弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
アメリカ
2023年4月15日
アマゾンに鉄道を作る
(霧山昴)
著者 風樹 茂 、 出版 五月書房新社
アマゾンに鉄道をつくる話だというので、ブラジルの話かと思うと、そうではなく、アマゾンの源流のあるボリビアでの鉄道づくりの話でした。
1986年5月のことです。著者はまだ20代で、体重も50キロありませんでした。
目的地のチョチスは、熱帯雨林とサバンナの境界にある、人口1000人もない小さな村。1979年1月の豪雨災害によって鉄道が打撃を受け、復旧したものの、本格的な復旧工事が必要だというので、国際入札があって大成建設と日建ボリビアが落札した。総額55億円の予算で、日本がJICAとODAを使った事業をすすめることになって、著者も現地に派遣されたのです。
ボリビアは一つの国でありながら、実は二つの国。低地と高地で、気候風土、人種、文化、風俗がまったく違う。
このアマゾンでは、初対面の男女は、口に軽くキスをするのが習慣。ここでは、10代半ばから、男と女は無数の短い恋愛を繰り返す。10代でも夫の違う子どもを2人か3人かかえている娘は何人もいる。アマゾンでは、男女は知りあうには易く、添い遂げるのは難しい。
このチョチスは陸の孤島で、母系の強い社会。男性は単なるセックスの相手、子種のための存在、だから、遺伝子は遠いほどいい。そして、子どもは成長するのが速い。
また、子どもは1歳から2歳で死ぬことが多い。兄弟7人いても半分以上は死ぬ。運がよく、強い者だけが生き残る。死はいつでも身近だ。そして、退屈な小村にあって、死は祝祭でもある。
アマゾンには日系移民がいるから、日本の食材がつくられ、日本食が食べられる。
労働者の主食はイモのほかは牛肉。しかし、やけに固い。むしろ豚肉や鶏肉のほうが高い。牛の頭は、ここではごちそう。
ボリビアは夜でも街を歩けて安全だった。総じて、ボリビア人は人がよい。
2008年、22年ぶりにチョチスを再訪。2012年のチョチスの人口は635人。鉄道は立派に残っていた。しかし、貨幣に頼るようになった村人たちは、かえって貧しくなった。
22年前に知っていた人のうち3人が死亡、1人が刑務所にいて、行方不明が3人。男に逃げられた女性は数知れない。
著者は最後に、アマゾンからの告発をのせています。やたらな開発なんてまっぴら。貧困は環境を破壊しない。環境を破壊するのはあくなき富の追求と、その結果としての環境破壊がもたらす貧困だ。
まったく、そのとおりですね。アマゾンの鉄道をつくった経験と現在への思いにあふれた本です。大変面白く読みました。
(2023年2月刊。2200円+税)
2023年3月 5日
マヤ文明の戦争
(霧山昴)
著者 青山 和夫 、 出版 京都大学学術出版会
マヤ文明は、中央アメリカのユカタン半島あたりで、前1000年ころから、スペイン人が侵略する16世紀前半まで、2500年ほど続き、盛衰があった。マヤ文明は、日本でいうと縄文時代晩期から室町時代に相当する。
マヤ文明は「戦争のない、平和な文明」だったとか、「都市なき文明」と誤解されてきたが、実際は、戦争はしばしば起こり、「石器を使う都市文明」だった。マヤ文明の大都市には数万人の人々が住み、国家的な宗教儀礼のほか、政治活動や経済活動もかなり集中し、彩色土器や石器を生産していた。マヤ支配層は、文字、暦、算術、天文学を発達させ、ゼロの文字も発明している。
マヤ文明は、大河がなく、大型家畜もいないので、小規模な灌漑(かんがい)、段々畑、家庭菜園などの集約農業と焼畑農業を組み合わせていた。家畜は七面鳥と犬だけ。文字の読み書きは、王族・貴族の男女の秘儀だった。専業の戦士はおらず、王・王族、支配層書記を兼ねる工芸家は、戦時には戦士となった。マヤ文明は、統一王朝のないネットワーク型の文明で、中央集権的な統一王国は形成されなかった。戦争の痕跡が次々に発見され、戦争を記録した数多くの碑文が解読された。戦争は頻繁にあり、戦争が激化して多くの土地の中心部は破壊された。
戦闘では初めに弓で大量の矢を放ったあと、石槍を手にもって接近戦を展開し、あくまで高位の捕虜を捕獲しようとした。地位の高い捕虜自身が政治・経済的に重要な価値を有し、捕虜を受け戻すための高価な品々、貢納や政治的な主従関係を勝ちとることにつながった。遺跡にはたくさんの壁画が残っていて、捕虜を足で踏みつけるようにして勝者の王が立っている絵が多い。
この本で驚嘆するのは詳細な出来事が年表としてまとめられているということです。もちろん、これはマヤ文字を解読しなければできません。でも、マヤ文字って、要するに絵文字です。人物の顔などが入っています。
