福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
月報記事
中小企業の準則型私的整理に関する研修会
倒産業務等支援センター委員会 委員 西田 裕太朗(71期)
第1 はじめに
令和6年5月31日(金)に開催された、中小企業の準則型私的整理に関する研修会についてご報告します。本研修は、倒産業務等支援センター委員会と中小企業活性化協議会(以下「協議会」と言います)が共同で開催したものです。
協議会は、産業競争力強化法の規定に基づき、すべての都道府県に設置され、中小企業の財務状況等に応じた様々な支援を実施する公的な機関です。
第2 登壇者のご紹介(敬称略)
次の4方にご登壇頂きました。
【司会進行】
倒産業務等支援センター委員会 委員 佐藤 雄介
【パネリスト】
中小企業活性化全国本部 プロジェクトマネージャー
浅沼 雅人(東京弁護士会)
福岡県中小企業活性化協議会 統括責任者 補佐
吉松 翔(福岡県弁護士会)
倒産業務等支援センター委員会 副委員長
管納 啓文
第3 研修の内容
前半では私的整理の基本的な考え方やスキームの説明等、後半では具体的な事例を参照しながらの解説が行われました。
1 私的整理とは
今回の研修では、そもそも私的整理とは何か、という点から説明がありました。私的整理は、破産などの法的整理と異なり、債権者の同意を得て債務整理を行うことが特徴です。法的整理にも、民事再生、会社更生といった再建型の手続がありますが、近時は、取引先の喪失や商圏の劣化の懸念等から、会社側、金融機関の双方が私的整理を望む傾向にあるようです。
2 私的整理のスキーム
私的整理のスキームとしては、対象債権者と相対で手続を進める純粋私的整理や、公表された一定のルールに則って手続きをすすめる準則型私的整理等があります。今回の研修では、準則型私的整理の代表例である、協議会スキーム、中小企業の事業再生等に関するガイドラインが取り上げられました。
協議会スキームでは、企業が直接金融機関と交渉するのではなく、協議会が企業と金融機関の間にたって金融調整を行います。協議会は公的機関であること等から、金融機関に基本的には協力的な姿勢で臨んで頂けます。
中小企業の事業再生等に関するガイドラインは、令和4年3月に策定されました(その後一部改訂されています)。コロナ融資により過剰債務を抱えた中小企業が増加し、事業再生等に対するニーズが高まる中で、協議会以外の受け皿として機能することが期待されています。
3 弁護士の役割
私的整理の代表的な手法としては、債務の支払い期限を繰延べてもらう方法(リスケ案件)と、過剰な債務の一部をカットしてもらう方法(カット案件)の2種類があります。リスケ案件における弁護士の関与は限定的ですが、カット案件では、事業再生計画の作成や、事業再生計画の妥当性の検証を弁護士が行います。
パネリストからは、私的整理のやりがいとして、事業、従業員を守ることができる点や、多様なスキームがあり創造力が試される点が挙げられました。
協議会の立場からは、私的整理に関与する弁護士を増やしたいという話がありました。企業から廃業方向の相談を受けた際に、私的整理の道がないかを是非ご検討頂き、適宜協議会の窓口相談(無料)をご活用頂ければと思います。
第4 おわりに
閉会挨拶の中で、倒産業務等支援センター委員会委員長の髙松弁護士より、私的整理関与の入り口としては、経営者保証に関するガイドライン単独型の利用が良いのではないかという話がありました。単独型とは、経営者保証に関するガイドラインによる保証債務整理の一類型であり、主債務者である法人とは別個の手続において債務整理を行うことを指します。代表的なケースは、主債務者である法人は破産し、保証人である個人は経営者保障に関するガイドラインによる債務整理を行うかたちです。
今回の研修では保証債務の整理は対象とされませんでしたが、本年7月30日(火)に、北九州部会において、単独型に関する研修が予定されています(皆様のお手元に本月報が届くころには終了しているかもしれません)。
2024年7月 1日
あさかぜ基金だより
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 石井 智裕(72期)
人吉に見学にいきました
あさかぜ基金法律事務所の所員弁護士の石井です。あさかぜは、弁護士過疎偏在問題の解消のため、弁護士過疎地域で働く弁護士を養成する公設事務所です。あさかぜで養成を受けた弁護士は九弁連管内のひまわり基金法律事務所や弁護士過疎地に所在する法テラス7号事務所(総合法律支援法第30条第1項7号)に赴任していますが、日弁連の支援を受けて、弁護士過疎地で独立開業した弁護士もいます。中嶽修平弁護士(66期)は、平成28年3月にあさかぜを卒業して、熊本県人吉市にて「ひとよし法律事務所」を開業しました。
私たち所員は、去る4月5日に、ひとよし法律事務所を訪問、見学し、中嶽弁護士から開業までの苦労話や開業してからの弁護士活動の実情をつぶさに聴くことができました。
人吉では豪雨災害からの復興が進んでいます
私が泊まった誠屋という宿は、令和2年7月の豪雨での被害をうけて休業していた漬物屋が元の場所に再建されて、新たに宿を併設して開業したところでした。
また、豪雨災害以降、人吉では多くのカフェがオープンしたそうです。
開業にあたって
中嶽弁護士は開業準備で苦労したこととして、複合機はリースだったが、その他の什器備品類は、新品で購入することになり、初期費用が高くなってしまった。福岡と違って、中古でオフィス用品を揃えるのが難しいので、過疎地での開業では什器備品は新品で揃えるか中古だったらどこで入手するのか情報入手に注意と工夫が必要とのことでした。
また、事務職員についても、応募が少なく、経験者がおらず、事務職員は自前で養成する覚悟が必要だということでした。
受任経路の工夫
中嶽弁護士は人吉で3人目の弁護士として開業しました。そのため、受任経路の開拓には工夫をしたそうです。たとえば、ホームページの作成や人吉球磨地区のすべての税理士と司法書士に挨拶へいったりしたそうです。やはり、隣接職種との共同は大切のようです。
令和2年7月の豪雨災害を受けて
人吉の豪雨災害を受けて災害に対するリスクマネジメントの必要性を中嶽弁護士は強調していました。
たとえば、ハザードマップを活用し、その地域における浸水や土砂崩れなどの災害リスクをあらかじめ把握しておいて、万一のときに備えること、個人情報はハードディスクとクラウドを利用したデュアルでの保管を行い、紛失を防ぐこと、固定電話、FAXや携帯電話など複数の連絡手段を確保して、外部との連絡が途絶しないよう工夫しておくことなどです。
司法過疎地赴任に向けて
