福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

意見

2003年9月11日

労働関係事件への総合的な対応強化に係る意見

2003年9月11日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

 当会は,労働関係事件についての総合的な対応を強化する必要があると認め,次のとおり,意見を述べる。

 意見の趣旨 
1 利用しやすい労働審判制度を
 労働関係事件が多発していることから,労働紛争に関して,多様な紛争解決制度が設けられる必要がある。労働検討会で提起された個別労働紛争に関する労働審判制度については,適性・迅速な解決が図られるよう,労使の参与員が裁判官と対等に合議に加わることを認め,定型の申立書を備えるなどして口頭での申\立を可能にし,利用しやすい制度とすべきである。\n 2 相談におけるワンストップサービスを裁判外の行政相談等にあっては,個別労働紛争に係る各行政機関の連携を強化し,官民も含めた関係団体の協力も得て,利用者の便宜に資するワンストップサービスを充実させるべきである。
 3 仮処分・本案訴訟の迅速化を
 仮処分手続と本案訴訟の審理の迅速化を図るため,仮処分手続については,解雇事件等緊急を要するもことに鑑み,原則として申立後2か月以内に裁判所の判断を出すこととし,本案訴訟についても審理期間を短縮するための諸方策を併せて講じるべきである。
 4 労働委員会の機能強化を\n 労働委員会の事務局の専門性を強化するなど,労働委員会の判定機関としての機能を強化するとともに,訴訟段階で初めて出された証拠方法については,時期に遅れた攻撃防御方法として証拠から排除するなど,労働委員会の解決機能\を充実し,実効性を高めるべきである。
 5 整理解雇の4要件の法制化を
 整理解雇の4要件についてはすみやかに法制化し,行政指導などにより周知徹底を図るべきである。

 意見の理由
 1 これまでの労働検討会の議論状況に対する評価
 議論の前提として,個別労働紛争の増加が共通認識となっているが,それがいかなる背景に基づくのかの議論がなお不足しているように思われる。すなわち,人件費削減に関わる解雇や労働条件の不利益変更等の紛争が増え,働くルールそのものの空洞化が生じている。こうした中で,検討会全体の議論は,労働者の地位・権利に配慮した考察がなお不十分であるように感じられる。\n 2 喫緊の課題
 そうした中において,当会は,実現すべき喫緊の課題に絞って意見の趣旨を述べることとしたものであり,早急に実現可能な内容として提案する。\n 3 意見の趣旨に至った理由
 (1) 中間報告で導入が提唱されている労働審判制度にあっては,簡易・迅速・安価な紛争解決という趣旨に照らし,調停に類似する制度として導入することが望ましい。その場合,専門的知識を有する労使のスタッフを確保し,裁判官とともに,参与として,労使委員が実質的に関与するなどして労働審判制度を利用しやすいものにする必要がある。
 (2) 行政段階における,いわゆるたらい回しを防止し,利用者の便宜に徹することが喫緊の課題である。現在でも関係行政機関の連絡協議がなされているようであるが,今後は弁護士会も含めた官民の連携と協力体制の構築を図るべきである。\n (3) ヨーロッパの労働裁判制度においては,従来から早期解決が重視されている。一方,我が国では,仮処分が本案訴訟化し,本案訴訟も長期化している。そこで,仮処分制度本来の趣旨・目的に立ち返り,とくに解雇事件における緊急の救済の必要性にも鑑み,仮処分手続の審理期間を短縮すべきである。本案においても,本案移行後の計画審理,集中証拠調べを実施することで,審理期間の短縮を図るべきである。
 (4) 労働委員会の機能強化については,これまでも数多くの議論がなされ,提言もなされてきたが,現状に鑑みれば,一つの方策として,労働委員会事務局の専門性を強化することも有力な一方策として考えられる。\n (4) リストラ・整理解雇については,すでに確立された判例法理があるので,これを法制化し,アナウンス効果を高めることで,解雇に対する認識を高め,併せて行政指導によって趣旨の徹底を図ることが重要と考える。

