福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題~」開催!

子どもの権利委員会 委員 井上 祥平(71期)

第1 はじめに

令和6年8月20日(火)、福岡県弁護士会館にて「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題」を開催いたしました。

学校教育の現場においては、いじめ、不登校、保護者からの相談やクレームなど法的紛争に直面することが多々あると思われるところ、当会では、学校現場の隅々にまで法的バックアップを及ぼす体制づくりを検討しており、今回のイベントは、どのような場面で弁護士の関わりが有用か、学校が抱えている法的な問題へのバックアップの在り方など、現場のニーズを把握する機会とすべく開催されました。

第2 当日の様子
1 参加状況

当日は、県内の小・中学校・高校の校長教頭、教育委員会・教育事務所・教育庁の指導主事など特に学校現場で事案への対応や判断を担う中心となっている方々にご参加いただき、会場参加27名、ZOOM参加13名の合計40名が参加されました。

また、当会からは、子どもの権利委員会、業務委員会、民暴委員会、法教育委員会から合計25名の弁護士にご参加いただきました。

2 廣重純理弁護士の講演

まず、北九州市のスクールロイヤーを担当している廣重純理先生よりご自身の経験を踏まえて、学校問題に弁護士が関わる意義と現状についてご講演いただきました。

学校が抱えている課題には、生徒指導・支援上の課題、保護者対応の困難化、学校体制・教職員の課題、地域社会との間で生じる様々な課題があり、学校現場では日々これらの課題への対応がなされていますが、その中には法的には必ずしも学校が対応する必要がないような事柄も含まれているとのことでした。しかし、今後も子どもたちの学習の場として、児童・保護者との関係性が継続していくという学校現場の特殊性もあり、学校の先生としては、「対応できない」と言って簡単に断れるものではない実情があるそうです。

廣重先生は、子どもの最善の利益実現のための学校のサポート役としてスクールロイヤーを担うにあたり、表面的な質問への回答(法的にできるかできないか)だけでなく、真のニーズ(当該事案にとってどのように対応するのがよいか)を意識して対応しておられるとのことで、スクールロイヤーが法的な視点を導入することにより、これまで学校の先生の「頑張り」によってなんとかなってきた部分について、学校の負担の軽減、より合理的な解決、適正な利害調整を図ることが期待できるのではないかとのことでした。

3 グループワーク

講演の後、弁護士・学校関係者混合の数グループに分かれて、事例の検討をしながら、スクールロイヤー制度についての意見交換を行いました。

事例は、いじめの認定、児童への指導・支援の方法、保護者の謝罪・文書開示・別室指導・担任変更の要求等への対応を問うもので、学校の先生方は、「現場でよくあるようなケースですね」と共感されていました。

  • 学校でどうにかしようという思いが強いところがある。そのため、学校の先生が相当頑張っている。
  • 現場では、弁護士に相談するという発想はなかった。今回のイベントで、弁護士に相談する意義を認識できた。また、弁護士の人柄にも触れられたので、主観的には弁護士の敷居が下がった。
  • 例えば、いじめ事案について第三者委員会を設置すべきか、保護者対応の初動としてどのようにすべきかといった、早期の段階で相談がしたい。
  • 保護者の要求が過剰要求なのかどうかの判断がつかない場合もあるので、そのあたりを気軽に相談できれば助かる。
  • 学校の対応方針が法的に問題ないと背中を押してもらえれば、学校として自信を持った対応ができる。
  • 現在のスクールロイヤーの制度は、最前線の教員からスクールロイヤーへの相談に至るまでの手続きが複雑で迂遠なものとなっており、気軽に利用できる制度ではない。そのため、この程度のことで相談に回していいのかと気後れしてしまう。利用の敷居は高い。
  • その他のニーズとして、メディア対応、保護者説明に際し、バックアップが欲しい。相談だけでなく代理人的な動きもできないのか。との意見も上がっていました。

また、参加した弁護士からは、「学校の問題に対応する場面では、今後の関係性を意識する必要があるなど、通常事件の処理の考え方にはなじみにくい部分があるから、頭を切り替えて対応に当たる必要があることが分かった」旨の感想が出されていました。

第3 感想

廣重先生の講演とご参加いただいた学校関係者の方々との意見交換を通して、学校問題へのアプローチの仕方や悩みどころを学び、考える良い機会となりました。

ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

ヘイトスピーチ勉強会(神原元弁護士をお招きして)のご報告

ヘイトスピーチ問題対策WG 迫田 登紀子(53期)

【ヘイトスピーチ問題対策WGをご存じですか】

当会は、2022年の総会において「ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言」を採択しました。この宣言に基づき、福岡県内におけるヘイトスピーチ根絶のための諸活動や、予防・救済のための法的支援の活動を進めるなどするために設置されたのが、当WGです。

これまでにも、九州朝鮮中高級学校(折尾)や福岡朝鮮初級学校(福岡市東区)の見学・意見交換会、大韓民国領事館との意見交換会、県内の全自治体へのヘイトスピーチ対策に関する調査等を行ってきました。

本年6月、数多くのヘイトスピーチ訴訟に取り組んでこられた神奈川県弁護士会の神原元(かんばら はじめ)弁護士をお招きして、会内勉強会を行いましたので、そのご報告をします。

なお、憲法委員会から派遣された私の興味関心を中心とするご報告になることはお許しください。

【法律家たちの戸惑い ~表現の自由 VS ヘイトスピーチ規制】

講演の冒頭、神原弁護士は、表現の自由とヘイトスピーチ問題をどう捉えるかという難問を提起しました。

ヘイトスピーチが不法行為に該るとして損害賠償請求をする。あるいは法や条例に基づく規制をしたい。この場合、表現の自由との関係を、あなたは法律家として、どのように考えますか。

講演では触れられていませんが、憲法学者・樋口陽一先生の「いま、憲法は「時代遅れ」か」を引用させてください。

「思想の自由は、そのときどきの世の中の常識を超えるような考え、多くの人々に忌み嫌われるような考えにこそ、認められなければならないはずです。」「意見の違いは自由な競争を通じて決着される、という無限のプロセスこそが大事だ、ということが基本のはずです。」

「しかし、何でもありの自由が自由を否定する主張となって世の中の体勢を制してしまったら、自由な競争そのものが成り立たなくなるのではないか。」(ドイツとフランスの仕組みを紹介した上で)どちらの国も、「典型的な例を出せば、「アウシュビッツはなかったのだ」というたぐいの言説が言論の自由市場に登場するのを認めない。」

「自由な社会として原則的には言論の自由競争にゆだねるべきであるけれども、なおかつ一定の言論についてはなんでもありというわけにはいかない、それを規制する、という選択に当面してどう対処するか。これは難問中の難問で、内外の憲法学者の間でも、意見が分かれているのです。」

(上記の問題は、国家という公共社会規模での選択だが)「同じ問題が、個人の次元で問題とになります。」

「一方で自己決定、これこそが人権の基本にあるということは、だれも否定しない。しかし他方で、自己決定によっても侵してはならない価値があるはずです。「人間の尊厳」がそれです。」すなわち、「自己決定」と「人間の尊厳」という緊張関係をどうとらえるかという難問があるのです。

【ヘイトスピーチの具体例】

神原弁護士によれば、ヘイトスピーチは、3類型に分類できるそうです。

  1. 殺せなどと連呼(害悪の告知)
  2. 虫などに例える(侮辱)
  3. 「祖国に帰れ」、「(日本から)出ていけ」「叩き出せ」(排除)

このうち、(3)が、古くからある、最も典型的なヘイトスピーチとのこと。例えば、40年前の出版物「指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む」(1985年出版)では、脅迫状61通中42通が③の類型だそうです。

このうち(1)や(2)については、個人に向けられるならば不法行為が成立すると考えることはたやすいと思います。

他方、(3)の類型のヘイトスピーチが行われた場合、不法行為による損害賠償請求ができるか、すなわち、この場合の「権利または法律上の権利」とは何かが問題となります。

【神原弁護士の活動】

神原弁護士は、20数年の弁護士人生を神奈川県川崎市で活動してきました。

10年ほど前に、そこに暮らす少なくない在日の方々に対するヘイトスピーチの醜悪な実態を目の当たりにしたそうです。同時に、それに抗して、ルイアームストロングの「この素晴らしき世界」の音楽があふれる中、多くの市民の方々が、「仲よくしようぜ」と書かれた赤い風船を手に持ち、ヘイトスピーチ側を退場に追い込んだ現場に立ち会ったそうです。

