福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
月報記事
2024年10月 1日
取調べ立会い実践研修と援助制度のご紹介 ~時代は今、取調べ立会いを必要としている~
福岡県弁護士会取調べ立会い実現PT 古賀 祥多(69期)
今般、取調べ立会い(=弁護人が取調べ等に現実に立ち会うこと(取調室内に滞在すること)を意味します。)の弁護活動が話題となっており、日弁連でも、取調べ立会い実践の必要性を強く叫ばれ、社会的にも注目が集まっています。
全国的にみると、取調べ立会い申入れがなされているものの、取調室内での立会いそれ自体は件数は限られていますが、弁護人の立会い申入れが拒否された場合で、取調べ等の開始時から終了時まで取調室外に滞在して、被疑者又は被告人に助言できるように待機する活動、いわゆる「準立会い」については、全国的に数多く実践されており、効果を上げています。
今般、福岡県弁護士会では、被疑者又は被告人の取調べに立ち会うことのできる法制度及び実務の確立の実現に向けた活動を援助するため、これらの活動を行った会員に対して、援助金を支給する規則を制定し、令和6年4月1日より施行することとなりました。
同制度につきましては、先般、制度開始後第1号のご報告をいただきました。同事件は、被疑者国選事件で、捜査機関に対して取調べの立会いを書面で求めた(結果は立会いを認めず)というものでしたが、とても貴重な一歩だと感じております。
こうした当会における取調べ立会い実践活動の高まりを受け、令和6年11月21日午後6時より、福岡県弁護士会館において、取調べ立会い実践弁護に関する研修を実施することとなりました。同研修では、佐賀県弁護士会に所属し、日弁連の取調べ立会い実現委員会にも所属されている半田望先生を講師としてお招きし、半田先生が視察されたイギリス・韓国の実情等についてご報告いただくとともに、当会の池田翔一会員による取調べ立会いに関する弁護実践活動について、半田先生をアドバイザーとしてご報告いただく予定で企画しております。同研修は、非常に魅力的な研修となると思いますので、皆様、ふるってご参加いただきますようお願い申し上げます。
本稿では、上記研修企画に先立って、取調べの立会いに関連する昨今の時事についてお話しし、改めて取調べ立会い実践の必要性等についてご紹介いたします。その上で、末尾において、改めて援助制度の紹介をしたいと思います。
第1 最近の時事
1 袴田巖さんの無罪判決と同事件が明らかにした刑事司法の問題
去る令和6年9月26日、いわゆる袴田事件の再審開始後の第1審判決があり、袴田巖さんに対して無罪判決が言い渡されました。当会も、同無罪判決に際し、「「袴田事件」再審無罪判決を一日も早く確定させることを求めるとともに、改めて速やかな再審法改正を求める会長声明」を発出しました。
上記事件は、当初、事件発生後1年2ヶ月後に味噌樽の中から発見された大量の血痕の付いた衣類5点を決定的な証拠とするなどして死刑判決を下しましたが、この度の無罪判決では、これら衣類5点が捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされねつ造されたものと認定したほか、袴田さんの自白についても、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽の自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強要する非人道的な取調べによって獲得され、実質的にねつ造されたものと認められ、刑訴法319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たる、等と判示しました。
この度の無罪判決は、袴田さんの無罪を宣言し、58年の長きに亘る戦いに終止符を打つものとして積極的に評価されるべきものであり、何よりも、袴田巖さんがこうして雪冤を果たされたことについて、御祝い申し上げるべきであると思います。ただ、袴田さんが半世紀以上にわたり冤罪に苦しめられ、死刑執行の恐怖にさらされ、もはや回復しがたい損害を被るに至ったことは事実であり、このような事態は悲劇としかいいようがなく、到底社会的に許されるものではありません。
そのため、袴田事件によって明らかとなった問題は、社会全体で問題意識を持ち、早急に解決しなければなりません。
袴田事件によって明らかとなった問題は、再審法の問題(再審法改正の必要性)をはじめとして、死刑制度の問題など、多岐にわたると思われます。本稿ではそのすべてを語ることはできませんが、先に述べたように、捜査機関による取調べの問題も、その一つとしてあげることができると考えられます。
袴田さんが逮捕された当時、刑事弁護の制度は十分ではなかったと思われますが、そうしたなかで、袴田さんに対し、捜査機関による長時間に亘る取調べがなされ、ときには捜査機関が暴力を振るい、精神的・肉体的拷問を繰り返し、袴田さんに自白を迫りました。こうして、先に述べた味噌樽から出たとされる衣類等もあって、袴田さんは無実でありながら、死刑判決を受けることとなったのです。
こうした当時の取調べの在り方は、厳しく糾弾される必要がありますし、取調べの在り方を改めていかなければなりません。
2 今、被疑者取調べの問題は解消されたのか?―プレサンス社・元社長事件に関する付審判請求高裁決定―
ただ、袴田事件は半世紀以上前の事件であり、その後、当番弁護士制度ができ、被疑者国選弁護制度が拡充し、取調べの録音・録画制度も一部ながら導入されました。そうした現在の刑事弁護の拡充を踏まえれば、袴田事件のような過酷な取調べはないのではないか、とおっしゃる人もいるかもしれません。
しかしながら、現在もなお、取調べを取り巻く現状は、旧態依然としているといわざるを得ません。
たとえば、令和6年8月13日、プレサンスコーポレーション元社長に対する無罪事件(以下、「プレサンス事件」)に関し、元社長の部下に対して取調べを行った大阪地検特捜部の田渕大輔検事(当時)に対して「特別公務員暴行陵虐罪」につき、大阪高裁が付審判請求を認める決定が出されました(1)。同事件では、田渕検事が、机を強く叩いて大きな音を立てた上、「ふざけるな」「なんでこんな見え透いた嘘をつくんだ」「検察なめんなよ」などと大声で罵倒し、さらに「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」「あなたはその損害を賠償できますか。10億、20億じゃ済まないですよね」などと告げるなどの言動に及んだことにつき、取調べにおいて必要性、相当性を見出すことのできない威圧的、侮辱的、脅迫的な言動であると認定し、田渕検事の当該行為を「陵虐もしくは加虐の行為」の嫌疑があるとして、原決定の判断を改め、公訴提起を決定しました。
この決定では、異例の「補論」が出されました。その補論では、かつて、大阪地検特捜部における、いわゆる厚労省元局長無罪事件、同事件の主任検察官による証拠隠滅事件、さらには、その上司であった元大阪地検特捜部長及び元同部副部長による犯人隠避事件という一連の事態を受けて設けられた「検察の在り方検討会議」によって「検察の再生に向けて」と題する提言がなされたことを受けて取調べの録音・録画が導入され、検察官独自捜査事件について取調べの全課程が録音・録画の対象となったこと(刑訴法301条の2第1項3号、4項)等の経緯を指摘しつつ、そうしたなかで、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と述べ、検察に対して、組織的な検討を行うよう、課題を突きつけました。
違法な取調べは、プレサンス事件だけではありません。すでに発刊された月報記事(2)でも紹介がありましたが、三重県鳥羽警察署で行われた窃盗事件の取調べにおいて、警察官は否認する女性被疑者を犯人と決め付けて「泥棒」呼ばわりし、約7時間にわたり、「バレバレや。嘘つき。泥棒に黙秘権なんかあるかい。刑務所行こ、俺が連れてったる。」などと罵声を浴びせ続けたことが録音によって露見しました。
これら事件は、氷山の一角に過ぎないのではないかと思います。プレサンス事件等に限らず、現在においてもなお、違法な取調べは各地で発生していると考えるべきです。
3 プレサンス事件などに見る取調べの可視化の限界点・取調べ立会いの必要性
プレサンス事件は、取調べの可視化の成果が遺憾なく発揮された事件でした。取調べの可視化によって取調室での取調べ過程がつまびらかとなり、非言語的な情報も含めて、一連一体の連続した情報を得ることができるようになり、その結果、録音・録画映像より、映像の視聴者において、取調室内における出来事を、緻密に、具体的に分析・把握することができるようになったことが、無罪判決やこの度の付審判請求認容決定につながったものといえます。
