福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

2024年8月 1日

会員のひろば 穂積重遠と石田和外に14条

会員 吉野 大輔(64期)

1 はじめに

御多分に洩れずハマっています、「虎に翼」。

「虎に翼」の魅力は、語るとキリがないです。まずは、魅力的なキャラクター造形。法曹にありがちな空気が読めず一言多い主人公の寅子、男装のよねさん、司法試験でお腹が痛くなる優三さんなど魅力的なキャラクターが次から次に出てきます。また、各所に散りばめられた法律関係のトリビア。分かる人にだけは分かるところが、法曹関係者のオタク心を掴んでいます。ちなみに、個人的には、寅子が受験勉強に使用していた憲法の基本書が上杉慎吉だったシーンがツボです(ⅰ)。

私にとって最も魅力的な点は、史実を組み込んだプロットです。この点で、私が注目しているのは、小林薫が演じる「穂高重親」と松山ケンイチが演じる「桂場等一郎」の動向です。私がこの記事の執筆を依頼された理由は、おそらく、私が、委員会の懇親会で、「虎に翼」を見る際に、この二人に注目すべきと一席ぶったからでしょう。

2 「虎に翼」のプロット

もともと、私は、NHKの朝ドラを熱心に見続けているわけではないのですが、「虎に翼」が、清水聡の「家庭裁判所物語」(ⅱ)を軸に、女性初の弁護士・裁判官である三淵嘉子を主人公にした物語と聞いていたので、久しぶりに見てみようかなくらいに思っていました。

「家庭裁判所物語」は、設立当初にあった家庭裁判所の理念型がどのようなものであったのかを描いた本です。家庭裁判所の理念型が、「虎に翼」のプロットの一つの軸になることは間違いないと思います。私の母は、家庭裁判所の調査官であり、内藤頼博(ライアンこと久藤頼安のモデル)や三淵嘉子(主人公のモデル)らの謦咳に直接触れた世代の調査官でした。そのため、私は、母から戦後の家庭裁判所の理念や雰囲気を聞かされていたこともあり、「虎に翼」が、失われつつある家庭裁判所の理念型を再確認するきっかけになればいいなと期待しています。

しかしながら、私は、「虎に翼」を見始めたところ、すぐに、「家庭裁判所物語」だけではなく、より野心的なプロットの存在に気づいてしまいました(妄想かもしれませんが)。それが、穂積重遠(穂高重親のモデル)と石田和外(桂場等一郎のモデル)の物語です。この二人の物語は、「虎に翼」のプロットの根幹を形成していると思います。この見立ては、現在のところかなり当たっているのではと密かに思っています(ちなみに、本記事の執筆時は、令和6年6月下旬です。)。

以降は、ネタバレ(主に歴史的事実ですが)を含むかもしれないので、歴史的事実なんか知らなくて、純粋にドラマだけを楽しみたいという方は、読むことを控えていただいたほうがいいかもしれません。

3 穂積重遠(ⅲ)

小林薫が演じる「穂高重親」には、モデルがいます。その名前から明らかですが、そのモデルは、民法学者の穂積重遠です。

穂積重遠は、1883年に、いわゆる「華麗なる一族」のメンバーとして生まれます。親族について少し触れておくと、父が民法を起草した民法学者穂積陳重、叔父が「民法出でて忠孝滅ぶ」で有名な憲法学者穂積八束です。加えて、母方の祖父が新一万円札の渋沢栄一です(ⅳ)。

穂積重遠は、旧制第一高等学校、東京帝国大学に進学し、卒業後、民法(特に家族法)の研究者として人生を歩んでいくことになります。同世代の民法学者は、末広厳太郎や末川博です(ⅴ)。その下の世代の民法学者が我妻栄や中川善之助と言えばイメージが湧きやすいでしょうか。

穂積重遠は、民法学者として学究に勤しむだけではありませんでした。祖父の渋沢栄一の影響もあり、社会教育や社会事業も「法」であるという信念の下、熱心に社会活動にも勤しみます。具体的には、明治大学女子部の創設、東京帝大セツルメントでの法律相談活動、関東大震災の被災者支援などの社会活動が有名です。これらの社会活動は、両性の平等、法教育、法律相談、災害対策など、現在の弁護士会の活動にも通じる社会活動です。

これらの業績を総体として見ると、穂積重遠は、大正デモクラシー期のリベラルな民法学者であったと評価することができると思います。

「虎に翼」では描かれませんでしたが、穂積重遠は、東宮大夫・東宮侍従長として仕えて、1945年8月15日を皇太子(現在の上皇)とともに迎えます。

そして、戦後、穂積重遠は、紆余曲折あり、1949年に最高裁判所裁判官に就任します。

石田和外(ⅵ)

松山ケンイチが演じる、甘い物好き(ⅶ)の「桂場等一郎」にも、モデルがいます。そのモデルは、名前だけからは分からないのですが、第5代最高裁判所長官の石田和外です。

石田和外は、1903年に福井市に生まれ、第一高等学校、東京帝国大学を経て、1928年に東京地方裁判所の予備判事に就き、判事として人生を送ることになります。

戦前、石田和外は、東京地裁の裁判官時代に、帝人事件(ⅷ)を左陪席として担当します。その際に、事件を「空中楼閣」と評して、「水中ニ月影ヲ掬スルガ如シ」という名文句で、被告人16名を無罪としたことで注目を浴びます。

戦後、石田和外は、司法省人事課長、最高裁人事課長、人事局長、事務次長、東京地裁所長、最高裁事務総長、東京高裁長官、最高裁判事といわゆるエリートコースを歩み、第5代最高裁長官まで上り詰めます。

石田和外は、ある世代の法律家からは、蛇蝎の如く嫌われている人物です。石田和外の最高裁判所長官時代には、青法協所属の司法修習生の任官を拒否する事件、宮本判事補の再任を拒否する事件などが起こります(ⅸ)。いわゆる、「司法の危機」、「ブルーパージ」などと呼ばれた時代です(ⅹ)。

また、石田和外は、最高裁判所長官時代に、リベラルな判決と評価されていた全逓東京中郵事件判決、いわゆる「二重の絞り」で有名な都教組事件判決及び全司法仙台事件判決について、全農林警職法事件を皮切りに、これらの判例変更を実現していきます(ⅺ)。

退官後は、英霊にこたえる会会長や元号法制化実現国民会議議長も務めました。

これらの業績を総体として見ると、石田和外は、いわゆる保守派の裁判官であったという評価は否めません。

5 日本国憲法14条

水と油で決して混じり合わないと思われる二人ですが、その架け橋になるのが、日本国憲法14条です。

「虎に翼」は、第1話の冒頭、日本国憲法14条の朗読から始まります。その朗読は、寅子が一度は諦めた法律家の道から復帰して、裁判官を目指すきっかけになります。そのほかにも、轟法律事務所の壁に日本国憲法14条の文言が書かれているなど、ドラマ内の各所に日本国憲法14条が散りばめられています。日本国憲法14条が、「虎に翼」のプロットの根幹であることは明らかです。

穂積重遠は、最高裁判所裁判官として、尊属殺規定の合憲性を争う事件に対峙します。

1950年10月、最高裁判所大法廷判決(刑集4巻10号2037頁、2126頁)は、旧刑法205条2項(尊属傷害致死)、同200条(尊属殺人)を憲法14条に違反しないと判断しました。しかしながら、穂積重遠は、多数意見に与することなく、反対意見として、これらの規定が憲法14条に違反するという論陣を張ります。穂積重遠は、上記判決から数ヶ月後の1951年7月29日、心臓変性症で逝去します。反対意見を遺言とするかのように。

ご存知の通り、それから23年後、旧刑法200条(尊属殺人)の合憲判決は、判例変更されます(最大判昭和48年4月4日刑集27巻3号265頁)。この判例変更により、日本国憲法下で初の法令違憲判決が誕生します。この法令違憲判決を主導したのが、当時、最高裁判所長官であった石田和外です。

