弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2017年4月 8日

絵でみるニッポン銭湯文化

(霧山昴)
著者 笠原 五夫 、 出版  里文出版

私にとって銭湯とは、まず何より我が家にテレビのなかった小学生のころ、銭湯の経営者宅に上がり込んでテレビ(もちろん白黒です)を見せてもらっていたという記憶です。「ジャガーの眼」だったでしょうか。それとも「快傑ハリマオ」か・・・。私のような子どもたちで満員盛況でした。でも、銭湯を利用していない子どもは入場禁止になったような気がします。我が家にはテレビはなくても、風呂はあったのです。大学生のころには、寮生活と下宿生活をしていましたので、銭湯には、よく行きました。1回40円だったと思います。「神田川」の世界ですが、待ち合わせするような女性は残念ながらいませんでした。
銭湯が始まったのは江戸時代で、経営者には新潟、富山、石川の三県出身者が多かったとのことです。なぜ、この北陸三県に銭湯の経営者が多かったのでしょうか・・・。故郷の若者を呼び寄せ、チームを組んで苦労して湯水を確保していたようです。
今でも東京の銭湯の9割は、新潟、富山、石川の三県出身者が経営している。ホントでしょうか・・・。
富山県人(越中人)は、酒もタバコもやらずにひたすら働き、せっせと貯め込む、その勤勉ぶりは、新潟県人も驚くほど。県民意識が高く、人間関係が緊密。経済観念は北陸随一。
ところが、今や銭湯も絶滅危惧種。昭和43年(1968年。私が大学2年生のころ)に東京都内に2660軒あったのが、平成6年には1650軒になった。1000軒も減っている。利用客の減少、固定資産税の高負担などが原因。
この本によると、銭湯の料金は私が大学生のとき(1967年)に32円だったのが、大学を卒業した1972年には48円だったとのこと。たしかに、私の司法試験受験日記には40円を払って銭湯に入って、さっぱりしたという記述があります。
今では、その10倍近い460円になっています。
銭湯でなくても、日帰り温泉も安くなりました。日本人の風呂好きは昔からですが、これも高温多湿の気候条件を抜きにしては考えられません。
銭湯を残すのは社会的責務なのではないでしょうか・・・。
自らも銭湯を営みながら、昔をしのぶ絵を描いて、銭湯の歴史をたどった貴重な本です。
(2016年11月刊。2000円+税)

