。地元の市民愛好家を確保して、農業収支を維持しているようです。とても勉強になりました。
(2022年7月刊。税込2420円)