福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2025年3月24日
日本学術会議の独立性・自律性を尊重すること等を求める会長声明
声明
内閣は2025年(令和7年)3月7日、日本学術会議法(以下、「法」という。)の改正案(以下、「改正案」という。)を閣議決定し、国会に提出した。しかし、後述のとおり、改正案には、日本学術会議(以下、「学術会議」という。)に対して政府のコントロールを及ぼそうとする仕組みを法制化する内容が盛り込まれており、これらは学術会議が本来有するべき政治権力からの独立性・自律性を損なうもので、学問の自由を保障した憲法23条に照らして問題である。
そもそも学術会議は、「学者の国会」とも呼ばれ、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、」「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命と」する国家機関である(法前文、2条)。
法の規定上、学術会議は、「独立して」、「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」等の職務を行い(法3条)、政府から「諮問」を受ける(法4条)ほか、諮問が無くとも「政府に勧告する」(法5条)権限を有しており、政府からの強い独立性と自律性を有している。
210名の会員の選定は、元来、各学術分野の研究者によって構成される学会の選挙によっていたが、1983年(昭和58年)の法改正により、学術会議の「推薦」「に基づいて、」「内閣総理大臣が任命する」(法7条2項、17条2項)現行方式に改められた。この改正が、内閣総理大臣による政治介入を招くのではないかとして問題となったが、中曽根康弘首相(当時)が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。」と答弁し(同年5月12日、参議院文教委員会)、「推薦をしていただいた者は拒否はしない。そのとおりの形だけの任命をしていく」(同年11月24日、同院同委員会における総理府総務長官答弁)という運用がなされることにより、人事面での政府からの独立性が引き続き確保されてきた。
このように学術会議という学術組織にとって政治権力からの独立性・自律性が尊重されるべきことは、憲法23条が学問の自由を保障することに基づく。
本来、学問研究の真髄は真理の探究にあるが、その際には、時々の社会において支配的な価値観や政治思想、さらには時の政府の政治方針を批判的検討の対象とすることもしばしば起こり得る。
そうした場合に政府が自らに批判的な学術的営みに干渉することが可能であるならば、真摯な批判的検討による真理探究という科学の営みはゆがめられてしまい、「科学の発達向上」(法2条)等の法の目的もおよそ達し得るところではない。したがって、科学の発達のためには、学問研究の自由の保障が必要不可欠である。
先の大戦に至る経過において、学問研究の自由が圧迫され、これが全体主義の伸長をもたらす一因をなした。滝川幸辰教授がその学説を理由に政府から休職を命じられた京大滝川事件(1933年(昭和8年))や、「国体」に反する異説を唱えたとして美濃部達吉貴族院議員が全ての公職から追放された天皇機関説事件(1935年(昭和10年))は、その代表例である。憲法は、その反省のもと、学問の自由(憲法23条)を保障したのであり、自由な学問研究に対し政治的な干渉をしてこれを萎縮させることは、学問の自由を保障する憲法とは相容れないものである。
こうして確保された独立性・自律性のもと、学術会議は、年平均10を超える提言・勧告等の意見表明を発出したり(省庁等からの諮問に応えたものを含む。)、わが国の学術団体を代表して国際科学会議(現・国際学術会議)に加盟しその一員として活動したりする、等の活動を行ってきた。その活動は、政府からの財政支援が脆弱で活動の一部が会員の手弁当によらざるを得ないという点はともかく、特に問題とされるようなことはなかったものである。
学術会議に関して政治問題が浮上したのは、2020年(令和2年)、菅義偉首相(当時)が、新会員の任命にあたり、具体的理由を明らかにすることもなく、学術会議が推薦した候補者105名のうち6名の任命を拒否した際であった。この任命拒否に対しては、当会や(2020年(令和2年)10月28日「日本学術会議の推薦に基づく会員の任命を求める会長声明」)日本弁護士連合会を含む多くの学会や諸団体、世論から、抗議、反対が寄せられたが、その後に至るも政府は任命拒否した6名を任命することなく、任命拒否の理由を明らかにすることもないまま、法7条1項が定める210名の会員のうち6名が欠員という違法状態が継続している。
