弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2017年7月 5日
行こう、どこにもなかった方法で
(霧山昴)
著者 寺尾 玄 、 出版 新潮社
しっとり、じっくり読ませる本でした。車中で読みふけっていため、いつのまにか目的地に着いていました。社内放送はまったく耳に入らず、著者の語りに全霊を傾けていたのでした。
夢の扇風機や感動のトースターを発案したというのですが、わが家にはどちらもありません。孫が遊びに来るようになってエアコンは取り付けましたが、それまでは天然自然のクーラー(要するに何もない)でした。それが下の田圃で隣人がお米をつくらなくなってから、そうもいかなくなりました・・・。
朝食にパンを食べていた時期がありましたが、今ではニンジン・リンゴ・青汁ジュースのみです。ですからトースターは不要なのです。
それにしても、扇風機の風が肌を刺して、気色悪いと思っていた理由が解けました。風が渦をつくって、一直線に肌にあたるからなのです。そこで著者は渦を解消して、自然のやわらかい風を再現したのでした。それでも一機3万5千円もします。どうやってそれを世間様に認知してもらい、売り込むのか、そこに人生を賭けた必死の努力があったのです。その過程が実によく分かります。
人の本気さは、いろいろな物事を動かす力をもっている。
思春期は、子どもが大人になるために絶対に通過しなければならない時期だ。しかし、子どもが大好きな親にとっては、過酷な時期である。
著者が14歳のとき、母親がハワイの海で亡くなった。自分や家族の身に一大事がおこり、どんなに悲しくても辛くても、それは政界の悲しみではなかった。どんなに悲しみに打ちひしがれようとも、世界は暗黒になったりはしなかった。なぜなら、それは世界や他者にとっては何もないことだからだ。
本当に、著者の言うとおりなんですよね・・・。私という存在と他者、そして世界とは、まったく別の存在なのですよね・・・。
それにしても、著者は詩を書いていたというだけあって、言葉づかいが新鮮です。
ただの解放感は、自由とはまったく異なるものだ。
著者は高校を中退し、17歳のとき、スペインへの一人旅に出て、1年間、放浪した。スペイン語も出来ないのに、たいしたものです。やはり若さですよね。
結局、著者の価値観の基礎となったのは、両親が言葉と身体で教えてくれた事柄だった。いつでも真剣に生きること、常識にとらわれず自由に考えること、本気で夢を信じていいこと。
離婚して、子どもに辛い目にもあわせた父親と母親を、著者は心底から愛していることが本書を通じて、よくよく分かります。
18歳から歌手になってステージに立って歌った。自分で天才だと思って・・・。そして、挫折したあと、モノづくりの世界に飛び込むのです。いやあ、よくもこれだけ自分の心象風景を素直に文字にできるものです。まさしく天才的、です。最後に、「それでは、みなさん、良い旅を」と呼びかけています。
読んでいると、なんだか、すーっと、心が軽くなってくる。そんな本でした。ひき続き、常識にとらわれないモノづくりに挑戦してください。なんか新鮮な刺激がほしいなというあなたに、ご一読をおすすめします。
(2017年4月刊。1600円+税)
2017年7月 4日
2015年安保、総がかり行動
(霧山昴)
著者 高田 健 、 出版 梨の木舎
共謀罪法案の国会審議はひどいものでした。いえ、言い直します。ひど過ぎます。加計学園の問題点が国会という公の場で究明されるのを恐れて、会期延長せずに徹夜国会にして「多数の横暴」で問答無用式に明らかに憲法違反の法律を制定してしまいました。自民党や公明党議員にも個人的には話せば分かってもらえる人もいると思うのですが、首相の言いなり、その手駒として右往左往するだけで、とても良識の府とは言えません。
こんな人たちが道徳教育をすすめ、日本の国を愛せよというのですから、子どもたちの目が白黒するのも当然です。
この本は、2015年夏の総がかり行動を中心によくまとめられています。
弁護士会も、日弁連も全国各地でも本当に一生けん命に取り組み、盛り上がりました。安保法は成立こそしましたし、駆けつけ警護とか米艦警護出動を形ばかりは施行しましたが、今までのところ、幸いにして戦死者は一人も出していません。