私は令和2年1月にあさかぜに入所し、司法過疎・偏在地域への赴任に向けて、あさかぜで養成を受けてきました。まだに赴任先は決まっていませんが、司法過疎地に赴任するにあたっては中嶽弁護士の話も参考にして、日々の業務に精進していきたいと考えています。皆様どうぞあさかぜへの応援をよろしくお願いします。
DV防止法の改正に関する研修を受けて感じたこと
両性の平等に関する委員会 委員 西田 舞季(76期)
76期の西田舞季と申します。
新緑清々しい5月14日(火)に、両性の平等に関する委員会主催で、山崎あづさ先生を講師としてDV防止法の改正に関する研修が開催されました。拙筆ながら、研修を受けて感じたことを報告いたします。
1 DV防止法及び今回の改正についての概要
DV(ドメスティック・バイオレンス)とは、配偶者や恋人など親密な関係にある、またはあった者(以下、「配偶者等」とします。)から振るわれる暴力のことをいいます。DV防止法は、配偶者からの暴⼒の防⽌及び被害者の保護を図ることひいては⼈権の擁護と男⼥平等の実現を目的としており、様々な体制を整備しています。
DV案件の多くは、刑事事件として処理されることはありません。そこで活用手段となるのは配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(以下、「DV防止法」とします。)に規定された保護命令です。被害者の安全確保があってこそ、手続を進め、結論へと進むことができます。
今回のテーマである2023年(令和5年)改正では、保護命令の対象及び種類・期間の拡大、厳罰化等が定められました。実際の講義では、山崎先生が内容の差異も含めて改正点についての詳細を大変わかりやすく説明してくださいました。
2 DVに対応する際の軸とは?=その本質を知ること
講義の初めに、DVの本質についての説明がありました。DVの本質は、配偶者等を暴力により支配・コントロールをすることです。支配は、複数の行為を積み重ね、長時間かけて行われることが多くあります。したがって、個々の行為に対しそれぞれDVにあたると判断し主張するのではなく、配偶者等の行為を総合的に考慮してどこにDVの本質があるかを見極めることが求められます。
私自身はまだDV被害の法律相談を受けたことはありませんが、先生方のお話を聞くと、相談者の中には、自分がDVを受けている状態であることを理解していない方が多数存在するそうです。親密な関係を前提として行われるDVは、外から見てすぐに判断できるものとはいえません。また、家庭や恋人関係の中には、その関係特有の思い出、雰囲気、ルール、考え方等が存在しています。それらの要素の存在は、当事者がDVにあたるかを判断する際に影響を与えることがあります。被害者は、配偶者等から受けた行為に対してもやもやする思いを感じながら、何か理由があったのではないかと悩み、自責し、現状から抜け出せないでいます。そんな状況の中、救いを求めて相談に来た被害者の不安と勇気は如何ばかりかと考えてしまいます。
だからこそ、弁護士は、相談を受けた際にはDVに対してしっかりとした軸を持ち、配偶者等のペースにのまれないようにしなければなりません。具体的には、まず、配偶者等の行為がDVにあたるのか(支配なのか)を冷静に判断することが重要です。DVを正当化されないために、「当事者にしかわからないこと」に流されるのではなく、「当事者だからこそわからないこと」「外部の者だからわかること」をもとにDV該当性を客観的に判断できるようにならなければなりません。そして、相談者に対して、結論とその根拠を明確かつ説得的に伝える必要があります。
軸をしっかり持っている姿勢が、自分の選択に迷いと不安のある相談者に安心を与え、DVを受ける環境から抜け出せる一歩につながると思いました。
...つらつらと必要だと思うこと、重要だと思うことを述べたとはいえ、実際に相談の場で理想通りにきちんと対処できるのだろうかと不安を感じています。しかし、新人だとしても、相談者にとってはひとりの弁護士です。求められている役割に応えられるようになりたいと思います。
3 得た知識を武器にする責任
保護命令の種類によって対象や要件が異なっています。また、文言の解釈の必要性が生じたり、必要な証拠を集めることが求められます。手続を進める際に的確に判断し説明できるように、制度についての知識を実際に使いこなせるようにしておく必要があります。
判断を誤った場合に不利益を受けるのは、依頼者です。場合によっては、生命身体への危険が生じる可能性もありますし、依頼者のその後の人生に影響が生じる可能性も考えられます。「弁護士なら何とかしてくれる」と信頼してくださった依頼者に不利益が生じないように、弁護士が知識を学び能力を磨き続けるのは一つの義務であると感じました。
よく先輩方から「弁護士は一生勉強だよ」と教えていただきましたが、常に変化する社会情勢と価値観やそれに伴う法改正に対応できるようになるためには絶えず知識や能力の研鑽が必要になるのだと、改めて先輩方のアドバイスの重みを実感しました。自分にできることとして、日々書籍を読んだり、可能な限り弁護士会や日弁連の研修を受講していますが、先生方はどのように研鑽を積まれていらっしゃるのでしょうか?機会がありましたら、ぜひ教えていただきたいです。
4 資料や講義内容の在り方についての学び
上述のとおり保護命令の種類によって対象や要件が異なっており、全体を把握するのは大変です。
しかし、講師をしてくださった山崎先生が、とても分かりやすい資料をつくってくださいました。文字の色、記号、比較表等を活用して、制度や要件の差異や今回の改正点を把握しやすい資料となっていました。
また、講義全体として、改正の要点を掴みつつ実務での活かし方を学べる構成となっていました。特に書面の記載例や具体的な証拠の種類については、書面作成時のお手本になるだけでなく、書き方や判断に迷った時に参考にできる資料にもなり、大変ありがたいものでした。先生の穏やかで説得力のあるお話の仕方も相まって、多くの知識を身につけることができました。今後、自分が人前で何かを発表する際は、ぜひ先生のスタイルを参考にさせていただきたいと思いました。
5 今後もがんばります
講演が終わった後、研修を受けていた先生方から、たくさんの質問がありました。先生方が業務の中でDV問題と向き合い生じた疑問を共有し合い、非常に充実した時間となりました。
研修を受け、多くの学びがあったと同時に、自分の能力の青さを感じました。得た知識や経験を実際に実務で活かせるように精進してまいります。お読みくださりありがとうございました。
合同福祉勉強会報告 子どもの福祉について、最前線で熱く語り合う勉強会レポート
子どもの権利委員会(福祉小委員会)委員 野島 香苗(37期)
1 はじめに