2003年9月 1日

『刑事裁判の充実・迅速化について(たたき台)』に対する意見

2003年9月1日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

第1 刑事裁判の迅速化を考える際の基本的視点について

 1 刑事裁判の充実・迅速のためには,現行制度の運用の改善とともに,制度の改革が必要不可欠である。
 憲法37条1項は,「すべての刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と定める。
 このように,刑事事件における迅速な裁判の要請は,基本的に被告人の権利とされていることに留意されるべきである。
 もとより,刑事裁判が行為者の刑事責任という社会的責任の有無及びその内容を決するものであることから,その裁判が迅速かつ適正に行われることは,社会的関心事であり,社会性を有するものであるといえる。
 しかしながら,前記のとおり,迅速な裁判の要請が,基本的には被告人の権利として憲法上保障されている上,我が国の憲法において,法定手続の保障(憲法31条)をはじめとして,刑事手続について詳細な規定を設けているのも(憲法33条以下),過去の歴史の中で,刑事手続,刑事裁判の名において,多くのえん罪,誤判,人権侵害を生んだということに対する反省に基づくものであることを銘記すべきである。
 刑事手続がなされることによって社会的感銘力が発揮されるという観点でも,また,証拠散逸を防ぐという手続的な観点からも,迅速な裁判が求められるということは理解できるものの,迅速な裁判を形式的に希求することは,刑罰の拙速な実行に陥る危険を有しているものであって,まずは,適正かつ充実した裁判がなされるための運用や制度が構築されることが肝要である。\n
 2 我が国の刑事手続は,第二次世界大戦後の刑事訴訟法の制定に際し,いわゆる当事者主義的構造を多く採り入れている。\n 当事者主義は,被疑者,被告人について,これを訴訟の客体としてではなく,訴訟の当事者として,訴追者である検察官と対等の地位を与えることを基本とするものであり,それによって,被疑者,被告人の権利を保障するとともに,双方当事者が,それぞれの立場で主張立証を尽くすことにより,事実が明確になり,実体的な真実発見にも資することになり,適正な裁判が実現するという考え方に基づくものである。
 この制度は,検察官と被疑者,被告人とが,実質的にも対等であってはじめて実効性を有するものであり,弁護人制度も,訴訟の場では圧倒的に劣後的立場にある被疑者,被告人を援助するものとして存在する。
 しかしながら,我が国の刑事裁判の実情は,警察官及び検察官が捜査段階において収集した証拠,殊に,被疑者が身体拘束を受けた状態で長時間の取調を受け,そこで作成された供述調書といった書証による証拠調を中心として進行している。
 したがって,裁判において,争いになった刑事事件の多くは,捜査段階で収集された証拠に対する検討,吟味が手続の中核をなしているといっても過言ではなく,自白調書の任意性,信用性判断のための証拠調手続に多くの時間を費やしているといった状況にある。

 3 また,検察官の手持ち証拠については,原則として,検察官が取調請求予定の証拠について開示がなされ,被告人はもとより弁護人としては,他にいかなる証拠が存在するか判らないまま,訴訟が進行し,事案によっては,その進行状況によって,五月雨式に証拠が開示されている。\n しかも,検察庁からの取調請求予定の証拠についても,その開示は第一回公判期日の2週間ないし10日程度前になってなされており,立証趣旨を明記した証拠調請求書(実務では証拠等関係カードをもって代えることが多い)については,公判期日前日になっても交付されず,公判期日当日,法廷で交付されているのがほとんどである(なお,この点は福岡地方裁判所第一審強化方策協議会において何度も改善要求を議題として提案しているが,残念ながら改善される気配はなく,また裁判所も改善について積極でないのが実態である)。\n 裁判の充実,迅速化の方策として,準備手続の活用,争点整理の明確化等が挙げられているが,そのためには,必要かつ十分な準備期間が保障されることが必要最低限の条件である。\n
 4 以上のことから,刑事裁判における充実,迅速化のためには以下の点についての根本的な改革が必要不可欠な条件である。
 (1) 全面的な証拠開示
 (2) 録音録画による取調の全過程の可視化
 (3) 保釈制度の改革等身体拘束制度の改革をすることによって、弁護人との実効的な準備の確保を可能にすること\n (4) 刑事訴訟法39条3項を廃止する等の接見交通権の実質的な保障をすることによって、弁護人との実効的な準備を可能にすること\n 充実かつ迅速な裁判は上記の点が実現されるか否かで左右されるといえるほど重要であり,連日開廷や準備手続を整備しても,上記の点が改革できなければ単に形式的に手続を制度化するだけになり,却って,本来の目的である充実した審理や適正な裁判実現を阻害することとなる。
  以下「たたき台」について必要な限りで意見を述べる。