それでも、イラク・サマーワへ派遣された自衛隊員の数人が自殺して亡くなったとのことですが、南スーダンへ派遣された30代の自衛隊員が自殺したようです。詳しい状況はもちろん不明ですが、過酷な「戦場」体験がそのひきがねになったのではないでしょうか・・・。
この本に紹介されているマンガのセリフを紹介します。
「戦争に行け」と言う奴に限って、自分は行かない。
これは、正確には、もちろん自分は行かないのですが、自分の家族や親戚・知人まで行かなくていいように特別手配をします。
「国のために死ね」と言う奴に限って、自分は死なない。
これも、正確にいうと、死なないどころか、大もうけするのです。戦前の高級軍人は軍需メーカーと結託して甘い汁を吸っていましたし、今も防衛省の制服組たちが軍需産業に続々と天下りして、ぬくぬくとしています。彼らにとって、戦争はもうかるものなのです。
総がかり行動が目ざしたのは、「同円多心」。共通の目標という大きな円のなかに自立した「心」が多数存在するような、それぞれの団体・個人が自立したセンターであるような共同体づくりを目ざした。
私も国会周辺へは昼と夜に、各1回だけ行きましたが、すごい熱気でした。
安保法制法の制定を強行し、その前の秘密保護法、今度の共謀罪法の制定、そしてモリ・カケ疑惑の放置、日本の民主主義が足元から揺さぶられています。
日本国民をあまりにも馬鹿にした自民・公明政権に対して、強く反省を迫る必要があります。
(2017年3月刊。1800円+税)
2017年7月 2日
Suicaが世界を制覇する
(霧山昴)
著者 岩田 昭男 、 出版 朝日新書
私は昔からカードはなるべく持たない、作らない主義なのですが、スイカだけはもたざるをえません。地下鉄もモノレールも、これ一枚でスイスイですので、こんな便利なものはありません。その前は、改札口で切符を買うとき、小銭がなかったりして困ったことが何度もありませた。そして、スイカがあると、コインロッカーも百円玉がなくても利用できるのです。これで、百円玉をもたないときに両替機を探すという手間が不要になりました。エキナカのコンビニでもスイカでちょっとした買い物ができるようになりました(とはいっても私は利用していませんし、したくありません)。
この新書は、日本でガラパゴス的に発達したスイカが世界に飛躍しようとしている状況を実況中継しています。
スイカの発行枚数は、2016年3月末で5704万枚。利用可能な店舗は34万2600店。
こんな無敵のスイカにも、死角があった。なぜか、国際標準と認められなかったから。ところが、スイカがついにアイフォンに搭載されることになった。これで、世の中が変わるのか、どう変わるというのか・・・。
JR山の手線の駅に初めて自動改札機が出現したのは、1990年4月のこと。1997年4月からの実験で、それまでのICカードに内蔵されていた電池をなくすことが試みられた。導線を磁場の中で動かすと導線に電流が流れる電磁誘導の動きを応用し、ICカードに入っているアンテナに電力が発生するようにした。電池を入れる必要がなくなったことから、電池切れの心配がなくなり、カードをより薄く、軽くできるようになった。
ICカードに電子マネーの機能をもたせる。データの容量には、まだまだ容量がある。その空いている部分をつかって買い物に利用できるようにしたらどうか・・・。
自動改札機は、朝夕のピーク時には1分間に60人もの利用客が通過することを前提として設計された。そして、ICカードが財布の中に2枚以上入っていると、カードに内蔵されているアンテナが電力を奪いあい、通信距離が短くなってしまう恐れがある。
ソニーのICカード、フェリカは、処理スピードが2倍も速い。高度なセキュリティ機能をもち、さらにマルチ・アプリケーション機能を備えていた。
スイカと同時にJR各社は「エキナカ」ビジネスを始めた。なにしろ、都内の主要駅は、1日に新宿駅で435万人、池袋駅で345万人、渋谷駅が219万人という利用者数。これだけで、東北6県の全人口985万人をこえる。
スイカ・ショッピングは少額利用が多いので、決済手数料は2~3%ほど。それでも、店もJRもウィンウィンの関係に立つ。