2017年4月 3日

すきやばし次郎 旬を握る

(霧山昴)
著者 里見 真三 、 出版  文芸春秋

いやあ、ホンモノの寿司って、実に見事に美味しそうです。
映画にまでなった「すきやばし次郎」の寿司のオンパレード。残念ながら映画は見ていませんし、店に入ったこともありませんが、この本一冊で、なんとか我慢することにします。
原寸大の寿司のカラー写真がたっぷりなので、眼のほうだけは満腹感があります。そして、次郎さんのセリフが素敵です。さすが超一流の職人芸は違います。
本書は、当代一の鮨職人、小野二郎が一年間に供する握り鮨、酒肴、小鉢などの全点を洩れなく収めた、究極の「江戸前握り鮨技術教本」である。
本書は、旬(しゅん)を知る歳時記としても大いに役に立つ。寒い季節の自身の王者はヒラメで、夏はフッコやマコカレイ。タコの足は冬に味が乗って、関東のアワビの旬は夏。シャコは子を持つ春が一番うまい。
小野二郎が握る鮨は、端正で美しい。一流の料理人に必須とされる抜群の嗅覚と味覚、そして未蕾(みらい)の記憶力を兼ねそなえているばかりではない。例を見ないほど度外れて執念深い完全主義者であり、凝り性だ。小野二郎は、味の改革改良のためには労をいとわない。だから、その握る鮨は、日々進化する。
握りの横綱はコハダ。コハダは鮨ネタで一番安い魚。しかし、上手に加工すれば喉が鳴る「握りの横綱」になる。とくにコハダの稚魚であるシンコは秒争い。
小野二郎は、一日に何回も、ネタの味見をする。鮨屋のオヤジが味をみて、「これは、うまい!」と自信をもって握らなかったら、お客さんに失礼にあたる。このように考えている。
コハダは、朝に食べて、お昼に食べて、夕方に食べて、明日の締め具合を見るのにノレンを下ろしから食べる。自分が納得するまで、こうして食べ込んでおけば、お客さんは、決して「まずい」とは言わない。
脂の乗った旬のイワシは、煮て食べる。これが楽しみで鮨屋をやってるんじゃないかと思うほど、煮ると実にうまい。これぞ鮨屋のオヤジの特権である。
カツオを握るのは、春の初ガツオだけ。秋の戻りガツオは使わない。戻りガツオは脂がクドすぎるから。戻りガツオは秋の菊。香りが強すぎる。
マグロに限らず、微妙な香りをどうやって嗅ぎ分けるのかというと、口に入れた瞬間、上あごにネタを少し押さえつける。そして、匂いをフンと鼻に抜いて香りを確かめる。舌では分からない。舌ではなく、鼻で味わう。
うまい握り鮨を楽しむためには、前に食べた握りの味と脂、それに匂いをガリの刺激で消して、粉茶でつくるうんと熱いアガリで口中を洗う。これが江戸前の流儀。だから、アガリは熱くないといけない。このように、鮨屋のアガリは、いれ加減がむずかしい。濃すぎてもダメ、薄くてもダメ。粉茶は一度しか使わない。新茶や玉露ではない。
小野二郎の握った鮨は、食べても喉が渇かない。店を出たあとで、ああ、もう少し食べたかったなあ、そんな気にさせるには、シャリは薄味でなければいけない。
『すきやばし 次郎』の客は、何も言われなくたって、看板の10分前、午後8時20分になると、一斉に席を立つ。
見事な鮨の写真には、ほれぼれします。そして、鮨の技術教本というだけあって、写真付きの懇切丁寧な解説までついています。20年前の本をネットで注文して読んでみました。あなたに至福のひとときが約束される本です。
(1997年10月刊。2800円+税)

2017年3月29日

蜜蜂と遠雷

(霧山昴)
著者 恩田 陸 、 出版  幻冬舎

うまいですね。よく出来てますね。この本は、有明海を渡るフェリーの住復の船中で読んだのですが、まさしく至福のひとときを過ごすことが出来ました。
私の親しい友人の勧めから読んだ本です。もちろん直木賞を受賞した本だというのは知っていましたが、賞をとった本が必ずしも私の好みにあうとは限りませんので、先送りしていました。
よく言われることですが、面白い本というのは、初めの1頁せいぜい2頁までに分かります。この本は、出だしの3頁を読むと、何か面白いことが起きそうだという気がしてきて、頁をめくって次の展開がどうなるのか、はやる気持ちが抑えられなくなります。
ピアノのコンクールに出場するピアニストの心情、そして演じられる曲が実に言葉豊かに表現されるのです。まったくピアノの曲目のことを知らない門外漢の私にも妄想たくましくというか、果てしない想像をかきたててくれるのです。その筆力には完全に脱帽です。
うーん、これは、すごい。心憎いばかりに計算され尽くした展開には茫然とするばかりです。
幼いころからレッスン漬けで頭角をあらわし、著名な教授に師事していれば、めぼしい者は業界内では知れ渡っている。また、そんな生活に耐えている者でなければ、「めぼしい」者にはなれない。まったく無名で、彗星のごとく現れたスターというのは、まずありえない。
プレッシャーの厳しいコンクールを転戦して制するくらいの体力と精神力の持ち主でない限り、過酷な世界ツアーをこなすプロのコンサートピアニストになるのは難しい。
技術は最低限の条件にすぎない。音楽家になれる保証など、どこにもない。運良くプロとしてデビューしても、続けられるとは限らない。
幼いころから、いったいどれくらいの時間を、黒い恐ろしい楽器と対面して費やしてきたことか。どれほど子どもらしい楽しみを我慢し、親たちの期待を背負いこんできたことか。
誰もが、自分が万雷の喝采をあびる日を脳裡に夢見ている。
練習を一日休むと本人に分かり、二日休むと批評家に分かり、三日休むと客に分かる。
いいなあ。心から幸福を覚えた。
いいなあ。ピアノって、いいなあ。ショパンの一番、いいなあ。
音楽って、ほんと、いいなあ。
なんだろう、音楽って。
ただ、限りない歓びと、快感と、そして畏怖とが確かに存在しているだけだ。
音楽、ピアノ、そしてコンクールのことを何も知らなくても、十二分に楽しめる本です。すごい言葉のマジックに酔わされてしまいました。
絶対おすすめの本です。
(2017年1月刊。1800円+税)