 第2 その1についての意見

 1 準備手続の目的等
 (1) 準備手続の決定
  同規定案自体に特に異存はないが,早期の証拠開示等によって,十分な準備期間が保障されることが必要である。\n (2) 準備手続の目的
  アについては,「公判の審理を充実させ,迅速かつ継続的に行うことができるよう」とすべきであり,イについては削除すべきである。
 (3) 裁判員制度対象事件における必要的準備手続・・・ 特に異存はない
 (4) 準備手続の主宰者  B案に賛成する。

 2 準備手続の方法等
 (1) 準備手続の方法
  アについて,出頭と書面の提出を並列的に規定しているが,書面の提出は補充的なものにすべきである。
  イについて,被告人に対しては黙秘権告知を行い,応答義務がないことを明定すべきである。
  ウについては,特に異存はない。
  エについては,削除すべきである。
  被告人に主張や証拠に関する署名義務を認めるのは相当でない。
 (2) 準備手続の出席者
 規定案については,特に異存はないが,被告人の出席について,被告人が希望すれば準備手続に出席できる旨の規定を設けるべきである。
 当事者である被告人の出席権が保障されるべきだからである。
 (3) 準備手続の内容
 証拠能力の判断のための事実取調べ,証拠調べに対する決定については準備手続きで行うのではなく公開の法廷での公判手続きにおいて行うべきである。\n 規定案では,「専ら」証拠能力の判断のための取調べとするが,証拠能\力に関する取調及び判断については,それが実体に対する判断とは,理論上は区別されるものの,当該証拠の内容を完全に除外した証拠能力に対する取調や判断というのは現実には想定できず,準備手続において決されるべきではない。\n (4) 準備手続の結果の顕出
  準備手続において,被告人が発言,応答等をした場合,これは証拠とされることがないことを明記すべきである。
 (5) 準備手続の充実
 「できる限り早期に終結させるように努めなければならないものとする」   という規程は削除すべきである。
 裁判の充実,迅速の目的のための準備手続に,上記条項が加わると準備手続の拙速を促していると解さざるを得ない。

 3 検察官による事件に関する主張と証拠の提示
 全面的な証拠の開示をすべきである。
 (1) 検察官主張事実の提示
 全部の公判事件について行うことを明記すべきである。なお,現在,検察官は裁判所が証拠を開示すべき期間について何度申し入れをしても遵守せず,弁護人としては準備ができなくて困っている状態が続いている。\n この問題は古くて新しい問題であるが,この問題が解解決できれば裁判の充実迅速にとって大きな前進である。なお,検察官が期間の遵守をしなかった場合,一定のペナルティーを課すべきである。
 (2) 取り調べ請求証拠の開示
 アについては異存はない。イについて,「検察官が開示することが相当でないと認める場合」との規定は削除されるか,さらに要件が具体化,厳格化されるべきである。
 (3) 取り調べ請求証拠以外の証拠の開示
 全面的な証拠の開示をすべきである。したがって,A案,B案いずれも不十分である。\n
 4 被告人側による主張の明示
 (1) 主張の明示等
 アについては,B案に賛成する。なお,検察官からの完全な証拠開示を前提とすべきである。イについて,B案に「できる限り」という条項入れるべきである。
 (2) 開示の方法
  特に異存はない

 5 争点に関連する証拠開示
 前記のとおり,全面的な開示がなされるべきであるが,仮に,かかる規定を設けるとしても,開示による弊害は明白かつ差し迫ったか危険がある場合に限定すべきである。