その経験を勇気に、これまでに何十件ものヘイトスピーチ関連訴訟にとりくんできたそうです。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の2条には、「不当な差別的言動」の定義がされていますが、その中でも、「本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」という部分が重要だと強調します。

この法律を武器に、神原弁護士は実に多彩な判決を勝ち取ってこられています。

例えば、ヘイト行為を差し止めさせる仮処分決定(横浜地裁川崎支部2016年6月2日決定)では、「本邦外出身者を地域社会から排除することを扇動する、差別的言動解消法2条に該当する差別的言動は、上記の住居において平穏に生活する人格権に対する違法な侵害行為に当たるものとして不法行為を構成すると解される」といわしめています。そして、行われようとする行為は、「もはや憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかであり」「この人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難であることを考慮すると、その事前の差し止めは許与されると解するのが相当である。」として差し止めの決定を勝ち取られています。

横浜地裁川崎支部2020年5月26日判決では、被侵害権利としては、「本邦外出身者が、専ら本邦の域外にある国または地方の出身であることを理由として差別され、本邦の地域社会から排除されることのない権利」「自らの出身国等の属性に関して有する名誉感情」「住居において平穏に生活する権利」こうした権利を包摂する憲法13条に基づく人格権があると言わしめています。

さらに、横浜地裁川崎支部2023年10月12日判決では、人種差別は単なる侮辱とは異なり、人間の尊厳そのものに対する攻撃であると判断され、「帰れ」という発言そのものに対して100万円の慰謝料を勝ち取ったそうです。被害者の方は金銭請求そのものには重きは置かれていないのですが、慰謝料が高額となることはヘイトスピーチの抑制効果があるとして、神原弁護士は評価しています。

福岡県弁護士会 ヘイトスピーチ勉強会(神原元弁護士をお招きして)のご報告

神原元「ヘイトスピーチに抗する人々」より

【個人の尊厳~社会の基盤にある「安心」という公共財】

神原弁護士は、講演の終わりに、ヘイトスピーチ規制法は、細かく見れば、ア)ヘイトスピーチ規制法、イ)ヘイトクライム規制法、ウ)差別禁止法があり、イギリスとフランスは全部が、アメリカ、カナダ、ドイツもうち2つが存在することを紹介してくれました。

そして、ジェイミー・ウオルドロン著「ヘイトスピーチという害悪」からの一節を引用して講演を締めくくりました。

ヘイトスピーチは、標的とする人々の社会的地位を普通の市民以下に引きずり下ろし、尊厳を危うくすることを意図する。ヘイトスピーチは尊厳を攻撃することで、社会の基盤にある「安心」という公共財を掘り崩してしまう。
ヘイトスピーチ規制は、不快感から守るためにあるのではなく、個人の尊厳を守るためになされなければならない。

私は、子どもたちのいじめ問題に多く携わっています。従来の犯罪型のいじめとは異なり、からかいやいじり、無視、はぶりという行為は、それ自体の違法性は低いと考えられがちですが、受け手の「個人の尊厳」を喪失させることに大きな問題があると考えてきました。ヘイトスピーチは問題が別ではありますが、通ずるものが多いと感じた次第です。

2024年9月 1日

あさかぜ基金だより

会員 滝本 祥平(75期)

こんにちは

あさかぜに入所して、9か月が過ぎました。この間、公私ともに色々なことがありました。仕事面では、あさかぜで経験できると思っていなかった会社の支配をめぐる事案の控訴審で想定外の理由で控訴棄却されてしまい、厳しい現実を知りました。また、刑事事件で身元引受人になってもらうため、通常在宅していると思われる時間帯にご自宅を訪問したところ会えず、被疑者本人にその方の生活パターンを聞いたところ、深夜1時に帰宅し、翌昼には出掛けてしまうと聞いたので、事務所へ行く前に再度訪問したところ、お会いでき、身元引受人になっていただきました。世の中にはいろんな人がいるという現実を改めて思い知った次第です。私事としてあった色々なことは懇親会などでお話できたらと思います。

さて、あさかぜは養成事務所ですから、研修が充実しています。日弁連の公設事務所研修のほか、不定期であさかぜ研修というあさかぜ独自の研修もあります。あさかぜ研修は、あさかぜの所員が内容を企画し、外部講師の元へ赴いて知識やスキルを習得するものです。直近の実施例としては、7月11日(木)、壱岐ひまわり法律事務所へ出かけ、赴任中の宇佐美竜介弁護士に講義いただきました。このことを報告します。

壱岐ひまわり法律事務所が所在する壱岐ってこんなところ

壱岐島は九州本土の福岡市から北西に約80km、佐賀県北端部の東松浦半島から北北西に約20kmの玄界灘上に位置する長崎県の離島であり、行政区域としては壱岐市のみです。

壱岐市の人口は令和6年5月末時点で、2万4012人です。郷ノ浦町(人口8938人)、勝本町(人口4363人)、芦辺町(人口6628人)、石田町(3787人)となっています。やはり、博多とジェットフォイルで行き来できる郷ノ浦町、芦辺町に人口の大半が集中しており、郷ノ浦町が壱岐の中心部といえ、壱岐ひまわり法律事務所もここに所在しています。

なお、4名泊まれる施設を探すことに苦労したことや郷ノ浦港の駐車場はレンタカーでほぼ満車であったことを踏まえると、壱岐の観光業はある程度回復していると考えられます。他方で、HPなどで予約必須とうたわれる遊覧船の乗客数は少なかった印象ですから、回復の程度は十分でないのでしょう。

あさかぜ研修@壱岐

講義に先立って宇佐美竜介弁護士に壱岐の名所をご案内いただきました。あいにくの天気だったため、写真を撮っていない名所もあります。

まず、宇佐美弁護士イチオシの聖母宮(しょうもぐう)をご案内いただきました。写真1は、同宮の手水舎です。パラオから寄進された巨大なシャコガイが手水鉢として利用されています。また、同宮を訪れた際、たまたま宮司さんと出会いました。そのご厚意で本殿を見学することができました。その際に撮影許可をいただいたのが、同宮の収蔵品である掛け軸です(写真2)。

あさかぜ基金だより

(写真1)聖母宮 手水舎

あさかぜ基金だより

(写真2)聖母宮 掛け軸

そのほか、鬼の岩屋(宇佐美弁護士としては、古墳の入口がそのまま観光地として残されている点がおすすめポイントとのことでした)や、はらほげ地蔵(写真3)など島内を万遍なくご案内いただきました。

あさかぜ基金だより

(写真3)はらほげ地蔵さん

講義では、赴任における引継ぎはどのように行ったか、赴任後の受任状況はどうか、どのような分野の事件を受任しているのか、また、事務所の経営状況はどうかなどについて、宇佐美弁護士が実際に受任している事件の内容など詳細にご教示いただきました。

事件の内容に関して、離婚事件が多く、先立ってご案内いただいた名所のいくつかが不倫の現場ということがありました。また、刑事事件について、福岡などの都市部では身体拘束からの解放のため、ご両親が子である被疑者のために示談金を用意すること、身元引受人となることがありうるところ、壱岐では悪いことをしたのだから牢屋の中で反省しろという価値観の人が多く、協力いただけないことが多々あるとのことでした。

ついでに壱岐観光

任期を延長したくなる壱岐の魅力はなにかを探求するため、帰りの船を待つ間、壱岐を一周してきました。

壱岐の最高峰は丘の辻(標高213メートル)です。同所に設けられた展望台からは壱岐を一望できます(写真4)。海に囲まれ風を遮るものが無いため、壱岐の気候は福岡より冷涼です。全国的な猛暑日だと、私の地元である北海道札幌市より涼しいかもしれません。

