弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
警察
2009年4月 5日
暴雪圏
著者 佐々木 譲、 出版 新潮社
うまいものです。いつ読んでも、この著者の警察小説は迫真の出来で、ぐいぐいと読む者を惹きつけてやみません。
咆哮する雪嵐、次々と麻痺する交通網。氷点下の密室と化したペンションに逃亡者たちが吹き寄せられた。
最大瞬間風速32メートル。十勝平野が10年ぶりの超大型爆弾低気圧に覆われた日の午後、帯広近郊の小さな町では、いくつかの悪意がうごめいていた。暴力団組長宅襲撃犯、不倫の清算を決意した人妻、冴えない人生の終着点で職場の金を持ち出すサラリーマン……。それぞれの事情を隠した逃亡者たちがたどり着いたペンションで、恐怖の一夜の幕が開く。
すべての交通が遮断された街に、警察官は川久保巡査部長のほかはいない。
以上は、この本の粗筋を紹介するオビの文句です。すごいものですよ。同じ時刻に、バラバラに進行していた事件が、ついには一つにまとまり、緊迫感がつのるのです。読み始めたら、もう目を離せません。
冬でも太陽光線の温かいなかでぬくぬくと育った九州育ちの私なんか、冬の北海道の寒さを体験したことがない身として、次のような記述は想像を絶します。
吹雪の中で自動車が路外転落、ケガをしたドライバーがそのまま凍死したケースが10年間に3件あった。吹き溜まりで動けなくなったドライバーが車のヒーターをつけたまま夜を過ごして、一酸化中毒死というケースが2件。地吹雪の中で立ち往生した車に除雪車が突っ込んでドライバーたちが死んだという事故も1件あった。
雪おろしなど経験したことがありませんが、これも大変きつくて危険な作業のようですね。南国に生まれ育ち、今も生活している私は、単純に考えて、南国っていいなと思います。もっとも、北国の人はスキーなどのウィンタースポーツを楽しんでいるのでしょうね。
出会い系サイトに登録する女は、どこか歪んでいるか、病んでいるか、何かに餓えているか、どれかだ。
そうなんでしょうね、きっと。ケータイも十分に使いこなせない私など、指をくわえて眺めるばかりの世界です。
不倫中の人妻ならば、むしろ堂々としていた方が注意をひかない。顔を隠すから不倫なのだと分かるし、かえって顔も気になる。
うむむ、なるほど、なるほど、そういうことですね。
これまでの著者の警察小説とは違って、警察内部の葛藤は少なく、犯人とされた、されつつある人々の内心のかっとうなどが中心に描かれています。
(2009年3月刊。1700円+税)
2009年3月 1日
警官の紋章
著者 佐々木 譲、 出版 角川春樹事務所
『笑う警官』『警察庁から来た男』に続く、北海道警察シリーズ第3弾です。テレビで放映された『警官の血』も、同じ著者です。いつもながら日本警察の実態を敢然とえぐり取り、ストーリーもよくできていると感心しながら読んでいます。
テレビで放映された『警官の血』をビデオで見ました。北大の学生運動にスパイとして送り込まれた潜入捜査官が、精神を病んでいく姿は、現実を反映したものだと思います。まともな人には、スパイ活動なんてとてもやれないですよね。
舞台背景は2008年洞爺湖サミットです。世界の要人が集まり、世間注目の中で、目立ちたがり屋の女性大臣がストーカー男に狙われています。でも、本筋は警備のために東京からやってきた男に狙いがあり、そのことで北海道警に恥をかかせようというのです。自殺させられた父の仇を子がとろうというわけです。
暴力団との係わりが深い、北海道のホテル・観光施設チェーンが登場します。この本では田森観光となていますが、実名はよく似ていますよね。ええーっ、ホテルまで暴力団親交者だったのか……。日本は、上から下まで暴力団にひどく汚染されていますよね。つくづく、そう思います。これもまた、読み応え十分の警察小説でした。
(2009年1月刊。1500円+税)
2009年2月15日
警視庁捜査二課
著者 萩生田 勝、 出版社 講談社
まずは業界用語を紹介します。
起番は、おきばん。宿直のとき、詰めていること。
猛者は、もさ。スリ係。
本庁は、警察庁のこと。
本部は、桜田門にある警視庁のこと。
司法関係の機関のうち、もっとも低能力な集団は警察である。なかでも、特筆すべき超低能力集団が刑事だ。この記述は、多分に反語的なものであり、だけど集団の力はすごいものがあることが何度となく語られています。
