弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2017年5月 9日
働く青年と教養の戦後史
(霧山昴)
著者 福間 良明 、 出版 筑摩書房
今からちょうど50年前(1967年)の4月に上京して、大学生活を始めました。そして、高校の先輩に誘われて学生セツルメント活動に足を突っこんだのです。
私は、子ども会ではなく、青年部に所属し、地域の若者サークルにセツラーとして加わりました。私たちのサークルではグラフ「わかもの」という雑誌をつかっていましたが、近くに「人生手帖」をつかった緑の会という労働者のサークルがあり、その会合に私も参加したことがあります。いかにも真面目な労働者のサークルという雰囲気でした。やがて、そのなかのごく一部の人たちが「京浜安保共闘」を名乗り、赤軍派になり、連合赤軍へとつながっていったようです。もちろん、それはごくごく一部の人たちです。日本安保を考える無数の若者サークルが出来ていたころのことです。
この本は、その「人生手帖」と緑の会の歴史的な歩みを解明していますので、私にとっては、ぜひ読みたい本でした。
「人生手帖」は8万部近くを発行していたが、「中央公論」の12万部、「世界」が10万部、「新潮」6万部に比べて、決して少なくはない。
中卒で集団就職して大都会に出てきた勤労青年層には、進学への希望を抱きながらも、高校に進学できず屈折した思いを抱く人が少なくなかった。彼らは安穏に書物に親しめる環境にはなかった。長時間労働で、休暇は少なく、安い賃金は思う存分に書物を買うゆとりはなかったし、経営者から思想傾向を知られて警戒されたりもした。
それでも、彼らは学歴エリートとは異なる形で、教養を求めて駆り立てられた。
「人生手帖」のような人生雑誌には、知識人層へのいら立ちが吐露されていたが、同時に知や知識人への憧れも強かった。
「人生手帖」に対しては、「マルクスみかん水」という批判もあった。マルクス主義を水でうすめ、糖分や香料も加えて口当たりを良くしているというのだ。
高校進学率はどんどん上昇していた。1950年代半ばに5割ほどだったのが、1961年に62.3%、1963年に66.8%、1965年には7割をこえた。そして、1970年には82.1%に達した。
大学進学率は、1968年には、23.1%でしかなかった。今日の半分以下の水準である。
「人生手帖」のような人生雑誌は、高校進学率が70%をこえ、8割を上回るよいうになると、衰退していくしかなかった。進学できない理由が家計の問題から学力の問題へと移行していった。
私が「人生手帖」の緑の会を知ったのは1967年から68年にかけてだと思いますので、中卒の集団就職組のなかの知識への渇望に踏み出していた労働者の集団を目撃していたということになります。ちなみに、そのころテレビはもちろんありましたが、まだ白黒テレビでしたし、カラオケはなく、ボーリング全盛時代でした。オールナイト・スケートとか早朝ボーリング大会などを若者サークルの連合体として企画していました。もちろん、若者がたくさん集まり、それはそれはにぎやかなものでした。若者たちが群れをなして、話し合い、歌っている時代です。
(2017年2月刊。1800円+税)
2017年5月 5日
人間力を高める読書法
(霧山昴)
著者 武田 鉄矢 、 出版 プレジデント社
私は年間500冊以上の単行本を、この30年以上よんでいます。でも、それは私の人間力を高めようと思ってしていることではありません。基本は知的好奇心です。次から次に、世の中のことを知りたいと思って、本を読み漁っています。知れば知るほど、知らないことが世の中にいかに多いか、愕然とする思いなのです。
著者は私と同じ福岡県生まれで、私より一学年だけ下になります。もちろん、例の「タバコ屋の息子」のバラードは好きな歌ですし、『幸福の黄色いハンカチ』は泣けました。ですから、何年か前に、夕張に行き、現地にも立ってきました。
