弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

ヨーロッパ

2019年4月12日

大いなる聖戦(上)

(霧山昴)
著者 H.P.ウィルモット 、 出版  図書刊行会

第二次世界大戦の通史ですが、「英雄・悪玉史観」は意図的に排除されています。
戦争ではなく、国家間の抗争といった文脈のなかで、国家権力と軍との関係に焦点をあてている本です。
現代の戦争は、社会集団・組織機構間で戦われるものだ。
ダグラス・マッカーサーは、アジア・太平洋戦争で勝利を収めてはいない。
1942年秋のエル・アラメインの戦いは、バーナード・モントゴメリーとエルヴィン・ロンメルとの一騎打ちではない。
ドイツ軍は軍事上の成功にもかかわらず、国家としては粉砕された。ドイツ軍の事実上の天凛が発揮されたのは戦闘においてであって、戦争においてではなかった。ドイツは、その同盟国日本と同じく、大国の中で戦争の本質を理解していなかった国家なのである。
ソ連は、政治・経済・軍事面では、むしろ敗戦国としての側面を有していた。
太平洋戦争で最大の海上作戦であるレイテ沖海戦が展開されたのは、戦争の帰趨が決したあとだった。
日本が満州を征服した要因として、二つあげられる。第一に、日本を急速かつ急激に襲った大恐慌。不況に直面するなかで、日本の経済問題を解決するカギは満州占領にあるという考えが日本全般で幅広く受け入れられた。第二に、中国の内政に干渉し続けてきたため、日本陸軍に上層部の認可も行政府の撃肘も受けずに行動する体質が根付いていたことによる。
ヒトラーが最高権力者の地位にのぼりつめることができた理由の一端も大恐慌に求められる。ヒトラーの強みは、ドイツの伝統・文化・政治理念に深く根ざしたある種の価値観・信念を体現した存在であったことにある。自由主義に根ざした民主政治を否定し、合意よりも強権、理性よりも意志、個人よりも民族・社会、謙虚さよりも力を重んじるというような、現実離れしたドイツの価値観の集合体を代弁する者こそがヒトラーだった。
1940年当時、イタリア社会にファシズムは確固とした根をおろしていなかった。イタリアのファシズムは思想的基盤をもたず、民衆へのアピールに欠けるものだった。
ムッソリーニが政権を掌握して20年近くたっていても、イタリアの一般大衆は、ドゥーチェ(ムッソリーニ)とファシズムのために命を的にして戦うような心情を有していなかった。
イタリアのファシズムは、単にムッソリーニの狡猾さと機会主義的姿勢を推し進めるための隠れ蓑にすぎなかった。
ヒトラーが発動したバルバロッサ作戦は目標の選定と作戦指導の両面で欠陥を有していた。なぜなら、その作戦の大半の期間中、ドイツ軍が主導権を握っていたににもかかわらず、ドイツの敗北に終わったからである。その作戦が進展していくにつれて、目標間の優先順位を決めかねるのが常態となっていたというのは、バルバロッサ作戦の大きな失策を示すものだ。
ヒトラーが気まぐれであり、部下の判断と能力を信用せず、合議制や決められた指揮系統を通じて決定を下すことがまったく出来なかったことが、結果として、既定方針に従って作戦を遂行する妨げとなった。戦いが進むにつれて、この首尾一貫しないヒトラーの態度によって、時間との闘いを強いられていたドイツ軍は貴重な時間を失っていった。
また、ドイツ軍の残虐性は、ドイツ軍にとって有害無益で、東部戦線でのドイツ側の敗北を決定づけた最大の要因と考えられる。1941年夏の段階では、ソ連社会の相当部分が、スターリンの暴虐な支配からの解放者としてドイツ軍を歓迎したが、ドイツ軍が捕虜と民間人を野蛮に扱うのを目の当たりにすると、ソ連国民は即座に現実を悟った。外部からの侵入者は、ソ連市民が手許に有していたわずかなもの、とくに希望までをも奪い去ってしまうということを。
ここに皮肉な状況が現出した。スターリンが、自身では自らの支配の正当性を確立できていないなかで、ヒトラーは、ソ連の民衆を彼らが命をかけて戦わざるを得なくなるような状態に追い込むことによって、スターリンの支配を正当化することになり、最終的にはソ連における共産党の支配が持続することを確かなものとした。
なかなか鋭く、説得的な歴史分析がなされていて、圧倒される思いで読みすすめました。
(2018年9月刊。4600円+税)