 6 更なる争点整理と証拠開示
 前同様特に異存はない。

 7 証拠開示に関する裁定
 (1) 開示方法の指定
 特に異存はない。
 (2) 開示命令
 被告人は除外されるべきである。他は特に異存はない。
 (3) 証拠の提示命令
 特に異存はない。
 (4) 証拠の標目と提出命令
 アについては,特に異存はない。イについては,A案,B案とも反対である。一覧表は開示されるべきである。\n
 8 争点の確認等
 (1) 争点の確認
 特に異存はない。
 (2) 準備手続終了後の主張
 B案に賛成する。
 準備手続において争点整理をする以上,A案の考え方も理解できないものではないが,無垢の者を処罰してはならないという大原則がある刑事裁判において,また,検察官が立証責任を負う刑事裁判において,被告人・弁護人について,争点につき失権効を設けるのは相当でない。
 (3) 準備手続終了後の証拠調べの請求
 C案に賛成する。
 主張と同様に,刑事裁判の原則に照らし,証拠請求についても準備手続において行う旨の規定は肯定できても,失権効を設けるべきではない。

 9 開示された証拠の目的外使用の禁止等
 (1) 目的外使用の禁止
条項の新設は反対であり,削除すべきである。
 解説では記録の暴力団関係者への流出が問題になったために新設をするとのことであるが,当該被告事件の審理の準備以外の目的での使用することを一般的に禁止する規定を新設する根拠とはならない。\n 本規程が新設されれば,記録を当該被告人の民事事件で使用することも禁止され,被告人の共犯者の事件で使用することも禁止されることになり不合理であり,現状と著しく相違している。
また、社会に対して問題を指摘する場合、学術研究の対象となる場合などもあり、一般的に限定されるべきではない。
 まして,罰則を設けて禁止する等論外である。
 ところで,刑事手続に付随する措置に関する法律第3条は,犯罪被害者に公判調書等の謄写権を認める。その際、被害者には名誉もしくは生活の平穏を害しないことという注意規程はあるが,目的外使用の禁止の規程はない。そのため民事の裁判は勿論,その他の目的にも自由に使用できるのであり,完全に均衡を失している。
 (2) 開示された証拠の管理
 条項の新設は反対である。
 前記開示された証拠の管理責任者は弁護人なのかについては議論が分かれている。それにもかかわらず,弁護人に対して証拠の管理義務を強制できるような制度の復活は困難である。

 10 証拠開示に関して証拠開示に応じなかった場合または開示すべき証拠を提出しなかった場合の制裁規定が欠落している。
 公訴棄却,あるいは,絶対的控訴理由とするなどの措置が講じられるべきである。証拠の開示についていかに立派な制度を制定しても捜査機関がそもそも開示の対象から外した場合,重要な証拠が闇に葬り去られることになる。


 第3 その2についての意見

 1 連日開廷の確保等について
 連日開廷の原則の法定
 明記することには反対ではないが,連日開廷を可能にするための条件が確保さ  れているかは大いに疑問がある。\n裁判の迅速化に関する法律4条に明記されるよう,連日開廷を可能にするための人的物的設備を整備するための十\分な財政的措置を採ることが最低限の条件であるが,現在の裁判所の体制では人的,物的条件が整備されておらず,ひとつの事件で連日開廷をした場合,他の事件を犠牲にしなければならないのが実情である。この点の制度改革をどのようにするのか,たたき台は曖昧である。
 また,前記のとおり,全面的証拠開示,十分な準備期間,被告人の身体拘束からの解放等が保障されるべきである。\n
 2 訴訟指揮の実効性の確保
 (1) 国選弁護人の選任
 裁判長は弁護人がいなければできない準備手続又は弁護人がなければ開廷することができない場合で,公判期日に職権で弁護人を付する場合は弁護人が正当な理由なく出頭しないとき又は準備手続若しくは公判手続に在席しなかったときに限定すべきである。
 正当な理由がある場合にも別の弁護人を選任することは行き過ぎである。
 (2) また,裁判長は職権で選任された弁護人に対しては,当該弁護人の準備が十分になされるよう準備手続又は公判期日に十\分に配慮しなければならない旨の条項を追加すべきである。