ドラマの終盤で、桂場等一郎が大法廷の真ん中で法令違憲判決を朗読し、穂高重親の回想シーンが流れて、寅子が涙する姿が浮かびませんか。

6 さいごに

穂積重遠と石田和外の人生を軽く振り返ってみました。この二人の人生に日本国憲法14条を組み合わせることで、大きな物語が描けることが理解できたと思います。これだけ綿密なプロットを描いている「虎に翼」の脚本家やスタッフが、この構図に気づいていないはずがないと思います。

ここまで来れば、桂場の名が「等一郎」であることまで、意味深長に感じられるのではないでしょうか。

私の妄想はここまでです。はて、「虎に翼」の物語は、どうなるでしょうか。

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  • 意味がわからない方は調べてみてください。ヒントは、天皇機関説事件です。意味が分かると、「虎に翼」の脚本家やスタッフによる作り込みの本気度が伝わると思います。
  • 清水聡「家庭裁判所物語」(日本評論社、2018)は、失われつつある家庭裁判所の理念型を再確認する上でも読まれるべき本です。
  • 大村敦志「穂積重遠―社会教育と社会事業とを両翼としてー」(ミネルヴァ書房、2013)に依拠しています。名著です。是非、皆様に読んで欲しい本です。東宮大夫としての臣穂積重遠、天皇機関説事件時代の東京帝大法学部長穂積重遠、家庭人穂積重遠など、「虎に翼」では描かれない多様な穂積重遠像が描かれています。
  • そのほかに、親族には、日露戦争の総参謀長児玉源太郎、総理大臣寺内正毅、戦時中の内大臣木戸幸一、画家のレオナール・フジタこと藤田嗣治などがいます。大村敦志「穂積重遠」に穂積重遠の家系図が掲載されていますが圧巻です。
  • この世代の特徴として、概念法学を批判する自由法学の影響があります。「虎に翼」でも権利濫用で解決される民事事件が描かれましたが象徴的です。なお、伊藤孝夫「大正デモクラシー期の法と社会」(京都大学出版会、2000)(p12)によれば、「概念法学の凋落」をもたらした「自由法学乃至社会法学」の代表者の一人として穂積重遠が挙げられています。概念法学と自由法学については、「ブリッジブック憲法」(信山社、2002)の石川健治「第14講義」を参照。
  • 山本祐司「最高裁物語(上)・(下)」(講談社+α文庫、1997)と「憲法学から見た最高裁判所裁判官 70年の軌跡」(日本評論社、2017)の早瀬勝明「第6章 激流に立つ巌-石田和外」に依拠しています。「最高裁物語」は「虎に翼」の種本の一つです。
  • 「最高裁物語(下)」(p146)によると、沢村一樹演じるライアンこと「久藤頼安」のモデルである内藤頼博が、石田和外の「追想集」で、石田和外の思い出話として、「東京地裁の頃の石田さんは斗酒なお辞せず酔うと悪戯が激しかった。いきなり人の股ぐらに手を突っ込んで褌を引っ張り出す癖があった。また物を噛む癖があって、某貴族院議員のバッジを噛んで曲げてしまった。...おしまいには、やかんにじかに入れてお燗をした酒に小便を混ぜた。悪戯は徹底的に痛快であった。」と語っています。「桂場等一郎」の人物造形を考える上で興味深い文章です。
  • 「虎に翼」において、主人公の父が被告人となった「共亜事件」のモデルです。
  • 福岡県弁護士会会員である元裁判官の西理先生は、「司法行政について(上)」(判例時報2141号)において、同時代の自らの経験を記録として残しつつ、石田和外を含む当時の司法行政の為政者に対し、「これらの施策を推進した人たちが裁判所史上に遺した汚点の大きさとその責任の重大さを改めて心に刻むのである。しかし、これらの人たちの責任は歴史が審判するに違いにない。」(p4)と論じています。
  • 黒木亮「法服の王国(上)」(産經新聞出版社、2013)では、石田和外は、黒幕として実名で小説の登場人物となっています。
  • 全農林警職法判決については、憲法学者からは評判が悪いですが、再評価の機運もあります。例えば、千葉勝美「憲法判例と裁判官の視線」(有斐閣、2019)の「第2部Ⅲ 保革の政治的対立と公務員労働事件をめぐる司法部の立ち位置-横田喜三郎長官らと石田和外長官らが見ていた世界の相違」。

インクルーシブ教育勉強会のご報告

子どもの権利委員会 委員 鶴崎 陽三(69期)

1 はじめに

本年6月6日、福岡県弁護士会館及びzoomで、新潟県弁護士会の黒岩海映弁護士(日弁連人権擁護委員会・障害者差別禁止法制特別部会座長)をお招きしてインクルーシブ教育勉強会が開催されました。

インクルーシブ教育とは、障害の有無などのさまざまな違いや課題を超えてすべての子どもが一緒に学ぶ教育のことです。

以下、講義内容について、あたかも私が解説しているかのように説明していきます。

2 講義の内容
(1) 合理的配慮

2006年に障害者権利条約(以下「条約」)が採択され日本は2014年に批准しました。

障害に基づく差別に関する規定の中で出てくる言葉として特徴的なのが「合理的配慮」です。

「合理的配慮」とは、障害者がすべての人権及び基本的自由を享有又は行使することを確保するために必要かつ適当な変更及び調整のことです。

人種や性別など障害以外を理由とする差別と障害を理由とする差別の根本的な違いは、前者が同じものを差別的に扱うことであるのに対し、後者は違うものを差別的に扱うことであるということです。

障害がある・ないという違いがあるため、障害のある人を障害のない人と同じように扱っても平等は実現できず、「合理的配慮」(=変更及び調整)を加えてはじめて平等を実現することができるのです。

(2) 条約24条

条約では24条がインクルーシブ教育について規定し、同条1項は、締約国が「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保」すべきことを定めています。

「包容」(=インクルージョン)は「排除」、「分離」、「統合」との比較で説明されます。

「排除」、「分離」と「包容」の違いは容易に想像できますが、「統合」との違いは理解が必要です。

「統合」とは、障害のある子どもを何の支援も合理的配慮もなく普通学級に入れることです。

これに対して、「包容」には、障壁を克服するための教育内容、指導方法などの変更と修正を具体化した制度改革のプロセスが含まれます。

この点、条約一般的意見4号では、インクルーシブ教育の基本的特徴として「全人」的アプローチや多様性の尊重と重視などが定められているほか(パラ12)、一般的な教育制度からの排除を禁止すること(パラ18)や、インクルーシブ教育は施設収容と相容れないこと(パラ66)など示されています。

(3) 日本の法制

2011年障害者基本法改正では、社会モデルが採用されるとともに合理的配慮が必要であることが定められ、子ども及び保護者の意向を可能な限り尊重しなければならないことが明記されました。

2013年障害者差別解消法においても医学モデルから社会モデルへの転換が図られています。

「社会モデル」とは、機能障害と社会的障壁(バリア)の2つの相互作用により社会的不利益が生じていると考える障害概念のことです。

たとえば両足に麻痺がある人が入口に段差のある図書館に入れないという事象で、図書館に入れない理由を医学モデルでは両足の麻痺と考えますが、社会モデルでは入口の段差と考えます。

(4) 日本の教育制度

1947年に制定された学校教育法では分離教育制度が確立し、1979年までの各都道府県での養護学校等の設置が義務づけられました。

その後、分離別学を維持したままながら例外的、限定的に統合教育の動きが進み、2007年学校教育法改正により改正前の特殊教育から特別支援教育へと転換しました。

その後、2011年障害者基本法改正、2013年学校教育法施行令改正など統合教育の動きがさらに進み、2013年の文部科学省の通知で保護者の意見を可能な限り尊重しなければならないこととされ、2016年差別解消法で合理的配慮が義務化されました。

しかし、実際には本人や保護者の意見が尊重されているとは言い難い状況が続いています。

(5) 地域のインクルーシブ教育実践

国とは別の流れで、関西を中心とした一部地域では、1970年代以降、世界に誇れるインクルーシブ教育が実践されており、特別支援学級に在籍させつつ通常学級での学習を実現するために複数担任制や原学級(交流学級)保障などの工夫がされています。

