福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
月報記事
2025年8月 1日
あさかぜ基金だより
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 滝本 祥平(75期)
引継式がありました
令和7年5月26日、対馬グランドホテルにて対馬ひまわり基金法律事務所の所長弁護士引継式がありました
対馬ってどんなとこ
対馬は、南北に82キロメートル東西に18キロメートルと細長いです。そのため、島の北側にある韓国展望所付近の住民が対馬ひまわり基金法律事務所へ法律相談に行くときの負担は軽視できません。
福岡でたとえると、どうなるでしょうか。グーグルマップで調べてみました。六本松の福岡県弁護士会館から北九州部会までの車での移動距離とおおよそ一致しました。
地域特性を踏まえたあいさつ
佐古井弁護士は、2年間で344件の相談を受け、うち156件を受任しました。対馬において弁護士が果たすべき役割を十分果たしたと言えると思います。
しかし、「自分が成しえなかった、上の地域の相談需要の掘り起こしにも力を入れてもらいたい」という地域の特徴に由来する課題までは解決できなかった旨反省を述べ、後任の藤田弁護士にその課題を委ねました
藤田弁護士も、この課題について「赴任して3か月。対馬が広いことを実感して、単純に対馬に法律事務所があるというだけでは、対馬の皆さんの話は聞けないということ。出張相談等積極的に事務所外に出る活動をすることが必要だと思います」と決意を表明しました。
藤田弁護士らしい引継式
写真は、藤田弁護士らしい引継式での様子です。
藤田弁護士の幼い娘さんが「パパ」と言ったのに対し、「パパだよ」と対応した瞬間です。
引継式からつながるご縁
引継式には、あさかぜのOBもたくさん参加しました。引継式後、OBの一人である伊藤拓弁護士から、5月30日の開所披露会に誘ってもらいました。
伊藤弁護士の開所披露会でのご縁
伊藤弁護士がこのたび開設し、披露した事務所は、大野城市に所在しており、市民・国民の司法アクセスの改善に資する立地だからでしょうか。司法アクセスの改善に関心のある私だけでなく、司法アクセスの改善のために行動されている他県の弁護士も多数参加していました。他県の弁護士からひまわりでの赴任経験、事務所の運営方針など、将来設計にきっと役に立つ話をいろいろと聞くことができました。
また、県外で活躍されているOB/OGや委員会の異なる福岡部会の弁護士からも望ましい後輩弁護士のふるまい方など、興味深く、かつ、ためになる話をたくさん聞くことができ勉強になりました。
近況
壱岐ひまわり基金法律事務所へ私は、応募しました。同僚の小島くみ弁護士と競合することになります。私は、壱岐の青い海と山がないことによる冷涼さに非常に心打たれ、是が非でも壱岐に赴任したいと考えています。
新人を紹介してください
今後とも、会員の皆様には、弊所へのご支援とご指導をどうぞよろしくお願いします。とりわけ、新人採用が行き詰っています。司法過疎問題に関心のある修習生やロー生・学部生が身近にいたら、ぜひ紹介してください。お願いします。

2025年度女性の権利ホットラインを実施しました
会員 井芹 美瑛(67期)
1 はじめに
6月23日から6月27日まで、全国で一斉に実施された女性の権利ホットラインの一環として、福岡県弁護士会でも弁護士会館及び福岡県内各所の共同参画センター各地12箇所で、女性の権利ホットラインを実施しました。
女性の権利ホットラインでは、女性に対する暴力(DV、ストーカー、セクシュアル・ハラスメント)や離婚に関する諸問題、職場における差別など、女性の権利一般に関する無料電話相談を実施致しました。また、性的マイノリティに関する同様の問題の相談も受け付けておりました。
2 相談件数
ホットライン初日に福岡県内で報道された効果もあってか、5日間で合計92件の相談がありました。
私は、6月23日初日の午後、弁護士会館にて相談を担当しました。電話3台・弁護士3人体制で行い、常にどこかの電話が埋まっているという状況でした。
6月23日 | 福岡県弁護士会館 | 12 |
6月24日 | 筑後弁護士会館 | 5 |
6月24日 | 筑後市(サンコア第3講習室) | 5 |
6月24日 | 田川市男女共同参画センター(ゆめっせ) | 4 |
6月24日 | 福岡県男女共同参画センター(あすばる)(春日市) | 14 |
6月24日 | 大牟田市男女共同参画センター | 2 |
6月25日 | 直方市役所 | 3 |
6月25日 | ハートピアぶぜん(豊前市) | 6 |
6月25日 | 北九州市立男女共同参画センター(ムーブ) | 15 |
6月26日 | 飯塚法律相談センター | 8 |
6月27日 | 福岡市男女共同参画センター(アミカス) | 12 |
6月27日 | 大野城まどかぴあ男女平等推進センター(大野城市) | 6 |
合 計 | 92 |
3 相談内容
相談内容として、以下のとおり夫婦関係に関する相談が最も多く、DVや職場でのセクシュアルハラスメントといった女性に対する暴力に関する相談も多く寄せられました。
- 夫婦関係(離婚の可否・婚姻費用・財産分与等) 70件
- 女性に対する暴力(DVや職場でのセクハラ) 12件
- 労働問題 3件
- その他(親子関係・相続・借金問題等) 15件
4 おわりに
体調不調で面談相談に行くことができなかったので今まで法律相談をしたことがなかったけれども、無料電話相談と聞いて相談しようと思ったという方もいらっしゃいました。お一人あたりじっくりとお話を聞き相談に応じることで相談者の不安を解消し、必要であれば面談相談へ繋げるなど対応しています。女性の権利ホットラインとして実施することで、なかなか弁護士による法律相談に繋がらない方であってもまずは電話で気軽に相談するということができ、ご本人の問題解決に役立つことができたと感じております。来年度以降も引き続き実施していく必要性を強く感じました。