 3 訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する裁判等
 (1) 過料の制裁ないし損害賠償に関する規定を新設することには絶対に反対である。
 そもそも,訴訟指揮権は当事者の信頼の上に成り立つものであり,罰則や制裁規定で訴訟指揮の遵守を求める事自体極めて問題である。
 また,訴訟指揮が遵守されない事例が散見されたという事実もないのであり,それにもかかわらず弁護権の侵害と直結する重大な問題について,安易に処罰規定を設けるべきではない。
 (2) 裁判所による処置請求
 絶対に反対である。
 本件の規定はすべて裁判所が正しい訴訟指揮をすることを前提にしているが,実際の事件ではことは単純ではない。それにもかかわらず裁判所が一方的に処罰をし弁護士会等に対して処置請求をするという規定は言語道断である。

 4 直接主義,口頭主義の実質化
 直接主義,口頭主義の実質化をして調書裁判を排除すべきである。
 このために,捜査の可視化は最低限必要な条件である。以上の直接主義,口頭主義の実質化は裁判員制度対象事件の場合当然に導入すべきであるが,直接主義,口頭主義の実質化は裁判員制度対象事件以外の事件にも必要不可欠な制度である。

 5 即決裁判手続
  たたき台の構想は公的弁護制度が完全に実施され,弁護人の援助を受けることが必要な条件である。\n この点についての制度化がない場合当然反対である。
 また,裁判手続についてだけを改めても,現状とどの程度違うのかそもそも実効性に疑問がある。

2003年8月27日

犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見

日本弁護士連合会 御中
同会犯罪被害者の刑事訴訟手続参加に関する協議会 御中

2003年8月27日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

意見の趣旨
 犯罪被害者(犯罪被害者の遺族を含む、以下同じ)が刑事訴訟手続に関与できるような制度は、基本的には認めるべきではない。

意見の理由

1 当会意見形成の経緯
  当会としての意見形成に先立ち、人権擁護委員会・刑事弁護等委員会・犯罪被害者支援に関する委員会(以下、「犯罪被害者支援委員会」という)の各委員会に対して意見を求めたところ、その回答内容は、次のとおり大きく相違するものであった。
 1: 人権擁護委員会・刑事弁護等委員会の意見
  犯罪被害者の刑事訴訟手続参加は、基本的には認めるべきではない。
 2: 犯罪被害者支援委員会の意見
  訴訟に混乱を与えない程度に限定された範囲内において、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定すべきであり、犯罪被害者に対し次の権利を認めるべきである。
  ア  犯罪被害者の在廷権
  イ  証拠開示、閲覧・謄写権
  ウ  証拠調べ請求権
  エ  証人尋問権
  オ  被告人質問権
  カ  意見陳述権 
 このため、上記各委員会の意見を踏まえて、常議員会において慎重に議論したうえで、当会としての意見を取り纏めたものである。

2 当会の基本的立場
 当会としては、以下に述べるとおり、刑事訴訟の基本構造・無罪推定の原則を厳格に貫徹する観点から、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を認めるべきではなく、また、犯罪被害者支援の視点を考慮しても、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定するべき必然性はない、と考える。\n (1) 刑事訴訟の基本構造\n 犯罪被害者は事件の直接の関係者であるため、当該事件の刑事訴訟手続の内容や結果について強い関心を抱くことは当然である。
 しかしながら、刑罰権は国家が独占しており、その具体的実現を目的とする刑事訴訟手続は、刑罰権の存否及びその程度について裁判所が公権的に判断する手続である。この刑事訴訟の基本構造に照らせば、私人である犯罪被害者に刑事訴訟の当事者たる地位を付与することは、許されるべきではない。\n (2) 無罪推定の原則
 犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することは、現行刑事訴訟手続の原則である無罪推定の原則にそぐわない。
 すなわち、現行の刑事訴訟法は起訴状一本主義等の予断排除の諸制度を擁して、無罪推定の原則を貫徹しているところ、犯罪被害者の刑事訴訟手続への当事者的な参加を認めるとすれば、公判開始時において既に「被害者」の存在を肯定することとなり、この事態は、無罪推定の原則を実質的に稀釈化する結果に繋がる虞がある。特に、裁判員制度の導入が目前となっている現状においては、その危惧を強く抱かざるを得ない。\n 刑事訴訟の現場では様々な形で公訴事実が争われるところ、被害の発生そのものが争われる場合、あるいは、被害が犯罪によるものか否かが争われる場合において、犯罪被害の存否自体が証拠によって証明されていない段階であるにもかかわらず、「犯罪被害者」の存在を肯定しこれに訴訟上の地位を認めることは、明らかに無罪推定の原則に反するものである。
 また、上記の如き争点がなく情状が争われているに過ぎない場合であっても、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することによって、私的制裁の色彩が強まることは否めない。
 近時、社会的に注目される事件に関して、刑事訴訟が始まる前からマスメディアによる報道によって被告人が「真犯人」に擬せられる傾向がある。犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認することは、このような傾向とあいまって、被告人の各種防御権を脆弱化させる結果となることを危惧するものである。
 (3) 犯罪被害者支援の視点
 犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認する立場からは、その理由として、真相の究明、名誉回復、適正な刑罰、信頼できる刑事司法の確立等の事由が挙げられている。
 しかしながら、いずれの事由についても、犯罪被害者に対する適切な情報の提供と検察官に対する意見具申の権利を認めれば十\分に達成できるものである。容認論が掲げる事由があるからと言って、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加しなければならないという必然性はない。