政府は、このような違法状態を放置し、かつその理由の説明も欠いたまま、「日本学術会議の在り方についての方針」(2012年(令和4年)12月6日、内閣府)、「日本学術会議の法人化に向けて」(2023年(令和5年)12月22日、内閣府特命担当大臣決定)、「学術会議の在り方に関する有識者懇談会」の設置(2023年(令和5年)8月29日第1回開催、2024年(令和6年)12月20日に最終報告書を公表)、と、一方的に学術会議の在り方を問題視してその法人化を図る方針を打ち出しており、このような経過からは、問題の焦点をずらそうとする政府の意図が窺われる。
改正案では、学術会議の設置形態を独立した法人とするほか、
(1) 内閣総理大臣が委員を任命する日本学術会議評価委員会を内閣府に置き、学術会議の活動計画や業務実績についての評価に関する報告を受け、学術会議に対して意見を述べることができるとすること、
(2) 内閣総理大臣が任命する監事が、学術会議会員等について、「不正の行為」「があると認めるとき」に限らず、「当該行為をするおそれのある事実があると認めるとき」や「著しく不当な事実があると認めるとき」にも、内閣総理大臣等に報告するものとすること、
が盛り込まれているが、これらの活動次第では、任命権を通じて内閣総理大臣が学術会議の活動にコントロールを及ぼすことが可能となる。
そもそも、学術会議が「国の特別の機関」として活動してきたがために問題が生じたという事態はなかったのであるから、学術会議を法人化すべきであるとか、最終報告書が提言する評価委員会や監事を設置すべきことを示す立法事実はない。
仮に、学術会議の組織形態等を改変するのであれば、学術会議が一貫して主張しているように(直近では2025年(令和7年)2月27日の学術会議会長談話「日本学術会議の法人化に関する法案の検討状況について」及び同年3月7日の同会長談話「日本学術会議法案について」)、(1)学術的に国を代表するための地位、(2)そのための公的資格の付与、(3)国家財政支出による安定した財政基盤、(4)活動面での政府からの独立、(5)会員選考における自主性・独立性、という5要件が満たされるべきである。改正案の内容は、到底これを満たすものではない。
以上より、当会は、学術会議の独立性・自律性を脅かす改正案に反対し、学術会議の独立性・自律性を尊重すること、また、会員任命を拒否されたままの6名を任命して違法状態を速やかに解消することを改めて求める。
そもそも学術会議は、「学者の国会」とも呼ばれ、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、」「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命と」する国家機関である(法前文、2条)。
法の規定上、学術会議は、「独立して」、「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」等の職務を行い(法3条)、政府から「諮問」を受ける(法4条)ほか、諮問が無くとも「政府に勧告する」(法5条)権限を有しており、政府からの強い独立性と自律性を有している。
210名の会員の選定は、元来、各学術分野の研究者によって構成される学会の選挙によっていたが、1983年(昭和58年)の法改正により、学術会議の「推薦」「に基づいて、」「内閣総理大臣が任命する」(法7条2項、17条2項)現行方式に改められた。この改正が、内閣総理大臣による政治介入を招くのではないかとして問題となったが、中曽根康弘首相(当時)が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。」と答弁し(同年5月12日、参議院文教委員会)、「推薦をしていただいた者は拒否はしない。そのとおりの形だけの任命をしていく」(同年11月24日、同院同委員会における総理府総務長官答弁)という運用がなされることにより、人事面での政府からの独立性が引き続き確保されてきた。
このように学術会議という学術組織にとって政治権力からの独立性・自律性が尊重されるべきことは、憲法23条が学問の自由を保障することに基づく。
本来、学問研究の真髄は真理の探究にあるが、その際には、時々の社会において支配的な価値観や政治思想、さらには時の政府の政治方針を批判的検討の対象とすることもしばしば起こり得る。