刑事の楽しみであり、美学は、現場で一瞬にして判断すること。ところが、いま、現場に行きたがらない刑事が増えている。若手が現場に出ない。経験豊富なベテランがいなくなる。この二つだけでも警察の捜査能力の低下が心配だ。
刑事課のなかでは、隣の係は完全に敵だ。ライバル同士なんていう甘い関係ではない。捜査員同士の競争意識は、ケタ違いの熾烈なものだ。
大企業のトップや高級官僚にいる人間は、地位やプライドが邪魔をして容易には落ちない。落ちるのは、ホネと取調官の人間としての次元がピタリと合ったとき。
特捜部と違う捜査二課の強みは、人海作戦にある。ただし、そのとき、小さな集団の結束がもっとも大切だ。ただし、そのとき粘りと、証拠品を飽きるほど見つめる態度が不可欠だ。それは、そうなんでしょうね。
取り調べで大切なのは、調べにあたる刑事それぞれの人格だ。人生そのものの経験が求められる。人生経験の不足を助けてくれるものとして、読書がある。本を読んでも人格形成はできる。まったくそのとおりです。
警察署の内部にも、収賄のおこぼれにあずかりながら、いけしゃあしゃあと生き残っている幹部が実はかなりいる。いやはや、これは困ったことです。
警察署内部のことがかなり赤裸々に語られていて、面白く読めました。
(2008年12月刊。1600円+税)
2009年1月 4日
素行調査官
著者:笹本 稜平、 発行:光文社
人事一課の監察係は、服務規程違反、つまり警察官の不品行や不公正を取り締まる部署だ。そんな役回りだから、外の部署の連中からは、蛇蝎のごとく嫌がられる。
近ごろ各都道府県警が力を入れている特別捜査官の枠で採用された中途入庁組。
実社会での経験や資格を持つ即戦力を登用するための採用枠で、ハイテク捜査官とも呼ばれるコンピューター犯罪捜査官、税理士などの資格を持つ財務捜査官、鑑識や科学捜査を担う科学捜査官などが知られる。随時、必要な専門分野で、採用試験が行われる。いずれも、着任時点で警部補や巡査部長であり、平の巡査からスタートする一般採用とは待遇に開きがある。
警察官の待遇はいい。一般に安いと見られているが、その給与水準は、今の民間の平均レベルと比べるとむしろ上回る。そして、低家賃の官舎に住め、警察官だけが利用できる低金利の融資制度がある。だから、30代の前半で都内に家が買える。
警視庁を除く道府県警察において、監察を担当するのは警務部署に属する監察官室という部署で、首席監察官が、その室長を兼務することが多い。
監察官は、上にいる連中にとって、署長に出世する前の腰掛け仕事だ。だから、嫌われるような仕事は絶対にしない。首席監察官なんて名ばかりだ。現場は生え抜きの古参たちに牛耳られている。やつらにとって、監察官の椅子は既得権益だ。カラ監察で所轄庁内の各部署に恩を売り、出世レースを盤石にする。いわば、ただで貰える賄賂だよ。
官僚社会というのは、なにごとも減点主義だ。出世するには、仕事上の手柄は特に必要ないが、失態があれば即座にコースからはじき飛ばされる。世間が考えているほど気楽 ではない。まあ、そうなんでしょうね。
気の合う同士が協力し合って互いの実績作りに奔走するのがキャリアと呼ばれる人種のやり方だ。そんな繋がりから派閥が生まれ、下々からは見えない世界で、熾烈な権力闘争が展開される。高いところに登ることしか興味のない猿の同類たちの伏魔殿。それが警察組織というものの正体だ。いやあ、そういうものなんですか・・・。
隣室を盗聴するコンクリート。これは、秋葉原で2万円ほどで買える。そうなんですか・・・。盗聴機器の性能は上がり、価格は遙かに安くなっている。設置もすこぶる容易になった。通信傍受法が制定され、捜査上の必要性が認められたら、司法機関による合法的な盗聴も可能となった。
物腰はすこぶる隠勲だが、それはキャリアの連中にはよくあること。同じ警察組織に属していても、普通採用の警察官と自分たちは別の種族だという過剰な自意識が透けて見える。
いくら出世したとしても、警察官僚の俸給はたかがしれている。しかし、高級官僚には、それを上回る余禄がある。警察に嫌われたくない業種は世間に多い。そういう業界から、栄転のたびに選別や祝い金が送られる。そして、退職後はそうした業界に天下る。東大や京大をトップクラスで卒業した英才たちが、こぞって警察官僚になりたがるのは、そうした余禄があることを熟知しているからなのだ。そうでしょうか。うしろ彼らは強大な権力を行使できることに魅力を感じているのではないでしょうか。