2019年4月11日

見えない違い

(霧山昴)
著者 ジュリー・ダシェ 、 出版  花伝社

アスペルガーとは、どういうことなのか、マンガによって日々の生活のなかで何が起きるのかがよく目に見えるように示されています。
マルグリットの生活は規則正しい。朝の7時に小鳥たちの優しい歌声で目を覚ます。目覚ましのけたたましいアラームで目を覚ましたら、その日は一日中、ストレスに悩まされてしまうことになる。
朝食のメニューは、いつも同じ。搾りたてのレモンジュースとはちみつを塗ったグルテンフリーのパンを植物性ミルクに浸して食べる。
マルグリットは単なる意味のない世間話が苦手。
マルグリットはお世辞が苦手で、思ったことをズケズケ言ってしまう。
アスペルガー症候群は自閉症の一種で、相互作用やコミュニケーションに困難を生じたり、特定の事柄に強いこだわりを示すという特徴がある。
マルグリットの話し方は、オウム返しと呼ばれるもの。最後に聞いた言葉をほぼ自動的に繰り返しているうちに自分の考えをまとめている。
2月18日は、アスペルガー症候群国際デーだ。
自閉症は病気ではない。神経発達の一障害だ。自閉症の人がみな「レインマン」ではない。自閉症は連続体を形成していて、症状も人のあり方も実に多様なのだ。
自閉症の子どもの構成比は、男子4人に、女子1人で、男子が女子の4倍。
アスペルガー症候群の人は、自分なりの「表現の辞書」をつくり、それを少しずつ充実させていく。
アスペルガー症候群の人は、自分が興味のあるものに対して非常に強い愛着を示し、寝食を忘れてのめり込んだり、それについて何時間も話しがちだ。
自閉症の人たちは、ひとりで過ごし、興味があることに没頭することでリラックスする。
アスペルガー症候群の人たちは感覚過敏だ。型にはまった行動をとりがちで、ウソがつけず、しばしば不器用だ。儀式やルーチン(習慣的行動)に執着しがちで、思いがけない出来事が苦痛。
マンガつきで解説されるので、とても分かりやすくなっています。
(2018年10月刊。2200円+税)

2019年4月 7日

モンテレッジオ、小さな村の旅する本屋の物語

(霧山昴)
著者 内田 洋子 、 出版  方丈社

私はイタリアにはミラノしか行ったことがありません。スイスからバスと列車でコモ湖に行き、そこからミラノに入ったのです。
そのミラノから車で2時間あまり、山の中にある小さな村、モンテレッジオ。
現在、モンテレッジオの人口は、たったの32人。男性14人、女性18人。そのうち4人は90歳代。就学期の子どもが6人いるものの、村には幼稚園もなければ、小学校も中学校もない。食料品や日用雑貨を扱う店もない。薬局や診療所、銀行もない。郵便局は閉鎖されていて、鉄道はおろかバスもない。
8月半ばの村祭りのときだけ人口が200人をこえる。そして、その村祭りとは、古本市。村の自慢の品は本なのだ。
海がなく、平地もなく、大理石の採石もできない。つまり、海産物も農作物も畜産品も天然資源もとれない村。それらが豊富な土地へ行くための通過地点という重要な役割があった。つまり、この村の特産品は、なんと「通す権利」。村には売る特産物がないので、本を売った。
ミラノから最寄りの駅まで3時間。そこからバスでさらに3時間かかる。
村勢調査によると、1858年ころのモンテレッジオの人口は850人で、うち71人の職業が「本売り」だった。
出版社は、モンテレッジオの本の行商人たちを大変に重宝した。読者たちの関心や意見を詳しくつかむことができたからだ。本を選ぶのは、旅への切符を手にするようなもの。行商人は駅員であり、弁当売りであり、赤帽であり、運転士でもある。
本を売る行商人たちの村があったというのは驚きです。私もたまに神田の古本街を歩きますし、古本目録を眺めます。古本を商品とする行商人が中世からいたなんて、信じられない思いでした。現代社会では電子図書ばやりですが、紙の本には特別の良さがあります。中古本だって、価値が下がることはないのです。
私のような本好きの本にはたまらない旅行記でした。
(2018年9月刊。1800円+税)