あさかぜ基金だより

(写真4)壱岐最高峰 丘の辻

最後の写真として、宿泊した宿の方イチオシの観光スポット辰の島周遊時に撮影したもの(写真5辰の島、写真6マンモス岩)を添えます。辰の島周遊の後、お昼を勝本港にある海神というお店で頂きました。たまたま海神での食事をしたため、当該レシートと辰の島周遊の半券をもって前述の聖母宮を再び訪れると、特別な御朱印を購入することができました(今年限定のキャンペーンです)。

あさかぜ基金だより

(写真5)辰の島

あさかぜ基金だより

(写真6)マンモス岩

77期司法修習生へ

あさかぜの研修は充実しています。赴任まえから、過疎地域へ研修として訪れることができ、ついでに観光もできます。

日弁の定期研修会などで他の公設事務所の所員弁護士と交流することがあるのですが、このような充実した研修を実施しているのは、あさかぜだけと思われます。

本年度においてはすでに人吉へも行きました。人吉はいろいろな日帰り温泉が充実し、おしゃれな古民家カフェもありました。進路の一つとしてあさかぜを検討してみませんか。 地域の人々の生活と福祉を支えつつ豊かな自然にも触れる機会がある。この2つを両立できるのが過疎地で弁護士業を営む魅力と言えます。

より詳しい話を聞きたい、応募したい等お問い合わせは滝本(メールs.takimoto@asakaze-law.jp)までお願いします。

森弘典弁護士による講演「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」のご報告

生存権擁護・支援対策本部 塩澤 裕樹(70期)

1 はじめに

令和6年7月28日、生存権擁護・支援対策本部の夏合宿において、愛知県弁護士会所属、日弁連貧困問題対策本部事務局次長の森弘典弁護士を講師にお招きし、「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」との題で講演をしていただきましたので、ご報告いたします。

2 講演依頼の背景

令和6年10月に開催される日本弁護士連合会人権擁護大会では、「今こそ、『生活保障法』の制定を!」~地域から創る、すべての人の"生存権"が保障される社会~というテーマでシンポジウムが開かれます。

生存権擁護・支援対策本部としては、日本弁護士連合会の公表した平成20年の「生活保護法改正要綱案」、平成31年のその改訂版について再度学び、さらには権利性を明確にした「生活保障法」制定に向けての運動を今後行っていくために、本講演では生活保護法改正要綱案(改訂版)の内容について取り上げていただきました。

また、当本部が編集し発行している「生活保護の実務最前線Q&A」の改訂作業に向け、生活保護に関する論点についても併せてご講義いただきました。

3 生活保護法改正要綱案(改訂版)について

平成31年2月、日本弁護士連合会が生活保護法改正要綱案(改訂版)を作成・公表しました。

その改正案には、(1)権利性の明確化、(2)水際作戦を不可能にする制度的保障、(3)生活保護基準の決定に対する民主的コントロール、(4)一歩手前の生活困窮層に対する積極的支援、(5)ケースワーカーの増員と専門性の確保という5本の柱があります。

森弁護士の説明で特に印象的であったのは、(2)水際作戦を不可能にする制度的保障についてです。具体的には、簡単に書ける申請書の窓口備置きを義務付けることや、捕捉率の調査・向上義務を規定するといった内容になります。捕捉率とは、生活保護を利用できる人のうち、実際に利用している人の割合をいいますが、厚生労働省が2018年11月に公表したデータでは、所得基準で22.6%、資産を考慮して43.3%となっています。もっとも、相対的貧困率と生活保護利用率からの計算では10.4%となるなど、非常に低い捕捉率であるとのことでした。多くの人が生存権を侵害されているこの現状を打破するためにも、水際作戦を不可能とし、より積極的に必要とする人が利用できる制度を構築していく必要があることがわかりました。

森弘典弁護士による講演「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」のご報告

講演の様子

4 生活保護に関する論点

森弁護士からは、生活保護に関する論点につき広く解説していただきました。その中でも、生活保護受給中の自動車保有について、令和3年10月に生活保護問題対策全国会議が作成した「自動車を持ちながら生活保護を利用するために!」というパンフレットを基に説明していただきました。

旧来の「車はゼイタク品」との考えから、福祉事務所等が現行の厚生労働省通知を正しく運用せずに不正確な説明をしたことによって、自動車に乗れなくなるからと生活保護を断念した方の事例を聞き、私たちが生活保護の運用主体に対して正しい知識を伝え適切な運用を広めていく必要性を再確認しました。

森弘典弁護士による講演「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」のご報告

研修会場の大丸別荘

5 おわりに

講演でもお話がありましたが、現在、日本中で展開されている生活保護基準引下げに基づく保護変更決定処分の取消等を求める訴訟で、これまでに28の地裁で判決が言い渡され、6割を超える17の地裁で原告である生活保護受給者側の勝訴判決となっています。本講演で学んだことを、本年10月の人権擁護大会でさらに議論を深め、勝訴判決が続く全国の勢いにも乗って、私たちも福岡県から声を上げていきたいと思いました。

森弘典弁護士による講演「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」のご報告

研修会場の大丸別荘

「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!

子どもの権利委員会 委員 長本 祐佳(67期)

第1 はじめに

今年は日本が「子どもの人権条約」を批准して30周年!という節目の年ということで、令和6年7月27日(土)、福岡県弁護士会館にて子どもの権利条約批准30周年記念イベントを開催いたしました。

第2 今回のテーマ

今回のテーマは「インクルーシブ教育」。

皆様、インクルーシブ教育をご存知ですか?インクルーシブは和訳すると「すべてを包み込む」という意味になります。インクルーシブ教育は、多様な特性や個性を持ったすべての子どもたちが、同じ学校に通い、同じ環境で一緒に学ぶ、という新しい教育の考え方です。このような教育を通して、子どもたち一人ひとりが、自分とは違った個性や価値観を受け入れる心を育み、それぞれの長所を最大限に生かして、より自由に社会で活躍できる共生社会の実現に繋がると考えられています。

第3 当日の様子
(1) 映画「みんなの学校」上映

今回のイベントの目玉は映画「みんなの学校」の上映会。

映画「みんなの学校」は、「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、インクルーシブ教育を実践している大阪市住吉区にある大空小学校の日常を描いたドキュメンタリー映画です。"THE・エンターテインメント"という感じの映画ではないので、一体どれくらいの方がいらしてくださるのだろうかと内心ドキドキしていましたが、大人64名、子ども16名、合計80名もの方々がお越しくださいました。その中にはなんと鹿児島からお越しくださった方もいらっしゃったとか!(ありがとうございます!!)この映画に対する、そしてインクルーシブ教育対する社会的な関心の高まりを感じました。

「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!

会場

この映画の舞台である大空小学校では、通常学級の対象となる子どもも、特別支援学級の対象となる子どもも、すべての子どもたちが同じ教室で学んでいます。言葉を持たない子、学校にいるのが苦手な子、感情のコントロールが苦手な子、暴力をふるってしまうこともある子、様々な特性のある子どもたちがいるということもあり、ときにトラブルが発生してしまうこともあります。この映画で描かれている大空小学校での日常は、ある場面では強く共感し、ある場面では深く考えさせられ、嬉しくなったり悲しくなったりと強く感情を揺さぶられるものばかりでした。そのため、心に残った出来事も、ある出来事に対する見方も、考えさせられるポイントも、この映画を観る人それぞれにあるように思います。個人的には、これまで学校に安心できる場所がなく不登校気味で、登校しても校内に2時間いるのが限界で学校から逃げ出そうとしてしまうこともあったお子さんが、何が苦手でどうすれば大丈夫になるのか、何ができて何ができないのかといったことを先生やクラスメイトに伝え、どうするかを一緒に考えていく中で、人間関係を築いていき、最終的に生き生きと学校生活を送ることができるようになっていく過程に強く心を打たれました。これまで逃げ出すほど学校が苦手だったのに、生き生きと学校に通えるようになった我が子を見て涙を浮かべる親御さんの姿に、思わず私も涙してしまいました。「学校で分離されて生活していたのに、社会に出てからいきなり共生なんて難しいに決まっている。

「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!

パネル

学校の中で、ともに学び、ともに遊ぶ中でこそ、関わり合い方を学んでいけるものでしょ。」というある先輩の言葉が思い出されました。この映画の上映時間は106分とそれなりに長いものでしたが、あっという間に感じました。

「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!