2025年7月 1日
研修委員会だより「インクルーシブ教育」をご存知でしょうか。
子どもの権利委員会 委員 武 寛兼(69期)
1 はじめに
刑事弁護等委員会から引続き、子どもの権利委員会の研修会・勉強会を紹介させていただきます。
子どもの権利委員会では、少年付添人に関する分野、子どもの福祉に関する分野、子どもの学校・教育問題に関する分野等を扱っており、多岐にわたる研修会・勉強会を開催しております。委員会では常に何かしらの研修会や勉強会に関する議題が上がっているので、正直、研修企画数1位は子どもの権利委員会だと思っていましたが、1位は刑事弁護等委員会ということで流石です(子どもの権利委員会の研修企画数を調べると順位が確定してしまいそうなので、あえて数えることは控えておきます。研修企画数は、1位でなくても2位でなくても何位でもいいのです。)。
さて、子どもの権利委員会で実施している研修会や勉強会は、福岡部会で国選付添人名簿の登録更新研修となっている少年付添研究会をはじめ、子どもの権利110番相談名簿登録のための学校問題対応研修、いじめ重大事態調査委員会候補者名簿登録のための研修等の登録研修のみならず、近時見聞きすることが多くなった「ヤングケアラー」や「インクルーシブ教育」に関するものがあります。これらの研修会や勉強会は既に過去の月報でもご報告いただいておりますが、この中から、「インクルーシブ教育」に関する勉強会についてダイジェスト的に紹介させていただきたいと思います。
2 インクルーシブ教育勉強会(令和6年6月6日実施)
令和6年6月6日に、新潟県弁護士会の黒岩海映弁護士をお招きして、インクルーシブ教育の勉強会を実施しました。
そもそも皆さんは、インクルーシブ教育をご存知でしょうか。インクルーシブ教育とは、障害の有無などさまざまな違いや課題を超えてすべての子どもが一緒に学ぶ教育のことです。
講義の内容は、日本が批准している障害者権利条約や法律でインクルーシブ教育が求められているということから始まり、スウェーデンやノルウェーの学校の様子や大阪府豊中市の小学校の様子などの視察報告をいただきました。
この勉強会で印象的だったのは、障害の「人権モデル」という考え方です。障害についての考え方として「医学モデル」と「社会モデル」という概念があることは何となく知っていたのですが、機能障害を含めた「ありのまま」を人権として、尊厳として、多様性として、価値あるものとして認める(機能障害は人権の能力を否定しない)「人権モデル」という考え方は、非常に重要なものだと思いました。
なお、この勉強会については、2024年8月号の月報(31頁~)で鶴崎陽三会員からの詳細なご報告がありますのでそちらもご覧ください。
3 子どもの権利条約批准30周年記念イベント(令和6年7月27日実施)
令和6年7月27日には「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」を実施し、インクルーシブ教育をテーマに取り扱いました。
このイベントの目玉は、「みんなの学校」という映画の上映でした。この映画は、「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、インクルーシブ教育を実践している大阪市住吉区にある大空小学校の日常を描いたドキュメンタリー映画です。参加者の中には、この映画のためになんと鹿児島から来られた方もいらっしゃいました。
インクルーシブ教育の重要性は理解しつつも、いざ実践するとなると様々な問題が生じるのではないかということは気になるところです。この映画でも様々な特性を持つ子どもたちがいるがゆえに様々なトラブルが起きてしまいます。そのトラブルを通じて子どもたちが学ぶ姿や変わっていく姿には考えさせられるものがあります(実は涙をこらえるのに必死でした)。
このイベントについては、2024年9月号の月報(32頁~)で長本祐佳会員からの詳細なご報告がありますのでそちらもご覧ください。
4 インクルーシブ教育勉強会(令和7年2月13日実施)
令和7年2月13日には、福岡県立大学助教の二見妙子先生と医療的ケアが必要なお子様を育てられた橋村りかさんを講師にお招きして、再び、インクルーシブ教育勉強会を開催しました。
二見先生からは、「インクルーシブ教育について考える―1970年代の大阪府豊中市における原学級保障運動」という表題で、大阪府豊中市が、「共に生きる教育」の運動と実践に対する国家の分離教育制度の強制を一定程度回避することに成功した過程についてご講演いただきました。
続いて、橋村さんから、橋本さんのお子さん(ももかさん)のお話をいただきました。ももかさんは、妊娠時には何の問題もなく育っていたそうですが、出産時のトラブルで重度の仮死状態で生まれ、一命は取り留めたものの、重度の障害が残ってしまいました。橋村さんは、ももかさんの命が助かったという喜びよりも、この子を一生背負って生きていかなければならないという思いだったそうです。橋村さんは、当初、ももかさんは養護学校しか行くところがないと思い込んでいたそうです。しかし、周りの子どもたちやその子どもたちに対するももかさんの反応をみてその考えは変わっていきました。橋村さんのお話の中で特に印象的だったのは、橋村さん自身もそうであったように、障害を持つ子どもが出会う最初の差別者、最初の差別の大きな壁は親だという言葉でした。私も自分の子どもが同じような状況になれば、橋村さんのような考えになっていたと思います。
この勉強会や橋村さんのお話については、2025年4月号の月報(28頁~)で鶴崎陽三会員からの詳細なご報告がありますのでそちらをご覧ください(特に、橋村さんのお話のところは必読です!)。
5 さいごに
ご存知の方も多いと思いますが、来る令和7年12月11日から長崎県で開催される第67回人権擁護大会では、第1分科会で「分ける社会を問う!~地域でともに学び・育つインクルーシブ教育、ともに生きる社会へ~」というシンポジウムが開催される予定です。それに先立ち、福岡県弁護士会でも、令和7年8月10日にプレシンポを行う予定です。
冒頭でもお伝えしましたように、子どもの権利委員会では、これまで多岐にわたる分野の研修会や勉強会を実施しており、これからも多くの会員にとってためになる研修会や勉強会を実施する予定です。その中でも、特に今年は「インクルーシブ教育」に関する企画についてご注目下さい。
手錠腰縄と決議と過去と将来~令和7年度定期総会決議報告
手錠腰縄問題PT 副座長 市場 輝(66期)
第1 手錠腰縄に関する総会決議
令和7年5月28日、弁護士会2階大ホールにて令和7年度定期総会が行われ、刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議がなされました。
第2 決議内容
この総会決議は裁判官、裁判所及び国に対し、手錠腰縄に関する措置を求めるものです。 「詳細は弁護士会のホームページをご覧ください!!」とは言いません。広く会員等の皆様に知っていただきたく、多数の愛読者がいらっしゃる月報においても決議の趣旨1から2をそのままご紹介いたします。
- 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
- 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
- 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。
この総会決議は裁判官、裁判所及び国に宛てられたものですが、弁護士も過去への反省と将来への不断の努力が求められるところです。
第3 過去への反省
この総会決議に至るまでに、決議案に対して2人の会員から意見がなされました。弁護人としての実体験に基づく過去への反省を踏まえた意見です。
【意見1】
『決議案でも述べられている通り、手錠腰縄は人権に関する問題です。
手錠腰縄をされた被告人は、自尊心を深く傷つけられ、惨めな姿を家族や知人にさらすことになります。
私は、手錠腰縄問題に携わるようになって以降、身柄事件の被告人に何度もアンケートをとってきました。
「法廷内で、手錠・腰縄姿を見られた時の気持ちはどうでしたか。」という問いに対し、多くの被告人は「すごく嫌だった。」と回答します。
それ以前の私は、被告人に手錠腰縄姿を見られた気持ちなど聞いたことがありませんでしたし、被告人が自らそのことに言及することもありませんでした。