2017年3月25日

重版未定

(霧山昴)
著者 川崎 昌平 、 出版  河出書房新社

私の本は、残念なことに、一つを除いて、すべて重版にはなりませんでした。私としては、数万部とまではいかなくても万に近い数千部は売れると見込んでいたのですが・・・。ですから、文庫本にして、さらに売るつもりだった思惑も、見事にはずれてしまいました。
この本は、出版業界の、なかなか思うように本が売れないという悩み深い現場をマンガで描いています。私にとっても、身につまされる話で、思わず泣けてきました。だって、本を出版する以上、やはり大いに売れて、たくさんの人に読んでほしいじゃありませんか・・・。
ちなみに、私の売れた本の最高は800部です(『税務署なんか怖くない』)。
カラー印刷は、ふつう4色の版を重ねて色を表現する。その版がずれると、輪郭線が鋭くなったり、紙色が見えてしまったりする。
カラー印刷って、いつも平気で見慣れていますけれど、あれってよく考えると、不思議なんですよね。たった4色で、あれだけ複雑かつ微妙な色あい・濃淡を再現できるのも不思議ですし、版のずれが起きないというのも私には摩訶不思議なことです。
実売印税とは、実際に売れた部数をベースに設定されるもの。実売印税8%だとすると、2000円の本が1000部売れたら、著者の印税収入は16万円となる。
私の場合、8000部も売れたときには、それなりの印税収入となりましたが、それを元手として新聞広告をうったので、差引ゼロに等しくなりました。広告代を著者負担で新聞一面下に広告を出すことにしたのです。あまり効果はありませんでしたが、自己満足にはなりました。
書店の平積み。書店は、売れる見込みの高い商店(本)しか平積みはしない。
ですから、私の本はなかなか(1回だけしか)平積みしてくれないのが現実です。
出版社のぞくぞくする実際を知りたい人には必読というべき真面目なマンガ本です。
(2016年11月刊。1000円+税)