歌に劇に大活躍していることは私も知っていました(テレビは見ませんので、実は活字を通して、ということですが・・・)。ところが、この本によると、なんと23年間もラジオのパーソナリティをつとめて、ほとんど毎日、よんだ本を解説しているというのです。すごいですね。敬服します。
「この組を本にしないのは文化的損失です」という口説き文句で本になったとのことですが、この本の密度の濃さは半端ではありません。読書家を自称する私もついタジタジとなってしまいました。
ちなみに、私の書評コーナーも、9.11の年(2001年)に始めましたので、もう16年たっています。ところが、誰も「本にしなければ文化的損失になる」とは言ってくれません。トホホ・・・。
この本の圧巻は、私も書評で紹介した『狼の群れと暮らした男』(築地書館)です。
オオカミにさわられて育てられたという「狼少年・少女」の話はインドにありますが、青年男性が狼の群れに飛び込んでいって、受け入れられる過程が描かれている本ですので、その迫力にはド肝を抜かされます。少しでも犬に関心のある人には強く一読をおすすめしたい本です。
この本を著者はコメント付きで詳細に紹介しています。まさしく、ありえない過酷な状況に自らを置いて厳しい試練を受けるという、信じられない話なのです。この本は、この部分を読むだけでも大いに価値があります。
ノモンハンそしてミッドウェー海戦における日本軍の大失敗も著者は紹介していますが、この大失敗を今、安倍政権の暴走を止めきれなかったときには、現代に生きる私たちは同じ大きな過ちを繰り返すことになるでしょう。
この本の出だしは、「1行バカ売れ」です。なるほど、キャッチコピーは偉大ですよね。
著者の知的レベルの高さには完全に脱帽でした。この本を読んで、私の人間力が少しくらいは高まったかな・・・。
(2017年3月刊。1300円+税)
2017年5月 4日
流しの公務員の冒険
(霧山昴)
著者 山田 朝夫 、 出版 時事通信社
東大法学部を卒業して自治省のキャリア官僚になった著者が地方へドサ回りしているうちに、古巣の中央官庁には戻らず、各地を転々とし、ついには定着してしまうという実話です。
すごいですね、鹿児島県、大分県、愛知県の県と市へ派遣されています。その間に、衆議院法制局、自治省選挙課、自治大学校にも勤務しました。
公選法の改正に関わった自治省選挙課では、まさしく不眠不休で仕事をしていたとこのこと。その実情を知ると、ちらっとだけキャリア官僚にあこがれたこともある私ですが、本当にならずに良かったと思いました。
では、ドサまわりを経て、中央官庁でのエリートコースの道を歩まなかったのは、なぜなのか・・・。この本を読むと、さもありなんと納得できます。
仕事とは問題を解決すること。問題とは、あるべき姿と現状のギャップである。問題には、見える問題、探す問題、つくる問題の3種類がある。
人間社会で起こっていることは、人間の仕業(しわざ)である。人がどう動くのかは、人がどう考えるのかによる。人の考えは、多くの場合、合理的ではない。感情で動く。人の心は、どのようなときに動くのか。それは、驚いたときだ。
上から目線では人は動かせないという著者の体験は、集団で物事を考えていく力になっていったのでした。
立身出世よりも、やり甲斐。この社会に、いささかなりとも貢献できているという満足感が著者のエネルギーを支えていたように思います。
そして、ユーモアたっぷりに仕事をする。仕事は楽しいものだという実感を、中央官僚では味わえなかったものを、地方で体感したからこそ、地方に定着してしまったのでしょうね。
読んで元気の出る、いい本でした。キャリア官僚を目ざす学生にはぜひ読んでほしい本です。
表紙にはトイレの便器を素手で掃除している笑顔の著者がうつっていますが、充実した人生を送っていることを見事にあらわしています。
(2016年12月刊。1500円+税)
2017年5月 3日
ダブルマリッジ
(霧山昴)
著者 橘 玲 、 出版 文芸春秋