たとえば、ヤシュチラン遺跡では130以上の石像記念碑が発見されていて、少なくとも359年から808年まで20人の王が君臨した。こんなことが碑文を解読して判明しているのです、すごいです。
いろんな王朝がいて、初代の王も9代目の王も名前が分かっています。コパン遺跡の祭壇化には、初代王、2代目王、15代目王、16代目王が彫られています。王には、女王もいます。彫像の捕虜にも名前がついていて、捕虜には、その目印として紙の耳飾りがついていた。パレンケ王朝11代目のパカル王は、683年8月に亡くなるまで、なんと68年もの長さの治世を誇った。
マヤ人は、20進法を使った。これは、手足両方の指で数を数えるもの。コパン王朝の人々の人骨を分析すると、8世紀になると農民だけでなく、貴族の多くも栄養不良に陥っていた。環境破壊が進行していた。人口過剰と農耕による環境破壊が要因となって、その結果として戦争が激化し、王朝が衰退した。人骨の分析でこんなことまで判明するのですね...。すごいものです。
数百人のスペイン人が侵略戦争でマヤ人の大群に勝利できたのは、第一に、優秀な通訳による情報戦に長(た)けていたこと。第二に、マヤ人内部の群雄割拠の状況をうまく利用したこと。第三に、マヤ人の戦争は、接近戦で高位の敵を捕虜にするもので、スペイン人のように戦場で大量の敵兵を虐殺するのが戦争とは考えていなかったこと。なので、スペイン総督を捕虜にしようとしていた。第四に、マヤ人はウイルス感染で次々に病死していったこと。マヤ人の人口は100年間のうちに5~10%に減少した。90~95%のマヤ人が死滅した。
ただし、今もマヤ人は生きていて、今ではむしろ増加している。そして、キリスト教を信仰するようになっても、自己流に解釈し、マヤ諸語とともにマヤ文明は生き続けている。マヤ人の心まではスペイン人は支配できなかった。
500頁もの大著ですが、大変興味深い内容なので、3日3晩で読了しました。学者って本当に偉いですね。心から敬意を表します。
(2022年11月刊。6500円+税)
2023年1月10日
クレプトクラシー,資金洗浄の巨大な闇
(霧山昴)
著者 ケイシー・ミシェル 、 出版 草思社
世界最大のマネーロンダリング天国、アメリカというサブタイトルのついた本です。
ウクライナ、赤道ギニア、ハイチなどの独裁者から押し寄せる違法な超大金を洗浄するシステムがアメリカでものすごく活用されているということを今さらながら強く認識させられる本でした。
アメリカは世界最大のクレプトクラシーの避難地となっていて、今や史上最大のマネーロンダリングの国だ。世界中に張りめぐらされた犯罪ネットワークに関係する、何兆ドルもの資金が手品のようにクリーンで合法的なお金に一瞬で変わり、実際に使えるようになる。
アメリカはクレプトクラシーの世界が出現するために手を貸し、その過程で利益を受けている。アメリカでは、匿名のペーパーカンパニーが次々に設立されていて、その背景に誰がいるのか、まったく分からない。ペーパーカンパニーとは、ブラックボックスにも似た汚いお金を変換させる魔法の装置だ。洗浄されたお金は、捜査官も解明できない。アメリカでは幽霊会社を設立するのは、許しがたいほど簡単、容易だ。必要な時には、「ノミニ―」と呼ばれる人間が選ばれる。ノミニーは、ペーパーカンパニーの取締役、株主そして共同経営者という登記できる、名目上の第三者。当局の質問に対しては、会社に関わっているのは自分だけだと主張する(できる)。
アメリカでは、連邦ではなく、州政府が法人誘致をめぐって、互いに競い合っている。ニュージャージー州には、企業が殺到した。登記のために駆け込んでくる企業のおかげで、州の財政はありあまるほど潤沢となり、州民に対しては減税するようになった。同じくデラウェア州でも登記した企業から毎年15億ドルもの収入を得て、売上税・資産税を課していない州にとって巨大な財政支柱になっている。年間22万5000件超の企業が設立され続けている。
チリの悪名高い独裁者ピノチェトも隠れ資産をもって私腹を肥やしていることが明らかにされた。
ウクライナでも独裁者がせっせと私腹を肥やしていた。ウクライナの銀行、プリヴァトバンクの融資先の99%は内容のない幽霊のような企業だった。
