福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

決議

2024年5月28日

暴力団被害者の支援の拡充を求める決議

決議の趣旨
 当会は、以下のとおり、暴力団等による組織的な犯罪行為の被害者(以下「暴力団被害者」という。)に対する支援の拡充を求める。
1 福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること。
2 国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充すること。


2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会


決議の理由
第1 福岡県における暴力団被害の実情と課題
 福岡県には、全国最多の5つの指定暴力団の本拠が存在し、長年にわたり、暴力団の存在や活動が市民の安全で平穏な生活の大きな脅威となっており、実際に一般の市民が暴力団同士の対立抗争に巻き込まれ、あるいは暴力団の標的となり殺傷等の被害を受ける事件も多数発生している。そのため、当会の民事介入暴力対策委員会に所属する会員有志らは、このような暴力団被害者の代理人として、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)第31条の2に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を追及する訴訟(以下「組長責任訴訟」という。)を提起するなど、これまで暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 そして、福岡県においても、福岡県暴力団排除条例第9条に基づき、組長責任訴訟を提起し、又は提起しようとする者に対し、訴訟費用に充てる資金の貸付けを行うなどの必要な援助を行ってきたところであり、かつ、2023年度には、暴力団等(なお、本決議において、「暴力団等」とは暴対法第2条第2号に規定する暴力団のほか、いわゆる準暴力団(暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるもの)を含む概念として用いている。)が関与する特殊詐欺等の組織犯罪に関し、弁護士の調査費用を調査委託費として公費で負担する全国初の取り組みを開始するなど先進的に暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 しかしながら、暴力団被害は、暴力団等の凶悪かつ強大な組織によって引き起こされるものであるから、仮に実行犯が検挙されたとしても、被害申告や捜査協力に対する報復や証人威迫、口封じといった組織を通じての再被害(被害者が加害者より再び危害を加えられること)に対する不安が直ちに払拭されるものではないという特性がある。
 そのため、暴力団被害者の中には、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされ、あるいはそれまでの就業先を失わざるを得ないなどの大きな経済的負担を被ることもある。
 また、同様の理由により暴力団被害者がその被害回復を求めて自ら組長責任訴訟等の法的手続をとることは容易ではなく、さらに仮に民事訴訟で勝訴判決を得ても、その回収は困難を極める実情がある。
このように、暴力団被害者の被害は重大であるにも関わらず、被害回復は困難を極めるから、暴力団被害者に対する十分な支援が必要である。


第2 暴力団被害者に対する日常生活支援拡充の必要性
1 居住に関する支援
 暴力団被害者が犯罪被害者(犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為により害を被った者及びその家族又は遺族。以下「犯罪被害者等」という。)である場合、暴力団被害者についても福岡県における一時避難場所の確保に係る公費支出制度の利用や各自治体が行う公営住宅への入居に関する優遇措置などは利用可能であるが、暴力団被害者は当該暴力団等が存在する限り再被害の不安を払拭できないから、一時避難場所の提供では支援として不十分であるし、公営住宅では暴力団等からの保護対策の観点上安全な環境とは言い難く、暴力団被害者に対する居住支援としては不十分である。また、福岡県は、2023年4月1日、殺人や傷害等の故意の犯罪行為により死亡した犯罪被害者の遺族、又は重傷病を負った犯罪被害者が、当該犯罪行為が行われた時に福岡県内に住所を有する場合、見舞金を支給する制度を創設しており、このような見舞金は犯罪被害者等の転居費用にも充てられることが想定されるが、遺族見舞金は30万円、重傷病見舞金は10万円にとどまっており、犯罪被害者等が暴力団被害者で、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされる場合には、到底十分な金額とはならない。
 そこで、例えば、上記見舞金支給制度を拡充し、暴力団被害者を含む犯罪被害者等が遠隔地に転居することが相当な場合には、実際にかかった転居費用を追加して補助する等の暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った居住支援制度の拡充が必要である。


2 雇用に関する支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受け就業困難に陥り、あるいは暴力団等による再被害をおそれて遠隔地に転居するなどすることで、転職や廃業を余儀なくされる場合がある。しかし、このような暴力団被害者の雇用の維持及び確保に関する支援としては、就職支援センターにおける就職支援などの一般的な福祉制度を利用するほかなく、暴力団被害者の被害の実情を鑑みれば、暴力団被害者に対する雇用支援としては不十分である。そこで、暴力団被害者を含む犯罪被害者等やこれらの者を雇用する企業に対する給付金・補助金の支援制度や、遠隔地での就業を希望するこれらの者に就業先を紹介する等の支援をするための広域連携協定の締結といった暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った雇用支援制度の創設が必要である。


3 その他の支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受けることが多く、治療やカウンセリングのための医療費の負担が生じるほか、再被害の不安や保護対策を受けることとの関係上、日常生活にまで不自由が生じることが多い。また、暴力団被害は被害者本人のみならず、その家族や関係者に対しても及ぶことがあり、支援は被害者本人のみならず家族や関係者に対しても必要となる。
 しかし、医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面において、暴力団被害者特有の支援制度はとくに存在せず、支援者側の安全の確保等の観点から民間支援団体による支援につなげることすら難しい現状がある。
 そのため、このような暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面における支援のさらなる拡充を実現するべきである。また、それにあたって、暴力団被害者の支援の担い手となる民間支援団体等に対する警察による保護対策の強化や担い手の確保等にも取り組むべきである。


第3 暴力団被害者の被害回復支援の拡充の必要性
1 暴力団被害者が自ら損害賠償請求訴訟を提起することの困難さ
 福岡県における訴訟費用に充てる費用の貸付制度等をもってしても、暴力団被害者の再被害に対する不安に鑑みると、暴力団被害者が自ら組長責任訴訟等を提起することは困難を極める。そのため暴力団被害者の被害回復支援の拡充が必要である。


2 国の求償訴訟の積極的活用の提言
 犯罪被害者等に対する国の被害補償制度としては、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)に基づく犯罪被害給付制度が存在し、暴力団被害者についても同制度による支援を受けることが可能である。そして、犯罪被害給付制度では、国は、その支給した犯罪被害者等給付金(以下「犯給金」という。)の限度において、当該犯給金の支給を受けた者が有する損害賠償請求権を取得することになる(犯給法第8条2項)。しかし、これまで国が実際にこの求償権を加害者側に行使した例は僅かにとどまっているようである。その理由については、求償権を行使しても加害者が無資力などで回収困難な場合が多いことや犯罪被害者等の救済を優先するためと考えられている。
 しかしながら、暴力団被害については、資力のない実行犯等のみならず、民法第715条に基づく使用者責任を追及する訴訟や組長責任訴訟を暴力団の代表者等に対して提起することが可能な場合があり、そのような場合には回収可能性が認められることも多い。とすれば、暴力団被害の場合に国が求償権を行使しない理由はないといえる。むしろ国が求償権を積極的に行使しないのであれば、かえって暴力団側に不当な利益を与えることになりかねず、暴力団の不当な活動を助長するおそれすらある。
 また、犯罪被害給付制度により暴力団被害者の全ての被害が補償されるものではないため、暴力団被害者の被害回復には犯罪被害給付制度の拡充もあわせて必要となるが、少なくとも国が積極的にこのような求償訴訟を提起すれば、暴力団被害者が単独で組長責任訴訟等を提起する場合と比較して、民事訴訟提起に伴う暴力団被害者の不安が緩和される効果が生じることが期待できる。


3 立替払制度・回収制度の創設等の提言
 日弁連の2023年3月16日「犯罪被害者等補償法制定を求める意見書」は、国が犯罪被害者等に対する経済的支援を拡充するため、①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度、の2つを柱とし、現行の犯給法による経済的支援を包摂した新たな犯罪被害者等補償法を制定するべきとする。
 同意見書は、意見の理由として、犯罪被害者等が受ける経済的被害の実情や犯罪被害給付金制度が不十分であることを指摘するが、このような指摘は、まさに暴力団被害者にも強く妥当するといえる。
 そして、これまでは、暴力団被害者については、組長責任訴訟等を提起することで損害賠償を受けることが可能であったが、暴対法や各地の暴力団排除条例等に基づく暴力団対策の強化により、将来、暴力団等の活動の匿名化・非公然化が進む危険性も指摘されており、その場合、暴力団の代表者等に対する勝訴判決を得ても、任意の弁済を受けることは期待し難く、また財産の隠匿等により強制執行も困難になるなど、現実の回収に至らない例が増加することが危惧される。
 そのような場合、組長責任訴訟等により暴力団の代表者等に対する債務名義を取得した暴力団被害者への国による損害賠償金の立替払制度や、債務名義を取得した後の債権回収を暴力団被害者が国の機関に委託する回収制度の創設は、いずれも有益であり、暴力団被害者の支援に資するものとなる。
 日弁連の上記意見書では、参考として、スウェーデンにおける強制執行庁による債務名義に基づく損害賠償金の回収制度が挙げられているが、国としては、このような制度を参考として早期に国による損害賠償金の立替払制度や回収制度を検討するべきである。


4 適格団体訴訟制度の拡張の提言
 暴対法第32条の4第1項は、適格都道府県センターに対し、当該都道府県の区域内に在る指定暴力団等の事務所の使用により付近住民等の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されることを防止するための事業を行う場合において、当該付近住民等で、当該事務所の使用によりその生活の平穏又は業務の遂行の平穏が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求をしようとするものから委託を受けたときは、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該請求に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有すると定めている(いわゆる適格団体訴訟制度)。暴力団被害者は暴力団からの報復をおそれ、暴力団に対する法的手続を躊躇する傾向にあるため、このような適格団体訴訟制度は暴力団被害者の保護に資するといえるが、現行法では、指定暴力団等の事務所使用差止請求にしか活用できない。そこで、消費者裁判手続特例法における被害回復関係業務に係る規律を参考に新たな立法的枠組みを創設するなどして、組長責任訴訟やそれを債務名義とする強制執行手続においても適格都道府県センターに訴訟担当適格や執行担当適格を認めることで、暴力団被害者の被害回復を容易にすることも考えられるところである。


第4 結語
 以上のとおりであるから、当会は、暴力団被害者を支援するため、第一に、福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること、第二に、国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充することを求める。

以上

2024年5月27日

刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議

(決議の趣旨)
  当会は、「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を改革するために、以下のような裁判所及び裁判官の運用改善を求める。
(1)各裁判官に対して
  ア 勾留質問において勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行い、これを適切に勾留質問調書に記載する運用とすること。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とすること。
  ウ 勾留の判断にあたっては、防犯カメラの普及や科学技術・IT技術の進展、各人がスマートフォン等の電子機器によって容易に録画録音が可能となる等、勾留理由が認められにくくなった社会変化を前提に、身体不拘束の原則や比例原則も踏まえて勾留理由を厳格に判断する運用とすること。
(2)最高裁判所に対して
  ア 勾留質問調書の参考書式について罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問を促すものに変更すること。
  イ 勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを各裁判所に通達又は通知すること。