これは、私にとって手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたこと、そして、そんな私に対しては被告人がありのままの気持ちをさらけ出せなかったことを意味すると思います。
被告人の気持ちに気づかないままに弁護活動を続けていたことを今さらながら反省します。
裁判官に対しても、法廷内で被告人の手錠腰縄姿がさらされないような訴訟指揮を求める申し入れをしてきました。
ほとんどの裁判官は何ら対応することなく、場合によっては、法廷外でも法廷内でも申し入れについて何ら言及されないまま公判を終えることもあります。
他方で、とある裁判官は、被告人を入廷させる前に傍聴人を一旦退廷させ、被告人の手錠腰縄が解錠されてから傍聴人を再度入廷させるという措置をとりました。
当然、それによって公判の進行が妨げられたというようなことはありません。
私は、その裁判官の対応をありがたく思う反面、なぜ他の裁判官は同じことができないのかと憤りを感じます。
被告人の人権保障が裁判官の広範な裁量によって左右されてしまう、これは、日本の刑事司法におけるその他の問題点とも共通するものではないでしょうか。
裁判官は、手錠腰縄をする理由について、暴行や逃亡を防止するためなどと言います。しかし、身柄を拘束された被告人だけにそのようなおそれがあると、誰が、いつ判断したのでしょうか。
勾留に関する判断の中で、法廷で暴行を働いて逃亡するおそれがあるかどうかなど判断されません。にもかかわらず、身体拘束された被告人だけが一律に手錠腰縄という権利侵害を受ける一方で、どんなに屈強な被告人であっても、保釈中の被告人が入廷時に手錠腰縄で拘束される姿は見たことがありません。
身柄事件の被告人にだけ科されるこのような不公平な扱いを、被疑者・被告人を勾留から解放するための活動に並々ならぬ執念で取り組んできた我々弁護士が、見逃していいはずはありません。
手錠腰縄問題には、犯罪を犯した人間だからしょうがない、さらには身柄を拘束されている被告人だからしょうがない、という、およそ法律家の発想とは思われないような考え方が透けて見えます。』
【意見2】
『私は、この決議案に賛成する立場で意見を申し上げます。最近の体験をご紹介します。
無罪を主張している事件の被告人で、前科前歴のない方です。仮にAさんといいます。
起訴前勾留が約1か月、起訴後も第1回公判まで約2か月の間勾留され続けました。Aさんは最初のうち、取調べで潔白を主張して頑張っていましたが、日にちが経つうちに、接見する私に、「とにかく出してほしい。出られるのなら、嘘でも認めてかまわない。」と涙ながらに訴えました。何とか起訴まで否認で耐え続けましたが、身体拘束のまま第1回公判を終えた日の接見で、Aさんは次のように吐露しました。
「もう我慢できません。手錠に加えて腰縄まで付けられた状態で、たくさんの傍聴人がいる法廷に連れ出されたときは、これが市中引き回しなのかと思いました。次の裁判でもこんなみじめな姿で法廷に引っ張り出されるのはとても耐えられません。保釈がきくのなら、嘘でも何でも認めますから、とにかく出してください。」
Aさんは、かろうじて否認のまま保釈され、その後の裁判をたたかっています。しかし、虚偽自白による有罪判決と紙一重でした。
Aさんの弁護を通じて、「人質司法」というのは、単に身体拘束の期間が長期化するというだけではなく、公判廷での手錠・腰縄によって、被告人を文字どおり罪人の姿で法廷に引き出すという究極の屈辱を強いるものであり、両者が表裏一体となって、虚偽自白を生む「人質司法」の重要な要素なのだと、改めて認識しました。
私自身、口では「無罪推定だ、人質司法打破だ、被疑者・被告人の人権尊重だ。」と言いながら、このAさんの思いにどこまで共感できていたのかと問われると、率直に申して、「頭だけ、理屈だけで理解していた。」と告白せざるを得ません。
その意味で、この決議案は、裁判所、裁判官及び国会に向けたものではありますが、一面では、我々刑事弁護を担う弁護士一人ひとりの意識改革を迫るものだと受け止めます。
まさに「自分ごと」であり、現状を打開して、市中引き回しもどきの法廷、お白洲の法廷を改め、私たち自身が日常的な裁判所・裁判官に対する要求活動を含めて、真に憲法と国際人権法に基づく刑事法廷を創る実践をするため、明日からの行動を表明するものだと考えます。』
第4 将来への不断の努力
1 平成5年の最高裁事務総局刑事局の考え
総会決議の理由にもありますが、平成5年当時、最高裁事務総局刑事局は法務省矯正局に対し、傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化することを打診しています。
残念ながら、現在、この運用が定着しているとはいえません。この運用を定着させるには弁護士、弁護人の血の通った活動を続けることが求められていると思います。
2 弁護士、弁護人に求められるもの
当会では令和3年8月に手錠腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入退廷時に手錠腰縄を使用しないように求める活動を行ってきました。
具体的には、裁判所に対して手錠腰縄を使用しないように求める申入れ及びその結果報告をいただくように会員の皆様に呼び掛けてきました。また、弁護人を通じて手錠腰縄をされた状態で入退廷を余儀なくされた被疑者、被告人の方々に任意にアンケートをお願いしてきました。
PT立ち上げから間もなく4年を迎えることとなります。裁判所への申入れ件数やアンケートの件数は少しずつではありますが、確実に積みあがってきています。
この総会決議がなされる際、会員から「この総会決議で裁判官、裁判所がすぐに対応するとは考えられないので、今後、PTはどのような活動をして行くのか」という質問がされました。
この総会決議がなされたから、手錠腰縄問題を裁判官、裁判所、国に丸投げしていいわけでは当然ありません。前述でご紹介した会員の【意見1】【意見2】のとおり、正に、手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたことを反省し、人質司法と根を同じくするこの問題を「自分ごと」として、手錠腰縄問題を広く周知し、弁護士、弁護人が将来への不断の努力を継続していく必要があります。
【北九州部会】中津干潟現地調査について
北九州部会公害環境委員会 緒方 剛(57期)
皆さん、こんにちは。皆さんは、「30by30」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。これは2022年に生物多様性条約第15回締約国会議で採択された目標で、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。生物の多様性との観点からの目標ですが、良質な環境を保全することは自然の恵みを享受しながら生活をしている私たちにとっても非常に価値のあることであることはご理解いただけるかと思います。世界中の国々がこの目標を達成するために国立公園等の保護区として保全区域を広げたり、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)の設定・管理を行う動きをしています。
日本では、陸域の20.5%が保護されているのですが、海域は僅かに13.3%のみが保護されている状況に止まっています。陸域については、政府の努力のみならず、私有地を含めたOECMの拡大によって目標達成の実現可能性はあります。ところが海域については、国内での保全は一向に進んでいない実情にあります。特に浅海域である干潟は、魚類の幼魚の生育場所となったり、藻場としてワカメやヒジキなど(これらはCO₂を吸収して成長します)の生育場所となったり、アサリやマテガイ、ゴカイ等の底生生物(海水を濾過したり魚や鳥類の餌になったりします)の生育環境として生物多様性維持の上で非常に重要な場所です。
北九州市内では重要湿地として、曽根干潟が有名です。もっとも、他の干潟と比較することで干潟の特性や課題などを理解しなければ、曽根干潟の重要性についても十分に適切な理解ができません。そこで、2025年4月28日に公害環境委員会にて中津干潟の現地調査に行ってきました。
中津干潟は、中津市の北部にある沿岸延長約10km、干潟面積1,347haの広大な干潟です。この中津干潟は、一級河川の山国川と二級河川の犬丸川が流れ込んでおり、これら二つの河川からの水と中津市の地下水系が流れ込むことで一つの完結した生態系を構成しているとのことでした。