トランプ前大統領は、自分の不動産を通じて、何十億ドルもの資金洗浄してマネーロンダリングに関わっていた。トランプの所有する物件はどれも、過去数十年にわたって、アメリカに流入していきた汚いお金の大洪水のおこぼれに預かってきた。トランプの物件の最終的な所有者のうち、身元が公表されているのは、ごくわずか。怪しい買い手の大半は、アメリカで登記したダミー会社を徹底的に利用して、アメリカの不動産を購入していた。大統領に就任したトランプは、アメリカ政府が築いてきた反腐敗という壮大な砦を破壊するような行為を始めた。腐敗に対する規制、先例と伝統をトランプはあくことなく破壊した。
トランプ大統領に快く思われるには、トランプのホテルに宿泊するのが一番だと気がついた首相や大統領もいた。
ウクライナのゼレンスキーというユダヤ人の俳優が世に出たのは、テレビドラマを通じてウクライナの大統領を数年かけて演じカリスマ性を獲得した。クレプトクラットであるコロモイスキーの支援も受けてゼレンスキー大統領は誕生した。でも今なおウクライナは腐敗とは無縁ではない。
世界中の汚い大金がアメリカに集中している仕組みがあることを認識しました。それも気の遠くなるほどの大金です。世界中の多くの人が食うや食わずの生活をしているというのに、なんということでしょうか・・・。
(2022年9月刊。税込3,080円)
2022年12月13日
逃亡者の社会学
(霧山昴)
著者 アリス・ゴッフマン 、 出版 亜紀書房
アメリカの大都市の一つ、フィラデルフィアの黒人居住区に白人(ユダヤ人)の若い女性(社会学者)が入りこんで6年ものあいだ黒人家庭の生態を観察したという大変貴重な記録です。司法の裏で、闇の商売が成り立っているというのには、まさかと驚きました。
刑務所の看守のなかには、職業上の立場を活用して、お金を工面できるよう被告人たちに対して特別な免除・恩恵を与えている。たとえば、ケータイを売る。薬物やナイフを売っている。また、女性とのプライベートな時間、セックスする時間を15分で100ドルで売っている。
保護観察所で面談のとき尿検査される。その尿が売られている。買った尿を内股にテープで貼り付けておいて、採尿用のコップに入れる。運転免許証の偽造もある。1000ドルで売られている。
警察の捜査官は、ケータイの位置情報を追跡して、指名手配犯をリアルタイムで追っている。
黒人居住区に生活する若者は、まず初めに警察官に対して強く意識する。どんな姿で、どのように移動し、いつどこに現れそうか...。覆面パトカーの車種、警察官たちの体型や髪形、その巡回するタイミングと場所を覚える。そして、予測不能な日常を心がける。
指紋をとられないように留置場で、鉄格子に指先の皮膚をこすりとってしまう。
2000年代半ばから、パトカーにはID照会用のコンピューターが装備されている。偽造IDの使用は困難だし、偽名も警察には通用しない。黒人居住区に住み、指名手配中の若者はIDを使っての買物はしない。何の書類も求められない店を探す。
警察が逃亡中の男性の妻に対する尋問のなかでは、子どもを取り上げるぞという脅しが一番効果ある。指名手配中の夫は居場所を教えないと、児童保護サービスに通報する必要がある...、と言うと、たいていの母親は口を割る。育児放棄と、不適切な生活環境に現存しているから。
この黒人居住区に暮らす多くの家族にとって、拘置所や刑務所などは多くの親戚がいる場所にすぎない。
黒人居住区の若者たちは、文字どおりフェンスを乗りこえ、徒歩や車で彼らを追跡する警察から逃げている。ところが、別の場所で成功するための資金やスキルをほとんど持っていないため、この地区にとどまる。彼らを匿(かくま)い、生きのびるのを助けてくれる、家族と隣人たちの寛容さに頼る。
徹底的な取り締まりと、それが統制しようとする犯罪は、互いを補強しあう。犯罪厳罰化政策の皮肉の一つは、それが家族や友情、そしてコミュニティの絆(きずな)にとって、きわめて破壊的であるため、誰もが警察や裁判所そして刑務所が不当でありすぎて、違法性の風土の一員だ。
州刑務所で黒人男性に面会に来る女性の多くは白人だ。
著者は、すごく勇気のある女性です。私には、とてもマネできません。社会学者としてのレポートとしては難があるという批判もあるそうですが、ともかく黒人居住区の実際が活字になってレポートされているのはすごいことです。
(2021年4月刊。税込2970円)
2022年11月10日
アフガニスタン・ペーパーズ
(霧山昴)
著者 クレイグ・ウィッロック 、 出版 岩波書店
アフガニスタンを軍事的に支配しようとして、アメリカは完全に失敗してしまいました。ソ連(ロシア)の手痛い失敗をアメリカもそのまま繰り返したのです。
