弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2018年10月29日

ある世捨て人の物語

(霧山昴)
著者 マイケル・フィンケル 、 出版  河出書房新社

狭い日本では、およそ考えられない話です。さすがに広大な国土と森林を有するアメリカならではのことです。
カナダに近い北部のメイン州の森の中、キャンプ場からそれほど離れていないところに隠れ家をつくり、20歳から47歳までの27年間、ひとりで生活していた男性がいたというのです。ええっ、そ、そんな、ありえないでしょ・・・。これが本当の話なのか、疑っている人は今でもアメリカにいるようですが、この本の著者は現場の森の中に入って、真実の話だと確信しています。
結局、この男性は警察に捕まり、刑事裁判が始まり、有罪になっているのですから、その意味でも真実の話だと考えるしかありません。
1人で森の中で生活するといって、いったい食料などはどうしたんだと思いますよね。ですから、彼は無人の別荘やキャンプ場の施設にしのびこみ窃盗を繰り返していたのです。その回数は1000回をこえます。
そのとき、食べかけのようなものには絶対に手を出しませんでした。毒が盛られているかもしれないからです。缶詰めや未開封の袋に入ったものを持ち去ります。立ち去ったあとは、きちんと戸閉まりをして、足跡を残さず、追跡されないよう大変注意深く行動していました。
でも、森の中の孤独によく耐えられましたね・・・。彼にとっては、ラジオが友だちでした。テレビも途中までは見ていたようですが、バッテリー確保の大変さから、テレビはあきらめてラジオを聴いていました。そして本も読みました。別荘内に置いてある雑誌や本を持って帰って読むのです。
27年間、ケガも病気もしなかったのか・・・。しなかったのです。20歳で森の中の生活をスタートさせていますので、若さから病気を寄せつけなかったようです。
それでも、27年間のうちには森の中で人間と遭遇することはあったのでは・・・。たしかに、2度ほどあったようですが、そのたびに何とか切り抜けています。
メイン州の冬は長くて猛烈に寒い。最高気温が氷点下の日も珍しくない。そんな厳しい冬を27回も森のなかで過ごしたというのだから、途方もない偉業だ。しかも、1000回以上も別荘などに忍び込み窃盗を働いていながら、ずっと捕まらなかったばかりか、痕跡をほとんど残さない鮮やかな手口のため、地元の住人から伝説的存在とみられていた。赤外線その他の探視装置にもひっかからなかった。
27年間、1度も温かいシャワーを浴びたことはない。バケツに入った冷水を頭からかぶっていた。シャンプーとかみそりは使っていた。歯磨きは欠かさなかった。
上空からの捜索で発見されないよう、日光を照り返すようなものには覆いをかけていた。
厳寒の季節には、夜7時半に眠って、午前2時、いちばん寒いさなかに目を覚ます。気温が低すぎるときには、長寝すると、体が放出した水分の結露で寝袋が凍ってしまい、体の深部温度が急降下し、身体がやられてしまう。
午前2時に起床して、まずやることは、ガスコンロに点火して雪を解かしはじめること。ガスボンベは生命維持にかかれる必需品だ。ひたすら雪を解かして、飲み水をつくるためだ。ひと冬に10本のガスボンベを必要とした。
清潔な靴下があればいい。温かさより、乾いていることが重要なのだ。
彼は決して退屈しなかった。黙想を好んだ。
いやはや、こういう人生もあるのですね、たまげてしまいました・・・。
(2018年7月刊。1850円+税)