2017年3月23日

星をつける女

(霧山昴)
著者 原 宏一 、 出版  角川書店

食べることが好きなだけでなく、舌が肥えていないとつとまらない仕事をしている女性が主人公です。
レストランを星で格付けする仕事です。それも覆面調査員として・・・。ただ、一般人向けの格付けではなく、投資家向けの格付けです。要するに、この店は投資する価値があるかどうかを探る仕事なのです。本当に、そういう人が存在するのでしょうか。
覆面調査員の顧客は、飲食ビジネスに投資したり買収したりする個人投資家や機関投資家たち。調査対象のメニューや味、品質はもちろん、サービス、店舗オペレーションさらには経営論理に至るまで、包括的に調べあげて格付け評価をする。
ミシュランガイドによる星の格付は有名です。私もリヨン郊外の「ポール・ボキューズ」に行ったことがあります。さすがの雰囲気と味わいの店でした。
どんな羽振りの良さそうな客であっても、2、3回来店した程度で挨拶してしまっては、店の格とシェフの威厳は保てない。簡単に常連扱いしないことで、挨拶してもらえる常連客に特別感を与える。それがまた店の格とシェフの威厳を高めてくれる。
20年も前に南仏のエクサンプロヴァンス語学留学していたとき、夕食は決まって同じレストランでとっていました。続けていくと、マダムが顔を覚えてくれて、まさしく常連扱いをしてくれます。昼間、街角ですれちがったときにも挨拶をかわしました。
シェフの挨拶は、デザートをクリアして食後のコーヒーを二口ほど飲み終えたころに行く。挨拶のタイミングとなったら、給仕長に先導されて、おごそかにホールへ向かう。他の客の視線がシェフに集中するなか、ほかの客とは目を合せず、挨拶しようとする客のテーブルだけを見すえて、脇目もふらずテーブルに進み、笑顔で問いかける。
「本日のお食事、いかがでしたでしょうか?」
実際には、シェフは全部のテーブルを挨拶してまわるのではないのでしょうか・・・。
味覚とは磨きあげるもの。毎日、毎日、真剣に味わい続けて初めて舌からの脳に記憶される。
日本で高級レストランを経営するのは大変なこと。高価で稀少な食材を手の込んだ技法で調理し、何皿も提供しなければならない。高額ワインの充実した在庫も必須だし、店舗の内装や備品にも凝らなければ満足してもらえない。高級食器も山ほどそろえておく必要がある。したがって、はたから見えるほど、うまみのある商売ではない。
そこで、食材の産地を偽ったりする店が出てくることになるわけです。この本では、フランス産のシャロレー牛なのかどうかが問題になっています。本当に食べただけで牛肉の産地まで分かるものなのでしょうか・・・。
といっても、私も高級牛肉の味の素晴らしさを一度味わったことがあります。ふだん食べている牛肉とは全然違っているのに舌が驚いていました。
フレンチレストラン、ラーメン店そして高級リゾートホテル。どこにでも、まがいものがあり、よこしまな野望に燃える人がいるのですよね。美味しいグルメ本でもありました。
(2017年1月刊。1500円+税)

2017年3月19日

ハイジが生まれた日

(霧山昴)
著者 ちば かおり 、 出版  岩波書店

1974年に始まった『アルプスの少女ハイジ』は、私が弁護士になった年でもあります。
日曜日の夜7時半から、私はテレビの前で食事をとりました。そのころもテレビはほとんど見ていませんでしたが、この番組だけは楽しみに見ていたのです。そして、そのころ私はまだ日本酒を飲んでいましたので、ひとり手酌で飲みながら食べながら、『ハイジ』の世界に浸っていました。
『ハイジ』には、魔法も武器も超能力も登場しない。ドタバタギャグもなければ、大事件もない。自然への回帰と再生、人の心の温かさと大切さを描いている。等身大の人間が丁寧に描かれている。
『ハイジ』は、生粋の日本産アニメ。ところが、ヨーロッパ人は、誰もが自国の制作だと思っている。
『ハイジ』の主人公の女の子って、日本人である私からすると、どうみたって日本の少女だと思うんですけれど、ヨーロッパ人にもスイスの女の子として違和感がないというのは不思議です。
スペインでは『ハイジ』の放映時間になると、町から人が消えた。『ハイジ』は、ヨーロッパ各地で大ヒットし、さらにアラブ諸国やアジア圏にも『ハイジ』旋風が巻きおこった。ハイジというキャラクターは、世界共通のシンボルとなった。
ところが、意外にも、スイスではまだ一度も放映されたことがない。
それでも、『ハイジ』の舞台となったマイエンフェルトには、世界中から観光客が押し寄せ、『ハイジ』は、この町の重要な観光資源になっている。
原作には、犬のヨーゼフは登場しない。これは、日本でアニメをつくるときに、創作されたもの。
この本は、『ハイジ』が制作される前史も丁寧に紹介しています。そして、『ハイジ』制作の苦労と工夫が語られます。
『ハイジ』には、キリスト教との関わりが慎重に扱われている。原作では、信仰は大きな柱になっている。これをアルムの小屋の裏に三本の大きなモミの木を置いて、ハイジの心の支えにした。このことによって、『ハイジ』は世界中で受け入れられる普遍性をもった。なーるほど、ですね・・・。
スタッフは、スイスへロケハンに行った。少しでも現地の風景と人々を再現しようとしたのです。若き高畑勲、宮崎駿がスイスに行って10日間、あちこち見てまわったのでした。
高畑勲は、『ハイジ』に日常芝居の可能性をかけていた。地味ともいえる生活の描写を積み重ねることで、ハイジという少女にリアリティが生まれ、視聴者がその世界を実感し、ハイジの心に共感できるようになる。
まさしく、そのとおりです。『ハイジ』のテーマソングが流れると、既に大人だった私もワクワクしながらみていたものです。
著者は柳川市生まれとのことです。いい本を、ありがとうございました。
(2017年1月刊。1800円+税)

