福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

意見

2009年12月11日

福岡拘置所小倉拘置支所現地建替えを求める要望書

                     2009年(平成21年)12月10日

内閣総理大臣  鳩山由紀夫 殿
法務大臣    千葉景子 殿
法務省矯正局長 尾﨑道明 殿

                        福岡県弁護士会
                         会 長  池 永  満
                        福岡県弁護士会北九州部会
                         部会長  服 部 弘 昭


福岡拘置所小倉拘置支所現地建替えを求める要望書


第1 要望の趣旨
   福岡拘置所小倉拘置支所(以下,「小倉拘置支所」という。)を現地にて建替えすべく,早急に予算措置を講じることを要望します。

第2 要望の理由
 1 福岡拘置所小倉支所は1960年(昭和35年)に築造された建物で,既に築後50年近く経過して老朽化が著しく,建物の各所に塀の倒壊や外壁の落下の危険がある状況です。
また,耐震基準を満たしているのか否か懸念されるところでもあります。
そのため収容者や拘置所職員,および面会に来る市民の生命・身体の安全を守るためには,この建替えは緊急の課題です。
 2 また平成21年6月に,北九州矯正センター構想(以下,「矯正センター構想」という。)に基づく小倉拘置支所の移転が中止となったことを受け,小倉拘置支所の現地での建替えの必要性は,益々高まっております。
   さらに,平成21年5月より始まった裁判員裁判においては,短期間の集中審理方式による迅速な刑事裁判が求められ,これまで以上に弁護人が被疑者・被告人と頻繁に接見を重ね,充分な打合せをする必要があり,裁判所の隣の現地にて建替えることは,被告人の防御権保障の観点からも,非常に重要であります。
 3 当会は,かねてより矯正センター構想に反対し,小倉拘置支所を現地にて立替えるよう2008年(平成20年)7月にも要望書を提出していますが,矯正センター構想に基づく小倉拘置支所の移転が中止になった今,再度,小倉拘置支所の現地建替えと,建替えのための早期の具体的な予算措置をとられることを要望申し上げる次第です。
 4 なお,貴省は福岡県内において,既に福岡拘置所久留米拘置支所を,検察庁との合同庁舎として現地建替えを完了しておられますが,小倉拘置支所においても,同様な方法で現地建替えを実現することは充分可能であると思料します。
   そして,「えん罪の温床」等と,海外からの批判も強い代用監獄を廃止する必要性は,益々高まっておりますが,代用監獄を廃止しても,被拘禁者を収容するに十分な規模の拘置所を現地にて建替えることを希望します。
 5 以上,当会としては改めて福岡拘置所小倉支所を早急に現地で建替えするよう,早急に予算措置を講じることを要望する次第です。

2009年9月 9日

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書


                              2009年9月9日
                             福岡県弁護士会
                              会長 池永 満

 厚生労働省の本年8月28日付「非正規労働者の雇止め等の状況について」によれば,昨年10月から本年9月までの間に,全国で23万2448名の非正規労働者に対して雇止め等が実施され,または実施される予定であり,うち,派遣労働者は14万0086名(60.3%)に上っている。しかも,派遣労働者の場合,うち約44%の6万1435名が契約期間満了による雇止め等ではなく,派遣契約の中途解除に基づく解雇である。さらに,派遣労働者の場合,判明しただけでも1983名が雇止め等と同時に住居を喪失している。ちなみに,わが福岡県の場合,上記期間中に雇止め等された労働者は4082名,うち派遣労働者は,2460名(60.3%)である。以上のとおり,昨年から今年にかけて,派遣労働者が大量に失職しており,しかも,その一部は職を失うと同時に住居まで失うという状況にある。
 上記の事態の直接的要因は,昨秋からの世界同時不況によって,多くの派遣労働者等が雇用調整のために,契約を中途解約されるなどしたことであるが,より根本的な原因は,労働者派遣法が実効的な労働者保護規定を欠いていることである。そのため,派遣労働者を安価な雇用の調整弁として位置づけることが可能とされ,常用雇用の代替が促進されている。加えて,期間制限の潜脱や,二重派遣など,違法派遣が横行している。さらに,正社員と同様の仕事に従事しながら,派遣労働者に対しては差別的低賃金が押しつけられるなどの事態は,年収200万円以下のワーキングプアを大量に生み出す原因ともなっている。かかる事態はすでに,日本国憲法が保障する生存権を侵害していると言うべきであり,到底看過できない。
 そこで,当会は,労働者保護の見地から労働者派遣法を改正すべきことについて意見を述べる。

第1 意見の趣旨

 国会は,労働者保護の観点に立って,労働者派遣法を抜本改正すべきである。とりわけ,以下に掲げる点については,緊急に改正すべきである。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらに限定すべきである。)。
③ 派遣利用要件として,臨時的・一時的事由を加えるべきこと。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。

第2 意見の理由

1 当会や民間ボランティア等の取り組み
この間,昨年末からの“年越し派遣村”をはじめ,全国各地で民間ボランティア,有志弁護士らにより同様の活動が取り組まれ,炊き出し,生活相談,一斉生活保護申請等々が取り組まれてきた。
当会も,本年3月から生活保護申請同行の当番弁護士制度を開始し,本年9月2日現在,129件の要請を受けた。また,本年3月9日には,日本弁護士連合会の全国一斉「派遣切り・雇い止めホットライン」相談活動の一環として,電話相談を実施し,67件の相談を受けた。
また,ここ福岡県では,当会会員弁護士を含む県内の民間ボランティアによって,本年3月1日には福岡市内で,本年6月28日には北九州市内で,“1日派遣村”の活動が取り組まれた。
こうした活動の結果,本文に述べたような悲惨な現状及びその背景事情が明らかになってきた。
2 厚生労働省の対策等
こうした状況を受けて,厚生労働省は,本年2月6日,離職者住居支援給付金制度を創設し,いわゆる“派遣切り”にあった派遣労働者の住居支援の制度を打ち出した。しかしながら,同制度は,解雇や雇止めを行った雇用主が,当該派遣労働者に引き続き住居を提供するなどした場合に,その事業主を支援する制度であり,住居を失った派遣労働者を直接支援する制度ではない。その結果,同制度がスタートしてから本年4月までの間で,同制度の計画対象に挙げられた派遣労働者の数が全国で1万3212人であるにも関わらず,実際に計画認定された派遣労働者数はわずか755人に留まっている。福岡県の場合,計画対象労働者数は累計で227名,うち計画が認定された労働者数はわずか13名に過ぎない。このような実績から明らかなとおり,同制度は,住居を失った派遣労働者に対する救済措置として,ほとんど機能していないと言わざるを得ない。
また,同省は,本年1月28日,緊急違法派遣一掃プランの実施を打ち出したが,それは違法派遣の温床とされている日雇い派遣に限定されており,また,各都道府県の労働局の担当者等組織人員体制に何らの手当もなされていないと見られることからすれば,その救済範囲および実効性に多くを期待することはできない状況にあると言わざるを得ない。
3 改正へ向けた基本的な考え方
そもそも,労働者は使用者に対して交渉力が劣り,労働契約を労使の自由な交渉に委ねると,労働条件が際限なく切り下げられ,労働者の生存すら脅かされかねない。このような意味において,国際労働機関の目的に関する宣言(ILOフィラデルフィア宣言,1944年)が「労働は商品ではない」と宣言したとおり,労働を他の商品と同様に扱うことは許されない。だからこそ,労働者を保護する労働法制が必要とされる。このような労働者保護の必要に鑑みれば,労働契約は雇用主と労働者との直接契約,すなわち直接雇用が原則とされねばならない。
1947年に施行された職業安定法は労働者供給事業を罰則をもって禁止している(同法44条,64条)。
同法が労働者供給事業を罰則をもってまで禁止したのは,戦前の日本において,労働者供給事業が横行しており,過酷なまでの中間搾取が行われ,労働者が無権利状態にあったことから,労働法制の民主化,すなわち近代的労使関係の確立こそが戦後日本の民主化のテーマの一つとされたからである。富山の女工哀史や“ああ野麦峠”などからも知られるとおり,戦前は労働ボスが貧困層を束ね,各雇用主に労働力として供給し,酷い中間搾取を行いながら,一方,供給先である雇用主は,廉価な労働力の供給元および雇用調整の手段として,労働者供給事業を利用していたのである。
こうした封建的労使関係にメスを入れ,近代的労使関係はあくまでも直接雇用が原則であること,すなわち,労働力の提供を受ける者は直接労働者を雇用すべしとすることで,賃金その他の労働条件を明確にするとともに,責任の所在等を曖昧にさせないという原則が罰則をもって導入されたのである。
労働者派遣法は以上のような原則に対し,あくまで特殊例外的立法として導入されたものであった。ところが,1986年に労働者派遣法制がわが国に導入され,さらに数次にわたり規制緩和・適用拡大がなされた結果,大量のワーキングプアを生み出し,しかも職と同時に住居を失うという悲惨な事態を招くに至り,そのことがひいては社会不安さえ招来している事態ともなっている。
かかる経緯に鑑みるならば,あくまでも根本原則である労働者供給事業の禁止に沿う方向で労働者派遣法は改正されなければならない。
4 具体的な改正項目
以上を踏まえれば,労働者派遣法を労働者保護の観点に立って抜本改正することが必要である。とりわけ,以下の点については緊急に改正する必要がある。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
上記のとおり,この点を欠くことが現行法の最大の欠陥である。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらなる限定を加えるべきである。)。
本来,労働者派遣法は,臨時的・一時的な業務の必要のため,専門的知識・技能を有する労働者を確保するという要請から,労働者供給事業の例外として導入されたのであるから,派遣対象業務は,このような本来の趣旨及び要請に沿って限定されるべきである。
また,現行の対象業種中,例えば5号(OA機器操作)などは,単にOA機器を操作するだけで何らの専門性もない業務に,期間制限を潜脱する目的で,名目だけ利用されている例もある。こうした実態からすれば,専門業種の見直しにあたっては,さらなる限定を加えるべきである。
③ 派遣利用要件として臨時的・一時的事由を加えること。
直接雇用が原則であること,労働者派遣はあくまでも,専門業種についての臨時的・一時的雇用形態であるべきことからすれば,臨時的・一時的事由を要件とすることが法本来の趣旨に添うものである。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
登録型派遣は,派遣先と派遣元との間の派遣契約が存続している間だけ,当該派遣元と派遣労働者の間の雇用契約を認めるものであるが,派遣先の自由な派遣契約の解除によって派遣労働者の解雇が事実上合法化されてしまう。その結果,派遣労働者には労働基準法上の保護が及び難くなってしまっている。
こうした細切れ雇用とも言うべき登録型派遣は,派遣労働者の雇用を極めて不安定にすることから,禁止すべきである。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
派遣労働者の身分を究極にまで不安定にし,労働条件を劣悪化するおそれのある日雇い派遣は明文をもって全面禁止すべきである。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
派遣労働者の賃金は派遣先従業員のそれと比較して,格段に低いのが一般的であり,酷いところでは,同じ作業に従事しながら,派遣労働者の賃金は派遣先従業員の賃金の2分の1という場合もある。
この点,ドイツ,フランス,イタリア,韓国の派遣法は,いずれも派遣先従業員との同一待遇保障あるいは差別待遇の禁止を明記している。我が国労働者派遣法にも均等待遇を明記することが求められる。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
この点について,現行法の直接雇用規定は,派遣先企業の努力義務や,制限期間経過後の直接雇用申込義務にとどまり,現実には,直接雇用されるケースは極めて稀である。
この点,派遣法をもつヨーロッパの国々では,一定期間経過後には直接雇用のみなし規定を設けている国も多く,わが国も派遣可能期間経過後は直接雇用のみなし規定を設けることが必要である。違法派遣,偽装請負についても,直接雇用のみなし規定を設けることにより是正を図るべきである。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
労働者派遣法は,中間搾取を禁じる労働基準法6条の例外規定であり,原則としての中間搾取禁止が重視されるべきである。
派遣労働者が低賃金に苦しむ状況を改善するため,派遣元のマージン率を労働者に開示させるとともに,マージン率に上限規制を設けるべきである。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。
現行労働者派遣法のうち,労働者保護に関する規定については,それを担保すべき罰則がほとんどなく,そのため,現実には多くの派遣労働者が無権利状態におかれている。これら派遣労働者にも労働基準法・労働者派遣法等の保護規定が実効的に及ぶように,保護規定に強行的効力を持たせ,法違反に対しては罰則をもって臨むなど,その実効性を格段に強めることが必要である。
とくに,現行労働者派遣法では派遣元に対する規制が中心で,派遣先に対する規制が乏しい。しかし,現実の商取引上の力関係では派遣先が格段に上位にあることからすれば,実効性確保の観点からは,派遣先に対し,法違反について罰則をもって規制することが必要である。
5 生存権の擁護と支援のために
当会は,本年5月25日の総会で「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」をなし,今般,生存権の支援と擁護のための緊急対策本部を設置した。
当会は,格差と貧困の大きな原因ともなっている労働者派遣法の抜本改正を行うことなしには,「すべての人が尊厳をもって生きる権利」は実現されないと考え,本意見書を発する。
以上