他方、文科省は特別支援教育の推進がインクルーシブ教育であるとの独自の解釈により、2022年4月27日、「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」なる通知で、特別支援学級に在籍している児童生徒が週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級で授業を行うことを求めました。

同通知は分離を固定させる政策であり、大阪では地域の小学生児童及びその保護者らが申立人となり文科省の通知に対する人権救済申立てを行った結果、大阪弁護士会から文科省に対して上記通知を撤回するよう求める勧告が発出されるに至っています。

(6) 人権モデル

医学モデルや社会モデルと異なる新しい概念として人権モデルがあります。

障害は社会によって作られるというのが社会モデルでしたが、社会によってではなく機能障害そのものから生まれる制限もあります。

この点、人権モデルとは、機能障害を含めた「ありのまま」を人権として、尊厳として、多用性として、価値あるものとして認める概念で、あるがままに地域社会が受け入れその尊厳を保障すべきであるとします。

(7) 視察報告

まず、スウェーデンやノルウェーでは特別教育を受けることは権利であり義務ではないとされています。

また、たとえば教室の脇に子どもがいつでも逃げ込める小部屋が設置されていたり、周りの目線を遮りたい子どものために誰でも使えるパーテーションが用意されていたりなど、色んな子どもにとってすごしやすい環境を作る工夫がなされています。

次に、大阪府豊中市の小学校では、車いすで全盲の子やダウン症の子なども通常学級で一緒に生活しており、算数の授業や体育の授業などを一緒に受けていました。

そこでは、車いすで全盲の子どもでも一緒に体育の授業を楽しめるよう、子どもたち自身が考えて様々な工夫が施されていました。

(8) まとめ

日本の「特別支援教育」について文科省は、特別支援学校、特別支援学級、通級という連続性のある「多様な学びの場」を用意していると言いますが、子どもに必要な多様性とは、自身が在籍する教室の中に多様性が確保されている状態をいうはずです。

また、本人・保護者の意向を最大限尊重という方針も守られておらず、真のインクルーシブ教育の構築と原則化が急務です。

そのために私たち弁護士・弁護士会ができることは、たとえば地域の学校に行きたい本人・保護者の相談を受け学校と交渉することや、スクールロイヤー、オンブズとしてインクルーシブ教育へ向けた相談対応や関係調整をすることなど様々です。

3 おわりに

インクルーシブ教育の成り立ちや内容、日本の現状や文科省の考え方などに加え、インクルーシブ教育の実践を知ることのできた非常に充実した勉強会でした。

インクルーシブ教育は来年の長崎人権大会のテーマ候補のひとつですので、それに向けての第一歩にもなりました。

なお、翌日、私を含む3名の会員と黒岩先生で筑後特別支援学校に視察に行きました。同校は、障害があっても可能な限り地域の学校に通うための方法を模索するという考えで運営されており、福岡でもインクルーシブ教育の実現を目指して活動しておられる方がいらっしゃることを心強く感じました。

今後、我々の住む地域が誰にとっても暮らしやすい社会になることを祈念して、報告を終えます。

インクルーシブ教育勉強会のご報告 インクルーシブ教育勉強会のご報告

中小企業の準則型私的整理に関する研修会

倒産業務等支援センター委員会 委員 西田 裕太朗(71期)

第1 はじめに

令和6年5月31日(金)に開催された、中小企業の準則型私的整理に関する研修会についてご報告します。本研修は、倒産業務等支援センター委員会と中小企業活性化協議会(以下「協議会」と言います)が共同で開催したものです。

協議会は、産業競争力強化法の規定に基づき、すべての都道府県に設置され、中小企業の財務状況等に応じた様々な支援を実施する公的な機関です。

第2 登壇者のご紹介(敬称略)

次の4方にご登壇頂きました。

【司会進行】
倒産業務等支援センター委員会 委員 佐藤 雄介

【パネリスト】
中小企業活性化全国本部 プロジェクトマネージャー
浅沼 雅人(東京弁護士会)
福岡県中小企業活性化協議会 統括責任者 補佐
吉松 翔(福岡県弁護士会)
倒産業務等支援センター委員会 副委員長
管納 啓文

第3 研修の内容

前半では私的整理の基本的な考え方やスキームの説明等、後半では具体的な事例を参照しながらの解説が行われました。

1 私的整理とは

今回の研修では、そもそも私的整理とは何か、という点から説明がありました。私的整理は、破産などの法的整理と異なり、債権者の同意を得て債務整理を行うことが特徴です。法的整理にも、民事再生、会社更生といった再建型の手続がありますが、近時は、取引先の喪失や商圏の劣化の懸念等から、会社側、金融機関の双方が私的整理を望む傾向にあるようです。

2 私的整理のスキーム

私的整理のスキームとしては、対象債権者と相対で手続を進める純粋私的整理や、公表された一定のルールに則って手続きをすすめる準則型私的整理等があります。今回の研修では、準則型私的整理の代表例である、協議会スキーム、中小企業の事業再生等に関するガイドラインが取り上げられました。

協議会スキームでは、企業が直接金融機関と交渉するのではなく、協議会が企業と金融機関の間にたって金融調整を行います。協議会は公的機関であること等から、金融機関に基本的には協力的な姿勢で臨んで頂けます。

中小企業の事業再生等に関するガイドラインは、令和4年3月に策定されました(その後一部改訂されています)。コロナ融資により過剰債務を抱えた中小企業が増加し、事業再生等に対するニーズが高まる中で、協議会以外の受け皿として機能することが期待されています。

3 弁護士の役割

私的整理の代表的な手法としては、債務の支払い期限を繰延べてもらう方法(リスケ案件)と、過剰な債務の一部をカットしてもらう方法(カット案件)の2種類があります。リスケ案件における弁護士の関与は限定的ですが、カット案件では、事業再生計画の作成や、事業再生計画の妥当性の検証を弁護士が行います。

パネリストからは、私的整理のやりがいとして、事業、従業員を守ることができる点や、多様なスキームがあり創造力が試される点が挙げられました。

協議会の立場からは、私的整理に関与する弁護士を増やしたいという話がありました。企業から廃業方向の相談を受けた際に、私的整理の道がないかを是非ご検討頂き、適宜協議会の窓口相談(無料)をご活用頂ければと思います。

第4 おわりに

閉会挨拶の中で、倒産業務等支援センター委員会委員長の髙松弁護士より、私的整理関与の入り口としては、経営者保証に関するガイドライン単独型の利用が良いのではないかという話がありました。単独型とは、経営者保証に関するガイドラインによる保証債務整理の一類型であり、主債務者である法人とは別個の手続において債務整理を行うことを指します。代表的なケースは、主債務者である法人は破産し、保証人である個人は経営者保障に関するガイドラインによる債務整理を行うかたちです。

今回の研修では保証債務の整理は対象とされませんでしたが、本年7月30日(火)に、北九州部会において、単独型に関する研修が予定されています(皆様のお手元に本月報が届くころには終了しているかもしれません)。

2024年7月 1日

あさかぜ基金だより

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 石井 智裕(72期)

人吉に見学にいきました

あさかぜ基金法律事務所の所員弁護士の石井です。あさかぜは、弁護士過疎偏在問題の解消のため、弁護士過疎地域で働く弁護士を養成する公設事務所です。あさかぜで養成を受けた弁護士は九弁連管内のひまわり基金法律事務所や弁護士過疎地に所在する法テラス7号事務所(総合法律支援法第30条第1項7号)に赴任していますが、日弁連の支援を受けて、弁護士過疎地で独立開業した弁護士もいます。中嶽修平弁護士(66期)は、平成28年3月にあさかぜを卒業して、熊本県人吉市にて「ひとよし法律事務所」を開業しました。