ここでは、日本各地で絶滅してしまった貴重な生き物たちが数多く生息しており、中津干潟内で確認された814種のうち、約3割が希少種となっているとのことでした。代表的なものは、曽根干潟と同じくカブトガニですが、私たちが現地に行った際にも、案内いただいた方が小さなカブトガニを見つけてくれました。他にもアオギスやナメクジウオ、ミドリシャミセンガイ、オオシンデンカワダンショウ等多くの希少生物がここでは生息しているとのことです。
また、鳥類ではシギやチドリの仲間が春を中心に多い時で6,000羽、カモの仲間は8,000羽と多くの鳥が飛来しており、ズグロカモメ、クロツラヘラサギなどの希少な渡り鳥も飛来してくるとのことでした。
歴史的には埋め立ての危険があった場所ではあるのですが、かろうじて残すことができた貴重な干潟であることが確認できました。長期的に保全・管理を行っていくことが、将来の世代の人々の支えになるであろうことを期待して、現地調査を行わせていただきました。
皆さんも、人と海、自然のつながりを考えるきっかけとして、一度訪問してみてはいかがでしょうか。

出典:NPO法人水辺に遊ぶ会ホームページ
https://mizubeniasobukai.org/nakatsuhigata/
2025年5月 1日
あさかぜ基金だより
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 小島 くみ(75期)
旅立ち
去る7年3月末、あさかぜ基金法律事務所の社員弁護士であった石井智裕弁護士が、同弁護士の地元である千葉県いすみ市で独立開業することを決意し、旅立ちました。
そこで、石井弁護士が語った福岡での思い出のこと、同弁護士がこれから活動を開始する千葉県いすみ市のことについて報告します。
福岡での思い出
石井弁護士は、あさかぜ基金法律事務所で4年あまり養成を受け、このたび新たなるスタートを切ることになりました。
石井弁護士によると、福岡での思い出として一番に思い浮かぶことは、「福岡は図書館が充実している」とのことです。読書家で、常に学ぶことを忘れず、事件に対して真摯に、そして丁寧に向き合う石井弁護士らしい回答です。
私は、あさかぜに入所して1年ほどになりますが、そのなかで、石井弁護士が事件に向き合う姿勢に触れることができたことは、いい経験となりました。私も、石井弁護士にならって学ぶ姿勢を持ち続けたい、そして弁護士として成長していきたいと思っています。
千葉県いすみ市とは
いすみ市は、房総半島南部に位置し、温暖な気候と肥沃な耕地に恵まれ四季折々の農作物が豊かに実る田園都市であり、また、近海では、親潮と黒潮が交わる全国有数の漁場が広がる漁師町でもあります。
そして、いすみ市は、令和7年12月に、市制施行20周年を迎える人口3万5千人、東側は太平洋に面し、北部は長生郡一宮町、睦沢町に、西部は大多喜町に、南部は勝浦市、御宿町に接している町です。また、近くの砂浜にはアカウミガメが産卵に訪れ、里山にはコウノトリ、コハクチョウも舞い降りるなど、自然が豊かな町でもあります。
このようないすみ市は、ほぼ45キロメートル圏内に千葉市、75キロメートル圏内に首都圏の主要都市があり、隣町である一宮町に千葉地方裁判所一宮支部がおかれているところですので、これまでの弁護士会の定義からは厳密には、司法過疎地にはあたらないのかもしれません。もっとも、いすみ市で稼働している弁護士は現在1人だけです。そこで、石井弁護士は、地元に貢献したいと考え、この度、自らの地元であるいすみ市において、2人目の弁護士として独立開業することにしたのです。
地域に根差した事務所を目指して
いすみ市で事務所を開設するにあたっての抱負を、福岡を旅立つ前の石井弁護士に尋ねたところ、「地域の人たちから頼りにされるよう、地道に、一件一件事件にあたりたい」とのことでした。事件に対して真摯に、そして丁寧に向き合う石井弁護士ですから、近い将来、いすみ市民から大いに頼りにされる存在となることは間違いありませんし、そうなることを私も大いに期待しています。
私も、今後、あさかぜを卒業し、司法過疎地に赴任したいと思っています。旅立ちの時を迎えた先輩弁護士をみるにつけ、地域の人たちから頼りにされる存在となれるよう研鑽を積んでいかねばならないと、決意を新たにしています。
会員の皆様には、今後とも私たちあさかぜ所員への温かいご支援とご指導をお願いいたします。