2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会


(決議理由)
1 日本における刑事身体拘束手続の問題
(1)憲法34条は「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」と規定している。
   これを受けて刑事訴訟法では、逮捕要件や勾留要件を定めた上で、逮捕や勾留について裁判所による令状審査を要求した上で、特に勾留に当たっては、裁判官が直接被疑者・被告人に面談する勾留質問の手続を経なければならないと定めている。
   また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、逮捕・抑留された者は、司法機関の面前に速やかに引致され、引致後「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される」権利を有することを保障し、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定め、身体不拘束の原則を明らかにしている。
(2)ところが、このような憲法や刑事訴訟法、そして国際人権(自由権)規約の定めがあるにも関わらず、実際には刑事訴訟法が歪曲された形で運用され、憲法が「正当な理由」を求め、刑事訴訟法が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を求める被疑者の勾留の要件について、実務においては、抽象的な「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」として解釈し、安易に勾留が認められる傾向にある。
   そして、いったん勾留されれば、起訴前保釈制度がない中で最長23日間の長期にわたって身体拘束を余儀なくされ、起訴後も保釈が認められなければ判決まで身体拘束が続くことになる。
   特に、被疑者が否認するなど事実関係を争ったり、あるいは黙秘権を行使したりしている場合には、安易に「罪証隠滅のおそれ」を認めて勾留し、判決まで、あるいは証人の証拠調べ等が終わるまでは保釈も認められないことから、被疑者自身の身体の自由を人質として自白を強要する「人質司法」と呼ばれてきた。
   また、被疑者が罪を認めている事件で、罰金刑や執行猶予判決が見込まれ、実際には刑務所に収監されないようなケースでも、起訴前・起訴後の勾留が認められるケースは非常に多い。令和4年の司法統計年報を見ても、起訴後に勾留された人員総数(起訴後に保釈等で釈放された被告人も含む。)が32,308人であるのに対して、死刑及び実刑判決を受けた総数は14,184人に過ぎない。
   裁判で有罪になっても処罰としては身体拘束を受けないにも関わらず、捜査段階では身体拘束が認められるというのは、裁判を目的として捜査が行われるという制度上の関係から考えれば、明らかに異常なことである。
   しかし、検察官も裁判官も何ら疑問を持たずに安易に勾留が認められ、弁護人ですらその異常さに慣れてしまっている現状にある。
2 当会や日弁連の取り組み
(1)かかる日本の刑事身体拘束手続の問題に関しては、古くから当会も日本弁護士連合会も問題を指摘するともに、様々な宣言や決議をしたり、意見書をまとめたりしてきた。
   その後の刑事司法改革の中で、被疑者国選弁護制度の導入や拡大、裁判員裁判制度の誕生、公判前整理手続の導入、一部事件についての取調べの録画録音の義務付けといった法改正を伴う制度改革は行われてきた。
   しかし、刑事身体拘束に関する制度改革は特になされず、逆に2023(令和5)年には公判期日等への出頭及び裁判の執行の確保を目的とした刑事訴訟法改正がなされるような状況にある。
(2)このような状況の中で、埼玉弁護士会が全国に先駆けて2010(平成22)年から「被疑者の不必要な身体拘束に対する全件不服申立運動」を実施し、これが全国に広がっていった。
   九州弁護士会連合会においても各地でこの運動を開始し、当会では2017(平成29)年に北九州部会で先行して運動を始め、全県的にも当会の刑事弁護等委員会が呼びかける形で2018(平成30)年以降、本年に至るまで運動を実施してきており、勾留請求や勾留決定そのものを阻止したり、不服申立によって勾留決定が取り消されたりするなど、個々の弁護実践の中でも一定の成果を上げてきた。そして、2020(令和2)年9月には、当会の臨時総会において「刑事身体拘束手続に関する法改正と運用改善を求める決議」がなされ、勾留質問時の弁護人立会権の保障や勾留判断における比例原則適用を明記する刑事訴訟法の改正、勾留質問・勾留理由開示手続・勾留判断における運用改善を求めた。
   このうち、勾留質問の運用改善に関しては、勾留質問において罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行う運用や、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用改善を求めた。
   そして、決議後には個々の事件において勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書を裁判官に提出するよう会員に呼びかけ、実際に少なくない事件で勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書が提出されてきている。
(3)このような取り組みの影響もあってか、2009(平成21)年までは1%を切っていた勾留請求却下率が急激に増加し、2014(平成26)年には2%を超え、2019(令和元)年には5%を上回るに至った。
   このような勾留請求却下率の動きは、一見すると裁判官が勾留判断を厳格に行うようになったようにも受け止められる。
   しかし、勾留請求却下率はその後減少に転じ、2022(令和4)年には4%を割り込んでいる。
   一方で、検察統計年報における在宅・身柄付を問わずに送検された被疑者(検察官逮捕を含み、自動車による過失致死傷等や道路交通法違反被疑事件は除く)に対して勾留が許可された件数の割合を見ると、1980(昭和55)年は約16%だったのに対して、年々割合が増えて行って2000(平成12)年から2003(平成15)年に30%を超えて倍近くになり、その後若干減ったものの、2011年(平成23)に再び増加に転じ、2012年(平成24)から2022(令和4)年まではずっと30%を超える状況が維持されている。
  送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合が倍近く増えているというのは、全く同じ基準で判断しているとすれば起こり得ない異常な増え方であって、勾留を許可するハードルが下がり、1980年頃であれば勾留が認められなかったようなケースでも勾留が認められるようになってしまっていると考えざるを得ない。
  この間、勾留の要件に関する法改正はないのであり、そうである以上、勾留判断に関する裁判官の運用が変わってきたとしか評価できない。
  そして、上述したとおり2014年(平成26)以降は勾留請求却下率が増えているものの、送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合は30%以上のままであることからすれば、検察官が以前よりも広く勾留請求するようになったため勾留請求却下率が増えていたとも捉えられ、勾留判断に関する裁判官の運用改悪の状況に変わりはないといえる。
  こうした状況の中、2020(令和2)年3月11日に、そもそも犯罪が成立しない事案について、会社の代表者らが逮捕・勾留され、検察官による公訴提起が行われ、約11か月もの間身体拘束された後、公訴提起から約1年4か月経過し第1回公判の直前であった2021(令和3)年7月30日に検察官が公訴取消しをするという、えん罪事件が発生した(大川原化工機事件)。勾留中に被告人のうち1名に重篤な病気が判明するも、保釈が認められず、後に勾留執行停止になるが、死亡するなどの重大な結果も生じており、2023(令和5)年12月27日、東京地裁は、警視庁公安部の警察官による逮捕および取調べ、ならびに検察官による勾留請求および公訴提起が違法であると認定し、被告国と東京都に対して約1億6200万円の支払いを命じる判決を出した。
   人質司法の問題が現在も続いていることを示している事案であって、人質司法が人の命まで奪うような重大な問題であることを表している。
3 勾留判断や勾留質問に関する運用改善の必要性
(1)以上述べてきたとおりであって、刑事身体拘束の問題の本質は改善されておらず、法改正による抜本的な改革が必要であって、当会としても刑事身体拘束に関する法改正を求めていくことに変わりはない。
  しかしながら、法改正には相当の時間がかかる一方で、被疑者・被告人の身体拘束による不利益は日々刻々と生み出されており、上記大川原化工機事件のような悲劇を繰り返さないためにも、このような事態は運用面において直ちに解消されなければならない。
   そこで、法改正を目指した粘り強い運動については継続していきつつも、勾留判断や勾留判断に直結する勾留質問に関しては、運用の改善を求めていくことが早急に必要であることから、下記のような運用改善を求めることとした。
(2)必要な運用の改善
  ア 勾留質問の実質化
    刑事訴訟法61条は、勾留の判断にあたって勾留質問することを裁判官に義務付けている。
    そして、勾留判断の前提としてなされる以上、勾留質問においては、単に犯罪事実に関する意見、陳述を聞くだけではなく勾留理由(勾留要件)に関する意見、陳述も聞くことが当然の前提となっている(最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年度193頁(最高裁判所昭和41年10月19日第三小法廷決定)、注解刑事訴訟法上巻[全訂新版]214頁以下)。
    したがって、本来勾留質問においては、勾留理由に関する陳述を聞くために、罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者、目撃者、共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)や逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族、仕事、住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)などについての具体的質問が必要なはずである。
    ところが、現在の勾留質問は、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされておらず、勾留の判断のための手続として刑事訴訟法が予定している勾留質問手続が単なる形式的な手続となり、形骸化してしまっている。
    このような形骸化した勾留質問が行われている背景事情として考えられるのは、刑事訴訟法61条が「被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。」と規定し、勾留理由に関する質問について明記されてないことに加え、最高裁判所が作成して各裁判所に配布している勾留質問調書の参考書式が、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解についての回答だけを記載すれば足りるかのような書式になっていることも大きな影響を与えていると考えられる。
    すなわち、勾留質問調書の参考書式では、調書作成の効率化のためか、裁判官からの説明部分や質問部分は最初から印字されており、空欄となって回答が予定されているのは、①被疑者の氏名・年齢・生年月日・住居・本籍・職業、②被疑事実そのものに対する弁解内容、③勾留通知先だけとなっている。
したがって、この参考書式のとおりに説明や質問を行えば、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する質問をすることはないし、あえてこれらの事情について質問をして回答を得た場合、この書式自体にはその内容を記載するスペースはなく、わざわざ別紙を用意して別紙の方に自由記載の形で勾留理由に関する質問や回答内容を記載しなければならない。
このような参考書式が準備され、これを用いた勾留質問が一般化してしまえば、勾留質問においてもっぱら被疑事実そのものに関する弁解しか質問されず、逃亡や罪証隠滅のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされない運用が定着してしまうのも無理からぬところがあると言える。
    かかる勾留質問手続の形骸化は、勾留要件に関して具体的な事情に踏み込んで判断する姿勢を失わせ、抽象的な理由でしか判断できず、安易に勾留を認めるという結果に結びついてしまいかねない。
    勾留理由に関する具体的な質問なしに、勾留理由について適切な判断をすることができるはずがないのだから、本来の憲法及び刑事訴訟法の趣旨に則って、裁判官が勾留理由に関する具体的質問をするなどして実質的な勾留質問をするよう運用が改善されるべきである。
    そして、それを促すためにも、最高裁判所は、現在作成・送付している勾留質問調書の参考書式について、「同居者の有無やその扶養の状況」「住居の所有・賃貸の別や居住年数」「勤続歴や就労状況、職場での立場」「被害者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」「目撃者等の関係者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」などの項目を列挙するなどして改訂し、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問が必要であることを示すとともに、質問に漏れが生じにくいような工夫を行うべきである。
    そして、最高裁判所は各裁判所に対して、勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを通達し、あるいは通知するべきである。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いの許可
    現在の刑事訴訟法では、勾留質問への弁護人の立会いに関する規定は存在せず、勾留質問への弁護人の立会いを申し入れても、立会いが認められないケースがほとんどである。
    しかし、憲法34条が被疑者の勾留に関して、「要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」としていることからすれば、非公開の場とはいえ、勾留質問の段階で勾留の理由を説明することは憲法34条の趣旨に適う制度・運用であると言えるし、これに対する被疑者や弁護人の意見をその場で聴取することができれば、より慎重に勾留の判断をすることができ、無用な被疑者の身体拘束を避けることができる。
    この点、当番弁護士制度や被疑者国選弁護制度が普及するまでは、被疑者段階で弁護人が選任されること自体が少なく、まして勾留質問段階で弁護人が選任されていることは期待できない面があった。しかし、当番弁護士制度が普及した上に、被疑者国選弁護の対象が勾留された全事件に拡大され、逮捕段階から弁護人が関与するケースが大幅に増加した現在、勾留質問に弁護人が立ち会うことが可能なケースは大幅に増えている。
    このような弁護人を巡る状況の変化に加え、勾留質問手続の形骸化を防ぎ、憲法34条の趣旨に沿って無用な被疑者の身体拘束を避けるためには、本来、勾留質問時の弁護人の立会権を保障するよう刑事訴訟法を改正すべきであるが、現行の刑事訴訟法においても弁護人の勾留質問への立会いを禁止する規定はなく、改正を待たずとも、裁判官において弁護人の勾留質問への立会いを認めることは可能である。
    実際に、過去には勾留質問への弁護人の立ち会いを認めた例もある。
    一方で、弁護人は、勾留質問の時点ですでに被疑者のみならず家族や関係者から一定の事情を聞いており、勾留要件に関する事情も把握しており、勾留質問への弁護人の立会いが認められれば、裁判官による勾留質問に付随して勾留要件に関する事情を補足したり、勾留理由開示や準抗告を待たずに勾留理由に関する弁護人の意見を述べたりすることができ、裁判官はそれらの補足事情や弁護人意見も踏まえて、より適正に勾留の判断を行うことが可能となる。
    したがって、勾留質問への弁護人立会いを許可するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
ウ 社会変化を前提とした比例原則等を踏まえた勾留に関する厳格な判断
上述したとおり、送検された事件総数に対する勾留許可件数の割合は、1980年頃に比べて倍近くとなっている。
この間の社会変化が犯罪捜査や刑事裁判に与えた影響は大きく、防犯カメラが普及して様々な場所に設置され、また防犯カメラそのものやデータ保存方法や保存媒体が発展したこともあり、防犯カメラ映像は犯人検挙や公判立証に欠かせないものとなっている。
また、スマートフォンの普及により、GPS機能や基地局情報などから特定日時にどの場所にいたかの特定が容易になり、スマートフォン自体の機能を用いて誰でもいつでも容易に録画録音が可能になり、これらの情報や映像・音声も犯人検挙や公判立証に役立っている。
その他、従来の指紋や足跡痕等に頼った科学的な犯人特定方法についても、DNA鑑定や顔貌を含む画像鑑定等の発展により、様々な形での情報取得ができるようになっている。
それに加えて情報化社会の進展により、銀行取引を含む様々な取引が電子化・オンライン化される一方、口座開設や携帯電話の契約など様々な場面で本人確認が必要となり、身分を隠したまま生活を送ることの困難さはより増しているといえる。
このような現代社会では、逃亡を試みたとしても防犯カメラやスマートフォン、銀行取引その他の取引情報などから、居場所は特定され、仮に逃亡自体に成功したとしても長期間の逃亡生活を送ることは極めて困難で、それまでの利便性の高い生活の多くを犠牲にせざるを得ない。
    かかる社会変化を踏まえれば、普通の社会生活を送っている人であれば、パニック状態となって一時的に逃げ出すことはあっても、逃亡して訴追を逃れ続けようとする可能性が1980年頃と比べて大きく低下していることは明らかである。
    また、罪証隠滅のおそれという観点から考えても、被害者や目撃者等の関係者への働きかけをしようとしても、誰もが常にスマートフォンを保有している現代では、その働きかけの行為自体が相手や周囲に録画録音され、かえって罪を重くする結果となるリスクが高いのであり、そのようなリスクを負って証拠隠滅を図るとは考え難く、少なくとも1980年頃と比較すれば罪証隠滅のおそれは相対的に低くなっているはずである。
    つまり、この間の社会変化を前提とすれば、1980年頃と比べて勾留理由は認められにくく、勾留されにくくなってきているはずである。
    にもかかわらず、実際には送検事件総数に対する勾留許可の割合が逆に倍近く増加しているというのは、上記のような社会変化を考慮せず、逆に勾留判断のハードルを下げてしまっているからとしか考えられない。
    いずれにせよ、勾留理由を判断するに当たっては、上記のような社会変化を踏まえて具体的に判断する必要がある。
    また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、身体不拘束の原則を明らかにしているが、日本での起訴時点での身体拘束率は7割を超えているのであって、身体不拘束の原則から外れてしまっていると言わざるを得ない。
    この点、1990(平成2)年の「犯罪防止と犯罪者処遇に関する第8回国際連合会議」での「未決拘禁に関する決議」では、「未決拘禁は、自由の剥奪が、容疑犯罪及び予想される刑罰に比して不均衡となる場合には、命じられないものとする。」として、未決拘禁において比例原則が適用されることを明らかにしている。
    比例原則自体は、日本の行政法や刑事訴訟法でも認められている基準であり、憲法において勾留に「正当な理由」が要求されていることからしても、日本における勾留の判断においても比例原則が適用されるはずである。
    しかし、上述したとおり、比例原則の観点からすれば原則として勾留が許されないはずである罰金刑や執行猶予刑が見込まれるような被疑者や被告人について勾留が認められるケースが多いのが実情であり、現在の裁判実務では勾留判断において比例原則を極めて軽視した判断がなされていると言わざるを得ない。
    したがって、勾留の判断において、社会変化によって逃亡や罪証隠滅のおそれが相対的に低くなっているという現状認識を前提として、身体不拘束の原則や比例原則が適用されることを踏まえて、勾留理由について厳格に判断するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
4 結語
  そこで、当会としては、上述したような運用改善を、各裁判官と最高裁判所に求める。
  また、当会としては、今後もシンポジウム等を通じて刑事身体拘束に関する法制度の改革や運用改善の必要性を広く市民と共有していくとともに、個別の弁護活動における勾留質問の実質化や勾留質問への弁護人の立会い、準抗告等の勾留に対する不服申立を積極的に行っていく運動や取り組みを通じて、法改正や運用改善を引き続き目指していく所存である。


以上

2023年9月14日

再審法の改正を求める決議

 当会は、国に対し、えん罪被害者の迅速な救済のため、再審に関する諸規定(刑事訴訟法第4編)の改正を速やかに行うよう求めるとともに、改正にあたっては少なくとも以下の事項を盛り込むよう強く求める。
1 再審請求手続における手続規定の整備
2 再審請求手続における証拠開示の制度化
3 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止

2023年(令和5年)9月13日

福岡県弁護士会 


決議の理由
第1 はじめに
 えん罪、すなわち誤った有罪判決によって人を処罰することが、国家による最大の人権侵害の一つであることは論を俟たない。刑事裁判も人が行う営みの一つである以上、誤判の危険性は常にある。このような誤判によって有罪の確定判決を受けた者(えん罪被害者)を救済する最終、そして唯一の手段が再審制度なのである。
 それにもかかわらず、日本においては、再審請求審が長期にわたることが多いことに加え、そもそも、再審開始決定が出されること自体が極めて稀なこととなっている。
 その原因は複数考えられるが、大きな原因となっているのが、再審請求手続における手続規定の不備、証拠開示制度の未整備、そして、再審開始決定に対する検察官不服申立てが認められている点である。


第2 再審請求手続における手続規定について
 現行刑事訴訟法上、再審に関する規定(第4編再審)は僅かしか存在しない。
 特に、再審請求審に関しては、刑事訴訟法445条及び刑事訴訟規則286条しか存在しないため、証拠開示、三者協議の実施及び新規証拠の明白性を判断するための事実の取調べ等の具体的な審理のあり方については、裁判所の広範な裁量に委ねられており、手続のあらゆる面で統一的な運用がなされていない。
 そのことが、裁判所によって、手続自体そのものの進め方や、証拠開示に対する対応に甚だしい相違が生じるなど、いわゆる「再審格差」といわれる事態を招いている。
 再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、後述する証拠開示の制度化に加え、進行協議期日(再審請求手続期日)開催の義務化、事実取調べ請求権の保障等をはじめとする、明確で充実した手続規定を早急に整備することが必要不可欠である。


第3 再審請求手続における証拠開示の制度化について
 通常審においては、2004年改正刑事訴訟法において公判前整理手続及び期日間整理手続に付された事件での類型証拠開示や主張関連証拠開示の制度が新設され、2016年改正刑事訴訟法において証拠の一覧表の交付制度が新設されるなどしており、決して十分とは言えないものの、証拠開示制度は着実に前進している状況がみられる。
 これに対し、現行の刑事訴訟法第4編の再審に関する規定には、証拠開示に関する規定は何ら設けられていない。そのため、再審請求手続において、弁護人の証拠開示請求に応じた証拠開示がなされるか否かは、裁判所の裁量に基づく個別の訴訟指揮及び検察官の対応に委ねられている。しかし、えん罪被害者が救済される唯一の制度である再審請求手続において、裁判所の証拠開示の判断、あるいは検察官の対応によって結論が変わるなどということは、絶対にあってはならないことである。
 この点、布川事件、袴田事件及び大崎事件等多くの再審請求審において、捜査機関の手元にある重要な証拠が開示され、それらが突破口となって再審の扉を開いたものも少なくない。
 また、証拠開示が実現した事件であっても、開示までに不当に長い年月を要したもの、捜査機関が長きにわたり証拠を隠蔽していたと疑われるものなど、迅速かつ適切に証拠開示が行われていたわけではない。
 当会においても、現在、再審請求手続が行われているいわゆる「マルヨ無線事件」において、裁判所からの証拠開示勧告に対し、検察官が「不存在」と回答した証拠が、後になって開示されるといったことがあり、全国的にも大きく報道された。また、いわゆる「飯塚事件」においては、裁判所が、検察官に対し、証拠品のリストを開示するよう勧告したにもかかわらず、検察官が勧告に応じないという事態が生じているとの報告もある。この両事件での問題は、再審請求手続における証拠開示制度の不備に起因する点で共通している。
 このように、適時適切な証拠開示がなされないことが再審請求手続の長期化の一因となっており、ひいては、えん罪被害者の迅速な救済を阻害しているのであるから、充実した証拠開示制度の創設は急務である。
 さらに、2016年改正刑事訴訟法においては法制化には至らなかったものの、附則9条3項では、政府は改正法公布後、必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠の開示について検討するものと規定された。しかし、未だに再審請求手続における証拠開示の制度化は実現していないばかりか、新たな証拠が発見された例なども生じ、証拠開示の重要性、必要性が強く認識されたにもかかわらず、検討の緒にすらついていない。


第4 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止について
 これまで多くの再審事件において、検察官が、再審開始決定に対して不服申立てを行い、再審開始決定の確定まで長期間を要する事態がみられ、再審請求審が長期化し、えん罪救済が遅れる大きな原因となっている。
 そもそも、再審制度が利益再審のみしか認めていないことに鑑みれば、再審請求手続における検察官の役割は「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎず、一度、再審開始の判断が出されたにもかかわらず、検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認める理由はないはずである。
 また、再審開始の判断が出された以上、有罪か無罪かの判断は再審公判において行われるべきであり、検察官が改めて有罪の主張を行うのであれば、再審公判においてその旨主張すれば足りる。すなわち、検察官の再審開始決定に対する不服申立てを禁止したとしても、何らの不都合は生じない。
 したがって、えん罪被害者の迅速な救済のためには、法改正によって、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが禁止されなければならない。


第5 結語
 以上のとおりであるから、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、①再審請求手続における手続規定の整備、②再審請求手続における証拠開示の制度化、③再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう求める。

以上

2023年5月29日

精神保健国選代理人制度の速やかな導入と暫定措置を求める決議

決議の趣旨
 当会は、国に対し、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度の速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を精神科病院の入院者に周知する運用を強く求める。