他方、このように、プレサンス事件では、取調べ可視化によって大きな成果が得られた一方で、検察組織の問題点も浮き彫りとなりました。その問題点は、「録音・録画が実施されている中でも違法・不当な取調べが実施される可能性がある」というものです(3)。
取調べの可視化導入時、可視化が実施された場合、他者により映像として記録されるという心理的抑制が働き、それにより、黙秘権侵害等の違法不当な捜査が予防されることが期待されていました。しかしながら、プレサンス事件をはじめとした取調べに関する問題事例を見るに、取調べが録音・録画されても取調官が違法不当な捜査をする場合があること、事後的な捜査状況の開示がなされたとしても、心理的抑制とはならないことが判明しました。
取調べの可視化の機能とされてきた違法捜査等抑止機能が全く機能しないことは、すなわち、取調室内において、捜査官の言動により被疑者の人格がゆがめられ、黙秘権が侵害されるような事態がいとも簡単に生じうる、ということを意味します。
これは、人権擁護の観点から看過できない事態であるというほかありません。特に、現在、被疑者段階の弁護活動については取調べの録音・録画が実施され、同録音映像が実質証拠として用いられる可能性を視野に入れた場合、黙秘を原則とする弁護活動が推奨されるとも言われており、そうした状況も踏まえて、今後、被疑者段階において黙秘権を行使する場面は多くなるものとも指摘されていることからも、より一層看過できないといわざるを得ないと思われます。
冒頭に述べた袴田事件で明らかになったとおり、古くから違法な取調べの問題が日本の刑事司法に根深く存在しています。我々は、これらを解決すべく刑事弁護の拡充のための戦いを展開し、一部の事件ではあるものの取調べの録音・録画まで至りました。それにもかかわらず、未だに違法な取調べが現に生じ、取調べの録音・録画では抜本的解決に至っていないのであれば、直ちにこれを制止する装置を用意する必要があります。
では、いかなる方法が考えられるでしょうか。
この点、捜査機関は、自らを律し、その職業倫理を高め、あるいは組織内部のチェック機能をさらに向上させることにより違法不当な取調べを抑止する、と述べるかもしれません。
しかしながら、厚労省元局長無罪事件等を経て、「検察の在り方検討会議」を設置して「検察の再生に向けて」を提言した後において、この度のプレサンス事件が発生したこと、取調べの可視化によりプレサンス事件だけでなく、いくつもの違法不当な捜査がつまびらかになった事態を踏まえれば、もはや、取調官の職業倫理あるいは組織内部のチェック機能では違法不当な捜査を抑止することは期待できないのではないか、といわざるを得ません。
そうなれば、もはや取調官以外の第三者によるリアルタイムでの監視と制止を制度上保障する、そのような制度を被疑者の権利として認める必要があるとの結論に至ることは、必然といえます。
それはまさしく、弁護人による取調べの立会いです。
弁護人による取調べの立会いが認められれば、捜査官による違法不当な取調べを制止し、権利侵害を直接的に予防することができるほか、黙秘権にかかる適切な助言等が期待でき、もって、被疑者の人権擁護と各種の防御権を実質的に機能させることもできます。
4 今、時代は取調べ立会いを求めている
諸外国では取調べの立会いを認める国が多く、先般の李東熹(イ・トンヒ)教授の研修会でもご紹介があったとおり(4)、お隣の韓国では、取調べの立会いが当然に認められています。すでに刊行された月報記事における川副会員の言葉のとおり、彼我の差を感じずにはいられないところです。
また、本稿で述べたように、取調べ可視化により違法不当な捜査が明らかにされた事例も数多く生じており、市民の間でも、現状のままでいいのかという問題意識は共有されているものと思われます。
先般、とある政党に所属する国会議員等をはじめとする議員の方々との政策要望懇談会が開催され、私は、同会において、取調べの全面可視化と取調べの立会いに関する政策要望について説明しました。その際、出席していた衆議院議員より、昨今の社会情勢からすれば、何かしらのアクションは取らなければならないという機運が生じているものの、法務省等の抵抗勢力の動向は注視しなければならず、そうした抵抗勢力の動向から何かしらの反対方向の議論等は発生するだろうといえ、上記議題について親和的な立場の議員だけでなく、多くの人も巻き込んで議論していかなければならないだろう、という趣旨の感想をいただきました。そういう意味では、今後の活動において、多くの国民を巻き込んだ議論を要するものと思います。
今後、取調べの立会いを実現するにあたっては、様々な課題があるかと思います。しかしながら、そうした課題を克服する方法のひとつには、いまある現状において実践を積み重ねていくことが考えられます。
冒頭のとおり取調べ立会い実現PTにおいて、研修等を企画いたしましたので、重ねてになりますが、是非とも研修にご参加いただくとともに、是非とも、取調べ立会い実践をよろしくお願い申し上げます。
第2 取調べ立会い援助制度のご紹介
最後に、当会の援助制度について、改めてご紹介いたします。
(1) 対象となる事件
当会の取調べ立会い援助制度の対象となるのは、以下の事件です。
- 被疑者国選事件
- 刑事被疑者弁護援助事件
- 元々は(1)・(2)事件であったが、被疑者の釈放後も引き続き無償で弁護人として弁護活動を行う事件
- 被告人国選弁護事件
他方、純粋の私選弁護事件は対象となりませんので、ご留意ください。
(2) 対象となる活動と金額
(1) 書面による立会いの申入れ | 3000円 |
(2) 取調べへの立会い | 1日3万円(他部会での立会いは4万円) |
(3) 取調べへの準立会い | 1日2万円(他部会での準立会いは3万円) |
なお、(1)の申入れですが、「書面」による申入れに限ります。したがいまして、口頭での申入れのみの場合は対象になりませんのでご注意ください。
また、(1)ないし(3)の援助の合計金額は、1事件について15万円(消費税別)とさせていただいています。
(3) 遠距離交通費援助
立会い又は準立会いのために遠隔地移動を要した場合には、規則で定められた基準による額が支払われます。
(4) 申請・審査手続
援助金・費用を請求する会員は、所定の書式を用いて、会長に対し申請を行います。
援助金・費用を請求できる期間は、終局処分等により弁護人としての活動が終了した日から6箇月以内です。ただし、弁護人としての活動が終了していない場合であっても、最初に立会いの申入れ、立会い、準立会いのいずれかの活動を行った日から6箇月を経過したときは、援助金・費用の請求をすることができます。
なお、本制度に関しては、福岡県弁護士会会員専用ホームページに本制度のマニュアルや申請書の書式等がアップロードされていますので、詳しくは、こちらをご参照ください。また、マニュアル等をご覧いただいても不明な点については、制度等に携わっている会員に問い合わせいただければお答えいただけると思います。
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- 付審判請求の補論については、関西テレビNEWSのインターネット記事にて掲載されたほか(https://www.ktv.jp/news/articles/?id=14166)、全文については、個人名を匿名化したうえで、同事件の弁護団員の事務所ブログに掲載されています。
- 福岡県弁護士会月報2024年5月号「取調べへの弁護人の立会援助制度」(川副正敏会員執筆)。
- この点については、日本評論社「弁護人立会権 取調べの可視化から立会いへ」(川崎英明・小坂井久編集代表)内「序論 いま、なぜ弁護人立会権かー本書がめざすもの」や、現代人文社「取調べの可視化 その理論と実践」(小坂井久編集代表)内の「プレサンス元社長冤罪事件と取調べの可視化が突きつけた日本の刑事司法の課題」(秋田真志著)でも指摘されています。
- 福岡県弁護士会月報2024年9月号「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録音・立会い―」の研修を受けて(宮脇和伸会員執筆)
医師会とのパートナーシップ講演会
子どもの権利委員会福祉小委員会 委員 板楠 和佳(76期)
1 はじめに
令和6年7月31日19時から、福岡市医師会館8階講堂にて、福岡市医師会と福岡県弁護士会のパートナーシップ協議会が主催する「子どもの心の声に耳を傾ける~少年相談の現場から~」が開催されましたので、ご報告いたします。
本講演は、近年社会問題として取り沙汰されるヤングケアラーの支援について、元福岡県警察少年育成指導官であり、現在はスクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーとして活躍しておられる堀井智帆さんを講師として迎えて行われました。