電子マネーは、5兆1436億円を決済している。決済件数も52億件に近い。電子マネーの1件あたりの決済金額は991円のみ。少額決済は電子マネーで、という傾向がある。
私は、電子マネーなんて使いたくもないし、使えませんが、それはそれでよいですよね・・・。それにしても、スイカはたしかに便利ですが、カードと一元化されてしまったら、怖い気もしてきます。
(2017年5月刊。720円+税)
2017年6月29日
バラ色の未来
(霧山昴)
著者 真山 仁 、 出版 光文社
日本でカジノが合法化されるなんて、私は夢想だにしませんでした。自民党や公明党の推進派議員は、それこそお金がすべて、お金がもうかれば何をやってもいいという発想なのでしょう。そんな考えで日本の政治をひっぱっていきながら、その反対の手ので、子どもたちへの道徳教育をもっともらしく語るのです。まるで真逆の所業ですよね・・・。
自民・公明党のセンセイ方は、日本中にこれだけパチンコ店があり、ギャンブル依存症の患者があふれているというのに、カジノまで増やして、一体、この日本をどんな国にしようというのでしょうか・・・。私は、それを思うたびに怒りに身体が震えてなりません。
勝てば、もちろんうれしい。だが、それ以上に勝負のテンションを上げるのが、負けたときなのだ。バンカーにしてやられた悔しさ、カネを失う腹立たしさ、さらに自分に賭けてくれた他の参加者に対する申し訳なさも相俟って、我を忘れるような興奮状態に陥る。そして、次こそ勝つとリベンジを誓い、もっと大きく張る。しかし、そうなれば、ただただギャンブルの沼に引きずり込まれるばかりで、勝利の女神の微笑は遠ざかる。
負けが込んだら、そこで止める。そしたらバカな負け方はしない。これは、誰もが知っている理屈。だが、カジノの現場に立つと、それがとてつもなく勇気のいることだというのを思い知らされる。
本質も現実もカジノ誘致なのに、建前というか表面上はIRと呼ぶ。IRとは、国際会議施設やコンベンションホール・テーマパークなどのアトラクション施設等を統合したビジネスとリゾートの融合施設のこと。
実際の富を生み出すカジノは、その一部分にすぎないというのが建て前。この手法はラスベガスで確立され、シンガポールで成功した。トランプ大統領もカジノでもうけた一人でしたよね・・・。
昼間は家族サービスやビジネスに汗を流し、夜はゴージャスな遊びで大人の時間を満喫する。東京都内にIRを誘致したら、1兆5000億円の経済効果が期待できる。外資系の投資銀行の調査報告書には、このように書かれていますが、とんでもないことです。
カジノで潤う街には、独特な雰囲気が生まれる。それは、カジノに群がる人々から放たれる邪気のようなもので、ディーラーをしていると肌で感じる。
カジノには、人間の欲望のたがを外す仕掛けが巧妙に用意されている。よほど理性的な者でも、その仕掛けにはまってしまう。それほど巧妙なのだ。
本書で展開される、日本へのカジノ誘致合戦を背景に、首相とコンサルタントが国民不在で暗躍していくさまは、まるで現在のアベ政権そっくりで、ヘドが出そうになります。
人を不幸にしておいて、自分と家族だけはバラ色にしようとしても、不幸は拡大していくばかりです。カジノの本質的問題点を鋭くえぐり出す社会派小説だと思いました。
(2017年2月刊。1600円+税)
2017年6月27日
ストレスのはなし
(霧山昴)
著者 福間 詳 、 出版 中公新書
イラクのサマーワにも行った元自衛隊精神科医官によるストレスの原因、そして対処法を明らかにした本です。
南スーダンへ派遣された自衛官から早くも自殺者が出ました。苛酷な「戦場」体験によるストレスだったのではないでしょうか。イラクのサマーワでも、自衛官たちは大きなストレスにさらされていたことが本書によっても分かります。
A隊員は、一見すると明るい好青年。しかし、1ヶ月で14キロの体重減少。部下の班員の愚痴を一方的に聞く役にまわって、自分のストレスの発散ができない状態だった。
B隊員は、子どものように「早く帰国させてください」と泣きじゃくった。
C隊員は、サマーワでスケープゴートのターゲットになり、追い詰められていた。