3 個別的な権利の検討
 犯罪被害者支援委員会が犯罪被害者に認めるべきであるとする各種権利について、以下において個別的に検討するが、当会は、いずれの権利もこれを認めるべきではないと考える。
 (1)在廷権
 犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下、「犯罪被害者保護法」という)は、裁判所に対し、犯罪被害者に対する優先的傍聴の配慮義務を課しており(同法第2条)、したがって、現行制度においても、裁判所の裁量の余地を残してはいるものの、犯罪被害者は優先的に傍聴ができる制度となっている。
 犯罪被害者支援委員会のいう「在廷権」とは、犯罪被害者が傍聴人という立場で傍聴席に在席することではなく、犯罪被害者に刑事訴訟法上の特別の地位を付与したうえで、その故に犯罪被害者が法廷内に在席することができる権利をいうものとされている。
 在廷権容認論は、次項以下で検討する諸権利を犯罪被害者に認めることとした場合に、これらの権利を行使する前提として在廷権なる権利を認めようとするもののようであるが、当会は、次項以下に記載する諸権利の付与について否定的見解をとるので、在廷権なる権利も認めるべきでないと考える。
 (2)証拠開示、閲覧・謄写権
 現行制度においても、犯罪被害者には、一定の制限はあるものの進行中の訴訟記録の閲覧・閲覧謄写権が認められている(犯罪被害者保護法第3条)。
 これに対し、犯罪被害者支援委員会の立場は、検察官の手持ち証拠全部・弁護人手持ち証拠について、犯罪被害者の開示、閲覧・謄写権を認めようというものである。
 検察官手持ちの証拠の開示等を認めようとする根拠は、犯罪被害者が検察官に対して十分な意見を述べるためには、その前提として事件の全貌を知る必要があり、そのためには検察官手持ちの証拠の内容を知る必要があるというものである。しかしながら、刑事訴訟における証拠は、適正手続を経て初めて証拠採用されるものであり、証拠採用前の証拠は、裁判官の目にも触れてないものである。このように訴訟手続にも現れていない「証拠」を犯罪被害者に開示することは、刑事訴訟手続の根幹たる諸原則(証拠裁判主義、当事者主義、被告人の防禦権の保障)を揺るがすものであって、断固として容認できない。\n  また、弁護人手持ちの証拠の開示、閲覧・謄写権を認めることは、被告人の防禦権の保障の見地から、なおさら容認できない。
 (3)証拠調請求権
 現行刑事訴訟法が前提とする国家刑罰主義・当事者主義の下では、刑事訴訟における真実の解明は、検察官・弁護人の法廷活動によってなされるべきであり、犯罪被害者が証拠調べを望むときは、検察官に情報を提供するなど検察官を通して行うべきである。
 犯罪被害者の証拠調請求権に関する容認論者が指摘するように、犯罪被害者が重要と考える証拠を検察官が軽視する事態は起こり得るが、その場合であっても、犯罪被害者と検察官が協議することによって事態を解決するべきである。なぜならば、検察官とは別に犯罪被害者に証拠調請求権を認めるとなれば、被告人の防御対象が多岐にわたることとなるうえに、検察官立証と犯罪被害者立証とが齟齬する場合も想定され、被告人の防御権が侵害される虞れがあるからであり、また、審理が長期化したり、証拠調べの混乱などにより最悪の場合には真実解明が疎かになることすら想定されるからである。
 (4)証人尋問権、被告人質問権
 犯罪被害者に証人尋問権・被告人質問権を認めるべきであるとする見解は、犯罪被害者は事件の直接の関係者として事実を最もよく知っており、それらの者が尋問することによって、より真実が解明されるという考えに立っている。
 しかしながら、まず、犯罪被害者は事実を正しく認識している場合もあるが、逆に、事件に近すぎるが故に事実を正確に捉えたり伝えたりすることが困難な場合もある。後者のような場合、犯罪被害者が(あるいは、その意向を受けた代理人が)証人尋問・被告人質問をすることにより、かえって真実解明が遠のく虞れも懸念される。
 また、犯罪被害者本人(あるいは、その意思を代弁する代理人)による尋問と質問は、犯罪被害者の私怨を晴らす場として利用される危険性をはらんでおり、私的復讐を昇華した現行制度を根底から揺るがす虞れがある。国家刑罰主義・当事者主義とは、まさしくそのような懸念を払拭するために、客観的な目を持った検察官に立証活動を委ねるものである。
 (5)意見陳述権
 現行刑事訴訟法は、犯罪被害者等に対し被害に関する心情その他被告事件に関する意見陳述する機会を与えている(刑訴292条の2)。
  犯罪被害者支援委員会の見解は、現行の上記意見陳述とは別に、犯罪被害者に対し事実関係を含めた最終意見(最終弁論)の陳述を認めるようとするものであり、犯罪被害者に証人尋問等の権利を認めるのであれば、最終意見陳述権も認めるべきであるというものである。
 しかし、当会は、犯罪被害者に独自の立証活動を認める制度に反対であるから、これを前提とする意見陳述権についても容認できないところである。