クイズラリー

(2) クイズラリー

映画上映後は、福岡県弁護士会館内にて子どもの権利に関するクイズラリーを行いました。福岡県弁護士会館内にあるパネルに隠されているヒントをもとにクロスワードパズルを埋めるとあるキーワードが浮かび上がってくるというもので、皆さん、ユニセフの子どもの権利条約に関する解説パネルをしっかりと読みながら解いてくださっていました。パネルがよくまとまっていて分かりやすいと写真を撮ってくださっている方もいらっしゃいました。

クイズラリーの景品では、やはり手作り缶バッチが子どもたちに大人気で、皆さん楽しそうに作っていました(一時、長蛇の列ができるという盛況ぶりでした!)。個人的には、福岡県弁護士会の弁護士あるあるファイルをゲットできて嬉しかったです。

第4 最後に

今回のイベントでは、子どもたちひとりひとりが自分らしく生きるとは何なのかということや、「インクルーシブ教育」とは一体どのようなものなのかについて、改めて考えることができるよい機会となりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。

「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!

缶バッチ

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

中小企業法律支援センター 委員 藤家 寛之(76期)

1 はじめに

令和6年7月18日、株式会社悪の秘密結社の代表取締役である笹井浩生氏を講師としてお招きし、第1部には「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」との題でご講演をいただき、第2部では、悪の秘密結社の顧問弁護士である松村達紀弁護士を加え、弁護士による中小企業への伴走支援に関わるトークセッションが行われました。本講演会は、「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」の一環として行われたものになります。

本年は、中小事業者やその他他業種の方々をはじめ多数のご参加を賜り、会場参加が52名、オンラインでの参加が56名の合計108名にご参加いただきました。

本稿では、本講演会の内容と本講演会に関連する中小企業法律支援センタ―の取り組みについて報告いたします。

2 「一斉シンポ」について

中小企業法律支援センターでは、例年、日弁連の要請により、全国の弁護士会と共に「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」を開催してきました。

中小企業庁は、令和元年より、中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としました。本年は7月18日に「一斉シンポジウム」が開催されています。

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

栁副会長のご挨拶

3 講演会の内容
(1) 第1部(笹井氏によるご講演)

シャベリーマンこと笹井氏は、平成28年に株式会社悪の秘密結社を、福岡県福岡市博多区に本社を置くヒーローショーに特化したイベント会社として創業されました。その後、令和2年にテレビ番組「ドゲンジャーズ」がスタートし、「悪意を持つプロフェッショナル集団」というキャッチコピーにして、他の企業が行わないようなイベント、プロモーション、映像制作を手掛けております。笹井氏の行う事業はエンターテインメントという特殊なビジネスモデルなため、エンターテインメントを如何にしてビジネスとして成立させるかについて以下のように語られております。

エンターテインメントがなぜ世の中に必要なのか、たとえば、キャナルシティ博多に訪れた人々がショーの催し物を見ることにより楽しい気持ちになったり、普段の嫌なことを忘れたりなど、人の感情に入り込んで考え方や人生に意義を生み出すものがエンターテインメントであり、世の中にとって必要な存在である。

もっとも、エンターテインメントを行うにはビジネスとして成立することが重要であり、それには以下のような過程を経ることになる。

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

講演する笹井氏(1)

まずは、コンセプトがあり、そのブランディングをし、それを宣伝して、マーケティングするという過程を経てビジネスとして成立することになる。ここでいう、ブランディングとは共感させたい思いのことであり、宣伝とは人と人をつなぐこと、そして、マーケティングとは売り上げが成立する仕組みを作ることである。

これをドゲンジャーズに置き換えて説明すると、ドゲンジャーズの共感してもらいたい思いとは、たくさんの人々に愛されたい、世代を超えた価値になりたい、この町の当たり前になりたいという思い、すなわち「この町の文化になりたい」というものである。一般の市民の方が手の届かない社会貢献活動を任せてほしい。誰でも誰かのヒーローになれる。この活動こそがこの町の未来になると確信している。

そんな思いを実態の伴う思いにすべく、フードドライブ、小児病棟訪問、親不孝通りでのマナーアップ活動、横断旗の寄贈活動を行っており、人々には手の届かない社会貢献活動をドゲンジャーズが代わって支えていく。

しかし、ドゲンジャーズだけではどうしてもできないこと、それは活動資金や運営・映像制作資金の確保であり、ドゲンジャーズの前に立ちはだかる大きな壁である。それではドゲンジャーズはこの壁をどのように乗り越えてきたか。

制作会社に映像を作ってもらう際に一般的に制作委員会方式を取っており、東京では制作委員会のみで権利をビジネス化することができる。他方で、地方都市である福岡では、東京と異なり、制作委員会のみでは権利をビジネス化できず出資者への利益の還元が難しい。そこでドゲンジャーズはIPパートナー委員会やオフィシャルパートナー委員会を設立し、そこから出資を受けてから、制作委員会によって映像を制作しているという仕組みを作り、出資者へはIP保護・ビジュアル利用権という形で利益を還元している。このように三つの委員会を運用することによって、はじめて地方都市でも映像制作をすることができるようになった。三つの委員会を運用することは途轍もない労力ではあるが、だからこそ、立ちはだかる大きな壁を乗り越えられて、ドゲンジャーズを続けていくことができ、「この町の文化になりたい」という思いを人々に伝え続けることができている。

最後に、ドゲンジャーズは等身大で馬鹿馬鹿しい作風ではあるが、等身大だからこそ一緒に共感できる大切な時間と空間を作ることができると思うし、これからも作っていきたいと語られて、笹井氏は講演を締めくくられました。

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

講演する笹井氏(2)

(2) 第2部(笹井氏と松村弁護士のトークセッション)

ここからは悪の秘密結社の創業時から顧問弁護士として関わられている松村弁護士と笹井氏による事業者と弁護士の伴走支援について、トークセッションが行われました。

トークセッションの内容としては、ドゲンジャーズという名前が商標登録できるかなどの知的財産関係、制作委員会やパートナー等との間で交わされる契約書作成の過程、視聴者やお客さんとの関係やドゲンジャーズの権利関係への法的対応やルール作り、カスタマーハラスメントやトラブルに対する法的対応、会社内の従業員の労働環境等への助言、脚本作りにおいての法的トラブルを未然に防止する助言、弁護士以外の士業との関係性、事業者と顧問弁護士の理想的な関係性など、様々な場面での伴走支援の過程について具体例を用いて紹介していただきました。

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

トークセッションの様子(1)

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

トークセッションの様子(2)

4 講演会後の無料法律相談会

今年も無料法律相談会を開催いたしました。今後も委員会活動等を通して一般市民の方々や事業者の方々が気軽に法律相談ができる環境づくりに貢献できるよう、これからも会務に励みたいと思いました。

5 おわりに

笹井氏はドゲンジャーズのキャラクターであるシャベリーマンの仮面を被って登壇され講演をされておりました。仮面を被ったまま講演をされる方を見るのは初めての経験であり、のっけから度肝を抜かれたまま、いつの間にか笹井氏のトークに引きずり込まれました。シャベリーマンという名前からも分かるように軽妙な語り口で、会場の方々に終始笑いを提供しつつ、ドゲンジャーズの事業サービス展開のポイント・組織作りの肝について分かりやすく説明する様は、弁護士活動においても大変参考になる部分が多く、興味深く勉強させていただきました。

また、笹井氏と松村弁護士の事業者と顧問弁護士の関わり方についてですが、お二方のトークセッションの絡みから、笹井氏と松村弁護士は長年の戦友のような関係に思えました。弁護士成りたてほやほやの私にとっては羨ましく理想の関係性だなと思い、これからの弁護士人生において、事業者の方とこのような関係性を作れるように歩んでいきたいと思う所存です。

最後となりますが、笹井氏は、講演が終わってもシャベリーマンの仮面を外さず、そのまま会場を去っていきました。キャラクターイメージを壊さないためなのか、はたまたヒーローらに顔バレしないためかは分かりませんが、さすがは「悪意を持つプロフェッショナル集団」だなと感心するとともに、私も自身のプロフェッショナルを貫いていこうと強く思った次第です。