法律相談を受ける石井弁護士
ローエイシア人権大会(ネパール)に参加して
会員 稲森 幸一(56期)
2023年に福岡県弁護士会で行われたローエイシア人権大会が、今年は2月15日から17日の日程で、ネパールのカドマンズで開催され、私も参加してきました。
ローエイシア(LAWASIA)とは文字通りアジアの弁護士の任意団体です。毎年一度年次大会と人権大会が行われ、その他にも家族法の会議や環境法の会議なども随時行われています。
日本からは10名程度参加し、15日の午前中にみんなで観光をすることができました。ネパールは初めてでしたが、法整備支援でネパールに長期滞在していた経験のある日本人がいたので、車のレンタルから各地のガイドまでしていただき、一人では回ることができないほど多くの観光地や美味しい食事を堪能することができました。ただ、エベレストを見ようと、ロープウェイで上の方まで登って行ったのですが、曇っていてエベレストを見ることができなかったことだけはとても残念でした。
15日の夕方にレセプションが行われ、ネパール弁護士会の会長やローエイシアの代表などの挨拶のあと、ネパールの民族のダンスが披露されました。ネパールには200以上の民族が存在しているらしく、ダンスも次々とメンバーが変わり、それぞれ個性のあるダンスが披露されました。ダンスを見ることで、多様な民族が共存しているということが単なる知識としてではなく実感することができてよかったです。日本人弁護士が一人舞台に引っ張り上げられ一緒に踊らされていたのが一番盛り上がった場面でした笑。
16日の開会式にはなんとネパールの大統領が登壇し、ネパールの本大会への力の入れ方、またローエイシアの存在の大きさを実感しました。
その後まず全員が参加する全体会が行われ、最近の世界情勢、ローエイシアの存在意義など大きな問題について俯瞰的に議論され、個別の問題についての議論への橋渡しが行われました。
その後、2部屋に分かれて2つの分科会が同時進行し、私は気候変動やビジネスと人権などのセッションを傍聴しました。
日本人は全体会で1人、分科会で3人がスピーカーとして登壇しました。
ビジネスと人権のセッションでは、日本人スピーカーが登壇し、2020年のビジネスと人権に関する行動計画の内容や、今年予定されている5年後見直しの予測などについて報告がなされました。台湾も全く同じスケジュールで2020年に行動計画が発表され今年改訂が予定されているという報告があったので、個人的にそのスピーカーに接触し、将来的に情報交換する会議を開きましょうと約束することができました。
そして、17日の最初のセッションの「Global Concern of Migrants and Refugees」(移民と難民に関する世界的懸念)に登壇させていただきました。私からは2023年の難民法改正(改悪)についてその概要を報告した上で、日本において収容は減っているが、就労させない、健康保険も利用できない、生活保護も受けさせない中で審査を引き延ばすなどして、一見自発的に帰国させ、ノンルフールマン原則に違反しないように見える、Constructive Refoulment(構造的送還)が広がっていることについて問題提起しました。同セッションではインドやネパールなどから5人が報告し、終了後登壇者で意見交換をして親交を深めることができたことが何よりの思い出です。
ローエイシアの会議には2年に1度くらい参加しており、セッションそのものも勉強になりますが、その前後に各国の弁護士と交流を深めることができることが何よりも魅力です。人権活動が日本ほど自由にできない国の弁護士が勇気を持って人権活動をしていることを知ると、とても勇気づけられますし、自分はまだまだ努力が足りない、と教えられます。
他国に比べれば日本からの参加者はまだまだ少ないです。ぜひ多くの人に参加していただき、日本の実情を報告し、アジア中の弁護士と交流していただければと思います。
袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」
死刑制度の廃止を求める決議推進室 室員 芦塚 増美(44期)
先の2025年3月20日、福岡に小川秀世さんが来訪され、冒頭のテーマで講演会が開催されました。福岡県弁護士会2階大ホールの会場には一般市民をはじめオンライン視聴者を含めると80名近い方々が、直接、貴重なお話を聴く機会を得ました。以下、私の感想を交え、講演のあらましをお伝えします。
小川さんは、袴田事件に40年係わっていますが、きっかけは、大学で刑事訴訟法のゼミで勉強したときに事件を知り、静岡で弁護士となって弁護団に加わることになったそうです。再審弁護人になった直後からみて、気づいた問題点のひとつに、弁護人に検証できないような方法で行われた捜査の密行性がありました。対策として、ITが進歩した今であれば、捜査員にウェアラブルカメラを装着させて捜査過程を記録して、後日、必要に応じて検証できるのではないか、冤罪の原因究明と防止策として検討してもよいのではないかというお話でした。
次に、捜査機関による証拠の捏造を認めた昨年9月26日の静岡地方裁判所の再審無罪判決にも問題点があるとお話になりました。
かつての最高裁で確定した再審請求審の理由によれば、5点の衣類が犯行着衣であり、かつ、それが袴田さんのものだから有罪とし、その他の証拠だけでは有罪にならないということでした。再審請求審では、5点の衣類が捜査機関による捏造だとされたことで「無罪」は当然の結論であり、再審請求審後の再審公判ではもっと早く無罪判決が言い渡されるべきでした。