2018年10月11日

ウィスコンシン渾身日記

(霧山昴)
著者  白井 青子 、 出版  幻冬舎

 31歳の若き(!)日本人女性がアメリカで語学学校に入って勉強し、苦闘する日々のブログが一冊の本にまとまったものです。著者の師は、かの高名な内田樹・神戸女学院大学教授です。
内田教授の次のコトバは、モノカキを自称する私にはぴったりでした。
モノを書くときの一番強い動機は、「それを自分が書いておかないと、誰も書かないから」だ。だから、モノを書くときの最初の想定読者は、それを読みたがっている自分自身なのだ。自分が読みたいことがあるのだけれど、誰も、それについて書いてくれない。
私は、九州から東京に出て大学生になったとき、学生セツルメント活動に出会いました。高校の先輩に誘われてのことでしたが、この誘いが私の人生の最大の幸運をもたらしました。
この学生セツルメント活動について、誰も書かないので、私が書きました。『星よ、おまえは知っているね』(花伝社)です。そして、大学2年生のときから東大闘争の渦中に没入しました。世間的には東大全共闘がもてはやされましたが、私は、クラス討論を通じて全共闘の代議員を次々に落選させる運動に挺身しました。そして、全共闘の暴力に抗し、クラスとして行動隊を結成して無事に大学解体ではなく、授業再開にこぎつけました。再開された授業には全共闘メンバーも参加しましたし、私たちは彼らを排斥しませんでした。この1年間を、私は『清冽の炎』(花伝社)1巻から5巻にまとめました。そして、全共闘に加わった学生とそれに抗して大学民主化のために身を挺した学生たちが、その後どのように生きたのか、第6、7巻にまとめました。
大学の授業が正常化したとき、1年半ほどのブランクがあったので、学生は、みな必死で勉強しました。私も、その一人として司法試験に挑戦し、在学生合格者90人の1人にもぐり込みました。それが最新刊の『司法試験』(花伝社)です。
そして、次は司法修習生です。宮本康昭裁判官(青法協)の再任拒否、坂口徳雄修習生(23期)の罷免に直面して、青法協の修習生は意気高く活動しました。その状況を『司法修習生』(花伝社)にまとめました。
弁護士になって、日弁連理事になって日弁連会長の発言を身近に接して書いたのが『がんばれ弁護士会』(花伝社)であり、日弁連副会長の1人として日弁連の運営に関与した日々を報告したのが『日弁連副会長メルマガ』(花伝社)でした。
どれもこれも売れませんでしたが、私としては誰も書いてくれないのだから、自分がお金を出して記録のためにも本にしようと思ったのです。今でも、本にして本当に良かったと思います。
旅先で遭遇した出来事をことこまかに記録するという習慣をもっていると、旅先でのトラブルを回避できる可能性が高まるという経験則が知られている。
アメリカで英語を学ぼうとしている学生たちの、いろいろなお国柄がよくあらわれています。そして、私が心を打たれたのは、何といってもメキシコ人の若い女性とコロンビア人の若い男性が、どちらも「世界平和」を、「私の夢」だと真剣な表情で書いたということでした。
いま、安倍首相は日本の平和憲法を無視して戦争する国へつくり変えようとしていますが、世界の若者は、そんな危ない国にしてはいけないと腹の底から訴えているのです。
私も、こうやってフランス語が楽々話せたらいいなと思いました。50年もやっていて、それが出来ないのですから哀れなものです。それでも、なんとか、こりずにNHKラジオ講座を欠かさず聴いて、フランス語のCDによる書き取りを毎日続けています。
(2018年6月刊。1500円+税)