2007年7月24日

和白干潟・今津干潟を含む福岡湾の保全に関する意見書

2007年(平成19年)7月23日

福岡市長 吉田 宏 殿
                       
   福岡県弁護士会 会長 福島康夫

第1 意見の趣旨
1 福岡市は,福岡湾(特に和白干潟・今津干潟)の重要性に鑑み,ラムサール条約の趣旨に沿って湿地環境を保全し,これ以上の環境悪化を防止すべきである。
2 福岡市は,和白干潟・今津干潟のラムサール条約への登録を目指して,国へ積極的に働きかけをすべきである。

第2 意見の理由
 1 湿地保全の重要性
(1)干潟の価値と機能\nア 湿地とは
干潟を含む湿地の保全を図る上でもっとも重要な国際的取り決めであるラムサール条約によると,「湿地」とは「天然のものか人工のものであるか,永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず,さらには水が滞っているか流れているか,淡水であるか汽水であるか鹹水(かんすい)であるかを問わず,沼沢地,湿原,泥炭地又は水域をいい,低潮時における水深が6メートルを越えない海域を含む」(1条)とされている。
イ 干潟とは
干潟とは,川や波の働きによって運ばれてきた砂や泥が堆積して形成され,潮の満ち引きにともなって水没と干出を繰り返す自然環境である。干潟が形成されるためには,入り江や湾によって十分に遮断され,波浪の作用が弱いという地形的な条件と,流入河川による砂や泥の堆積作用がなければならない。わが国では,潮位差の大きい太平洋岸で発達し,また,内海や内湾でより発達する。
ウ 干潟の機能\n(ア)生物多様性の宝庫
干潟には,貝類(アサリ,ウミニナなど)・甲殻類(カニ・エビ・ヤドカリなど)・多毛類(ゴカイなど)などの,多種多様な動物が生息している(これらの動物は砂の中に隠れていることが多く,ベントスと呼ばれている)。
このようなベントスを狙って,シギ・チドリ類やガンカモ類・サギ類・ワシタカ類等多様な鳥類が干潟には生息している。
そして,湿地(干潟)は,渡り鳥によって,世界的につながっている。ラムサール条約が「水鳥が,季節的移動に当たって国境を越えることがあることから,国際的な資源として考慮されるべきものである」と述べているのは,このような渡り鳥と湿地の関係の重要性を踏まえたものである。
(イ)漁業生産機能\\
干潟には,ヨシや付着藻類に支えられてアサリ・シオフキガイ・アカガイなどの二枚貝類やクルマエビ・シバエビなどのエビ類が多数生息し,干潟に潮が満ちると,クサフグ・コノシロ・マコガレイなどたくさんの魚類が入ってくるなど,有用魚種が高密度に生息しており,良好な漁場となっている。
また,干潟は,魚類の産卵・稚仔魚の生息の場であり「海のゆりかご」とも呼ばれ沿岸海域の資源涵養の場としての機能を有している。
このように,干潟は,水産業の面からも欠かせない自然環境である
(ウ)水質浄化作用
近年,干潟の持つ水質浄化作用が注目されているが,それは物理的要因(潮汐の干満による水質ろ過機能)と生物的要因(食物連鎖による有機物や栄養塩類の系外排出)に区別される。これらの作用によって栄養塩類や有機物が減少し,干潟が浄化されるというわけである。
(エ)レクリエーションでの活用
干潟は,古くからの潮干狩り,海水浴,釣りなどのレクリエーションだけではなく,近年のバードウォッチングなど,多様な形で人々のレクリエーションに利用されている。
(2)日本の干潟の現状
干潟や浅海域は,開発が容易であるために,特に第二次世界大戦後,埋立や干拓の危機にさらされ続けてきた。1992年9月に発表された環境庁の干潟調査によると,わが国で現存する干潟の総面積は5万1462haであるが,戦前には8万2600haの干潟が存在したと推定されており,戦後47年間に実に40%もの干潟が消失していることになる。前回の干潟調査の1978年から13年間における消失面積は4076haにも及び,消失の理由は埋立46%,浚渫9%,干拓2.1%などで,自然の変化による消失はわずかに6.2%である。その後,1997年諫早湾干潟(3550ha)の潮受堤防が干拓のために締め切られて貴重な干潟が消滅した。浅海域も含めればさらに膨大な水辺環境が消失している。残されている代表的な干潟にも開発による破壊の危機が迫っている。
2 福岡湾(和白干潟・今津干潟)の価値及び重要性
(1)福岡湾という名称について
福岡湾は,厳密には博多湾とは異なる海岸ないしその海岸に囲まれる内海を指すが,近年,博多湾とほぼ一致する範囲を指して使用されており,本意見書においても博多湾とは区別しない位置付けにおいて福岡湾という名称を使用し,説明する。
(2)福岡湾の干潟について
福岡湾は,福岡県福岡市の東区,博多区,中央区,早良区,西区に面する内湾であり,湾の東部には海の中道,志賀島が位置し,西部は糸島半島に至る。
東西約20キロメートル,南北約10キロメートル,総面積は約134平方キロメートルであり,海岸線の総延長は約128キロメートルである。昭和の初期までは海岸線の大半が自然海岸であって白砂青松と謳われていたが,近年,その3分の1は港湾施設の整備された人工海岸に変化している。福岡湾の開発により湾中央部から自然海岸が消滅し,その中央部から東西へ押しやられる形で分断されて行った。そのように分断された海岸線の東端に和白干潟,西端に今津干潟が残され,自然海岸の面影を残している。
湾口幅は7.7キロメートルであり,湾口部が狭いため閉鎖性が高く,湾内の波は湾外の波と比較すると穏やかであり,土砂等の陸域からの流入物が堆積しやすくなっている。したがって,干潟を形成する前提条件が整っている点で特徴的であり,干潟が消滅する傾向にある近年の我が国において,貴重な湾内環境を有するといえる。福岡湾内には和白干潟,今津干潟,多々良川河口,室見川河口などの干潟が存在する。
(3)和白干潟の概要・現状
ア 和白干潟の概要
和白干潟は福岡湾の最も奥に位置する前浜干潟であり,北西から南東の方向へかけて約1.5キロメートルの長さがあり,干潮時の最大幅は600メートル,80ヘクタールの広さを有する。東側からは和白川,南側からは唐原川が流入しており,河口付近には河口干潟が発達している。干潟のほぼ全域が砂質であるが,部分的には砂泥質になっており,また,河口付近は主に泥質である。
小規模ではあるが干潟から塩性湿地植物群落とクロマツ林が続くという干潟本来の姿を見ることができ,このような自然環境は他では千葉県の小櫃川河口にのみ残る。和白干潟は日本海側に残された数少ない干潟の一つであるため,日本海沿いに移動する渡り鳥や朝鮮半島から渡ってくる野鳥の重要な中継地及び越冬地となっている。
イ 生物の多様性
かつては,干潟上部の砂浜に塩田もみられ,製塩が当地域の基幹産業となるほどの水質に優れた海であった。また,干潟や浅海域は魚類が産卵し,成育する場所として「海のゆりかご」とも呼ばれ,エビ,カニ,チヌ,カレイ,コノシロ,シャコ,アカガイ,ウナギなどの内海性の魚介類の生息地域であるとともに,タイ,アジ,サバ,イワシなどの外海性魚介類の産卵場であり,周辺海域の生態系を根底から支える地域であった。
さらに,ハマシギ,チドリなどの鳥類の生息地として,またズグロカモメなどの希少な渡り鳥の生息地として重要な意味を有する地域である。
ウ 鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性
また福岡湾は,大陸から朝鮮半島を経由するルートと,樺太から日本列島を南北に経由するルートの東アジアにおける二つの渡り鳥のルートが交錯する位置にあるため,渡り鳥を中心に観察される野鳥の種類は我が国有数である。
和白干潟一帯では,220種以上の野鳥が観察されており,それらの内には,絶滅危惧?A類とされるクロツラヘラサギ,3種の絶滅危惧種?B類,8種の絶滅危惧?類,1種の準絶滅危惧種,3種の情報不足種が含まれ,ハマシギ,ミユビシギ,シロチドリ,ミヤコドリなどがシギ・チドリ類渡来地ネットワークの基準渡来数をクリアするなど,東アジアの渡りのルートを維持する上で重要な役割を果している。
エ 重要湿地500選
環境省は,我が国における湿地保全政策の基礎資料として,保全地域の指定等に活用したり,開発計画等に際して事業者に保全上の配慮を促したりするものとして,重要湿地500選を選定公表した。
和白干潟も,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,ミヤコドリ,メダイチドリ,チュウシャクシギ,キアシシギ,ミユビシギ,トウネン,ハマシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。RDB種のカラフトアオアシシギ,ヘラシギ,コシャクシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,オオジシギが記録されていること」を理由に重要湿地500選に選定されている。
(4)今津干潟の概要・現状
ア 今津干潟の概要
今津干潟は,福岡湾西部の瑞梅寺川河口にある干潟であり,河口干潟である。干潟は80haであり,干潟を含む河口域の面積は約145haである。
今津干潟には,瑞梅寺川のほか,周船寺川,江ノ口川,今山川の小河川が流入しており,主として瑞梅寺川からの堆積物によって形成された泥質干潟である。
瑞梅寺川の上流に,1977年に瑞梅寺ダムが建設され,河川の流量は減少している。また,その他の河川にも樋門が設けられている。
河口域にはわずかな葦原が残っているが,河口域全体が感潮域であり,満潮時には葦原を除いて全面が水面下になる。河口周辺には農地が広がっており,河口域と一体となって鳥類をはじめとした生態系を形づくっている。
イ 生物の多様性
今津干潟は,干潟,アシ原,ハス田,水田,畑など多様な環境を有し, これらが多くの野鳥の住処になっている。
福岡湾のプランクトンは植物性プランクトンが110種類,動物性プランクトンが節足動物51種を中心に110種類が観察されている。
魚類や甲殻類などの游泳生物は65種で,湾内および玄界灘では沿岸漁業が盛んで,新鮮な魚介類を提供している。
底生生物は,環形動物59種,軟体動物19種,節足動物36種を中心に127種が生息し,潮間帯には環形動物49種,軟体動物47種,節足動物48種など154種類が生息している。海藻類は54種である。
ウ 鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性
今津周辺では,これまでに300種を超える野鳥が観察されている。百万都市福岡の中にあり,また,さして広からぬこの場所で300を超す観察数は驚くべき数字である。とりわけ,国際的貴重種であるクロツラヘラサギの定期的な越冬地として,バードウォッチャー達の間では全国的に知られている。
エ 重要湿地500選
前記重要湿地500選については,今津干潟も,当然のことながら,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,シロチドリでは最小推定個体数の1%以上,ミヤコドリ,チュウシャクシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。絶滅危惧種のセイタカシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,ツバメチドリ,オオジシギが記録されている。」ということなどを理由に選定されている。