4 結論
 以上に述べたとおり、当会は、犯罪被害者が刑事裁判手続に関与できるような制度は、刑事訴訟手続の基本的理念に反する虞れが強く、被告人の防御権を脆弱化させるとともに、私的制裁の色彩を帯びることによって刑事訴訟手続への信頼を失わせる虞れもあるから、これを認めるべきではない、と考える。
 犯罪被害者の権利保障という視点が軽視されてきたという指摘は十分に首肯できるものの、これに対する対策は、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加という形ではなくて、別の社会政策として取り組まれるべきである。\n  したがって、当会としては、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加に反対するとともに、犯罪被害者の救済に必要な制度を実現するために、別途の検討を行うことを求めるものである。

以上

「『弁護士報酬敗訴者負担の取扱い』に対する当会の意見

司法制度改革推進本部 本部長小泉純一郎殿へ

 2003年8月27日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

 1. 一般的(両面的)敗訴者負担制度について
 (結論) 一般的(両面的)敗訴者負担制度の導入には反対である。
 (理由) 当会は本年2月12日、「弁護士報酬の一般的敗訴者負担制度を導入することには強く反対する」との決議をあげ、これを司法改革推進本部に提出していた。ところがこの問題の具体化を推進している司法改革推進本部司法アクセス検討会では、次のような意見によって具体化が推進されている傾向にある。例えば、
 ・ 「訴訟が起こしやすくなればなるほどいいかどうか。司法制度に過剰に期待するのは考え直したほうがいい。」
 ・ 「現在の裁判は概ね勝つべき者が勝っており、勝敗の見通しが立てにくいことはない。」
 ・ 「敗訴者負担制度導入の根拠は公平である。」
 ・ 「負担させる額は弁護士報酬の一部であるから萎縮効果は小さい」
 ・ 「弁護士報酬は訴訟に必要な費用であるから、他の訴訟費用と同様に当然に敗訴者負担としてよい。」
等々の意見である。
 しかし、これらの意見は、司法制度改革推進法、即ち、司法制度審議会の意見の趣旨に則って行われるべき制度改革作りの目的に反した方向の意見であると言わざるを得ない。当会はこの点にまず反対を表明するものである。\n 司法制度審議会意見書は「21世紀の我が国社会にあっては司法の役割の重要性が飛躍的に増大する。国民が容易に自らの権利・利益を確保実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組みが整備されなければならない」として、21世紀のあるべき司法制度の姿は「国民にとって、より利用しやすく分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充する」と明記しているのである。