私たち所員は、去る4月5日に、ひとよし法律事務所を訪問、見学し、中嶽弁護士から開業までの苦労話や開業してからの弁護士活動の実情をつぶさに聴くことができました。

人吉では豪雨災害からの復興が進んでいます

私が泊まった誠屋という宿は、令和2年7月の豪雨での被害をうけて休業していた漬物屋が元の場所に再建されて、新たに宿を併設して開業したところでした。

また、豪雨災害以降、人吉では多くのカフェがオープンしたそうです。

開業にあたって

中嶽弁護士は開業準備で苦労したこととして、複合機はリースだったが、その他の什器備品類は、新品で購入することになり、初期費用が高くなってしまった。福岡と違って、中古でオフィス用品を揃えるのが難しいので、過疎地での開業では什器備品は新品で揃えるか中古だったらどこで入手するのか情報入手に注意と工夫が必要とのことでした。

また、事務職員についても、応募が少なく、経験者がおらず、事務職員は自前で養成する覚悟が必要だということでした。

受任経路の工夫

中嶽弁護士は人吉で3人目の弁護士として開業しました。そのため、受任経路の開拓には工夫をしたそうです。たとえば、ホームページの作成や人吉球磨地区のすべての税理士と司法書士に挨拶へいったりしたそうです。やはり、隣接職種との共同は大切のようです。

令和2年7月の豪雨災害を受けて

人吉の豪雨災害を受けて災害に対するリスクマネジメントの必要性を中嶽弁護士は強調していました。

たとえば、ハザードマップを活用し、その地域における浸水や土砂崩れなどの災害リスクをあらかじめ把握しておいて、万一のときに備えること、個人情報はハードディスクとクラウドを利用したデュアルでの保管を行い、紛失を防ぐこと、固定電話、FAXや携帯電話など複数の連絡手段を確保して、外部との連絡が途絶しないよう工夫しておくことなどです。

司法過疎地赴任に向けて

私は令和2年1月にあさかぜに入所し、司法過疎・偏在地域への赴任に向けて、あさかぜで養成を受けてきました。まだに赴任先は決まっていませんが、司法過疎地に赴任するにあたっては中嶽弁護士の話も参考にして、日々の業務に精進していきたいと考えています。皆様どうぞあさかぜへの応援をよろしくお願いします。

DV防止法の改正に関する研修を受けて感じたこと

両性の平等に関する委員会 委員 西田 舞季(76期)

76期の西田舞季と申します。
新緑清々しい5月14日(火)に、両性の平等に関する委員会主催で、山崎あづさ先生を講師としてDV防止法の改正に関する研修が開催されました。拙筆ながら、研修を受けて感じたことを報告いたします。

1 DV防止法及び今回の改正についての概要

DV(ドメスティック・バイオレンス)とは、配偶者や恋人など親密な関係にある、またはあった者(以下、「配偶者等」とします。)から振るわれる暴力のことをいいます。DV防止法は、配偶者からの暴⼒の防⽌及び被害者の保護を図ることひいては⼈権の擁護と男⼥平等の実現を目的としており、様々な体制を整備しています。

DV案件の多くは、刑事事件として処理されることはありません。そこで活用手段となるのは配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(以下、「DV防止法」とします。)に規定された保護命令です。被害者の安全確保があってこそ、手続を進め、結論へと進むことができます。

今回のテーマである2023年(令和5年)改正では、保護命令の対象及び種類・期間の拡大、厳罰化等が定められました。実際の講義では、山崎先生が内容の差異も含めて改正点についての詳細を大変わかりやすく説明してくださいました。

2 DVに対応する際の軸とは?=その本質を知ること

講義の初めに、DVの本質についての説明がありました。DVの本質は、配偶者等を暴力により支配・コントロールをすることです。支配は、複数の行為を積み重ね、長時間かけて行われることが多くあります。したがって、個々の行為に対しそれぞれDVにあたると判断し主張するのではなく、配偶者等の行為を総合的に考慮してどこにDVの本質があるかを見極めることが求められます。

私自身はまだDV被害の法律相談を受けたことはありませんが、先生方のお話を聞くと、相談者の中には、自分がDVを受けている状態であることを理解していない方が多数存在するそうです。親密な関係を前提として行われるDVは、外から見てすぐに判断できるものとはいえません。また、家庭や恋人関係の中には、その関係特有の思い出、雰囲気、ルール、考え方等が存在しています。それらの要素の存在は、当事者がDVにあたるかを判断する際に影響を与えることがあります。被害者は、配偶者等から受けた行為に対してもやもやする思いを感じながら、何か理由があったのではないかと悩み、自責し、現状から抜け出せないでいます。そんな状況の中、救いを求めて相談に来た被害者の不安と勇気は如何ばかりかと考えてしまいます。

だからこそ、弁護士は、相談を受けた際にはDVに対してしっかりとした軸を持ち、配偶者等のペースにのまれないようにしなければなりません。具体的には、まず、配偶者等の行為がDVにあたるのか(支配なのか)を冷静に判断することが重要です。DVを正当化されないために、「当事者にしかわからないこと」に流されるのではなく、「当事者だからこそわからないこと」「外部の者だからわかること」をもとにDV該当性を客観的に判断できるようにならなければなりません。そして、相談者に対して、結論とその根拠を明確かつ説得的に伝える必要があります。

軸をしっかり持っている姿勢が、自分の選択に迷いと不安のある相談者に安心を与え、DVを受ける環境から抜け出せる一歩につながると思いました。

...つらつらと必要だと思うこと、重要だと思うことを述べたとはいえ、実際に相談の場で理想通りにきちんと対処できるのだろうかと不安を感じています。しかし、新人だとしても、相談者にとってはひとりの弁護士です。求められている役割に応えられるようになりたいと思います。

3 得た知識を武器にする責任

保護命令の種類によって対象や要件が異なっています。また、文言の解釈の必要性が生じたり、必要な証拠を集めることが求められます。手続を進める際に的確に判断し説明できるように、制度についての知識を実際に使いこなせるようにしておく必要があります。

判断を誤った場合に不利益を受けるのは、依頼者です。場合によっては、生命身体への危険が生じる可能性もありますし、依頼者のその後の人生に影響が生じる可能性も考えられます。「弁護士なら何とかしてくれる」と信頼してくださった依頼者に不利益が生じないように、弁護士が知識を学び能力を磨き続けるのは一つの義務であると感じました。

よく先輩方から「弁護士は一生勉強だよ」と教えていただきましたが、常に変化する社会情勢と価値観やそれに伴う法改正に対応できるようになるためには絶えず知識や能力の研鑽が必要になるのだと、改めて先輩方のアドバイスの重みを実感しました。自分にできることとして、日々書籍を読んだり、可能な限り弁護士会や日弁連の研修を受講していますが、先生方はどのように研鑽を積まれていらっしゃるのでしょうか?機会がありましたら、ぜひ教えていただきたいです。

4 資料や講義内容の在り方についての学び

上述のとおり保護命令の種類によって対象や要件が異なっており、全体を把握するのは大変です。

しかし、講師をしてくださった山崎先生が、とても分かりやすい資料をつくってくださいました。文字の色、記号、比較表等を活用して、制度や要件の差異や今回の改正点を把握しやすい資料となっていました。

また、講義全体として、改正の要点を掴みつつ実務での活かし方を学べる構成となっていました。特に書面の記載例や具体的な証拠の種類については、書面作成時のお手本になるだけでなく、書き方や判断に迷った時に参考にできる資料にもなり、大変ありがたいものでした。先生の穏やかで説得力のあるお話の仕方も相まって、多くの知識を身につけることができました。今後、自分が人前で何かを発表する際は、ぜひ先生のスタイルを参考にさせていただきたいと思いました。

5 今後もがんばります

講演が終わった後、研修を受けていた先生方から、たくさんの質問がありました。先生方が業務の中でDV問題と向き合い生じた疑問を共有し合い、非常に充実した時間となりました。

研修を受け、多くの学びがあったと同時に、自分の能力の青さを感じました。得た知識や経験を実際に実務で活かせるように精進してまいります。お読みくださりありがとうございました。

合同福祉勉強会報告 子どもの福祉について、最前線で熱く語り合う勉強会レポート

子どもの権利委員会(福祉小委員会)委員 野島 香苗(37期)