令和6年4月13日、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて(オンライン併用)、「合同福祉勉強会」が開催されました。この勉強会は、子どもの福祉に取り組んでいる全国の弁護士が一堂に会し、各地の活動状況を共有するほか、実務的な問題について深く議論し、知見を高めることを目的として、毎年開催されています。30年ほど前、大阪弁護士会と神奈川県弁護士会の有志が始めた勉強会が起源だそうですが、当会は2013年ころから参加しています。その年の当番単位会の所在地での開催が恒例となっており、福岡開催2回目の今年は、愛知、和歌山、岡山、奈良、沖縄、神奈川、広島、群馬、静岡、大阪、福岡の11単位会から約100名(うち会館49名)が参加し、フレンドリーな雰囲気の中、4時間半にわたって、熱い議論が交わされ、博多駅前に場所を変えての意見交換会も大いに盛り上がりました。
2 今年は、「面会通信制限」のワンテーマで議論
(1) 単位会報告等
当会子どもの権利委員会の池田耕一郎委員長の開会挨拶の後、例年どおり、各単位会から、児童相談所の弁護士配置状況、児童福祉関係の裁判申立件数、弁護士会としての児童福祉関係の活動状況などが報告されました。
(2) 面会通信制限に関する最近の裁判例報告
神奈川から、議論の前提として、面会通信の権利(ないし法的利益)面、制限の根拠(内在的制約、行政処分、行政指導等)の整理を踏まえた検討事項についての報告があった後、一時保護中及び施設入所措置中の面会通信制限について、一定期間の面会通信制限が違法であるとして国賠(慰謝料)請求が一部認容された判決(宇都宮地裁令和3年3月3日判決)及びその控訴審判決(東京高裁令和3年12月16日判決)が紹介されました。
次に、大阪からは、原審及び控訴審において、いずれも一時保護中の面会通信制限が違法であるとして、国賠(慰謝料)請求が一部認容された判決(大阪地裁令和4年3月24日判決、大阪高裁令和5年8月30日判決)及び一時保護中の面会通信制限に関する国賠(慰謝料)等請求事件の判決(請求棄却・公刊物未搭載)の2例が報告されました。
(3) 裁判例を踏まえた実務の運用についての協議
報告された裁判例は、いずれも虐待事案で一時保護ないし施設入所中の児童との面会通信制限がされ、保護者が同意しない状況で、行政処分によらない面会通信制限が継続されたケースでした。
虐待の事実が認められる場合は、児童虐待防止法12条1項に基づく行政処分による面会通信制限が可能ですが、他方、虐待事案でない場合や、虐待が疑われるものの児虐法12条1項の要件を満たすと判断できない事案や虐待の調査段階においても、子どもの福祉の観点から、面会通信制限が必要かつ相当な場合があることから、実務上は、多くの児相で、児童福祉法における「行政指導」もしくは「指導」による面会通信制限が行われています。
勉強会では、保護者が面会通信制限に同意しない場合に、児虐法12条1項の行政処分によらずに面会通信制限を行うことはできないのか、行政処分を行った場合に、親子再統合のための段階的な調整に支障が生じないか、そもそも一時保護により物理的に保護者と児童が分離されることによる内在的制約あるいは付随的効果として面会通信が制限されることをどう捉えるのか、全部制限と一部制限は明確に区別できるものか・・・など活発な意見交換が行われました。
(4) 面会通信制限の運用状況に関するアンケート結果の報告と質疑応答
当会は、勉強会における運用状況の議論を充実させようと、福岡県児相常勤の一宮里枝子弁護士が中心となって質問事項を設定し、一時保護中、施設入所措置中の制限実施の有無、制限の基準・考慮要素、制限内容、制限手段とその使い分け等に関する事前アンケートを実施しました。20児相について回答があり、取り纏めを担当した当会の小坂昌司弁護士、有滿理奈子弁護士、花田情弁護士の3名が勉強会で集計結果の報告をしました。
制限の考慮要素として、虐待の種別(7児相)、保護者の態度(奪還や虐待再発の可能性)(11児相)、子どもの意向(7児相)等が挙げられました。
一時保護中の制限手段(複数回答)については、
① 行政指導もしくは指導(20児相)
② 児福法27条1項2号の児童福祉司指導(15児相)
③ 児虐法12条1項(8児相)3児相)
の回答があり、手段の使い分けについては、・①で依頼し、指導に従わず面会を求める場合は③による(複数児相)、・加害親と非加害親が別居することになった場合や祖父母宅に子どもを戻す場合に②を利用する等の回答がありました。
施設入所措置中の面会通信制限手段 (複数回答)として、①(17児相)、②(5児相)、③(12児相)等の回答がありました。
アンケート結果に対する質疑応答では、・②の利用場面(特に、法解釈上、一時保護所における一時保護中の制限手段としうるのか)の議論、・③の利用について面会通信を保護者の自由に任せず、児相主導で実施するという趣旨で利用し、段階的に制限を外していく運用の紹介、・③の要件に関する裁判所の認定はかなり厳格であり、利用が慎重にならざるを得ない、・施設側の都合で職員が面会に反対する場合が多いので、国賠が認容された裁判例を紹介するなどして理解を求めている等の報告がありました。
勉強会終盤においても、「児相としては一時保護中の面会を制限する考えはないが、子どもが明確に保護者との面会を拒絶しているため面会を実施しなかった場合でも、制限に該当するのか」という問題提起に対して、様々な観点から意見交換がされ、・児相は何ら指導も措置もしていないのではないか、・子どもの意思を尊重した結果、面会を実施しないという児相の判断に基づく制限であり、制限の違法性は別問題である、・子どもの意向を前面に出すと不実施の責任を転嫁することにならないか等、面会通信制限の本質に迫る活発な議論が行われました。
3 おわりに
面会通信制限については、児福法、児虐法の規定が整備されているとは言えず、報告された裁判例を含め、どのような場合に行政処分による面会通信制限によるべきか、行政処分によらない面会通信制限が違法とされるのはどのような場合か、裁判例が示す判断枠組みや解釈が分かれています。勉強会での議論を通じて、このような現状下で、児相にかかわる弁護士がケースごとに検討しつつ適時適切な手段による運用のために苦心している実務状況が分かりました。
ワンテーマに絞ったことで深い議論ができたことから、次回以降もこの傾向が続くと思われます。子どもの福祉について、これから知識と経験を蓄積していこうと考えておられる先生方も、テーマが絞られると、事前に基礎知識を予習しておくことができ、"つわもの"弁護士たちのコアな議論にもついていきやすくなるのではないでしょうか。
来年は、神奈川(横浜)で開催予定です。多数の単位会が参加し、県外から30名以上が現地参加し、人脈と情報を得ることができる貴重な機会です。子どもの福祉に少しでも関心のある先生方、来年の合同福祉勉強会に、ぜひご参加ください。
2024年6月 1日
「ジュニアロースクール2024春in福岡」開催!