ところが、静岡地方裁判所における再審公判では、他の証拠も合わせて総合評価をするという理由で検察官の立証活動を許しました。そのために、無駄な1年という期間を費やしたのです。しかも、5点の衣類以外の証拠についても間違った判断をしているのです。例えば、物が現存せず、証拠開示でようやく提出されたカラー写真で、その色について、緑か茶か、また、白かどうか、赤味噌に浸かっているとどうかなどの主張立証に多くの時間を割いたにもかかわらず、再審公判の裁判所は、カラー写真は経年変化もあり、元々の撮影技術が十分で無く、色についての証拠価値はないとしました。
このように裁判所が、思いもよらない理由づけで、弁護人の主張を退けることは、今回が初めてではありませんでした。弁護人は犯行着衣とされたズボンの血痕付着部分と下着のステテコの血痕付着部分が一致しないというのは不合理であり、ズボンとステテコに別々に血痕を付着させたということを物語っていると主張しました。しかし、前に再審請求を棄却した東京高裁決定では、犯行の途中でズボンを脱ぐこともありうると認定された事実は会場の参加者にとって極めて衝撃的なお話でした。
常識では考えられないような理由づけを持ち出さなければ維持できない有罪という結論の方が不合理だからだと何故考えないのかという驚きが会場に広がりました。その他にも、裁判所は、犯人の侵入逃走経路とされた裏木戸の留め金のこと、物盗りによる犯行を裏付けるとされた現金の入った金袋の発見場所やその個数の不自然さや、現金の一部の発見経緯と自白の不一致などの多くの点で、えん罪を生み出した捜査機関の捏造等の様々な問題に迫りきれませんでした。

以上を踏まえた教訓として、捜査機関による捏造等ができない制度にすることが必要だとのことでした。まず、再審制度の改革です。真相の解明には証拠開示が重要、また、捜査機関が、被告人に有利な証拠を提出せず、隠しても何も問題にされなかったことは改められるべきです。次に、後に捜査手続きを検証ができるようにします。具体的には、重大事件に限らず、全件において、参考人の取調べを含む検察官、警察官全ての取調べの録画や全ての捜査手続きへのボディカメラ、ウェアラブルカメラの導入をすべきです。
そして、再審弁護人と支援者が一体となった支援活動の重要性です。袴田弁護団では、弁護人と支援者が事件に関する情報をできる限り共有し合い、一緒になって活動し、事件がマスコミ等により広く知られるようになり、心ある専門家の協力もありました。記録謄写費用をはじめ調査日当旅費を弁護人が自己負担する手弁当での活動が、のちにクラウドファンディングによる寄付金で賄えるようになったことも印象的なお話でした。

最後に、私たちは「袴田事件」を知ったのだから、それを正しく広く知ってもらい、二度とこんな事件が起きないようにする責任があり、今後は、無罪判決確定後の検事総長談話に対する名誉棄損や国家賠償請求訴訟等をしていきますとのことでした。
これらの他にも示唆に富んだたくさんのお話がありましたが、紙幅の関係で特に印象に残った箇所だけ、私の感想とともに紹介するに留めました。