2018年10月 9日

ノモレ

(霧山昴)
著者 国分 拓 、 出版  新潮社

前の『ヤノマミ』も、すごい本でしたが、アマゾン奥地には、まだ知られざる人々がいるようですね。そして、それらの人々が下手に「文明人」と接触してしまうと、免疫力がないので、たちまち病気で死に絶えると言います。
そうでなくても、アマゾン奥地を開発しようとする人々に追い立てられ、殺されて絶滅の危機にあるのです。そして、それに拍車をかけている「悪者」のなかに日本企業がどっかと大きな顔をしているのです。恥ずかしい限りです。
アマゾンの流域には、イゾラドと呼ばれる先住民がいる。単一の部族を指すのではなく、文明社会と未接触の先住民を言いあらわす総称だ。文明社会と接触したことかないか、あっても偶発的なものに限る先住民のこと。
イゾラドが生きる森は、ブラジル国内に58ケ所。すべてアマゾンの深い森の中で、推定人口は300人から5000人。
ペルーでは、正確な調査は一度も行われていない。
集落には道路がなく、「道」とは川のこと。川は、いくつもの支流や小川に枝分かれしている。船さえあれば、川をつたってどこにだって行くことができる。アスファルトの道とちがって、魚や水などの恵みも授けてくれる。川に勝る「道」はない。
アマゾンのほとんどに先住民は、ハンモックではなく、テントを使う。
話しかけられたら、ただ、「ノモレ」とだけ答える。「ノモレ」とだけ言えば、大きな問題は絶対に起きない。「ノモレ」とは友だち、という意味だ。とても大切な言葉なのだ。
落ち着いて行動する。急な動作は慎む。大声で話さない。笑みを絶やさない。相手が触ってきたら、抵抗せずに、気がすむまで触れさせる。
先住民の社会では、弓矢をもっていないということは、敵ではないと認識している証(あかし)だ。先住民は、信頼できない相手と会うとき、けっして女や子どもを連れてこない。
先住民たちが欲しがったのは、バナナと紐。不思議なことにマチェーテ(刀)も欲しがらなかった。
森の入口に一匹の蛙が木の上から吊るされていた。これは、多くの先住民社会に共通する隠語だ。ここから先は入ってくるな、という警告だ。
先住民たちは本名を名乗ることはない。本名を教えると、精霊の力によって呪いをかけられると信じているからだ。
かつて日本でも、江戸時代には名前をもっていても、そう簡単には本名を他人には明かしませんでした。それで、江戸時代の庶民は名前をもっていないと誤解されていました。同じことがアマゾンの先住民の習慣でもあったことに驚かされます。
この本を読むと、アマゾンの先住民の人々の生存を脅かしているのは、「文明人」の私たちだということがよく分かります。生き方の多様性を認めないのはまずいと思います。そして、アマゾンを乱開発してはいけないとつくづく思います。
アマゾンの密林を切り拓いて牧場にして、牛肉を増産してマックの原材料にするなんて、とんでもない暴挙です。「文明人」がどうあるべきか、原発をかかえてその後始末をきちんと考えない人の多い日本人に大きな反省を迫る本でもあると私は思いました。
NHKスペシャル(2016年8月7日放送)を本にしたもののようです。残念ながら私はテレビ番組は見ていません。ただ、先日、ドローンの映像がユーチューブで流れていました。そっとしておきたいものです。
(2018年6月刊。1600円+税)

2018年10月 3日

超監視社会で身をまもる方法

(霧山昴)
著者 ケビン・ミトニック 、 出版  日経BP社

伝説のハッカーと呼ばれるケビン・ミトニックは現代社会では誰もが監視されていることに気づくべきだと強調しています。
いま、私たちが手にしているプライバシーは幻だ。おそらく、数十年前に幻になった。
家のなかにいようが、通りを歩いたり、カフェでくつろいだり、ハイウェーで車を走らせたりしていようが関係ない。コンピューターも、スマートフォンも、冷蔵庫でさえも、すべてが私生活ののぞき穴になり得るのだ。
生体認証、指紋やら顔をつかうものも、ハッキングには弱い。
政府と企業は、あなたのメールを読んでいる。
安全にやりとりしなければいけない相手が現れたときに大切なことは、相手の身元を確かめること。確認するときには、共通の知人を通じて連絡をとり、自分はその友人とだけ接触して、なりすましにひっかからないよう注意すべきだ。
プリペイドの携帯電話を使い捨てにしてしまうといい。
ケータイの発信者が世界のどこにいても居場所を特定できる。その会話も聞きとれる。暗号化された通話やテキストメッセージを記録して、あとで解読することもできる。
デジタル通話が主流になるにつれて、監視は難しくなるのではなく、簡単になっている。
あらゆるSNSのなかで、一番しつこいのがフェイスブックだ。フェイスブックも、グーグルのように、あなたに関するデータを欲しがっている。フェイスブックには、16億5000万人の利用者がいる。
アメリカにあるハイスクールで、高校生全員に新しいマックブックが与えられた。このマックブックには、紛失した場合に備えてインストールしたデータ復元ソフトを使うと、2300人の生徒全員の行動を内蔵するウェブカメラに映る範囲ですべて監視できた。
誘拐犯は身代金をビットコインで支払うよう要求することが多い。そこで、多くの人が支払いに苦労する。
一般論として、共有パソコンを絶対に信用してはいけない。ファイルを削除するだけでは、不十分だ。そのあと、ゴミ箱を空に抜く必要がある。それでも、ファイルはコンピューターから完全には消えない。
SNSにはSNS用のプロフィールの書き方がある。嘘をつくのではなく、わざと曖昧にするのだ。生年月日には、本当の誕生日とは違う、『安全な』日付をつかって、個人情報をうまく隠す。FBで「友だち」申請を承認するときには、慎重にしたほうがよい。
空港の手荷物検査を受けるときには、いつもノートパソコンや電子機器は最後にベルトコンベアに乗せるようにしよう。
一般論として、機密情報を保存した電子機器は絶対に必要な場合以外には持っていかないこと。もし持っていくなら、データを最小限に減らすべきだ。
本当に怖い世の中になってしまいましたね。トホホ、です。
(2018年2月刊。2000円+税)