当日は、医師や弁護士のほか、県内外の行政機関の方々、小学校や保育園の先生方等、85名の方にご参加いただきました。
2 堀井さんが子どもと関わる活動を始めた経緯
講演の冒頭、堀井さんから、子どもと関わる仕事に就くことを目指したきっかけや、その後の活動の経緯についてお話しいただきました。
堀井さんは、約21年間、警察の少年指導育成官として、万引き、集団暴走行為、性加害、オーバードーズなど様々な問題行動を起こす子どもたちに出会い、子どもたち一人ひとりに寄り添う活動をされてきました。現在はフリーの立場で様々な場所で相談支援業務を行っておられますが、これまで関わった子どもは2000人以上です。
堀井さんによれば、大人は一般的に、子どもが問題行動を起こしたときにその行為はやってはいけないことだと諭し、二度と繰り返さないよう指導して終わってしまいがちだそうです。しかし、そのような指導をしただけではまた繰り返してしまいます。子どもが問題行動を起こしてしまうのには必ず理由があるので、その背景を探ることが、その子の更生を手助けする第一歩になるとのことでした。一人の子どもが更生できるか否かの分かれ目は、その子自身ではなく、周囲の大人がどれだけプラスに関われるかが大事であるというお話が印象的でした。
3 ヤングケアラーに対する支
(1) ヤングケアラーとは
ヤングケアラーとは、家庭内で本来大人が担うべき役割を担っている子どもを指します。
厚生労働省が実施したヤングケアラーに関する調査によると、ヤングケアラーは約15人に1人、1クラスに1、2人ほどいる計算であり、意外に身近なところに存在していることがわかります。ケアの相手は、きょうだい児である場合が約6割と最も多く、他には障がいをもっている親、高齢で介護が必要な祖父母などの事例があります。
(2) 実態把握
ヤングケアラーを支援するための第一歩として、その子の周りにいる大人たちが、ヤングケアラーであることに気付くことが必要です。
実態把握を困難にする要因として、子どもによるケアは、家庭内で起きていることであり、学校関係者等周囲の人々が気付きにくいということがあります。そのほか、その子自身がヤングケアラーであるという認識を持っていない、すなわち、進んでケアを行っている場合が相当あり、発見が遅れる大きな要因となっています。
そのような困難の中でも、とりわけ学校関係者がヤングケアラーに気付くきっかけとなるのが、その子の長期欠席や遅刻、離婚等による家族構成の変化です。これらの背景には、自分以外にケアを行う人がいないことで、学業よりケア相手を優先せざるを得ない状況が潜んでいることが多々あります。それ以外にも、東京都がヤングケアラー発見のためのチェックリストを作成しており、参考になります。
(3) 実態把握後の支援
では、その子がヤングケアラーであることを把握したとして、周囲の大人はどのような支援ができるでしょうか。
第一に考えられるのが、生活の再建を支援することです。例えば、公的な支援を利用してホームヘルパーに来てもらう方法が考えられます。他方、ホームヘルパーを利用できるのは昼間のみであることが多く、夜間の支援が難しいなど、支援が行き届かない場面もあります。
堀井さんが、生活の再建より重要と言われていたのが、ヤングケアラーの心の傷を癒やすことです。ヤングケアラーは、ケア自体よりも、周囲に自分と同じ環境の子がおらず、自分のことを話す相手、わかってもらえる相手がいないことに、つらさを抱えるそうです。そこで、同じ環境の子どもと話せる機会をつくるなどの工夫が考えられます。これを、「セルフケア」といいます。
さらに、ヤングケアラーと接する際に気をつけなければならない点が、「ケアをしている事実を非難しないこと」です。ケアをしている本人は、進んでやっていることも多いため、大人が「ヤングケアラーは社会問題だからやめなければならない」と言ってしまうと、その子の考えを否定することになってしまいます。他方、学校生活、友人との時間など、本人の利益を確保することも、その子の健全な育成にとって必要なことです。したがって、ヤングケアラーと接する際には、ケア相手だけでなく、自分の利益を両立できる方法について、一緒に考えることが大切です。
4 むすび
講演後、会場からの質疑応答も行われました。子どもに接する立場にある弁護士からの具体的な支援策に関する質問や地域住民ができる支援について質問があがっていました。
本講演を通して、ヤングケアラーの実態についてだけでなく、支援の方法について具体的に教えていただきました。弁護士は、子どもたちと直接関わる機会も多く、基本的な知見をふまえた慎重な対応が必要となります。私自身、今回堀井さんから伺った話を参考に、支援者として少しでも力になれればと思いました。
講演会(会場)
「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題~」開催!
子どもの権利委員会 委員 井上 祥平(71期)
第1 はじめに
令和6年8月20日(火)、福岡県弁護士会館にて「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題」を開催いたしました。
学校教育の現場においては、いじめ、不登校、保護者からの相談やクレームなど法的紛争に直面することが多々あると思われるところ、当会では、学校現場の隅々にまで法的バックアップを及ぼす体制づくりを検討しており、今回のイベントは、どのような場面で弁護士の関わりが有用か、学校が抱えている法的な問題へのバックアップの在り方など、現場のニーズを把握する機会とすべく開催されました。
第2 当日の様子
1 参加状況
当日は、県内の小・中学校・高校の校長教頭、教育委員会・教育事務所・教育庁の指導主事など特に学校現場で事案への対応や判断を担う中心となっている方々にご参加いただき、会場参加27名、ZOOM参加13名の合計40名が参加されました。
また、当会からは、子どもの権利委員会、業務委員会、民暴委員会、法教育委員会から合計25名の弁護士にご参加いただきました。
2 廣重純理弁護士の講演
まず、北九州市のスクールロイヤーを担当している廣重純理先生よりご自身の経験を踏まえて、学校問題に弁護士が関わる意義と現状についてご講演いただきました。
学校が抱えている課題には、生徒指導・支援上の課題、保護者対応の困難化、学校体制・教職員の課題、地域社会との間で生じる様々な課題があり、学校現場では日々これらの課題への対応がなされていますが、その中には法的には必ずしも学校が対応する必要がないような事柄も含まれているとのことでした。しかし、今後も子どもたちの学習の場として、児童・保護者との関係性が継続していくという学校現場の特殊性もあり、学校の先生としては、「対応できない」と言って簡単に断れるものではない実情があるそうです。
廣重先生は、子どもの最善の利益実現のための学校のサポート役としてスクールロイヤーを担うにあたり、表面的な質問への回答(法的にできるかできないか)だけでなく、真のニーズ(当該事案にとってどのように対応するのがよいか)を意識して対応しておられるとのことで、スクールロイヤーが法的な視点を導入することにより、これまで学校の先生の「頑張り」によってなんとかなってきた部分について、学校の負担の軽減、より合理的な解決、適正な利害調整を図ることが期待できるのではないかとのことでした。
3 グループワーク
講演の後、弁護士・学校関係者混合の数グループに分かれて、事例の検討をしながら、スクールロイヤー制度についての意見交換を行いました。
事例は、いじめの認定、児童への指導・支援の方法、保護者の謝罪・文書開示・別室指導・担任変更の要求等への対応を問うもので、学校の先生方は、「現場でよくあるようなケースですね」と共感されていました。
- 学校でどうにかしようという思いが強いところがある。そのため、学校の先生が相当頑張っている。
- 現場では、弁護士に相談するという発想はなかった。今回のイベントで、弁護士に相談する意義を認識できた。また、弁護士の人柄にも触れられたので、主観的には弁護士の敷居が下がった。
- 例えば、いじめ事案について第三者委員会を設置すべきか、保護者対応の初動としてどのようにすべきかといった、早期の段階で相談がしたい。
- 保護者の要求が過剰要求なのかどうかの判断がつかない場合もあるので、そのあたりを気軽に相談できれば助かる。
- 学校の対応方針が法的に問題ないと背中を押してもらえれば、学校として自信を持った対応ができる。
- 現在のスクールロイヤーの制度は、最前線の教員からスクールロイヤーへの相談に至るまでの手続きが複雑で迂遠なものとなっており、気軽に利用できる制度ではない。そのため、この程度のことで相談に回していいのかと気後れしてしまう。利用の敷居は高い。
- その他のニーズとして、メディア対応、保護者説明に際し、バックアップが欲しい。相談だけでなく代理人的な動きもできないのか。との意見も上がっていました。