講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」

会場の様子

「刑事身体拘束手続研究会~韓国の現在」の研修を受けて

刑事弁護等委員会 松本 拓馬(72期)

1 はじめに

2024年6月25日、福岡弁護士会館(Zoom配信有り)にて、「刑事身体拘束手続研究会~韓国の現在」が開催されました。全国的にも珍しいテーマ・企画での研究会であったこともあり、当日は、多数の会員の方にご参加いただくことができました。ご参加を希望されていたにもかかわらず、ご都合によりご参加できなかった方もいらっしゃいましたので、今回、研修内容をご紹介させていただきます。

2 本研修会の趣旨について

刑事弁護等委員会では、刑事身体拘束手続PTを中心として県内外の研究者とともに「刑事身体拘束手続研究会」を2023年5月から定期的に開催し、刑事身体拘束手続の現状や問題について議論・研究を続けてきており、今回、同研究会に韓国国立警察大学法学科の李東熹(イ・トンヒ)教授をお招きし、韓国における刑事身体拘束手続の制度やその変化についてご報告いただきました。

本研修会では、日本の制度や実情との比較の中で韓国の制度や変化を知ることができ、翻って日本の刑事身体拘束手続の問題を異なる観点から検討・分析する貴重な機会になりました。

3 刑事身体拘束の流れ
(1) 起訴前の身体拘束制度

韓国では、起訴前の身体拘束制度として、日本と同様に通常逮捕、緊急逮捕、現行犯逮捕が用意されているということでしたが、勾留(韓国では「拘束」)の場面において、逮捕前置主義は採用されておらず、在宅の被疑者を「拘束」することができるとのことです。

(2) 勾留期間

次に、起訴前の身体拘束期間について、日本では逮捕から最大23日間であることに対して、韓国では最大30日間(=司法警察10日+検察官20日)と日本よりも身体拘束期間が長くなっています。

また、起訴後の身体拘束期間について、韓国では、第1審(最大6ヶ月)、控訴審(最大6ヶ月)、上告審(最大6ヶ月)となっており、起訴前と起訴後で身体拘束期間は最大19ヶ月になるということでした。

4 逮捕・勾留制度(令状審査・逮捕拘束適否審査制度・弁護人接見)
(1) 令状審査

まず、逮捕状が書面審査であること、勾留するかどうかの判断が裁判官による対面審査で行われることは日本も韓国も変わらないようです。

ここでは、李教授から、韓国における勾留状請求に対する「却下率」の推移についてのご説明がありました。韓国において、1996年以前は、却下率約7%に過ぎなかったにもかかわらず、1997年から勾留状に対する実質審査(対面審査)が試行されたことにより、それ以降、却下率約14%前後になったそうです。

また、2007年には身体不拘束の原則が明文化されたことにより、却下率は約20%の状況が続いているとのことです。日本では、却下率が数パーセントにとどまっている現状を考えますと、韓国では勾留状に対する審査が非常に慎重に行われているのではないかという印象を持ちました。

さらに、李教授から、第1審刑事公判における勾留率の推移について、2020年以降はわずか約8%程度であることのご説明がありました。日本では約50%であることと比べて、あまりに数値が異なっており、驚きを隠せませんでした。

(2) 逮捕拘束適否審査制度

次に、韓国における逮捕拘束適否審査制度についてご説明いただきました。当該制度は、逮捕又は拘束された被疑者、その弁護人、法定代理人、配偶者、直系親族、兄弟姉妹、家族、同居人及び雇用主は、管轄法院に逮捕又は拘束の適否審査を請求することができるというものです。日本では勾留決定に対する準抗告という手続きがありますが、準抗告が裁判官による書面審査であることに対して、逮捕拘束適否審査は裁判官による対面審査で実施されているとのことでした。

(3) 弁護人接見

今回の研修レジュメの中では、韓国の弁護人接見室の写真が掲載されていました。私自身、韓国映画やドラマを観たときに印象深く感じていましたが、韓国では日本のようにアクリル板で遮られていません。どちらが望ましいのかについては色々な意見がありそうですが、被疑者・被告人と弁護人との関係性を考えるにあたって非常に参考になりました。

5 保釈制度(被疑者及び被告人保釈・保釈保証保険)

日本では、現在、保釈は起訴後にしか認められませんが、韓国では、起訴前の保釈制度として、保証金納入条件付きの被疑者釈放制度があるようです。また、保証金の納入には、保釈保証保険制度も用意されており、保険会社が発給する「保釈保証保険証券」を添付した保証書をもって、保釈保証金に代えることができるとのことです。当該制度により保証金を納入する資力がない方でも保証金納入条件付きの被疑者釈放制度を利用することができ、利用率としては、保釈全体の50%から60%程度とのことです。日本においても、2011年1月20日付けの「保釈保証制度に関する提言」(日弁連)の中で、「韓国では、この保釈保証保険制度の導入が身体不拘束捜査の原則の実効化に貢献し、『人質司法』は既に過去のものとなったと評されている。」との記載があり、制度の導入が検討されていたことを知りました。

6 韓国における司法改革の沿革及び内容(勾留制度の変化)

ここでは、残念ながら時間の関係で全体についての詳細なご説明はありませんでしたが、韓国における「国選専担弁護士制度」についてのご説明をしていただきました。

「国選専担弁護士制度」とは、国選弁護事件のみを担当する条件で選抜して各審級法院に所属させ、月給制で勤務させる弁護士制度です。国選弁護の質を向上させる目的で2006年2月から正式に施行され、2023年においては韓国全体で234人が選抜され、国選弁護事件全体の35.4%を担当しているそうです。韓国では、弁護士数の急増により、弁護士業界の競争が激しくなったため、国選専担弁護士の選抜の倍率が毎年高くなっている状況ということです。また、韓国では、法曹一元制度が導入されており、裁判官は法曹経験者から採用されるため、将来裁判官として活動したいと希望している方の中で、あえて国選専担弁護士となり、刑事弁護の経験を積んでいる方もいるそうです。

7 最後に

以上、今回の研修の概要を説明させていただきました。

韓国と日本では、刑事身体拘束手続の制度において類似点もありますが、韓国では制度改革を重ねたことにより、すでに「人質司法」から脱却しているとの印象を受けました。韓国が実現している身体不拘束の原則は、日本における刑事身体拘束手続の運用の改善のための手掛かりになり得ると思い、非常に参考になりました。

今回、李教授には、本研修だけでなく、研修後の懇親会でも、韓国の制度などについてご説明いただき、心より御礼申し上げます。

「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」の研修を受けて

刑事弁護等委員会 宮脇 知伸(73期)

1 はじめに

本年6月24日に、刑事弁護等委員会身体拘束手続適正化PT主催で、韓国国立警察大学校の李東熹(イ・トンヒ)教授を講師として、「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」が開催されました。李先生は、神戸大学で三井誠先生の指導の下、法学博士号を取得されています。日韓両国の刑事法に精通しており、日弁連や各弁護士会等の韓国視察等でも大変お世話になっています。李先生は日本語が堪能であり、今回、日本語にてご講義いただきました。拙筆ながら、今回の講演会の内容及び感想を報告いたします。

2 韓国の被疑者取調べ制度の概要

韓国では、捜査段階で捜査機関に許容される身柄束制度として、日本と同様に、逮捕と勾留があります。捜査機関が逮捕を行った後、勾留するためには、逮捕から48時間以内に管轄の地方法院判事に勾留状を申請する必要があります。勾留状の発付を受けた司法警察官は、10日以内に検察官に引致しない場合に、被疑者を釈放しなければならず、また、司法警察官から被疑者の身柄を受け取った検察官は、引き続き被疑者を10日間勾留することができます。起訴する前に、捜査を継続するに相当な理由があると認められるときには、1回に限り最大10日を超えない限度内で勾留延長を受けることができます。したがって、警察の逮捕から検察の起訴まで理論的に最大限30日間の勾留が認められています。