2018年9月24日

連邦陸軍電信隊の南北戦争

(霧山昴)
著者 松田 裕之 、 出版  島影社

アメリカの南北戦争は1861年から65年まで続き、戦死者が実に62万人という、とんでもない近代的消耗戦でした。大砲や新式連発銃が戦場で威力を発揮したわけですが、南北戦争の勝敗を決めたのは、モールス信号をはじめとする情報戦における北軍の優位だったことを知りました。
そして、リンカーン大統領を暗殺した犯人を逮捕するにも、この電信連絡がフルに生かされたといいます。
太平洋戦争で日本軍はレーダーその他の情報網を軽視していたため、後半戦では圧倒的敗北を重ねていきましたが、南北戦争のときの南軍が同じでした。
南北戦争は、情報の収集・共有・分析にかかわる戦力が勝敗の帰趨に決定的な影響を及ぼした最初の戦争だった。最新鋭の情報通信技術であるモールス電信を軍事領域において、どれほど広範囲かつ効果的に駆使できるのか、USA(北軍)とCSA(南軍)の力量差は、文字どおり、この点に凝縮された。
CSA(南軍)政府は電信によって最前線からもたらされる情報を自国民に公表せず、徹底した秘密主義をとり、情報操作もおこなった。ゲチスバーグとヴィックスバーグの両会戦で大敗したのに、CSA領内の新聞は「CSA軍の大勝利」と報道した。
これって、戦前の日本軍の大本営発表と同じですね。
これに対してUSA(北軍)政府は、軍用電信網が刻々ともたらす戦況報告を包み隠さず国民に周知させることで、国民に戦争の当事者たる意識をもたせ、挙国一致の気運を高めていった。まさしく両者は対照的だった。
リンカーンは、南北戦争のとき絶えず電信室に顔を出し、最新の軍需情勢を絶えず頭に叩き込んだ。
大変な知的刺激を受けた本です。アメリカの南北戦争についての知見が増えました。
(2018年4月:東京・蒲田宅)

2018年9月22日

新時代「戦争論」


(霧山昴)
著者 マーチン・ファン・クレフェルト 、 出版  原書房

戦争をする者は、あくまで勝利を得るために戦うのであって、ありとあらゆる理論を試すために戦うのではない。なーるほど、それはそうでしょうね・・・。
二つとして同じ戦争はない。人間の歴史と切り離せない戦争そのものが絶えず変化しており、今後も変化し続けるだろう。うむむ、なるほど、そういうことですか・・・。
時代を問わず、多くの兵士が、敵を殺すのはセックスするようなものだと語っている。人間のどんな行動も、それを愛好する人こそが、それをもっともうまくやる。
経済問題のみが原因で起きた戦争は、ほとんどない。とはいえ、経済的な原因が、おそらく大半の戦争に関わっていることも真実である。
戦闘部隊が全兵力に占める割合は、1860年は90%だった。その100年後の1960年には25%にまで減少した。そして、1990年ころから、民間への業務委託が始まり、割合が増加しつつある。
第一次世界大戦までは、軍事物資の大部分は何より食料と飼料だった。現代では、弾薬や燃料、潤滑剤、戦場で運用される装備品の予備の量が大幅に増えている。戦場で兵士1人の1日の活動を支えるのに必要な物資の量は、以前の30倍に増えている。
アメリカ軍に、ドローン運用者にストレス症候群を訴える人が多い。これは、戦争がビデオゲームになっていないことの証明だ。戦争は今もって人間的なこと(古代ギリシアのツキディデスの言葉)なのだ。
サイバー戦争から身を守る最善の方法は、コンピューターに頼らないこと、少なくともコンピューター同士をつなぐネットワークを使わないこと。しかし、これってかなり無理ですよね。
核兵器の偶発的な爆発が起きなかったのは奇跡と言ってよいくらいだ。核兵器の抑止と強要のゲームは、じつに愚かしく、非道なものである。核兵器の使用は瞬時に、ほぼ完全に人類が滅亡してしまうレベルのものだ。
朝鮮半島で戦争が終結することの意義は限りなく大きいものがあります。日本政府は「圧力」ではなく「対話」に路線を転換すべきです。それが出来ないアベ首相は辞めてもらうしかありません。
(2018年5月刊。2600円+税)