また、参加した弁護士からは、「学校の問題に対応する場面では、今後の関係性を意識する必要があるなど、通常事件の処理の考え方にはなじみにくい部分があるから、頭を切り替えて対応に当たる必要があることが分かった」旨の感想が出されていました。
第3 感想
廣重先生の講演とご参加いただいた学校関係者の方々との意見交換を通して、学校問題へのアプローチの仕方や悩みどころを学び、考える良い機会となりました。
ご参加いただいた皆様ありがとうございました。
ヘイトスピーチ勉強会(神原元弁護士をお招きして)のご報告
ヘイトスピーチ問題対策WG 迫田 登紀子(53期)
【ヘイトスピーチ問題対策WGをご存じですか】
当会は、2022年の総会において「ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言」を採択しました。この宣言に基づき、福岡県内におけるヘイトスピーチ根絶のための諸活動や、予防・救済のための法的支援の活動を進めるなどするために設置されたのが、当WGです。
これまでにも、九州朝鮮中高級学校(折尾)や福岡朝鮮初級学校(福岡市東区)の見学・意見交換会、大韓民国領事館との意見交換会、県内の全自治体へのヘイトスピーチ対策に関する調査等を行ってきました。
本年6月、数多くのヘイトスピーチ訴訟に取り組んでこられた神奈川県弁護士会の神原元(かんばら はじめ)弁護士をお招きして、会内勉強会を行いましたので、そのご報告をします。
なお、憲法委員会から派遣された私の興味関心を中心とするご報告になることはお許しください。
【法律家たちの戸惑い ~表現の自由 VS ヘイトスピーチ規制】
講演の冒頭、神原弁護士は、表現の自由とヘイトスピーチ問題をどう捉えるかという難問を提起しました。
ヘイトスピーチが不法行為に該るとして損害賠償請求をする。あるいは法や条例に基づく規制をしたい。この場合、表現の自由との関係を、あなたは法律家として、どのように考えますか。
講演では触れられていませんが、憲法学者・樋口陽一先生の「いま、憲法は「時代遅れ」か」を引用させてください。
「思想の自由は、そのときどきの世の中の常識を超えるような考え、多くの人々に忌み嫌われるような考えにこそ、認められなければならないはずです。」「意見の違いは自由な競争を通じて決着される、という無限のプロセスこそが大事だ、ということが基本のはずです。」
「しかし、何でもありの自由が自由を否定する主張となって世の中の体勢を制してしまったら、自由な競争そのものが成り立たなくなるのではないか。」(ドイツとフランスの仕組みを紹介した上で)どちらの国も、「典型的な例を出せば、「アウシュビッツはなかったのだ」というたぐいの言説が言論の自由市場に登場するのを認めない。」
「自由な社会として原則的には言論の自由競争にゆだねるべきであるけれども、なおかつ一定の言論についてはなんでもありというわけにはいかない、それを規制する、という選択に当面してどう対処するか。これは難問中の難問で、内外の憲法学者の間でも、意見が分かれているのです。」
(上記の問題は、国家という公共社会規模での選択だが)「同じ問題が、個人の次元で問題とになります。」
「一方で自己決定、これこそが人権の基本にあるということは、だれも否定しない。しかし他方で、自己決定によっても侵してはならない価値があるはずです。「人間の尊厳」がそれです。」すなわち、「自己決定」と「人間の尊厳」という緊張関係をどうとらえるかという難問があるのです。
【ヘイトスピーチの具体例】
神原弁護士によれば、ヘイトスピーチは、3類型に分類できるそうです。
- 殺せなどと連呼(害悪の告知)
- 虫などに例える(侮辱)
- 「祖国に帰れ」、「(日本から)出ていけ」「叩き出せ」(排除)
このうち、(3)が、古くからある、最も典型的なヘイトスピーチとのこと。例えば、40年前の出版物「指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む」(1985年出版)では、脅迫状61通中42通が③の類型だそうです。
このうち(1)や(2)については、個人に向けられるならば不法行為が成立すると考えることはたやすいと思います。
他方、(3)の類型のヘイトスピーチが行われた場合、不法行為による損害賠償請求ができるか、すなわち、この場合の「権利または法律上の権利」とは何かが問題となります。
【神原弁護士の活動】
神原弁護士は、20数年の弁護士人生を神奈川県川崎市で活動してきました。
10年ほど前に、そこに暮らす少なくない在日の方々に対するヘイトスピーチの醜悪な実態を目の当たりにしたそうです。同時に、それに抗して、ルイアームストロングの「この素晴らしき世界」の音楽があふれる中、多くの市民の方々が、「仲よくしようぜ」と書かれた赤い風船を手に持ち、ヘイトスピーチ側を退場に追い込んだ現場に立ち会ったそうです。
その経験を勇気に、これまでに何十件ものヘイトスピーチ関連訴訟にとりくんできたそうです。
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の2条には、「不当な差別的言動」の定義がされていますが、その中でも、「本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」という部分が重要だと強調します。
この法律を武器に、神原弁護士は実に多彩な判決を勝ち取ってこられています。
例えば、ヘイト行為を差し止めさせる仮処分決定(横浜地裁川崎支部2016年6月2日決定)では、「本邦外出身者を地域社会から排除することを扇動する、差別的言動解消法2条に該当する差別的言動は、上記の住居において平穏に生活する人格権に対する違法な侵害行為に当たるものとして不法行為を構成すると解される」といわしめています。そして、行われようとする行為は、「もはや憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかであり」「この人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難であることを考慮すると、その事前の差し止めは許与されると解するのが相当である。」として差し止めの決定を勝ち取られています。
横浜地裁川崎支部2020年5月26日判決では、被侵害権利としては、「本邦外出身者が、専ら本邦の域外にある国または地方の出身であることを理由として差別され、本邦の地域社会から排除されることのない権利」「自らの出身国等の属性に関して有する名誉感情」「住居において平穏に生活する権利」こうした権利を包摂する憲法13条に基づく人格権があると言わしめています。
さらに、横浜地裁川崎支部2023年10月12日判決では、人種差別は単なる侮辱とは異なり、人間の尊厳そのものに対する攻撃であると判断され、「帰れ」という発言そのものに対して100万円の慰謝料を勝ち取ったそうです。被害者の方は金銭請求そのものには重きは置かれていないのですが、慰謝料が高額となることはヘイトスピーチの抑制効果があるとして、神原弁護士は評価しています。
神原元「ヘイトスピーチに抗する人々」より
【個人の尊厳~社会の基盤にある「安心」という公共財】
神原弁護士は、講演の終わりに、ヘイトスピーチ規制法は、細かく見れば、ア)ヘイトスピーチ規制法、イ)ヘイトクライム規制法、ウ)差別禁止法があり、イギリスとフランスは全部が、アメリカ、カナダ、ドイツもうち2つが存在することを紹介してくれました。
そして、ジェイミー・ウオルドロン著「ヘイトスピーチという害悪」からの一節を引用して講演を締めくくりました。
ヘイトスピーチは、標的とする人々の社会的地位を普通の市民以下に引きずり下ろし、尊厳を危うくすることを意図する。ヘイトスピーチは尊厳を攻撃することで、社会の基盤にある「安心」という公共財を掘り崩してしまう。
ヘイトスピーチ規制は、不快感から守るためにあるのではなく、個人の尊厳を守るためになされなければならない。
私は、子どもたちのいじめ問題に多く携わっています。従来の犯罪型のいじめとは異なり、からかいやいじり、無視、はぶりという行為は、それ自体の違法性は低いと考えられがちですが、受け手の「個人の尊厳」を喪失させることに大きな問題があると考えてきました。ヘイトスピーチは問題が別ではありますが、通ずるものが多いと感じた次第です。
2024年9月 1日
あさかぜ基金だより
会員 滝本 祥平(75期)
こんにちは
あさかぜに入所して、9か月が過ぎました。この間、公私ともに色々なことがありました。仕事面では、あさかぜで経験できると思っていなかった会社の支配をめぐる事案の控訴審で想定外の理由で控訴棄却されてしまい、厳しい現実を知りました。また、刑事事件で身元引受人になってもらうため、通常在宅していると思われる時間帯にご自宅を訪問したところ会えず、被疑者本人にその方の生活パターンを聞いたところ、深夜1時に帰宅し、翌昼には出掛けてしまうと聞いたので、事務所へ行く前に再度訪問したところ、お会いでき、身元引受人になっていただきました。世の中にはいろんな人がいるという現実を改めて思い知った次第です。私事としてあった色々なことは懇親会などでお話できたらと思います。