決議の理由
1 精神科病院入院者の不服申立手続である精神医療審査会に対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」という。)は、1984年(昭和59年)に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年(昭和62年)の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。
2⑴ 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における弁護士人選任権の保障は最も重要な手続保障である。
⑵ 1991年(平成3年)12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。
⑶ ところが現行の精神保健福祉法及び関連法制の下では、入院者の弁護士選任権の保障は前提としているものの(弁護士との面会は絶対に制限できない権利とされている)、弁護士選任権を明文で保障する規定はなく、ましてや、これを入院者に告知する制度的運用もない(強制的入院者に入院の際に交付すべき権利告知書の内容に含まれていない)。もちろん、国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度もない。
  そのため、厚生労働省の衛生行政報告例によれば、退院請求等手続を利用する者は、精神科病院入院者全体のわずか1.5%程度に過ぎず、そのうちさらに代理人が申立てを行っているのは6%台という、極めて由々しき状況が続いている。
3 当会は、こうした現行制度のなか、国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年(平成5年)に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を当会自らの費用負担により発足させ、現在まで活発な活動を展開してきた(2023年(令和5年)4月1日現在の精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数は408名、コロナ禍の影響をさほど受けていなかった2021年(令和3年)度における出動申込み件数は404件にのぼっていた。なお当会の活動は、費用負担の点では2002年(平成14年)10月開始の日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の法テラス委託援助事業に引き継がれている。)。
  また、精神保健当番弁護士制度の全国普及に向けた活動にも積極的に取り組んできた。
4 こうした活動を踏まえ、当会は、2020年(令和2年)10月の総会において、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める決議を行った。
  その後、日弁連も、2021年(令和3年)10月15日、人権擁護大会において「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を行い、その中で、無償で弁護士を選任し、援助を受けることができる制度を速やかに創設することを求めるとともに、精神科病院入院者がいつでも迅速に利用できる弁護士選任制度を速やかに全ての弁護士会に創設することに全力を尽くす決意を示した。
  2023年4月現在、全52弁護士会中、実施済み弁護士会は32、実施に向け準備中の弁護士会は7に上り、今後、さらなる整備拡充が期待される。   
5 ところが、2022年(令和4年)12月、精神保健福祉法が一部改正されたが、同改正において国選代理人制度の導入は盛り込まれなかった。当会はこれに対し、遺憾の意を表明し、国選代理人制度(退院等請求をした精神科入院者のために国あるいは精神医療審査会が弁護士代理人を選任する制度)ないし国費による無償の弁護士選任制度(退院等請求をした精神科入院者が弁護士代理人を選任するかどうかはあくまでも本人の意思に委ね、その弁護士費用を国が負担する制度。国選代理人制度と併せて本決議において「精神保健国選代理人制度」という。)の速やかな導入を改めて求めるものである。
  加えて、これらの制度が導入されるまでの間においても、現に今いる精神科病院入院者の弁護士選任権を実効あらしめるためには、暫定措置として、①国が、強制入院者に入院の際に交付する権利告知書の内容に全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度の説明(とりわけ、その利用には費用援助制度が整備されていること)及び連絡先を盛り込むこと、②精神科病院管理者が、その後も入院者が入院中継続的にこれを認識し得るよう掲示等で周知すること、③精神医療審査会が、退院請求等の申立時に代理人が付いていない入院者に対し、弁護士選任権についての認識や理解を確認し、当該権利や費用援助制度について分かりやすく説明することが極めて重要である。
6 厚生労働省の令和4年度の精神保健福祉資料(いわゆる630調査)によれば、わが国の精神科病院には現在もなお約26万人もの入院者がおり、その半数約13万人が精神保健福祉法により強制的に入院させられた人たちである。これは、わが国の令和3年末時点の受刑者数が3万8366人であり減少傾向にあること(令和4年版犯罪白書)と比較すると、その3倍以上であり、しかも強制入院については期間も決まっていない、いわば不定期刑ともいうべき身体の自由に対する制約である。まさしく精神科病院入院者に対する権利擁護は、弁護士・弁護士会が取り組むべき最後に残された大きな人権課題というべきである。
  入院者の基本的人権を確保するためには、精神保健国選代理人制度が不可欠であり、当会は国に対し、その速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を入院者に周知するための上記運用を強く求めるものである。

以上


2023年(令和5年)5月26日

福岡県弁護士会

いわゆる谷間世代に対する不平等是正のため、国による一律給付を早期に実現することを求める決議

【決議の趣旨】
当会は、政府及び国会に対して、いわゆる谷間世代(2011年11月から2017年10月までの6年間に採用され、修習期間中に給費ないし修習給付金の支給を受けることのできなかった司法修習生)の者が、その経済的負担や不平等感によって法曹としての活動等に支障が生ずることのないよう、是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現するよう求める。


【決議の理由】
第1 谷間世代の問題が生じた経緯
(1)司法修習と給費制
 司法は、三権の一翼として、法の支配を実現し国民の権利を守るための重要な社会インフラであり、弁護士、裁判官、検察官ら法曹はこの司法の担い手としての公共的使命を負う。
そこで国は、高度な技術と倫理感が備わった法曹を国の責任で養成するために、現行の司法修習制度を、1947年(昭和22年)、日本国憲法施行と同時に発足させ運営してきた。この制度の中で、司法修習生は、修習専念義務(兼職の原則禁止)、守秘義務等の職務上の義務を負いながら、裁判官・検察官・弁護士になる法律家の卵として、将来の進路如何にかかわらず、全ての分野の法曹実務を現場で実習し、法曹三者全ての倫理と技術を習得してきた。そして、修習に専念できるに足る生活保障の一環として、制度発足時から64年間にわたって、司法修習生には給費が支給されてきた(給費制)。
司法修習制度が修習専念義務等を課したうえで国の責任で法曹を養成する制度である以上、修習に専念できる環境整備を行うのは当然であり、その意味で司法修習制度と給費制は一体のものとして、我が国の法曹養成制度の根幹を担ってきたものである。
(2)給費制の廃止と無給・貸与制導入
しかしながら、2004年12月及び2011年11月の裁判所法改正を経て、司法修習生に対する給費の支給はなくなった(給費制の廃止)。ただ、修習専念義務、守秘義務等の職務上の義務は維持され、兼業も原則禁止であるため、司法修習中の生活費を必要とする者に対する制度として、国が生活等資金を貸し付ける制度(貸与制)が導入された。
こうして司法修習中は無給となり、かつ学部や法科大学院時代の奨学金の返済等の負担を負う者も多かったことから、谷間世代のうち貸与制を利用した者は約7割、一人当たりの平均貸与金額は約300万円にのぼった(日本弁護士連合会調査)。貸与金を借りなかった者も決して経済的に余裕があったわけではなく、親族から借り入れをした者、預貯金を切り崩した者なども多数存在した。
(3)修習給付金制度の創設と谷間世代の出現
給費制廃止は、修習専念義務を維持する一方で、司法修習中の生活の糧を奪うものであり、奨学金等に加えての貸与金の負担等により、谷間世代は大きな経済的負担を負うこととなった。
そのため、当会は、2010年以降、日本弁護士連合会(日弁連)、全国の弁護士会、ビギナーズ・ネット(若手法曹、学生らが主体となって給費制の維持ないし復活を目指し活動していた組織)等とともに給費制維持ないし復活のための活動を行い、全国会議員の6割を超える数の議員からの賛同や、日本医師会、日本歯科医師会、JA全中・全農、日本青年会議所など多くの団体や市民から応援をいただくことができた。この間、このような経済的負担の増加なども一因となり法科大学院入学者、司法試験受験者などの法曹志願者が年々減少するという事態となった。
これらの結果、政府は、2016年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2016」(いわゆる骨太の方針)の中で、司法修習生に対する経済的支援を含む法曹人材確保の充実・強化を明示し、遂に2017年4月、裁判所法の改正により、第71期以降の司法修習生に対し修習給付金制度が創設された。
修習給付金は、上記の通りの運動の結果、いったん廃止された給費制が事実上復活したという点では画期的であったものの、給付額は、基本給付金が額面で月額13.5万円、移転給付金3.5万円、住居給付金月額3.5万円に留まるという点で、従前の給費額には遠く及ばず、日弁連が毎年、修習生に対して行ってきている修習実態調査アンケートでも修習に専念するには到底不足であるとする声が少なくなく、結局、修習専念資金という貸付制度を利用して借金を作らざるを得ない者が多数である等の窮状が伺える。法曹の卵である司法修習生が真に修習に専念できる環境を実現するためには、その検証によって早急に給付額の改善が図られることが不可欠というべきである。
 しかしながら、さしあたり喫緊かつ重大な問題としては、給費制が廃止された2011年11月から修習給付金制度が創設されるまでの6年間に司法修習を行った司法修習生である谷間世代に対しては、修習給付金制度は適用されず、国から何らの経済的支援もなされないままとなっていることがある。このように、谷間世代の経済的負担が、給付金制度の適用も受けることができず、給費を受けた従前の司法修習生のみならず、第71期以降の司法修習生に比しても重くなるという問題性は、裁判所法改正の国会審議の過程でも指摘されたものの、未だに解決されない重大問題として残存している。


第2 谷間世代救済の必要性
 谷間世代の人数は約1万1000人であり、全法曹人口の4分の1近くを占める。また、すでに司法修習修了から5〜10年のキャリアを積んでおり、まさにこれからの司法を中核となって担っていく世代である。給費制世代の法曹も、谷間世代の法曹も、給付金制度世代の法曹も皆同じく法の支配の実現に寄与する司法権の担い手であることに変わりはない。それにもかかわらず、谷間世代は、修習専念義務等のもとで生活保障なく司法修習を余儀なくされるという不条理を、また、その前後の時代の法曹に比して重い経済的負担を負わされるという不平等を強いられて、何ら是正、救済されていない。司法修習は、国民の権利擁護の担い手たる法曹を国の責任で育成するための制度である。そうであるにも関わらず、国が谷間世代の救済を何ら行わず、このような不条理かつ不平等な事態を放置したままにしていることは、その責任の放棄であり、断じて容認できない。
2019年(令和元年)5月30日に名古屋高等裁判所が言い渡した給費制廃止違憲訴訟判決は、「従前の司法修習制度の下で給費制が実現した役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性については、決して軽視されてはならないものであって、いわゆる谷間世代の多くが、貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い、貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり、他の世代の司法修習生に比し、不公平感を抱くのは当然のことであると思料する。例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分考慮に値するのではないか」と付言した。修習専念義務を課しながらも、修習期間中の生活費や諸経費を借金である貸与金等でまかなわせるという制度の不合理は、修習給付金制度の創設をもって十分とは言えないながらも一部解消が図られ、今後の検証と改善が期待される。残る喫緊かつ重大な問題である谷間世代の不平等も、立法政策をもって早急に是正されるべきである。
 全法曹の約4分の1を占める谷間世代には、今後も司法の担い手の中核として、社会の不公正や権利侵害に立ち向って法の支配を実現していくことが強く期待されている。谷間世代が抱える経済的負担を是正し、谷間世代の経済的不安感や自分達だけが取り残されたという疎外感を払拭することは、谷間世代の活躍分野の拡大、司法機能の強化につながり、ひいては国民の権利擁護の実現と充実に資するのであるから、国は速やかに谷間世代に対する一律給付を実施すべきであり、その給付額としては、少なくとも給付金相当額であるべきであり、また、その修習給付金の給付額の検証と改善が不可欠である実情に鑑みると、それを上回る額であるべきである。


第3 谷間世代への一律給付実現を求める声が広がっていること
 修習給付金制度創設後、当会及び日弁連は、谷間世代の活躍分野の拡大と司法機能の強化の重要性を、院内集会や当会を始めとする全国各地での市民集会の開催など様々な方法で訴え、谷間世代への一律給付実現を求める活動を継続してきた。
 その結果、2023年2月、国による一律給付を含めた谷間世代問題の解決に向けての国会議員からの応援メッセージ数が全国会議員の過半数を超え、なお増加を続けている。また、日本医師会はじめ諸団体からも賛同のメッセージが寄せられるなど、谷間世代への一律給付実現を求める声が大きく広がっている。
 修習給付金制度創設の原動力となったビギナーズ・ネットも、谷間世代問題解決のため活動を再開し、議員会館前での挨拶運動などを行っている。


第4 結語
 以上の理由により、当会は、政府及び国会に対して、谷間世代の者に対する是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現することを求める次第である。

以上

2023年(令和5年)5月26日
福岡県弁護士会

2020年9月23日

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

【決議の趣旨】
1 精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める。 
2 日本の精神科医療における脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認し、脱施設化と地域移行を早期に実現する具体的政策の立案・実施を求める。

【決議の理由】
第1 決議の趣旨1について
 1 精神医療審査会制度とこれに対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」と言う。)は、1984年に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。

 2 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における代理人選任権の保障は最も重要な手続保障というべきである。1991年12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。先進諸国においては、こうした権利が当然のこととして付与されているだけでなく、その実効性を担保するために、例えば病院に患者の権利擁護情報コーナーが設置され人権団体の職員等が常駐して相談に応じたり、弁護士を紹介して手厚い権利擁護が実践されているところである。

 3 当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士自らが、前記国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を発足させ、現在まで活発な活動を展開しているところである(2019年3月時点における登録弁護士数は405名、2018年度における出動件数は375件にのぼる。)。
   当会の活動は、費用支援の点では2002年10月開始の日弁連の法テラス委託援助事業に引き継がれて、全国的な制度に発展した。また九弁連においても2012年度に「精神保健に関する連絡協議会」が発足し、現在では8単位会すべてにおいて精神保健当番弁護士制度が立ち上がり、各単位会において活発な活動が展開されている(2019年3月時点における登録弁護士数は当会を含め653名、2018年度における出動件数は当会を含め633件にのぼる。)。

4 全国的にみると、法テラス委託援助事業の利用件数は2018年度で1098件に留まっているものの(ただし大阪、愛知県、岡山県等では、法テラスの本来事業である民事法律扶助の出張相談制度を利用したり、単位会独自の制度設計を行っており、実際の出動件数はさらに多い。)、本年11月鹿児島市開催を目指して準備が進められてきた第63回日弁連人権擁護大会第1分科会において「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」がテーマとなるなど、今後急速に精神保健当番弁護士制度の全国展開が期待できる(なお、同大会は2021年10月岡山市開催に変更されている)。

5 さきがけたる当会は、その全国展開への後押しを全力で行うとともに、本来あるべき国選代理人制度の導入を強く求めるものである。 

第2 決議の趣旨2について
1 精神保健当番弁護士活動の限界と我が国の精神科医療の問題
上記のとおり、当会は、精神保健当番弁護士制度の活動を展開し、その実践を通じて、多くの精神障害者の退院や処遇改善を実現し、その人権保障に寄与してきた。
しかし他方において、精神障害があるといっても私たちと普通に意思疎通できる入院者がどうして退院を認められないのだろうか、妄想があっても通常の社会生活は送れるのではないだろうかと感じられるケースも少なくなかった。また、病状のためでなく、地域に退院する受け皿がないためにやむなく入院を継続する、いわゆる社会的入院のケースもあった。こうしたケースを通して私たちは、我が国の精神科医療そのものの問題にも直面した。
こうした問題意識から、当会では過去に以下のような、精神保健当番弁護士活動に限らず精神科医療の問題を広くテーマに取り上げて公開シンポジウムを開催してきた。
2001年1月 医療保護入院の要件を考える
2003年3月 心神喪失者等観察法案と精神障害者の人権
2007年3月 精神障害者の社会復帰の現状と展望
2009年2月 精神障害者の社会復帰の課題と展望
2010年10月 精神科医療を動かすもの・・社会的入院の解消に何が必要か
2015年2月 改正法における早期退院と弁護士の役割
2018年2月 オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの
こうして、精神保健当番弁護士制度は、たとえこれを国選代理人制度に高めたとしても、あくまでも個別の入院者の人権保障制度にとどまり、我が国の精神科医療における人権保障上の諸問題の根本的な解決にはならないという限界も意識せざるを得なかった。精神科医療の人権上の諸問題の解決には、国が必要な政策を立案し、これを実行していくことが必要不可欠である。精神疾患は、近年、その増加が顕著であり、2007年の総患者数は419万人に及び、生活習慣病と同じく、誰もがかかりうる疾患である。精神科医療の人権上の諸問題は、精神障害者への偏見と差別も加わって国民の精神科医療への受診を躊躇させる要因ともなっており、国民の健康増進の観点からも早急な問題の改善・解消が必要である。

2 我が国の精神科医療の問題点
  そこで、我が国の精神科医療の現状を、様々なデータによって先進諸国と比較し、その問題点を明らかにする。
まず、精神病床数が突出して多く、世界の精神病床の約4分の1が日本にあると言われ、2016年の人口10万人当たりの精神病床は263床であり、OECD加盟国の平均である69床の4倍以上である。また精神病床の平均在院日数も突出して長く、2017年の267.7日という数字はOECD加盟国の平均36.7日の約7倍である。加えて、日本では在院患者数に占める強制入院の割合が2018年で約46.8%と、EU諸国の10%台に比べ著しく高い。任意入院であるにもかかわらず閉鎖処遇が多用されている。さらに、精神病床院での隔離、身体拘束が多用され、かつ長期にわたっており、しかもその件数が増加している点が報道等により社会問題化している。
日本の精神科医療の最も大きな問題は、精神障害者に対する隔離政策ともいえる病院収容主義・入院医療中心の精神科医療からの脱却と地域生活中心への移行(以下、「脱施設化と地域移行」と言う。)が遅々として進んでいないことにある。