サマーワには、任期3ヶ月間に、10名の女性自衛官が派遣されていた。大半は20代の若い女性。この女性自衛官には、治療を必要とする人は一人もいなかった。彼女らは、対人関係のトラブルを回避するため、一定期間ごとに部屋換えをしていた。
6ヶ月間の任期のうち、5日間、「戦力回復」としてドバイで休養できた。交通費は自弁だけど、宿泊費は支弁。サマーワと違って、欲酒できる。ゴルフやキャバレーで楽しむこともできて、バカンス的な要素が強い。したがって、緊張をゆるめてしまう隊員が出てくる。すると、かえって疲れやすくなる隊員が続出する。ストレスへの対応として、このような気持ちの緩みは致命的。これは、よろしくない。
イラクのサマーワでは、味気ない非常食ばかりだったのか、温かい味噌汁が出るようになって、自衛隊員の表情がやわらいだ。
世の中のストレスはつきものです。この本を読むと、ストレスは悪いものばかりではないということも分かります。
ストレスという敵とたたかうためには、まずは城塞である自分の身体のメンテナンスを怠ってはいけない。日頃からの健康管理意識と規則正しい生活、バランスの良い食事、適度な運動・・・。
これがストレスに備える第一歩。ストレスに打ち勝つために、健康な身体と体力の保持が頑丈な盾となる。
「戦場」体験の話もふまえていますので、説得力があります。
(2017年4月刊。800円+税)
いま、あちこちにアガパンサスの花が咲いています。すっくと背を伸ばしたライトブルーの花です。花火のような花弁で、私の好きな花の一つです。我が家の庭にも咲いています。
ほかには、オレンジ色のコウゼンカズラです。そして、アジサイです。今年は、ガクアジサイは青い花ばかりで、白い花に元気がありません。
先日、東京・銀座で「マイビューティフルガーデン」という映画をみました。
ガーデニング大国として知られるイギリスで、庭に見事な花を咲かせて楽しむ人の話です。というか、恋を語る秘密の花園というストーリー展開です。ブルーのデルフィニウム、紫のサルビア、黄金に咲き誇る百合・・・。
あっ、この花、我が家の庭でも咲いている・・・。そうなんです。片田舎に住む私の楽しみは、我が家の庭に四季折々の花を咲かせることなんです。
ガーデニングは人生を豊かにしてくれるものだと実感させてくれる、心地よいイギリス映画でした。
2017年6月11日
読んじゃいなよ!
(霧山昴)
著者 高橋 源一郎 、 出版 岩波新書
著者による人生相談の回答は、いつも感嘆・驚嘆・敬服しています。人生とは何かについての深い洞察をふまえた的確な回答には胸のすく思いがします。
著者は、学生時代は全共闘のメンバーとして暴れまわって、結局、大学は卒業していません。私は当時、アンチ全共闘でしたし、暴力賛美は間違いだと当時も今も考えていますが、著者は、その間違いを自ら克服し、人間としての幅と深みをしっかり身につけています。同世代として、うらやましい限りです。
そして、自らは大学を卒業していないのに、今では大学教授として学生を指導する身です。著者から教えられている学生は幸せです。私だってもっと若ければ、著者の教室にもぐり込んで、聴講生になりたいくらいです。
そんな著者のゼミに哲学者と憲法学者と詩人を招いて学生たちが質疑・応答をするのです。読んでいると、世界が広がる気がしてきます。学生の自由な発想にもつづくやりとりが面白くて、350頁もある分厚い新書ですが一気読みしてしまいました。
大学って、一体、何を学ぶところなんだろうと疑問に思っている若い人にはぜひ読んでほしいと思いました。
ちなみに私の場合には、学生セツルメント活動に3年あまりも没頭して、そこで学んだことが大学生活のほとんどすべてです。ですから、今、そこで十分でなかったこと、学び足りなかったこととしてフランス語を学び続け、本を大量に読んでいるわけです。
(2016年11月刊。980円+税)
2017年6月10日
安藤忠雄・建築を語る
(霧山昴)
著者 安藤 忠雄 、 出版 東京大学出版会
有名な建築家である安藤忠雄が東大の大学院生を前に5回連続で講義した内容が本になっています(1998年秋)。独学で建築学をきわめ、アメリカの大学で教え、そして東大の教授になったという経歴の持ち主です。すごい人です。
私も行ったことがありますが、瀬戸内海の直島に素敵な美術館をつくりました。地中美術館というのでしょうか、面白い構造をしています。ありきたりの形や構造はしていません。