法教育委員会 委員 髙見 慧(73期)
1 はじめに
令和6年3月28日(木)に、「ジュニアロースクール2024春in福岡」が開催されました。今年は、六本松にある福岡県弁護士会会館での開催となり、当日は、総勢52名の中高生の方にご参加いただきました。
2 今回のテーマ
今回は、「地域住民と野球団体の対立 『野球専用グラウンド』は廃止か?存続か?」をテーマに、長年野球専用グラウンドとして使用されてきた市の公園について、野球団体、近隣住民、市の職員という三者の立場に立って検討してもらうこととしました。
野球団体は数十年の歴史があり、プロ野球選手を輩出しているという野球専用グラウンドの存続を、近隣住民は、騒音や違法駐車を理由に野球専用グラウンドの廃止を訴えているという設定になっております。
2022年度から高校では「公共」という新しい科目ができ、「対話的・主体的な深い学び」が求められるようになりました。そこで、今回のJLSでは、対立する当事者の利益調整や実社会生活の中で現実に起こり得る身近な問題を検討する視点を養ってもらうことを目的としました。
3 当日の様子
(1) 全体の流れ
当日は、52名の生徒さんが、1班~10班に分かれ、各班に担当弁護士が1人ずつ補助として付きました。
開会の挨拶の後、大きく分けて第一部~第三部に分かれる進行となりました。
(2) 第一部
第一部は、司会進行の吉住守雅先生が議題の概要を説明した後、野球団体のインタビュー映像、近隣住民のインタビュー映像を上映し、1班~5班が近隣住民側、6班~10班が野球団体側として、野球専用グラウンドについて存続or廃止の結論及びその理由を検討するという流れで進行しました。
(3) 第二部
第二部では、第一部で検討した内容をまとめて、対立する立場のグループと意見交換を行う進行となりました。近隣住民側の1班と野球団体側の6班が別室に移動し、意見交換を行うといった形です。
(4) 第三部
最後に、第三部の冒頭で市役所の職員による会議映像を上映しました。この会議映像を見て、各班は、市の立場に立って、野球専用グラウンドの存続or廃止を検討しました。また、存続する立場に立った場合は、グラウンドの新しいルール作りを、廃止する立場に立った場合は、グラウンドの新しい利用方法を、合わせて検討して頂きました。
その後、各班は検討した結論・理由を模造紙を使って発表するという流れとなります。
(5) 議論の様子
私が担当した班は全員が中学生だったのですが(1班と6班が中学生でその他の班は全員高校生でした)、第一部から活発な議論となり、大変驚きました。特に、野球部の生徒さんがいると分かると、野球グラウンドの整備方法や使用方法等を具体的に質問したり、早朝から夕方で近隣住民が少ない時間帯はいつなのか等を的確に議論できていた点は素晴らしかったです。
第二部では、反対の立場への質問に苦戦する場面もありましたが、第三部では、全員が自分の意見を臆せずに述べ、充実した議論ができておりました。
最終的な発表時には、高校生に負けず劣らずの発表内容となっていたので、学年に関係なく、今時の生徒さんは凄いなと感動しました。
発表内容は、全グループが野球専用グラウンドの存続の立場となっていました(個人的には、廃止派の発表も見てみたかったです)。
4 おわりに
今回のJLSは、刑事裁判のようにダイレクトに法的な問題が関わる題材ではありませんでしたが、実際に身近に起こり得る利益衝突として、生徒の皆さんにとっては、イメージのしやすい良い題材であったと感じました。特に、それぞれの立場に立った上での議論に加え、市の立場に立っての結論を検討するという進行は、ボリューミーで生徒さんもあきなかったと思います。
生徒さんへのアンケートでは、とても面白かったとの意見を多数頂くことができ、また、発表が終わった後に、班の生徒さんから、「次もまた参加する!」とお言葉を頂けたのが、非常に嬉しかったです。
最後になりますが、各インタビュー映像や会議映像に出演してくださった先生方や入念な準備・当日の円滑な進行を行ってくださった運営の先生方、事務局の方々のおかげで、今回のJLSも大成功になったと思います。ありがとうございました。
~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム
会員 板楠 和佳(76期)
1 はじめに
令和6年3月9日14時から17時半まで、当会2階大ホール及びオンラインにて、「~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム」が開催されましたので、ご報告いたします。
この企画は、元々LGBTQ+の自殺防止対策事業に取り組んでいる「プライドハウス東京」という団体から、福岡でもセーフティーネットづくりをしたいということで当会のLGBT委員会にお声がけがあり、同委員会と自死問題対策委員会の共同で昨年の5月に同じテーマで対人支援職の方向けの研修会を開催したところ、非常に好評だったため、今度は広く一般市民の方を対象としたシンポジウムを開催することになったと聞いています。
本シンポジウムは、前半のみたらし加奈さん(臨床心理士、公認心理師、NPO法人『mimosas』代表副理事)による基調講演、後半の五十嵐ゆりさん(レインボーノッツ合同会社代表、NPO法人Rainbow Soup理事長)が司会を務め、後述する各分野の専門家を迎えてのリレートークという2部構成で行われました。
当日は、会場が約40名、オンラインが約60名と、多数の方々にご参加いただきました。
2 基調講演
(1) 性的マイノリティについて基礎的な知識
はじめに、LGBTQ(L:レズビアン(同性愛者)、G:ゲイ(同性愛者)、B:バイセクシャル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(性別違和)、Q:クエスチョニング(自身のセクシャリティを決めていない)、クィア)、SOGI(SO:SexualOrientation(性的指向:好きになる対象がどの性に向いているか)、GI:GenderIdentity(性自認:自身の心の性別をどのようにとらえているか))など、性的マイノリティに関する基礎的な知識について解説していただきました。
(2) LGBTQと自死問題との関係性
次に、LGBTQ当事者を取り巻く環境についてお話がありました。現在の日本では、異性愛や性別違和がないことを前提とした法制度や慣習に当事者が排除されていること、差別的発言、そもそも「相談する」という土壌がなく、相談しようと思っても安心して相談できる相談窓口が少ないこと(地域格差)などにより、当事者が生きづらさを抱えやすい環境があります。
実際に、3年おきに実施されているゲイ・バイセクシャル男性を対象とした全国調査によると、いじめ被害経験率が約6割で推移しています。さらに、ゲイ・バイセクシャル男性のうち自殺未遂を経験したことがある人の割合は約9%で、この数字は、異性愛男性の約6倍にのぼります。
現状の日本社会においては、LGBTQ当事者が困難を抱えやすい傾向にあり、自死に至る危険が高いことがわかります。
(3) 私たちにできること、やってはいけないこと
最後に、以上のような現状を改善していくために一人一人にできることや、やってはならないことについてお話しいただきました。