3 先進諸国の精神保健の歴史と動向(特にリカバリーモデル)
  欧米の先進諸国においても、かつては精神障害者を病院に隔離する入院医療中心の精神科医療の時代があった。しかし、劣悪な施設環境の中で個人の尊厳が無視された知的障害者や精神障害者の悲惨な状況に対する批判や反省が高まった。
こうして1960年代ころから、向精神薬の発達とも相俟って、精神疾患だけを理由とする入院隔離に対し、精神障害者の自由権をできるだけ保障する立場から脱施設化と精神科医療改革が推進されていった。その結果、一部の国では、地域の受け皿や支援体制が十分整備されていなかったため、入退院の回転ドア現象を生むとともに、医療保護の必要な多くの精神障害者がその機会を奪われ、ホームレス化したり、刑務所に収容される弊害を生じたこともあった。
しかし、1980年代以降、医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉らの多職種チームが重症の精神障害者の地域生活を包括的に支援するプログラム(ACT:包括的地域生活支援サービス)や、入院・隔離し投薬によって症状を抑え込むという方法ではなく、精神障害者との対話ないし対話の場を徹底して継続していき、薬も最小限にとどめる治療技法(オープンダイアローグ:開かれた対話)等が開発・研究され、実践され、欧米における精神科医療福祉の標準となっていった。これにより、上記弊害を克服しつつ、脱施設化と地域移行がさらに進み、コミュニティ中心の精神保健サービスが発展していった。
特に指摘すべきは、こうした先進諸国においては、精神科医療のあり方についても、薬物医療・入院治療・診断名中心で精神症状の寛解・治癒を主目的とする医療(医学モデル・リハビリテーションモデル)から、当事者が障害を抱えながら生活する地域において本人の価値実現を支援することに重点を置くリカバリーの考え方(リカバリーモデル)へのパラダイム・シフトが進展していったことである。そこでは、治療の場は病院ではなく地域であり、地域における本人(及びその家族)のニーズを中心にして多職種のスタッフがその実現に向けて支援することが重視されている。医師の病気に対する専門的治療の優先順位は必ずしも高くない。
2010年代以降、このようなリカバリー運動が精神障害者支援の世界的潮流となっている。私たちは、このような精神障害者支援の在り方こそが、障害者権利条約の理念にも適った精神科医療のあるべき姿であると確信する。

4 世界に逆行した我が国の精神保健政策
  ところが、我が国においては、世界で精神病床の削減が重要な政策課題として取り組まれ始めた1960年代から、これに逆行する政策が進められた。即ち、戦後間もない時期の民間精神科病院に対する国庫補助制度、及び患者当たりの医師や看護師の人員配置を少なくてよいとする精神科特例の結果、民間精神科病院の設立が促進され、過度の入院中心主義がもたらされた。人口1万人当たりの精神病床数は実に1994年まで増加し、そのピークは28床に達し、その後も病床数は高止まりの状態にあった。
2004年、ようやく厚労省が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「改革ビジョン」と言う。)を公表し、国として初めて「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策の転換を提言した。そして、そのために国民意識の変革や立ち遅れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を10年で進めるとした。特に「受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)」については、精神病床の機能分化・地域生活支援体制の強化などにより、10年後の解消を図ることを目標として掲げた。
しかし、改革ビジョンの公表から10年間に、精神病床は、2004年の35万4937床から2014年の33万0694床に減少したにとどまる。また、「受入条件が整えば退院可能な者」は、なお5.3万人いるとされ、達成率は約24%にとどまった。改革ビジョンが掲げた目標は失敗したと言わざるを得ない。
そして、2017年のデータにおいても、精神病床は33万1700床あり、「受入条件が整えば退院可能な者」は5.0万人と報告されている。

5 2004年の「改革ビジョン」後の政策の迷走
  その後、我が国は、精神保健福祉法の2013年改正に基づき、翌14年に厚労大臣による「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」(以下「大臣指針」と言う。)を定めた。そこでは、社会的入院や長期入院者のための退院支援や地域生活における医療、生活面の支援体制の整備など、法改正に先立って設置された障がい者制度改革推進会議でも提言された精神保健福祉改革の改善メニューが網羅されている。
しかし、大臣指針には、絶対的に不足している社会内居住環境の整備など、改善メニューを実現するための具体的な作業工程やその裏付けとなる予算措置を伴っていないという致命的な問題があった。また、病床削減については、「機能分化は段階的に行い、・・・人材及び財源を効率的に分配するとともに、・・・地域移行を更に進める。その結果として、精神病床は減少する。」と記載するのみで、具体的な削減計画を立案することなく、地域移行の進展による結果任せとするに等しい内容であった。
のみならず、大臣指針に先行して2012年の機能分化に関する検討会の報告書以降、「重度かつ慢性」という概念を導入し、長期入院がやむを得ない患者がいることを容認するようになった。先進諸国がACTやオープンダイアローグ等の開発・研究と実践によって脱施設化を図り病床削減を実現してきたことと比べると、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されて然るべきである。
このように、大臣指針やその前後の施策は、改革ビジョンが10年で解消するとした目標を実現できなかった原因を検証することなく、病床削減について地域移行の進展による自然減少という結果任せにするものであり、改革ビジョンにおいて示された精神病床の削減と地域移行に向けた積極的な姿勢が後退したと評しても過言ではなかった。

6 近年の精神保健福祉行政の問題点
  その後、我が国は、2018年からスタートした第7次医療計画と第5期障害福祉計画において、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」という掛け声の下に、全国の自治体を巻き込んだ取り組みを進めようとしている。そこでは、入院需要を3か月未満の入院を要する急性期、1年未満の入院を要する回復期、1年以上の入院を要する慢性期(長期)に分けた上で、それぞれの入院需要を予想し、これを計画目標に設定している。
しかし、以下述べるとおり、この計画は、精神病床の削減と地域移行の観点から重大な問題を内包している。
まず第一に、目標とする入院需要が、計画最終年度である2025年度末に20.5~22.4万床と予測されている。その人口当たり病床数はなおOECD諸国の平均の優に2倍以上の水準であり、政策目標として低すぎる。その要因の一つは、長期入院者の需要予測において、「重度かつ慢性」とされる入院者については、統合失調症の新治療薬の普及や認知症施策の推進で若干の入院需要の減少を目指すだけで、基本的に退院促進の対象から外されていることにある。「重度かつ慢性」の概念が、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されるべき点については上記のとおりである。また、認知症を重度かつ慢性とされる入院者に含め、その長期入院者が多数在院する認知症治療病棟という名称の精神病床を温存している点も、いわゆる治療反応性がない認知症という疾患を強制入院の対象としてよいのかという根本的な問題が看過されている。超高齢化社会を迎え、すべての人の身近な問題となった認知症を精神病床で処遇する国は日本以外に例を聞かない。
また、急性期と回復期の入院需要について、現状を是認し、逆に若干の増加が予測されていることがもう一つの要因である。これは、日本の年間の新規強制入院件数が欧米諸国に比べて異常に多いという問題を看過するものである。OECD諸国の平均入院期間が10日から1か月程度であること等に照らせば、そもそも入院3か月や1年という長い入院期間を基準としていることも問題である。急性期だからという理由でとりあえず入院させ、一度入院させると2、3か月は入院を継続する現状の運用を是正するためには、入院治療をできる限り回避すべく先進諸国が取り組んできた成果に倣った政策を立案・遂行する必要があるのに、計画にはそのような観点が完全に欠落している。
第二に、目標達成に必要な地域移行を促す基盤整備としての「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」の取組み自体にも、大きな問題がある。地域移行の責任は自治体と支援事業者にあるとされている。しかし、国の提言である改革ビジョンによっても病床削減がほとんど進まなかったのに、自治体と支援事業者の努力で実現を期待するのは困難である。過剰な精神病床を擁する精神科病院からの個々の入院者の退院は、本来、行政が、リカバリーモデルへのパラダイム・シフトに基づいて、入院医療に配分されてきた予算と人的資源を地域医療福祉に移行させる総合的な政策を計画・立案し、その一環として策定した病床削減計画に基づいて実施されるべきである。そのような計画を策定せず、また、計画に対する病院の協力義務がなければ、民間病院は病院経営のために、病床稼働率を念頭に置いて入退院をコントロールする範囲でしか退院支援に協力しないであろう。また、一定数の入院者を退院させたとしても、病院は、空いた病床に別の新規患者を入院させるであろうから、病床削減に結びつかないのである。

7 結語
  以上のとおり、我が国の精神科医療は、脱施設化と地域移行の世界的動向から完全に取り残されている。それにもかかわらず、我が国の近年の精神保健福祉行政は、改革ビジョン以降、その精神が後退したと思われるほどに迷走し、脱施設化と地域移行を実現するにはあまりに実効性の乏しい内容にとどまっている。
上記の第63回日弁連人権擁護大会第1分科会においては、「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」というテーマの下、精神障害者の人権保障上の諸問題について、より広汎かつ根本的に論じ、その改善・解消に向けた方策を提言するべく、来年岡山市開催を目指し引き続き準備を進めている。
そこで、当会としても、我が国の精神科医療における最大の問題点として、脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認するとともに、脱施設化と地域移行を早急に実現する具体的政策の立案・実施を求めるものである。


2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

刑事身体拘束手続に関する法改正と運用改善を求める決議

 
決議の趣旨

 当会は,「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を抜本的に改革するために,以下のような法改正と裁判官の運用改善を求める。
1 求める法改正
(1)勾留質問時の弁護人立会権を保障する形で刑事訴訟法を改正すること。
(2)勾留の判断において比例原則が適用されることを明記する形で刑事訴訟法を改正すること。
2 求める裁判官の運用改善
(1)勾留質問において勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行う運用とすること。
(2)勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とすること。
(3)勾留理由開示手続において具体的・実質的な勾留理由を説明・回答する運用とすること。
(4)勾留の判断にあたって身体不拘束の原則や比例原則を踏まえて勾留理由を厳格に判断する運用とすること。