東大の学生・院生の多くがゼネコンに就職し、会社に入ったとたんにおとなしくなるという現象を痛烈に批判しています。
終身雇用・年功序列で無難に行こうと思って、安定した生活を初めから求めるので、委縮してしまって、会社にしばられる。そうでなくて、これからは実力主義だと考えて、きっちり発言していくべき。そうでないと、世界は激動しているし、これまでのように日本の国のなかでだけ通用していた会社主義では生き抜けない。個人が強く意思をもって研さんし、しかも互いの異なる意見を認めあう客観性を備えて、きっちりと話し合う習慣を早く身につけておくべきだ。
フリーの建築家だったら75歳までは自分のペースで仕事ができる。ところが、それも若いときから、ある程度は自分が生涯かけてしていくことを決めておかないと、そんな年齢まで持続していくのは難しい。なーるほど、やっぱりそうですよね。
一流企業に入って、終身雇用・年功序列で、安全第一でいきたいと考え、まさしく20代で老化している人がいる。かと思うと、75歳でいつまでも青春を謳歌している人としか思えない人もいる。
肉体が老化していくのは止められない。しかし、精神のほうは、努力次第でむしろ挑戦する心や勇気はレベルアップしていくことが可能なのだ。
著者は、神戸の崖に大きな集合住宅(マンション)を建てています。私の身近にも、病院や保育園がかなりの斜面に建てられていました。大震災に強いマンションなら、何も問題ないわけですが・・・。
ちょっとハンディを与えてくれる崖だと、建築家としてガゼンやる気を出して本領を発揮するのでしょうね。そこが、プロは違います。
CADやCGによって描かれた図面からは、個性が見えにくい。手描きの図面だと、描いた人の思いや迷い、その文化的背景まで見えてくる。CADの図面は、一見すると完成度が高く充実した内容を伴っているように見える。ただ、その反面、世界中の誰が描いても似たような表情になってしまう。そんなところには文化が宿らないのではないかという懸念が生じるのも当然のこと。そして、その以前に、建物の致命的な機能上の欠陥が見落とされてしまうのではないかという問題もある。つまり、CADの図面では、描き手の不安や迷いがあらわれず、おさまっていないのを、あたかも収まっているかのように見えてしまう。
建築家になるためには、感性をみがく必要があり、それには旅に出かけるのが一番だという著者の持論が展開されています。まったく、そのとおりです。
本箱に「積ん読く」状態にあった本をひっぱり出して読んでみました。
(2003年11月刊。2800円+税)
2017年5月24日
舞台をまわす、舞台がまわる
(霧山昴)
著者 山崎 正和 御厨 貴 ほか 、 出版 中央公論新社
現代に活躍する劇作家、評論家の半生の語りを聞くと、生きた現代日本史がよく分かります。
著者(語る人)は戦前の満州の小学校に入学しました。軍国主義化が進んでいたようです。教師による鉄拳制裁はあたりまえの世界だった。満州の小学校には、ここは戦場と地続きだという意識があったからだ。
秋になると穂先の赤くなる高梁畑に真っ赤な太陽が沈んでいくと、見渡す限り燃えるような赤になる。
これは、ちばてつやのマンガにも描かれていましたね・・・。
敗戦後、満州は無政府状態になったが、そのなかでも、日本人の親は子どもを学校にやった。男は外に出ていったら撃ち殺されるし、母親は地下室に隠れている状況でも、学校はやっていた。そして、学校には首吊り死体がぶら下がっていたが、誰も気にせず、授業がすすめられた。
これには、驚きますね。日本人のいいところかもしれませんが・・・。
そして、著者は京都に引き揚げてきて、15歳、中学3年生のとき日本共産党に入党し、党員として活動を始めた。
これまた信じられないことです。15歳で政治活動を始めただなんて、早熟すぎます。
そして、京都大学文学部に入ります。当時の共産党は暴力革命路線をとっていましたので、山村工作隊に入る学生もいましたが、著者はその暴力路線に嫌気がさして、共産党を辞めたのでした。
そして、大学院に入り、アメリカに留学するのです。フルプライトの指名によります。