アメリカはオサマ・ビン・ラディンの無法な暗殺には成功しましたが、アフガニスタンという国との関わりにおいて失敗の連続でした。要は、軍事力とそれをバックとしたお金の力では国民を長く治めることはできないということです。ソ連の失敗がそれを証明していたのに、自分ならもっと軍事的にうまくやれるとアメリカは考えていたようです。でも、まったくそのアテは外れてしまいました。
そこで、アメリカはどうしたか。徹底的に真相を隠し、国民に嘘をつき続け、多くのマスコミもそれに加担したのです。本当に残念な状況がアフガニスタンでは続いています。
アメリカは20年以上のあいだに77万5千人以上のアメリカ軍兵士をアフガニスタンに配置した。そのうち2300人以上が現地で死亡し、2万1千人が負傷して帰還した。この戦争費用は公表されていないが、1兆ドルを超えているとみられている。
著者はアフガニスタンに派遣された退役兵士600人以上にインタビューして、その成果をこの本にまとめました。
当初のアメリカ軍は予測以上に勝利した。ところが、やがて、「終わりの見えない展開」に陥った。2001年12月の時点では、アフガニスタンにいるアメリカ軍兵士は、わずか2500人だけだった。アメリカは、誰と戦っているのかはっきししない(させない)まま、戦争に飛びこんだ。
アメリカ軍はアフガニスタン現地で、一般のアフガニスタン人と悪者を区別するのに苦労した。だから、住民に向かって無差別銃撃も出来た(した)のですね。恐ろしいです。
タリバーンの関心は完全に地元にあった。タリバーンの支持者のほとんどは、アフガニスタン南部と東部に住むパシュトゥン人に属している。
アメリカがタリバーンの活動と呼んでいるものは、実際には部族的なもの、抗争、古くからの確執だった。
アフガニスタンでの戦争がこんなに長引いた理由の一つは、何が敵に戦う動機を与えているのかを、アメリカは本当の意味でまったく理解していなかった。
アメリカは、アフガニスタンにおいても、7万人から成る軍隊を創設しようと試みた。ところが、このプロジェクトは、その見かけとは真逆に、最初から失敗していた。
アフガニスタン人の新兵は、数十年にわたる混乱のなかで基礎教育が受けられなかった。8割近くが読み書きできず、数を数えられなかったり、色が分からなかったりする。単純なコミュニケーションですら、支障をきたした。アフガニスタン人兵士には、基本的な戦闘スキルがなく、絶えず再訓練が必要だった。
アメリカは、35万2千人のアフガニスタン治安部隊を訓練・維持し、22万7千人を軍隊に入れ、12万5千人を国家警察に所属させた。そのための資金を提供した。
アフガニスタン軍を訓練するのは難しかったが、国家警察を創設する試みは、さらに大きく失敗した。その給料が少なかったこともあり、多くの警察官は、保護するはずの人々から賄賂を強要する、ゆすり屋になった。
タリバーンには3種類ある。その一は、過激なテロリスト。その二は、自分たちだけのために参加している。その三は、他の二つのグループの影響を受けた貧しい無知な人々。
かなりの数のアフガニスタン人は、タリバーンを軍閥と比較してよりましなほうだと認めた。
ケシの根絶作戦は、政治的つながりや賄賂を支払うお金をもたない貧しい農民に打撃を与えた。疎外された極貧の人々はタリバーンの新兵になっていた。
タリバーンの弟がアメリカのプロジェクトを爆破し、それから、何も知らないアメリカ人は兄にお金を支払って再建させる。
アフガニスタンにおける腐敗の唯一最大の発生源は、アメリカ軍の広大な供給網。資金の18%がタリバーンと他の反乱勢力に渡っている。
2009年から2011年のあいだに、アメリカ軍がアフガニスタンに増派されると、民間人の年間死亡者数は2412人から3133人に増加した。殺害された民間人は5年間で53%も急増している。アメリカと同盟国は、ひどく負けたのだ。
アメリカ軍は、実のところ、敵を訓練しているようなものだった。ブッシュ・オバマと同じく、トランプはアフガニスタンで勝つという約束を果たすことができなかった。
それにつけても思い出されるのは中村哲医師とペシャワール会の偉業です。鉄砲や戦車ではなく、スコップとシャベル、そしてユンボなどの平和産業こそが国を再建する手助けになるということだと思います。
(2022年6月刊。税込3960円)
2022年10月 5日
「私たちが声をあげるとき」
(霧山昴)
著者 吉原 真理 ・ 三牧 聖子 ・ 土屋 和子 ほか 、 出版 集英社新書
アメリカを変えた10の問い。これがサブタイトルの新書です。マンスプレイニングというコトバを初めて知りました。女性に対して何かと講釈をたれる男性の言動を指した最近の造語だそうです。
トップバッターはテニスの大坂なおみです。最近、ちょっと不調のようですが、まだまだ若いので、ぜひ回復してほしいです。