2018年9月21日

「マーチ」 2・3


(霧山昴)
著者 ジョン・ルイス、アンドリュー・アイディン 、 出版  岩波書店

アメリカという国が、いかに暴力と偏見に満ちた国であるか、心が震えてくるマンガ本です。でも、それに非暴力でたたかった黒人集団がいて、ともに歩んだ白人たちがいたことも知り、アメリカはまだ捨てたもんじゃないな・・・、とも思わせます。
それにしても、アメリカでの黒人差別はすさまじいものがあります。白人と対等な口をきこうものなら、ボコボコ乱暴されるのはまだいいほうで、殺されても殺した白人は逮捕もされないというのです。今でも、200万人いるというアメリカの刑務所人口の半分以上は黒人が占めているのでしょう。
黒人は「白人専用」と書いたトイレを利用することは許されない。
白人と同じようにカウンターに座って商品を注文しても無視されるだけ。
投票するために有権者として登録しようとすると、黒人だけは読み書きテストを受けさせられて、不合格とされる。いえ、その前にテスト自体も受けることができない。
差別主義者の白人が黒人の教会を爆破して黒人の少女たちが亡くなります。黒人が平和に行進していると、白人の警官隊が警棒をもって非武装・無抵抗の黒人の男女を殴る蹴る。そして抵抗したといって拘置所に収容する。
法治国家どころではありません。野蛮な国です。
黙っていると殺される。現に何人も、何住人も野蛮な白人たちに仲間が殺されるのを前にして、このまま非武装・無抵抗の行進(マーチ)を続けていいのか。それにどれほどの意義があるのか・・・。それでも、生命の危険を賭して、平和行進を続けるのですから、本当に勇気があります。心が震えます。
映画『ミシシッピー・バーミング』の話も出てきます。黒人の権利を擁護するためにミシシッピ州に入った白人青年たち3人が警察の検問を受けたあと行方不明になった事件です。FBIなどの捜査によって3人の遺体が発見されました。犯人は州の権力者仲間だったのです。
ケネディ大統領が暗殺され、マルコムXも暗殺される大変な状況のなかで、ジョンソン大統領は公民権法の制定についに踏み切った。
バラク・オバマがアメリカの大統領として、いったい、どれだけの実績を上げたというのか、振り返ってみると、いささか疑問がないわけではありません。ノーベル平和賞に本当に値したのか、いささか疑問はあります。でも、それでも今のトランプ大統領の知性のなさには呆れ、かつ恐れます。ちょうどアベ首相の無知蒙昧と同じレベルです。そんなアベ首相が三選されそうだというのですから政権党の知的劣化はとどまるところを知りません。
マンガ本で知る、アメリカの黒人運動、公民権運動といったおもむきがありました。
マンガ本にしても少々値がはりますので、ぜひ図書館で借りてお読みください。
(2018年5月刊。2400円+2700円+税)