2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

決議の理由

1 日本における刑事身体拘束手続の問題
(1)憲法34条は「何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず,要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」と規定している。
 これを受けて刑事訴訟法では,逮捕や勾留について裁判所による令状審査を要求した上で,勾留理由開示制度や勾留に対する不服申立制度(準抗告)を採用している。
 また,日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は,逮捕・抑留された者は,司法機関の面前に速やかに引致され,引致後「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される」権利を有することを保障し,「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定め,身体不拘束の原則を明らかにしている。
(2)ところが,このような憲法や刑事訴訟法,そして国際人権(自由権)規約の定めがあるにも関わらず,実際には刑事訴訟法が歪曲された形で運用され,憲法が「正当な理由」を求め,刑事訴訟法が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を求める被疑者の勾留の要件について,単に「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」として解釈し,安易に勾留が認められてきた。
 そして,いったん勾留されれば,起訴前保釈制度がない中で最長23日間の長期にわたって身体拘束を余儀なくされ,起訴後も保釈が認められなければ判決まで身体拘束が続くことになる。
 特に,被疑者が否認するなど事実関係を争ったり,あるいは黙秘権を行使したりしている場合には,安易に「罪証隠滅のおそれ」を認めて勾留し,判決まで,あるいは証人の証拠調べ等が終わるまでは保釈も認められないことから,被疑者自身の身体の自由を人質として自白を強要する「人質司法」と呼ばれてきた。
 しかも,このような傾向は刑事訴訟法制定から時間を経るにしたがってより進み,1977年(昭和52年)には68.1%だった地方裁判所における起訴時身体拘束率が,1987年(昭和62年)には72.7%,1997年(平成9年)には79.2%,2005年(平成17年)には82.3%にまで増加している。また,1977年(昭和52年)には37.7%だった判決時身体拘束率に至っては,1987年(昭和62年)には54.3%,1997年(平成9年)には66.1%,2005年(平成17年)には71.3%と2倍近くまで増加している。
 このような勾留に関する運用が,上記のような憲法上の保障や,国際人権(自由権)規約の定める身体不拘束の原則に大きく反していることは明らかである。
(3)また,勾留理由の開示についても,刑事訴訟法が定める勾留理由開示の手続をとっても,捜査上の秘密を理由に実質的な勾留理由が説明されることはなく,形骸化してしまっており,憲法上の保障がないがしろにされているとしかいいようのない状態となっている。
 本来であれば,本人及び弁護人の出席する公開の法廷で勾留の理由が具体的に明らかにされることによって,「正当な理由」なく勾留されていないかどうかがチェックされ,違法・不当な勾留を防ぐことができるのであり,これが形骸化されていることによって,上述したような身体不拘束の原則に反した「人質司法」と呼ばれる状況を生み出しているともいえる。
2 当会や日弁連の取り組み
(1)かかる日本の刑事身体拘束手続の問題に関しては,以前から当会も日本弁護士連合会も問題を指摘するともに,様々な宣言や決議をしたり,意見書をまとめたりしてきた。
(2)約20年前の1999年(平成11年)10月には,日本弁護士連合会は刑事訴訟法施行50年にあたり「新しい世紀の刑事手続を求める宣言-刑事訴訟法施行50年をふまえて-」と題する宣言をした。
 この宣言では,わが国の刑事手続を真の憲法の理念にかない,国際人権法の水準に見合ったものに改革していくため,①国費による被疑者弁護制度の実現,②代用監獄の早期廃止,③捜査の可視化,④人質司法の打破,⑤証拠の事前全面開示,⑥公判審理の活性化,⑦法曹一元や陪・参審制度の導入など,刑事訴訟法の全面的な改正をも視野に入れた広範な改革に取り組むことを宣言した。
 このうち,①や⑤,⑥,⑦に関しては,その後の刑事司法改革の中で勾留段階における被疑者国選弁護制度の導入や拡大,裁判員裁判制度及び公判前整理手続による証拠開示制度の法制化や公判中心主義の強調といった形で刑事訴訟法が改正され,一定の成果を上げてきたということはできる。
 また,③に関しても,司法制度改革の中では導入されなかったものの,その後も日本弁護士連合会や当会において取り組みを続け,2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正によって一部事件について取調べの録画録音が義務付けられるに至った。
 しかし,刑事身体拘束に関する②代用監獄の早期廃止及び④人質司法の打破に関しては,特に刑事訴訟法の改正はなされてきていない。
(3)このように刑事身体拘束手続の改革が進まない状況の中,2007年(平成19年)9月に日本弁護士連合会は「勾留・保釈制度改革に関する意見書」をまとめ,逮捕や勾留,保釈に関する制度改革の提言をまとめた。
 その中で,勾留に関しては,①比例原則の明記,②刑事訴訟法60条1項2号(勾留要件のうち証拠隠滅に関する規定)の改正,③勾留質問に対しての弁護人の立会権の保障,④刑事訴訟法420条3項,429条2項(準抗告理由を制限する規定)の削除,⑤勾留・保釈に関する当事者の手続保障の整備を提言した。
 この意見書は,裁判員裁判制度を前にした裁判官協議会での意見や大阪地方裁判所令状部部長の論文等で保釈運用の見直しに言及される中でまとめられたものであったが,起訴後勾留率も判決時身体拘束率も2005年(平成17年)をピークに徐々に減少に転じ,2018年(平成30年)には起訴時身体拘束率は74.2%に,判決時身体拘束率は51.4%にまで下がってきている。
 この点,判決時身体拘束率は20%も減少しているが,これについては2013年(平成25年)から全国弁護士協同組合が始めた保釈保証書発行事業も寄与しているものと考えられる。
 但し,2013年(平成25年)の時点ですでに判決時身体拘束率が63.0%にまで下がっているし,保釈と無関係な起訴時身体拘束率も下がっていることからすれば,保釈保証書発行事業のみで各身体拘束率の減少を説明することはできず,刑事身体拘束に関する裁判官の意識の変化が表れているといえる。
 しかし,この間に勾留や保釈等の身体拘束に関する刑事訴訟法の改正はなく,いつまた逆戻りしてもおかしくはない。
(4)そして,当会においても,2008年(平成20年)5月に,約1年後に裁判員裁判が開始され,被疑者国選制度が大幅拡大されるという大きな変わり目を控え,「より良い刑事裁判の実現を目指して」と題して,①刑事裁判の基本的なルールの普及に努めること,②「人質司法」を解消するため勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていくこと,③取調べの全面的な可視化(取調べの全過程の録画)を求める運動を実行すること,④裁判員裁判の課題を検討し,その適切な制度運用を求める活動に努めること,⑤制度改革に対応する弁護態勢を確立することの5つの決意を宣言していた。
 その後,当会では法教育の普及の中で刑事裁判の基本的なルールの普及に努めたり,裁判員裁判検証運営協議会やその他の協議会を通じて裁判員裁判の適切な制度運用を求め続けたり,弁護態勢確立のために様々な研修を繰り返し実施したりしてきたし,取調べの可視化に関してはシンポジウムを実施するなどして一部事件についての取調べの録画録音の義務化される刑事訴訟法改正に繋がった。
 一方で,②刑事身体拘束に関しては,全国弁護士協同組合による保釈保証書発行事業の立ち上げによる保釈運用の一定の改善や,様々な研修の実施とそれによる日々の弁護活動の実践によって個々の事件での実績は上げてきてはいるものの,運用や制度の改革にまでは至れていない。
3 最近の動きや変化
 以上述べてきたとおり,刑事身体拘束の問題に関しては,古くから日本の刑事司法の重要な問題の一つと捉えられ,様々な運動や取り組みはなされてきたものの,刑事訴訟法の改正や運用の大幅変更という抜本的な解決には至らず,ずっと積み残されてきた問題であるといえる。
 そのような問題意識の中で,埼玉弁護士会が全国に先駆けて2010年(平成22年)から「被疑者の不必要な身体拘束に対する全件不服申立運動」を実施し,これが全国に広がっていった。この運動は,単に全件について勾留に対する不服申立をするのではなく,弁護人の目から見て勾留の必要がないのではないか,勾留要件を満たさないのではないかと考える事件については,全件不服申立を行っていくという運動であり,不服申立が認められる件数が増えていくことにより,勾留請求段階での裁判官による勾留却下自体が増えるという効果を生んだ。
 九州弁護士会連合会においても各地でこの運動を開始し,当会では2017年(平成29年)に北九州部会で先行して運動を始め,全県的にも当会の刑事弁護等委員会が呼びかける形で2018年(平成30年),2019年(令和元年),そして本年と運動を展開し,勾留請求や勾留決定そのものを阻止したり,不服申立によって勾留決定が取り消されたりするなど,個々の弁護実践の中でも一定の成果を上げてきた。
 このような各弁護士会の取り組みの影響もあってか,2009年(平成21年)までは1%を切っていた勾留請求却下率が急激に増加し,2014年(平成26年)には2%を超え,2018年(平成30年)には5.89%と10年足らずで約6倍にまで勾留請求却下率が増えており,勾留についての裁判官の意識や姿勢にも変化が見られる。
4 法制度や運用の改革の必要
(1)以上のような最近の勾留に関する動きや変化は歓迎すべきものであるが,これらの動きや変化は弁護士会の取り組みや裁判官の意識や姿勢の変化に伴うものに過ぎず,具体的な法制度や運用の変更に伴うものではない。
 また,起訴時身体拘束率や判決時身体拘束率が徐々に改善してきているとはいっても,元東京大学総長の故平野龍一博士が「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」と結んだ論文が発表された1985年(昭和60年)当時と同程度の率に戻ったというだけで,問題の本質が改善されたとは言い難い状況にある。
 とはいえ,ずっと悪化し続けてきた刑事身体拘束を巡る問題について改善の兆しが見られていることはたしかであり,今こそ「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を抜本的に改革する時機に来ているというべきである。
 そのような中で,当会は,2019年(令和元年)7月に刑事身体拘束に関する韓国視察を実施し,その視察結果も踏まえて同年9月には第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「人質司法からの脱却~その勾留,本当に必要ですか?」を開催し,改めて日本における人質司法の問題を見直すとともに,かかる状況を変えるために何が必要であるのかを市民とともに議論した。
 そのような議論も踏まえ,当会としては,以下のような法制度の改正や運用の改善が早急に必要であると考える。
(2)必要な法制度の改正
 ア 勾留質問時の弁護人立会権の保障
   刑事訴訟法61条は,勾留の判断にあたって勾留質問することを裁判官に義務付けている。
   そして,勾留判断の前提としてなされる以上,勾留質問においては,単に犯罪事実に関する意見,陳述を聞くだけではなく勾留理由(勾留要件)に関する意見,陳述も聞くことが当然の前提となっている(最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年度193頁(最高裁判所昭和41年10月19日第三小法廷決定),注解刑事訴訟法上巻[全訂新版]214頁以下)。
   したがって,本来勾留質問においては,勾留理由に関する陳述を聞くために,逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族,仕事,住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者,目撃者,共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)などについての具体的質問が必要なはずである。
   ところが,現在の勾留質問では,もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで,逃亡や罪証隠滅のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされておらず,勾留の判断のための手続として刑事訴訟法が予定している勾留質問手続が単なる形式的な手続となり,形骸化してしまっている。
   かかる勾留質問手続の形骸化は,憲法において保障されている勾留理由開示手続が形骸化していることとも繋がっている。結局のところ,勾留要件に関して抽象的な理由でしか判断せず,具体的な事情に踏み込んで判断しようとしていないため,勾留質問において具体的な事情を質問せず,勾留理由開示手続において具体的な勾留理由が開示されないのである。
   一方で,憲法34条が被疑者の勾留に関して,「要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」としていることからすれば,非公開の場とはいえ,勾留質問の段階で勾留の理由を説明することは憲法34条の趣旨に適う制度・運用であると言えるし,これに対する被疑者や弁護人側の意見をその場で聴取することができれば,より慎重に勾留の判断をすることができ,無用な被疑者の身体拘束を避けることができる。
   この点,当番弁護士制度や被疑者国選弁護制度が普及するまでは,被疑者段階で弁護人が選任されること自体が少なく,まして勾留質問段階で弁護人が選任されていることは期待できない面があったが,被疑者国選弁護の対象が勾留された全事件に拡大され,当番弁護士を含めて逮捕段階から弁護人が関与するケースが大幅に増加した現在,勾留質問に弁護人が立ち会えるケースは大幅に増えている。
   このような弁護人を巡る状況の変化に加え,勾留質問手続の形骸化を防ぎ,憲法34条の趣旨に沿って無用な被疑者の身体拘束を避けるためにも,勾留質問時の弁護人の立会権を保障するよう刑事訴訟法を改正すべきである。
 イ 勾留に関する比例原則の明記
   また,上述したように憲法上の保障や身体不拘束の原則に大きく反する形で異常に身体拘束率が高くなっている現状を改めるには,上記のような勾留質問等における手続面での法制度の改正に留まらず,勾留要件や勾留基準そのものについての法制度の改正が必要である。
   そして,上述したとおり,本来刑事訴訟法は厳格な勾留要件を定めていたにも関わらず,これが解釈や運用の中で安易に勾留が認められてきたことからすれば,勾留要件そのものを見直すよりも勾留基準を明確にすることが実効的であると考えられる。
   この点,1990年(平成2年)の「第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国際連合会議」での「未決拘禁に関する決議」では,「未決拘禁は,自由の剥奪が,容疑犯罪及び予想される刑罰に比して不均衡となる場合には,命じられないものとする。」として,未決拘禁において比例原則が適用されることを明らかにしている。
   比例原則自体は,日本の行政法や刑事訴訟法でも認められている基準であり,憲法において勾留に「正当な理由」が要求されていることからしても,日本における勾留の判断においても比例原則が適用されるはずである。
   しかし,比例原則の観点からすれば原則として勾留が許されないはずである罰金刑や執行猶予刑が見込まれるような被疑者や被告人について勾留が認められるケースが多いのが実情であり,現在の裁判実務では勾留判断において比例原則を極めて軽視した判断がなされていると言わざるを得ない。
   そこで,勾留の判断において比例原則が適用されることを明記する形で刑事訴訟法を改正すべきである。
(3)必要な運用の改善
 刑事身体拘束に関して抜本的に改革するには,上記2点についての法制度の改革が必要であると考えるが,法制度の改革を待たずとも,現行の法制度においても以下のような運用改善は可能であり,速やかに運用を変更すべきである。
 ア 勾留質問の実質化
   上述したとおり,本来勾留質問においては,勾留理由に関する陳述を聞くために,逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族,仕事,住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者,目撃者,共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)などについての具体的質問が必要なはずである。
   ところが,現在の勾留質問では,もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで,逃亡や罪証隠滅のおそれに関する質問はほとんどなされておらず,勾留質問の手続が形骸化している。
   勾留理由に関する具体的な質問なしに,勾留理由について適切な判断をすることができるはずがないのであり,本来の憲法及び刑事訴訟法の趣旨に則って,勾留質問において勾留理由に関する具体的質問をするなどして実質的な勾留質問をするよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 イ 勾留質問への弁護人立会いの許可
   勾留質問への弁護人立会権の保障については,上述したとおり刑訴法の改正によってなされるべきであるが,現行の刑訴法においても弁護人の勾留質問への立会いを禁止する規定はなく,裁判官において弁護人の勾留質問への立会いを認めても何ら法に反するものではない。
   実際に,過去には勾留質問への弁護人の立ち会いを認めた例もある。
   一方で,弁護人は,勾留質問の時点ですでに被疑者のみならず家族や関係者から一定の事情を聞いており,勾留要件に関する事情も把握しており,勾留質問への弁護人の立会いが認められれば,裁判官による勾留質問に付随して勾留要件に関する事情を補足したり,勾留理由開示や準抗告を待たずに勾留理由に関する弁護人の意見を述べたりすることができ,裁判官はそれらの補足事情や弁護人意見も踏まえて,より適正に勾留の判断を行うことが可能となる。
   したがって,法制度の改革を待たずに,勾留質問への弁護人立会いを許可するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 ウ 勾留理由開示の実質化
   上述したとおり,勾留理由の開示についても,刑訴法が定める勾留理由開示の手続をとっても,捜査上の秘密を理由に実質的な勾留理由が説明されることはなく,形骸化してしまっており,憲法上の保障がないがしろにされているとしかいいようのない状態となっている。
   かかる運用が刑訴法に則ったものとは言い難いし,勾留質問が実質化されれば勾留要件に関する具体的事情が明らかとなった上で勾留理由を具体的・実質的に判断することになるはずであり,そうすれば勾留理由開示手続においても具体的・実質的な勾留理由を開示することも可能なはずである。
   したがって,勾留質問の実質化とあわせて,勾留理由開示についても具体的な勾留理由を説明・回答することにより勾留理由開示手続を実質化するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 エ 身体不拘束の原則・比例原則を踏まえた勾留に関する厳格な判断
   上述したように,現在の刑事身体拘束を巡る状況としては,身体不拘束の原則,比例原則に反する形で身体拘束率が高くなってしまっているが,現行の刑事訴訟法においても身体不拘束の原則や比例原則を適用して勾留の判断をすることは可能であるし,むしろそれが求められている。
   また,本来刑事訴訟法が勾留要件として要求している,「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」について,これを単に「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」と緩めて解釈するのではなく,これを厳格に判断することで,身体不拘束の原則や比例原則に適う形での勾留判断は可能なはずである。
   したがって,比例原則等が刑訴法に明記されることを待たずして,身体不拘束の原則や比例原則を踏まえて,勾留理由について厳格に判断するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
5 結語
 そこで,当会としては,上述したような法制度の改正を政府及び国会に求めるとともに,法制度の改正を待たずに上述したような運用改善を裁判所に求める。
 また,当会としては,シンポジウム等を通じて法制度の改革や運用改善の必要性を広く市民と共有していくとともに,個別の弁護活動における勾留質問の実質化や勾留質問への弁護人の立会い,準抗告等の勾留に対する不服申立を積極的に行っていく運動や取り組みを通じて,法改正や運用改善を目指していく所存である。
                                             

以上

2020年9月18日

死刑制度の廃止を求める決議

英語版(English)


 犯罪により尊い生命が奪われたとき,その犯罪者に死をもって償わせるべきか,国家が死刑制度を存置し死刑を執行することが許されるか,といった問題について,我が国の多くの者は,思い悩み,ともすれば,議論そのものを躊躇してきた。
 他方,目を国外に向ければ,国際社会は,第二次世界大戦後,国際連合憲章(以下「国連憲章」という。)を締結して国際連合(以下「国連」という。)を設立し,人権尊重と国際平和とが不可分の関係にあるとして,基本的人権尊重の国際基準となる世界人権宣言,国際人権自由権規約(以下「自由権規約」という。),自由権規約第二選択議定書(以下「死刑廃止条約」という。)を採択して,すべての国が死刑の廃止に向かうことを求めた。
 その中にあって,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は,2016年(平成28年)10月に,人権擁護大会(福井市)において「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択した。
また,当会は,1996年(平成8年)以降,死刑執行に対し,これに抗議する会長声明を発出し,国民的議論が尽くされるまで死刑執行を停止することを求めてきただけでなく,2011年(平成23年)から死刑制度を考える市民参加のシンポジウムを継続的に行い,特に2019年(令和元年)には,同様のシンポジウムを4回にわたり開催するなど,死刑制度の是非について,検討及び情報発信に努めてきた。さらに,2016年(平成28年)には死刑制度の存廃等を検討するプロジェクトチームを発足させて,死刑制度の存廃問題に取り組んできた。
 こうした活動の積み重ねの結果を踏まえ,当会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を担う弁護士(弁護士法1条)によって構成される法律家団体の立場において,以下のとおり決議する。

決 議 の 趣 旨

当会は,政府及び国会に対し,
1 死刑制度を廃止すること
2 死刑の代替刑として終身刑を導入すること
3 死刑制度の廃止が実現するまでの間,死刑の執行を停止すること
を求める。