1 はじめに

令和6年4月13日、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて(オンライン併用)、「合同福祉勉強会」が開催されました。この勉強会は、子どもの福祉に取り組んでいる全国の弁護士が一堂に会し、各地の活動状況を共有するほか、実務的な問題について深く議論し、知見を高めることを目的として、毎年開催されています。30年ほど前、大阪弁護士会と神奈川県弁護士会の有志が始めた勉強会が起源だそうですが、当会は2013年ころから参加しています。その年の当番単位会の所在地での開催が恒例となっており、福岡開催2回目の今年は、愛知、和歌山、岡山、奈良、沖縄、神奈川、広島、群馬、静岡、大阪、福岡の11単位会から約100名(うち会館49名)が参加し、フレンドリーな雰囲気の中、4時間半にわたって、熱い議論が交わされ、博多駅前に場所を変えての意見交換会も大いに盛り上がりました。

2 今年は、「面会通信制限」のワンテーマで議論
(1) 単位会報告等

当会子どもの権利委員会の池田耕一郎委員長の開会挨拶の後、例年どおり、各単位会から、児童相談所の弁護士配置状況、児童福祉関係の裁判申立件数、弁護士会としての児童福祉関係の活動状況などが報告されました。

(2) 面会通信制限に関する最近の裁判例報告

神奈川から、議論の前提として、面会通信の権利(ないし法的利益)面、制限の根拠(内在的制約、行政処分、行政指導等)の整理を踏まえた検討事項についての報告があった後、一時保護中及び施設入所措置中の面会通信制限について、一定期間の面会通信制限が違法であるとして国賠(慰謝料)請求が一部認容された判決(宇都宮地裁令和3年3月3日判決)及びその控訴審判決(東京高裁令和3年12月16日判決)が紹介されました。

次に、大阪からは、原審及び控訴審において、いずれも一時保護中の面会通信制限が違法であるとして、国賠(慰謝料)請求が一部認容された判決(大阪地裁令和4年3月24日判決、大阪高裁令和5年8月30日判決)及び一時保護中の面会通信制限に関する国賠(慰謝料)等請求事件の判決(請求棄却・公刊物未搭載)の2例が報告されました。

(3) 裁判例を踏まえた実務の運用についての協議

報告された裁判例は、いずれも虐待事案で一時保護ないし施設入所中の児童との面会通信制限がされ、保護者が同意しない状況で、行政処分によらない面会通信制限が継続されたケースでした。

虐待の事実が認められる場合は、児童虐待防止法12条1項に基づく行政処分による面会通信制限が可能ですが、他方、虐待事案でない場合や、虐待が疑われるものの児虐法12条1項の要件を満たすと判断できない事案や虐待の調査段階においても、子どもの福祉の観点から、面会通信制限が必要かつ相当な場合があることから、実務上は、多くの児相で、児童福祉法における「行政指導」もしくは「指導」による面会通信制限が行われています。

勉強会では、保護者が面会通信制限に同意しない場合に、児虐法12条1項の行政処分によらずに面会通信制限を行うことはできないのか、行政処分を行った場合に、親子再統合のための段階的な調整に支障が生じないか、そもそも一時保護により物理的に保護者と児童が分離されることによる内在的制約あるいは付随的効果として面会通信が制限されることをどう捉えるのか、全部制限と一部制限は明確に区別できるものか・・・など活発な意見交換が行われました。

(4) 面会通信制限の運用状況に関するアンケート結果の報告と質疑応答

当会は、勉強会における運用状況の議論を充実させようと、福岡県児相常勤の一宮里枝子弁護士が中心となって質問事項を設定し、一時保護中、施設入所措置中の制限実施の有無、制限の基準・考慮要素、制限内容、制限手段とその使い分け等に関する事前アンケートを実施しました。20児相について回答があり、取り纏めを担当した当会の小坂昌司弁護士、有滿理奈子弁護士、花田情弁護士の3名が勉強会で集計結果の報告をしました。

制限の考慮要素として、虐待の種別(7児相)、保護者の態度(奪還や虐待再発の可能性)(11児相)、子どもの意向(7児相)等が挙げられました。

一時保護中の制限手段(複数回答)については、

① 行政指導もしくは指導(20児相)
② 児福法27条1項2号の児童福祉司指導(15児相)
③ 児虐法12条1項(8児相)3児相)

の回答があり、手段の使い分けについては、・①で依頼し、指導に従わず面会を求める場合は③による(複数児相)、・加害親と非加害親が別居することになった場合や祖父母宅に子どもを戻す場合に②を利用する等の回答がありました。

施設入所措置中の面会通信制限手段 (複数回答)として、①(17児相)、②(5児相)、③(12児相)等の回答がありました。

アンケート結果に対する質疑応答では、・②の利用場面(特に、法解釈上、一時保護所における一時保護中の制限手段としうるのか)の議論、・③の利用について面会通信を保護者の自由に任せず、児相主導で実施するという趣旨で利用し、段階的に制限を外していく運用の紹介、・③の要件に関する裁判所の認定はかなり厳格であり、利用が慎重にならざるを得ない、・施設側の都合で職員が面会に反対する場合が多いので、国賠が認容された裁判例を紹介するなどして理解を求めている等の報告がありました。

勉強会終盤においても、「児相としては一時保護中の面会を制限する考えはないが、子どもが明確に保護者との面会を拒絶しているため面会を実施しなかった場合でも、制限に該当するのか」という問題提起に対して、様々な観点から意見交換がされ、・児相は何ら指導も措置もしていないのではないか、・子どもの意思を尊重した結果、面会を実施しないという児相の判断に基づく制限であり、制限の違法性は別問題である、・子どもの意向を前面に出すと不実施の責任を転嫁することにならないか等、面会通信制限の本質に迫る活発な議論が行われました。

3 おわりに

面会通信制限については、児福法、児虐法の規定が整備されているとは言えず、報告された裁判例を含め、どのような場合に行政処分による面会通信制限によるべきか、行政処分によらない面会通信制限が違法とされるのはどのような場合か、裁判例が示す判断枠組みや解釈が分かれています。勉強会での議論を通じて、このような現状下で、児相にかかわる弁護士がケースごとに検討しつつ適時適切な手段による運用のために苦心している実務状況が分かりました。

ワンテーマに絞ったことで深い議論ができたことから、次回以降もこの傾向が続くと思われます。子どもの福祉について、これから知識と経験を蓄積していこうと考えておられる先生方も、テーマが絞られると、事前に基礎知識を予習しておくことができ、"つわもの"弁護士たちのコアな議論にもついていきやすくなるのではないでしょうか。

来年は、神奈川(横浜)で開催予定です。多数の単位会が参加し、県外から30名以上が現地参加し、人脈と情報を得ることができる貴重な機会です。子どもの福祉に少しでも関心のある先生方、来年の合同福祉勉強会に、ぜひご参加ください。

合同福祉勉強会報告 子どもの福祉について、最前線で熱く語り合う勉強会レポート 合同福祉勉強会報告 子どもの福祉について、最前線で熱く語り合う勉強会レポート

2024年6月 1日

「ジュニアロースクール2024春in福岡」開催!