「私はアスリートである前に、一人の黒人女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今すぐに注目してもらわなくてはならない、ずっと大事で切迫してことがあると感じています」
これって、実にすばらしい声明でしたよね。テニス試合が延期されるなかで、大坂なおみは、はっきり意思表示したのです。
大坂なおみは日本人なのか、アメリカ人なのか...。日本で生まれ、アメリカ育ちの大坂なおみは、2019年まで二重国籍だった。そして、日本国籍を選択した。大坂なおみが「日本人」として認められてきたのは、片言の日本語や「黒人の女の子」という外見にもかかわらず、内向的な性格と控えめな言動によるところが大きかった。
「私はアジア人で、黒人で、そして女性です」
これをそのまま受け入れようとしない日本人が少なくないのが残念です。
アレクサンドリア・オカシオ=コルテスは2018年に29歳でアメリカ下院議員に当選した。プエルトリコ系アメリカ人で、バーニー・サンダース上院議員と同じく民主社会主義者を自認している。マンハッタンでバーテンダーとして働いていた。といっても、ボストン大学を上位4番で卒業している。アメリカにも、こんな人たちが活躍できる基盤があるわけです。日本も負けていられませんよね。
アメリカ南部のアラバマ州でバスの中の白人専用席に座ったローザ・パークスも登場します。行動を起こした1955年に42歳でした。2005年10月に92歳で亡くなっています。
2013年2月、オバマ大統領はアメリカ連邦議会議事堂内にローザ・パークス像が据えつけられたときに、祝辞を述べています。
このころ、アメリカでは選挙民として登録するのに読み書きテストに合格する必要がありました。パークスはなんと2回も「不合格」となったのです。
日本でも女性ががんばっているとはいえ、世界的にみたら、まだまだです。そんな状況を変えたいと願うすべての人々に勇気を与えてくれる新書です。
(2022年6月刊。税込1100円)
2022年9月14日
キャッチ・アンド・キル
(霧山昴)
著者 ローナン・ファロー 、 出版 文芸春秋
#MeToo運動は、この一冊から始まった。
ハリウッドの大御所プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインの性的虐待疑惑を追いかける若手テレビ記者の調査を、メディア界・政界・司法界の「悪の三位一体」が激しく妨害する様子が生々しく描かれていて、胸が痛みます。というか、セクハラ加害者による執拗きわまりない、えげつない攻撃の数々に胸つぶれる思いです。
そして、大手メディアが裏切り、またイスラエル仕込みのスパイたちも暗躍して、いったい、この世はどうなっているのか、つい嘆息してしまいました。
被害を受けたと訴えても、その女性が自分のところに戻ってきたらレイプではない。ワインスタインは、こう繰り返し主張した。だが、職場や家庭で避けられない相手から性的暴行を受けたとき、女性が戻ってくることは珍しくないし、むしろ、そのほうがフツーだ。
トラウマによる心の傷、報復の恐れ、性的暴行の被害者に対する世間の烙印。ワインスタインがメディアを支配していたため、誰を信用していいか分からなくなってしまう。
イスラエル企業(「ブラックキューブ」)は、これまでと違う企業スパイの手法を売り込んだ。その手法のひとつが「なりすまし」。つまり、ブラックキューブの工作員が、別人を装ってターゲットに近づく。
ブラックキューブは、設立当初からイスラエルの秘密諜報機関とイスラエル軍の上層部と深く関わっていた。ブラックキューブの工作員は100人以上、30ヶ国語を操る。ロンドンとパリに事務所を構え、本部はテルアビグの中心にあるガラス張りの高層ビルに置く。そこは、ほとんどの扉に指紋認証機がついていて、社員の机には、20台ものケータイが並んでいる。それぞれが別人格用でナンバーも違う。社員は全員、定期的にウソ発見器にかけられる。
ブラックキューブは、法を平気で破ることで有名だ。ブラックキューブは、オバマ政権の幹部を尾け回し、汚点を探し、イランのロビイストと手を組んで賄賂を受けとっているとデッチあげたり、不倫しているという噂を流したりした。
ワインスタインは、報道機関を動かし、告発者の信用をおとしめる活動を展開した。金持ちの権力者がこれほど大掛かりに人々を脅迫し、監視し、秘密を隠しとおせるなんて、とんでもないことだ。