3 両干潟の現状と問題点
(1)和白の現状と問題点
和白干潟は,都市化の波の中で,過去,一貫して埋立の脅威にさらされてきた。
1978年策定の港湾計画では,和白干潟の全面埋立計画が立てられたが,市民の反対の前に挫折した。
代わって登場した和白干潟の目と鼻の先の浅海域を埋め立てる人工島埋立事業(アイランドシティ整備事業)は,内外の強い反対にもかかわらず1994年7月に着工された。埋め立て面積は,401haであり,福岡湾の入口に位置する能古島(396ha)の面積を上回り,福岡市の中心街がすっぽりと覆われてしまう程の大きさである。当初計画で総事業費4600億円のわが国有数の巨大埋立プロジェクトである。
和白干潟を含む人工島周辺地区において,工事着工前後は,冬季において2万5000羽を超える鳥類が見られたが,工事着工後順次個体数は減少し,2001年頃からは1万5000羽程度にまで落ち込んでしまっている。
しかし,福岡市が実施した環境モニタリング調査では,「鳥類の全種の種類がやや少ないなど,変化が見られた項目もありましたが,類別の種数ではそれぞれ変動範囲内であり,特に問題となる変化ではありませんでした」と結論付けている。
周辺海域と干潟の潮流の変化に伴う生物の生息環境への悪影響の可能性と,環境アセスメントの不十分さについて内外から批判の声がわきあがっている。
(2)今津の現状と問題点
九州大学の移転に伴い,今津干潟周辺に急速に都市化の波が押し寄せようとしている。都市化に伴い,人口は急増し,今津干潟及びその周辺地域の野生動植物の生息,生育環境への影響(粉じん,騒音,温室効果ガス,排水の影響など)が懸念され,また,瑞梅寺川の汚濁負荷も上昇し,水質問題も深刻化しつつある。
現在,今津干潟周辺に隣接する場所に,西南学院大学田尻グラウンド(仮称)整備事業が進められようとしており,これも都市化の顕著な表れといえる。
1997年3月に「福岡市西部地域まちづくり構想」が発表されたが,今津干潟の生態系・自然条件の保全という観点からは,極めて貧困な構想であり,環境管理の行き届いたプログラムの策定が強く求められるところである。
このように,今津干潟は,押し寄せる都市化の波の前に,環境悪化の現実的な危機に瀕しており,緊急に保全の措置をとる必要がある。
(3)福岡湾保全の必要性
  このように,和白干潟,今津干潟はともに環境悪化の危機に瀕し緊急に保全措置を取る必要があるが,それは,和白干潟あるいは今津干潟のいずれか1つを保全すれば足りるというものではない。
すなわち,両干潟は,福岡湾の東端と西端に位置し,それぞれの干潟が漁業資源涵養の場として福岡湾全体の漁業生産機能を維持するための役割を果しているが,いずれか1つの干潟の漁業生産機能が失われれば,福岡湾全体の漁業生産に極めて重大かつ深刻な影響を生じさせるものである。
また,両干潟が健全に機能していることによって福岡湾全体の水質が浄化されているのであるから,いずれか1つの干潟の水質浄化機能が低下するならば,福岡湾全体の水質の悪化を招くこととなる。
さらに,渡り鳥は,両干潟のいずれか一つに定着するものではなく,両干潟を行き来することによって,渡りを維持するために必要な食料と休息を得ているのであるから,福岡湾の鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性を維持する上でも,両干潟そろって保全をする必要があるのである。
よって,和白干潟と今津干潟のいずれか一つではなく,両干潟そろって,緊急に保全の措置を取る必要があり,そのために,両干潟を以下に詳述するラムサール条約に登録し,同条約の趣旨に沿って,両干潟を含む福岡湾の環境を保全する必要があるのである。
4 ラムサール条約登録の意義
(1)条約の概要
ラムサール条約は,特に水鳥の生息地等として国際的に重要な湿地及びそこに生息・生育する動植物の保全を促進することを目的とし,各締約国がその領域内にある湿地を1ヶ所以上指定し,条約事務局に登録するとともに,湿地及びその動植物,特に水鳥の保全促進のために各締約国がとるべき措置等について規定している。現在,締約国は154ヶ国,登録湿地数は1674ヶ所に及ぶ。
ラムサール条約では,3年ごとに締約国会議が開催され,そこで採択される決議や勧告により,条約の実質的内容が順次豊富化されてきている。
条約による湿地保全の基本原則は,「賢明な利用(wise use)」にある。この「賢明な利用」については,第3回締約国会議において,「生態系の自然財産を維持し得るような方法で,人類の利益のために湿地を持続的に利用することである」と定義され,第6回締約国会議で採択された戦略計画では「賢明な利用」を持続可能な利用と同一のものとみなされ,第9回締約国会議(2005年)で「湿地の賢明な利用は,持続可能な開発の範囲内において生態系アプローチを通じて達成される湿地の生態学的特徴の維持である。」と定義され,「湿地の生態学的特徴」については,「ある時点での湿地を特徴づける生態系構成要素,プロセス,および恩恵・サービスの組み合わせである。」とされた。
(2)条約の国際的重要性
1960年代初めに至り,何らの対策も取らないままではヨーロッパの重要な湿地が消失してしまうとの危機感がようやく高まり,湿地の重要性に気付き始めた人々の運動が実って,条約の締結に至った。国際条約の必要性が叫ばれたのは,湿地や水源は国境をまたがることが多く,渡りをする水鳥は,国境を越えて多くの湿地を必要とする等の理由からであった。
その後,地球規模での湿地の消失や破壊という深刻な事態に直面した中で,国際世論の中でも,湿地の持つ価値が再評価され始め,いま残されている湿地を保全し,失われた湿地を回復するという国際世論が形成されてきた。
このような国際世論を背景に,ラムサール条約は水鳥ばかりでなく湿地を保全し復元するための条約としてその国際的重要性が再認識されるに至っており,締約国数も格段に増加した。
(3)わが国の登録状況
日本も,公害事件の多発等を受け,1970年代に入って遅ればせながら湿地保全の重要性に対する社会的認識の高まりを見て,1980年10月に締約国となった。その際,釧路湿原を登録湿地として指定した。
2005年11月の第9回締約国会議において,大分県のくじゅう坊ガツル・タデ原湿原,鹿児島県の藺牟田池,屋久島永田浜,沖縄県の慶良間諸島海域,名蔵アンパルを含む国内20ヶ所の湿地が新たに登録され,わが国の現在の登録湿地数は33ヶ所となった。
(4)日本の環境保全戦略の中における干潟の位置づけ
2000年12月に改訂された環境基本計画では,「湿地の保全」の項目を設け,生物多様性の確保の見地から,(?)水鳥等の多様な野生生物の生息地等として重要な湿地について「適正な評価と積極的な保全」や「渡り鳥飛来地などとして重要な湿地について国際的な生物多様性の観点から保全を推進する」などの目標を掲げている。
さらに,2002年3月に策定された新・生物多様性国家戦略(新戦略)では,あらゆるタイプの湿地が人間活動の影響を強く受けており,その喪失と質的劣化が進行していることから,湿地タイプの特性に従い,かかる影響を適切に回避,低減する必要性及び,湿地の再生・修復の必要性を認識し,湿地の保全が緊急の課題であり,かつ保全を原則とすべきことがうたわれている。
このように,湿地の保全は,現在,日本国の国家戦略としても重要な位置づけを与えられるようになっている。
(5)ラムサール条約登録の影響
ラムサール条約登録については,?国内外に国際的に重要な湿地としてその知名度がアップすることによる効果や?環境保全に対する地域住民の湿地保全の意識が高まり,その保全への取り組みが活性化することが挙げられる。このように地域住民に湿地の保全意識が高まることは,我が国の前記環境保全戦略にも沿うものである。
これに対し住民等の懸念として考えられる農業や工作物の設置の規制についても,?農林水産業に関する新たな規制は原則としてないうえ,水鳥による農業被害への懸念も現状以上になることは考えられず,?工作物の設置についても許可を受ければ可能であるし,事前に計画が分かっている場合には事前に区域から除外することも可能であり十分に対応が可能なものであり,マイナスの影響はほとんど考えられない。
(6)ラムサール条約登録の意義
以上からして,重要な湿地であればラムサール条約に登録することが望ましいことは明らかである。
ましてや自治体等が湿地の重要性を認識し,かつ,その保全等を行っているならば当然に登録を目指すべきである。

5 日弁連・九弁連・当会の取り組み
日本弁護士連合会では早くから湿地保全問題に取り組み,各地の湿地を取り巻く問題状況を調査,研究の上,湿地に対する開発行為の中止や保全策の提言を行ってきた。1997年には諫早湾干拓事業に関し水門開放と事業中止を求める意見書と中海干拓事業中止の意見書を,1999年12月には東京湾三番瀬の埋立中止を求める意見書を,2002年3月には沖縄県泡瀬干潟の埋立事業の中止を求める意見書を,2003年10月には諫早湾干拓事業につき再生に向けた水門開放調査を求める意見書を,2004年2月には中城湾佐敷干潟の埋立て計画の中止を求める意見書を,そして,2005年3月には中池見湿地の保全に関する意見書を公表した。
また,2002年10月には,日弁連の取り組みの到達点として,郡山市で行われた第45回人権擁護大会において,シンポジウム「うつくしまから考える豊かな水辺環境−湿地保全・再生法制定に向けて−」を開催し,?回避・最小化・代償という明確な優先順位をもって保全を行う手法(ミティゲーション),生態学的知見に基づき保全と再生を一体的に行うための湿地管理計画制度及び,保護区制度をその内容とする湿地保全・再生法の制定と?法制定によって保全策が取られるまでの緊急措置として重要湿地500選の湿地及び周辺地域で進行中の開発計画を中止させること等を内容とする「湿地保全・再生法の制定を求める決議」を採択した。
こうした日弁連の全体的な取組に呼応して,九弁連及び福岡県弁護士会は,地元において,沖縄の泡瀬干潟,佐敷干潟,名蔵アンパル,鹿児島県の屋久島永田浜,大分県の九重タデ原湿原,福岡県の和白干潟,今津干潟,曽根干潟などの各湿地の調査を毎年のように行い,それぞれの保全策の研究を進めてきたところである。そうした調査・研究の成果は随時,日弁連の上記取組に反映されてきた。
また,当会は,2005年に,曽根干潟の保全に関する意見書をまとめ,北九州市に対して,曽根干潟の保全措置をさらに進め,ラムサール条約上の登録湿地を目指して積極的に活動すべきであると提言した。