2018年9月14日

レッド・プラトーン

(霧山昴)
著者 クリントン・ロメシャ 、 出版  早川書房

Il doesn't get better.
今よりマシにはならないぜ。
これがレッド小隊(レッド・プラトーン)の合言葉。
今から9年前のアフガニスタンでの出来事です。アメリカ軍がアフガニスタンの東部山中につくった前線基地がタリバン軍に強襲され、辛うじて撃退した経過を現地で指揮したロメシャ2等軍曹が詳しく語った本です。その戦闘場面の描写は大変な迫力です。
前線基地を戦闘前哨と呼ぶのですね。ともかく孤絶した山中にアメリカ兵50人あまりがいて、タリバン兵300人を迎え撃ち、強力な航空兵力の助けを得て、なんとか絶滅の危機を免れたのでした。
タリバン軍は、周囲の山頂からこの戦闘前哨をよく観察していて、きわめて効果的に強襲し、アメリカ軍に不意討ちをくらわせた。攻撃はアメリカ兵の大半がまだ眠っていた午前6時前に開始され、緒戦は防御側にとってきわめて不利に推移していった。航空支援を受けながら、アメリカ軍は14時間の死闘に耐え抜いた。
アメリカ軍の死者は8人、負傷者22人。つまり、50人のうち死傷者30人ですから、大変な損耗率です。対するタリバン側は150人の死者を出したと推定されています。
でも、そもそも、なぜこのすり鉢の底のような不利な地にアメリカ軍が戦闘前哨をつくり、50人もの兵がいたのか、それが根本的な疑問です。
近くに小さな村もあり、タリバン兵が戦闘前に占拠していましたが、アメリカ軍と村民とが交流していたような気配は感じられません。むしろ村民はアメリカ軍にとって非友好的存在だったように思われます。そんなところに軍隊を置いて、いったいアメリカ政府(軍を指揮するものとして)は、どうするつもりだったのでしょうか、まったく訳が分かりません。
アメリカ兵50人の救援に向かった航空兵力のなかでは、アパッチ攻撃ヘリコプターが活躍していますが、この近代兵器も悪天候と燃料切れには勝てないのですね。
そして、B1戦略爆撃機の投下する巨大な爆弾です。そして、それは精密誘導爆弾キット付きなのです。ベトナム戦争のときのような友軍を誤爆するようなことは避けなければいけません。
そして、アメリカ軍は戦死した兵士の遺体の回収に全力をあげる、そのために犠牲者がでても仕方がない。こういう考えでアメリカ軍は運用されているようです。
この戦闘で死んだタリバン兵士150人にも、それぞれの人生があったと思いますが、それが文章化されることは恐らくないでしょう。死んだアメリカ兵士8人については、著者が写真とともに、その人柄を紹介しています。
なぜ人の好きそうなアメリカの青年が、こんなアフガニスタンの山中で死ななくてはいけなかったのか、彼らの死に果たしてどれだけの意味があるのか、そのあどけない生前の笑顔を見ながら大いに考えさせられました。
『ブラックホーク・ダウン』、『アフガン、たった一人の生還』に続く本だと思います。
(2018年3月刊。2100円+税)