法教育委員会 委員 髙見 慧(73期)

1 はじめに

令和6年3月28日(木)に、「ジュニアロースクール2024春in福岡」が開催されました。今年は、六本松にある福岡県弁護士会会館での開催となり、当日は、総勢52名の中高生の方にご参加いただきました。

2 今回のテーマ

今回は、「地域住民と野球団体の対立 『野球専用グラウンド』は廃止か?存続か?」をテーマに、長年野球専用グラウンドとして使用されてきた市の公園について、野球団体、近隣住民、市の職員という三者の立場に立って検討してもらうこととしました。

野球団体は数十年の歴史があり、プロ野球選手を輩出しているという野球専用グラウンドの存続を、近隣住民は、騒音や違法駐車を理由に野球専用グラウンドの廃止を訴えているという設定になっております。

2022年度から高校では「公共」という新しい科目ができ、「対話的・主体的な深い学び」が求められるようになりました。そこで、今回のJLSでは、対立する当事者の利益調整や実社会生活の中で現実に起こり得る身近な問題を検討する視点を養ってもらうことを目的としました。

3 当日の様子
(1) 全体の流れ

当日は、52名の生徒さんが、1班~10班に分かれ、各班に担当弁護士が1人ずつ補助として付きました。

開会の挨拶の後、大きく分けて第一部~第三部に分かれる進行となりました。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(2) 第一部

第一部は、司会進行の吉住守雅先生が議題の概要を説明した後、野球団体のインタビュー映像、近隣住民のインタビュー映像を上映し、1班~5班が近隣住民側、6班~10班が野球団体側として、野球専用グラウンドについて存続or廃止の結論及びその理由を検討するという流れで進行しました。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(3) 第二部

第二部では、第一部で検討した内容をまとめて、対立する立場のグループと意見交換を行う進行となりました。近隣住民側の1班と野球団体側の6班が別室に移動し、意見交換を行うといった形です。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(4) 第三部

最後に、第三部の冒頭で市役所の職員による会議映像を上映しました。この会議映像を見て、各班は、市の立場に立って、野球専用グラウンドの存続or廃止を検討しました。また、存続する立場に立った場合は、グラウンドの新しいルール作りを、廃止する立場に立った場合は、グラウンドの新しい利用方法を、合わせて検討して頂きました。

その後、各班は検討した結論・理由を模造紙を使って発表するという流れとなります。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(5) 議論の様子

私が担当した班は全員が中学生だったのですが(1班と6班が中学生でその他の班は全員高校生でした)、第一部から活発な議論となり、大変驚きました。特に、野球部の生徒さんがいると分かると、野球グラウンドの整備方法や使用方法等を具体的に質問したり、早朝から夕方で近隣住民が少ない時間帯はいつなのか等を的確に議論できていた点は素晴らしかったです。

第二部では、反対の立場への質問に苦戦する場面もありましたが、第三部では、全員が自分の意見を臆せずに述べ、充実した議論ができておりました。

最終的な発表時には、高校生に負けず劣らずの発表内容となっていたので、学年に関係なく、今時の生徒さんは凄いなと感動しました。

発表内容は、全グループが野球専用グラウンドの存続の立場となっていました(個人的には、廃止派の発表も見てみたかったです)。

4 おわりに

今回のJLSは、刑事裁判のようにダイレクトに法的な問題が関わる題材ではありませんでしたが、実際に身近に起こり得る利益衝突として、生徒の皆さんにとっては、イメージのしやすい良い題材であったと感じました。特に、それぞれの立場に立った上での議論に加え、市の立場に立っての結論を検討するという進行は、ボリューミーで生徒さんもあきなかったと思います。

生徒さんへのアンケートでは、とても面白かったとの意見を多数頂くことができ、また、発表が終わった後に、班の生徒さんから、「次もまた参加する!」とお言葉を頂けたのが、非常に嬉しかったです。

最後になりますが、各インタビュー映像や会議映像に出演してくださった先生方や入念な準備・当日の円滑な進行を行ってくださった運営の先生方、事務局の方々のおかげで、今回のJLSも大成功になったと思います。ありがとうございました。

~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム

会員 板楠 和佳(76期)

1 はじめに

令和6年3月9日14時から17時半まで、当会2階大ホール及びオンラインにて、「~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム」が開催されましたので、ご報告いたします。

この企画は、元々LGBTQ+の自殺防止対策事業に取り組んでいる「プライドハウス東京」という団体から、福岡でもセーフティーネットづくりをしたいということで当会のLGBT委員会にお声がけがあり、同委員会と自死問題対策委員会の共同で昨年の5月に同じテーマで対人支援職の方向けの研修会を開催したところ、非常に好評だったため、今度は広く一般市民の方を対象としたシンポジウムを開催することになったと聞いています。

本シンポジウムは、前半のみたらし加奈さん(臨床心理士、公認心理師、NPO法人『mimosas』代表副理事)による基調講演、後半の五十嵐ゆりさん(レインボーノッツ合同会社代表、NPO法人Rainbow Soup理事長)が司会を務め、後述する各分野の専門家を迎えてのリレートークという2部構成で行われました。

当日は、会場が約40名、オンラインが約60名と、多数の方々にご参加いただきました。

2 基調講演
(1) 性的マイノリティについて基礎的な知識

はじめに、LGBTQ(L:レズビアン(同性愛者)、G:ゲイ(同性愛者)、B:バイセクシャル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(性別違和)、Q:クエスチョニング(自身のセクシャリティを決めていない)、クィア)、SOGI(SO:SexualOrientation(性的指向:好きになる対象がどの性に向いているか)、GI:GenderIdentity(性自認:自身の心の性別をどのようにとらえているか))など、性的マイノリティに関する基礎的な知識について解説していただきました。

(2) LGBTQと自死問題との関係性

次に、LGBTQ当事者を取り巻く環境についてお話がありました。現在の日本では、異性愛や性別違和がないことを前提とした法制度や慣習に当事者が排除されていること、差別的発言、そもそも「相談する」という土壌がなく、相談しようと思っても安心して相談できる相談窓口が少ないこと(地域格差)などにより、当事者が生きづらさを抱えやすい環境があります。

実際に、3年おきに実施されているゲイ・バイセクシャル男性を対象とした全国調査によると、いじめ被害経験率が約6割で推移しています。さらに、ゲイ・バイセクシャル男性のうち自殺未遂を経験したことがある人の割合は約9%で、この数字は、異性愛男性の約6倍にのぼります。

現状の日本社会においては、LGBTQ当事者が困難を抱えやすい傾向にあり、自死に至る危険が高いことがわかります。

(3) 私たちにできること、やってはいけないこと

最後に、以上のような現状を改善していくために一人一人にできることや、やってはならないことについてお話しいただきました。

具体的には、社会の中にも自分の中にもLGBTQに対する偏見があることに気づき、そのうえで当事者の言葉を傾聴し受け止める必要があること、相手がLGBTQの当事者である可能性を念頭に、日頃のアウトプットを見直してみること(彼氏・彼女→交際相手・パートナー)、アライ(当事者の味方・支援者)であることを表明することなど、すぐに実践できる助言をいただきました。

そして、他人のSOGIを暴露したり、決めつけたり、カミングアウトを強要したり、揶揄したりしてはならないということを教えていただきました。

3 パネルディスカッション
(1) 学校現場から

1人目の話者、池長絢さん(スクールソーシャルワーカー、精神保健福祉士)には、学校現場におけるLGBTQに関する取り組みについてお話しいただきました。

スクールソーシャルワーカーとは、小中高校に通う児童生徒の心配事を聞き、家庭や学校、地域社会など児童生徒を取り巻く環境を改善する職業です。

池長さんは、スクールソーシャルワーカーとして子どもたちと関わる中で、LGBTQの子どもたちが快適に過ごせるようにするための取り組みに触れることがあるそうです。例えば、呼称を性別によって使い分けるのではなく「さん」に統一する、髪型を規制する校則を性別によって書き分けない、などといった工夫があります。

小中高校時代は、第二次性徴が始まる時期であり、自分の心の性と体の性の不一致に悩みやすい時期です。そのような時期にある子どもたちと接する際には、大人もLGBTQについて学んでいることを伝え、相談しやすい環境をつくることが必要だと言われていました。

(2) 更生支援の現場から

蔦谷暁さん(NPO法人抱僕福岡県地域定着支援センター主任相談員)には、刑事施設からの退所者を支援する活動の中で感じた、社会と個人との間にある見えない障壁についてお話しいただきました。

蔦谷さんが相談員を務める定着支援センターには、身寄りのない出所者やその関係者が日々相談に訪れます。利用者には、障がいを持った人々が多くいます。これまで、障がいは個人の問題として捉えられ、障がいにより生じる困難はいわばその個人の責任であると考えられてきました。そうではなく、障がいを個人と社会にある「障壁」であると捉えると、その障壁を取り除くことで、個人を尊重することができるのではないかと言われていました。