日本の捜査段階の身柄拘束と比べると、司法警察段階の勾留期間(10日間)が別途にあることに相違点があります。

「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」の研修を受けて
3 取調室の場所的な特徴

韓国の警察の取調べは、従来から捜査を担当する部署の一般事務室でそのまま取調べが行われており、外部からの状況を確認することができます。そのため、事務室にいる警察官、同室で取調べを受けている他の被疑者やその他の一般人等に取調べの様子が容易に観察できる構造になっています。こうした開放型の取調室が、韓国警察のもっとも一般的な取調室の形態であり、捜査機関による拷問・暴行・脅迫等の違法な捜査を抑止する効果が期待できています。加えて、このように取調室に併用される捜査部署の一般事務室には、原則としてCCTVが設置されており、事務室の全体的な様子を映す画像が録画され、一定の期間保存されることになります。

一方、検察の被疑者取調べは、通常部外者の出入りが制限されている検察官の事務室で行われており、そこは被疑者以外に担当の検察官とその所属の検察職員のみが在室しています。検察の取調室は、外部から観察することができない閉鎖型の密室形態となっています。

「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」の研修を受けて
4 被疑者取調べの録音・録画制度の導入と展開
(1) 2007年の刑訴法改正と録音・録画制度の導入

2007年の刑訴法改正では、捜査機関が被疑者取調べを録音・録画することができるよう、その根拠規定が設けられました。

捜査機関が録音・録画するときには、取調べの全過程及び客観的な状況を録音・録画しなければならないとされています。もっとも、数日にわたる複数の取調べの場合には、特定の日に行われる取調べの「すべて」を録音・録画すれば良いとされています。

さらに、捜査機関による編集や偽造を防止するため、被疑者又は弁護人の面前で、直ちにその原本を封印し、被疑者に記名捺印又は署名させるようになっています。

(2) 映像録画物の証拠としての使用
  • 2007年の刑訴法改正
    2007年の刑訴法改正では、取調べの録音・録画により製作された映像録画物を犯罪事実を立証するための実質証拠として使用するのを禁止し、弾劾証拠としての使用についても厳格な制限を加えています。
  • 2020年の刑訴法改正による検察官作成調書の証拠能力
    2020年の刑訴法改正により、検察官作成の被疑者調書の証拠能力が実質的に否定されるようになっています。検察官作成の被疑者調書は、警察官作成の被疑者調書と同様に、被疑者であった被告人が公判廷でその調書の内容を認めた場合に限り、その証拠能力が認められるようになっています。
5 被疑者取調べにおける弁護人立会制度
(1) 制度の導入経緯

2003年11月11日、大法院から、被疑者取調べにおける弁護人立会を認めた判例が出されました。当時、刑訴法には弁護人立会に関する明文規定がありませんでしたが、憲法上の弁護人の助力を受ける権利を法的根拠として、現行刑訴法においても弁護人立会が認められるとされています。翌年の2004年9月23日には、身柄不拘束の被疑者についても弁護人立会権を認めると共に、被疑者が弁護人の助言と相談を求める権利があることを明らかにした判例も出ています。

(2) 2007年刑訴法改正による弁護人立会権の明文化

2007年の刑訴法改正によって、取調べの場所に「立会い」するのみならず、取調べに実質的に「参与」することができるようになりました。

この改正は、前述の2003年11月11日の大法院決定により認められた弁護人立会権を正式に立法化した意味をもち、被疑者の身柄拘束の有無を問わず、取調べ中の被疑者には、弁護人の立会いが正当な事由がない限り保障されることと、また弁護人との接見が許容されることを明示しています。

(3) 実務と判例の動向

2020年に検察改革の一環として行われた刑訴法改正に伴い、捜査機関の従うべき一般的捜査準則が大統領令として新たに制定され、その捜査準則では、弁護人会について、以前よりその権利を厚く保護しようとする傾向が見られています。同規則では、(1)被疑者取調べに参与した弁護人が実質的な助力をすることができるよう、被疑者の隣に着席させること、(2)正当な理由がなければ、被疑者に対する法的な助言・相談を保障すること、(3)法的な助言・相談のためのメモを許容することを明文で規定しています。さらに、弁護人の意見陳述についても、(4)検察官又は司法警察官の取調べ後、調書を閲覧して意見を陳述することができ、検察官又は司法警察官は当該の書面を事件記録に編纂すること、(5)取調べ中であっても、検察官又は司法警察官の承認を受け、意見を陳述することができ、検察官又は司法警察官は、正当な理由がある場合を除いては、弁護人の意見陳述要請を承認しなければならないこと、(6)不当な訊問方法については、検察官又は司法警察官の承認がなくても、異議を提起することができることを保障しています。

(4) 運用状況

弁護人立会の状況を見ると、警察の場合は、1999年から内部指針により自主的に実施しており、施行初期には、年間200件前後の様子でしたが、その後、2021年には31、533件、2022年には30、801件となっています。警察の全処理事件が年間約170万件であることを勘案すれば、弁護人立会の割合としては低いですが、毎年徐々に増加しており特に、2020年には、初めて年間2万件を超えたのち、2021年からは3万件を上回る状況を見せています。

6 懇親会

勉強会の後は、李教授を交え懇親会が催されました。懇親会の中では、「爆弾酒」というお酒を飲む機会があり、初めての経験でした。

「爆弾酒」とは、ビールの中にアルコール度数の高い酒が入ったショットグラスを沈めたもの、あるいはそれを飲む習慣のことをいうようです。

この「爆弾酒」を懇親会の場では、指名した人と指名された人が早飲みをして、遅かった方が残っていくという方法で飲みました。韓国では友好のしるしとして飲むこともあるようで、私も参加させていただきましたが、李教授と友好関係を築くことができたのではないかと思います。

「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」の研修を受けて

2024年8月 1日

会員のひろば 穂積重遠と石田和外に14条

会員 吉野 大輔(64期)

1 はじめに

御多分に洩れずハマっています、「虎に翼」。

「虎に翼」の魅力は、語るとキリがないです。まずは、魅力的なキャラクター造形。法曹にありがちな空気が読めず一言多い主人公の寅子、男装のよねさん、司法試験でお腹が痛くなる優三さんなど魅力的なキャラクターが次から次に出てきます。また、各所に散りばめられた法律関係のトリビア。分かる人にだけは分かるところが、法曹関係者のオタク心を掴んでいます。ちなみに、個人的には、寅子が受験勉強に使用していた憲法の基本書が上杉慎吉だったシーンがツボです(ⅰ)。

私にとって最も魅力的な点は、史実を組み込んだプロットです。この点で、私が注目しているのは、小林薫が演じる「穂高重親」と松山ケンイチが演じる「桂場等一郎」の動向です。私がこの記事の執筆を依頼された理由は、おそらく、私が、委員会の懇親会で、「虎に翼」を見る際に、この二人に注目すべきと一席ぶったからでしょう。

2 「虎に翼」のプロット

もともと、私は、NHKの朝ドラを熱心に見続けているわけではないのですが、「虎に翼」が、清水聡の「家庭裁判所物語」(ⅱ)を軸に、女性初の弁護士・裁判官である三淵嘉子を主人公にした物語と聞いていたので、久しぶりに見てみようかなくらいに思っていました。

「家庭裁判所物語」は、設立当初にあった家庭裁判所の理念型がどのようなものであったのかを描いた本です。家庭裁判所の理念型が、「虎に翼」のプロットの一つの軸になることは間違いないと思います。私の母は、家庭裁判所の調査官であり、内藤頼博(ライアンこと久藤頼安のモデル)や三淵嘉子(主人公のモデル)らの謦咳に直接触れた世代の調査官でした。そのため、私は、母から戦後の家庭裁判所の理念や雰囲気を聞かされていたこともあり、「虎に翼」が、失われつつある家庭裁判所の理念型を再確認するきっかけになればいいなと期待しています。

しかしながら、私は、「虎に翼」を見始めたところ、すぐに、「家庭裁判所物語」だけではなく、より野心的なプロットの存在に気づいてしまいました(妄想かもしれませんが)。それが、穂積重遠(穂高重親のモデル)と石田和外(桂場等一郎のモデル)の物語です。この二人の物語は、「虎に翼」のプロットの根幹を形成していると思います。この見立ては、現在のところかなり当たっているのではと密かに思っています(ちなみに、本記事の執筆時は、令和6年6月下旬です。)。

以降は、ネタバレ(主に歴史的事実ですが)を含むかもしれないので、歴史的事実なんか知らなくて、純粋にドラマだけを楽しみたいという方は、読むことを控えていただいたほうがいいかもしれません。