6 和白干潟・今津干潟がラムサール条約登録にふさわしい湿地であること
(1)わが国におけるラムサール条約登録の要件
わが国におけるラムサール条約登録の要件としては,以下の3点が挙げられている。
?国際的に重要な湿地であること(=ラムサール条約で示された基準に該当していること)
?国指定鳥獣保護区特別保護地区等の地域指定により,将来にわたり自然環境の保全が図られていること
?地元自治体等から登録への賛意が得られていること
(2)両干潟が「国際的重要湿地」であること
ア ラムサール条約における国際的な重要湿地の基準
上記?のラムサール条約登録で示された国際的重要湿地の基準として,ラムサール条約 決議VII.11付属書では8つの基準が掲げられているが,本件に関連するものは以下の基準2,3,6である。
基準2:危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
基準3:特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
基準6:水鳥の一種または一亜種の個体群において,個体数の1%を定期的に支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
イ 和白干潟,今津干潟が「国際的重要湿地」であること
(ア) 和白干潟が「国際的重要湿地」であること
a 和白干潟は,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,ミヤコドリ,メダイチドリ,チュウシャクシギ,キアシシギ,ミユビシギ,トウネン,ハマシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されていることと,RDB(レッド・データ・ブック)種のカラフトアオアシシギ,ヘラシギ,コシャクシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,オオジシギが記録されている」こと,「スズガモの渡来地」であること,「クロツラヘラサギの渡来地」であることなどを理由に,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に選ばれているが,この選定理由からすると同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であることは明らかであり,基準2に該当する。
また,環境省主催のラムサール条約湿地検討会議においても,クロツラヘラサギ,ズグロカモメ,ヘラシギ,カラフトアオアシシギの飛来が記録されていることを理由に「絶滅のおそれのある種または生態学的群衆の存在にとって重要」としてラムサール条約登録の指定候補地に挙げられており,この理由からすると,同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であって基準2に該当することは明らかである。
さらに,福岡市港湾局の平成17年度のアイランドシティ整備事業・環境監視結果によれば,人工島周辺ではズグロカモメが年間43羽飛来し,越冬していることが報告されており,ズグロカモメは,環境省のレッドデータブックで絶滅危惧?類になっている希少な渡り鳥で,世界中で7000羽しかいないといわれているし,日本野鳥の会福岡支部の報告でも,世界で約1700羽しか生息数していないクロツラヘラサギが毎年20ないし30羽飛来するとされ,その他にもツクシガモやミヤコドリなどの貴重種の飛来もみられ,これらの希少な渡り鳥の飛来する和白干潟が特定の生態学的群衆を支えている湿地であることは明らかであり,基準2に該当する。
b 1999年九州・南西諸島湿地レポートによれば,和白干潟を含む福岡湾のプランクトンは植物性プランクトンが110種,動物性プランクトンが節足動物51種を中心に110種が観察されること,魚類やコメツキガニを含む甲殻類などの游泳動物は65種,底生成物はゴカイなどの環形動物49種,軟体動物19種,節足動物36種など150種あまりが生息し,海藻類が54種観察されることが報告されている。
また,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に和白干潟が選定された理由として「豊富な鳥類と塩生植物。ベントス相も豊富で,ウミニナ,オオノガイ,ツバサゴカイといった希少種も多い」ことがあげられている。
このように豊富な生物群が生息していることからすれば,特定の生物地理区において生物多様性の維持に重要な動植物種の個体を支えているものといえ,基準3に該当する。
c 前述の環境省主催のラムサール条約湿地検討会議において,ミユビシギ(1%基準220羽)が例年,和白干潟に二百数十羽程度飛来していることから,「水鳥の個体数の1%を定期的に支える湿地」としてラムサール条約登録の指定候補地に挙げられており,この理由からすると,同干潟は基準6にも該当する。
d 以上からも明らかなように,和白干潟は複数の観点からラムサール条約上の基準である「国際的重要湿地」の基準に該当する。
(イ)今津干潟が「国際的重要湿地」であること
a 今津干潟は,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,シロチドリでは最小推定個体数の1%以上,ミヤコドリ,チュウシャクシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。RDB種のセイタカシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,ツバメチドリ,オオジシギが記録されている。」こと,「クロツラヘラサギの渡来地」であることなどを理由に,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に選ばれているが,この選定理由からすると同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であることは明らかであり,基準2に該当する。
b シロチドリの最小推定個体数の1%以上の飛来が記録されていることから,基準6にも該当する。
c 以上からも明らかなように,今津干潟は複数の観点からラムサール条約上の基準である「国際的重要湿地」の基準に該当する。
(3)国指定鳥獣保護区特別保護区特別保護地区等の地域指定により,将来にわたり自然環境の保全が図られていること
ア 和白干潟について
 和白干潟は,シギ・チドリ類を始めとする渡り鳥の中継地,越冬地として,国際的に重要なことから,集団渡来地の保護区として,すでに国指定鳥獣保護区に指定されており,将来にわたり自然環境の保全が図られるための法的担保が整っている。
 それゆえ,現時点において,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしている。  
イ 今津干潟について
 今津干潟は,現在,福岡県指定鳥獣保護区には指定されているものの,国指定鳥獣保護区には指定されていない。
 したがって,現時点においては,わが国におけるラムサール条約登録の要件?は欠けている。
(4)地元自治体等から登録への賛意が得られていること
 現時点においては,和白干潟・今津干潟のラムサール条約登録について,地元自治体である福岡市などから賛意が得られているかは明確ではなく,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしているとは言いがたい。
(5)小括
ア 和白干潟・今津干潟は十二分に国際的重要湿地の要件を充たしており,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしている。
その上,和白干潟においては,国指定鳥獣保護区に指定されており同要件?も満たしている。
しかし,和白干潟については,同要件?を満たしているとは言いがたく,今津干潟については同要件?および?を満たしているとは言いがたい。
逆に言えば,和白干潟については?の要件を,今津干潟については?,?の要件さえ満たせばラムサール条約の登録湿地になりうるのである。
そこで,当会は,これまでの日弁連等の取り組みを踏まえた上で,これら残りの要件の充足に対して福岡市が積極的な措置を講ずべく本意見書で求めるものである。
7 和白干潟・今津干潟にはラムサール条約登録を行う条件は整っていること
(1)ラムサール条約登録の素地は整っていること
ア 和白干潟・今津干潟が重要な湿地であること
 すでに繰り返し述べてきたように,福岡湾(和白干潟・今津干潟)は,極めて重要な湿地であり,和白干潟と今津干潟の両干潟そろっての十分な保全が求められている。
 したがって,ラムサール条約の登録湿地として登録されるべきである。
イ 福岡市のこれまでの政策と合致すること
 福岡市は,福岡湾の価値を十分に認めた上で,福岡市新・基本計画において,「豊かな自然環境の保全と生態系ネットワークの形成」を施策の基本的方向として掲げ「和白干潟や今津干潟の保全と創造」を主要な施策として「ラムサール条約登録等は将来的な課題と考えている」と考え方を述べるなど,ラムサール条約登録に向けた福岡湾の保全を市の政策としている。
それゆえ,和白干潟・今津干潟をラムサール条約登録することによって,地域住民の環境保全意識がさらに高まれば,福岡市の政策実現もより円滑となり,将来にわたって福岡湾の一層の保全が可能となるのであり,そのような素地は既に整っているといえる。
ウ 今津干潟の鳥獣保護区指定に阻害要因はないこと
(ア)前記の通り,今津干潟については,現時点においても,福岡県指定鳥獣保護区に指定されており,鳥獣の狩猟について一定の制限がかかっているのであるから,同地域について国指定鳥獣保護区の指定を行ったとしても周辺地域の住民らに新たな不利益はないというべきである。
(イ)上記(ア)で述べたとおり,今津干潟は,すでに福岡県指定鳥獣保護区となっているのだから,その保護政策を通じて周辺地域住民の理解を得ていくことは十分に可能である。そして,福岡市自体も,新・基本計画西区基本計画において,「国設鳥獣保護区について国と協議していきます」と施策目標を掲げ,今後,学識経験者,市民,行政等から構成する懇話会等において検討していくとしており,今津干潟の国指定鳥獣保護区指定に向けた準備は既に整っているといえる。
(2)まとめ
 以上からも明らかなように,和白干潟,今津干潟をラムサール条約に登録することについては,何らの阻害要因もないだけでなく,これまでの福岡市の政策にも合致するものである。

8 結論
よって,当会は意見の趣旨記載の意見を述べるものである。

以上

2006年12月22日

国民投票法案に関する意見書

国民投票法案に関する意見書
 
  平成18年12月12日
  福岡県弁護士会

1 はじめに
本年5月26日に与党が「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(「与党案」),民主党が「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」(「民主党案」)を衆議院に提出し,国会において継続審議中である。そして,9月26日に全面的改憲を唱える安部晋三氏が首相に就任したことから,改憲へ向けての動きはより拍車がかかることと思われる。
このような状況のもと,福岡県弁護士会憲法委員会では,与党案と民主党案の問題点について調査・研究を重ねてきた。
  もとより国民投票法案は,中立的・技術的な手続法に過ぎない。しかし,手続法であっても立法に際しては「立法事実」を要することはいうまでもない。したがって,同法案については,現憲法が主権者である国民の権利利益の実現に支障を来しており,改憲によって是正する必要があるが,改憲のための手続法を欠くという立法事実が存する必要があると考える。
  しかしながら,現憲法をめぐって,その「欠陥」に起因して国民の権利利益が司法的救済を受けられないという事例を見聞したことはない。その一方で,自衛隊のイラク派遣問題に見られるように,憲法第9条(とりわけ第2項)の改廃をめぐる対立の構図が浮き彫りになっているのが実情である。
  当会は,意見書の基本方針を策定する前提として,本年7月下旬から8月下旬にかけて全会員を対象として,国民投票法案に対するアンケート調査を実施した(回収率は約3割で、回答数は229名)。このアンケートの第1問目で「この秋の臨時国会で国民投票法案が審議され制定される可能性がありますが,同法が制定されることについてどう考えますか」と問うたところ,「反対である」との回答が55.5%であった(ちなみに、「賛成である」は31.4%,「わからない」が10.9%,無回答は2.2%)。
この55.5%が反対という回答結果は,立法事実についての議論を欠いたまま手続法の策定がなされようとしている昨今の情勢に対する法律家としての危機意識のあらわれと見ることができる。すなわち、当会は,現在の状況下で国民投票法を制定すること自体に疑義を呈する余地が十分にあることをまずもって指摘しておきたい。
  本来,憲法改正が国民投票に付される趣旨・目的は,国民主権の原則にもとづき,最高法規である憲法の改正について,主権者である国民の意思を反映させるところに求められるべきである。したがって,国民投票制度の策定においては,国民主権の原則にのっとり,国民一人ひとりの意思が正確に反映される仕組みが作られなければならない。そのためには,憲法改正の国民投票に先立って,民主的な意見表明が十分に行え,また国民が公正かつ平等に憲法改正に関する情報を得ることを可能にし,もって国民一人ひとりが主体的に各自の意見を自由に形成したうえで投票できるシステムが作られなければならない。この点,ヨーロッパにおける「法による民主主義のための欧州委員会」(通称ベニス委員会)が作成した「憲法改正国民投票に関するガイドライン」(2001年6月11日)の中において,国民投票の一般的基準と原則の中で,「選挙法規に関する憲法上の原則(普通,平等,自由,直接及び秘密選挙)が選挙と同様国民投票にも当てはまる.同様に,基本的権利(特に表現の自由,集会の自由及び結社の自由)は,特にその行使が公共的場所の使用を必要とする場合には,保障され保護されなければならない」と述べられているところである。
 このように,国民投票に関しては,あくまで国民主権の原則にもとづき,民主的な構造を持った制度として作られるべきものである。
  早ければこの秋の国会において、与党案と民主党案が審議されることが政治日程として浮上している。そこで,与党案と民主党案の問題点を明らかにし,多くの国民が議論のポイントを理解できるように意見表明することは法律の専門職集団たる弁護士会としての責務であると考え、本意見書を発表するものである。

2 自由かつ十分な投票運動の保障
 (1) 周知期間について
  国の最高法規であり,根本規範である憲法を改正するための国民投票にあたっては,主権者である国民の意思が正確に反映されなければならない。一人ひとりの国民が自己の意思を形成するにあたっては,改正案の内容について,国民的議論が十分に深められ,国民一人ひとりが熟慮できることが大前提である。
このような観点から,国民投票にあたって,憲法改正の発議から投票期日に至るまでの改正案の周知期間については,国民全体が,?改正案によって憲法のどの条文がどう変わるのかを文言上で具体的に知ること,?それぞれの問題点についての賛成論と反対論の対立点を明確に認識し,?改正によって予想される国家・社会の変化と、それの自らの生活に対する影響を理解したうえで,?十分に国民相互の討論を重ね,そのような過程を経ることによって,?改正をするか否かについて的確な判断を主体的になし得るのに必要で,十分な期間が確保されなければならない。
  したがって、国民投票の期日については少なくとも12ヶ月の周知期間をおくべきである。

ア 与党案・民主党案の期間では憲法改正案の周知は困難である
  ところが,与党案も民主党案は,ともに国会の発議から60日以後180日以内の国会が定める日としている。
   短期を60日と定める点については,論拠として,「改正の内容によっては,短期間の議論で足りる場合もあり得る」ということが主張されている。また,長期を180日と定める点については,論拠として,「あまり長すぎても議論が間延びする虞がある」ということが主張されている。
  しかし,現在、提案されている憲法改正案を見ると,その主要なものは前文をふくめてほとんど全条文を改正しようとするものであり,その改正案には,日本国憲法の根幹に関わる本質的な改正内容が多数ふくまれている。
   このような本質的内容にわたる改正案を国民に周知してその是非の判断を求めることは,以下のとおり,決して容易ではないと考えられる。
(ア) 20条3項の修正〜政教分離
   たとえば,自由民主党の憲法草案においては,第89条について,公の財産の支出及び利用の制限について,「第20条3項の規定による制限を超えて」という文言を付加するという案が示されている。その第20条第3項についての改正案を見れば,「国及び公共団体は,社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって,宗教的意義を有し,特定の宗教に対する援助,助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない」となっている。
   これは現行憲法第20条第3項が「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」としているのを大幅に改正しようとするものである。
   この改正は,靖国神社や伊勢神宮への公式参拝や玉ぐし料の公費支出の是非の問題を憲法上解決しようとの意図を有するものではないかと考えられる。憲法改正のための国民投票においては,そのような意図の是非が問われ,またその結論が自ずと,上記のとおり,「公金その他の公の財産」の支出についての改正の是非の判断につながってくるわけであるが,その関連性を数ヶ月という短期間のうちに国民が理解するのが可能だとはとても思われない。
 (イ) 9条2項の削除〜平和主義 
   また,自民党の憲法草案は,9条2項を削除して,新しく9条の2を新設し,自衛軍の規定を設けるという。この9条2項を削除することの意味,そして,自衛軍規定の新設が現在の自衛隊とどのような関連性をもつことになるのか,という日本国憲法の本質的問題について,数ヶ月という短期間のうちに多くの国民が判断できるようになるとはとうてい思われない。
(ウ) 軍事裁判所の設置〜司法権の独立
   さらに,自民党の憲法草案は,第76条第3項において,軍事裁判所を設置するとしている。これが同条第2項において設置を禁止されている特別裁判所にあたるものではないのか,司法権の独立との関係はいかなるものであるのか,といった問題点について,国民が自己の意思を形成するためには,司法権の独立の原理的・理念的意義の検討から出発する必要があると考えられる。しかし,そのような形で意思形成を行うための期間として,数ヶ月では明らかに不足している。
  このように与党案と民主党案の「60日以後180日以内」という期間では,議論・考慮の期間としては明らかに短期に過ぎると言わなければならない。