いつもは、テレビなどの画面を通して触れるだけの小川さんの生講演だったことで、会場に参加された会員や市民のみなさんが、刑事弁護の重要性を再認識できたようでした。
会場では福岡県弁護士会会長及び九州弁護士会連合会理事長が挨拶されています。
自殺防止シンポジウム「子どもの未来を守るために、いま私たちができること」のご報告
自死問題対策委員会 委員 百田 圭吾(76期)
1 はじめに
日本の自殺者数は全体の総数自体は減少傾向にあるものの、子どもの自殺者数は増加しています。令和6年の小中高生の自殺者は、過去最高の527人(厚生労働省の暫定値)となりました。
この現状を踏まえ、子ども・若者の自殺を予防するために何ができるのかを考える契機とするため、令和7年3月8日(土)、当会館2階大ホール及びオンラインにて、自殺防止シンポジウム「子どもの未来を守るために、いま私たちができること」が開催されました。当日の会場には47名、オンライン上では41名が参加致しました。
今回のシンポジウムの内容を、簡単にですがご報告させていただきます。
2 基調講演
今回、基調講演の講師として、昨年9月から若者の相談場所「まちの保健室」を天神の警固公園内に開設した大西良氏(筑紫女学園大学准教授)をお招きし、お話をお伺いしました。
(1) 大西氏が夜回り活動をする中で見た若者~「まちの保健室」開設のきっかけ~
大西氏は、令和元年から、月に2回の頻度で、警固公園内の夜回り活動を行っています。夜回り活動を行う中で、大西氏は、活動当初と現在で、警固公園に集まる若者の特徴が変わってきたと感じたそうです。
活動の当初は、高校生から20歳前後の若者たちが、共通の趣味等でコミュニティを作る目的で公園に集まっていたところ、現在は中学生(一部小学生も)が、自傷行為や市販薬を大量に服用する目的で集まることが多くなってきたとのことでした。
大西氏が公園内に集まっている中学生に話を聞いたところ、「親に話をしても関心を向けてくれない」「家は安心できる場所じゃない」などの声があったそうです。そこで大西氏は、彼ら・彼女らが抱えている問題に真剣に向き合ってくれる大人がいないことが大きな問題だと考えるに至ったそうです。
若者の悩みに真剣に向き合うことのできる大人がいる場所を設け、「安心できる場所」を提供するため、昨年9月から「まちの保健室」を開設するに至ったそうです。
(2) 若者が自傷行為を行う心理
大西氏は、リストカットを繰り返す若者に対し、なぜその行為をやめられないのか尋ねたことがあるそうです。その若者は「心のモヤモヤを身体の傷にして、目に見える形にすることで、痛みの深さが自覚出来てホッとする」と答えたとのことでした。
大西氏は、上記の返答を受け、自傷行為とは、①心の傷を体の傷に変換することで、苦痛を鎮める手段であり、②変えることの困難な現実の中で、それでもこの世の中を生き抜くため、自分の身を必死に守るための手段であるとの考えに至ったそうです。
(3) 支援の際の心構え
大西氏は、上記の自傷行為は一見すると問題行動として捉えられがちだが、実はそうではなく、「自分たちの話を聞いてほしい、分かってほしい」と、他者に問題を提起する行動であることに気づくことが出発点であると説明されました。
そのうえで、彼ら・彼女らが自傷の告白をした際は、「正直に話してくれてありがとう」と言葉をかけるなどして、彼ら・彼女らのSOSを求める行動を肯定することが重要であると説明されました。
また、彼ら・彼女らと対話をするときも、①言葉にならない・できない感情(「面倒臭い」「うざい」)に対し、何が面倒臭いかを考え、〇〇があったから「悔しい」と感情を言語化したうえで、②その感情を共有できるように対話をすることが心構えとして重要であることを説明されました。
(4) 今後の課題と展望
基調講演の最後に、大西氏は、核家族化が進んだことで家族機能が脆弱化したことに加え、経済的及び社会的な格差も大きくなったことで、子どもたちだけではなく、実はその親も「子どもにどうかかわっていけばよいかわからない」等の困難を抱えやすい社会であると説明されました。
また、今後は①NPOや行政機関等の他の支援者同士の情報共有と協働をする必要がある、②今後は支援者を支援する人を増やしていく必要がある、③警固公園に来る気力すらない子ども達へのアプローチを、有限なリソースの中でどうかけていくかを考えていく必要がある旨を今後の課題として挙げました。
3 パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、これまで100人に及ぶ非行少年の付添人活動や自死遺族のサポート活動の経験がある迫田登紀子弁護士の進行のもと、大西氏に加え、NPO法人「そだちの樹」事務局長の安孫子健輔弁護士、長年自傷行為やオーバードーズ患者の診察をされている宇佐美貴士氏(精神科医師)にご参加いただきました。
(1) 希死念慮を聞き出せる環境づくりのために
(迫田弁護士)
希死念慮を抱いていることを誰かに告白することは、告白者自身に莫大な勇気を要する行為です。告白者が「この人ならば理解してくれる」と思って、躊躇なく希死念慮を告白できる環境づくりを整えていくために、必要なことは何でしょうか。
(宇佐美医師)
確かに、希死念慮を持った相談者が、安心して「死にたい」と告白することは非常に難しい世の中である。「死にたい」と告白した人を素晴らしいことと認めてくれるような環境の整備やスタッフの配置を進めるべきである。
(安孫子弁護士)
希死念慮を受け止めることができる人をさらに増やし、医療・福祉に正しく繋げていくことができる環境を作っていくべきである。
(大西氏)
核家族化が進み、両親という「大人」がいるにもかかわらず、自分の苦しみを話す機会や場所が家の中にない子どもたちがいる。家以外の身近なところで苦しさを吐き出すことのできる場所を作ることが重要である。

(2) 支援者としての心構えや経験談
(迫田弁護士)
支援者として相談を受ける際には、どのような心構えで相談者に臨むべきでしょうか。また実際に希死念慮を有していた相談者との経験談があれば、教えていただけますでしょうか。
(宇佐美医師)
市販薬を一度に大量に服用する患者を入院させ、やっとの思いで市販薬を服用させることから遠ざけたとしても、洗剤を飲むなど別の行為を始めたことがあった。本人の意向を無視した強引な援助は患者にとってむしろ逆効果であると思った。
(安孫子弁護士)
オーバードーズや自傷行為を食い止めようとして無理に介入すると、これまで築き上げてきた相談者との信頼を一気に失うおそれがある点は同感である。そのため、支援者は本人とつかず離れずの距離感を保ったうえで、次にどう動くべきか常に考えなければならず、毎回苦心している。
(大西氏)
確かに相談者の話に耳を傾けることが何よりも重要だが、「まちの保健室」の相談時刻が終了した21時以降の時間帯からがむしろ本番であるときもある。勤務時間の枠が設けられ、その枠内での相談であるスクールカウンセラーと異なり、「まちの保健室」はどこかで仕事の区切りをつけないといつまでも終わらないことが悩みになっている。そしてこの区切りを相談者に理解できるようにどう説明すべきかも悩みの一つである。
(3) 相談者からの訴えを聞いた後に取るべき対応
(迫田弁護士)
実際に「死にたい」と告白があったとき、支援者としてどういった対応をとるべきでしょうか。
(宇佐美医師)
告白者の希死念慮には一定の波があり、告白者が波のどの部分なのかを見極めることが医師として重要である。相談者の問題を「見える化」し、原因を判明させたうえで、適切な治療法を医師として選択すべきである。
(安孫子弁護士)
告白者がどのラインを超えると自死に至ってしまうかを探ることは難しい。自死に至ってしまった人も生前に笑って過ごしていた瞬間が必ずあると思う。人生をどう幸せに生きてもらうか、人生をどう充実させていくかといった視点で対応すべきである。
(大西氏)
子ども達の自死のリスク状況をアセスメントし、リスクの重なりがどのくらいあるかを把握する必要がある。また過去・現在・未来と3つの人生の過程を分け、特に現在及び未来に向けてどうかかわっていけるかといった視点で対応すべきである。