これを読んでオウム真理教と思われる犯人から狙撃されて瀕死の重傷を負った国松警察庁長官(当時)が住んでいた超高級マンションが、まさに警察官僚としての俸給では買えるはずのないものだと指摘されていたことを急に思い出しました。
異色の警察小説だと帯に書かれています。ストーリーの紹介はできませんが、いったいこの話はどう展開するのだろうかと、ハラハラドキドキしながら車中で読みふけりました。
(2008年11月刊。1700円+税)
2008年4月18日
トカゲ
著者:今野 敏、出版社:朝日新聞社
『隠蔽捜査』もなかなか読ませましたが、これも面白くて、車中で一気に読み上げてしまいました。とてもよくできた警察小説です。
警視庁捜査一課には、トカゲと呼ばれる覆面捜査チームが存在する。トカゲはバイク部隊だ。特殊犯係だけでなく、刑事部のなかにメンバーが分散していて、いざというときに招集される。ウソかマコトか知りませんが、ありうる設定になっています。
銀行員3人が誘拐され、犯人は身代金として10億円を要求した。ところが、銀行のトップは他人事のような対応で、銀行の蒙る損害のみを気にしている。
銀行が庶民のことを考えたことなど、歴史上一度もない。これからは小額の口座なんか作らせたくないと考えている。1千万円以下は小額口座だ。いずれ口座維持手数料を支払えと言ってくるだろう。
なーるほど、そうですよね。私の事務所との対応をみても、まったくゴミのような存在としかみていないことがよく分かります。もちろん、億単位ではありませんが、1千万円よりはずっと大きい預金なのです。それでも、やっぱり小額扱いされています。何億、何十億円もの預金する人だけが得意先なのですね。だけど、銀行員に聞くと、合併・統廃合がすすんで内部も、ますます大変のようです。ノルマ、やっかみ、対立抗争など・・・。
銀行は、ほんまの悪もんや。世の中、えげつないことやる連中はぎょうさんおる。トイチの金貸しも地上げやるヤクザも悪もんやけど、その裏に必ず銀行がおる。銀行は手を汚さんと、汚い金を吸い上げるわけや。金をたいして必要としてへん大企業には格安の金利で金をどんどん貸して、一方で切実に金に困っとる中小企業には、びた一文貸さへん。なあ、こんな悪いやつ、ほかにおるか。銀行員てのは、人殺しより悪いやつや。人殺しは、少なくとも切実な理由があることが多いし、罪の意識もある。けど、銀行のやつら、どんなに悪いことしても、罪の意識があらへん。
なーるほど、なるほど、そうですよね。もちろん、大半の銀行員はノルマに追われながらも真面目に働いておられることと思います。問題はトップの意識と行動です。
犯人検挙のためにNシステムが活用されている。Nシステムの全貌は明らかにされていない。これって怖いことですよね。莫大な税金を投入しているのですから、私たちには知る権利があります。
銀行がなぜ、警察OBを顧問として雇うかというと、脅迫などの問題を自力で解決したいという思惑があるから。銀行には、なるべく警察沙汰にはしたくないという体質がある。それは、銀行内部は叩けば埃だらけなので、できるだけ警察なんかに触ってほしくないからだ。
警察内部の特殊捜査犯、殺人犯、公安などのナワバリ根性のぶつかりあいも描かれていて、ふむふむ、そうなんだろうなと読ませる本です。
チューリップの花が散りはじめました。そばにアイリスがすっくと伸びた花を咲かせています。白地に気品のある黄色い花です。少し離れたところに青紫のアイリスも咲いています。アスパラガスが伸びてきました。でも、まだエンピツほどの太さしかありません。親指ほどの太さのものが出てきたら食べようと思っています。
(2008年1月刊。1500円+税)
2008年2月13日
ドキュメント仙波敏郎
著者:東 玲治、出版社:創風社出版
ある日、突然、この本が送られてきました。なぜだろうと不思議に思っていると、本のうしろを見て分かりました。実は、主人公の裁判に私も代理人の一人になっていたことからでした。申し訳ないことに、すっかり忘れていました。
オビに書かれている文章をそのまま紹介します。
全国で唯一の現職警察官による警察の組織的裏金づくりの告発。それによる不当な配置転換を違法として争った国賠訴訟一審判決は劇的な勝利となった。本書は、警察という強大な組織と対峙した一巡査部長の1000日の記録である。
なるほど、なるほど、そうなんですね。日本で一、二を争う強大な権力組織である警察と闘い続け、今なお現職の警察官であり続ける主人公の姿勢には、ともかく頭が下がります。主人公は、どうやら私と同世代でもあるようです。