3 穂積重遠(ⅲ)

小林薫が演じる「穂高重親」には、モデルがいます。その名前から明らかですが、そのモデルは、民法学者の穂積重遠です。

穂積重遠は、1883年に、いわゆる「華麗なる一族」のメンバーとして生まれます。親族について少し触れておくと、父が民法を起草した民法学者穂積陳重、叔父が「民法出でて忠孝滅ぶ」で有名な憲法学者穂積八束です。加えて、母方の祖父が新一万円札の渋沢栄一です(ⅳ)。

穂積重遠は、旧制第一高等学校、東京帝国大学に進学し、卒業後、民法(特に家族法)の研究者として人生を歩んでいくことになります。同世代の民法学者は、末広厳太郎や末川博です(ⅴ)。その下の世代の民法学者が我妻栄や中川善之助と言えばイメージが湧きやすいでしょうか。

穂積重遠は、民法学者として学究に勤しむだけではありませんでした。祖父の渋沢栄一の影響もあり、社会教育や社会事業も「法」であるという信念の下、熱心に社会活動にも勤しみます。具体的には、明治大学女子部の創設、東京帝大セツルメントでの法律相談活動、関東大震災の被災者支援などの社会活動が有名です。これらの社会活動は、両性の平等、法教育、法律相談、災害対策など、現在の弁護士会の活動にも通じる社会活動です。

これらの業績を総体として見ると、穂積重遠は、大正デモクラシー期のリベラルな民法学者であったと評価することができると思います。

「虎に翼」では描かれませんでしたが、穂積重遠は、東宮大夫・東宮侍従長として仕えて、1945年8月15日を皇太子(現在の上皇)とともに迎えます。

そして、戦後、穂積重遠は、紆余曲折あり、1949年に最高裁判所裁判官に就任します。

石田和外(ⅵ)

松山ケンイチが演じる、甘い物好き(ⅶ)の「桂場等一郎」にも、モデルがいます。そのモデルは、名前だけからは分からないのですが、第5代最高裁判所長官の石田和外です。

石田和外は、1903年に福井市に生まれ、第一高等学校、東京帝国大学を経て、1928年に東京地方裁判所の予備判事に就き、判事として人生を送ることになります。

戦前、石田和外は、東京地裁の裁判官時代に、帝人事件(ⅷ)を左陪席として担当します。その際に、事件を「空中楼閣」と評して、「水中ニ月影ヲ掬スルガ如シ」という名文句で、被告人16名を無罪としたことで注目を浴びます。

戦後、石田和外は、司法省人事課長、最高裁人事課長、人事局長、事務次長、東京地裁所長、最高裁事務総長、東京高裁長官、最高裁判事といわゆるエリートコースを歩み、第5代最高裁長官まで上り詰めます。

石田和外は、ある世代の法律家からは、蛇蝎の如く嫌われている人物です。石田和外の最高裁判所長官時代には、青法協所属の司法修習生の任官を拒否する事件、宮本判事補の再任を拒否する事件などが起こります(ⅸ)。いわゆる、「司法の危機」、「ブルーパージ」などと呼ばれた時代です(ⅹ)。

また、石田和外は、最高裁判所長官時代に、リベラルな判決と評価されていた全逓東京中郵事件判決、いわゆる「二重の絞り」で有名な都教組事件判決及び全司法仙台事件判決について、全農林警職法事件を皮切りに、これらの判例変更を実現していきます(ⅺ)。

退官後は、英霊にこたえる会会長や元号法制化実現国民会議議長も務めました。

これらの業績を総体として見ると、石田和外は、いわゆる保守派の裁判官であったという評価は否めません。

5 日本国憲法14条

水と油で決して混じり合わないと思われる二人ですが、その架け橋になるのが、日本国憲法14条です。

「虎に翼」は、第1話の冒頭、日本国憲法14条の朗読から始まります。その朗読は、寅子が一度は諦めた法律家の道から復帰して、裁判官を目指すきっかけになります。そのほかにも、轟法律事務所の壁に日本国憲法14条の文言が書かれているなど、ドラマ内の各所に日本国憲法14条が散りばめられています。日本国憲法14条が、「虎に翼」のプロットの根幹であることは明らかです。

穂積重遠は、最高裁判所裁判官として、尊属殺規定の合憲性を争う事件に対峙します。

1950年10月、最高裁判所大法廷判決(刑集4巻10号2037頁、2126頁)は、旧刑法205条2項(尊属傷害致死)、同200条(尊属殺人)を憲法14条に違反しないと判断しました。しかしながら、穂積重遠は、多数意見に与することなく、反対意見として、これらの規定が憲法14条に違反するという論陣を張ります。穂積重遠は、上記判決から数ヶ月後の1951年7月29日、心臓変性症で逝去します。反対意見を遺言とするかのように。

ご存知の通り、それから23年後、旧刑法200条(尊属殺人)の合憲判決は、判例変更されます(最大判昭和48年4月4日刑集27巻3号265頁)。この判例変更により、日本国憲法下で初の法令違憲判決が誕生します。この法令違憲判決を主導したのが、当時、最高裁判所長官であった石田和外です。

ドラマの終盤で、桂場等一郎が大法廷の真ん中で法令違憲判決を朗読し、穂高重親の回想シーンが流れて、寅子が涙する姿が浮かびませんか。

6 さいごに

穂積重遠と石田和外の人生を軽く振り返ってみました。この二人の人生に日本国憲法14条を組み合わせることで、大きな物語が描けることが理解できたと思います。これだけ綿密なプロットを描いている「虎に翼」の脚本家やスタッフが、この構図に気づいていないはずがないと思います。

ここまで来れば、桂場の名が「等一郎」であることまで、意味深長に感じられるのではないでしょうか。

私の妄想はここまでです。はて、「虎に翼」の物語は、どうなるでしょうか。

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  • 意味がわからない方は調べてみてください。ヒントは、天皇機関説事件です。意味が分かると、「虎に翼」の脚本家やスタッフによる作り込みの本気度が伝わると思います。
  • 清水聡「家庭裁判所物語」(日本評論社、2018)は、失われつつある家庭裁判所の理念型を再確認する上でも読まれるべき本です。
  • 大村敦志「穂積重遠―社会教育と社会事業とを両翼としてー」(ミネルヴァ書房、2013)に依拠しています。名著です。是非、皆様に読んで欲しい本です。東宮大夫としての臣穂積重遠、天皇機関説事件時代の東京帝大法学部長穂積重遠、家庭人穂積重遠など、「虎に翼」では描かれない多様な穂積重遠像が描かれています。
  • そのほかに、親族には、日露戦争の総参謀長児玉源太郎、総理大臣寺内正毅、戦時中の内大臣木戸幸一、画家のレオナール・フジタこと藤田嗣治などがいます。大村敦志「穂積重遠」に穂積重遠の家系図が掲載されていますが圧巻です。
  • この世代の特徴として、概念法学を批判する自由法学の影響があります。「虎に翼」でも権利濫用で解決される民事事件が描かれましたが象徴的です。なお、伊藤孝夫「大正デモクラシー期の法と社会」(京都大学出版会、2000)(p12)によれば、「概念法学の凋落」をもたらした「自由法学乃至社会法学」の代表者の一人として穂積重遠が挙げられています。概念法学と自由法学については、「ブリッジブック憲法」(信山社、2002)の石川健治「第14講義」を参照。
  • 山本祐司「最高裁物語(上)・(下)」(講談社+α文庫、1997)と「憲法学から見た最高裁判所裁判官 70年の軌跡」(日本評論社、2017)の早瀬勝明「第6章 激流に立つ巌-石田和外」に依拠しています。「最高裁物語」は「虎に翼」の種本の一つです。
  • 「最高裁物語(下)」(p146)によると、沢村一樹演じるライアンこと「久藤頼安」のモデルである内藤頼博が、石田和外の「追想集」で、石田和外の思い出話として、「東京地裁の頃の石田さんは斗酒なお辞せず酔うと悪戯が激しかった。いきなり人の股ぐらに手を突っ込んで褌を引っ張り出す癖があった。また物を噛む癖があって、某貴族院議員のバッジを噛んで曲げてしまった。...おしまいには、やかんにじかに入れてお燗をした酒に小便を混ぜた。悪戯は徹底的に痛快であった。」と語っています。「桂場等一郎」の人物造形を考える上で興味深い文章です。
  • 「虎に翼」において、主人公の父が被告人となった「共亜事件」のモデルです。
  • 福岡県弁護士会会員である元裁判官の西理先生は、「司法行政について(上)」(判例時報2141号)において、同時代の自らの経験を記録として残しつつ、石田和外を含む当時の司法行政の為政者に対し、「これらの施策を推進した人たちが裁判所史上に遺した汚点の大きさとその責任の重大さを改めて心に刻むのである。しかし、これらの人たちの責任は歴史が審判するに違いにない。」(p4)と論じています。
  • 黒木亮「法服の王国(上)」(産經新聞出版社、2013)では、石田和外は、黒幕として実名で小説の登場人物となっています。
  • 全農林警職法判決については、憲法学者からは評判が悪いですが、再評価の機運もあります。例えば、千葉勝美「憲法判例と裁判官の視線」(有斐閣、2019)の「第2部Ⅲ 保革の政治的対立と公務員労働事件をめぐる司法部の立ち位置-横田喜三郎長官らと石田和外長官らが見ていた世界の相違」。