具体的には、社会の中にも自分の中にもLGBTQに対する偏見があることに気づき、そのうえで当事者の言葉を傾聴し受け止める必要があること、相手がLGBTQの当事者である可能性を念頭に、日頃のアウトプットを見直してみること(彼氏・彼女→交際相手・パートナー)、アライ(当事者の味方・支援者)であることを表明することなど、すぐに実践できる助言をいただきました。
そして、他人のSOGIを暴露したり、決めつけたり、カミングアウトを強要したり、揶揄したりしてはならないということを教えていただきました。
3 パネルディスカッション
(1) 学校現場から
1人目の話者、池長絢さん(スクールソーシャルワーカー、精神保健福祉士)には、学校現場におけるLGBTQに関する取り組みについてお話しいただきました。
スクールソーシャルワーカーとは、小中高校に通う児童生徒の心配事を聞き、家庭や学校、地域社会など児童生徒を取り巻く環境を改善する職業です。
池長さんは、スクールソーシャルワーカーとして子どもたちと関わる中で、LGBTQの子どもたちが快適に過ごせるようにするための取り組みに触れることがあるそうです。例えば、呼称を性別によって使い分けるのではなく「さん」に統一する、髪型を規制する校則を性別によって書き分けない、などといった工夫があります。
小中高校時代は、第二次性徴が始まる時期であり、自分の心の性と体の性の不一致に悩みやすい時期です。そのような時期にある子どもたちと接する際には、大人もLGBTQについて学んでいることを伝え、相談しやすい環境をつくることが必要だと言われていました。
(2) 更生支援の現場から
蔦谷暁さん(NPO法人抱僕福岡県地域定着支援センター主任相談員)には、刑事施設からの退所者を支援する活動の中で感じた、社会と個人との間にある見えない障壁についてお話しいただきました。
蔦谷さんが相談員を務める定着支援センターには、身寄りのない出所者やその関係者が日々相談に訪れます。利用者には、障がいを持った人々が多くいます。これまで、障がいは個人の問題として捉えられ、障がいにより生じる困難はいわばその個人の責任であると考えられてきました。そうではなく、障がいを個人と社会にある「障壁」であると捉えると、その障壁を取り除くことで、個人を尊重することができるのではないかと言われていました。
(3) 法律問題と関連して
寺井研一郎弁護士(LGBT委員会)には、LGBTQ当事者の自死と法律問題との関連についてご報告いただきました。
寺井弁護士には、ある相談者との関わりから、弁護士が法的助言することで相談者が抱えていた問題が解決し、自死を防ぐことができたご経験を共有していただきました。他方、法的手段を尽くしても解決できない問題も存在するため、医療機関等との連携が不可欠です。この点は、LGBTQ当事者が社会の中で生きづらさを抱え自死を考えている場合も同様ということでした。
法律相談の場面で、弁護士が依頼者と向き合う際には、特定の性別や異性愛を前提に話を進めてしまうことで、心を閉ざしてしまうことが起こりえます。弁護士としては、当事者が安心して話せる環境作りを心がける必要があると訴えられました。
(4) 精神医療の現場から
最後に、永野健太さん(ながの医院院長、GID(性同一性障害)学会認定医)には、精神医療の観点から自死予防のための支援につきお話しいただきました。
永野さんによれば、GID学会認定医は九州で2人しかおらず、そのうち精神科医は永野さんただ一人であるとのことで、現状として、精神科の医師であっても、LGBTQについて理解のある医師は多くないそうです。それによって、LGBTQ当事者が精神科医を受診したとき、表面に現れた精神疾患を改善することはできても、根本的な生きづらさを解消できないという弊害が生じているとご指摘がありました。このような現状も一因となり、先述の通りLGBTQの自死率が高くなっている現状があります。
以上のような現状を踏まえ、永野さんは「足場をふやすこと」すなわち、よりどころとなる人や場所を複数見つけることが大切であると言われました。また、誰かの「足場」となるために、TALKの原則(Talk:心配していることを伝えること、Ask:死にたいのか素直に尋ねること、Listen:聞き役に徹すること、KeepSafe:本人の安全を守ること)を心がける必要があることをお話しいただきました。
4 質疑応答
最後に、質疑応答が行われました。質問者自身の経験を踏まえての感想や、他の社会問題との関連について質問があり、みたらしさん及び各専門家から、共感の言葉が贈られ、新たな問題提起が行われました。
5 むすび
本シンポジウムにおいては、みたらしさんをはじめ、各分野の専門家にお話しいただき、LGBTQ当事者の自死問題について、様々な観点から考察することができました。LGBTQや自死問題について考えたことがない人から、関心が深い人まで、様々な人に気付きをもたらすシンポジウムであったと感じています。
人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖 ―「憲法講演会『ガザ戦争の背景と問題の所在』」の報告-
憲法委員会 委員 稲村 蓉子(63期)
市民の関心の高さ実感
憲法委員会では、4月18日に「市民とともに学ぶ憲法講演会」の第12弾として千葉大学国際高等研究基幹の酒井啓子特任教授をお招きし、「ガザ戦争の背景と問題の所在」と題して講演いただきました。120名の聴衆で会場は埋まり(他にZOOM参加は52名)、皆様、1時間半ノンストップの講演に真剣に聞き入り、ガザ戦争に対する関心の深さがうかがえました。
酒井教授による講演の内容をご報告いたします。
ガザの現状
ガザに対する戦争の発端は、2023年10月7日に、ガザを活動拠点とするハマスがイスラエル領内に勢力を進め、イスラエル人260名を殺害し(後の戦闘での死亡者数と合わせると1200名を殺害)、約230名を拉致したことにある。これに対してイスラエルはハマス根絶を掲げ、同年10月中ガザを空爆し、次は地上戦で各地を制圧している。ハマスという組織は、決して組織として確固とした外郭があるわけではなく、誰が構成員かも曖昧である。そうすると、ハマスの根絶はすなわちパレスチナ人の殲滅と同等の意味になる。イスラエル人からすれば、パレスチナ人すべてがハマス、テロに見える状況になっているといえる。イスラエルの攻撃により、2024年4月8日時点でパレスチナ人の死者は3万3207人(パレスチナの人口の約1.5%)にのぼり、人口の半分が餓死の危険に直面し、人口の4分の3が避難民となっている。
生き残っているパレスチナの人々は、人道支援物資を求めて南部のラファ、唯一他国のエジプトと国境を接している地域に結集している。
なお、なぜ海から人道支援物資を送り届けないのかという質問を受けることがあるが、パレスチナは南部以外の三方を海も含めてイスラエルによって封鎖されている。およそ20年にわたってパレスチナは人や物資の移動をイスラエルによって制限されてきた。パレスチナは天井のない監獄と評される。イスラエルによって移動を制限されてきたという歴史的背景があり、今回のハマスの行動がある。ハマスの行動は監獄からの大脱走だったともいえる。
国際社会、国際機関の対応の変化
国連についてはその能力不足を常に指摘されているところではあるが、ガザ戦争に関しては特に停戦をさせる能力がないことが露呈している。
それは、アメリカが、イスラエルの自衛権の行使を理由として、停戦決議に対して拒否権を行使してきたためである。2024年3月25日に初めて停戦の安保理決議が採択されたが、それもアメリカは棄権した。
国際社会では、イスラエルが自衛権の範囲を逸脱していると考えている。