(3) 法律問題と関連して

寺井研一郎弁護士(LGBT委員会)には、LGBTQ当事者の自死と法律問題との関連についてご報告いただきました。

寺井弁護士には、ある相談者との関わりから、弁護士が法的助言することで相談者が抱えていた問題が解決し、自死を防ぐことができたご経験を共有していただきました。他方、法的手段を尽くしても解決できない問題も存在するため、医療機関等との連携が不可欠です。この点は、LGBTQ当事者が社会の中で生きづらさを抱え自死を考えている場合も同様ということでした。

法律相談の場面で、弁護士が依頼者と向き合う際には、特定の性別や異性愛を前提に話を進めてしまうことで、心を閉ざしてしまうことが起こりえます。弁護士としては、当事者が安心して話せる環境作りを心がける必要があると訴えられました。

(4) 精神医療の現場から

最後に、永野健太さん(ながの医院院長、GID(性同一性障害)学会認定医)には、精神医療の観点から自死予防のための支援につきお話しいただきました。

永野さんによれば、GID学会認定医は九州で2人しかおらず、そのうち精神科医は永野さんただ一人であるとのことで、現状として、精神科の医師であっても、LGBTQについて理解のある医師は多くないそうです。それによって、LGBTQ当事者が精神科医を受診したとき、表面に現れた精神疾患を改善することはできても、根本的な生きづらさを解消できないという弊害が生じているとご指摘がありました。このような現状も一因となり、先述の通りLGBTQの自死率が高くなっている現状があります。

以上のような現状を踏まえ、永野さんは「足場をふやすこと」すなわち、よりどころとなる人や場所を複数見つけることが大切であると言われました。また、誰かの「足場」となるために、TALKの原則(Talk:心配していることを伝えること、Ask:死にたいのか素直に尋ねること、Listen:聞き役に徹すること、KeepSafe:本人の安全を守ること)を心がける必要があることをお話しいただきました。

4 質疑応答

最後に、質疑応答が行われました。質問者自身の経験を踏まえての感想や、他の社会問題との関連について質問があり、みたらしさん及び各専門家から、共感の言葉が贈られ、新たな問題提起が行われました。

5 むすび

本シンポジウムにおいては、みたらしさんをはじめ、各分野の専門家にお話しいただき、LGBTQ当事者の自死問題について、様々な観点から考察することができました。LGBTQや自死問題について考えたことがない人から、関心が深い人まで、様々な人に気付きをもたらすシンポジウムであったと感じています。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖 ―「憲法講演会『ガザ戦争の背景と問題の所在』」の報告-

憲法委員会 委員 稲村 蓉子(63期)

市民の関心の高さ実感

憲法委員会では、4月18日に「市民とともに学ぶ憲法講演会」の第12弾として千葉大学国際高等研究基幹の酒井啓子特任教授をお招きし、「ガザ戦争の背景と問題の所在」と題して講演いただきました。120名の聴衆で会場は埋まり(他にZOOM参加は52名)、皆様、1時間半ノンストップの講演に真剣に聞き入り、ガザ戦争に対する関心の深さがうかがえました。
酒井教授による講演の内容をご報告いたします。

ガザの現状

ガザに対する戦争の発端は、2023年10月7日に、ガザを活動拠点とするハマスがイスラエル領内に勢力を進め、イスラエル人260名を殺害し(後の戦闘での死亡者数と合わせると1200名を殺害)、約230名を拉致したことにある。これに対してイスラエルはハマス根絶を掲げ、同年10月中ガザを空爆し、次は地上戦で各地を制圧している。ハマスという組織は、決して組織として確固とした外郭があるわけではなく、誰が構成員かも曖昧である。そうすると、ハマスの根絶はすなわちパレスチナ人の殲滅と同等の意味になる。イスラエル人からすれば、パレスチナ人すべてがハマス、テロに見える状況になっているといえる。イスラエルの攻撃により、2024年4月8日時点でパレスチナ人の死者は3万3207人(パレスチナの人口の約1.5%)にのぼり、人口の半分が餓死の危険に直面し、人口の4分の3が避難民となっている。

生き残っているパレスチナの人々は、人道支援物資を求めて南部のラファ、唯一他国のエジプトと国境を接している地域に結集している。
なお、なぜ海から人道支援物資を送り届けないのかという質問を受けることがあるが、パレスチナは南部以外の三方を海も含めてイスラエルによって封鎖されている。およそ20年にわたってパレスチナは人や物資の移動をイスラエルによって制限されてきた。パレスチナは天井のない監獄と評される。イスラエルによって移動を制限されてきたという歴史的背景があり、今回のハマスの行動がある。ハマスの行動は監獄からの大脱走だったともいえる。

国際社会、国際機関の対応の変化

国連についてはその能力不足を常に指摘されているところではあるが、ガザ戦争に関しては特に停戦をさせる能力がないことが露呈している。

それは、アメリカが、イスラエルの自衛権の行使を理由として、停戦決議に対して拒否権を行使してきたためである。2024年3月25日に初めて停戦の安保理決議が採択されたが、それもアメリカは棄権した。

国際社会では、イスラエルが自衛権の範囲を逸脱していると考えている。

2024年4月1日に欧米の援助団体のメンバーがイスラエルによって殺害された。自国の国民が殺害されたことで、アメリカのイスラエル支持は揺らいでいる。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
イスラエルは何を目指しているのか

多くの研究者は、イスラエルの経済力が戦争を続けるだけの余裕がなく、また、戦争が続けば従軍兵士やその家族が厭戦気分になるであろうからガザ攻撃は3か月ほどで終了すると考えていた。

しかし、実際はその逆に進展しており、国民世論はいけいけどんどんの状態となっている。世論調査によれば、レバノン南部にいるヒズボラも攻撃すべきと考える国民は3割を占める。加えて、二方面攻撃は負担が大きいのでガザ攻撃終了後にヒズボラを攻撃すべきと考える国民も3割いるため、国民の約6割が戦争を拡大させる考えをもっている。また、パレスチナ政府の自治についても、自治を認めないとの国民が今年3月時点で37%を占め、自治を認めるにしても徹底的分離(イスラエル軍が監視し、形式的自治しか与えない)を主張する国民は39%がいる。パレスチナ自治政府と和解交渉を進めるべしと考える国民は16%しかおらず、誰も和平に期待していないのが現状であり、国防を強化するという意識が国民の間で定着している。

今回のガザ攻撃によって、パレスチナとの和平(二民族二国家案)が消えたといえる。これまでは、自治の範囲に争いはあるものの、少なくとも二国家が存在することが前提となっていたが、その前提がなくなった。イスラエルが今後どうしていくのかはわからないが、北部に戦端を開いていく可能性は大きく、また、パレスチナ人の民族的抹消すら目指していくこともあり得る。もともとイスラエルは建国の究極目標として「ナイル川からユーフラテス川まで聖書に約束された土地を確保する」ことを掲げており、領土拡張主義をとっている。イスラエルは建国時にパレスチナ人を領土から追い出しており、その再現(ナクバ:大災厄)を目指している。ネタニヤフ首相は「地中海とヨルダンの間にはイスラエルが主権を持つ領土しかない」、ガラント国防相は「私たちは人間の姿をした獣と戦っており、それに応じて行動している」と発言していることが、その発露である。

早く戦争を終息させないと、イランのように反イスラエルを掲げる勢力が戦争に巻き込まれる危険がある。イランが巻き込まれると、ペルシャ湾全体が紛争に巻き込まれ、第三次世界大戦になりかねない。

今のところ、イスラエルに対してアラブ諸国は驚くほどおとなしい。イスラエル非難はしているものの、国内世論向けである。イランも戦争に巻き込まれたくないとの強い決意を持っている。2024年4月1日にはイスラエルが、在シリアのイラン大使館を攻撃した。これはイランの主権に対する明白な侵害行為であったが、イランは非常に抑制的な報復しかしていない。今後、レバノン、イラク、イエメンなどの反イスラエル勢力がどう動くか注目が集まる。

イスラエルの世論が戦争拡大を支持していることには重大な懸念がある。イスラエルのガザ攻撃は、人道目的のみならず、今後の政治動向からしても、早く終息させなければならない。