イ メディアを通じた世論誘導・操作を防止する必要がある
   周知期間としてこのような短期間しかおかれないこととなれば,世論が一つの方向に短期間に急速に沸騰した場合に,それを冷静に検証することなく,一過性の雰囲気に流されるがまま国民の投票態度が決されることが懸念される。ことに,印象的なスローガンによって結論に向けての世論が盛り上げられ,冷静な議論を欠いたまま雰囲気のみが高まって最終結論が導かれるという,いわゆる「劇場型」政治が蔓延していると指摘されている日本の現状においては,この懸念はいよいよ強い。これは,2005年9月の衆議院議員総選挙において,争点が「郵政民営化」一点にほとんど限局され,元与党の前議員に対して「刺客」を送るという選挙戦術がメディアの強い影響もあいまって高い注目を集めた末,与党の雪崩式大勝という結果を生じたにもかかわらず,その後1年を経ないうちに,「刺客」を送り込まれた元与党議員の復党が論ぜられる事態に至っていることを思い起こすとき,長期にわたって国家の根本規範たるべき憲法に関する議論については,相応の長期間にわたって冷静な討論を重ねることの重要性を強調せざるを得ない。
   また,マスメディアが少数意見を積極的に取り上げる機会に乏しい現代日本社会においては,少数意見が広く周知されるには相当の期間を要することが通常であるので,十分な周知期間がおかれなければ,少数意見が国民に周知されないまま投票日を迎えることにもなりかねない。
   これに対して,自由な情報の流通・交換がなされたときには,国民相互間における議論が有益かつ実質的な形で深まりこそすれ,議論が「間延び」する事態などは考えられない。
  また,そもそも,予算や緊急を要する立法等とは異なり,憲法改正問題において迅速性の要請は乏しい。
   周知期間についての前記アンケートにおいて,ほぼ半数にあたる47.2%が「少なくとも12ヶ月の期間が必要」と回答し,自由記載によりこれより長い期間が必要とした回答も含めれば,51.1%が12ヶ月以上の期間が必要だと考えている。
  ちなみに,EU憲法の批准を問う国民投票にあっては,採択の約1年後に実施されたフランス,オランダの各国民投票において,議論の深まりの結果,高い投票率(フランスで約70%,オランダで約63%)が得られたという例もある。
(2) 職業に着目した運動規制について
  憲法を改正するか否か、また改正するとすればどのような内容とするのかは、憲法が国の最高法規であって、主権者たる国民のもっとも重要な意思決定であることから、国民の自由な判断によって行われるべきことは当然である。
   そして、国民が自由な判断を行うためには、賛成・反対をふくめ、多様な意見に触れ、また自ら発信し、言論の自由市場において、最大限に自由な議論が行われること、その結果、主権者たる国民が、その結論に納得して自己の意思決定をなすという、自由な意思形成過程の確保が必要かつ不可欠である。
   この点、民主党案は、選挙管理委員会の委員・職員等の国民投票運動を禁止しているだけであるが、与党案は、さらに裁判官・検察官・公安委員会の委員、警察官にまで全面的に国民投票運動を禁止している。
   しかしながら、このように広範囲の者に対して、全面的な国民投票運動を規制してしまうと、規制される者の表現の自由を侵害するのはもちろんのこと、国民間の自由な議論が制限されて、直接規制を受ける者以外の意思も自由に形成されないことになってしまう。国の最高法規である憲法改正の是非を問う国民投票において、必要もなく国民間の自由な議論を制限することは絶対に避けるべきことである。
   したがって、憲法改正手続きにおいて厳正な公正中立性を求められる選挙管理委員・職員等等以外に対しては、職業に着目した投票運動の規制を行うべきではない。
   前記アンケートにおいても、選挙管理委員・職員等に対する制約には、58.1%が合理性があると回答しているのに対して、裁判官・検察官・警察官に対する運動制限に80%以上が合理性はないとしている。
(3) 刑罰(地位利用運動禁止違反の罪,組織的多数人買収・利益誘導罪,)による運動規制について
   与党案では,公務員や教育者がその地位を利用した国民投票運動を行うことを禁止し違反者には罰則を定めており,更に,組織的多数人買収罪と利益誘導罪が定められている。
ア 地位利用禁止違反の罪
   まず,地位利用運動禁止違反の罪について,公務員や教育者の者自身の表現の自由を侵害し、国民間の自由な議論が制限されてしまうのであり、「地位利用」という要件を付加しても、それ自体がきわめてあいまいな概念であって、いかようにも解釈することが可能であるから、公務員や教育者の自由な活動を不当に規制し、萎縮させることが明らかであって容認できない。また、このようなあいまいな要件にもとづいて公務員や教育者を逮捕・起訴できるとすることは、罪刑法定主義に抵触するものでもあって、許容されるべきではない。
   前記アンケートでも、公務員と教育者のいずれに対しても、70%以上が地位利用にもとづく国民投票運動の禁止には合理性がないと回答している。

イ 組織的多数人買収・利益誘導罪
   次に,組織的多数人買収・利益誘導罪に関しては,権力を握る政権党が憲法を改正しようとするとき、豊富な資金をつかって国民に対して買収行為や利益誘導行為をする恐れがあることは否定できない。
  さらに、国民投票は首長や議員の選挙とは質的に異なる側面を有することもおさえておくべきである。候補者個人の利害に結びつくような買収とか利益誘導というものは考えられない。すなわち、公職を個人が不当に占め、私物化することのないようにするという観点は、憲法改正の是非を問う国民投票においては必要ないのである。
 したがって、公職選挙法と異なり、そもそも憲法改正国民投票に関して買収や利害誘導がなされうるのか、また、罰則で禁止することが投票に関する自由な言論を阻害しないかなどについての十分な検討もないまま罰則規定を設けること自体に問題がある。
   そのうえ、同罪の構成要件は、「組織により、多数の投票人に対し、憲法改正案に対する賛成または反対の投票をしまたはしないことの報酬」として、「金銭、物品その他の財産上の利益もしくは公私の職務の供与をし、もしくはその供与の申し込みもしくは約束を」することや、「その者またはその者と関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄付その他特殊の直接利害関係等を利用して憲法改正案に対する賛成または反対の投票をしないことに影響を与えるに足りる誘導をしたとき」など、きわめて不明確な要件をもとに広範な規制を行う内容であり、まさしく罪刑法定主義に反するものであって、それ自体が憲法に違反して許容されないものである。
  要件が曖昧なときには、権力による恣意的運用がなされ、国家権力とは反対の意見をもつ側に打撃を与える運用がなされる恐れがある。つまり、憲法改正に対する意見を表明することだけを理由に、恣意的な検挙がなされる危険すらあるのである。鹿児島で起きた公選法違反事件は、まだ審理中であるので断定することは許されないが、少なくとも被告側の主張によると、恣意的に刑罰法規が適用されたということであり、このような警察の違法な行為が全国的に起きたときの弊害は恐るべきものがある。
  このような規定は設けられるべきではない。
 (4) 投票日直前の放送規制について
   与党案と民主党案によれば、投票の7日前からテレビとラジオを利用した広報活動を「政党等」──公報協議会に届け出た1人以上の国会議員が所属する政党・政治団体 ─── に限っており、国会議員のいない政治団体や市民によるものは禁止されている。
   そもそも国政選挙においてさえ投票日の放送しか規制されていないのに、国の根幹を定める憲法改正についてこのような規制を設けることは無用に規制を強化するものであり、テレビやラジオの影響力の大きさを考慮した規定であっても合理性がないと言わざるを得ない。
   むしろ、投票日の直前は憲法改正に関する議論がもっとも活発になされることが予想されるのであり、このような大切な時期にテレビやラジオを用いた広報活動を禁止することは、国民の自由な表現活動を抑圧するものであり、憲法に明らかに抵触するものと言わざるをえない。
   また、主権者たる国民の自由な意思形成を尊重すべきという観点、すなわち憲法改正案の是非への参画という主権行使のもっとも重要な場面における投票行動を意味あらしめるべきという観点から見ても、軽々しく見過ごすことのできない重大な問題のある規定である。このような規定は削除されるべきである。

3 中立公正な情報提供
 (1) 広報協議会の委員の構成について
   最高法規である憲法の改正について、主権者である国民の意思が自由に形成され、それが正確に反映させなければならないことは再三くり返しているとおりである。そして、国民の意思を正確に反映する前提としては、まず、国民に対して、憲法改正案についての正確な情報が公平・平等に提供されることが必要不可欠である。そのうえで、多様な意見を自由に議論できるためには、単にメディア規制をしないという消極的な施策だけでなく、財力にものをいわせた広報活動による、流通する意見のかたよりを避けるための、積極的な情報提供のシステムが必要である。
   この点、与党案も民主党案も、憲法改正案の広報事務を行うために、いずれも広報協議会を設置することとしており、その必要性については十分理解できる。
   しかしながら、この広報協議会の構成については重大な問題点が存する。つまり、与党案・民主党案のいずれも、構成する委員は各議院における各会派の所属議員の数をふまえて選任されることになっている。
   しかし、現在の国会議員は、憲法改正を争点として選任されているわけではないから、このような構成は、憲法改正問題についての民意を反映しているとは言いがたいものである。すなわち2005年の衆議院選挙では、前記のとおり郵政民営化の是非をほとんど唯一の争点として国会議員が選出されているのであり、この構成を憲法改正の議論にそのまま反映させることに合理性があるとは必ずしも考えられない。
   また、憲法改正の発議に各議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要である以上、広報協議会の委員を各会派の所属議員数に比例させてしまうと、広報協議会委員の圧倒的多数が、憲法改正賛成派で構成されてしまい、公的な広報機関から国民に対して提供される情報が、憲法改正賛成に有利な方向にかたよってしまう。
   そもそも、公的な広報機関である広報協議会にもっとも必要とされることは、現行の条文と改正案の問題点の有無を、国民に対して的確に提示することである。そして、問題点を的確に提示するためには、賛成派と反対派の意見を十分に流通させることが必要不可欠であり、そのためには、広報協議会に改正賛成派・反対派の委員が公平になるよう同数選任される必要がある。
   この点、前記アンケートにおいても、過半数が広報協議会の委員に改正賛成派と反対派に同数割り当てるべきと回答している。
   したがって、憲法改正案広報協議会の委員は、各議院における各会派の所属議員の人数によって選任するのではなく、改正賛成派と反対派について同数になるよう選任すべきである。
 (2) 無料放送・新聞広告枠の政党への配分率について
   憲法改正に対する賛成・反対意見の広報については、現代社会においてマスメディアを通じた広報がきわめて重要な意義を有している。
   この点、与党案も民主党案も、「政党等」が「広報協議会の定めるところにより」、無償で、ラジオ、テレビの放送による広報活動、新聞広告を行うことができると定めている。そして、憲法改正案についての政党等による放送、新聞広告において、放送時間や紙面の広さは所属議員の人数をふまえて定めるとされている。
   しかし、これでは、前述のとおり、政党等による放送や新聞広告の多くが憲法改正賛成派の主張にさかれてしまうことになり、不公正と言わざるをえない。国民が憲法改正案の是非を適切に判断するためには、改正賛成派と反対派の両者の意見を十分に知ることが必要不可欠である。したがって、政党等の意見表明のための放送時間や紙面の大きさは、各議院における各会派の所属議員数にとらわれることなく、改憲賛成派と反対派に等しく割り当てるべきである。
   この点、前記アンケートでも、56.3%が、政党等の意見表明のための放送時間や紙面の大きさは、改憲賛成派と反対派に等しく割り当てるべきだと回答している。

   なお,国民投票制自体が、議会を通じた間接的な意思の反映ではなく、主権者国民の直接的な意思の反映を保障するものであることを考えると、そもそも無料の広報枠を与えられる主体が政党等だけに制限されることに十分な根拠はない。
   したがって、無料放送・新聞広告枠を政党等以外の団体や、市民にも与える制度の導入も検討されるべきである。