私は、これまでフィリピン人、韓国人との離婚事件の裁判を担当したことがあります。もちろん、日本の裁判所です。ちなみに、相続登記の関係ではアメリカ、ブラジルそしてスウェーデンの人が登場してきました。スウェーデンの件では在日大使館にお世話になり、時間はかかりましたが、なんとか解決しました。アメリカやブラジルについては、現地にある日本の大使館とか領事館に協力をお願いしました。ともかく、なにかと手間と時間がかかります。
フィリピン人女性との離婚裁判では、訴状の送達が大変でした。訴状が届いたという証明書がないと裁判は始まりませんが、それがなかなか得られないのです。ぐずぐずしているうちに、相手方の女性が日本に再びやってきて、居場所が判明したので、ようやく裁判が進行しました。そのとき、相手のフィリピン女性が、「戸籍なんか、お金を出したら簡単にいくらでもつくれるのに・・・」と言ったので、腰を抜かしそうになりました。ちょうど、フィリピンでの自動車運転免許証が国際免許証として日本で通用するかどうかが問題になっていたころの話です。そうなのか、フィリピンでは運転免許証も戸籍もお金を出せば買えるものなのか・・・。私はカルチャーショックを受けました。今のフィリピンがどうなっているのかは知りません・・・。
この本は、フィリピンに駐在していたとき、日本の若い会社員が現地のフィリピン女性に子どもを産ませて認知したあとの話として展開していきます。ありそうな話ですよね・・・。
フィリピンには、日本人の父親をもつ子どもが3万人はいる。これは日本国籍をもつ人をふくめると20万人は下らない。
2004年がピークだったが、8万人のフィリピン人女性が興行ビザで日本に入国した。
私が20年も前にフィリピンのレイテ島へODAの現地視察に行ったとき、辺ぴな田舎の村の広場に、日本製の大型ラジカセで音楽を聴いている若者がいたのを目撃しました。
遠くて近いフィリピンとの関わりを戸籍を通して描いた小説です。
(2017年1月刊。1500円+税)
2017年4月29日
証言・北方領土交渉
(霧山昴)
著者 本田 良一 、 出版 中央公論新社
この本を読むと、日本がソ連そしてロシアから北方領土を取り戻すのに大きな障害となっているのはアメリカであり、その意向を受けて常に動く日本の外務省だということがよく分かります。
アメリカは、北方領土に続いて沖縄を返せとなるのが嫌なのです。それは、沖縄の施政権が日本に戻ってからも変わりません。大量の米軍の基地があるからです。
アメリカにとって、沖縄の米軍基地を維持するのは至上命題。
「ソ連が千島列島の重要な部分を放棄するような事態が起きれば、アメリカは直ちに沖縄の施政権返還を求め日本からの強い圧力を受けることになる」「アメリカにとっての沖縄は、ソ連にとっての千島列島よりも、もっと価値がある。このため、沖縄でのアメリカの立場を危険にさらしてはいけない」
これはダレス国務長官の言葉です(1955年3月、4月)。
そこで、日本の外務省は、アメリカの意を受けて、2島平還で日本がソ連と平和条約を締結しようとしていたのを、「4島一括返還」にこだわる口実で、つぶしてしまった。その後も外務省は4島一括返還にこだわり続け、2島返還という「柔軟」路線をつぶした。
それは、共産党へニセ情報を流したり、鈴木宗男議員の逮捕につながっていた。
4島一括返還にこだわるより、当面は2島返還を先行させたほうがいいのではないか、主権も共同主権のようなあいまいな形のものからスタートしてもいいんじゃないかと、歴史をよく知らず門外漢の私は無責任にも考えてしまいます。ところが、それでは困るんだと日本の外務省の首脳部は考えているようです。本当でしょうか・・・。
日本の外務省が、いつだってアメリカの言いなりにしか動かない現実をずっとずっと見せられ続けている私は、もっと自主性をもって、柔軟にロシアと外交交渉してもよいように思いました。
(2016年12月刊。1800円+税)
2017年4月27日
貧困クライシス
(霧山昴)
著者 藤田 孝典 、 出版 毎日新聞出版