2024年4月1日に欧米の援助団体のメンバーがイスラエルによって殺害された。自国の国民が殺害されたことで、アメリカのイスラエル支持は揺らいでいる。
イスラエルは何を目指しているのか
多くの研究者は、イスラエルの経済力が戦争を続けるだけの余裕がなく、また、戦争が続けば従軍兵士やその家族が厭戦気分になるであろうからガザ攻撃は3か月ほどで終了すると考えていた。
しかし、実際はその逆に進展しており、国民世論はいけいけどんどんの状態となっている。世論調査によれば、レバノン南部にいるヒズボラも攻撃すべきと考える国民は3割を占める。加えて、二方面攻撃は負担が大きいのでガザ攻撃終了後にヒズボラを攻撃すべきと考える国民も3割いるため、国民の約6割が戦争を拡大させる考えをもっている。また、パレスチナ政府の自治についても、自治を認めないとの国民が今年3月時点で37%を占め、自治を認めるにしても徹底的分離(イスラエル軍が監視し、形式的自治しか与えない)を主張する国民は39%がいる。パレスチナ自治政府と和解交渉を進めるべしと考える国民は16%しかおらず、誰も和平に期待していないのが現状であり、国防を強化するという意識が国民の間で定着している。
今回のガザ攻撃によって、パレスチナとの和平(二民族二国家案)が消えたといえる。これまでは、自治の範囲に争いはあるものの、少なくとも二国家が存在することが前提となっていたが、その前提がなくなった。イスラエルが今後どうしていくのかはわからないが、北部に戦端を開いていく可能性は大きく、また、パレスチナ人の民族的抹消すら目指していくこともあり得る。もともとイスラエルは建国の究極目標として「ナイル川からユーフラテス川まで聖書に約束された土地を確保する」ことを掲げており、領土拡張主義をとっている。イスラエルは建国時にパレスチナ人を領土から追い出しており、その再現(ナクバ:大災厄)を目指している。ネタニヤフ首相は「地中海とヨルダンの間にはイスラエルが主権を持つ領土しかない」、ガラント国防相は「私たちは人間の姿をした獣と戦っており、それに応じて行動している」と発言していることが、その発露である。
早く戦争を終息させないと、イランのように反イスラエルを掲げる勢力が戦争に巻き込まれる危険がある。イランが巻き込まれると、ペルシャ湾全体が紛争に巻き込まれ、第三次世界大戦になりかねない。
今のところ、イスラエルに対してアラブ諸国は驚くほどおとなしい。イスラエル非難はしているものの、国内世論向けである。イランも戦争に巻き込まれたくないとの強い決意を持っている。2024年4月1日にはイスラエルが、在シリアのイラン大使館を攻撃した。これはイランの主権に対する明白な侵害行為であったが、イランは非常に抑制的な報復しかしていない。今後、レバノン、イラク、イエメンなどの反イスラエル勢力がどう動くか注目が集まる。
イスラエルの世論が戦争拡大を支持していることには重大な懸念がある。イスラエルのガザ攻撃は、人道目的のみならず、今後の政治動向からしても、早く終息させなければならない。
パレスチナ問題に対するヨーロッパ社会の後ろ暗さ
ヨーロッパでは反ユダヤ主義があり、歴史的にユダヤ人は迫害を受け続けてきた。ナチスドイツではホロコーストがあり、500~600万人が殺害されている。この数字は歴史的な体験としてユダヤ人の意識に強烈に刷り込まれているはずであり、パレスチナ人の死者が3万人といっても少なく感じるかもしれない。
パレスチナに建国をするというシオニズム運動が始まった時、パレスチナに人がいると知らなかった純朴な移住者もいたかもしれないが、運動を主導するシオニストは、当然、パレスチナの地に人が暮らしていることは知っていた。また、イギリスも当然知っていたし、ユダヤ人が移住することの危うさも理解していた。しかし、それでもユダヤ人問題を中東に押し付けた。ユダヤ人のパレスチナへの移住は、ホロコーストからの逃避だけが原因ではない、もっと根深い問題だと考える。
ヨーロッパはユダヤ人問題を中東に押し付けたことで冷静な判断ができない。また、ヨーロッパはネオナチ的な反ユダヤ主義が生まれることを恐れており、そのため特にドイツは徹底したイスラエル支持をして、パレスチナ支持のデモや言動を厳しく取り締まっている。
パレスチナ人の意識
今回、ハマスが越境攻撃を仕掛けたと言われている。しかし、パレスチナ人の意識からみれば「越境」とはいえない。
ユダヤ人の移住によって現地のパレスチナ人との衝突が増え、それを解決するために1947年に国連パレスチナ分割決議が採択された。これはイスラエルに建国の権利を与えたわけではなかったが、イスラエルはすかさず建国してパレスチナ人を領土から排除した。これに反発したアラブ諸国と第一次中東戦争になると、その戦争の勝利に乗じて、イスラエルは分割決議で与えられたよりも広い土地を獲得し、さらにパレスチナ人を追い出している。また、イスラエルは第三次中東戦争では、ガザや西岸地域を占領し、国際法上禁止されている入植活動を続けている。
ガザの人口のうち122万人近くが、もともとイスラエル領内に住んでいたが、イスラエルに追い出され、ガザに逃げ込んだ避難民である。祖父母がイスラエルの地図を示しながら「昔はここに住んでいた」と話すのを聞いている子もいるだろう。ガザの人々は、イスラエルに追い出されて二度と故郷に戻れない、そして再びガザの地から南部へと追いやられていると感じているだろう。
パレスチナには500万人の難民がいる。それを支えてきたのはUNRWA(国際パレスチナ難民救済事業機関)であり、いってみればパレスチナの人々にとって唯一の行政府であったといってもよい。しかし、イスラエルが、UNRWAの職員が越境攻撃に加担したとか、ハマスの一員であると申し立てたことによって、2024年1月終わりに、日本を含め各国がUNRWAへの資金拠出を停止した。EUやノルウェーは資金拠出を止めなかった。日本は資金拠出を再開したが、果たしてその判断が正しかったのか、検討する必要がある。(報告者注:2024年4月22日に、国連はUNRWAの中立性に関する評価報告書を公表し、改善すべき点があると提言したものの、UNRWAの職員がテロ組織のメンバーである証拠はないと述べたとのことである。)。
講演のまとめ
(1)イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない。(2)イスラエルの目的はトランプ政権誕生までに獲得できる限り領土拡張を目指し(西岸での入植地の拡張、レバノン南部への影響力拡大)、トランプ政権下での事後承認を目指す。(3)いずれの統治体制となるにせよ、パレスチナに対するイスラエルの不均等な支配が強化されることは疑いないが、それは一層の統治コストの増大と不満要素の継続を意味する。(4)アラブ諸国の統制能力には期待できない/ガザからの避難民をエジプトが人道的目的で引き受けられるか(多大な国際的支援が必要+帰還の可能性を確約できるか?)。(5)反イスラエル「抵抗の枢軸」がどこまで自制できるか:国際経済への影響/戦争を回避したいイランのメッセージがどこまで正確にアメリカに伝わるか。(6)国際的な対イスラエル反対ムードがどのような暴発を招くか。
講演を聞いて