さて、あさかぜは養成事務所ですから、研修が充実しています。日弁連の公設事務所研修のほか、不定期であさかぜ研修というあさかぜ独自の研修もあります。あさかぜ研修は、あさかぜの所員が内容を企画し、外部講師の元へ赴いて知識やスキルを習得するものです。直近の実施例としては、7月11日(木)、壱岐ひまわり法律事務所へ出かけ、赴任中の宇佐美竜介弁護士に講義いただきました。このことを報告します。
壱岐ひまわり法律事務所が所在する壱岐ってこんなところ
壱岐島は九州本土の福岡市から北西に約80km、佐賀県北端部の東松浦半島から北北西に約20kmの玄界灘上に位置する長崎県の離島であり、行政区域としては壱岐市のみです。
壱岐市の人口は令和6年5月末時点で、2万4012人です。郷ノ浦町(人口8938人)、勝本町(人口4363人)、芦辺町(人口6628人)、石田町(3787人)となっています。やはり、博多とジェットフォイルで行き来できる郷ノ浦町、芦辺町に人口の大半が集中しており、郷ノ浦町が壱岐の中心部といえ、壱岐ひまわり法律事務所もここに所在しています。
なお、4名泊まれる施設を探すことに苦労したことや郷ノ浦港の駐車場はレンタカーでほぼ満車であったことを踏まえると、壱岐の観光業はある程度回復していると考えられます。他方で、HPなどで予約必須とうたわれる遊覧船の乗客数は少なかった印象ですから、回復の程度は十分でないのでしょう。
あさかぜ研修@壱岐
講義に先立って宇佐美竜介弁護士に壱岐の名所をご案内いただきました。あいにくの天気だったため、写真を撮っていない名所もあります。
まず、宇佐美弁護士イチオシの聖母宮(しょうもぐう)をご案内いただきました。写真1は、同宮の手水舎です。パラオから寄進された巨大なシャコガイが手水鉢として利用されています。また、同宮を訪れた際、たまたま宮司さんと出会いました。そのご厚意で本殿を見学することができました。その際に撮影許可をいただいたのが、同宮の収蔵品である掛け軸です(写真2)。
(写真1)聖母宮 手水舎
(写真2)聖母宮 掛け軸
そのほか、鬼の岩屋(宇佐美弁護士としては、古墳の入口がそのまま観光地として残されている点がおすすめポイントとのことでした)や、はらほげ地蔵(写真3)など島内を万遍なくご案内いただきました。
(写真3)はらほげ地蔵さん
講義では、赴任における引継ぎはどのように行ったか、赴任後の受任状況はどうか、どのような分野の事件を受任しているのか、また、事務所の経営状況はどうかなどについて、宇佐美弁護士が実際に受任している事件の内容など詳細にご教示いただきました。
事件の内容に関して、離婚事件が多く、先立ってご案内いただいた名所のいくつかが不倫の現場ということがありました。また、刑事事件について、福岡などの都市部では身体拘束からの解放のため、ご両親が子である被疑者のために示談金を用意すること、身元引受人となることがありうるところ、壱岐では悪いことをしたのだから牢屋の中で反省しろという価値観の人が多く、協力いただけないことが多々あるとのことでした。
ついでに壱岐観光
任期を延長したくなる壱岐の魅力はなにかを探求するため、帰りの船を待つ間、壱岐を一周してきました。
壱岐の最高峰は丘の辻(標高213メートル)です。同所に設けられた展望台からは壱岐を一望できます(写真4)。海に囲まれ風を遮るものが無いため、壱岐の気候は福岡より冷涼です。全国的な猛暑日だと、私の地元である北海道札幌市より涼しいかもしれません。
(写真4)壱岐最高峰 丘の辻
最後の写真として、宿泊した宿の方イチオシの観光スポット辰の島周遊時に撮影したもの(写真5辰の島、写真6マンモス岩)を添えます。辰の島周遊の後、お昼を勝本港にある海神というお店で頂きました。たまたま海神での食事をしたため、当該レシートと辰の島周遊の半券をもって前述の聖母宮を再び訪れると、特別な御朱印を購入することができました(今年限定のキャンペーンです)。
(写真5)辰の島
(写真6)マンモス岩
77期司法修習生へ
あさかぜの研修は充実しています。赴任まえから、過疎地域へ研修として訪れることができ、ついでに観光もできます。
日弁の定期研修会などで他の公設事務所の所員弁護士と交流することがあるのですが、このような充実した研修を実施しているのは、あさかぜだけと思われます。
本年度においてはすでに人吉へも行きました。人吉はいろいろな日帰り温泉が充実し、おしゃれな古民家カフェもありました。進路の一つとしてあさかぜを検討してみませんか。 地域の人々の生活と福祉を支えつつ豊かな自然にも触れる機会がある。この2つを両立できるのが過疎地で弁護士業を営む魅力と言えます。
より詳しい話を聞きたい、応募したい等お問い合わせは滝本(メールs.takimoto@asakaze-law.jp)までお願いします。
森弘典弁護士による講演「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」のご報告
生存権擁護・支援対策本部 塩澤 裕樹(70期)
1 はじめに
令和6年7月28日、生存権擁護・支援対策本部の夏合宿において、愛知県弁護士会所属、日弁連貧困問題対策本部事務局次長の森弘典弁護士を講師にお招きし、「生活保護法改正要綱案(改訂版)~権利性が明確な『生活保障法』の制定を!~」との題で講演をしていただきましたので、ご報告いたします。
2 講演依頼の背景
令和6年10月に開催される日本弁護士連合会人権擁護大会では、「今こそ、『生活保障法』の制定を!」~地域から創る、すべての人の"生存権"が保障される社会~というテーマでシンポジウムが開かれます。
生存権擁護・支援対策本部としては、日本弁護士連合会の公表した平成20年の「生活保護法改正要綱案」、平成31年のその改訂版について再度学び、さらには権利性を明確にした「生活保障法」制定に向けての運動を今後行っていくために、本講演では生活保護法改正要綱案(改訂版)の内容について取り上げていただきました。
また、当本部が編集し発行している「生活保護の実務最前線Q&A」の改訂作業に向け、生活保護に関する論点についても併せてご講義いただきました。
3 生活保護法改正要綱案(改訂版)について
平成31年2月、日本弁護士連合会が生活保護法改正要綱案(改訂版)を作成・公表しました。
その改正案には、(1)権利性の明確化、(2)水際作戦を不可能にする制度的保障、(3)生活保護基準の決定に対する民主的コントロール、(4)一歩手前の生活困窮層に対する積極的支援、(5)ケースワーカーの増員と専門性の確保という5本の柱があります。
森弁護士の説明で特に印象的であったのは、(2)水際作戦を不可能にする制度的保障についてです。具体的には、簡単に書ける申請書の窓口備置きを義務付けることや、捕捉率の調査・向上義務を規定するといった内容になります。捕捉率とは、生活保護を利用できる人のうち、実際に利用している人の割合をいいますが、厚生労働省が2018年11月に公表したデータでは、所得基準で22.6%、資産を考慮して43.3%となっています。もっとも、相対的貧困率と生活保護利用率からの計算では10.4%となるなど、非常に低い捕捉率であるとのことでした。多くの人が生存権を侵害されているこの現状を打破するためにも、水際作戦を不可能とし、より積極的に必要とする人が利用できる制度を構築していく必要があることがわかりました。
講演の様子
4 生活保護に関する論点
森弁護士からは、生活保護に関する論点につき広く解説していただきました。その中でも、生活保護受給中の自動車保有について、令和3年10月に生活保護問題対策全国会議が作成した「自動車を持ちながら生活保護を利用するために!」というパンフレットを基に説明していただきました。
旧来の「車はゼイタク品」との考えから、福祉事務所等が現行の厚生労働省通知を正しく運用せずに不正確な説明をしたことによって、自動車に乗れなくなるからと生活保護を断念した方の事例を聞き、私たちが生活保護の運用主体に対して正しい知識を伝え適切な運用を広めていく必要性を再確認しました。
研修会場の大丸別荘
5 おわりに
講演でもお話がありましたが、現在、日本中で展開されている生活保護基準引下げに基づく保護変更決定処分の取消等を求める訴訟で、これまでに28の地裁で判決が言い渡され、6割を超える17の地裁で原告である生活保護受給者側の勝訴判決となっています。本講演で学んだことを、本年10月の人権擁護大会でさらに議論を深め、勝訴判決が続く全国の勢いにも乗って、私たちも福岡県から声を上げていきたいと思いました。
研修会場の大丸別荘
「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」開催!