日本で貧困が広がり続けている。それも驚くほど速いスピードで。あなたも、気がついたら、身近に迫っていて、身動きできなくなっているかもしれない・・・。恐ろしいことです。
子どもの貧困は見た目では分からない。自分は誰にも大事にされていない。存在があってないようなものだと感じる。そんな子どもたちが日本各地にひっそりと生活している。
健康で文化的、そして人間らしい生活ができない。相対的貧困が拡大している。
私が大学生だったころ、つまり50年も前に、絶対的貧困と相対的貧困の違い、そして、今、どちらも進行しているのではないかという議論をしていました。この議論が50年後の現代日本にも依然として生きているというわけです・・・。
民間企業で働く人の平均年間給与は、1997年に467万円だったのが、2015年度には420万円と、50万円近くも下がっている。
公務員バッシングをして、自分たちの公共サービスを削減している。市民が自身の生活に深い関係のある公務員労働者を減らし、自分自身を、より厳しい状態に追い込んでいる。日本では、現在の公務員労働者の数は、すでに異常なほど少ない。
非正規雇用は、正規に比べて糖尿病合併症のリスクが1.5倍も高い。そして、教育年数が短い低所得の高齢者ほど、要介護リスクも大きい。経済力によって、病気のリスクや寿命に格差が生じる。
所得が低いほど食生活や健康に費用や時間を割けず、栄養状態も不良で、その結果、健康を損なう確率が高い。これでは自己責任だとは言えない。
まだ下流に落ち込んではいないと、少なくとも自分では思っている層が、下流を警戒し、憎むという構図になっている。
介護保険も生活保護も、申請主義である。なので、人様(ひとさま)には迷惑をかけられない、かけたくないという人は、手を伸ばしにくい。
日本とイギリスではホームレスの定義が異なっていて、イギリスの定義によれば、今の日本には膨大な人々がホームレスになっている。ネットカフェ難民は、立派なホームレスなのだ。
65歳以上の高齢者が刑務所に入るのが、この20年間ほぼ一貫して増加している。2014年は、1995年と比べて総数で4.6倍に、女子では実に16倍に激増した。女子の場合、罪名の9割が窃盗、うち8割が万引。
著者は、プライドを捨て、「受援力」をもというと呼びかけています。大切な呼びかけです。
そして生活保護は「相談に来ました」ではなく、はっきり「申請します」と言うことだとアドバイスしています。必要なことです。
社会のみんなで困っている人を温かく支えあう。それが社会の正しいあり方ですし、正しい税金のつかい方なのです。遠慮することなんかありません。
歯切れのいい新書です。一読をおすすめします。
(2017年3月刊。900円+税)
パキスタン映画『娘よ』を東京の岩波ホールでみてきました。先輩の藤本斉弁護士と、ばったり顔をあわせて驚きました。
パキスタンの山奥には多くの部族が割拠し、対立、抗争、復讐の連鎖による殺人が絶えない。女の子たちは15歳で親の言いなりに政略結婚させられる。しかし、王子様との結婚を夢見るばかりの可愛い我が娘を、敵対する老部族長の嫁に差し出すなんて耐えられない。母親は娘を連れて村を飛び出す。
この映画の主役の母親と娘の美しさと気高さには思わず圧倒されてしまいます。そして、行きかかりで母と娘の逃避行を助けるトラック運転手役の男優も格好いい限りでした。パキスタンの困難な状況の下でも、女性が活躍を切り拓いているからこそ、こんな素晴らしい映画が出来たのでしょう。
2017年4月26日
現代日本の官僚制
(霧山昴)
著者 曽我 謙悟 、 出版 東京大学出版会
現代日本の官僚制において、政治任用や権限委譲の制限といった統制の程度は低い。これは、官僚制の側が戦略的に政治介入を防御している結果である。
現代日本の官僚制は、統治の質は高いが、その代表性はきわめて低い。世界的にみて、これは特異な状態である。この特異な姿は、政治介入の可能性に対して、あくまで政策形成者としての能力に特化することで介入の実現を防ごうとしてきたことの帰結である。