アメリカは昔から賢いですよね。これはと思う人物を招待して、アメリカに学ばせて「洗脳」するのです。アメリカ的価値観をしっかり身につけて日本で活躍してくれるのですから、こんなに安上がりな「洗脳」システムはありません。
そして、日本に帰ってきて、東大闘争(紛争)に関わるのです。私も初めて知る話でした。
著者と京極純一と衛藤瀋吉の三人が佐藤首相の秘密のブレーンになっていて、東大入試を1年だけ中止するというショック療法を思いついたのです。そして、佐藤首相を安田講堂の前を長靴姿で歩かせたのでした。
これについて、後藤田正晴は警察庁次長をしていたけれど、何も聞かされておらず、「余計なことをした」と批判していた。
著者は総理官邸のなかで仕事をしていたといいます。いつのまにか、権力の中枢で「弾圧」する側の知恵袋として活躍していたのですね。
著者は日本の非核三原則も「不可能な話だ」と切って捨てます。
アメリカに楯突くという発想がまったくありません。フルブライト仕込みが生きているのですね。そのあとも、内閣調査室(内調)のお金をつかって研究会をすすめます。
著者は、アメリカに少しは抵抗しようとした宮澤首相を小馬鹿にした感じで評しています。
そして、全共闘に対しては「可愛かった」として、シンパシーをもっています。きっと似た体質があったのでしょうね・・・。
ただ、著者の指摘する近代日本の知識人における自我の欠如だとか、森鴎外が自我の「ない」ことの苦しみと不安を生涯のテーマとして書いた人だという分析は、さすがに鋭いと感嘆しました。「不機嫌の時代」だとか、日本人の多くは世は無常なので、明日はどうなるか分からないから、今日のところはちゃんとやろうと考えるのが日本人だとする点は、私にも共感できるところがありました。
それでも、JR東海の葛西って、評価できる人物だとは私には思えません。安全無視で金もうけ本位の日本をつくりあげた張本人の一人なのではないでしょうか。
JR九州も最高益だといいますが、新幹線の駅のホームに駅員を置かないで、乗客の自己責任ということで安全手抜きの体質は、いずれとんでもない大事故を起こしてしまうのではないかと私は心配しています。
上下2段組み340頁もある大作です。大変勉強になった本であることは間違いありません。その頭脳の鋭さに驚嘆しつつも、権力本位の発想が身にしみついている人間だなとつくづく思ったことでした。
(2017年3月刊。3000円+税)
2017年5月18日
「週刊文春」編集長の仕事術
(霧山昴)
著者 新谷 学 、 出版 ダイヤモンド社
森友学園問題では「週刊文春」には、もっと連続して追及キャンペーンを張ってくれるのかと期待していたのですが、少々アテがはずれてしまいました。まあ、それでも大半マスコミがアベ政権に取りこまれたのか不甲斐ないなかで、週刊誌はまだ健闘していると言えるでしょう・・・。
雑誌は面白くなければいけない。ただ、報じられた側が必要以上にバッシングを受ける時代であることにも留意が必要だ。
週刊誌づくりの原点は「人間への興味」だ。これは、実は、弁護士にとっても言えることなんですよ。人間への興味を喪ったら、あとはお金もうけしか目がない、単なるビジネス弁護士に堕してしまいます。
本当の信頼関係は、直接会わないと生まれない。相手の表情とか仕草、間合い、そういう温度感も含めたのが情報だ。つまり、本当の信頼関係はSNSでは築けない。
こちらがある程度は情報をつかんでいることを明かしたほうがしゃべってくれる人と、「何も知らないから教えてください」という態度でのぞんだほうがうまくいく人と、二通りのひとがいる。官僚は前者で、政治家は後者。情報はギブアンドテイクだ。
学生からすぐ弁護士になった私は、会社に入った経験がありませんので、基本的には後者の立場で、いろいろ教えてもらうようにしています。
どんな組織でも、トップと広報に会ったら、たいていのことは分かる。広報マンがメディア側ではなく、トップばかり気をつかっているような組織は風通しが悪い。広報がトップに対して、ものを言いにくい、独裁的な組織になっていることを意味している。
編集長は、とにかく「明るい」ことが重要。編集長が暗いと編集部が暗くなる。常に明るく、「レッツポジティブ」でなければならない。