2019年3月26日

イスラエルがすごい


(霧山昴)
著者 熊谷 徹 、 出版  新潮新書

イスラエルがシリコンバレーに匹敵するIT先進国だというのを初めて知りました。
私にとって、イスラエルというのはアラブ諸国と絶えず戦争をしていて、ときにはテロで狙われる物騒な国というイメージです。ところが、この本によると、意外に平和な雰囲気の国のようです。
今日、イスラエルは、アメリカのシリコンバレーに次いで、世界で2番目に重要なイノベーション拠点だ。
2017年3月、アメリカの巨大IT企業インテルがイスラエルの自動車関連ハイテク企業モービルアイを買収した。この買収金額は、何と153億ドル、日本円で1兆6830億円といいますから、とてつもない巨額な買い物です。
インテルは年間売上高は594億ドル(6兆5040億円)、従業員は10万6千人。モービルアイは3億5800万ドル(394億円)の売上で、従業員は750人しかいない。しかし、モービルアイは車の自動運転に不可欠のテクノロジーについて世界的リーダーの地位を占めている。モービルアイのカメラとセンサーは、自動運転の目だ。モービルアイの技術なしには、衝突防止や自動運転車の研究・開発は進まない。モービルアイの技術は、すでに世界中の1500万台の車につかわれている。
サイバー・セキュリティはイスラエルの得意分野の一つだ。「ファイアーウォール」の技術はイスラエルで生まれた。
イスラエルのテルアビブは、不動産ブームによって家賃が高騰している。
イスラエルの出生率は3,1(2015年)で、日本やドイツ、EUの2倍だ。
ヨーロッパに住む人の出張先としてイスラエルは人気がある。その理由の一つは、温暖な気候。また、豊かな食生活とグルメの集まるレストランがたくさんあること。
日本よりもテロや戦争の危険は高い国だが・・・。そして、イスラエル人は起業家精神が旺盛だ。
ナスダックに上場しているイスラエル企業は97社。中国の159社に次いで多い。日本はわずか12社でしかなく、ドイツだって10社だ。
イスラエル国防軍にはいって兵役に就いているときに学んだ技術を民間経済のために活かしている人がとても多い。軍隊がベンチャー企業家の「養成校」となっている。軍隊の8200部隊は、イスラエル国防軍きっての超エリート部隊だ。
テロリストがヒトを殺すため、車をハッキングして事故を起こす危険がある。つまり、交通事故と見せかけた殺人が可能になる。ノートブック型コンピューターから自動車のシステムに入りこみ、走行中の車に急ブレーキをかけたり、窓を開けしめするので、事故発生を操作することができる。
ええっ、車が殺人マシーンに化すのですか・・・、恐ろしいことです。
ノーベル賞を受賞したイスラエル人は人口比で多い。科学関連で8人もいる。ドイツ91人、日本5人、・・・。
イスラエルは、中国との関係を緊密化しつつある。イスラエルは中国による一帯一路にも参加している。
中国の資金とイスラエルのイノベーション力、ドイツのテクノロジーが結合すると、世界にとって手ごわい相手となるだろう。日本はイスラエル進出の点で、明らかに出遅れている。
イスラエルの違った一面を知ることができる本です。
(2018年11月刊。780円+税