ユダヤ人がパレスチナに移住した歴史的背景、現在のガザの状況、イスラエルの動向と今後の世界情勢などを、とてもわかりやすく講演いただきました。国際情勢や歴史の複雑さ、まとめの「イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない」には絶望しそうですが、それでも、一個人として、パレスチナの人々、特に子どもが死傷し、飢えに苦しむ状況や、イスラエル人の人質が捕われ続けている状況に対しては断固反対の意思を表明しなければならないと思います。
ユダヤ人迫害・虐殺の歴史が、パレスチナ人への新たな迫害・虐殺へと続いていくことをみたとき、改めて、人権侵害は拡大していくものであり、それを止めるためにも一人一人の人権を尊重しなければならないとの思いを強くします。パレスチナ人の自由を押さえつけて建国を果たしたイスラエルの人々が常に攻撃される恐怖に怯えなければならないように、他者の犠牲のもとに成り立つ幸福は虚構でしかないはずです。パレスチナ問題を考えるとき、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法の先進的意義を感じます。改めて、平和、人権尊重について考える講演となりました。
2024年5月 1日
あさかぜ基金だより
あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 小島 くみ(75期)
ごあいさつ
令和6年2月にあさかぜ基金法律事務所に入所した小島くみと申します。司法修習期は75期、実務修習地は鹿児島でした。
私は、九州大学農学部を卒業したあと、20年あまり、出身地である鹿児島県にある環境計量証明事業所において、環境計量にかかわる技術者として過ごしてきました。環境計量とは、大気や河川水など環境に関する物質の量や濃度などを計測し、数値化したうえで、第三者に対して証明をすることによって、環境規制や環境保護のために重要な役割を果たすというものです。
このように、異業種の仕事をしていた私が法曹を目指したのは、この仕事をしていたとき、さまざまな問題が起こったときには、最終的には法的解決を図ることが効果的であると実感することがあり、それなら私も弁護士として紛争解決に寄与してみたいと考えたからです。
あさかぜ基金法律事務所とは
ご承知のとおり弁護士法人あさかぜ基金法律事務所は、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成するために、多くの方々に支えられている都市型公設事務所です。所員弁護士は、おおむね3年間の養成期間を経て、九州の司法過疎地域に赴任することになります。
あさかぜ基金法律事務所への入所
私は、長く、鹿児島県指宿市で生活してきました。指宿は、風光明媚な温泉地ですが、人口の減少がどんどん進行していて過疎化が進んでいる田舎町であり、弁護士の少ない地域です。私が指宿で生活するなかで、法的支援を受けたことのある人の話を聞くことはまれでした。たとえば、近隣住人とトラブルになったために、より良い解決方法を探りたいと考えたとき、離婚をするにあたって相手方と揉めたときなど、何らかの法的支援を受けたほうがいいのではないかと思われる場面においてさえも、多くの人が法的支援を受けないままに終わり、結果的に正当な主張ができないまま泣き寝入りせざるをえないという状況が多くありました。これらのことから、私は、司法過疎地域においては法的支援を受けたくても受けられず、不利益をこうむっている人が少なくないことを実感していました。
これとは別に、過疎地においては、高齢化が進行し、単身で生活する高齢者が増加していることから、今後は、高齢者に対する法的支援が重要性を増してくるということも強く感じています。
そこで、このような司法過疎地域で、私自身も弁護士として法的問題の解決を図る取組ができるようになりたい、そのなかで、司法過疎地域にも多い高齢者に対する法的支援に関わっていきたいと考えていました。
そんな私が、このたび、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成する事務所であるあさかぜ基金法律事務所にご縁を得ることができました。
私は、これまで司法とは無縁の生活を送ってきましたので、弁護士の仕事はわからないことだらけであり、あさかぜ基金法律事務所に入所して以来、驚きの連続の日々を過ごしています。
これからは、指導担当弁護士をはじめ先輩弁護士の方々から多くのことを学ばせていただき、司法過疎地域に赴任するうえで必要なスキルを習得できるよう精進していきたいと決意しています。 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました
情報問題対策委員会 委員 桑原 義浩(58期)
マイナ保険証はお持ちですか?
皆さんは、マイナ保険証はお持ちですか?紙(またはカード形式)の保険証ですか?その現行の保険証が廃止されるって、ご存じでしょうか?これって、国民が望んでいることなのでしょうか?医療情報が漏れてしまうなど、問題はないんでしょうか?
3月20日午後2時から、当会の情報問題対策委員会が企画したシンポジウム「マイナ保険証と人権を考える 医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が、福岡県弁護士会館2階大ホールで開催されました。
当日は、水曜日で祝日という日程だったのですが、大ホールでの会場参加とオンライン参加を合わせて100名近くの参加がありました。大ホールでは準備していた配付資料が足らなくなってしまうほどでした。
木本綾子委員からの基調報告
当会の情報問題対策委員会の武藤委員長による開会の挨拶の後、はじめに、福岡県弁護士会のこれまでの活動について、木本綾子委員から報告しました。
福岡県弁護士会では、2021年(令和3年)5月6日に、「マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明」を発出して、マイナンバーカードの義務化に対する問題点を明らかにしていました。河野太郎デジタル大臣が現行の健康保険証を廃止する方向性を打ち出したときには、2022年(令和4年)12月26日に「現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードの取得を義務化することに反対する会長声明」を発出しました。さらに、社会保障や税制以外にもマイナンバーの利用を拡大する動きに対して、2023年(令和5年)5月12日には、「マイナンバーの利用範囲及び情報連携範囲の拡大に反対する会長声明」を発出しました。
あわせて、福岡市の行政効率化を目的とするDX戦略の状況についてヒアリングを行ったため、その結果も報告されました。
知念哲氏による基調講演
続いて、神奈川県保険医協会事務局次長、全国保険医団体連合会・政策事務局小委員の知念哲氏から、「マイナ保険証の仕組みと問題点」と題する基調講演をしていただきました。現行の医療保険の仕組みから健康保険証の役割、マイナ保険証でのオンライン資格確認などを概観していただき、現行の健康保険証が廃止されるまでの流れをご紹介いただきました。
また、ご講演のなかで、マイナ保険証の普及状況などについてのお話もありました。医療機関では利用できるような対応は進んでいるものの、実際に資格確認としてマイナ保険証が利用されているのは、令和6年1月時点でもわずか4.6%にすぎないということでした。
さらに、国民皆保険の理念・原理・原則から、デジタル対応が困難な人たちが医療から遠ざけられることのないように現行の健康保険証の存続を求められ、最後にオンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟の状況についてご報告がありました。