まったくそのとおりです。背筋が氷ってしまいます。お金があれば何だって、できるのですね...。でも、その社員から著者に内部告発の匿名メールが届きます。性的加害を隠すのに加担したのが恥ずかしいという良心の呵責(かしゃく)からの通報でした。世の中には、やはり良心を捨てきれない人が時に厳然としているのですよね。それが人間社会の面白さです。誰でも、みんながお金に目がくらんで良心を捨てるというのではないのです。
結局、ハーヴェイ・ワインスタインは2018年5月25日、逮捕された。といっても、アメリカでは、その日のうちに100万ドルの保証金を積んで釈放。足首に監視装置をつけられて出所。弁護団は次々と入れ替わり、とうとう23年の懲役刑が宣告され、重犯罪者向け厳重警備施設(ウェンデ矯正刑務所)に収容された。
性暴力の被害者は、被害にあったのに、自分のせいだと感じてしまう。もし自分がもっと強い女だったら、男のタマをけ飛ばして逃げていたはず。でも、そうしなかった。だから自分のせいだと感じていた。彼の前では自分が小さくて、バカで弱い人間になった気がした。レイプのあとは彼が勝った。
今の世の中では、被害者は聖人であることを求められ、聖人でなければ罪人扱いされてしまう。でも、声をあげた女性たちは聖人ではない、ただの人間だった。
ワインスタインにとって、女性を食い物にすることが仕事の一部になっていた。若い女性とのミーティングのはじめだけ女性を同席させ、待ち合わせの時間が昼間から夜に移され、場所もホテルのロビーから部屋に移された。
被害者と示談し、秘密保持契約で練る。しかし、こんな秘密保持契約って、いったい刑事犯罪が成立しても守らなければならないものなのか...。
告発者バッシングにメディアが加担するというのは日本でもありますよね。そして、今度、アベ銃撃事件で責任をとって辞任した中村警察庁長官は準強姦被疑者の逮捕状の執行を差止めた男でした。首相秘書官を5年半もつとめていて、まさに政界の闇を知り抜いた男が、部下のヘマで辞任を余儀なくされたわけです。因果はめぐるということなんでしょうね。
(2022年4月刊。税込2530円)
2022年8月31日
リセットを押せ
(霧山昴)
著者 ジェイソン・シュライアー 、 出版 グローバリゼーションデザイン研究所
ニューヨークタイムズがアメリカのベストセラーとして紹介したゲーム業界の栄枯盛衰の話です。私は今なおスマホは持たずガラケー、メールは見るだけで自ら発信することもない、もちろん、ゲームなんて、かのインベーダーゲーム以来、とんととんと無縁に生きてきました。
ゲームの面白さを知らずして人生を語るな。こう言われてしまいそうですが、私に言わせてもらえば、他人(ひと)の手の平(ひら)の上で踊って(踊らされて)何が面白いの...、ということです。それでも、かくもたくさんの人々を惹きつけてやまないゲーム業界とはいったいどんな状況なのかは知りたいのです。なので、ざっとざっと読んでみました。
ゲーム業界とは、どんなところなのか...。この業界で一番嫌いなところは、開発者たちの生き血をすすり、骨までしゃぶってから捨てる。
ビデオゲーム業界に安定という言葉はない。確実なものは何もないのだ。ビデオゲーム業界で30年以上も働いたという人は、あまり多くない。
ビデオゲーム業界で働いていて、一番辛(つら)いのは、友人ができても突然引き裂かれる可能性があること。
ビデオゲームは楽しんでもらえることを目指して作られる。ところが、実際は、企業の冷酷な論理の下で製作されている。
ビデオゲーム制作会社の社員たちは、自分の時間も家族との時間もあきらめて完成にまでこぎ着ける。その犠牲の代償が失業、だとしたら、あまりにも不条理なのではないか...。
いやあ、ホント、本当ですよね。
ビデオゲーム制作会社での不安定な労働環境はあたり前になっている。従業員は、5年間にフルタイム勤務で2.2社、フリーランスで3.6社つとめている。それほど雇用の不安定は際立っている。しかも、収入は良くても、燃え尽きてしまう。アパートの1室で1日16時間も働くという生活は、明らかに持続不可能だ。ときには休息が必要なのだ。
年収10万ドルの高給取りでさえ、物価の高いサンフランシスコでは生活に苦労する。悪くない収入を得ていても、裕福というほどではなく、生きるのに精一杯というのが実際だ。
ビデオゲームの開発は、2つの段階に分けられる。ゲームを設計するプリプロダクションと、実際に制作するプロダクションだ。ただし、2つのあいだに明確な境界線はない。時間と予算に応じて、短くなったり、長くなったりする。
たかがビデオゲームをつくるのに、何日間も徹夜するなんて、まったく信じられません...。