パレスチナ問題に対するヨーロッパ社会の後ろ暗さ

ヨーロッパでは反ユダヤ主義があり、歴史的にユダヤ人は迫害を受け続けてきた。ナチスドイツではホロコーストがあり、500~600万人が殺害されている。この数字は歴史的な体験としてユダヤ人の意識に強烈に刷り込まれているはずであり、パレスチナ人の死者が3万人といっても少なく感じるかもしれない。

パレスチナに建国をするというシオニズム運動が始まった時、パレスチナに人がいると知らなかった純朴な移住者もいたかもしれないが、運動を主導するシオニストは、当然、パレスチナの地に人が暮らしていることは知っていた。また、イギリスも当然知っていたし、ユダヤ人が移住することの危うさも理解していた。しかし、それでもユダヤ人問題を中東に押し付けた。ユダヤ人のパレスチナへの移住は、ホロコーストからの逃避だけが原因ではない、もっと根深い問題だと考える。

ヨーロッパはユダヤ人問題を中東に押し付けたことで冷静な判断ができない。また、ヨーロッパはネオナチ的な反ユダヤ主義が生まれることを恐れており、そのため特にドイツは徹底したイスラエル支持をして、パレスチナ支持のデモや言動を厳しく取り締まっている。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
パレスチナ人の意識

今回、ハマスが越境攻撃を仕掛けたと言われている。しかし、パレスチナ人の意識からみれば「越境」とはいえない。

ユダヤ人の移住によって現地のパレスチナ人との衝突が増え、それを解決するために1947年に国連パレスチナ分割決議が採択された。これはイスラエルに建国の権利を与えたわけではなかったが、イスラエルはすかさず建国してパレスチナ人を領土から排除した。これに反発したアラブ諸国と第一次中東戦争になると、その戦争の勝利に乗じて、イスラエルは分割決議で与えられたよりも広い土地を獲得し、さらにパレスチナ人を追い出している。また、イスラエルは第三次中東戦争では、ガザや西岸地域を占領し、国際法上禁止されている入植活動を続けている。

ガザの人口のうち122万人近くが、もともとイスラエル領内に住んでいたが、イスラエルに追い出され、ガザに逃げ込んだ避難民である。祖父母がイスラエルの地図を示しながら「昔はここに住んでいた」と話すのを聞いている子もいるだろう。ガザの人々は、イスラエルに追い出されて二度と故郷に戻れない、そして再びガザの地から南部へと追いやられていると感じているだろう。

パレスチナには500万人の難民がいる。それを支えてきたのはUNRWA(国際パレスチナ難民救済事業機関)であり、いってみればパレスチナの人々にとって唯一の行政府であったといってもよい。しかし、イスラエルが、UNRWAの職員が越境攻撃に加担したとか、ハマスの一員であると申し立てたことによって、2024年1月終わりに、日本を含め各国がUNRWAへの資金拠出を停止した。EUやノルウェーは資金拠出を止めなかった。日本は資金拠出を再開したが、果たしてその判断が正しかったのか、検討する必要がある。(報告者注:2024年4月22日に、国連はUNRWAの中立性に関する評価報告書を公表し、改善すべき点があると提言したものの、UNRWAの職員がテロ組織のメンバーである証拠はないと述べたとのことである。)。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
講演のまとめ

(1)イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない。(2)イスラエルの目的はトランプ政権誕生までに獲得できる限り領土拡張を目指し(西岸での入植地の拡張、レバノン南部への影響力拡大)、トランプ政権下での事後承認を目指す。(3)いずれの統治体制となるにせよ、パレスチナに対するイスラエルの不均等な支配が強化されることは疑いないが、それは一層の統治コストの増大と不満要素の継続を意味する。(4)アラブ諸国の統制能力には期待できない/ガザからの避難民をエジプトが人道的目的で引き受けられるか(多大な国際的支援が必要+帰還の可能性を確約できるか?)。(5)反イスラエル「抵抗の枢軸」がどこまで自制できるか:国際経済への影響/戦争を回避したいイランのメッセージがどこまで正確にアメリカに伝わるか。(6)国際的な対イスラエル反対ムードがどのような暴発を招くか。

講演を聞いて

ユダヤ人がパレスチナに移住した歴史的背景、現在のガザの状況、イスラエルの動向と今後の世界情勢などを、とてもわかりやすく講演いただきました。国際情勢や歴史の複雑さ、まとめの「イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない」には絶望しそうですが、それでも、一個人として、パレスチナの人々、特に子どもが死傷し、飢えに苦しむ状況や、イスラエル人の人質が捕われ続けている状況に対しては断固反対の意思を表明しなければならないと思います。

ユダヤ人迫害・虐殺の歴史が、パレスチナ人への新たな迫害・虐殺へと続いていくことをみたとき、改めて、人権侵害は拡大していくものであり、それを止めるためにも一人一人の人権を尊重しなければならないとの思いを強くします。パレスチナ人の自由を押さえつけて建国を果たしたイスラエルの人々が常に攻撃される恐怖に怯えなければならないように、他者の犠牲のもとに成り立つ幸福は虚構でしかないはずです。パレスチナ問題を考えるとき、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法の先進的意義を感じます。改めて、平和、人権尊重について考える講演となりました。

2024年5月 1日

あさかぜ基金だより

あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 小島 くみ(75期)

ごあいさつ

令和6年2月にあさかぜ基金法律事務所に入所した小島くみと申します。司法修習期は75期、実務修習地は鹿児島でした。

私は、九州大学農学部を卒業したあと、20年あまり、出身地である鹿児島県にある環境計量証明事業所において、環境計量にかかわる技術者として過ごしてきました。環境計量とは、大気や河川水など環境に関する物質の量や濃度などを計測し、数値化したうえで、第三者に対して証明をすることによって、環境規制や環境保護のために重要な役割を果たすというものです。

このように、異業種の仕事をしていた私が法曹を目指したのは、この仕事をしていたとき、さまざまな問題が起こったときには、最終的には法的解決を図ることが効果的であると実感することがあり、それなら私も弁護士として紛争解決に寄与してみたいと考えたからです。

あさかぜ基金法律事務所とは

ご承知のとおり弁護士法人あさかぜ基金法律事務所は、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成するために、多くの方々に支えられている都市型公設事務所です。所員弁護士は、おおむね3年間の養成期間を経て、九州の司法過疎地域に赴任することになります。

あさかぜ基金法律事務所への入所

私は、長く、鹿児島県指宿市で生活してきました。指宿は、風光明媚な温泉地ですが、人口の減少がどんどん進行していて過疎化が進んでいる田舎町であり、弁護士の少ない地域です。私が指宿で生活するなかで、法的支援を受けたことのある人の話を聞くことはまれでした。たとえば、近隣住人とトラブルになったために、より良い解決方法を探りたいと考えたとき、離婚をするにあたって相手方と揉めたときなど、何らかの法的支援を受けたほうがいいのではないかと思われる場面においてさえも、多くの人が法的支援を受けないままに終わり、結果的に正当な主張ができないまま泣き寝入りせざるをえないという状況が多くありました。これらのことから、私は、司法過疎地域においては法的支援を受けたくても受けられず、不利益をこうむっている人が少なくないことを実感していました。

これとは別に、過疎地においては、高齢化が進行し、単身で生活する高齢者が増加していることから、今後は、高齢者に対する法的支援が重要性を増してくるということも強く感じています。

そこで、このような司法過疎地域で、私自身も弁護士として法的問題の解決を図る取組ができるようになりたい、そのなかで、司法過疎地域にも多い高齢者に対する法的支援に関わっていきたいと考えていました。

そんな私が、このたび、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成する事務所であるあさかぜ基金法律事務所にご縁を得ることができました。

私は、これまで司法とは無縁の生活を送ってきましたので、弁護士の仕事はわからないことだらけであり、あさかぜ基金法律事務所に入所して以来、驚きの連続の日々を過ごしています。

これからは、指導担当弁護士をはじめ先輩弁護士の方々から多くのことを学ばせていただき、司法過疎地域に赴任するうえで必要なスキルを習得できるよう精進していきたいと決意しています。 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

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