相手から見て、「会ったら元気になる」存在でありたい。「あいつ、面白いから」、「あいつと会うと、なんか元気が出るんだよな」、こう言われるのが一番の編集者冥利だ。
肩書きが外れても、人間同士の関係を維持するタイプの人が、その組織のなかで圧倒的に出世している。
あらゆるモノづくりの現場に財務的な発想(これは、もうかるか、採算がとれるか・・・)が入ってくると、とたんにうまくいかなくなる。
週刊文春の部員は56人。事件を追いかける特集班は40人。社員は15人で、残る25人は、1年契約の特派記者。8人ずつ5班で構成する。毎週木曜日に企画会議を開いている。ネタのノルマは1人5本。200本のネタが毎週あつまり、デスク会議で発表される。ネタを出した記者が必ず書く。これが記者のモチベーションを高める。そして、特集を出して、大当たりしたらボーナスをはずむ。
週刊誌記者の苛烈な競争社会の内幕とあわせて、売れる記事をつかむコツも公表されていますので、面白いです。
(2017年4月刊。1400円+税)
2017年5月11日
原点
(霧山昴)
著者 安彦 良和、斉藤 光政 、 出版 岩波書店
私は見たことも読んだこともないので、どんなストーリーなのかも全然知りませんが、『機動戦士ガンダム』の作者が自分の生い立ちなどを語っている本です。著者は私と同じ団塊世代で、弘前大学で全共闘のリーダーとして活動していて、大学占拠の罪に問われて警察に逮捕され、刑事被告人にもなったとのことです。
弘前大学というと、連合赤軍事件で生き残って逮捕された植垣康博と青砥幹夫という二人も著者と同じころの卒業生になります。
「弘前大学の全共闘運動をとおして、大まじめにばかをやった。いま考えると、たしかにこっけいだけど、シリアスな問題もかかえている」
著者は、このように語っています。
「憎しみをバネにした革命の時代は終わった。そういう革命は、人を幸せにしない」
この言葉には、私もまったく同感です。もしも全共闘が革命に成功して、天下をとっていたら、カンボジアのポルポト政権と同じようなこと、大虐殺をしていたことでしょうね。恐ろしいことです。なにしろ、「敵は殺せ」の論理でしたから・・・。
いま、著者のマンガは、分かりあえない時代や社会だからこそ、分かりあえたら、どんなにいいだろう、という考えに立脚しているとのこと。素晴らしいです。惜しみない拍手を贈ります。
著者は、北海道北部の北見地方に生まれ育った。父親は屯田兵二世。
幼いことから絵を描き、マンガを描いていた。ちばてつやも同じでしたね。
イラストやマンガは習うものではない。教えてくれる人はいなかったので、見よう見まねで幼いころから描いていた。自分の絵に師匠はいない。
著者は手塚治虫の虫プロダクションに入り、アニメの世界にもしばらくいました。そのうち、独自の世界を切り拓いていったわけです。
この本の最後にある著者の言葉を紹介します。
「いま、ぼくが描いている機動戦士ガンダム・ジ・オリジンは戦争の話だ。戦争に巻き込まれる人たち、これから巻き込まれるであろう人たちが、たくさん登場する。大量死の運命を避けられない市民や、大切なぬいぐるみを抱いて親に手を引かれ、逃げる子どもも出てくる。そんな絵を描くのはとても辛い。そこに生があり、生活があるのを感じるから、あったのを感じるからだ。生は死よりも重い。たぶん、ずっとずっと、重い」
大学解体なんて無責任なことを言って、建物だけでなく人間関係を破壊していた全共闘だった人のなかに、今、こんなに真面目に、人の優しさを大切にしようと考えている人がいるのを知ると、うれしくなります。また、同じような思いを抱いている人の存在を知って、力強く思います。
(2017年3月刊。1800円+税)
この連休中、近くの小山にのぼりました。頂上で知人一家が食事中なのに遭遇して驚きました。私は、いつもの360度パノラマの地点で、おにぎり弁当をいただき、帰りはミカンの白い花を愛でながらおりました。
庭にアスパラガスが毎日のように伸びています。連休中は一度に5本もいただきました。春の香りを口中に味わう幸せを感じます。
いま、庭は、キショウブの黄、ショウブのライトブルー、そしてオレンジなど、見事にカラフルです。ウグイスの声を間近にききながら、ジャガイモの手入れをしました。6月の収穫が楽しみです。