(4) 将来の展望
(迫田弁護士)
最後に、希死念慮を抱いている若者たちを支援する側から、将来の展望をお聞かせください。
(安孫子弁護士)
現在は最初に相談を受けた人が全て抱えてしまうような体制になっている。医療・ケア・窓口のサービスを提供する立場の人をつなぐ役割を担える人が現れることを望んでいる。
(宇佐美医師)
医療機関ができることには限界があるものの、医者しかできないこともまた多くある。医師として希死念慮を持っている子ども・若者へのさらなるサポートに力を注ぎたい。
今後の学校教育は、マイノリティ(いわゆるオーバードーズを行っている少数の若者)をその他の多数の若者が助けられるような体制になることを望んでいる。
(大西氏)
相談者の親や大人側の話を聞くことがあり、その中で大人側の話も理解できる点があると感じるときがある。子ども側にかかわる人と大人側にかかわる人を切り分けつつも、最後は方向性を一つにするやり方を考えていくべきである。
4 おわりに
希死念慮を抱いている子どもたちは、「自分を必要としてくれる場所がない」「自分が生きていることが周囲の迷惑になっている」といった心理状態に陥っていることが多いそうです。そういった子どもたちが安心できる場所を設け、生きる理由を見出すための活動をしている講師の皆様のお話は、生々しく鮮烈な印象を残す内容でした。
小中高生の自殺者の割合が増えている現在、弁護士業務の中で自死に関する相談も今後増えていくことが予想されます。今回のシンポジウムでその相談時に弁護士としてどういう心構えで対応すべきかについて、非常に多くのことを学ぶことができました。大西氏をはじめ、今回のシンポジウムにご参加いただいた講師の皆様に改めてお礼申し上げます。
2025年4月 1日
法律相談センターだより ―天神法律相談センター設立40周年記念セミナー―
法律相談センター運営委員会 委員 後潟 伸吾(69期)
1 天神法律相談センター設立40周年記念セミナー
皆さんは、福岡県弁護士会の法律相談センターのうち、一番初めに設立されたのはどの法律相談センターであるかご存知でしょうか。
福岡県弁護士会は、1985年に、天神法律相談センター(旧:天神弁護士センター)を最初の法律相談センターとして設立しました。そこから、現在までの間に、様々な地域に法律相談センターを設立し、現在では、福岡県内(福岡地区、北九州地区、筑後地区、筑豊地区)に合計16か所の法律相談センターがあります。
上記のとおり、福岡県内で最初に設立された天神法律相談センターは、1985年設立のため、今年で、40周年を迎えました。そこで、福岡県弁護士会として、天神法律相談センター設立40周年の記念として、市民の皆様にもっと天神法律相談センターを含む法律相談センターに興味・関心をもっていただくために、2月15日にアクロス福岡1階の円形ホールにて、天神法律相談センター設立40周年記念セミナーを開催しました。
セミナーでは、人生100年時代と言われる現在において、生活の不安をなくし、安心に暮らすためにはどのような備えをし、何を知っておけばよいかという観点から、当会会員の弓幸子弁護士と福岡市城南区公民館長の中村直寿さんをお招きして、弓弁護士から遺言・相続の基礎知識を説明いただき、中村さんからは福岡市街区の高齢者世代の実情等についてお話しいただき、その後に、当会会員の塗木麻美弁護士をコーディネーターとした、弓弁護士及び中村さんを交えたトークセッションが行われました。トークセッション後にはミニ法律相談会も実施しました。

德永会長
2 当日の様子
本セミナーでは、最初に福岡県弁護士会の会長德永響弁護士に開会のご挨拶をいただきました。
その後に、弓弁護士から、市民の皆様としても関心の高い、遺言・相続に関する基礎的な知識として、遺言の種類や遺言を作成する場合の注意点等について説明いただきました。
弓弁護士による説明の後は、福岡市城南区公民館長の中村さんに社会における公民館の役割及び公民館の活用方法について説明いただきました。中村さんによれば、公民館は地域のコミュニティの拠点としての役割を有しており、用事がない場合でもふらっと立ち寄ることができるような場所にすることが重要であるとのご説明がありました。その理由としては、地域の高齢者等は漠然とした不安を抱えており、その不安の原因や相談先についても悩んでいる方も多くいるところ、公民館にふらっと来て不安の内容を話してもらえれば、公民館側としても、民生委員を紹介したり、法律的な悩みについては弁護士会の法律相談センターを紹介する等の漠然とした不安に対する解決の道筋を提案することができるからのようです。
その後は、塗木弁護士をコーディネーターとして、弓弁護士、中村さんも交えたトークセッションが行われました。トークセッションの中では、弓弁護士から、遺言があってよかった例や、資産も特段なく家族も仲がよいため一見すると遺言が不要と思われるような場合においても遺言を作成したほうがよい例について、弓弁護士のご経験も踏まえ分かりやすく説明いただきました。また、中村さんからは、遺言については悩んでいる市民の方も多いが、弁護士に相談することなく、団地にある郵便局の局長等へ相談し、郵便局の局長としても遺言の専門家ではないことから困ることもあるという地域の実情について共有いただいたりしました。
トークセッションについては、弓弁護士や中村さんの実体験を踏まえたお話が中心であり、セミナーに参加されていた市民の方も熱心に聞いておられました。

弓弁護士

中村さん

パネルディスカッション
3 おわりに
今回、天神法律相談センター設立40周年を記念して、市民の皆様の関心の高い遺言・相続や市民の皆様の身近にある公民館の役割についてのセミナーを実施しました。セミナーに参加いただいた方からのアンケートも好評であり、セミナーに参加いただいた方にとって今後の参考になる有意義なセミナーになったかと思います。
最後になりますが、今回のイベントを担当した法律相談センター運営委員会の先生方、激励に来ていただいた先生方、弁護士会の職員の皆様等のご協力のおかげで無事今回のイベントも実行できたと思います。この場を借りてお礼申し上げます。