子どもの権利委員会 委員 長本 祐佳(67期)
第1 はじめに
今年は日本が「子どもの人権条約」を批准して30周年!という節目の年ということで、令和6年7月27日(土)、福岡県弁護士会館にて子どもの権利条約批准30周年記念イベントを開催いたしました。
第2 今回のテーマ
今回のテーマは「インクルーシブ教育」。
皆様、インクルーシブ教育をご存知ですか?インクルーシブは和訳すると「すべてを包み込む」という意味になります。インクルーシブ教育は、多様な特性や個性を持ったすべての子どもたちが、同じ学校に通い、同じ環境で一緒に学ぶ、という新しい教育の考え方です。このような教育を通して、子どもたち一人ひとりが、自分とは違った個性や価値観を受け入れる心を育み、それぞれの長所を最大限に生かして、より自由に社会で活躍できる共生社会の実現に繋がると考えられています。
第3 当日の様子
(1) 映画「みんなの学校」上映
今回のイベントの目玉は映画「みんなの学校」の上映会。
映画「みんなの学校」は、「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、インクルーシブ教育を実践している大阪市住吉区にある大空小学校の日常を描いたドキュメンタリー映画です。"THE・エンターテインメント"という感じの映画ではないので、一体どれくらいの方がいらしてくださるのだろうかと内心ドキドキしていましたが、大人64名、子ども16名、合計80名もの方々がお越しくださいました。その中にはなんと鹿児島からお越しくださった方もいらっしゃったとか!(ありがとうございます!!)この映画に対する、そしてインクルーシブ教育対する社会的な関心の高まりを感じました。
会場
この映画の舞台である大空小学校では、通常学級の対象となる子どもも、特別支援学級の対象となる子どもも、すべての子どもたちが同じ教室で学んでいます。言葉を持たない子、学校にいるのが苦手な子、感情のコントロールが苦手な子、暴力をふるってしまうこともある子、様々な特性のある子どもたちがいるということもあり、ときにトラブルが発生してしまうこともあります。この映画で描かれている大空小学校での日常は、ある場面では強く共感し、ある場面では深く考えさせられ、嬉しくなったり悲しくなったりと強く感情を揺さぶられるものばかりでした。そのため、心に残った出来事も、ある出来事に対する見方も、考えさせられるポイントも、この映画を観る人それぞれにあるように思います。個人的には、これまで学校に安心できる場所がなく不登校気味で、登校しても校内に2時間いるのが限界で学校から逃げ出そうとしてしまうこともあったお子さんが、何が苦手でどうすれば大丈夫になるのか、何ができて何ができないのかといったことを先生やクラスメイトに伝え、どうするかを一緒に考えていく中で、人間関係を築いていき、最終的に生き生きと学校生活を送ることができるようになっていく過程に強く心を打たれました。これまで逃げ出すほど学校が苦手だったのに、生き生きと学校に通えるようになった我が子を見て涙を浮かべる親御さんの姿に、思わず私も涙してしまいました。「学校で分離されて生活していたのに、社会に出てからいきなり共生なんて難しいに決まっている。
パネル
学校の中で、ともに学び、ともに遊ぶ中でこそ、関わり合い方を学んでいけるものでしょ。」というある先輩の言葉が思い出されました。この映画の上映時間は106分とそれなりに長いものでしたが、あっという間に感じました。
クイズラリー
(2) クイズラリー
映画上映後は、福岡県弁護士会館内にて子どもの権利に関するクイズラリーを行いました。福岡県弁護士会館内にあるパネルに隠されているヒントをもとにクロスワードパズルを埋めるとあるキーワードが浮かび上がってくるというもので、皆さん、ユニセフの子どもの権利条約に関する解説パネルをしっかりと読みながら解いてくださっていました。パネルがよくまとまっていて分かりやすいと写真を撮ってくださっている方もいらっしゃいました。
クイズラリーの景品では、やはり手作り缶バッチが子どもたちに大人気で、皆さん楽しそうに作っていました(一時、長蛇の列ができるという盛況ぶりでした!)。個人的には、福岡県弁護士会の弁護士あるあるファイルをゲットできて嬉しかったです。
第4 最後に
今回のイベントでは、子どもたちひとりひとりが自分らしく生きるとは何なのかということや、「インクルーシブ教育」とは一体どのようなものなのかについて、改めて考えることができるよい機会となりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
缶バッチ
講演会「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」
中小企業法律支援センター 委員 藤家 寛之(76期)
1 はじめに
令和6年7月18日、株式会社悪の秘密結社の代表取締役である笹井浩生氏を講師としてお招きし、第1部には「ドゲンジャーズはどうやって壁を乗り越えたか~事業サービス展開のポイント・組織作りの肝~」との題でご講演をいただき、第2部では、悪の秘密結社の顧問弁護士である松村達紀弁護士を加え、弁護士による中小企業への伴走支援に関わるトークセッションが行われました。本講演会は、「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」の一環として行われたものになります。
本年は、中小事業者やその他他業種の方々をはじめ多数のご参加を賜り、会場参加が52名、オンラインでの参加が56名の合計108名にご参加いただきました。
本稿では、本講演会の内容と本講演会に関連する中小企業法律支援センタ―の取り組みについて報告いたします。
2 「一斉シンポ」について
中小企業法律支援センターでは、例年、日弁連の要請により、全国の弁護士会と共に「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」を開催してきました。
中小企業庁は、令和元年より、中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としました。本年は7月18日に「一斉シンポジウム」が開催されています。
栁副会長のご挨拶
3 講演会の内容
(1) 第1部(笹井氏によるご講演)
シャベリーマンこと笹井氏は、平成28年に株式会社悪の秘密結社を、福岡県福岡市博多区に本社を置くヒーローショーに特化したイベント会社として創業されました。その後、令和2年にテレビ番組「ドゲンジャーズ」がスタートし、「悪意を持つプロフェッショナル集団」というキャッチコピーにして、他の企業が行わないようなイベント、プロモーション、映像制作を手掛けております。笹井氏の行う事業はエンターテインメントという特殊なビジネスモデルなため、エンターテインメントを如何にしてビジネスとして成立させるかについて以下のように語られております。
エンターテインメントがなぜ世の中に必要なのか、たとえば、キャナルシティ博多に訪れた人々がショーの催し物を見ることにより楽しい気持ちになったり、普段の嫌なことを忘れたりなど、人の感情に入り込んで考え方や人生に意義を生み出すものがエンターテインメントであり、世の中にとって必要な存在である。
もっとも、エンターテインメントを行うにはビジネスとして成立することが重要であり、それには以下のような過程を経ることになる。
講演する笹井氏(1)
まずは、コンセプトがあり、そのブランディングをし、それを宣伝して、マーケティングするという過程を経てビジネスとして成立することになる。ここでいう、ブランディングとは共感させたい思いのことであり、宣伝とは人と人をつなぐこと、そして、マーケティングとは売り上げが成立する仕組みを作ることである。
これをドゲンジャーズに置き換えて説明すると、ドゲンジャーズの共感してもらいたい思いとは、たくさんの人々に愛されたい、世代を超えた価値になりたい、この町の当たり前になりたいという思い、すなわち「この町の文化になりたい」というものである。一般の市民の方が手の届かない社会貢献活動を任せてほしい。誰でも誰かのヒーローになれる。この活動こそがこの町の未来になると確信している。
そんな思いを実態の伴う思いにすべく、フードドライブ、小児病棟訪問、親不孝通りでのマナーアップ活動、横断旗の寄贈活動を行っており、人々には手の届かない社会貢献活動をドゲンジャーズが代わって支えていく。
しかし、ドゲンジャーズだけではどうしてもできないこと、それは活動資金や運営・映像制作資金の確保であり、ドゲンジャーズの前に立ちはだかる大きな壁である。それではドゲンジャーズはこの壁をどのように乗り越えてきたか。