決 議 の 理 由

第1 死刑制度の廃止を求める理由
1 生命に対する権利(生命権)
 生命に対する権利である生命権は,人間の尊厳に由来する固有の権利であり,すべての人権の基盤となる根源的な基本的人権である。そして,生命権の制限とは生命剥奪を意味することから,他の人権と異なり,ひとたび生命権を制限すれば回復することはできない。また,生命権は人間として存在する権利であり,個々の生命に価値の違いがあってはならない。したがって,すべての人の生命権は,等しく,最大限に尊重されなければならず,かつ,不可侵とされなければならないのである。
 このように,生命権は,基本的人権の中でも特別に保護を与えられなければならないものであり,そのため,憲法13条は,最大の尊重を必要とすると定め,国連は世界人権宣言3条,自由権規約6条1項及び死刑廃止条約を通じて生命権の不可侵を明確にしている。
 確かに,凶悪で残忍な殺人事件や無差別の大量殺人事件に直面すると,このような犯罪者の生きる権利を保障する必要があるのかとの悩みや躊躇が生じることは否定できない。しかし,たとえ犯罪者に対する死刑であっても,それは国家が生きる価値がある人間かそうでない人間かの選別を行うことを容認するものである。そして,この生命選別の容認は個々の生命の価値に違いを認めることと等しく,基本的人権の尊重,特に生命権の尊重という普遍的価値観の醸成が阻害されることになる。その結果,国民の中に,厳罰化の名のもと,生命軽視という価値観が醸成される危険性が生まれ,また,第二次世界大戦前のような国家による重大な人権侵害が再来するという危険性が生まれる。
 このような危険があることから,国連は,すべての国民が基本的人権の尊重,特に生命権の不可侵の価値観を共有できる社会の実現を目指すために,死刑廃止条約等を採択したのである。
 当会は,改めて,チェーザレ・ベッカリーア(1738年〜1794年)の著書「犯罪と刑罰」にある,「死刑は,それが人々に残虐性の手本を与えるものだということからして,有用でない。(中略)公共の意志であるところの法律,殺人を嫌いこれを処罰するところの法律が,まさしくその殺人そのものを犯し,しかも市民たちを殺人から遠ざけるためにこれを公然と行うことを命じるとは,私には不条理なことに思われるのである。」という言葉を問い直し,我が国での死刑制度廃止を実現し,基本的人権の尊重,特に生命権の不可侵の価値観を共有できる社会を目指すものである。
2 誤判冤罪の危険性
 第二次世界大戦後に我が国に浸透した適正手続(憲法31条)の下での刑事裁判手続を踏まえた死刑判決に誤りはないのか,この点については,格別の考察が必要である。
 すなわち,死刑は刑事裁判手続を経て科せられるものであるところ,その手続(捜査段階,公判段階,再審等の検証段階)は人間によって運用される。人間が全知全能ではあり得ない以上,それらの諸手続きにおいて,誤りが生じる危険性を完全に排除することはできない。このことは,我が国において,1980年代の4件の死刑確定者に対する再審無罪事件(免田事件,財田川事件,島田事件,松山事件)のほか,死刑求刑事件ではないものの,殺人事件として有罪判決が確定した後に再審で無罪となった東電OL事件,湖東事件,東住吉事件などにおいて示されている。
これらの他にも未だ再審開始決定が確定してはいないものの,一度は再審開始決定がなされた名張毒ぶどう酒事件や袴田事件,また,誤判の疑いが指摘されながらすでに死刑が執行された飯塚事件,福岡事件,菊池事件など看過できない事案も数多くある。
さらに言えば,有罪無罪の判断にとどまらず,量刑選択の判断においても,死刑と無期懲役との境界は不明確であるという問題がある。この点に関する判断基準として,最高裁判決においていわゆる永山基準が示されたものの,それでも不明確さを払拭し得るわけではない。また,量刑の基礎となる事実に対しても誤判の危険性があり,判断主体(裁判官等)が異なることによる量刑判断の不安定性も完全に払拭することができない。
その結果,現実に起こりうる,誤判冤罪及び量刑不当による,刑の執行(生命剥奪)という不正義を放置することは許されない。
そして,私たち弁護士は,いかに刑事訴訟手続が改善されたとしても,刑事弁護活動を通じて,この社会的不正義を完全に排除することができないことを経験し,かつ,その不正義の是正を訴えることができる立場にあることを改めて自覚するものである。
3 国際人権法と国連加盟国の責務
⑴ 国際基準の定立と普及
 第二次世界大戦前,国内の人権保障が各国に任され,一部の国での人権侵害が放置された結果,多くの生命剥奪などの重大な人権侵害と国家の全体主義化を招き,世界大戦へと向かったという惨害を教訓に,国際社会は,国際平和と安全を目的として,国連憲章を締結して国連を設立し,国際人権章典(世界人権宣言,国際人権社会権・自由権規約,第一選択議定書,死刑廃止条約)を採択して,基本的人権の尊重の国際基準を定立した。
 これらの基本的人権の尊重の国際基準のうち,特に生命権については,世界人権宣言が「すべて人は,生命,自由及び身体の安全に対する権利を有する。」(同宣言3条)と規定し,また,自由権規約は「すべての人間は,生命に対する固有の権利を有する。この権利は,法律によって保護される。何人も,恣意的にその生命を奪われない。」(同規約6条1項)と規定して,特別な保護を与えるべきものと位置付けた。
もっとも,自由権規約6条には,死刑制度を廃止していない国に一定限度の死刑制度の存置を認める規定が置かれているが(同条2〜5項),同時に「この条のいかなる規定も,この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない。」(同条6項)との規定が加えられて採択された(1966年(昭和41年)12月16日)。そして,国際社会は,死刑廃止が人間の尊厳の向上及び人権の漸進的発達に寄与することを確信して,1989年(平成元年)12月15日,死刑廃止条約を採択して,すべての国が死刑制度の廃止を目指すべきことを明確にした。
これは,基本的人権の尊重の内容と程度が,国によって区々になってはならず,特に生命権については,その一般性・普遍性をすべての国に通用させるため,各国毎の人権解釈に依拠させるのではなく,国連で定立した国際基準に従うことを求めたものである。
そして,国連は,死刑廃止条約採択後,国連総会において「死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める」旨の決議を採択し続け,その決議は2018年(平成30年)12月17日で7回に及んでいる。また,国連人権理事会における普遍的定期的審査(UPR)では,死刑存置国は,審査国から死刑制度の廃止に向けた行動を取るべきとの勧告を受け続けている。さらに,条約機関である自由権規約委員会からは「死刑廃止の検討を求める」との勧告がなされ(2008年(平成20年)10月),同じく拷問禁止委員会からは「死刑廃止の可能性を検討すること」との勧告がなされている(2013年(平成25年)5月)。
このように,国連及び関連機関は,死刑制度の廃止を目指す国際基準を,すべての国に普及させることに努めている。
⑵ 国連加盟国の責務と国際社会の変化
 国連憲章に署名した国連加盟国は,「すべての者のための人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守」(国連憲章55条)という国連の目的を実現するため,「この機構(国連)と協力して,共同及び個別の行動をとることを誓約」している(同56条)。そして,上記の国連及び関連機関の死刑廃止に向けた働きかけとこの国連憲章上の責務である国連加盟国の協力により,死刑廃止国(法律上または10年間以上死刑執行をしていない事実上の廃止国)は増加を続け,2019年(令和元年)12月末の時点で,国連加盟国の約7割の142カ国が死刑廃止国となり,死刑廃止条約の批准国も88カ国に達している。
 このような国際社会の変化の中,我が国も,1951年(昭和26年)9月8日,サンフランシスコ平和条約に署名し,国連憲章の原則を遵守することを宣言して国連加盟国の一員となっていることから,人権及び基本的自由の普遍的な尊重と遵守について,国連と協力して行動をとる責務(国連憲章55条及び56条)を負う。また,この責務を果たすことは,憲法上の国際協調主義(憲法前文及び同98条2項)にも適うものである。そして,国連が死刑廃止条約を採択し,その後,死刑廃止を視野に入れた死刑執行停止を求めるとの国連総会決議や国連人権理事会における死刑廃止に向けた勧告などの働きかけを行っていることを斟酌すれば,国連が行う人権及び基本的自由の尊重と遵守の助長促進(国連憲章55条)の中に死刑制度廃止が含まれていることは明白である。
したがって,政府及び国会には,我が国が死刑廃止条約を批准しているか否かに関係なく,国連と協力して死刑制度廃止の実現に向けた行動(国内人権啓発,死刑執行停止,死刑制度廃止を含む刑罰制度に関する法改正など)をすべき責務があり,また,将来的には死刑廃止条約の批准に向けた行動をすべき責務がある。

第2 我が国における死刑制度の廃止実現に向けて
1 憲法と最高裁判決
 最高裁判所は,1948年(昭和23年)と1993年(平成5年)の判決において,憲法31条の文言を理由に死刑制度を合憲であるとし,また,絞首刑は残虐な刑罰ではなく憲法36条に反しないとした。しかし,憲法31条は「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪われ,又はその他の刑罰を科せられない。」と規定するのみであり,死刑制度を積極的に維持すべきであるとしているものではない。また,昭和23年判決の補充意見では,国家の文化の発達により憲法31条の解釈が制限されて,死刑が残虐な刑罰とされて憲法に反するものとして排除され得ることが指摘された。さらに,平成5年判決の補足意見では,立法の問題に属すると留保しつつ,死刑の廃止に向かいつつある国際的動向と国内世論との大きな隔たりを整合させるために,一定期間の死刑執行停止や,現行の無期刑(服役10年を過ぎた場合に仮出獄の対象となり得る)とは別種の無期刑の導入が指摘されている。この別種の無期刑の内容について明記はないものの,死刑廃止議員連盟が提案した重無期刑や仮釈放のない終身刑が想定される。
 このように,死刑制度に対する評価(特にその残虐性についての)は憲法の解釈として不変のものではなく,国際社会の動向やこれとの関わりでの国内の状況変化によって変わり得るものであり,むしろ,死刑制度廃止に向かうことが望ましいことが強く示唆されている。
2 世論(社会感情)と死刑
 政府は,2008年(平成20年)から始まった国連人権理事会の普遍的定期的審査(UPR)における政府への勧告(死刑制度廃止に向けた行動を求めるとの勧告)に対し,「死刑制度に関する議論については,国民世論の趨勢を見ながら対応すべきものと考えている。死刑制度については,国民の多数が極めて悪質,凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えており,特別に議論する場所を設けることは現在のところ考えていない。」との理由で拒否し,死刑を存置し執行を続けている。
 ここで政府が主張する「国民世論の趨勢」は,内閣府が実施した世論調査の結果に依拠しているものと思われる。
しかし,2019年(令和元年)11月に実施された内閣府世論調査では,この「死刑もやむを得ない」との選択肢に賛成した者(80.8%:有効回答数1572人のうちの1270人)へ追加質問(将来も死刑を廃止しないほうが良いと思いますか,それとも,状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよいと思いますか。)をしたところ,「死刑を廃止しない」と答えた者は691人,「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」と答えた者は507人であった。よって,全体の有効回答数1572人のうち,現在も将来も死刑廃止に反対の者の割合は約44%(1572人中691人)である。
これに対し,「死刑を廃止すべき」と答えた者(142人)及び「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」と答えた者(507人)の合計の割合は約41%(1572人中649人)である。
したがって,いかなる場合にも死刑存置を選択する者と死刑廃止又はその可能性を選択する者のいずれも過半数に至らず拮抗している。
そうすると,内閣府世論調査によったとしても,死刑存廃議論を不要とするほどに世論が死刑制度を支持しているとの政府の解釈は正しくない。逆に,国民の約4割は死刑制度の廃止について状況次第では積極的,ないし少なくとも存廃について悩んでいると評価する方が正しいと言える。
そもそも,議会制民主主義は,議会における徹底した討議を経て,その内容・過程次第で議員や国民の結論が変わり得ることを真髄とする。にもかかわらず,死刑制度存廃問題については国会での熟議も,もとより国民的な議論も経ていない。そのような段階にありながら,議論自体を不要とする政府の態度には多大な疑問を禁じ得ない。
3 死刑の代替刑
 2014年(平成26年)と2019年(令和元年)に実施された内閣府世論調査において「もし,仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならば,死刑を廃止する方がよいと思いますか,それとも,終身刑が導入されても,死刑を廃止しない方がよいと思いますか。」との質問がなされ,「死刑を廃止する方がよい」に賛成の割合は,2014年(平成26年)で37.7%,2019年(令和元年)で35.1%との結果が出ている。
 そのため,仮釈放のない終身刑の導入は,1993年(平成5年)の最高裁判決の補足意見にあるとおり,国際基準と国内世論の隔たりを埋める一つの施策となりうる。
 しかし,社会復帰を完全に認めない「仮釈放のない終身刑」は,社会内包摂を基本とする現代刑罰論や国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)に抵触する危険性がある。
そこで,日弁連は,2019年(令和元年)10月に「死刑制度の廃止並びにこれに伴う代替刑の導入及び減刑手続制度の創設に関する基本方針」において,「仮釈放のない終身刑を最高刑として導入しつつ,例外的に仮釈放の可能性のある無期懲役への減刑を認める手続制度を設ける」と提言している。
当会も,死刑制度廃止に代わる刑罰の導入を求めつつ,国際基準となる死刑制度廃止の実現と国連被拘禁者処遇最低基準規則を整合させるため,基本的に日弁連の提言に同意するものである。ただし,減刑措置のあり方によっては,死刑の代替刑たり得る重罰といえるのか,あるいは社会復帰が有名無実とならないかという問題がある。したがって,減刑措置の手続要件(請求権者,判断権者,服役期間など)は,政府及び国会において十分かつ慎重に審議されなければならない。
4 死刑の犯罪抑止力
 死刑制度を廃止すると,生命侵害を伴う凶悪な犯罪が多発するのではないかとの危惧が表明されることがある。しかし,この点について,国連と欧州評議会は,死刑廃止国と死刑存置国の犯罪動向の比較,死刑廃止国の廃止前後の犯罪動向の比較などの科学的・統計的調査を行った結果,死刑に他の刑罰とは異なる特別な犯罪抑止力があるとの実証はできないとの結果報告を出している。また,政府も,2008年(平成20年)2月12日,質問主意書に対する答弁書で「死刑の犯罪抑止力を科学的・統計的に証明することは困難である」と答弁している。
然るに,政府は,内閣府世論調査において「死刑を廃止すれば凶悪犯罪が増える」に賛成の者が過半数との結果を根拠に,死刑には他の刑罰と異なる特別の犯罪抑止力があるとする。しかし,ここで問題になっている犯罪抑止力は,死刑求刑相当の凶悪犯罪であるところ,このような罪を犯す者に対しては科学的・統計的に死刑の犯罪抑止力は実証できないとされており,被害者になり得る国民の安心感や危惧感をもって科学的・統計的な犯罪抑止力の証明に変えることはできない。また,そもそも,テロや確信犯には刑罰の威嚇力の効果(犯罪抑止力)は期待できない。
したがって,犯罪抑止のためには,現実の犯罪統計をもとに,科学的・合理的な社会政策・刑事政策に取り組むべきであり,実証できない「死刑の威嚇力」は死刑制度存置の根拠たり得ない。
5 被害者遺族への支援
 私たち弁護士は,刑事弁護という弁護人活動を通じ,また,被害者参加制度などの被害者側の代理人活動を通じて,様々な犯罪被害に向き合い続けている。
 そのような中,刑罰制度改革の一環として死刑制度廃止を求めるとき,被害者や遺族の被害をどのように受け止めるべきかという大きな問題がある。
 日弁連は,2002年(平成14年)11月22日付の「死刑制度問題に関する提言」において「死刑相当犯罪などの凶悪犯罪による被害者遺族の受けた被害は,まさしく不条理であり,犯罪の被害者遺族の被害感情は深刻であるが,死刑制度の存続のみで被害者遺族の問題が解決するものではない。」と述べているとおり,被害者遺族の被害感情には,加害者に対する処罰感情のみならず,喪失感・虚無感など刑罰では応えることができない感情も含まれている。
 さらに,犯罪被害には,コミュニティ喪失などの社会的被害や経済的支柱や拠り所を失うなどの経済的被害もある。
そのため,被害者の無念や被害者遺族が受ける不条理な被害に真摯に向き合い,被害者遺族への精神的支援,経済的支援,社会的支援を充実させる制度設計(犯罪被害者庁の設置等の行政対応態勢の拡充,犯罪被害者給付金の支給対象者の範囲拡大や給付金の増額,国と自治体の連携システム構築等による多面的なサポート体制の充実,専門的カウンセラーの育成等)と予算措置をすみやかに実現させ,社会的に被害者遺族を支える必要がある。そして,この必要性は,死刑制度廃止を求めるか否か,また,法制度としてどのような刑罰制度が実現するかに関わりなく,求められるものである。
したがって,当会は,人権擁護と社会正義の実現という使命に基づき,死刑制度の廃止を含む刑罰制度の改革を求めるとともに,被害者遺族に対する支援に取り組んで行く決意を表明する。

第3 結語
 以上の理由により,当会は,政府及び国会に対して,死刑制度を廃止すること,死刑の代替刑として終身刑を導入すること,さらには死刑制度廃止のための関連法案が成立・施行されるまで,死刑執行を停止することを求めるものである。
  

2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

2019年5月31日

消費者行政の一層の充実・強化を求める決議

【決議の趣旨】

1 当会は,消費者庁及び内閣府消費者委員会の創設10年の節目に当たって,いまだ多く発生している消費者被害の予防と救済を図るべく,以下の措置をはじめとする,消費者行政の一層の充実・強化を求める。
(1) 地方消費者行政を,国の消費者行政の一端を担うものとして明確に位置づけ,国からの予算支出による積極的な財政措置を講じること。
(2) 高齢者の消費者被害の予防と救済を図るべく,各地方公共団体における消費者安全確保地域協議会の設置を推進し,さらに,不意打ち的な電話勧誘・訪問販売を規制し,いわゆる「つけ込み型」の不当勧誘につき,包括的に消費者に契約取消権を認めるなどの立法措置を講じること。
(3) 若年者に対する消費者教育を幅広く展開すべく,国や地方公共団体による財政支援を充実させ,消費者庁として積極的なリーダーシップをとること。
(4) 適格消費者団体および特定適格消費者団体に対して,直接的な財政支援をなすこと。
2 消費者庁が,消費者政策の司令塔としての機能を強化し,緊急事態等に迅速に対応し,法制度の企画・立案・実施を効率的に行うためには,各省庁及び国会と同一地域に存在することが必要不可欠であるから,これに反する消費者庁の全面的な地方移転に反対する。