しかし、代表性が弱いことは、官僚制に対する人々の信頼の低さの一つの要因と考えられる。ここでいう代表性とは何なのか・・・。女性比率が高いほど、代表性は高いと考えておく、という文章があるように、女性や民族・宗教的代表性のことを指しているようです。
今日でも、女性の公務員はあまりに少ないように思われます。
「私人」のはずの昭恵夫人の付き人として国家公務員が5人(全員が女性)も存在していたとは驚き以外の何者でもありません。そして、彼女らは、なんと昭恵夫人と同じようにハチマキ姿で自民党の候補者の応援運動を街頭で公然としていたのです。私もネットで流れている写真を見ましたので間違いありません。明らかに国家公務員法違反です。これが革新候補の応援だったら警察が有無を言わさず逮捕して、自宅のガサ入れ、そして長期拘留になったはずです・・・。政権与党なら、何をやっても許されるというのであれば、日本は法治国家とは言えなくなります。
この本を読んでいて違和感があるのは、私にはまるで理解不能の数式が何回も登場してくることです。その解説が「自然言語」で説明されていますが、これまた私にはさっぱり理解できません。一般向けの本(と、私は思って買って読みました)に、なぜ数式が頻出するのか、これこそ学者の自己満足ではないのか・・・、そんな不満を覚えてしまいました。
日本男官僚制の実態の分析、そして問題点を指摘し、その改善に向けた処方箋を期待して私は読みすすめたのですが・・・。
内閣府の職員数は1200人から1300人。併任者が増えていて、この15年間で3倍、500人となっている。内閣府がより恒常的な政策の運営を所管している。
内閣官房には、職員、常駐の併任者、非常駐の併任者が、ほぼ同数の1000人ほど存在する(ということは3000人いる・・・)。
内閣官房は、今や新規立法活動の中心にある。この15年間で合計80の新規立法に関わり、第2位の国交省の60強、第3位の総務省の60弱とは大きな差をつけている。
内閣官房の比重の増大は、財務省や経財省の機能と併存している可能性が強い。
官僚になってもいいかなと一時的に漠然と考えたこともある私ですので、日本の官僚制と長所と短所について自然言語で諸外国と比較してほしいと思いました。労作ですが、難解すぎて、いささか不満を覚えてしまいました。
(2016年12月刊。3800円+税)
2017年4月20日
安倍三代
(霧山昴)
著者 青木 理 、 出版 朝日新聞出版
安倍首相の国会答弁のひどさは、一言でまとめると、えげつないということになります。国民に対して、論争点を誠実に説明しようという気がまるでありません。そのくせ口先では説明責任を丁寧に尽くしたいとは言うのですから、救いようがありません。
どうして、こんなに不誠実を絵に描いたような首相の支持率が5割をこえているのか、世の中の七不思議のトップに来ます。
この本は、安倍首相がどういう育ちなのか、いつからそうなのかに迫って、解明しようとしています。
安倍首相には受験戦争の経験がまったくない。成蹊学園の小学校に入り、中学、高校、大学までの16年間を過ごした。そして、同じ学年やクラスを一緒にした人、そして教える側の教員にまったく印象を残していない。
可もなく不可もなく、どこまでも凡庸で、なんの変哲もない、おぼっちゃま。
ごくごく普通の「いい子」だった。成績が悪かったわけではないが、決して優秀でもなかった。東大は無理だったし、早稲田や慶応も恐らく無理だったろう・・・。
アーチェリー部に入っていたか、とくにいい成績もあげていない。アメリカに行ったけれど、その実態は語学留学に毛のはえた程度にすぎない。
若き日の晋三は、16年も籍を置いていた学び舎で何かを深く学んだという形跡がまったくない。少なくとも、何かを深く学んだと教員や周囲の人間から認識されていない。何かを学んだという印象すら残していない。特筆すべきエピソードがない。悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない。善でもなければ、強烈な悪でもない。