制作会社に映像を作ってもらう際に一般的に制作委員会方式を取っており、東京では制作委員会のみで権利をビジネス化することができる。他方で、地方都市である福岡では、東京と異なり、制作委員会のみでは権利をビジネス化できず出資者への利益の還元が難しい。そこでドゲンジャーズはIPパートナー委員会やオフィシャルパートナー委員会を設立し、そこから出資を受けてから、制作委員会によって映像を制作しているという仕組みを作り、出資者へはIP保護・ビジュアル利用権という形で利益を還元している。このように三つの委員会を運用することによって、はじめて地方都市でも映像制作をすることができるようになった。三つの委員会を運用することは途轍もない労力ではあるが、だからこそ、立ちはだかる大きな壁を乗り越えられて、ドゲンジャーズを続けていくことができ、「この町の文化になりたい」という思いを人々に伝え続けることができている。
最後に、ドゲンジャーズは等身大で馬鹿馬鹿しい作風ではあるが、等身大だからこそ一緒に共感できる大切な時間と空間を作ることができると思うし、これからも作っていきたいと語られて、笹井氏は講演を締めくくられました。
講演する笹井氏(2)
(2) 第2部(笹井氏と松村弁護士のトークセッション)
ここからは悪の秘密結社の創業時から顧問弁護士として関わられている松村弁護士と笹井氏による事業者と弁護士の伴走支援について、トークセッションが行われました。
トークセッションの内容としては、ドゲンジャーズという名前が商標登録できるかなどの知的財産関係、制作委員会やパートナー等との間で交わされる契約書作成の過程、視聴者やお客さんとの関係やドゲンジャーズの権利関係への法的対応やルール作り、カスタマーハラスメントやトラブルに対する法的対応、会社内の従業員の労働環境等への助言、脚本作りにおいての法的トラブルを未然に防止する助言、弁護士以外の士業との関係性、事業者と顧問弁護士の理想的な関係性など、様々な場面での伴走支援の過程について具体例を用いて紹介していただきました。
トークセッションの様子(1)
トークセッションの様子(2)
4 講演会後の無料法律相談会
今年も無料法律相談会を開催いたしました。今後も委員会活動等を通して一般市民の方々や事業者の方々が気軽に法律相談ができる環境づくりに貢献できるよう、これからも会務に励みたいと思いました。
5 おわりに
笹井氏はドゲンジャーズのキャラクターであるシャベリーマンの仮面を被って登壇され講演をされておりました。仮面を被ったまま講演をされる方を見るのは初めての経験であり、のっけから度肝を抜かれたまま、いつの間にか笹井氏のトークに引きずり込まれました。シャベリーマンという名前からも分かるように軽妙な語り口で、会場の方々に終始笑いを提供しつつ、ドゲンジャーズの事業サービス展開のポイント・組織作りの肝について分かりやすく説明する様は、弁護士活動においても大変参考になる部分が多く、興味深く勉強させていただきました。
また、笹井氏と松村弁護士の事業者と顧問弁護士の関わり方についてですが、お二方のトークセッションの絡みから、笹井氏と松村弁護士は長年の戦友のような関係に思えました。弁護士成りたてほやほやの私にとっては羨ましく理想の関係性だなと思い、これからの弁護士人生において、事業者の方とこのような関係性を作れるように歩んでいきたいと思う所存です。
最後となりますが、笹井氏は、講演が終わってもシャベリーマンの仮面を外さず、そのまま会場を去っていきました。キャラクターイメージを壊さないためなのか、はたまたヒーローらに顔バレしないためかは分かりませんが、さすがは「悪意を持つプロフェッショナル集団」だなと感心するとともに、私も自身のプロフェッショナルを貫いていこうと強く思った次第です。
会場の様子
「刑事身体拘束手続研究会~韓国の現在」の研修を受けて
刑事弁護等委員会 松本 拓馬(72期)
1 はじめに
2024年6月25日、福岡弁護士会館(Zoom配信有り)にて、「刑事身体拘束手続研究会~韓国の現在」が開催されました。全国的にも珍しいテーマ・企画での研究会であったこともあり、当日は、多数の会員の方にご参加いただくことができました。ご参加を希望されていたにもかかわらず、ご都合によりご参加できなかった方もいらっしゃいましたので、今回、研修内容をご紹介させていただきます。
2 本研修会の趣旨について
刑事弁護等委員会では、刑事身体拘束手続PTを中心として県内外の研究者とともに「刑事身体拘束手続研究会」を2023年5月から定期的に開催し、刑事身体拘束手続の現状や問題について議論・研究を続けてきており、今回、同研究会に韓国国立警察大学法学科の李東熹(イ・トンヒ)教授をお招きし、韓国における刑事身体拘束手続の制度やその変化についてご報告いただきました。
本研修会では、日本の制度や実情との比較の中で韓国の制度や変化を知ることができ、翻って日本の刑事身体拘束手続の問題を異なる観点から検討・分析する貴重な機会になりました。
3 刑事身体拘束の流れ
(1) 起訴前の身体拘束制度
韓国では、起訴前の身体拘束制度として、日本と同様に通常逮捕、緊急逮捕、現行犯逮捕が用意されているということでしたが、勾留(韓国では「拘束」)の場面において、逮捕前置主義は採用されておらず、在宅の被疑者を「拘束」することができるとのことです。
(2) 勾留期間
次に、起訴前の身体拘束期間について、日本では逮捕から最大23日間であることに対して、韓国では最大30日間(=司法警察10日+検察官20日)と日本よりも身体拘束期間が長くなっています。
また、起訴後の身体拘束期間について、韓国では、第1審(最大6ヶ月)、控訴審(最大6ヶ月)、上告審(最大6ヶ月)となっており、起訴前と起訴後で身体拘束期間は最大19ヶ月になるということでした。
4 逮捕・勾留制度(令状審査・逮捕拘束適否審査制度・弁護人接見)
(1) 令状審査
まず、逮捕状が書面審査であること、勾留するかどうかの判断が裁判官による対面審査で行われることは日本も韓国も変わらないようです。
ここでは、李教授から、韓国における勾留状請求に対する「却下率」の推移についてのご説明がありました。韓国において、1996年以前は、却下率約7%に過ぎなかったにもかかわらず、1997年から勾留状に対する実質審査(対面審査)が試行されたことにより、それ以降、却下率約14%前後になったそうです。
また、2007年には身体不拘束の原則が明文化されたことにより、却下率は約20%の状況が続いているとのことです。日本では、却下率が数パーセントにとどまっている現状を考えますと、韓国では勾留状に対する審査が非常に慎重に行われているのではないかという印象を持ちました。
さらに、李教授から、第1審刑事公判における勾留率の推移について、2020年以降はわずか約8%程度であることのご説明がありました。日本では約50%であることと比べて、あまりに数値が異なっており、驚きを隠せませんでした。
(2) 逮捕拘束適否審査制度
次に、韓国における逮捕拘束適否審査制度についてご説明いただきました。当該制度は、逮捕又は拘束された被疑者、その弁護人、法定代理人、配偶者、直系親族、兄弟姉妹、家族、同居人及び雇用主は、管轄法院に逮捕又は拘束の適否審査を請求することができるというものです。日本では勾留決定に対する準抗告という手続きがありますが、準抗告が裁判官による書面審査であることに対して、逮捕拘束適否審査は裁判官による対面審査で実施されているとのことでした。
(3) 弁護人接見
今回の研修レジュメの中では、韓国の弁護人接見室の写真が掲載されていました。私自身、韓国映画やドラマを観たときに印象深く感じていましたが、韓国では日本のようにアクリル板で遮られていません。どちらが望ましいのかについては色々な意見がありそうですが、被疑者・被告人と弁護人との関係性を考えるにあたって非常に参考になりました。
5 保釈制度(被疑者及び被告人保釈・保釈保証保険)
日本では、現在、保釈は起訴後にしか認められませんが、韓国では、起訴前の保釈制度として、保証金納入条件付きの被疑者釈放制度があるようです。また、保証金の納入には、保釈保証保険制度も用意されており、保険会社が発給する「保釈保証保険証券」を添付した保証書をもって、保釈保証金に代えることができるとのことです。当該制度により保証金を納入する資力がない方でも保証金納入条件付きの被疑者釈放制度を利用することができ、利用率としては、保釈全体の50%から60%程度とのことです。日本においても、2011年1月20日付けの「保釈保証制度に関する提言」(日弁連)の中で、「韓国では、この保釈保証保険制度の導入が身体不拘束捜査の原則の実効化に貢献し、『人質司法』は既に過去のものとなったと評されている。」との記載があり、制度の導入が検討されていたことを知りました。
6 韓国における司法改革の沿革及び内容(勾留制度の変化)
ここでは、残念ながら時間の関係で全体についての詳細なご説明はありませんでしたが、韓国における「国選専担弁護士制度」についてのご説明をしていただきました。