2019年3月22日

シリア拘束40か月

(霧山昴)
著者 安田 純平 、 出版  ハーバー・ビジネス・オンライン

シリアに40ヶ月も拘束されていたジャーナリストの体験報告記です。
著者を「自己責任」と称してバッシングする人がいることを私はとても理解できません。著者のような勇気あるジャーナリストのおかげで、私たちはシリアの実際の状況を居ながらにして知ることができるわけです。危険だから行ってはいけないという安倍政権の統制にみんなが従順にしたがっていたら、私たちは知るべき必要な情報を何も入手できず、嘘つき政権の思うままに操られてしまうばかりではないでしょうか・・・。
著者は、シリア情勢を見ることは、現在の世界とこれからの世界を見るうえで参考になると言いますが、まったく同感です。
著者を40ヶ月も拘束していたのは、イスラム系ではなく世俗の組織ではないかということです。この組織は、最後まで名前を明らかにしていません。したがって、著者を殺害しても何の意味もないのです。
この組織は、イスラム法廷から受刑者を受け入れるビジネスをしていたと思われる。
著者は拘束されているあいだに、イスラム教の聖典クルアーン(コーラン)と預言者ムハンマド(モハメッド)の伝記を何度も読み返してイスラム教について学び、拘束していた組織のメンバーと話していたとのこと。
イスラム教は、平和的な面を非常にもっている宗教である。よく勉強しないと誤解してしまうところがある。
著者が解放されるについて、日本政府をふくめて誰かが身代金を支払ったのではないかという点について、著者はそれを否定しています。ただし、日本政府が3年4ヶ月間、可能な限りの努力をしてくれたと著者は謝意を表明しています。
要するに、日本人が外国で何者かに拘束されたとき、その日本人がどういう人物であるか、つまり日本政府にとって好ましいかどうかにかかわらず、救出すべきは日本政府としての当然の責務だということです。
邦人保護は必ずする。身代金を支払うことは絶対にしない。
この2つが大原則だと著者は強調しています。2番目は難しいけれど、そのとおりだと私も思います。
3年あまりも狭いところに閉じ込められていたのに、まともな精神状態で語れるというのは素晴らしいことだと思います。身体のあちこちにガタが来たりして大変なようですが、再び元気を回復して、ジャーナリストとして活躍されんことをこころから期待します。
わずか100頁あまりのブックレットですので、ぜひ手にとって読んでみてください。
(2018年11月刊。800円+税)

2019年3月 8日

私を最後にするために


(霧山昴)
著者 ナディア・ムラド 、 出版  東洋館出版社

読みすすめるのが辛い本です。よくぞ勇気をもって真実を告発したものです。心より敬意を表します。著者は2018年のノーベル平和賞を受賞した女性です。
イラク北部に住んでいたヤズィディ教徒たちがISIS(イスラム国)に襲われました。著者はISISによって連れ去られ、フェイスブック上に開設された市場で、ときにわずか20ドルで性奴隷として売買された数千人のヤズィディ教徒女性の一人だった。その母親は、他の80人の高齢女性たちとともに処刑され、目印ひとつない墓穴に埋められた。また、兄たちは、数百人の男性とともに一日のうちに殺された。
ISISのパンフレットは次のように書いている。
Q,女の人質を売ることは許されるか?
A,女の人質と奴隷は、単なる所有物であるから、売る、買う、または贈り物にすることも許される。
Q,思春期に達していない女の奴隷との性交は許されることか?
A,相手は性交に適しているなら、思春期に達していない女の奴隷と性交渉をもつことは許される。
信じがたい問いと答えです。これが宗教の名でなされているのですから、その宗教とは一体なんなのか、疑わざるをえません。ヒトラー・ナチスがユダヤ人を人間と扱わなかったのとまったく同じです。
ISISは、略奪してきたヤズィディ教徒の女性をサビーヤと呼び、性奴隷として売買した。
ヤズィディ教徒の女性は不信心者であり、その戦闘員によるコーランの解釈によると、奴隷をレイプするのは罪ではないとされる。
新たな戦闘員を勧誘し、忠誠と適切な職務遂行のほうびとしてサビーヤが手渡される。
ISISが著者を連れ去り、奴隷にし、レイプし、虐待し、そして一日のうちに家族7人を殺したとき、著者を黙らせることができると考えたことだろう。しかし、著者は沈黙しなかった。孤児、性暴力の被害者、奴隷、難民、このように呼ばれることに抵抗し続けた。そして、新しい呼ばれ方を自ら示した。生還者(サバイバー)、ヤズディ教徒たちのリーダー、女性の権利擁護者、そしてノーベル平和賞受賞者、国連親善大使。
ヤズィディ教は、古代からある一神教。物語を託された聖人によって、口承で伝えられてきた宗教だ。
ヤズィディ教徒は世界中に100万人ほどしかいない。
ヤズィディ教徒に対する攻撃は「ファルマン」と呼ぶ。オスマン帝国の言葉で、ジェノサイトと同義。
ヤズィディ教徒は異教徒とは結婚しないし、異教徒がヤズィディ教に改宗することも認めていない。信徒を増やすためには、大家族をたもつのが一番確実。そして、子どもの人数が多いと、農作業の人手に困らない。
ヤズィディ教徒では、神は人間をつくる前に7つの聖なる存在、天使を神の化身として想像した。その一つがクジャク天使。イスラム教徒は、クジャク天使の話を聞いて、悪魔崇拝者と呼ぶ。
ヤズィディ教徒は12月には、贖罪のため3日間の断食をする。
ヤズィディ教徒は、1日3回お祈りをする。
ヤズィディ教徒では、あの世とは、要求の多いところで、死者は、この世の人と同じく苦しみを味わうことがある、とされる。
ヤズィディ教徒の聖職者たちは声明を出した。元サビーヤは、コミュニティに戻ることを歓迎され、その身に起こったことで批判されることはない。改宗は無理やりされたことなので、ムスリムとはみなされない。レイプされたのだから、被害者であり、汚れた女ではない。
サビーヤにされた女性たちを、両手を広げてあたたかくコミュニティに迎え入れるべきだ。この声明に接して、少しだけ心が落ちつきますが、しかし、なかなか容易なことではありませんよね・・・。
人には語らねばいけないときがある。そう思わせる、ぐぐっと重たい本でした。まっ黒な背景に寂しい目でまっすぐに前を見つめている著者の顔に意思の強さを感じまる。
あまりの重たさに、ためらいつつも広く読まれるべき本だと確信します。
(2018年11月刊。1800円+税)