2019年(令和元年)5月29日
福岡県弁護士会

【決議の理由】

1 はじめに
日本弁護士連合会は,1989年9月16日の第32回人権擁護大会において,「消費者被害の予防と救済に対する国の施策を求める決議」を採択し,国に対し,従来の縦割り行政,後追い行政の弊害を除去し,消費者の立場に立った総合的統一的な消費者行政を推進する消費者省(庁)の設置等を求めた。
当会も,日本弁護士連合会と連携して,消費者被害の予防と救済に取り組んできたが,個別の事件解決に取り組むとともに,消費者行政の抜本的改正の必要性も訴えてきた。
そして,2008年6月27日付の閣議決定「消費者行政推進基本計画」において,「我が国は各府省庁縦割りの仕組みの下それぞれの領域で事業者の保護育成を通して国民経済の発展を図ってきたが」,「消費者・生活者の視点に立つ行政への転換」を図るべきとして,消費者行政を一元化する新組織を創設することが宣言された。
その直後の2008年7月19日,当会は,シンポジウム「消費者庁構想を考える〜真に消費者の頼りになる消費者庁実現へ向けて〜」を開催して,消費者被害の予防や救済のために行政が積極的に対応する必要性を訴えて,消費者庁の創設を求めた。
そして,いよいよ,2009年5月に,消費者庁及び消費者委員会設置法(以下「設置法」という。)が制定され,同年9月1日に消費者庁及び内閣府消費者委員会(以下「消費者委員会」という。)が創設された。
今年で10年の節目を迎える消費者庁は,創設以来,さまざまな消費者政策を立案・実施しており,同時に創設された消費者委員会もまた,独立した機関として,積極的な政策提言などを行ってきた。
しかし,その一方において,消費者被害は多様化し,より巧妙な手口による被害が多発している。
このような消費者を取り巻く社会環境の変化に応じ,消費者の目線に立脚した行政機関としての消費者庁及び消費者委員会には,さらに積極的な役割を果たすことが期待されるところ,創設10年の節目を迎えるにあたって,当会として本決議を採択する。
2 消費者庁・消費者委員会の役割
設置法によれば,消費者庁は,「消費者基本法第2条の消費者の権利の尊重及びその自立の支援その他の基本理念にのっとり,消費者が安心して安全で豊かな消費生活を営むことができる社会の実現に向けて,消費者の利益の擁護及び増進,商品及び役務の消費者による自主的かつ合理的な選択の確保並びに消費生活に密接に関連する物資の品質に関する表示に関する事務を行う」(同法3条1項)ことをその任務とするものとされている。
また,消費者委員会は,設置法6条に基づいて内閣府に設置された独立機関であり,同条2項1号に定められた6つの重要事項について,自ら調査審議し,必要と認められる事項を内閣総理大臣,関係各大臣または消費者庁長官に建議することができる権限を有している。
3 消費者庁及び消費者委員会設置後の10年
(1) 設置法の附則とこれを受けた法改正
設置法は,その附則において,実施後の一定期間内に各種の見直しを行い,必要な措置を講じることを規定しており,その国会審議においても,衆議院において23,参議院において34の附帯決議が付されていた。そして,これらの見直し規定等を背景として,消費者庁および消費者委員会の創設から10年の間にさまざまな法改正が行われ,新たな消費者施策が展開されてきた。
2014年6月の消費者安全法改正においては,消費生活相談員の資格が整備され(同法13条の3),地方公共団体が消費生活センターを設置する根拠が明確にされるとともに(同法10条),消費者安全確保地域協議会の設置等が規定され(同法11条の3),人口5万人以上の地方公共団体において同協議会を設置する旨の目標が掲げられた。2019年3月末時点において,全国で209の地方公共団体において同協議会が設置されているが,福岡県においては36の地方公共団体において同協議会が設置されており,県別にみるならば,兵庫県の42に次ぐ設置状況となっている。
適格消費者団体をめぐっては,2008年4月の消費者契約法,不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。),特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)の改正により,その差止請求訴訟を提起することのできる範囲が拡大され,2013年6月に制定された食品表示法によって食品表示についても差止請求が可能となった。そして,2013年12月に成立した消費者裁判手続特例法は,適格消費者団体のうち特定認定を受けた特定適格消費者団体に対して,財産的消費者被害の集団的回復を図るための訴権を付与した。また,2017年6月の独立行政法人国民生活センター法の改正では,特定適格消費者団体が行う仮差押の立担保に関し,国民生活センターが資金を提供することができることとなった。
さらに,2014年11月の景品表示法改正においては,不当表示を行った事業者に対する課徴金制度が設けられ,独占禁止法についても,2009年6月の改正によって,課徴金の対象となる行為類型の拡大および課徴金額の増額がなされている。
(2) 消費者庁による消費者事故情報の集約と法執行・行政処分等
また,消費者安全法12条は,消費者事故情報の一元的集約と迅速な公表を実施するため,消費者事故等が発生した場合には,行政機関や地方公共団体が,内閣総理大臣(消費者庁)に通知をなすべきことを規定している。
この規定に基づいて,消費者庁に通知された消費者事故等は,年間1万件を超えており,2017年度の通知件数は10,952件であった。
そして,2017年度に,消費者庁が行った法執行や行政処分等の件数は,消費者安全法に基づく注意喚起,勧告等が10件,景品表示法に基づく措置命令が50件,同法に基づく課徴金納付命令が19件,同法に基づく返金計画の認定が1件,特定商取引法に基づく業務停止命令及び指示が32件,特定商品等の預託等取引契約に関する法律に基づく業務停止命令及び指示が2件,特定電子メールの送信の適正化等に関する法律に基づく措置命令が2件,家庭用品品質表示法の規定に基づく指示が1件であった。
(3)消費者委員会の組織と権限

消費者問題への取り組みは,あくまでも消費者の目線で実施する必要があるところ,各省庁の出向社員を中心とする消費者庁による業務運営だけでは不十分であるから,消費者庁から独立して消費者行政全体の監視・提言役として職務を行う機関として,消費者委員会が設置されている。
この消費者委員会は,民間人の委員10名による合議体組織であり,必要に応じて部会や専門調査会を設けて,調査・審議・提言を行ってきている。具体的には,2018年12月までの間に,20件の建議,15件の提言,78件の意見を公表している。
そのほか,政府の消費者政策を総合的・計画的に推進するために策定される消費者基本計画について,消費者庁が毎年その工程表の見直しをなしているが,消費者委員会は,この見直しについて,関係省庁のヒヤリングを行い,意見を発出するなどの役割も果たしている。
これまで消費者委員会が公表してきた意見の中には,消費者契約法の改正などの形で結実されたものもある。そして,現下の最重要課題は公益通報者保護法の改正であり,2018年12月27日に,公益通報者保護専門調査会から報告書が公表されている。

4 これからの消費者行政に求められるもの
(1) いまだ消費者被害が多発していること
消費者庁及び消費者委員会が設置されてから,法改正も続いており,消費者被害の予防と救済に一定の成果を上げているという評価もできる。
しかしながら,前述のとおり,消費者庁に通知された消費者事故等は,年間1万件を超えており,2017年度の通知件数は10,952件であった。また,全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談の件数を見ると,2017年度は約911,000件に上っており,前年と比較しても約19,000件増加している。
消費生活相談件数が,依然として高水準である要因には,インターネットの生活への一層の浸透が挙げられると指摘されている(平成30年版消費者白書25頁)。特に,スマートフォンの普及により,SNSを通じたコミュニケーション,インターネット通販での商品購入やサービスの予約が,若年者から高齢者まで幅広い年齢層で,身近で日常的なものとなっていることを背景に,被害が広く発生しており,また,手口も巧妙化している。
このような状況に鑑みると,消費者庁や消費者委員会をはじめとする消費者行政のより一層の積極的な取り組みが求められる。
(2) 地方消費者行政の推進
消費者庁が創設された2009年度において新たに予算化された「地方消費者行政活性化交付金」は,消費者行政に使途を限定された特定財源であったが,当初3年を限度とするものとされ,その間に地方公共団体が独自予算を組み地方消費者行政が自立することが想定されていた。
この地方消費者行政活性化交付金は,交付開始から3年を経過した2012年度から,地方公共団体の自主的な事業への活用を重視した「地方消費者行政推進交付金」として継続されたものの,2018年度からは新規事業への交付が打ち切られ,原則として終了することになった。「地方消費者行政推進交付金」に代わって2018年度から交付されることになった「地方消費者行政強化交付金」は,国の重点課題に呼応した事業を支援するというものであるが,その使途は「地方消費者行政推進交付金」よりも大きく限定されている。そして,その予算額も大幅に減額され,2017年度に42億円であったものが,2018年度には36億円とされ,2019年度においては33.5億円まで減額された。
2018年1月に公表された一般社団法人全国消費者団体連絡会地方消費者行政プロジェクトチームの調査によれば,消費者行政に関する「基準財政需要額」(地方公共団体が合理的かつ妥当な水準で地方消費者行政を行う場合に要する経費として総務省が示す額)における地方公共団体の自主財源比率は,都道府県別にみた全国平均が52.1%であり,決して高いとは言えない状況である。とりわけ福岡県は26.0%とさらに全国平均を大きく下回っている。
このように,地方公共団体の財政状態は消費者行政について十分な独自予算を組むまでの状況になく,むしろ消費者関連予算は,地方公共団体の予算縮小・削減の格好の対象となってきた。
このような状況に鑑みると,地方消費者行政を,国の消費者行政の一端を担うものとして明確に位置づけ,国からの予算支出による積極的な財政措置を講じるとともに,その財政支援が適正かつ的確に消費者関連施策に充てられるよう立法措置を含む対応が求められる。
福岡市議会は,2018年12月19日,「地方消費者行政に対する財政支援の拡充等を求める意見書」を全会一致で採択し,地方消費者行政に係る交付金制度の予算額を確保すること及び地方公共団体が行う消費生活相談,行政処分等の地方消費者行政に係る事務費用に対する恒久的な財政措置について検討することなどを国に求めている。同様の請願や意見書は,全国各地の地方公共団体で相次いで採択されており,地方消費者行政に対する国の財政措置が必要であるとの声が高まっている。
(3) 高齢者の消費者被害の予防と救済
高齢化社会への移行が急速に進む中,高齢者を狙った悪質商法が後を絶たず,2017年に,全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談の約911,000件のうち,65歳以上の相談者が約29.2%と大きな割合を占めている。そこで,今後とも,引き続き,高齢者の消費者被害の予防及び救済をより確実にするための施策を強化することが求められている。
この点,2014年6月の消費者安全法改正により,2016年4月から,地方公共団体が高齢者等の判断力の不十分な消費者の消費者被害の予防と早期救済のために消費者安全確保地域協議会を設置することが可能となった。しかしながら,2019年3月末時点において,人口5万人以上の地方公共団体545のうち,設置している地方公共団体は98と全体の18.0%に過ぎず,全国的な普及に向けた働きかけをより強化しなければならない状況にある。
また,高齢者,特に認知症等の高齢者にトラブルが多い不意打ち的な電話勧誘・訪問販売について,これを消費者があらかじめ拒否できるDo-Not-Call制度(電話勧誘拒否登録制度),Do-not-Knock制度(訪問販売拒否登録制度)の導入も実現していない。
当会は,2015年9月18日に,「特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書」を発出するなど,これらの制度の導入を訴えてきたが,高齢者の消費者被害の予防と救済の観点から,引き続き,法改正を求めるものである。
さらに,2014年8月,内閣総理大臣から消費者委員会に対し,消費者契約法につき「高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点」から見直しの検討を行うよう諮問がなされ,消費者委員会消費者契約法専門調査会において検討がなされた。その結果,2015年12月と2017年8月の2度にわたる同専門調査会の報告書において,過量販売等の特定の被害類型についての契約取消権が提言され,これらの報告に基づく2016年5月および2018年6月の消費者契約法改正において,過量販売等に加え,判断力の著しい低下につけ込んだ勧誘や霊感を利用した勧誘等の被害類型についての契約取消権が導入されることとなった。
しかし,高齢化社会が進む中において,高齢者が安心して暮らして行ける社会にするためには,合理的な判断ができない状況にある消費者を狙った消費者被害を放置しておくべきではなく,消費者に合理的判断ができない事情があることを利用して不必要な契約を締結させる,いわゆる「つけ込み型」の不当勧誘につき,包括的に消費者に契約取消権を認めることが必要と考えられるところ(消費者委員会平成29年8月8日付け答申書付言),これについてはなお実現しておらず,消費者契約法のさらなる改正に向けた努力が必要である。
(4) 若年者の消費者被害の防止と消費者教育
当会は,2018年2月23日付けをもって,「民法の成年年齢引下げに反対する会長声明」を発出し,成年年齢の引き下げに反対する旨の意見を表明した。しかし,2018年6月,成年年齢の引き下げ等を内容とする民法の改正法が成立し,2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられることになった。
これによって,18歳と19歳の若年者(いわゆる「若年成人」)については,民法に基づく未成年者取消権を行使することができなくなるが,これら若年成人は,社会経験も少なく,必ずしもその判断能力が十分なものであるとは言い難く,消費者被害の格好のターゲットとなることが懸念される。
とりわけ若年者に関しては,いわゆるデジタルコンテンツなどネットやSNS関連の消費者被害への対策が重点課題として挙げられる。実際の学校現場での消費者教育においては,これら刻々と変化する消費者被害の実態を踏まえる必要がある。さらに,消費者教育は,知識を一方的に与えるだけではなく,日常生活の中での実践的な能力を育み,社会の消費者力の向上を目指して行われるべきである。そのため,消費者教育の担い手については、「国・地方,行政・民間,消費者,事業者などの幅広い主体を担い手として,担い手を支援し,育成し,連携を図って,効果的・実践的に消費者教育に係る施策を進めて」いかなければならない(2013年6月28日閣議決定・2018年3月20日一部変更「消費者教育の推進に関する基本的な方針」)。
しかしながら,消費者教育の推進に関する法律(以下「消費者教育推進法」という。)が制定された後も,我々弁護士会など外部専門家との連携も含めて,消費者教育の担い手の支援,育成,連携は,必ずしも実効的に機能しているとは言い難い状況である。
また,消費者教育推進法では,地方公共団体に対して,消費者教育推進地域協議会を設置し(同法20条),消費者教育推進計画を策定することが求められているが(同法10条),いずれも努力義務にとどまっているため,全ての地方公共団体で設置,策定されているわけではない。
この点,「消費者教育の推進に関する基本的な方針」では,地方公共団体に対して,改めて,消費者教育推進地域協議会を活用し,消費者教育推進計画を策定することを求めており,国に対しても,情報交換の場を設けるなど,地方公共団体に対して積極的に働きかけることを求めている。
その他,「消費者教育の推進に関する基本的な方針」では,消費者教育の各地域における実質的な主体として,消費者教育コーディネーターの配置・育成に取り組むことが求められているが,福岡県等いまだ設置もされていない地方公共団体も散見される。
外部講師を活用される場合に必要なはずの予算措置も十分なものとは言い難く,今後,消費者庁が各地方公共団体から報告を求め,分析及び改善を図るべき点も多い。
成年年齢の引き下げが施行されるまでにはおよそ3年の猶予が設けられているが,この間に,若年者に対する消費者教育を幅広く展開することが必要であり,学校など教育機関との密接かつ実効的な連携を図る必要がある。
そして,消費者教育を展開するためには,国や地方公共団体による財政支援も不可欠であり,消費者庁には積極的なリーダーシップをとることが求められている。
(5) 適格消費者団体および特定適格消費者団体への支援

設置法は,同法等の施行後3年以内に,適格消費者団体による差止請求関係業務の遂行に必要な資金の確保その他の適格消費者団体に対する支援の在り方について見直しを行い,必要な措置を講ずることを求めている(同法附則5項)。
これは,適格消費者団体が事業者に対する差止請求権の行使等を通じて消費者利益を擁護する役割を有することから,適格消費者団体の充実した活動基盤を確保することこそが,消費者の利益擁護のために必要不可欠であると考えられたからである。このことは,その後に認められた特定適格消費者団体についても同様である。
消費者庁は,2015年10月に「消費者団体訴訟制度の実効的な運用に資する支援の在り方に関する検討会」を設置し,同検討会は2016年6月に報告書を取りまとめている。同報告書においては,適格消費者団体および特定適格消費者団体(以下「適格消費者団体等」という。)がPIO-NET(全国消費生活情報ネットワーク・システム)の情報を活用しやすくするなどといった情報収集面の支援,適格消費者団体等が寄附を受けやすくするなどといった財政面の支援,行政による適格消費者団体等の認定・監督にかかる事務手続の一部簡素化といった手続面の支援等が提言されている。
しかし,大多数の適格消費者団体等においては,学者や消費生活相談員,弁護士や司法書士などのボランティア活動によって支えられており,その活動基盤,とりわけ経済的基盤はきわめて脆弱であるのが実情であるところ,適格消費者団体等に対する直接の財政的支援は,まったくと言ってよいほど検討されていない。「地方消費者行政強化交付金」など,消費者庁による地方公共団体を通じた適格消費者団体等への支援は,地方公共団体による適格消費者団体等に対する理解などの温度差が顕著であり,その支援額において不十分であることは別にしても,すべての適格消費者団体等に公平な支援が行き届いているものとはいい難いのが現状である。
適格消費者団体等が,本来,行政が行うべき業務の一部を担っているという側面は否定することができず,行政による直接的な財政支援の導入が求められる。