母方の祖父である岸信介には溺愛された。では父の晋太郎はどういう政治家だったか。
晋太郎は、タカ派の系譜を継ぎつつも、実際には、平和憲法擁護論者だった。
晋太郎には戦争体験があった。特攻を志願し、もう少し戦争が長引いていたら、生命がなかったかもしれなかった。
晋太郎には、必死で地盤を耕したことに由来する目線の低さ、なによりも絶妙のバランス感覚があった。特攻に散る寸前だった戦争体験は、晋太郎の基底に強固な反戦意識を形づくっていた。晋太郎は東京帝国大学法学部に入学したものの、学徒出陣で海軍の滋賀航空隊に徴兵された。
さらに晋三の祖父・安倍寛はどうか。
安倍寛は戦前、東京帝大法学部を卒業し、村長を経て衆議院議員に当選している。
それも、大政翼賛会の推薦ではなくて無所属として・・・。安倍寛は、貧富の格差を憤り、失業者対策の必要性を訴えた。ええっ、これって無産政党の主張と同じではありませんか・・・。
安倍寛は、村長をつとめていた日置村では98%もの票を独占した。特高警察の干渉にもめげず、1942年にも2度目の当選を勝ちとった。
安倍寛は、大政翼賛会に反対し、裸一貫で東条英機に反対した。ところが、安倍寛は惜しいことに戦後、1946年に51歳で病死してしまった。
安倍家三代で、今の晋三は、祖父にも父にも似ていないことがよく分かる本です。
恐らく晋三には強烈な学歴コンプレックスがあるのでしょう。それを見せないためにも強がりを言い通すしかないのです。でも、それで迷惑を蒙る国民は、たまったものではありません。安倍家の三代をよくぞ調べあげたものだと思います。
決してキワモノ、決めつけ本ではありません。ご一読をおすすめします。
(2017年4月刊。1600円+税)
2017年4月14日
住友銀行 暗黒史
(霧山昴)
著者 有森 隆 、 出版 さくら舎
こういう本を読むと、つくづく銀行なんかに就職しないで良かったなと思います。
ノルマ競争とか出世競争というのはどんな企業にもあることでしょうが、暴力団やアングラマネーの世界との深いつきあいまでいったら、類似しているのはゼネコンくらいでしょうか。
前に『住友銀行秘史』(國重惇史)を読みましたが、この本によると、住銀、イトマン事件の真相を巧妙に避けているというのです。そして、國重の本は「住友銀行は被害者だ」というトーンで貫かれているが、著者は住友銀行は被害者ではなく、事件の共同正犯だと断言しています。
住友銀行かイトマンに融資したお金のうち6000億円もの巨額の資金の行方は、今もって謎に包まれたまま。いや、6000億円プラス3000億円という、1兆円に近い巨費が闇に沈んだ。
住友銀行は不動産投資を名目にイトマンに多額の資金を投入した。イトマンを迂回して、このカネは伊藤寿永光、許永中、さらには暴力団関係者など闇の世界に消えた。暴力団に斬り込むのは、身の安全を考えると銀行員にとってもタブーだろうが・・・。
バブルの時代、東西に二人の経済ヤクザの巨頭がいた。東に石井進・稲川会二代目会長。西が宅見勝・山口組若頭。この二人の経済ヤクザと住友銀行をつなぐフィクサーは、東が佐藤茂・川崎定徳社長、西がイトマン事件の主役・伊藤寿永光だった。
磯田一郎は、1977年に住友銀行の頭取になり、1983年に会長就任。実に13年の長きにわたってトップとして君臨し、「磯田天皇」と呼ばれた。
土地は必ず値上がりするという「土地神話」のメカニズムが作動していた。住友銀行は、担保掛け目を80%にした。そして、どうしても融資したい案件には、100%にした。
1990年3月期の住友銀行の貸し出し金利息は1兆9300億円。第一勧銀の1兆9100億円、三菱の1兆7800億円、富士の1兆8100億を上回り、トップだった。
磯田流人事は、ナンバー2を切るということ。そして、「表のカード」と「裏のカード」とを使い分けた。自ら手を汚さず、ダーティーな役回りを担わせる「汚れ役」をいかにうまく使うか。
まさしく、すまじきものは宮仕えの世界ですね。