若さにかまけて、そんなことしていたら、年齢(とし)をとって、身体中が内臓をふくめてガタガタ、病気もちの身になってしまいますよ。気をつけてください。
(2022年6月刊。税込2420円)
2022年8月23日
ジャカルタ・メソッド
(霧山昴)
著者 ヴィンセント・ベヴィンス 、 出版 河出書房新社
国際勝共連合・統一協会は日本の支配層にがっちり喰い込み、日本の政治を自分たちの思う方向に動かそうとしてきました。ただ、非武装の団体ですから、不幸中の幸いにも大量虐殺とは無縁(少なくともこれまでは)です。しかし、本家本元のアメリカ(CIA)は、それこそ世界中、いたるところで共産主義者の大量虐殺を敢行してきました。
この本は、1965年にインドネシアで起きた大量虐殺がアメリカ(CIA)の差し金によるものであること、その方法(方式)はじゃカルト公式(メソッド)として、世界各地であてはめ、実行がなされ、今なお「ジャカルタ」と言えば共産主義者を有無を言わさず大量虐殺し、その国の民主主義を圧殺するものとして「活用」されているという恐るべき事実を実証しています。
著者はまだ若い(38歳)アメリカのジャーナリスト。ロサンゼルス・タイムズの特派員やワシントン・ポストの記者として活躍中です。
1965年10月、インドネシア在のアメリカ大使館は、CIA分析官と協力して、数千人の共産主義者および共産主義者と疑われる人物の名前を記載したリストをインドネシア軍に手渡した。それは、リストにある人物を殺したら印をつけられるようになっていた。このリストにもとづき軍と反共団体が大量虐殺を実行していった。
バリ島では、住民の5%にあたる8万人が殺害された。人々が虐殺された現場の浜辺には、今、高級ホテルが建っていて、痕跡も見あたらない。
虐殺されたインドネシア国民は100万人。それ以外に100万人が強制収容所に入れられた。虐殺の間接的犠牲者は数百万人にのぼる。なぜ、こんなに多数を占めるのか。それは、当時、インドネシア国民の約4分の1がインドネシア共産党(PKI)と関わっていたから。連行された囚人の15%は女性だった。
PKIは、インドネシアで、もっとも有能かつ本格的な政党だった。PKIは、清廉(せいれん)潔白だと評判だった。農村部で農民のニーズにこたえる活動をしていた。PKIは武装闘争を否定していた。PKIは、しばしばモスクワの指示を無視し、スカルノ大統領に接近していた。
PKIは国内の資本家階級と手を結び、反封建的な「民族統一戦線」を目ざした。
スカルノ大統領は「ナサコム」と命名し、PKIも包含する政治をとろうとした。スカルノ、軍部そしてPKIという三つの政治勢力のバランスをうまくとっていた。
PKIは300万人の党員をかかえ、系列組織として、労働者機構、農民戦線、人民青年団のほか、婦人団体のゲルワニを擁していた。ゲルワニには、2000万人もの会員がいた。
PKIはあくまで平和的に活動していた。毛沢東は中国を訪問したPKIのアイディット議長に対して警告した。アイディットは、武装闘争を否定した。
インドネシア軍による民衆の大量虐殺の主導権を握っていたのはアメリカ政府だった。途方もない圧力をかけ、作戦を進行させ、規模を拡大させた。アメリカ大使館は一貫して軍を焚きつけ、より強硬な態度をとり、政権を乗っとるように仕向けた。
インドネシア軍の将校たちは、人を殺せば殺すほど、左翼は弱体化し、アメリカ政府は喜ぶと知っていた。
このとき、ソ連はスカルノの失脚とPKIの滅亡をほぼ黙認した。すでに中ソは対立状態にあり、ソ連政府は、歯に衣着せぬ中国の盟友(PKI)の成功を望んでいなかった。
アメリカ政府関係者は、ほぼ一様にインドネシアでの大量虐殺を称賛した。そして、アメリカの財界エリートは、インドネシアがアメリカの企業に門戸を開いたことを大歓迎し、さっそくインドネシアを次々と訪問した。
インドネシアとブラジルでは反対勢力の存在は許されなかった。買収と暴力が日常茶飯事で、国民は恐怖に口をつぐみ、汚職は劇的に増加した。
1960年代、インドネシアには、ソ連の最悪の時代に匹敵する規模の強制収容所が存在した。そして、アメリカが、そのシステムを支援していた。
チリのアジェンデは、社会主義者でありながら、洗練されたサンティアゴのエリートだった。
ニクソン大統領はCIA長官を呼び出し、アジェンデの大統領就任を阻止せよと命じた。
ブラジルで「ジャカルタ作戦」が始動した。それは、インドネシアと同じく、大量殺人だった。
1973年にチリのクーデターは成功し、アジェンデは失脚し、死んだ。ピノチェトとその部下は、独裁政権を誕生させて数日間のうちに3000人もの市民を殺害した。