2019年2月16日

あちらこちら文学散歩

(霧山昴)
著者 井本 元義 、 出版  同人誌『海』抜刷

アルチュール・ランボーの足跡をたどった詩人による探訪記であり、随想集です。
19世紀末のフランスで活躍したランボーは、若き詩人として数々の傑作を発表したあと、突如として文壇から姿を消し、アフリカでは武器商人として行動します。そして、37歳で亡くなるのでした。
著者はランボ―に関する本を数十冊読み、フランスでランボーの生まれ育ち、活動した地を訪ね歩きました。ロッシュ村にあるランボーの墓石は何度も撫でたということです。
なぜ、ランボーは詩を書くのを止めたのか。書くことに何の意味も感じなくなったのか。書けなくなったのか。絶望したのか、それともふてぶてしく生きていたのか・・・。
パリのムフタール通りには、「バー・バトーイーヴル」がある。「酔いどれ小船」と訳される詩はランボーの最高傑作の一つ。このとき、ランボーは、まだ16歳だった。
著者は、会社経営を引退すると、年に3ヶ月ずつ、3年間をパンテオンの近くのアパルトマンに居を構えてパリをさまよい歩いたといいます。すばらしいことです。とても真似できません。
ランボーは、ヴェルレーヌと同世代、そして二人ともパリ・コンミューニのころに生きていました。
ランボーは彗星のように出現し、スキャンダルとともに消え去り、その後は居場所も分からない謎の詩人として名声を博しました。もちろん、本人はそんなことは知りません。
フランスを去ってアフリカで武器商人としてもうけようとしてランボーは失敗してしまいます。
著者は私のフランス語仲間です。2015年にはフランス政府観光局主催の「フランス語で俳句」というコンクールに応募して優勝し、フランス旅行に招待されました。すごいです。
著者のあくなき探究心と文筆活動に大いに刺激を受けています。
(2019年1月刊。非売品)