4 投票結果への国民の意思の正確な反映
 (1)発議方法と投票方法について
発議方法と投票方法について、与党案は、「内容において関連する事項ごとに区分して」憲法改正原案を発議し、その「国民投票に係る憲法改正法案ごとに」一人について1票を付与するとしている。これについては民主党案も同様である。
そもそも、憲法改正に関する国民投票は、主権者である国民が国の最高法規である憲法のあり方について意思を表明するという国政上の重要問題である。そうであれば、できるだけ広範な国民の意見が正しく反映されるべきである。こうした観点からすれば、提案されている個別の改正条項ごとに、国民の賛否の意思が正確に表すことができる機会が保障されなければならない。よって、個別の条文ごとに発議され、それに対して投票する方法を原則とすべきである。
もっとも、その原則を貫けば、条項同士が相矛盾し整合性を欠くことがあるかもしれない。しかし、国民意思の正確な反映のためには、むやみに一括投票を認めるべきではない。整合性を欠くことが明らかな場合に限って、例外的に許容されると解すべきである。
この点、与党案と民主党案も、「内容において関連する」と言えさえすれば広範に一括投票を認めることになるので不十分である。また、「内容において関連する事項」の選択について、発議者である国会の無制限な裁量に委ねられることになる点においても不当である。
 (2) 憲法96条1項の「『その』過半数の賛成」の意味について
   憲法96条1項の「『その』過半数の賛成」の意味について、与党案では「有効投票の総数」の過半数の賛成があれば足りるとしている。対して、民主党案では「投票総数」の過半数の賛成が必要であるとする。
与党案のように「『有効投票総数の』過半数の賛成」と解すると、たとえば投票率45%で有効投票率がその85%であるとき、19%をこえる賛成がありさえすれば憲法が改正されることになる。すなわち、全有権者のわずか5人に1人の賛成意見で憲法改正ができることになる。
憲法改正に関する国民投票ではできるだけ広範な国民の意見が正しく反映されるべきであることからすると、与党案のように,わずかな国民の意思によって憲法を改正できることを認めるのは問題である。
近時は、多くの憲法学者も「『投票総数の』過半数の賛成」と解すべきとして、与党案の見解には反対している(樋口・憲法?378頁、杉原泰雄・憲法?統治の機構514頁、野中他・憲法?386頁、辻村みよ子・憲法568頁)。
憲法改正においては、できるだけ広範な国民意思が正しく反映されなければならないこと、また最近みられる投票率の低さを考えると「『全有権者の』過半数の賛成」と解すべきである。前記アンケートにおいても、56%がこのように解すべきだと回答している。
なお、この見解に対しては、棄権するのも投票に行って否を投じるのもまったく同一になって不合理だという批判がある。しかし、棄権する行為も投票に行って否と投じる行為も、いずれも憲法改正案に対して異論を唱える行為である点においては同じであるのだから、同一に扱うことに何ら不合理性はないと考えられる。
 (3) 最低投票率の定めの導入について
   「『全有権者の』過半数の賛成」と解さないときには、最低投票率を導入するかどうか,その是非が問題となる。本意見書は「『全有権者の』過半数の賛成」と解する立場であるが、念のため言及する。
与党案は、憲法96条が予定していないこと、また「棄権運動」が展開されるなど国民投票をいたずらに複雑なものとするおそれがあることなどを理由として、導入に反対している。しかし、「棄権運動」も、憲法改正案に反対する国民の正当な表現の自由の行使であって、それをもって導入を否定すべき理由とはなりえない。
むしろ、憲法改正を最終的に決定できる国民の意思をなるべく正確に反映するためには、最低投票率の制度を導入すべきである。アンケートでも69%が導入すべきと回答している。
最低投票の率としては、なるべく多数の国民意思を反映させるために、少なくとも60%は必要である。前記アンケートでも48%がこれに賛同している。
 (4) 投票用紙の記載方法について
 仮に憲法96条1項について「『有効投票総数の』過半数の賛成」と解したときには、投票用紙の記入方法によってその結論が左右される。このような問題意識をふまえて、与党は、賛成は○反対は×と記入させる方式を、民主党は、賛成は○、その他は白票とさせる方式を提案している。
与党案の方式によると、「有効投票総数」は、投票総数から無記入の票数が除かれることになる。とすれば、前記(2)で指摘したのと同じく、わずかな国民の意思によって憲法を改正できることを認めることになり問題である。
 民主党案のようにすると、実質的には96条1項について「『投票総数の』過半数の賛成」と解したのと同様の結果となるので、せめてこのようにすべきである。
 当意見書は、96条1項について「『全有権者の』過半数の賛成」と解する立場であるから、記載方法によって結論は左右されない。しかしながら、積極的に賛成を示す人数の把握が把握できれば足りるのであるから、民主党案と同様にすべきである。
 (5) 投票年齢について
   与党案では一般の選挙と同様に満20歳以上の者に投票権を認めるにとどまっているのに対して、民主党案では満18歳以上の者に投票権を認めている。
   憲法改正に関する国民投票では、できるだけ広範な国民(ここでいう国民に未成年がふくまれるのは当然である)の意思が反映されるべきことからすれば、与党案では不十分である。一般の選挙権ですら満18歳以上の者に認めるのが世界の趨勢であることからも、その不当性は明らかであろう。
憲法改正という国のあり方の根幹にかかわる重要な意義をもつ問題についての国民投票を実施しようというのであるから,できるだけ広い国民意思が反映されるよう、18歳以上の者に投票権を認めるべきであり、あわせて未成年者の一般的な選挙における投票権についても引き続き議論が尽くされるべきである。

5 投票の瑕疵に対するな司法的救済について
 国民投票無効訴訟に関しては、与党案にも民主党案にも、いずれも重大な問題点がある。
 まず、両案ともに、提訴期間を結果の告示の日から30日以内としているが、憲法改正というきわめて重要な事項に関する提訴期間としては短期にすぎるというべきである。
 また、管轄裁判所を東京高等裁判所に限定する点も重大な問題である。
 地方での投票手続き等に瑕疵があった場合に、管轄の問題や、提訴期間の問題のために、実質的には無効であっても、それをただすことが保障されないという不合理を避けるためには、当然に九州をふくめた地方においても提訴できるよう管轄が認められるべきである。
 また、国民投票の無効事由に関して、両案とも、?国民投票の管理執行機関による違反、?多数の投票人が自由な判断による投票を妨げられたと言える重大な違反、?賛成投票数または投票総数の確定を誤り投票結果に異同を及ぼすおそれがあるとき、の3点に限定しているが,これだけでは足りないというべきである。
 日本国憲法の改正には限界があり、基本的人権の保障、国民主権そして平和主義などの日本国憲法の中心原理を憲法改正という手続きで変更することは改正権の限界を超え無効とされている。憲法前文は、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」としてこの趣旨を明らかにしており、この点については、与野党とも意見が一致しているところである。
 したがって、少なくとも、改正権の限界を超えた憲法の根本的変更のおそれがある場合が無効事由として加えられるべきである。
 そのほかにも、無効事由の有無、訴訟が提起された場合の効力、確定時期、効力発生の停止等については、十分な議論がなされておらず、さらに慎重な検討が必要である。

6 まとめ
これまで述べてきたとおり、日本国憲法の改正のための国民投票法案をめぐっては、与党案にも民主党案にも、重大な問題点がいくつも認められるところである。
周知のとおり、日本国憲法は、その前文において、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理である」とし、憲法が人類普遍の原理にもとづくものであって、これに反する憲法を排除すると高らかにうたっている。国民投票法案の是非を論ずるときにも、このような観点がいささかも没却されることのないことを願うものである。
当会は、今後なされるであろう審議にあたって、本意見書の提起した内容が参考とされ、国会の内外で議論が深まっていくことを大いに期待するところである。
  
以上

2006年10月16日

犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会(日弁連法2第72号)に対する意見

2006年10月13日

日本弁護士連合会 会長 平山正剛 殿

                 福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫


 日弁連法2第72号の「犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会について」について,次のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨
  損害賠償に関し刑事手続の成果を利用する制度,及び犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度(犯罪被害者等が在廷する制度,犯罪被害者等が被告人に対する質問を直接行うことを許す制度)は,いずれも導入すべきではない。

第2 意見の理由
1 損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度(以下「被害回復命令申立制度」という)(本意見照会第2の1)について
(1) 被害者等の民事上の損害回復について,被害者等の負担を軽減する観点から,被害者が刑事訴訟に附帯して損害賠償等の財産上の請求を行うことができる制度(附帯私訴)や,刑事裁判所が被告人に対して被害者への被害物品の返還や損害賠償を命ずることができる制度(損害賠償命令)を導入すべきとの考え方があり,今回,法制審議会で導入が検討されるとみられる制度は後者の制度と思われる。
(2) しかしながら,このような制度には,日本弁護士連合会の2005年6月17日付の「犯罪被害者等の刑事手続への関与について」と題する意見書(理事会決議)で指摘した問題点があることは現在も変わらず,法制審議会で検討されるとみられる被害回復命令申立制度についてもそのまま妥当する。
すなわち,附帯私訴については「刑事裁判と民事裁判における手続に相違点(証明の程度,過失相殺などにおける立証責任の所在,自白法則,控訴審の構造等)があり,同一の手続で行うことに困難を生じる。また,附帯私訴の申立人という当事者が増え,争点も増加するため,被告人側の防御の負担が増大し,訴訟が遅延するおそれがある。憲法上保障された被告人の迅速な裁判を受ける権利(憲法第37条第1項)が損なわれ」るおそれがある。
また,損害賠償命令についても「刑事裁判で取り調べた証拠の範囲内で認められる損害額のみで命令を発するものとすると,被害者は別途民事訴訟を提起し残額を請求しなければならず,被害の実態に即した有効な救済となり得ない一方で,民事訴訟と同様に損害額の認定を行うものとすれば,民事上の争点が刑事裁判に持ち込まれ,刑事裁判の遅延を招くなど,附帯私訴と同様の問題が生じる」。
 上記に加えて,被害回復命令申立制度には,以下に述べるような問題があり,その導入を認めることはできない。
(3) 予断排除原則,無罪推定原則違反のおそれ
  犯罪被害者等が,損害賠償を請求するという事実それ自体によって,被害が存在したことについての予断や偏見を裁判官(及び裁判員)に与えるおそれがある。
 この制度骨子によれば,申立人は,申立書に,申立ての趣旨,損害額の内訳程度を記載することとし,裁判所に予断を生じさせるおそれのある事項を記載することが禁じられるとされているが,申立書中の損害の内容や額の記載自体が,犯罪があったことや,甚大な損害が発生したことについての予断を与えるおそれがあり,無罪推定の原則に反する。
  ことに,被害回復命令の申立を,刑事裁判の判決宣告前の段階でも認めるとすれば,この申立書の記載が刑事裁判の判決宣告に影響を及ぼす可能性は排斥できない。
さらに,2009年から施行される裁判員制度の下では,この可能性は顕著である。
(4) 刑事訴訟手続が長期化するおそれがある
  これまでの刑事訴訟手続においては,被害者側の落ち度の有無が問題になることはあったが,この被害回復命令申立制度の下では,被害者の過失に関する過失相殺の割合が大きな争点となることが予想される。
  被告人及び弁護人としては,審理が刑事訴訟記録を利用して行われることになるため,その判決後に審理が予定される損害賠償請求についての審理で争点となる損害賠償の額に影響する可能性がある事項を強く意識して刑事訴訟の審理に対応せざるを得ないから,新たな負担を課せられることにもなる。
  また弁護人としては,犯罪被害者等を証人として尋問する際に,刑事訴訟の争点ではない場合であっても,被害者の過失割合等についての詳細な尋問をせざるを得なくなり,その分,刑事訴訟が長期化する可能性が増大する。
  犯罪被害者等も,詳細に被害者側の落ち度に関する尋問を受けて新たな二次被害を被る可能性もあるし,またそれによって被害感情が悪化し,悪化した被害感情等を立証するために証人請求がなされる等の可能性もあり,刑事裁判の審理が長期化する等のおそれがある。
(5) 損害賠償請求の審理における被告人の防御権が十分に保障されていないこと
  制度骨子によれば,刑事事件の有罪判決が言い渡された後に,損害賠償請求の審理を行うことが予定されている。
  その時点では,刑事事件の弁護人としての職務は終了していることになる。そこで、国選弁護人が選任されていた場合には,経済的等の理由から,多くの被告人は損害賠償請求の審理についての代理人を選任することは困難であり,本人訴訟の形で対応せざるを得ない。
  しかも,現在,刑事施設に収容されている被告人は,民事訴訟の全ての審理に出頭することは認められていないから,被告人は,損害賠償請求の審理の全部又は一部に出頭できない可能性が高い。
  その結果,国選弁護人が選任されていた被告人については,損害賠償請求の審理について,その代理人を選任することができないばかりか,自ら出頭することもできないまま審理が行われることになる可能性が高い。
  しかし,それでは,被告人は,損害賠償請求の審理についての防御権が実質的に保障されず,ひいては裁判を受ける権利(憲法32条)が侵害されると言わざるを得ない。
(6) 被害回復命令申立制度の対象事件が相当な範囲で裁判員対象事件と 重なりあうであろうことから予想される混乱
  被害回復命令申立制度で対象とされる事件は殺人等の重大な事件であることが予想されるが,これらの事件は,ほとんどが,裁判員対象事件である。裁判員対象事件はすべてが公判前整理手続に付されることになる(裁判員法49条)。
  ところが,これが同時に被害回復命令申立の対象事件となることが予想されるから,公判前整理手続によって主張と証拠の整理が行われた後になって,被害回復命令で争点となる被害額の算定に関する事実の有無等が刑事裁判の審理において争点となることにならざるをえない。なぜなら,損害額の算定については,刑事裁判で証拠となった証拠がそのまま証拠となることが予想される以上,刑事裁判の審理において,その点(被害者の過失割合等)が争点になるからである。
  そのような事態は,公判前整理手続で争点と証拠を整理して審理計画を策定したにもかかわらず,審理が計画通りに進まず,公判前整理手続を設けた趣旨を大きく没却することになるおそれがある。
(7) まとめ
  以上から,被害回復命令申立制度は裁判官や裁判員に予断や偏見を与え,無罪推定の原則に反するとともに,被告人及び弁護人に新たな負担を課し,被告人の防御権が実質的に保障されない。かつ,裁判員制度を導入し,その審理の充実ために設けたとされている制度(公判前整理手続等)の意義を喪失させてしまうことにもなる。
  のみならず,このような制度は,刑事裁判の混乱と長期化,ならびに刑事裁判手続に私的な感情的応酬を招くことになり,被害回復の労力を軽減し,簡易迅速な手段によって被害回復を実現するという目的からもかけ離れた事態を惹起するおそれが大きい。
  よって,このような制度は導入すべきではない。