警察の裏金づくりの大きな手法が捜査報償費だ。それを明かすと、捜査協力者の身に危険が及ぶという理由から、書類の公開はされなかった。しかし、主人公は、捜査協力者なるものは、自分の知る限り、すべて架空の人物にすぎないと断言します。
捜査報償費は、所属に配分された瞬間に裏金に化け、そのつじつま合わせのためニセ領収書づくりが始まる。だから、書類の開示ができないだけのこと。考えてもみてほしい。誰が、身に危険の及ぶ情報を3千円や5千円などのハシタ金で売り渡すものか。捜査報酬費は、全部、裏金にされる。それで署長の受けとるお金は、年間に1000万円になる。
主人公は、新任巡査部長として着任した警察署でニセ領収書の作成を求められ、それを拒んだところ、署長から「組織の敵」というレッテルを貼られた。
ニセ領収書の作成を3回ことわったところ、着任して9ヶ月後には駐在署勤務を命じられ、身重の妻を連れて赴任した。そのあと、14所属の20部署を転々と、ころがされるように転勤させられた。交番と駐在が主だ。ニセ領収書を書かなかったので、「マル特」つまり組織不適者の烙印を押された。警部補試験を受けても合格しない。いくら試験の成績が良くても、ニセ領収書づくりに加担しない限り、合格しない。上司から、はっきり言われた。なーるほど、組織不適者というんですか・・・。
主人公は、駐在の仕事を一生の仕事と心に決め、地域にとけこむことに務めると同時に、もてあますほどのエネルギーを夫婦共通の趣味であったダイビングに注ぎこんだ。
なるほど、なるほど。これも、一つの生き方ですよね。
内部告発をした主人公は、そのあと通信司令室に配置された。ここは、問題となった捜査報償費のような裏金づくりの原資となるお金がなかった。
主人公は、また、Nシステムによっても監視されている。そうなんですよね。Nシステムって、犯罪検挙だけでなく、警察が敵視する人物の監視につかわれているのです。私の住む町でも、これまでは路上に10個ほどもカメラがついていたのが、今はわずか3個しかありません。でも、性能は飛躍的に向上して、恐らく、車体ナンバーとドライバーの顔写真がセットで記録されるシステムになったのだと思います。
公安委員会と県議会の無能ぶりが糾弾されています。まったく同感です。いずれも税金による高額報酬が無駄になっている典型です。
愛媛県公安委員長が、ニセ領収書を私文書偽造にはあたらないと県議会で答弁したり、県議が知事と八百長質問したり、ひどいものです。自民党も公明党も、そして民主党も、県知事におもねる質問しかできない。共産党県議ともう一つの会派だけが、知事と警察を追求した。しかし、それは多勢に無勢でしかなかった。ああ、いやになってしまいます。でも、少数派の言っていることが後になってみると絶対的に正しいことが証明されたことって、少なくないですよね。
私と同世代の仙波さんに対して、心からなるエールを送ります。
山田洋次監督の最新作「母べえ」をみてきました。とてもいい映画でした。日弁連会長選挙の結果をみて重い気分だったのですが、しっかり心温まる思いを堪能して、なんだか見たされた気持ちがして、足取りも軽く帰ってきました。いえ、映画の内容はご存知かと思いますが、すごく重いテーマです。戦前、聖戦遂行に異を唱えた知識人が治安維持法で検挙され、残された家族の苦労話が淡々と描かれています。吉永小百合の凛々しい美しさは息を呑むばかりです。その若々しさに心躍る思いでした。子役の2人の女の子たちも実に自然で、家族愛にみちた家庭生活がくり広げられるので、見ていると、じわーんと心身がぬくもってくるのです。映画館のなかにはあまり若者を見かけず、中年のおじさん、おばさんが多いのが残念でした。大勢の人に見てもらって、興行的にも成功することを祈っています。ぜひ、あなたも映画館へ足を運んでみてください。
日弁連会長選挙についてですが、これまで日弁連がすすめてきた司法改革を全否定する候補に私の周囲で多くの弁護士が投票したことを知り、大変ショックを受けました。私のしてきたことがまったく理解されていなかったのかと思うと、悲しくもなりました。小泉の郵政改革にみられるような怒濤の攻撃のなかで日弁連は弁護士自治を守り抜いてきたと私は考えています。これにめげることなく、私は司法改革をすすめていきたいと考えています。
(2007年12月刊。1800円+税)