アメリカは世界各地で、インドネシアを重要なモデルケースとして、暴力すなわち「絶滅」プログラムを実行していった。一般市民に対する残忍きわまりない暴力を頂点とするアメリカ政府の反共十字軍の「成功」が現代国際社会を形成している。
このアメリカ化の構築に役立ったのが、インドネシアで敢行された大量殺人プログラム(ジャカルタ・メソッド)だった。
お手本であるアメリカの現状はどうか。アメリカは総体としてみると、並はずれて豊かで強力な国だ。しかし、その内実は、社会の最上層に他国から入って来る富がますます蓄積される一方で、底辺にいる多くのアメリカ市民は、旧第三世界の人々と変わらない貧しい暮らしをしている。
1965年で起きたインドネシア国民100万人もの大量虐殺事件が日本で話題となることはほとんどありません。でも、これを主導としたアメリカ政府(CIA)の冷酷そのものの政策(「ジャカルタ・メソッド」)は、決して日本人の私たちに無縁ではないことをしっかり認識しておく必要があると、つくづく思いました。お盆休みに、喫茶店をハシゴして360頁もの大著を、重い気分に浸りながらなんとか読み通しました。あなたも、ぜひ手にとってご一読ください。
なお、『インドネシア大虐殺』(中公新書、倉沢愛子)を前に、このコーナーで紹介しています。あわせてお読みください。
(2022年4月刊。税込4180円)
2022年8月12日
グーグル秘録
(霧山昴)
著者 ケン・オーレッタ 、 出版 文春文庫
世界はグーグル化された。私たちは情報を検索するのではなく、「ググる」。
アメリカで電話の普及率が50%をこえるのに71年かかった。電気は52年、テレビは30年かかった。ところが、インターネットはわずか10年で普及率が50%をこえた。DVDは7年、FBは5年で2億人のユーザーを擁した。
グーグルは絶対権力になった。アメリカのネット検索の3分の2、世界全体の70%を占める。グーグルは、230億ドルの規模をもつアメリカのネット広告市場と540億ドルの規模をもつ世界のネット広告市場で各40%のシェアを占める。
社員には食事またはスナックが無料で提供されている。5か月間の育児休暇中の給料は全額支給される。社員は、勤務時間の20%を好きなことにあててよいという「20%ルール」がある。
グーグルは、平等主義であると同時に、エリート主義を貫く。創業者2人とCEOのシュミットは、既に10億ドルの資産をもつビリオネア。ほかの役員は45万ドルのほか、その150%のボーナスを受けとった。
ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの父親は、ともに大学教授で母親も科学関係の仕事をしていた。ともに1973年の生まれで何事にかけても、とことん議論を尽くすような家庭で育った。子どもの自発性を重んじ、画一的な授業をしないモンテッソーリ式の小学校に通い、好きなことを自由に学ぶことを許された。
ブリンは、友骨精神が強く、ユダヤ人としての教育を受けたものの、礼拝には顔を出さなかった。ブリンは、高校でも大学でも、ほとんど勉強せずに、すべての試験に合格した。
ペイジの父親はコンピュータサイエンスの教授で無宗教、母親はユダヤ教信者だった。
ブリンとペイジが出会う2年前の1993年の時点では世界50ヶ国でインターネットを使っていたのは1500万人でしかなかった。
スタートした時点のグーグルは徹底して検索にこだわった。2000年、グーグルの1日あたりの検索処理件数が平均700万件に達した。すぐに1日の検索処理件数は1億件になった。
グーグルは世界中に数十か所のデータセンターを置いている。物理的にデータセンターを世界中に分散すれば、データ処理の効率は大幅に高まる。
グーグルは広告がクリックされた回数しか広告料を受けとらない。ユーザーが広告のその他の情報をどれだけ眺めているか、何をクリックするか、何を検索するか、何が好きで何は嫌いかといった情報は、広告主にとって測りしれない価値がある。
グーグルはそうした情報を、直接、広告主に渡すことはしない。だが、それを使って、特定の顧客にターゲットを絞って広告を表示するのを手助けしているのは確かだ。グーグルの顧客は広告主なのか、それともユーザーなのか・・・。
今日のグーグルは難攻不落に思える。しかし、本当に盤石とみてよい根拠は何もない。かつてのトップ企業IBMもマイクロソフトも凋落してしまった。
いやぁ考えさせられる文庫本でした。私たちの個人情報がどこかで集積され、売られ。利用され、狙われているのですよね・・・。本当に怖い世の中です。
(2013年9月刊。税込1232円)