2 犯罪被害者等が刑事裁判手続に直接関与することのできる制度(在廷,被告人質問)(本意見照会第2の2)について
  (1) この制度導入についての当会の意見は既に2004年8月19日付の「犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見」として日弁連に提出している。
現在においても,当会の意見に変更はなく,このような制度の導入はすべきではないと考える。
すなわち,被害者等の在廷,被告人質問を認めることは,刑事訴訟の基本構造や無罪推定原則を根幹から崩すことになり到底容認できない。
(2) このことは,2009年から施行される裁判員裁判において顕著である。すなわち,本来証拠となりえないはずの被害者等の表情,態度,言動(発問等)が,初めて刑事訴訟に関与する裁判員の情緒に強く影響し,証拠に基づいて冷静に判断されるべき事実認定や量刑に対し大きな影響を与え,適正な事実認定,量刑が維持できないおそれが大きい。
すなわち,初めて刑事裁判を経験する裁判員は,被害者等が検察官の横に在廷するというだけで極めて強いインパクトを受ける。裁判員は事件によっては衝撃的な犯罪報道にも接しているのであり,被害者等が在廷するだけで,被害者等に同情し,その裏返しとして被告人が真犯人であると考える危険性は免れない。すなわち,被害者等の在廷それ自体で証拠に基づかずに被害の立証がなされたことと同じ効果がある。
さらに,被害者等が被告人に対し発問することは,裁判員の面前で被害者等の肉声として発せられることから,裁判員(裁判官に対しても)に強烈な印象として残る。しかし,被害者等の発問自体は何らの証拠にならないはずにもかかわらず,裁判員は被害者等の発する発問の中に込められた事実関係の主張や感情によって大きく影響を受け,それによって心証を形成してしまうおそれが極めて大きい。
(3) さらに,付け加えれば,被害者等の在廷や被告人質問は,被告人にとっては相当な威圧感を受け,その結果,被告人は萎縮してしまって,自由な供述(特に,被害者の落ち度等)を妨げ,被告人の防御権を大きく侵害することになる。
(4) 法制審議会において検討することが予想される制度骨子によれば,「被害者の意見陳述制度に資する範囲で」と限定が付されているようであるが,被害者等が被告人質問で求めているのは,「事実はどうだったのか」,「被害者に対してどう思っているのか」等という,被告人の内心の情報ないし感情等を聞き出すことであり,この限定はほとんど実効性がない。
(5) 以上から,被害者等の在廷,被告人質問は絶対に認めるべきではない。

3 結語
以上述べたとおり,本意見照会で求められた「新制度導入の是非」については,いずれも刑事訴訟手続の根幹を侵害するものであり,当会としてはいずれの制度の導入についても強く反対するものである。

                                                     以上

2005年10月24日

要望書(労働審判制度の運用に関して)

最高裁判 所 長官 殿

福岡地方裁判所 所長 殿

福岡地方裁判所小倉支部 支部長 殿

福岡県弁護士会 会 長 川副 正敏

同・個別労働紛争問題プロジェクトチーム

座長 市川 俊司

要望の趣旨

労働審判制度の運用に関して、地方裁判所の主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部における施行当初からの実施を要望いたします。

要望の理由

1 労働審判制度は、2006(平成18)年4月から全国の地方裁判所で実施が予定されています。申すまでもなく、この制度は、労使各1名の労働審判員2名と労働審判官(裁判官)1名の3人合議制により、個別労働紛争を3回期日で調停又は審判で解決しようとするものです。

これは、近時個別労働紛争が多発しているにもかかわらず、多くの労働者が必ずしも迅速で適切な司法的救済を得られずにいるという現状を改善し、個別労働紛争を簡易迅速かつ適確に処理するために設けられたものであり、司法制度改革の一環として、国民に身近で開かれた裁判所を実現し、もってわが国における法の支配を徹底せんとする画期的な制度です。

2 ところが、その実施を間近にして、聞くところによりますと、法令上、労働審判の実施は地方裁判所の本庁に限定する定めはないにもかかわらず、運用として、施行当初は本庁だけでの実施を予定しているとのことです。そうすると、地方裁判所の支部では当面労働審判制度が行われないことになります。

3 しかしながら、労働審判制度の上記趣旨に照らすと、全国各地の労働者があまねくこの制度を利用できるようにするため、地方裁判所の本庁に限定することなく、合議体のあるすべての支部において広く実施されるべきであると考えます。

仮に当面はこれらの支部全部で実施することが事実上困難であるとしても、地域によっては本庁に匹敵ないし準ずるような大規模な支部が存在しており、少なくともこれらの支部では行われるべきであると思料いたします。

とりわけ、当地に所在する福岡地方裁判所小倉支部は、全国の各地方裁判所本庁と比較しても、配置されている裁判官・書記官等の職員数や処理事件数等の点において、上位10位に入るほどの大規模な裁判所であり、同支部を労働審判制実施庁から除外する理由は全くないと思われます。しかも、福岡地方裁判所における労働側の労働審判員予定者15名のうちの6名は北九州・京築地域の居住者であり、使用者側の労働審判員予定者も15名中4名が同地域の居住者で占められていると聞いております。

このように、福岡地方裁判所小倉支部は労働審判制度を当初から実施する人的物的資源が十分に整っていると考えられます。

他方、同支部で当初から労働審判制度を実施しないということになると、当分の間(その期間は不明です)、北九州・京築地域の多くの労働者が簡易迅速な労働審判制度を事実上利用できないということになります。これは労働審判制度の趣旨を著しく減殺するものと言わざるを得ません。

4 よって、労働審判制度について、2006(平成18)年4月の施行当初から、地方裁判所の本庁だけではなく、少なくとも主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部においても実施されるよう強く要望いたします。

以 上

ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために(要望)

福岡県知事 麻生 渡 殿

福岡市長 山崎 広太郎 殿

北九州市長 末吉 興一 殿

福岡県弁護士会 会長 川副 正敏

貴職におかれましては、日ごろ住民の福祉向上のために多大の尽力をしておられることに敬意を表します。

さて、当会は常議員会の議に基づき、貴職に対して以下のとおり要望いたします。

要望の趣旨

ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために、下記のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を図るよう要望いたします。

  1. ハンセン病療養所退所者の生活全般を支援する相談窓口を設置すること。
  2. ハンセン病政策によって形成された偏見・差別を除去するために、特に以下の視点からその解消策を一層推進すること。
    1. 偏見・差別解消策の実施においては、強制隔離などの過去の誤ったハンセン病政策が未曾有の人権侵害を引き起こし、継続させたことにも言及すること。
    2. ハンセン病問題の歴史や国・社会の責任などについて市民に周知させること。
    3. 市民が簡単に入手できるパンフレット、視野に入りやすく分かりやすいポスターを作成するなどして広報活動を拡充するとともに、理解しやすく感銘力の強いドラマやドキュメンタリーなどの番組制作を具体化すること。
    4. ハンセン病問題に関する人権教育の取り組みを積極的に支援し、教材作成、教育実践例の紹介など様々な教育情報を提供すること。
    5. ハンセン病の患者であった人々と市民、とりわけ生徒、学生らが交流する場を積極的に設けること。
要望の理由

らい予防法違憲国家賠償請求訴訟に関する2001(平成13)年5月11日の熊本地方裁判所判決から4年余りが経過しました。

ところが、医療体制・生活支援体制の不備、根深い差別偏見の継続など、ハンセン病の患者であった人々の人権はなお十分に回復されていない現状にあります。

この点は、本年3月1日に公表されましたハンセン病問題に関する検証会議の最終報告書(以下「検証会議最終報告書」という)でも明らかにされています。これらを受けて、日本弁護士連合会は、本年9月28日付で、別添のとおり、国に対し、2001(平成13)年6月21日に続いて、再び「ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために」と題する勧告をしたところです(以下「日弁連勧告」という)。

日本弁護士連合会並びに当会としては、ハンセン病患者の強制隔離政策とこれによる深刻な偏見・差別の作出・助長を看過してきた法曹の責任を自覚しつつ、今後とも、関係諸官庁その他の機関・団体とも連携しながら、ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けて真摯な努力を続けていく所存です。

とりわけ、ハンセン病の患者であった人々の高年齢化が進む中で、福岡県にお住まいであったり、あるいは福岡県出身で帰郷を希望されている方々が当地で安心して生活していけるようにするための諸施策を講ずることは喫緊の課題です。

御庁におかれましても、これまで啓発ポスターの配布、里帰り事業の実施、リーフレットの作成・配布、講演会やシンポジウムの開催、人権・同和教育ビデオの配備、人権教育研修会の実施等をしておられると承知しております。

しかしながら、日本におけるハンセン病強制隔離政策は極めて長期かつ過酷なものであり、ことに、1931(昭和6)年の癩予防法制定を経て1930年代から戦後の1950年代までの長期間にわたって全国で展開されたいわゆる「無癩県運動」では、各県からハンセン病患者を徹底的に排除するために、強制的に不必要な消毒をしたり、列車に「ライ患者用」と赤書するなど、地域住民に科学的根拠のない恐怖心と偏見を植え付ける様々の方法がとられてきたところです(検証会議最終報告書171〜187ページ、大谷藤郎『らい予防法廃止の歴史』121〜135ページ)。しかるに、今日に至るまでこの政策全体が根本的に誤りであったことの周知徹底がなされていないこともあって、偏見・差別の除去が未だ十分とは言い難い状況にあるのは否めません。

そこで、当会は御庁に対し、かつて地方行政機関として上記のような「無癩県運動」の推進に関わるなどして自らも国の政策を実行し、偏見・差別の作出・助長を担ったという責任を十分に踏まえられたうえで、別添・日弁連勧告の2項、3項にもありますように、頭書のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を要望いたします。

以 上

別添・日弁連報告書(略) (日本弁護士連合会ホームページ「主張・提言」に掲載)

2005年10月12日

法の日週間に寄せて 〜裁判員が司法を変える〜

福岡県弁護士会 会長 川副正敏

裁判員制度 10月1日を「法の日」と定めたのは、1928(昭和3)年のこの日、日本で陪審員による裁判が始まったことに由来する。
 陪審員制度は、それから15年後、戦時体制下で停止されたが、60年余りを経た今、裁判員制度という形で国民の司法参加が実現し、4年後の2009(平成21)年5月までに実施される。
 選挙人名簿を基に作成した候補者名簿からくじで選ばれた6人の裁判員が殺人などの重大事件の裁判の審理に参加し、3人の職業裁判官と同等の立場で有罪・無罪と量刑を決める裁判員制度。一生のうちで裁判員になる確率は約67人に1人と言われている。
国民の司法参加制度は、欧米諸国だけでなく、韓国でも検討が進められるなど、今や世界的潮流である。
 公正な裁判を通じて、犯罪者には適切な刑を科す一方、「疑わしきは被告人の利益に」の原則の下、無実の人を誤った裁判で処罰するようなことは決してあってはならない。これは近代共同体の基本的な正義である。そして、成熟した民主主義社会では、その実現は法律のプロ任せにするのではなく、良識ある判断力をそなえた市民の責務であり、崇高な権利でもある。
 それが裁判員制度の根底にある理念だ。
 市民が裁判に参加することで司法も変わるし、変わらなければならない。迅速で充実した分かりやすい裁判の実現は当然である。
 特に重要なことは、警察官や検察官が起訴前の取り調べで作成した供述調書、ことに取調室という密室での自白が重視されてきたこれまでのような刑事裁判は、裁判員制度の下ではもはや維持できなくなる。裁判員裁判は、公判廷で直接見聞きする証言と客観的証拠に基づく裁判を押し進めることになるだろう。
 そのためにも、取調室の中でのやり取りを客観的な記録に残すこと、すなわち取調過程の録音・録画の導入が強く求められる。
 市民である裁判員がプロの法曹と協働して正義を実現する、それを表すのが二つの輪から成る裁判員制度のシンボルマークだ。\n(10月6日読売新聞朝刊より)