2017年3月16日

無葬社会

(霧山昴)
著者 鵜飼 秀徳  、 出版  日経BP社

日本社会の現実の一端を認識させられた思いのする本でした。車中で一心に読みふけってしまいました。
2015年の死亡数は130万人。これが2030年には160万人を突破する。鹿児島県の人口170万人と同じだけの人が毎年亡くなっていく。
2030年には、孤独死予備軍は2700万人になる。核家族化の行き着く先が孤独死だ。
都内の戸山団地は高層アパートが16棟あり、人口3200人。ところが世帯数は2300。つまり、7割以上が独居状態。
都会の火葬場では炉が一杯のため、1週間から10日も待機させられる。
都会には、数千基を納骨できる巨大納骨堂が次々に出現して人気を博している。都内に10棟あり、そこではコンピュータ制御で遺骨が自動的に遺族の前に搬送されてくる。
火葬率は99.99%。日本は世界一の火葬大国。
全国の火葬場の大半は公営。ところが都区内では9つの火葬場のうち、6つは民営(東京博善)。火葬の原価は、1体あたり6~7万円。公営のように一律料金だと、赤字になる。
都会の高層マンションでは、管理組合の規約によって遺体を部屋に運び込めないところが多い。
電車の網棚に骨壺を乗せたまま、置き忘れたフリをして遺骨を遺棄するケースが増えている。
孤独死現場の清掃依頼は二つ。遺品整理と特殊清掃。遺体の発見が遅れたときの凄惨な現場には、誰も入りたがらない。
都会に出てきた団塊世代は、長男次男を問わず、「高額な土地付の墓はいらない」「死後の世界に興味はない」。遺骨は海や山野に撒いてほしい」などと考えている。
岩手県一関市には樹木葬を扱うお寺がある。ここでは人工物を一切つかわない。里山に散骨し、自然と同化していく。
隠岐にも、同じように散骨できる無人島がある。自然に還るというのはいいですね。昔のような石塔のお墓は、私も不要と思います。これも明治以降に石材店が広めたものなんですよね・・・。
海洋散骨は、あまり需要がない。遺族が手をあわせる場所がないし、風評被害を漁業者が恐れるから。
なるほど、ですね。人骨を集めて仏像をつくるというお寺もあるそうです。
日本の家庭に仏壇がどれだけあるか。戦後まもなくは80%。1981年に61%。2009年には52%。年々、低下している。わが家にも仏壇はありません。
団塊世代が次々に亡くなっていく日本では、お葬式のあり方、お墓のあり方もどんどん変わっていっています。
結婚式で仲人を立てなくなり、結納金も動かず、婚礼家具セットの購入もありません。そもそも結婚式をしないカップル、その前に結婚しない、同棲もしない男女が増えてきています。
ですから、人生の終末だって、当然変わるはずです。
お葬式を無宗教でやるというのも珍しくはなくなりました。そして、戒名をつけなくてもいいという意識も普通です。墓地を購入したり、墓石を建てるという意識も弱くなりました。はじめから納骨堂でいいと考えるのです。今でもたまに、親の遺骨の奪いあいみたいなケースに遭遇しますが、それはもうめったにあることではありません。
社会の移り変わりを大いに実感させてくれるレポートでした。一読に価する本です。
(2016年10月刊。1700円+税)
ついにチューリップの花が咲きはじめました。
16日の朝、雨戸を開けて庭を見ると、ピンクのチューリップの花を見つけました。庭に出てみると、白い花も咲いています。いずれも背の低い小さなチューリップです。
アスパラガスも出てきて、春の香りを味わうことができました。いよいよ、春が本番です。