2019年2月 8日

わたしの町は戦場になった


(霧山昴)
著者 ミリアム・ラウィック 、 出版  東京創元社

シリア内戦下を生きた少女の4年間。これがサブタイトルです。オビには、「一人の少女が内戦下の日々を曇りなき目でつづった21世紀版『アンネの日記』」とあります。
少女はシリアのアレッポに生まれ育ち、今もアレッポで両親と妹とともに暮らしているアルメニア系のクリスチャンです。今は15歳になっていますが、この日記では7歳から13歳までの6年間の生活が紹介されています。
戦争が身近にあり、死と隣あわせの生活を過ごしたため、ものすごいスピードで成長した。
銃や大砲の音を聞き分けられるし、爆弾の種類も知っている。避難するタイミングと方法も身についている。なにより、死がどんなものであるかを知っている。大切な人を失った悲しみ、死ぬかもしれないという恐怖、そういったものを経験した。
戦争という泥沼にはまっていた。子どもからすると、チンプンカンプンの、ろくでもない戦争。なんでそんなことになってしまうのか、まるで理解できない。
戦争とは、恐怖、悲しみ、不安以外の何ものでもない。もう二度と戻ることない以前の生活に思いをめぐらせること。それが戦争だ。
ミリアムの日記は、2011年6月、7歳のときから始まる。そして最後は2017年3月。13歳だ。
戦争になる前のアレッポで豊かな色やにおいや味があふれている、天国みたいなところで暮らしていた。アレッポの太陽を浴びて日焼けしていた。夏には、街歩きの最後に、広場のユーカリの木の下で、ピスタチオをトッピングしたアイスクリームを食べるのがおきまりだった。
自宅を出て、避難することになった。みんなにまじって、私たちの家族も歩きだした。まわりの人を見ていると、思わず『ひつじのショーン』に登場するヒツジたちが頭に浮かんだ。だれもが無口になっていた。話をしている人は一人もいなかった。
4歳のときから、ずっとフランス語を習っている。でも、フランスがシリアに戦争をしかけようとしているなんて聞いたら、もうフランス語の授業を受ける気にはならない。
戦争のさなかにも学校があり、少女は皆勤賞をもらうのです。
2014年9月1日。きょうから学校が始まる。5年生になった。私たち姉妹は、一度も授業を欠席したことがない。それがパパとママの自慢だ。
学校の中庭で小さな女の子が一人で遊んでいる。5歳のイバちゃんだ。イバちゃんは、ときどき、ふと遊ぶのをやめ、声をはりあげて「アスマ、おいで、アスマ。一緒に遊ぼう」と言う。アスマはイバちゃんの妹。イバちゃんの目の前で殺された。イバちゃんは、妹が死んでいることが分からなくて、ずっとそばにいて話しかけていた。そのときから、イバちゃんの目には、いつも妹が見えているらしい。
シリアの内戦は、日本では報道されなくなってしまいました。アサド政権がひどいという話もありましたが、反政府軍との武力衝突が早くおさまって、平和のうちに話し合いで解決してほしいと思います。戦争が小さな子どもたちの夢を無惨におしつぶしているのを知ると、耐えられない思いです。
(2018年10月刊。1800円+税)

2019年2月 7日

回想のドストエフスキー2

(霧山昴)
著者 アンナ・ドストエフスカヤ 、 出版  みすず書房

ドストエフスキーが亡くなって30年後に妻のアンナが日記などをもとに書いた回想記です。人間ドッグ(一泊)に持ち込んだ本の一つで、つまらなかったら早送りのように読み飛ばしてしまおうと思っていたのですが、意外や意外、とても面白い読みものでした。
妻のアンナがドストエフスキーと結婚したのは20歳。ドストエフスキーは44歳でした。妻に亡くなられたあと、速記者としてアンナを雇ってから急速に親しくなったのです。
このころのドストエフスキーは、トルストイのような金持ちの作家ではなく、いつも金欠病で借金取りに追われていました。その借金は、自分がつくったものではなく、身内の借金です。
ドストエフスキーが書いて支払われる「印税」が唯一の収入源でした。しかも、ときどきはてんかんの発作におそわれ、また、ギャンブル狂(ルーレット)でもあったようです。ところが、妻のアンナは実務的能力があり、ドストエフスキーの創作活動を速記者として支えただけでなく、莫大な借金を返済してしまったのでした。4人の子どもを生み、夫にあたたかい家庭をもたらしたのです。
ドストエフスキーは、貴族の家柄といっても、貧しい医師の子どもにすぎなかった。
そして、妻のアンナは小官吏の娘だったが、娘時代に速記を習っていた。
ドストエフスキーは、若いときに軍事裁判にかけられ、シベリア徒刑4年、セミパラチンスクでの兵役5年間をつとめている。
ドストエフスキーは、取り立てに来た債権者から、家具を差し押えて、それでも不足したときには債務監獄に入ってもらうと脅された。
債務監獄に入ると、借金は帳消しになった。1200ルーブルの借金のためには9ヶ月ないし14ヵ月は入っていなければならなかった。そして、債務監獄に入った債務者の食費は債権者が払わなければならなかった。
そこで、妻のアンナは、次のように債権者に言い返した。
「住居は妻名義で借りたもの。家具は月賦で支払い中なので差押えは出来ない。債務監獄に夫は期限まで入ってもらって、私は夫の仕事を手伝う。そうすると、あなたには一文だって入らないうえ、夫の食費を払わされる」
いやはや、こんな「反論」が有効だったのですね。驚きました。
ドストエフスキーは、作家としてだけでなく朗読者としても才能があったようです。
『カラマーゾフ兄弟』を、細い声、だが甲高い、はっきりした声で、なんとも言われないほど魅力的に朗読した。何千という聴衆の心が一人の人間の気持ちに完全にひきつけられた・・・。
ドストエフスキーを改めて読んでみようと思ったことでした。
(1999年12月刊。3200円+税)