2005年9月 1日

事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)の一部改正(案)に対する意見書

金融庁監督局総務課金融会社室 御中

2005年9月1日

 福岡県弁護士会 会長 川副正敏

 金融庁が本年8月12日付けで公表し、意見募集を行っている「貸金業関係の事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)」の一部改正について、当会は次のとおり意見を述べる。\n
(1)貸金業者の取引履歴開示義務の明確化
 事務ガイドライン3-2-2において、貸金業の規制等に関する法律第13条第2項で禁止されている「偽りその他不正又は著しく不当な手段」に該当するおそれが大きい行為の事例を列挙しているところであるが、これに、顧客等の弁済計画の策定、債務整理その他の正当な理由に基づく取引履歴の開示請求に対してこれを拒否すること、を加える。

〔意見の趣旨〕
「貸金業者に取引履歴の開示義務があり、正当な理由に基づく開示請求を拒否した場合には行政処分の対象となり得ることを明確化する」との改正の趣旨には賛成する。

〔理由〕
本年7月19日、最高裁判所は、貸金業者が「貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う」、との判断を示した(最高裁判所第三小法廷平成17年7月19日判決)。
 このたび速やかにガイドラインを改正して貸金業者の取引履歴開示義務を明確化することは、まことに時宜に適った措置である。
 ただし、上記の最高裁判決は、債務者が債務内容を正確に把握出来ない場合には、「弁済計画を立てることが困難になったり、過払金があるのにその返還を請求できないばかりか、更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど、大きな不利益を被る」ことなどに鑑みて、取引履歴開示義務が存在するとの結論を導いている。
 そうである以上、一部改正(案)のうち、事務ガイドライン3−2−2にいう取引履歴開示請求の「正当な理由」として「弁済計画の策定、債務整理」だけを例示し、「過払金の返還請求」について殊更に言及を避けているのは、不適切である。「過払金の返還請求」は,上記最高裁判所判決からも、取引履歴開示請求の正当理由のうちに含まれることは明かであり,これを明記すべきである。


(2)取引履歴開示請求の際の本人確認手続きの明確化
 取引履歴の開示を求められた際の本人確認の方法として十分かつ適切であると考えられるものとして以下を例示する。\n1、顧客等自身が開示請求をする場合であって、金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律(以下「本人確認法」という。)に規定する方法による場合
2、顧客等の代理人が開示請求をする場合であって、以下イ〜ハの書類の全てを提示する場合
(イ)顧客等の本人確認のための書類(本人確認法施行規則に規定する本人確認書類(写しを含む。)であれば十分かつ適切である。)\n(ロ)顧客等の署名・捺印により代理人との間の委任関係を示す書類(債務整理についての委任関係が示されていること等により取引履歴開示請求についての委任関係が推認し得るものを含む。捺印は、イの書類が本人確認法施行規則に規定する本人確認書類(写しを含まない。)であれば、必ずしも印鑑登録された印鑑又は契約書に捺印された印鑑によらなくてもよい。)
(ハ)代理人の身分を証明する書類(弁護士、司法書士等が代理人である場合は、ロの書面において事務所の住所、電話番号等の連絡先が示されていればよい

〔意見の趣旨〕
「取引履歴の開示が求められた際の本人確認の手続」に関し、金融機関等による顧客等の本人確認及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律(以下「本人確認法」という。)が規定する確認方法を要求することには反対する。
 上記最高裁判所判決の趣旨に従い,取引履歴の開示を求めることは顧客等の権利であって、本人確認の手続に伴う負担が顧客等(超過利息を元本充当すれば過払いになっている状態の者も含む)による開示請求権の行使を妨げることのないよう、貸金業者に対して注意を喚起すべきである。

〔理由〕
1 顧客等自身が開示請求をする場合
(1)本人確認法は、テロ及び組織犯罪等の悪質な犯罪行為に対する資金提供のために金融機関等の預金口座が不正利用されることを防止する(同法1条)目的で、厳格な本人確認の手続を定めた。
 しかし、取引履歴開示請求や過払金返還請求が「テロ及び組織犯罪等の悪質な犯罪行為に対する資金提供のために」悪用されているという社会的事実は、およそ存在していない。
 従って、規制の目的・対象がまったく異なる「本人確認法」の定める確認方法を,顧客自身からの開示請求につき必要とする理由は全く存在しない。
(2)他方、貸金業者が本人確認を十分に行わず取引履歴を第三者に開示し,これにより顧客や第三者等以外の権利が侵害されているというような弊害が生じているとの事実はない(現在の顧客情報が大量に盗まれているというトラブルとは別問題である)。従って、現在必要なのは、取引履歴開示に応じる際の本人確認手続の「厳格化」ではない。\n 現在起きているトラブルは、ごく一部の貸金業者が、「個人情報保護法に基づく本人確認手続」を藉口し、自らが一方的に定めた確認手続に応じなければ取引履歴開示ができないとして開示を事実上拒否しようと画策するという問題である。
(3)個人情報保護法は、個人情報取扱事業者が本人からの保有個人データの開示の求めに応ずる手続を定めることができる(同法25条1項、29条1項・3項・4項)とするが、「他の法令の規定により開示することとされている場合」(同法25条3項)を除外している。しかるに前掲最高裁判決は、取引履歴開示義務の法的根拠が信義則(民法1条2項)にあることを明らかにした。従って、個人情報保護法25条3項により、貸金業者が定めた本人確認の手続によって顧客等を一方的に拘束することはできず、この手続に応じないことをもって取引履歴開示請求を拒む正当理由とすることはできないこと明かである。
(4)なお個人情報保護法は、同法に基づき個人情報取扱事業者が開示等の求めに応じる手続を定め得る場合についても、「本人に過重な負担を課するものとならないよう配慮しなければならない」(同法29条4項)と定めている。個人情報保護法の存在が、自己に関する情報にアクセスする個人の権利を阻害する結果を招いてしまうのでは、本末転倒だからである。
(5)従って、現在必要なのは、取引履歴の開示請求権は顧客等の権利であって、本人確認手続を取引履歴開示を回避するための口実として利用してはならないことを「明確化」することである。そこで、顧客等からの取引履歴開示請求に応じる場合の本人確認の手続については、「顧客等に過重な負担を課することのないよう留意すべきこと」を明記すべきである。

2 顧客等の代理人が開示請求をする場合
(1)債務整理の実務においては、「債務者が債務の処理を弁護士に委託した旨の弁護士からの書面による通知」(貸金業規制法21条1項6号参照。以下、「受任通知書」という)が、債務者の代理人であることの十分かつ適切な確認資料である、とされてきた。実際、多くの貸金業者は、個人情報保護法が施行された現在においても、弁護士が作成名義人である「受任通知書」の送付をもって代理権確認の方法とすることを、従前通り異議なく認めている。\n 弁護士名の「受任通知書」を信頼したために貸金業者が不正な開示請求に応じてしまったというトラブルが発生しているとの事実はまったくない。したがって、あたかも弁護士と顧客等との委任関係の存在が疑われる状況が広く存在していることを前提とするかのように、厳格な手続を課するのは正当ではない。
 また上記最高裁判所の判決の場合にも,弁護士が受任通知以上の,「本人確認手続」を行ったわけでもない。とすれば,本ガイドラインの改正は,最高裁判所判決に規定されていない,新たな除外事由を行政ガイドラインにより策定しようとするかのような意図を感じざるをえないものである。
(2)そもそも弁護士は、受任通知書で自らの氏名を明らかにした上で自ら不正な開示請求などを行ったりすれば、懲戒処分を受けるという重大なリスクを背負っているのである。
 受任通知書に記名のある弁護士が本物の弁護士であるかどうかは、日本弁護士連合会のホームページの「弁護士情報検索」によって確認することができる。架空のニセ「弁護士」であれば、「該当情報が検索できない」として、直ちに明らかになる。実在の弁護士名を騙る第三者による不正請求の場合であっても、その者が表示する虚偽の事務所名や所在地を入力して検索すると、同様に「該当情報が検索できない」結果となる。\n(3)もしも顧客等が、代理人弁護士に対し、原本提示のため印鑑証明書・戸籍謄本・住民票の記載事項証明書等の原本を預けるか、または委任状に捺印する印鑑についての印鑑証明書を渡しておかなければならないとすれば、当然それらの申請費用が必要になる。債務整理を必要とする多重債務者はそもそも経済的に困窮している状態にあるから、それらの費用負担が履歴開示請求の意思を挫くことにもなりかねない。また債権者数に応じて何枚もの委任状に署名を求めるのは、迅速な事務処理が必要とされる債務整理の実情に合わない。また、開示請求のたびに業者に委任状を提出することは、業者のもとに、新たに大量の個人情報を蓄積させることになり、個人情報の保護に関して、新たな問題を発生させることにもなりかねない。\n しかも,業者は,本来当初の貸付の際に,顧客の本人確認に必要な書面を徴収して貸付業務を行っているのであり,更に取引履歴を開示する場合に再度かかる書面を要求する必要もない。
(4)以上により、弁護士が代理人として開示請求する場合については、「債務者が債務の処理を弁護士に委託した旨の弁護士からの書面による通知(FAXを含む)により十分かつ適切である」と例示すべきである。

以  上

2005年8月22日

覚せい剤後遺症(疑い)者の懲罰・処遇に関する警告及び勧告

福岡拘置所長 殿

2005年8月5日
 
 福岡県弁護士会 会長 川副正敏
 同人権擁護委員会 委員長 小宮和彦

1 警告について
  申立人X氏は、貴所に勾留され、従前から覚せい剤後遺症の診断の下に投薬を受けていたところ、幻聴を自覚したために200・年・月・日午後・時・分ころ、貴所職員に投薬を申し出たが拒絶されました。その結果、申立人は、「薬を早よやらんかー。」等と房全体に響き渡る大声を発し、さらに職員の制止に従わず窓ガラスを殴打するなど、極度の興奮状態に至りました(以下「本件興奮状態」といいます)。
  X氏の本件興奮状態に対し、貴所の懲罰審査会は200・年・月・日、それが同人の覚せい剤後遺症による自制困難な状態での行為でなかったかどうかについて十分に調査することなく軽屏禁7日の懲罰を科し、同日から執行しました。\n  しかし、覚せい剤後遺症による自制困難な行為に対して懲罰を科すことは、責任無能力者に刑事責任を問うことと同様に責任主義に対する重大な違反となります。ところが本件興奮状態は、X氏の幻聴という覚せい剤後遺症と時間的に接着して生じており、それ自体が覚せい剤後遺症であると疑うべき行為であったと認められます。そのような行為に対する懲罰の審査においては、それが覚せい剤後遺症による自制困難な行為ではなかったことが確認されなければ懲罰を科すことは許されません。
したがって、この点についての十分な調査、判断を経ないままX氏に懲罰を科したことは、適正手続に違反し、X氏の人権を侵犯したものといわざるを得ません。
  つきましては、貴所におかれましては、懲罰審査においては、対象となる行為が精神病等による自制困難な状態での行為でないかどうかを十分に調査・判断され、精神病等による自制困難な状態での行為である場合には懲罰を科すことがないよう警告いたします。\n
2 勧告について
  貴所は、200・年・月・日に貴所に移監された当初から勾留期間を通じて(一時的な保護房への収容期間を除く)、X氏を、第二種独居室に収容していました。貴所所長がX氏を第二種独居室に収容すると決定するに際しては、警察から覚せい剤後遺症による幻聴及び妄想等の精神症状があり精神病院通院歴もあるとの引継があったのみで、医師の診断はなされておらず、それ以上にX氏の具体的な自傷のおそれを認めるべき専門医の診断はなく、その他の具体的な自傷のおそれを認めるべき客観的な事情も認められていませんでした。
  ところで、第二種独居室は、被収容者に突発的な異常行動による自傷のおそれが認められる場合において、綿密な動静観察によってこれを防止するために設置されているものです。しかるに、その設備・備品に照らし、同室はその居住性等において、一般の独居房に比して著しく劣っており、その被収容者にとっては、一般独居房に収容された者よりも著しい人権制約を受けることは否めません。
したがって、被収容者の第二種独居室への収容は実質上の不利益処分であって、かかる第二種独居室への収容の可否については、貴所所長の自由な裁量に委ねられるものではなく、収容時において被収容者について具体的な自傷のおそれが認められる場合に限るべきです。
ところが、X氏については、医師による具体的な自傷のおそれの診断はなく、その他に具体的な自傷のおそれを認めるべき特段の事情も確認されていません。にもかかわらずX氏を第二種独居室に収容したことは、適正手続に反し、貴所所長の裁量を逸脱した違法な収容であって、X氏に対する人権侵犯といわざるをえません。
  つきましては、貴所におかれましては、第二種独居室への収容にあたっては、その対象となる被収容者について、単に病名等のみによるのではなく、精神科専門医の詳細な診断等を行った上で、現に具体的な自傷のおそれがあると判断された場合に限りなされるよう勧告いたします。

                                           以 上

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