 ところで、弁護士報酬を訴訟費用ないし訴訟費用と同等に敗訴者に負担させるかどうかは、正に司法制度全体のあり方と密接に関連する問題である。即ち、法律扶助制度が充実していること、証拠の偏在を訴訟において解消する証拠開示の問題、団体訴権が認められていること、権利保護保険が広く市民の間に一般的に普及していることが必要不可欠であり、これら司法アクセスを促進する諸制度が拡充ないし整備されないまま、一般的(両面的)敗訴者負担制度だけを導入するとすれば、市民の裁判利用は著しく阻害されることになる。
 現在、わが国では、弁護士報酬は訴訟当事者の各自負担となっている。即ち、昭和46年に民事訴訟費用等に関する法律が制定され、訴訟費用について列挙主義がとられるようになり、弁護士報酬はそこから除外された。これは、敗訴した場合に負担する金額があまりに過大になると訴訟に伴う費用負担のリスクが著しくなり、その結果、訴訟の利用を阻害することになることを懸念して除外されているのである。昭和51年発行の裁判所書記官研修所編「民事訴訟における訴訟費用の研究」7頁にはこのような説明がなされている。
 これまで司法アクセス検討会でも、行政訴訟、労働訴訟、公害・薬害等訴訟、不法行為訴訟、消費者と事業者間の訴訟等について大枠の議論がなされ、これらの訴訟については一般的(両面的)敗訴者負担制度を導入するのは適当でないとの方向性が出ているものの、力の格差のない市民間の訴訟や事業者間の訴訟には導入すべきであるとの意見も強い。力の格差のない市民間や事業者間といった一般的な範疇で導入するならば、訴訟手続の大部分に原則導入することになってしまう。しかし、改めて強調するが、弁護士報酬を一般的に敗訴者に負担させる両面的敗訴者負担制度は、力の格差のない市民間の訴訟であっても、敗訴の場合に相手方の弁護士報酬を負担することを考慮することになり、訴訟アクセスを容易にするものではなく、かえって市民の訴訟利用を遠ざけ、阻害する結果になるのである。その結果、両面的敗訴者負担は、新たな事件屋や違法な解決手段を生み出す危険がある。

 2. 片面的敗訴者負担制度の導入について
 (結論) 片面的敗訴者負担制度の導入について具体的に検討すべきである。
 (理由) 市民にとって有利に作用する片面的敗訴者負担制度は、市民が勝訴した場合には自分の弁護士報酬を相手方から回収することができ、敗訴した場合には相手方の弁護士報酬を負担しないというものである。このような片面的敗訴者負担制度は、司法アクセスの促進に資するものであり、両面的敗訴者負担制度とは全く別の機能を持つ制度であり、むしろ市民の裁判利用を促進するものである。\n 片面的敗訴者負担制度は、市民の訴訟利用の促進に資し、審議会意見等の趣旨に合致するものである。当会は、2月12日の決議でもこの点を明らかにしていたが、改めて行政事件や公害・環境に関する差し止め訴訟、消費者契約法10条の取引約款の無効を主張する訴訟、労働訴訟、独禁法24条の不正取引の侵害防止又は予防訴訟等、重要な公益に係る訴訟類型について、片面的敗訴者負担制度を導入し、市民の司法アクセスの促進を\n図るべきであると要求するものである。
 これまでのアクセス検討会では、片面的敗訴者負担制度について十分な検討がなされていない。当会は、訴訟結果が公共的利益をもたらす訴訟には片面的敗訴者負担制度を導入すべきことを求め、導入すべき訴訟について、早急に具体的検討がなされるよう求めるものである。\n

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