インクルーシブ教育勉強会のご報告

子どもの権利委員会 委員 鶴崎 陽三(69期)

1 はじめに

本年6月6日、福岡県弁護士会館及びzoomで、新潟県弁護士会の黒岩海映弁護士(日弁連人権擁護委員会・障害者差別禁止法制特別部会座長)をお招きしてインクルーシブ教育勉強会が開催されました。

インクルーシブ教育とは、障害の有無などのさまざまな違いや課題を超えてすべての子どもが一緒に学ぶ教育のことです。

以下、講義内容について、あたかも私が解説しているかのように説明していきます。

2 講義の内容
(1) 合理的配慮

2006年に障害者権利条約(以下「条約」)が採択され日本は2014年に批准しました。

障害に基づく差別に関する規定の中で出てくる言葉として特徴的なのが「合理的配慮」です。

「合理的配慮」とは、障害者がすべての人権及び基本的自由を享有又は行使することを確保するために必要かつ適当な変更及び調整のことです。

人種や性別など障害以外を理由とする差別と障害を理由とする差別の根本的な違いは、前者が同じものを差別的に扱うことであるのに対し、後者は違うものを差別的に扱うことであるということです。

障害がある・ないという違いがあるため、障害のある人を障害のない人と同じように扱っても平等は実現できず、「合理的配慮」(=変更及び調整)を加えてはじめて平等を実現することができるのです。

(2) 条約24条

条約では24条がインクルーシブ教育について規定し、同条1項は、締約国が「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保」すべきことを定めています。

「包容」(=インクルージョン)は「排除」、「分離」、「統合」との比較で説明されます。

「排除」、「分離」と「包容」の違いは容易に想像できますが、「統合」との違いは理解が必要です。

「統合」とは、障害のある子どもを何の支援も合理的配慮もなく普通学級に入れることです。

これに対して、「包容」には、障壁を克服するための教育内容、指導方法などの変更と修正を具体化した制度改革のプロセスが含まれます。

この点、条約一般的意見4号では、インクルーシブ教育の基本的特徴として「全人」的アプローチや多様性の尊重と重視などが定められているほか(パラ12)、一般的な教育制度からの排除を禁止すること(パラ18)や、インクルーシブ教育は施設収容と相容れないこと(パラ66)など示されています。

(3) 日本の法制

2011年障害者基本法改正では、社会モデルが採用されるとともに合理的配慮が必要であることが定められ、子ども及び保護者の意向を可能な限り尊重しなければならないことが明記されました。

2013年障害者差別解消法においても医学モデルから社会モデルへの転換が図られています。

「社会モデル」とは、機能障害と社会的障壁(バリア)の2つの相互作用により社会的不利益が生じていると考える障害概念のことです。

たとえば両足に麻痺がある人が入口に段差のある図書館に入れないという事象で、図書館に入れない理由を医学モデルでは両足の麻痺と考えますが、社会モデルでは入口の段差と考えます。

(4) 日本の教育制度

1947年に制定された学校教育法では分離教育制度が確立し、1979年までの各都道府県での養護学校等の設置が義務づけられました。

その後、分離別学を維持したままながら例外的、限定的に統合教育の動きが進み、2007年学校教育法改正により改正前の特殊教育から特別支援教育へと転換しました。

その後、2011年障害者基本法改正、2013年学校教育法施行令改正など統合教育の動きがさらに進み、2013年の文部科学省の通知で保護者の意見を可能な限り尊重しなければならないこととされ、2016年差別解消法で合理的配慮が義務化されました。

しかし、実際には本人や保護者の意見が尊重されているとは言い難い状況が続いています。

(5) 地域のインクルーシブ教育実践

国とは別の流れで、関西を中心とした一部地域では、1970年代以降、世界に誇れるインクルーシブ教育が実践されており、特別支援学級に在籍させつつ通常学級での学習を実現するために複数担任制や原学級(交流学級)保障などの工夫がされています。

他方、文科省は特別支援教育の推進がインクルーシブ教育であるとの独自の解釈により、2022年4月27日、「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」なる通知で、特別支援学級に在籍している児童生徒が週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級で授業を行うことを求めました。

同通知は分離を固定させる政策であり、大阪では地域の小学生児童及びその保護者らが申立人となり文科省の通知に対する人権救済申立てを行った結果、大阪弁護士会から文科省に対して上記通知を撤回するよう求める勧告が発出されるに至っています。

(6) 人権モデル

医学モデルや社会モデルと異なる新しい概念として人権モデルがあります。

障害は社会によって作られるというのが社会モデルでしたが、社会によってではなく機能障害そのものから生まれる制限もあります。

この点、人権モデルとは、機能障害を含めた「ありのまま」を人権として、尊厳として、多用性として、価値あるものとして認める概念で、あるがままに地域社会が受け入れその尊厳を保障すべきであるとします。

(7) 視察報告

まず、スウェーデンやノルウェーでは特別教育を受けることは権利であり義務ではないとされています。

また、たとえば教室の脇に子どもがいつでも逃げ込める小部屋が設置されていたり、周りの目線を遮りたい子どものために誰でも使えるパーテーションが用意されていたりなど、色んな子どもにとってすごしやすい環境を作る工夫がなされています。

次に、大阪府豊中市の小学校では、車いすで全盲の子やダウン症の子なども通常学級で一緒に生活しており、算数の授業や体育の授業などを一緒に受けていました。

そこでは、車いすで全盲の子どもでも一緒に体育の授業を楽しめるよう、子どもたち自身が考えて様々な工夫が施されていました。

(8) まとめ

日本の「特別支援教育」について文科省は、特別支援学校、特別支援学級、通級という連続性のある「多様な学びの場」を用意していると言いますが、子どもに必要な多様性とは、自身が在籍する教室の中に多様性が確保されている状態をいうはずです。

また、本人・保護者の意向を最大限尊重という方針も守られておらず、真のインクルーシブ教育の構築と原則化が急務です。

そのために私たち弁護士・弁護士会ができることは、たとえば地域の学校に行きたい本人・保護者の相談を受け学校と交渉することや、スクールロイヤー、オンブズとしてインクルーシブ教育へ向けた相談対応や関係調整をすることなど様々です。

3 おわりに

インクルーシブ教育の成り立ちや内容、日本の現状や文科省の考え方などに加え、インクルーシブ教育の実践を知ることのできた非常に充実した勉強会でした。

インクルーシブ教育は来年の長崎人権大会のテーマ候補のひとつですので、それに向けての第一歩にもなりました。

なお、翌日、私を含む3名の会員と黒岩先生で筑後特別支援学校に視察に行きました。同校は、障害があっても可能な限り地域の学校に通うための方法を模索するという考えで運営されており、福岡でもインクルーシブ教育の実現を目指して活動しておられる方がいらっしゃることを心強く感じました。

今後、我々の住む地域が誰にとっても暮らしやすい社会になることを祈念して、報告を終えます。

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