5 消費者庁の全面的な地方移転について
(1)「まち・ひと・しごと創生法」に基づく移転の動き
以上のように,消費者行政の一層の充実・強化が求められるべきところ,これに反するような消費者庁の全面的な地方移転の動きがある。すなわち,2014年11月に施行された,「まち・ひと・しごと創生法」に基づき,内閣に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され,政府関係機関の地方移転についての検討がなされているところ,徳島県は,「消費者庁・消費者委員会・国民生活センターの移転の実現に向けた取組みを県を挙げて強力に推進する」として,「消費者庁等移転推進協議会」を設置するなど,消費者庁の全面的な徳島県への移転につき積極的な働きかけをなしている。
当会も,東京一極集中の是正や,地方創生に取り組む必要があること自体は,否定するものではない。
しかしながら,以下の理由から,消費者庁の地方への全面移転には反対せざるを得ない。
(2) 新未来創造オフィスの徳島県への設置
2016年9月1日に,「まち・ひと・しごと創生本部」が決定した「政府関係機関の地方移転にかかる今後の取組について」により,徳島県に「消費者行政の新たな未来の創造を担うオフィス」(新未来創造オフィス)が置かれ,実証に基づいた政策の分析・研究機能をベースとした消費者行政の発展・創造の拠点とすることとされた。その際,「現時点では,政府内の各府省共通のテレビ会議システムが整備されておらず,徳島県から東京や全国へのアクセス面の課題もあるなかで,消費者庁が行ってきた国会対応,危機管理,法執行,消費者行政の司令塔機能,制度整備等の業務については,迅速性,効率性,関係者との日常的な関係の構築等の点で課題がみられた。テレビ会議システム等を活用したやり取りにおいては,1対1や一方向のやり取りは問題ないが,多人数での意見調整には課題がみられた」と指摘されたことから,これまで消費者庁が行ってきた迅速な対応を要する業務,対外調整プロセスが重要な業務(国会対応,危機管理,法執行,司令塔機能,制度整備等)は東京で行うこととされた。
このような経緯で2016年7月24日に開設された徳島県の新未来創造オフィスでは,現在,全国展開を行うことを目的とした10のプロジェクトと,3つの基礎的研究が行われている。具体的には,若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討や,障がい者の消費行動と消費者トラブルに関する調査,子どもの事故防止調査,食品ロスに関する実証事業等が行われている。そして,新未来創造オフィス開設から3年後までに,その検証・見直しが行われることとされている。
(3) 現在の状況
消費者委員会の消費者行政新未来創造プロジェクト検証専門調査会では,「地方創生の観点からは,職員の滞在,出張者の増加等,人の流れの創出に一定の成果」があったとされ,「消費者行政新未来創造オフィスによる地方創生への直接の貢献」について,2017年度が約1億1300万円,2018年度が約1億900万円と報告されている。また,2019年9月5日,6日の両日,G20大阪サミットのサイドイベントとして,徳島市において「G20消費者政策国際会合」が開催される予定であり,その経済効果等が広く広報されて、消費者庁の全面移転の流れが加速するおそれもある。
前記のとおり,徳島県等は,同県への消費者庁の本体機能を含む全面的な移転の働きかけを強めており,新未来創造オフィスの検証・見直しを機として消費者庁の移転問題について結論が出される可能性を否定することができない状況にある。
(4)消費者庁の全面的な地方移転による弊害
消費者庁が,消費者政策の司令塔としての機能を強化し,緊急事態等に迅速に対応し,法制度の企画・立案・実施を効率的に行うためには,各省庁及び国会との迅速な意思疎通が必要不可欠である。
しかしながら,消費者委員会の消費者行政新未来創造プロジェクト検証専門調査会では,「テレビ会議の活用で一定の意思疎通はできるが,接続先が限られる上,対面の場合に比べ,様子や状況が分かりにくい,真意を伝えにくいといった課題も存在」したとか,「交通アクセスについては,県内の公共交通機関,県外への移動等,引き続き制約」があるとの指摘がなされている(一部移転した国民生活センターが,2017年度に,徳島県で開いた研修事業の参加者数は計509人であり,神奈川県相模原市で開いた同様の講座の1割強の人数に留まっている。)。
このように,他省庁との折衝が必要となる立法や予算の獲得といった本体機能を,徳島県において機能させることは困難であるうえ,迅速な対応を要する業務,対外調整プロセスが重要な業務(国会対応,危機管理,法執行,司令塔機能,制度整備等)に対応できないことは,これまでの新未来創造オフィスの試行によって明らかになっており,およそ消費者庁の全体的な移転を認めることができる状況にはない。
そもそも,消費者庁が発足したのは,2008年6月27日付の閣議決定「消費者行政推進基本計画」において,「我が国は各府省庁縦割りの仕組みの下それぞれの領域で事業者の保護育成を通して国民経済の発展を図ってきたが」,「消費者・生活者の視点に立つ行政への転換」を図るべきとされたからである。仮に,消費者庁が,全面的に地方移転した場合には,縦割り行政の弊害を是正して,消費者行政の一元化を図るという役割を十分に果たせなくなることが危惧される。
そこで,当会は,2015年12月15日付けにおいて「消費者庁・国民生活センターの地方移転に反対する意見書」を発出し,消費者庁等の地方移転に反対する意見を表明したところであるが,ここに改めて反対の意見を明らかにするものである。
6 結論
よって,当会は,消費者庁および消費者委員会をはじめ消費者行政の更なる充実・強化を求めるとともに,消費者庁の機能低下につながる全面的な地方移転について,強く反対するものである。
以上のとおり,決議する。

以上

決議の理由中におきまして,一般社団法人全国消費者団体連絡会の団体名の表記に誤記がございました。一般社団法人全国消費者団体連絡会をはじめ関係機関の皆様に深くお詫び申し上げます。
改めて,訂正後の決議をアップいたしましたので,お知らせいたします。

2019年6月13日

2019年5月29日

すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議

決議の趣旨

当会は,政府及び国会に対し,同性者間の婚姻を認める法制度の整備を求める。

即ち,戸籍上の性別が異なる者の間で認められている婚姻が,戸籍上の性別が同じ者の間で認められていないことは,憲法13条及び憲法24条1項から導かれる自己決定権の一つである「婚姻の自由」 ,及び,憲法14条に抵触する性的指向ない し性自認に基づく不合理な差別であるとの点から看過できない問題である。

実際にも,同性者間の婚姻が認められていないために,婚姻関係にあれば当然受けられるはずの法的保障が受けられず,また,相続や子どもの養育において不利益を強いられ,さらに,病院で立会ができなかったり,公営住宅への入居を拒否され たりするなどの問題も生じている。

国際的に見ても,先進国首脳会議参加国であるG7の中でみると,国レベルで同性婚ないしは,パートナーシップ制等婚姻に準じる法制化を行っていないのはもはや日本だけである。日本は,国連人権理事会におけるLGBT(レズビアン(女性の同性愛者),ゲイ(男性の同性愛者),バイセクシャル(男性・女性,両方を性愛の対象とする者) ,トランスジェンダー(戸籍上の性別と心の性別が一致しない者)を始めとするいわゆる性的少数者)の人々の権利に対する決議に賛成したにもかか わらず,同性婚についての法整備は全く行っていない。

近年,世論調査によれば,日本国内でも同性婚に対する理解は深まり同性婚の法制化について賛成が多数を占めており,自治体においても公に婚姻に準ずる関係として証明する「パートナーシップ制度」を導入するなど,同性カップルを社会的に承認するという流れができており,国民の間にも同性婚を認める素地はできている と言える。

同性者間の婚姻に関する問題は,人権という観点からは無視できない状況にあり, 早期の法制度整備を求めるものである。

2019年(令和元年)5月29日
福 岡 県 弁 護 士 会

決議の理由
1 「同性間の婚姻の自由」の保障

現在の日本において,同性者間の婚姻は,戸籍上の制度として認められていない。そのため,LGBTをはじめとする同性カップルは,自身が愛するパートナーと婚姻し,戸籍上の夫婦となりたくとも,当該パートナーが戸籍上同性であるがゆえに,それが叶わない。このような制度的不備は,憲法や条約に抵触する不合理な差別にあたる。

(1) 「婚姻の自由」が同性間でも保障されるべきこと

憲法13条は,幸福追求権を保障しており,その内容として,個々人の幸福追求のあり方を個々人の決定に委ねるという意味で,自己決定権を保障している。そもそも婚姻するかどうか,誰と婚姻するかという「婚姻の自由」もまた,この自己決定権という憲法により定められた権利として保障されている。婚姻というものが,人生をともに歩み,支え合うパートナーを選択した上で,そのパートナーと継続的に親密かつ人格的な関係を築いていくものであることからすれば,人格的生存に不可欠なものであって,婚姻の自由は異性であろうと同性であろうと同じく自己決定権として保障されるべきものである。


また,憲法24条1項について,最高裁は「婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。」とし,憲法24条1項からも婚姻の自由が導かれるものと解している。

(2) 平等原則への抵触

憲法14条1項は,法の下の平等を保障している。そのため,正当な理由なく,本人の意思によって左右することができないような事由をもって,国が国民に対し,差別的取扱いを行うことを禁止している。

性自認(自身の性をどう認識しているか) ,性的指向(どの性別を恋愛・性愛の対象とするか)は本人の意思で変えられるものではない。そのため,自身と戸籍上の性が同じ者との間で継続的に親密かつ人格的な関係を築きたいと考えることも,本人の意思で変えられるものではない。

しかし,国は同性者間の婚姻を認めていないため,同性者との婚姻を希望する者に対する差別的な取扱いを行っている。

そしてこのような差別的な取扱いによって,後述するように異性間の婚姻であれば当然に得ることのできる利益を同性カップルは得られない状態にある。

このように,同性婚制度がないことは,同性カップルをその性的指向,性自認を理由に差別していることに他ならず,憲法14条1項に抵触している。

加えて,国際人権自由権規約は,日本政府が批准し,国内法的効力を有するが,同26条もまた憲法14条と同じく,法の前の平等を保障し,あらゆる差別を禁止している。しかし,同性カップルは同性と婚姻できないことによって差別を受けているのだから,現行の日本の婚姻制度は上記条約にも抵触している。

(3) 小括

以上のとおり,憲法や条約といった上位規範により,同性カップルには婚姻の自由が保障され,また性的少数者であることを理由に差別されないこととされているのだから,国は公権力やその他の権力から性的少数者が社会的存在として排除を受けるおそれなく,人生において重要な婚姻制度を利用できる社会を作る義務がある。しかしながら,現状は同性間における婚姻は制度として認められておらず,平等原則に抵触する不合理な差別が継続しているのである。

2 同性カップルが直面する不利益

同性間に婚姻が認められていないことにより,同性カップルは,様々な分野において,法律上・事実上の不利益を受けている。また,このような人々の中には幼少期にその性的指向などを理由に親から虐待を受けた経験を持つ者や差別的対応を恐れて親や親族に公言できない者も多くいるため,親や親族の協力を得る ことができず,不利益はより深刻なものとなっている。

(1) 同性パートナーの死に伴う問題

まず,民法上,同性パートナーは相続人になれない。そのため,共同生活で築いた財産があっても,同性パートナーは遺言がなければ財産を承継することができない。仮に,遺言があったとしても,親族から遺留分減殺請求を受けるおそれがあり,同性パートナーの存在を知らない親族とトラブルになる可能性も高い。上記以外にも,相続税の配偶者税額軽減措置が適用されない,遺族基礎年金・遺族厚生年金が受給できない,生命保険の受取人になれない,慶弔休暇を取得できない,同性パートナーの建墓にあたり墓園の申込みを拒否されることがあるなど同性カップルは同性パートナーの死に伴い 様々な法律上・事実上の不利益を受けている。

(2) 子の養育についての問題

現在,自らもうけた未成年の子を同性パートナーとともに養育しているケースは多く存在する。この場合,異性間であれば,婚姻して養子縁組をすることにより法律上の親子関係を築くことができるが,同性間では,同性パートナーがその子と養子縁組をすると,民法818条2項により実親であるパートナーの親権が失われてしまうため,同性パートナーは事実上養子縁組を結ぶことができない。結果,同性パートナーは,親としてその子を養育しようと思っても活動が制約される。また,実親が先に死亡したときには,養育する者がいるにもかかわらず,未成年後見人が選任されることとなる。これらは同性パートナーが不利益を受けるにとどまらず,子の養育にも影響を与えかねないものである。

(3) 一方が外国人である場合の問題

同性カップルの一方が外国人の場合にも問題は顕在化する。日本人と婚姻した外国人には,「日本人の配偶者等」として在留資格が与えられるが,同性パートナーは,「配偶者等」に該当しないため,その他の長期在留資格を得られなければ,短期滞在の在留資格で日本に滞在するほかなく,オーバーステイのリスクと隣り合わせの生活を余儀なくされる。そして,在留特別許可の審査においても,同性パートナーの存在は特に考慮する要素となっていない。

(4) その他の不利益

上記以外にも,公営住宅への入居が認められない,民間住宅であってもルームシェアが可能な住宅にしか入居できないなどの住居に関する問題,病院でパートナーの病状について説明を受けたり,意識不明状態にあるパートナーの治療方針の決定に関与することが認められないことがあるなどの医療現場での問題の他,パートナーが逮捕された際に留置場所を教えてもらえない,自動車保険の運転者家族限定特約の申込みを拒否されることがあるなど,同性カップルが直面する法律上・事実上の不利益は極めて広範な分野に及ん でいる。

(5) 小括

これらの不利益は,事実上の不利益にとどまるものもあるが,その制度の多くは,法律上の婚姻という強固なつながりを基礎として運用されているものであり,個々の制度の運用を変更することで容易に解消できるものではない。現在においても,厳然として性的少数者に対する社会的差別は存在し,それゆえに当事者は様々な不利益を被っており,同性婚を認めない法制度がこのような差別を温存し助長している面も否定できない。このような同性カップルが直面する不利益を解消するために,同性カップルに婚姻を認める法 制度を構築することが求められる。

3 国際的な状況

同性婚の保障を含む性的少数者の権利保護は,世界的にも共通意識として醸成 されている。

2011年6月,国連人権理事会はLGBTの人々の権利に対する決議を採択し,性的指向や性同一性を理由とする差別や暴力行為等への懸念を表明した。記憶に新しい2014年ソチオリンピックの開幕式では,ロシアが反同性愛を内容とする法案を成立させたことに対して,その批判の意味でアメリカ,フランス,ドイツなど,欧米の首脳が開幕式を欠席する事態となった。そしてこれを受けて,2015年に,オリンピック憲章に性的指向による差別の禁止が明文化された。

2018年12月21日時点において,同性婚を保障する制度を持つ国・地域は人権意識の高い欧米諸国を中心に,中南米や南アフリカ等世界の25か国・地域に及んでおり,同性婚が認められている国・地域は,世界の国・地域の20パーセントを占めることとなった。G7で見ると国レベルで同性婚ないしは,パートナーシップ制等婚姻に準じる法制化を行っていないのはもはや日本だけで ある。

アジアにおいては,台湾で今年5月までに同性婚を認める法が施行される見通 しである。

このように,世界では同性婚の法的保障が次々に進んでおり,今後も同性婚の国レベルでの導入の潮流は続くと予測される中,日本はこのような潮流から立ち 遅れている。

4 国内の状況

2018年10月下旬に,インターネットを通じ,全国の20~59歳の6万人を対象として実施された株式会社電通の調査によると,欧米を中心に広がる同性婚の法制化について,78.4パーセントが「賛成」または「どちらかというと賛成」と答えている。

2015年の国立社会保障・人口問題研究所による調査において「賛成」,「やや賛成」の割合が51.1パーセントであったことや,2017年のNHKによる世論調査において「男性同士,女性同士が結婚することを認めるべき」との問いに「そう思う」と答えた人の割合が51パーセントであったことと比べて,現在は同性婚の法制化への理解が大幅に進んでいることが分かる。

このような世論を背景として,2019年4月17日現在,パートナーシップ制度を導入している自治体は20にのぼり,今後導入を予定・検討している自治体も多数存在する。

更に,2019年2月14日には,各地で13組の同性カップルが,同性間の法律婚の不備という問題点を問うため,同性同士の婚姻届不受理が憲法13条1項,同14条,同24条1項に反することを理由とする損害賠償請求という形で, 国に対して訴訟を提起している。

この訴訟は各種報道機関によって大々的に報道されており,同性婚について国民が改めて考える機会を得たことで,今後更に同性婚の法制化を支持する流れが 加速することも考えられる。

このように,現在同性婚の法制化に対しては,世論の後押しがある。

5 当会の取り組み

当会では,2015年より両性の平等委員会の中にLGBT小委員会が発足(2018年19月より委員会化)し,2016年5月25日には「男女平等及び性の多様性の尊重を実現する宣言」を出し,その中で「LGBTは性の多様性の一部であって,『人権』の問題であり,人権擁護を使命とする弁護士・弁護士会が率先して取り組むべき問題である。」と宣言したうえ,その宣言に基づき,2017年3月22日に「男女共同参画基本計画」において,LGBTの現状と 課題を分析し,具体的施策を行っていくことを決議したものである。

そして,当会はその基本計画も踏まえ,同小委員会が中心となり,当事者団体の集まりであるアライアンス会議への出席,九州レインボープライドへの毎年の出展などを行っており,2017年9月14日には,支援策の一つとしてLGBT無料電話相談を開始した。

その後,当会は,2018年4月,パートナーシップ宣誓制度の開始を始めとして性的少数者の支援策を進めている福岡市と「性的マイノリティに関する支援事業に関する協定」を結び,前述LGBT無料電話法律相談を福岡市との共同事業とし,2018年の九州レインボープライドへの共同出展なども行ってきて おり,今後も福岡市と提携しての当事者支援を行っていく予定である。

当会は,2016年の宣言を踏まえ,各自治体や関係団体と連携しながら,性自認・性的指向にかかわらず,そしてマイノリティ・マジョリティの区別を超えて,誰もが自分らしく生きられる社会の実現を目指した活動を継続していく所存 である。

6 結論

戸籍上の性別が異なる者の間で認められている婚姻が,同性カップルの間で認められていないことは,憲法13条及び憲法24条1項から導かれる自己決定権の一つである「婚姻の自由」の侵害に該当する上,性的指向ないし性自認に基づく不合理な差別として憲法14条に抵触する。

したがって,同性者間においても,戸籍上の性別が異なる者と同様の平等な婚 姻制度を早急に整備する必要がある。

またそれは,現実に様々な困難に直面している同性カップルの権利保護のため にも不可欠なことである。

よって当会は,上記のとおり決議する。

以 上

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