2018年9月 7日

ギャングを抜けて

(霧山昴)
著者 工藤 律子 、 出版  合同出版

中央アメリカのホンジュラスのスラムで生まれ育ち、ギャングに入った一人の若者が、なんとか故国から脱出してメキシコで再生しようとする苦難の歩みが、分かりやすい文章といくつかの写真で紹介されています。
ホンジュラスで2番目に大きな都市がサン・ペドロ。亜熱帯気候なので、1年中、ランニングシャツ1枚で過ごせる。ところが、町の大部分は貧しい人々の質素な家が並ぶスラムで、活気がないし、しかも危険な空気に満ちている。
サン・ペドロは、世界で一番、殺人事件の発生率が高い。いたるところに、「マラス」と呼ばれる若者ギャング団がいて、町のスラムを支配している。
マラスは、メキシコやコロンビアの麻薬密売組織(麻薬カルテル)と手を組み、マリファナやコカインを売ったり、ライバルのマラスと縄張り争いをして殺し合っている。
ホンジュラスには、マラスのメンバーが3万人以上いる。スラムにいるマラスのメンバーに指示を出しているのは、刑務所に入っている大ボスたち。指示は、外で活動している「ホーミー」と呼ばれるリーダーに伝えられ、その下の「バイサ」へ伝えられていく。
ホーミーからケータイで指示を受けながら、支配地域で実際にギャング団の仕事をしているのは、バイサやその下っ端の連中。それから、特別な命令で動く暗殺部隊。
ギャングたちが10代の少年たちの前で、こう言った。
「このあたりは、これから俺たちの縄張りだ。おまえたちも仲間にならないか」
そして若者はギャングの仲間になることを選んだ。その環境では、それがもっとも現実的な答えだった。ほとんど唯一の選択肢だった。もし、「仲間にならない」と言ったら、ここから逃げるか、殺されるか、しかない。
このスラム街に入ってくる車は窓を開けていないと攻撃される。窓を開けていないと誰が乗っているか、外から分からないから。この決まりごとを知らないと、命を喪う。
学校でいじめられっ子の若者はギャングに入った。いじられないし、むしろ恐れられ、リスペクトされるから・・・。
ギャングの犯罪を取り締まるはずの警察や軍の内部にもマラスのメンバーが潜入していた。
マラスのメンバーに昇格するためには、敵あるいは自分の家族や知人を一人殺さなければならないことになっていた。
「霧社事件」を起こした台湾の現地民(タイヤール人など)は、一人前の男として認められるためには、首ひとつを村にもち帰る必要がありました。このことを思い出しました。
それにしても苛酷過ぎるルールです。この若者は、自分は殺したくない、そう決意してギャングのいる故郷のスラムから脱出したのです。そして、今では難民認定も受けてメキシコ・シティでがんばっています。
小学生時代に一緒に遊んでいた幼なじみの大半は、もうこの世にはいない。生き残った人間の一部は塀の中にいる。麻薬密売や強盗・殺人などで警察に捕まった。残りは国内の別の地域にひっこして息を潜めて暮らしている。
いちどギャングになってしまえば、まわりの人々の抱く恐怖心が、ギャング少年たちをいい気分にさせる。単に恐ろしがられているだけなのに、リスペストされていると勘違いしてしまう。
この若者は、物事が思いどおりに運んでいるときは、実に賢く立派に振る舞う。ところが、いったん歯車が狂いはじめると、周囲の支えがなければ、自暴自棄に陥ってしまう。これは、幼いころ、誰かにしっかりと守られ、愛されたという経験がないため、本当の意味の自信が育まれていないからだろう。
暴力と殺人が日常茶飯事の中央アメリカのスラムに育った若者が人としてまともに育つことの難しさも証明しているように思いました。現代日本の若者の生育状況と対比させながら読むと、さらに新しい知見がきっと得られます。
(2018年6月刊。1560円+税)

2018年8月14日

マーチ 1

(霧山昴)
著者 ジョン・ルイス 、 アンドリュー・アイディン 、 出版  岩波書店

先日、マルティン・ルーサー・キングの伝記を読みましたが、同じように黒人牧師として活躍し、アメリカ下院議員でもあるジョン・ルイスの半生をマンガで紹介した本です。
冒頭のシーンは、有名な「血の日曜日事件」です。黒人の集団が橋を渡ろうとしているところへ、白人警察隊が襲いかかってきます。
黒人は、住む地区が白人とは別、学校も店も乗るバスや列車も白人とは別なのです。
黒人が、そのルールに従わなかったときには、白人による凄惨なリンチが待ち受けています。黒人が殺されても、リンチした白人は晴れて堂々と無罪になります。全員が白人の陪審員団は、「ニガー」殺しで白人を有罪にするなんてとんでもない、そんな考えにこり固まっているのです。
そこへ、黒人の学生たちが無抵抗・非暴力主義で立ち上がります。少数の白人も応援しますが、見つかると大変な目にあいます。白人だからといって容赦なんてありません。コーヒーショップのカウンターに座って、じっと耐えるのです。白人の暴徒に襲われます。非暴力だから、やられっ放しです。でも、応援に次々にやって来ます。みんなブタ箱に入れられます。
バスに乗る人がいなくなり、商店で商品を買う人がいなくなります。
アメリカの自由と権利を守るたたかいのすさまじさ、これを実感させてくれるマンガ本です。
(2018年6月刊。1900円+税)

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