大変充実した資料をもとにして、詳細な分析も加えられたご講演内容でした。
パネルディスカッション
その後、パネルディスカッションに移りました。
冒頭で、全国保険医団体連合会の大崎公司理事から、医療機関の現場でのマイナ保険証でのトラブル状況などをご発言いただきました。オンライン資格確認には早くても一人30秒から40秒かかるために、資格確認で列ができてしまう、現行の保険証提示ならすぐに終わる、電気が停電となると確認もできなくなり、災害時の対応に問題がある、といったことを発言されました。
それから、中央大学教授の宮下紘先生より、人権保障の観点からのマイナ保険証に関するご発言がありました。
冒頭、ナチスによるパンチカードを使ったユダヤ人管理の例を紹介されました。個人情報を国家が管理することが人権問題に関連することを認識できました。
マイナンバー制度については、2023年3月9日の最高裁判決があります。最高裁は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を侵害するものではないと判断していますが、これはあくまでもシステムにトラブルがないことを前提としています。現在はシステムの問題性が指摘されているため、この最高裁判例がそのまま妥当するわけではないことも指摘されました。
また、EUでの個人情報保護のための制度であるGDPRの視点からマイナ保険証の問題点を指摘されました。あくまでもデータの「主体」としての権利の話であって、「客体」ではないとの指摘は、個人に番号がつけられるマイナンバーについては重要な視点だと感じました。
以降は、パネルディスカッションで、議論を深めました。医療情報としてどういうものがデジタル化されて共有されると便利になるのか、問題点はないか、研究・新薬開発などに対する診療情報の利活用への懸念、課題について、そもそもデジタル政策の中心にマイナンバーがあることについての問題点などを検討しました。
健康保険の加入は強制であるが、マイナンバーカードの取得は任意であるため、強制保険に任意のカードで対応しようとすること自体に大きな問題がある、ということは重要な点だと感じました。
当日は、会場に質問用紙を配布したのですが、かなりの数の質問が集まりました。すべてを取り上げることはできませんでしたが、参加された皆さまの問題意識が共有できる機会になりました。
見逃し配信、動画を公開予定です
今回のシンポジウムに参加できなかった会員および一般の皆さまに向けて、福岡県弁護士会の公式Youtubeチャンネルで、当日の様子を公開することを予定しています。
カメラワークに手慣れていないところがあるかと思いますが、ご容赦いただければと思います。
今後とも、情報問題対策委員会では、マイナンバーの問題など、情報問題について、人権保障の観点から検討を続けていきたいと思います。
2024年4月 1日
法律相談センターだより ―「PAO~N 40周年大感謝祭」への出展―
法律相談センター運営委員会 委員 後潟 伸吾(69期)
1 PAO〜N 40周年大感謝祭
本年2月25日(日)、エルガーラホール8階大ホール(福岡市中央区天神1‒4‒2)にて開催された「PAO〜N 40周年大感謝祭」に福岡県弁護士会として出展しました。皆様ご存知のとおり、PAO〜Nは、毎週月~金に放送されているKBCラジオのラジオ番組で、メインパーソナリティーである沢田幸二さんの他、各曜日毎のパーソナリティとして、松村邦洋さん、矢野ぺぺさん、KBCアナウンサーの居内陽平さん、和田侑也さん等が出演されています。また、同番組の金曜日の「まずは、弁護士に聞いてみよう」というコーナーでは、福岡県弁護士会の会員も出演し、同番組のリスナーから寄せられたお悩みを弁護士の立場から解説しているということもあり、当会とも大変縁がある番組です。
そのような、PAO〜Nが40周年の大感謝祭を開催するとのことで、福岡県弁護士会として協賛のうえ、福岡県弁護士会ブースを設置し、日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動並びにプチ法律相談会等を実施しました。
2 当日の様子
(1) 広報活動
今回のイベントは、10時30分頃に開場しましたが、大人気のラジオ番組のイベントということもあり、大盛況で、入場待ちのお客さんが、エルガーラホールから中央警察署まで並び、お昼12時頃には会場への入場制限がされるほどでした。
今回のイベントでは、日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動のために、①日弁連のトートバック(トートバッグの中には、福岡県弁護士会等のチラシ一式、福岡県弁護士会のティッシュ、日弁連のひまわり相談ネットの消毒ジェルを入れました)、②各弁護士会のイメージキャラクターの塗り絵及び風船等を用意しました。昨年の三井ショッピングパークららぽーと福岡での無料法律相談会同様、①のトートバッグは大変人気であり、かつ、上記のとおり来場者も多かったことから、準備していたトートバッグ240個は開場1時間も経たずに全て配布が完了しました。他方で、ラジオ番組のイベントということもあり、子供の来場者が少なかったことから、塗り絵や風船については渡す機会は少なかったです。
また、お昼頃には、北古賀康博会員及び池田耕一郎会員が、ステージに上がり、PAO〜Nのパーソナリティの方との掛け合いを通じて、福岡県弁護士会を同イベントの来場者にアピールいただきました。
(2) プチ法律相談会・アンケート
今回のイベントにおいても、ブース内に法律相談ができるスペースを用意しました。しかし、今回のイベントは、多くの時間において、PAO〜Nのパーソナリティの方々がステージで様々な企画を行っており、来場者は当該企画に熱中していたということもあり、法律相談をされる方は少なかったものの、相続、労働関係、消費者問題、離婚・DV、登記等の法律相談がありました。
また、今回のイベントでも来場者向けのアンケートを用意しました。アンケートの質問項目は、①法律相談の経験の有無・内容、②その際相談した相手方、③福岡県弁護士会の法律相談センター及び同センターの予約ダイヤルの認識の有無並びに④福岡県弁護士会の広報活動の認識の有無等で、20名を超える来場者からアンケート回答を受領することができました。
また、アンケートに回答いただいた方には、福岡県弁護士会が福岡県在住のイラストレーターである山田全自動さんとのコラボレーションで製作した「弁護士あるある」のシールをプレゼントしました。
3 おわりに
今回、多数の来場者が来るイベントにて日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動や法律相談会を実施しました。広報活動については、トートバッグや上記「弁護士あるある」のシール等、大変充実した広報グッズのお陰もあり、日弁連及び福岡県弁護士会について更に様々な方に知ってもらうことができたと思います。また、法律相談会についても、法律相談を実施し、相談者の悩みを解決・解消できた点も良かったと思います。
最後になりますが、今回のイベントを担当した法律相談センター運営委員会の先生方、差入・激励に来ていただいた先生方、弁護士会・天神弁護士センターの職員の皆様のご協力のおかげで無事今回のイベントも実行できたと思います。この場を借りてお礼申し上げます。