「国選専担弁護士制度」とは、国選弁護事件のみを担当する条件で選抜して各審級法院に所属させ、月給制で勤務させる弁護士制度です。国選弁護の質を向上させる目的で2006年2月から正式に施行され、2023年においては韓国全体で234人が選抜され、国選弁護事件全体の35.4%を担当しているそうです。韓国では、弁護士数の急増により、弁護士業界の競争が激しくなったため、国選専担弁護士の選抜の倍率が毎年高くなっている状況ということです。また、韓国では、法曹一元制度が導入されており、裁判官は法曹経験者から採用されるため、将来裁判官として活動したいと希望している方の中で、あえて国選専担弁護士となり、刑事弁護の経験を積んでいる方もいるそうです。
7 最後に
以上、今回の研修の概要を説明させていただきました。
韓国と日本では、刑事身体拘束手続の制度において類似点もありますが、韓国では制度改革を重ねたことにより、すでに「人質司法」から脱却しているとの印象を受けました。韓国が実現している身体不拘束の原則は、日本における刑事身体拘束手続の運用の改善のための手掛かりになり得ると思い、非常に参考になりました。
今回、李教授には、本研修だけでなく、研修後の懇親会でも、韓国の制度などについてご説明いただき、心より御礼申し上げます。
「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」の研修を受けて
刑事弁護等委員会 宮脇 知伸(73期)
1 はじめに
本年6月24日に、刑事弁護等委員会身体拘束手続適正化PT主催で、韓国国立警察大学校の李東熹(イ・トンヒ)教授を講師として、「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録画・弁護人立会い―」が開催されました。李先生は、神戸大学で三井誠先生の指導の下、法学博士号を取得されています。日韓両国の刑事法に精通しており、日弁連や各弁護士会等の韓国視察等でも大変お世話になっています。李先生は日本語が堪能であり、今回、日本語にてご講義いただきました。拙筆ながら、今回の講演会の内容及び感想を報告いたします。
2 韓国の被疑者取調べ制度の概要
韓国では、捜査段階で捜査機関に許容される身柄束制度として、日本と同様に、逮捕と勾留があります。捜査機関が逮捕を行った後、勾留するためには、逮捕から48時間以内に管轄の地方法院判事に勾留状を申請する必要があります。勾留状の発付を受けた司法警察官は、10日以内に検察官に引致しない場合に、被疑者を釈放しなければならず、また、司法警察官から被疑者の身柄を受け取った検察官は、引き続き被疑者を10日間勾留することができます。起訴する前に、捜査を継続するに相当な理由があると認められるときには、1回に限り最大10日を超えない限度内で勾留延長を受けることができます。したがって、警察の逮捕から検察の起訴まで理論的に最大限30日間の勾留が認められています。
日本の捜査段階の身柄拘束と比べると、司法警察段階の勾留期間(10日間)が別途にあることに相違点があります。
3 取調室の場所的な特徴
韓国の警察の取調べは、従来から捜査を担当する部署の一般事務室でそのまま取調べが行われており、外部からの状況を確認することができます。そのため、事務室にいる警察官、同室で取調べを受けている他の被疑者やその他の一般人等に取調べの様子が容易に観察できる構造になっています。こうした開放型の取調室が、韓国警察のもっとも一般的な取調室の形態であり、捜査機関による拷問・暴行・脅迫等の違法な捜査を抑止する効果が期待できています。加えて、このように取調室に併用される捜査部署の一般事務室には、原則としてCCTVが設置されており、事務室の全体的な様子を映す画像が録画され、一定の期間保存されることになります。
一方、検察の被疑者取調べは、通常部外者の出入りが制限されている検察官の事務室で行われており、そこは被疑者以外に担当の検察官とその所属の検察職員のみが在室しています。検察の取調室は、外部から観察することができない閉鎖型の密室形態となっています。
4 被疑者取調べの録音・録画制度の導入と展開
(1) 2007年の刑訴法改正と録音・録画制度の導入
2007年の刑訴法改正では、捜査機関が被疑者取調べを録音・録画することができるよう、その根拠規定が設けられました。
捜査機関が録音・録画するときには、取調べの全過程及び客観的な状況を録音・録画しなければならないとされています。もっとも、数日にわたる複数の取調べの場合には、特定の日に行われる取調べの「すべて」を録音・録画すれば良いとされています。
さらに、捜査機関による編集や偽造を防止するため、被疑者又は弁護人の面前で、直ちにその原本を封印し、被疑者に記名捺印又は署名させるようになっています。
(2) 映像録画物の証拠としての使用
- 2007年の刑訴法改正
2007年の刑訴法改正では、取調べの録音・録画により製作された映像録画物を犯罪事実を立証するための実質証拠として使用するのを禁止し、弾劾証拠としての使用についても厳格な制限を加えています。 - 2020年の刑訴法改正による検察官作成調書の証拠能力
2020年の刑訴法改正により、検察官作成の被疑者調書の証拠能力が実質的に否定されるようになっています。検察官作成の被疑者調書は、警察官作成の被疑者調書と同様に、被疑者であった被告人が公判廷でその調書の内容を認めた場合に限り、その証拠能力が認められるようになっています。
5 被疑者取調べにおける弁護人立会制度
(1) 制度の導入経緯
2003年11月11日、大法院から、被疑者取調べにおける弁護人立会を認めた判例が出されました。当時、刑訴法には弁護人立会に関する明文規定がありませんでしたが、憲法上の弁護人の助力を受ける権利を法的根拠として、現行刑訴法においても弁護人立会が認められるとされています。翌年の2004年9月23日には、身柄不拘束の被疑者についても弁護人立会権を認めると共に、被疑者が弁護人の助言と相談を求める権利があることを明らかにした判例も出ています。
(2) 2007年刑訴法改正による弁護人立会権の明文化
2007年の刑訴法改正によって、取調べの場所に「立会い」するのみならず、取調べに実質的に「参与」することができるようになりました。
この改正は、前述の2003年11月11日の大法院決定により認められた弁護人立会権を正式に立法化した意味をもち、被疑者の身柄拘束の有無を問わず、取調べ中の被疑者には、弁護人の立会いが正当な事由がない限り保障されることと、また弁護人との接見が許容されることを明示しています。
(3) 実務と判例の動向
2020年に検察改革の一環として行われた刑訴法改正に伴い、捜査機関の従うべき一般的捜査準則が大統領令として新たに制定され、その捜査準則では、弁護人会について、以前よりその権利を厚く保護しようとする傾向が見られています。同規則では、(1)被疑者取調べに参与した弁護人が実質的な助力をすることができるよう、被疑者の隣に着席させること、(2)正当な理由がなければ、被疑者に対する法的な助言・相談を保障すること、(3)法的な助言・相談のためのメモを許容することを明文で規定しています。さらに、弁護人の意見陳述についても、(4)検察官又は司法警察官の取調べ後、調書を閲覧して意見を陳述することができ、検察官又は司法警察官は当該の書面を事件記録に編纂すること、(5)取調べ中であっても、検察官又は司法警察官の承認を受け、意見を陳述することができ、検察官又は司法警察官は、正当な理由がある場合を除いては、弁護人の意見陳述要請を承認しなければならないこと、(6)不当な訊問方法については、検察官又は司法警察官の承認がなくても、異議を提起することができることを保障しています。
(4) 運用状況
弁護人立会の状況を見ると、警察の場合は、1999年から内部指針により自主的に実施しており、施行初期には、年間200件前後の様子でしたが、その後、2021年には31、533件、2022年には30、801件となっています。警察の全処理事件が年間約170万件であることを勘案すれば、弁護人立会の割合としては低いですが、毎年徐々に増加しており特に、2020年には、初めて年間2万件を超えたのち、2021年からは3万件を上回る状況を見せています。
6 懇親会
勉強会の後は、李教授を交え懇親会が催されました。懇親会の中では、「爆弾酒」というお酒を飲む機会があり、初めての経験でした。
「爆弾酒」とは、ビールの中にアルコール度数の高い酒が入ったショットグラスを沈めたもの、あるいはそれを飲む習慣のことをいうようです。
この「爆弾酒」を懇親会の場では、指名した人と指名された人が早飲みをして、遅かった方が残っていくという方法で飲みました。韓国では友好のしるしとして飲むこともあるようで、私も参加させていただきましたが、李教授と友好関係を築くことができたのではないかと思います。