2017年3月11日

お寺さん崩壊

(霧山昴)
著者 水月 昭道 、 出版  新潮新書

坊主、丸もうけ・・・なんて、大ウソなんですよ。そう訴えている本です。
この本を読むと、なるほど、そうだろうなと納得します。だって、それほどお寺をみんな利用していないでしょ。
たとえば、お葬式にしてもそうですし、戒名にしても、私の身内が亡くなったとき、本人の遺思でつけませんでした。私も、そんなのいりません。
檀家が激減して、寺院経営は大ピンチ。そのとおりだと思います。
ところが、その一方で、怪しげな「寺院」のボッタクリ商法は昔も今も繁盛していますし、インチキ占いも相変わらずです。人間、困ったときには、どこかにすがりたいのですよね・・・。
いま、日本全国で、急激な勢いでお寺が崩壊している。いうまでもなく、経営難からだ。
清らかな精神的空間が日常から消えていくとき、荒れがちな「私」の心を鎮める装置を、いったいどこに求めたらいいのか・・・。
この10年間に、中国地方で宗教法人が減少した。広島で22法人、島根で24法人。とくに、浄土真宗系に多い。全国的には、6万法人(36%)が25年後には消滅していると推測されている。
代務住職とは、そのお寺本来の住職に代わって法事や葬式をつとめる近隣のお寺の住職のこと。
檀家の限界点は300軒。浄土真宗は葬儀のときお布施が他宗派より比較的安くて、100軒の檀家(門徒)がいるとして、年に300万円の収入となる。300軒だと900万円になる。年会費(護持費)は、1~2万円が普通なので、300軒の檀徒だと300~600万円。ところが、一般的なお寺では檀家は300軒にならないところが圧倒的。
したがって、お寺の住職は、年200万円ほどの給与となる。
宗教法人には、住職をふくめて3人以上の責任役員を置くことが法律で決まっている。
坊守(ぼうもり)は、住職の妻のこと。
寺族は、寺院に生まれた人間や住職の妻のこと。
ご院家(いんげ)さん。お坊さん同士の呼びかた。
住職の息子が跡取りを拒否することも珍しくない。
院号は、20万円以上の寄付があった人が対象。立派な布施行をしたことに対して授けられるのが院号。地方寺院が院号授与によって浄財をもらうことはない。ということは本山へ行く。ただし、後日、寺院に手数料として15%の「お返し」が本山からある。
浄土真宗本願寺派では、前年比で4億円のマイナスとなっている(H27)。
浄土真宗は、阿弥陀如来一仏が中心。
お布施は、本来なら、自分の手にあまるものを仏さまに差し出すことで、はじめて心に安らぎをいただけるという考えにもとづくもの。
他力本願を、努力しないで人頼みにするというのは、まったくの誤用。仏の本当の願い、それ(他力)に導かれることによって、煩悩の固まりである私たちであっても悟りの世界を垣間見られるようになるみたいだ。これが本願他力とされるもの。
水月とは、みづきと読むそうです。福岡のお寺の若き(若くもないのですが・・・)住職による本です。
(2017年1月刊。760円+税)