そして実力をもつに至った「裏カード」は、いずれ疎ましくなって放り出されてしまう。
仕手集団が狙うのは、創業者以外に頼れる人材のいない会社だ。
磯田一郎会長が辞意を表明したのは、1990年10月7日。その2日前に、住友銀行の青葉台支店長・山下彰則が出資法違反で東京地検特捜部に逮捕された。株の仕手集団・光進の小谷光浩代表への融資を不正な方法で斡旋したという容疑だった。
住友銀行、イトマンの経営者のほとんど全員が地上げや株上げで巨利をむさぼっていた。いわば、バブルの共犯者である。
1994年9月、住友銀行の取締役であり名古屋支店長だった畑中和文氏が自宅マンションの廊下で射殺された。真犯人は今に至るも捕まっていない。
この本は、最後に、日経新聞やNHK記者が当事者のように行動していたことを厳しく批判しています。安倍首相と高級飲食店で食事をともにしているジャーナリストがあまりに多くて、幻滅しています。権力や財界にかかえこまれることなく、距離を置いて、あくまで国民目線で報道してほしいものです。
たしかに、國重本よりも読みごたえがありました。
(2017年2月刊。1600円+税)
2017年4月 9日
チア・ダン
(霧山昴)
著者 円山 夢久 、 出版 KADOKAWA
映画は見ていませんが、感動のノンフィクションというオビのフレーズは本当です。
なにしろ、わずか3年で福井県の女子高校生たちがアメリカのチアダンス大会で優勝した実話を紹介しています。その苦労話が実に生き生きと紹介されていて、著者の筆力もたいしたものだと感嘆しました。
前に、このコーナーで長崎の女子高校のブラスバンド部の活躍ぶりを紹介しました。そのときは監督も自ら音楽を演奏していましたが、今回の教師は自分ではチアダンスの経験はないのです。有名コーチをひっぱってきて指導してもらい、チームを育てていきました。その苦労がすさまじいのです。生徒たちと大変な格闘をしていたことがよく分かる描写です。
なぜアメリカで日本の女子高生が優勝できたのか、それはチアダンスの特性による。
日本チームの強みは、なんといっても、チームワーク。振付の難易度は下げてでも、おたがいを尊重・強調して演技する。しっかいりそろった演技を一番の見どころにする。
先日、ネットで日本体育大学の学の集団行進を見せてもらいましたが、大集団が一糸乱れず、さまざまな形になって行進するのには、息もつけないほど感動しました。まさしくそれと同じなんですね・・・。
バレエやダンスなら、個人としての表現力が第一。しかし、チアは、ラインダンスで脚の高さをそろえるとか、全員で同じ動きをするために、必要なら自分を抑えるという協調性が第一の競技。
となると、そのチームワークをいかに築き上げるのか、ということになります。
もちろん技術力の高いコーチが必要ですが、それだけでは十分ではない。そこに監督の指導が求められるわけです。
監督の仕事は孤独である。生徒たちと同じ目標をもってはいても、決して仲間や友だちにはなれない。なーるほど、そうですよね・・・。
この福井商業高校のすごいところは、2009年に全米チアダンス選手権大会で優勝してから、2016年まで実に6回も優勝していること、そして2013年から2016年まで四連覇だというのです。これはすごいことですよね。全米の大会で一回だけ、奇跡が起こったというのではなく、毎年、新しい高校生を迎え入れながらレベルを落とさなかったというわけですから、たとえようもないくらいの賞賛に価します。
夢はかなう。大きな夢をもち、あきらめずに前進し続けば、夢がかなう。この信念を現実のものにした教師、それにこたえた生徒集団に心から声援の拍手を送ります。
ちなみに、このチアダンスのチームJETSを卒業した109人のほとんどがアメリカのステージで輝き、優勝を体験したとのこと。この109人の周囲にはそれを支えてくれる大勢の高校生、そして家族がいるわけです。これまたすごいことです。
こんな地道な努力が日本を支えているのだと思うと、胸が熱くなります。
(2017年1月刊。1400円+税)