2019年1月 8日

ヨーゼフ・メンゲレの逃亡

(霧山昴)
著者 オリヴィエ・ゲーズ 、 出版  東京創元社

ナチスの戦犯として、アイヒマンはイスラエルの諜報機関(モサド)に隠れ家から拉致されてイスラエルに連行され、裁判を受けて処刑されました。
ところが、ヨーゼフ・メンゲレのほうはアルゼンチンそしてブラジルで平穏な暮らしのなかで生きのびて、海岸で溺死するまで裁判にかけられることがありませんでした。どうして、そんなことが可能だったのかを小説で再現しています。
アルゼンチンのブエノスアイレスでアイヒマンとメンゲレは互いに面識があったようです。
メンゲレはずっと目立たないように注意してきたのに、アイヒマンは名声を求め、酔いしれて元ナチス親衛隊上級大隊指導者とサインしたりした。
メンゲレはアイヒマンを無教養な元商人として軽蔑した。中等教育も満了しておらず、前線での経験もない会計係の息子。アイヒマンは哀れなやつだ。一級の落ちこぼれだ・・・。
アイヒマンのほうも、メンゲレについて、臆病などら息子、日焼けした下っ端野郎にすぎないとけなした。
メンゲレはフランクフルトとミュンヘンの両大学で医学と人類学で博士号をとっていた。ところが、1964年に、アウシュヴィッツで殺人の罪を犯していたことを理由として、メンゲレの博士号は取り上げられた。これを知ってメンゲレは怒り狂った。
メンゲレはアルゼンチンからパラグアイに移住した。ドイツにいる家族とはずっと連絡をとりあっていた。西ドイツの情報部は、そもそも旧ナチスの息のかかった機関なので、メンゲレの行方を真剣に追跡することはなかった。
そして、次にブラジルに移住した。サンパウロの近くだ。ドイツにいる息子、ロルフ・メンゲレとは盛んに文通した。
1976年5月、メンゲレは脳卒中に襲われた。
息子、ロルフ・メンゲレがブラジルにやって来て、父に問うた。
「パパ、アウシュヴィッツでは何をしたんです?」
メンゲレは答えた。
「ドイツ科学の一兵卒としての私の義務は、生物学からみた有機的共同体を守り、血を浄化し、異物を排除することにあった」
「ユダヤ人は、人類に属していない」
「何千年も前からユダヤ人はアーリア人種の絶滅を望んできたのだから、すべて排除すべきなのだ」
「人民の外科医として、アーリア民族が永遠に栄えるよう、社会の幸福のために努めたのだ」
「私は何も悪いことはしていない」
いやはや、死ぬまでメンゲレはまったく反省せず、罪の意識もなかったというわけです。
1979年2月7日、メンゲレは水着を身につけ、海岸に入った。そして、溺れた。
息子ロルフは、父を助けてきてくれた人々に対する配慮から、父の死亡を公表しなかった。メンゲレの家族は南米における潜伏場所を知っていて、最後まで仕送りしていた。
1992年、DNA検査でメンゲレの遺体であることが確認された。
息子ロルフはミュンヘンに住み、弁護士として活動している。
メンゲレの死に至る状況がノンフィクションとして実に細かく再現されていて、圧倒される思いでした。
(2018年10月刊。1800円+税)

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