2017年3月10日

キャスターという仕事

(霧山昴)
著者 国谷 裕子 、 出版  岩波新書

インタビューする前には、徹底して調べておく。だけど、本番では、いったん白紙に戻して、目の前の人物の話によく耳を傾ける。そうすることで話についていけ、的確な質問が出来る。予定した筋書きばかりを追おうとしたらダメ。
これはキャスターとしての心構えですが、弁護士の反対尋問についても言えることです。
ともかく目の前の証人の言葉そして表情を、よく聞き、また見てから、その隠された弱点をあばき出すのです。下を向いて必死でメモをとっていたらいけません。
準備は徹底的にする。しかし、あらかじめ想定したシナリオ本番では捨ててのぞむ。言葉だけでなく、その人全体から発せられているメッセージをしっかりと受けとめる。そして大切なことは、きちんとした答えを求めて、しつこくこだわる。
良いインタビューは、次の質問を忘れて相手の話を聞けたときに初めて行えるもの。
キャスターは、はじめに抱いた疑問を最後まで持ち続けることが大切だ。
インタビューに必要なものは、その人を理解したいという情熱だ。
著者が高倉健をインタビューしたとき、答えがかえってくるまでに、なんと17秒もの空白が生じたそうです。沈黙の17秒って、すごく長いですよね。でも、著者はじっと耐えて待ちました。えらいですね。並みの人にはマネできませんよね。
「あいまいな言葉で質問すると、あいまいな答えしか返ってこない。正確な質問をすると、正確な答えが返ってくる。明確な定義をもつ言葉でコミュニケーションすれば、その人は自分の言葉に責任をもつようになる」
これは、カルロス・ゴーンから聞いた言葉だそうです。さすがにフランスで高等教育を受けた人の言葉だと思いました。
正確な答えを引き出すためには、インタビューは、まさに正確な質問をしなければならない。難しいのは、入念に準備をして、その準備のとおりインタビューしようとすると、大失敗につながりかねないこと。
想定問答を練って、そのとおりに質問すると、実際のインタビューでは絶対にうまくいかない。相手の話が全然聞こえてこなくなる。自分のシナリオばかりに気をとられ、頭の中は、「次に何を質問しようか」ということで一杯になってしまうので、目の前の人の話や身体全体から出ている言葉を聞くことができなくなってしまう。
これは、法廷における敵性証人の反対尋問と、まったく同じことです。
23年間もNKHの「クローズアップ現代」でキャスターをつとめた著者ならではの話が紹介されていて、なるほど、そうだったのかと思いました。といっても、私自身はテレビは見ませんので、「クロ現」をみたことは、ほとんどありません。
緊張感のある番組づくりに著者たちが精魂かたむけていたことが、ひしひしと伝わってくる本でもあります。
NHKには、このあいだまで史上最低といわれた籾井会長が君臨していましたが、新会長のもとでも、相変わらずアベ政治の片棒かつぎをしていくのでしょうか。やめてほしいです。
権力におもねることのない番組づくりを期待します。
(2017年1月刊。840円+税)

2017年2月18日

「快傑ハリマオ」を追いかけて

(霧山昴)
著者 二宮 善宏 、 出版  河出書房新社

昭和35年(1960年)4月から翌年6月まで、テレビの人気番組でした。全65話を私が見たかどうかは覚えていませんが、その主題歌は今も鮮明に覚えていますし、サングラスのカッコいい姿に私たちは熱狂していました。
私が11歳から12歳にかけての放映ですから、まだ小学生です。わが家にテレビが入って2年目くらいではなかったでしょうか。
その前の人気テレビ番組は「月光仮面」でした。オートバイにまたがって白くて長いマフラーをなびかせた月光仮面は、まさしく私たち子どものヒーローでした。
「ハリマオ」の主題歌はそのころ人気絶頂の三橋美智也がうたっています。驚くことに、この「ハリマオ」の歌は、今もカラオケで好まれる歌の上位に入っているそうです。それだけ団塊世代に印象深いし、歌いやすいのです。
主人公のハリマオは、裾をなびかせた白いパンタロンに頭に巻いた白くて長いターバン。そして黒のサングラスです。ハリマオを狙う悪役たちが何人もいて、それを次々に危機を脱出したハリマオがやっつけるのです。
この本によるとハリマオを演じた藤木敏之という役者は、その後、芸能界を引退して都内で飲食店を経営していたことまで判明していますが、その後の足どりはまったく判明していないとのことです。何があったのでしょうか・・・。
ハリマオのモデルは、福岡出身の谷豊という日本人。マレーに渡って盗賊団を組織してマレーを支配するイギリス人や華僑を襲っていた。そこに日本軍の諜報機関(F機関)が目をつけて、日本軍のスパイとして活動していたが、戦争中に30歳で病死した。
驚いたことに、谷豊はF機関の軍属として「戦死」とされて、靖国神社に合祀されているそうです。著者は、つくられた軍国美談だとしています。
しばし小学生のころの気分に浸ることのできる本でした。
(2016年11月刊。2000円+税)

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