そうした場合に政府が自らに批判的な学術的営みに干渉することが可能であるならば、真摯な批判的検討による真理探究という科学の営みはゆがめられてしまい、「科学の発達向上」(法2条)等の法の目的もおよそ達し得るところではない。したがって、科学の発達のためには、学問研究の自由の保障が必要不可欠である。
先の大戦に至る経過において、学問研究の自由が圧迫され、これが全体主義の伸長をもたらす一因をなした。滝川幸辰教授がその学説を理由に政府から休職を命じられた京大滝川事件(1933年(昭和8年))や、「国体」に反する異説を唱えたとして美濃部達吉貴族院議員が全ての公職から追放された天皇機関説事件(1935年(昭和10年))は、その代表例である。憲法は、その反省のもと、学問の自由(憲法23条)を保障したのであり、自由な学問研究に対し政治的な干渉をしてこれを萎縮させることは、学問の自由を保障する憲法とは相容れないものである。
こうして確保された独立性・自律性のもと、学術会議は、年平均10を超える提言・勧告等の意見表明を発出したり(省庁等からの諮問に応えたものを含む。)、わが国の学術団体を代表して国際科学会議(現・国際学術会議)に加盟しその一員として活動したりする、等の活動を行ってきた。その活動は、政府からの財政支援が脆弱で活動の一部が会員の手弁当によらざるを得ないという点はともかく、特に問題とされるようなことはなかったものである。
学術会議に関して政治問題が浮上したのは、2020年(令和2年)、菅義偉首相(当時)が、新会員の任命にあたり、具体的理由を明らかにすることもなく、学術会議が推薦した候補者105名のうち6名の任命を拒否した際であった。この任命拒否に対しては、当会や(2020年(令和2年)10月28日「日本学術会議の推薦に基づく会員の任命を求める会長声明」)日本弁護士連合会を含む多くの学会や諸団体、世論から、抗議、反対が寄せられたが、その後に至るも政府は任命拒否した6名を任命することなく、任命拒否の理由を明らかにすることもないまま、法7条1項が定める210名の会員のうち6名が欠員という違法状態が継続している。
政府は、このような違法状態を放置し、かつその理由の説明も欠いたまま、「日本学術会議の在り方についての方針」(2012年(令和4年)12月6日、内閣府)、「日本学術会議の法人化に向けて」(2023年(令和5年)12月22日、内閣府特命担当大臣決定)、「学術会議の在り方に関する有識者懇談会」の設置(2023年(令和5年)8月29日第1回開催、2024年(令和6年)12月20日に最終報告書を公表)、と、一方的に学術会議の在り方を問題視してその法人化を図る方針を打ち出しており、このような経過からは、問題の焦点をずらそうとする政府の意図が窺われる。
改正案では、学術会議の設置形態を独立した法人とするほか、
(1) 内閣総理大臣が委員を任命する日本学術会議評価委員会を内閣府に置き、学術会議の活動計画や業務実績についての評価に関する報告を受け、学術会議に対して意見を述べることができるとすること、
(2) 内閣総理大臣が任命する監事が、学術会議会員等について、「不正の行為」「があると認めるとき」に限らず、「当該行為をするおそれのある事実があると認めるとき」や「著しく不当な事実があると認めるとき」にも、内閣総理大臣等に報告するものとすること、
が盛り込まれているが、これらの活動次第では、任命権を通じて内閣総理大臣が学術会議の活動にコントロールを及ぼすことが可能となる。
そもそも、学術会議が「国の特別の機関」として活動してきたがために問題が生じたという事態はなかったのであるから、学術会議を法人化すべきであるとか、最終報告書が提言する評価委員会や監事を設置すべきことを示す立法事実はない。
仮に、学術会議の組織形態等を改変するのであれば、学術会議が一貫して主張しているように(直近では2025年(令和7年)2月27日の学術会議会長談話「日本学術会議の法人化に関する法案の検討状況について」及び同年3月7日の同会長談話「日本学術会議法案について」)、(1)学術的に国を代表するための地位、(2)そのための公的資格の付与、(3)国家財政支出による安定した財政基盤、(4)活動面での政府からの独立、(5)会員選考における自主性・独立性、という5要件が満たされるべきである。改正案の内容は、到底これを満たすものではない。
以上より、当会は、学術会議の独立性・自律性を脅かす改正案に反対し、学術会議の独立性・自律性を尊重すること、また、会員任命を拒否されたままの6名を任命して違法状態を速やかに解消することを改めて求める。
2025年(令和7年)3月24日
福岡県弁護士会
会長 德永 響