福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2025年3月21日
「大崎事件」の再審請求棄却決定についての特別抗告棄却決定に強く抗議する会長声明
声明
1 いわゆる「大崎事件」の第4次再審請求事件において、最高裁判所第三小法廷(石兼公博裁判長)は、2025年(令和7年)2月25日付けで、再審請求を棄却した鹿児島地方裁判所(中田幹人裁判長)の原々決定を支持して即時抗告を棄却した福岡高等裁判所宮崎支部(矢数昌雄裁判長)の原決定を是認し、請求人の特別抗告を棄却した(以下「本決定」という。)。なお、本決定は、4名の裁判官による多数意見であり、原決定及び原々決定を取り消して再審開始を決定すべきとする宇賀克也裁判官による反対意見(以下「宇賀反対意見」という。)が付されている。
2 「大崎事件」は、1979年(昭和54年)10月12日に、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)が、元夫(長男)及び義弟(次男)と共謀して、義弟(四男)の頚部に西洋タオルを巻き、そのまま締め付けて窒息死させ、その遺体を、義弟(次男)の息子をも加えた4名で義弟(四男)方の牛小屋堆肥内に埋没させて遺棄したとされる事件であり、アヤ子氏に対する懲役10年の有罪判決が確定している(以下「確定判決」という。)。アヤ子氏は、一貫して無実を主張しており、満期出所後、3度にわたって再審請求を申し立てていた。第1次再審請求においては、請求審である鹿児島地方裁判所(笹野明義裁判長)が再審開始決定をしたものの、その即時抗告審である福岡高等裁判所宮崎支部(岡村稔裁判長)がこれを取り消し、特別抗告審である最高裁判所第一小法廷(金築誠志裁判長)も再審開始を認めなかった。第3次再審請求においても請求審である鹿児島地方裁判所(冨田敦史裁判長)が再審開始を認め、その即時抗告審である福岡高等裁判所宮崎支部(根本渉裁判長)もこれを支持したことから、再審開始の道筋がつけられたものと思われたが、結局、再審開始に至らなかった。
第3次再審請求においては、2019年(令和元年)6月25日に特別抗告審である最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)が、再審開始を認めた請求審の決定やこれを支持した即時抗告審の決定を取り消さなければ著しく正義に反するとまで断じた上で、各決定を取り消し、再審請求を棄却するという前代未聞の不当な決定をなした。当該決定は、義弟(四男)の死因が出血性ショックによるものである可能性が高いことを指摘した法医学者の鑑定について、当該法医学者が遺体を直接検分しておらず、解剖時に撮影された12枚の写真からしか遺体の情報を得ることができなかったことなどを指摘して、証明力に限界があると説示し、死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえないとしていた。
3 今次の第4次再審請求は、高齢になり寝たきりになったアヤ子氏の強い願いを受け止めた親族により申し立てられたものである。
当会では、これまでにも「大崎事件」の再審請求事件についての決定に対して会長声明を発しており、確定判決の問題点を度々指摘してきたところである。
第4次再審請求においては、確定判決が認定した殺害行為時よりも早い時点で既に義弟(四男)が死亡していたことを明らかにする死亡時期に関する新証拠として救急救命医の鑑定書が提出されていたが、本決定は、これを死因に関するものと過小評価した上で、救急救命医が遺体を直接検分しておらず、解剖時に撮影された写真から得られる情報が限定的であり、証明力に限界があると説示している。新証拠の証明力を不当に低く評価している点で、上記の第3次再審請求における最高裁決定を無批判に追従したものとしかいえない。
そもそも、再審請求に際して提出される証拠については、いわゆる新規性を求められるのであるから、鑑定を行う者が遺体を直接検分していないことは当然に予定されている。それにもかかわらず、第3次再審請求における最高裁決定や本決定が新証拠である鑑定の証明力を攻撃する材料としていることは、再審制度の否定につながりかねないものであり、不当である。この点については、宇賀反対意見が、現在の医学の飛躍的発展により限られた情報から驚くほど多くの医学的知見が得られるようになったといえることから、鑑定を行う者が遺体を直接見分していないことなど依拠した情報が限定的であることをもって新証拠の証明力を低くする根拠とすることには賛同し難いと述べているところである。
本決定は、解剖をした法医学者の意見を所与の前提として、新証拠である救命救急医の鑑定書の核心につき、これが義弟(四男)の死因ではなく死亡時期を考察するものであるとの適切な評価を誤り、科学的・専門的知見に基づいた判断を行わず、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反し、再審請求を棄却すべきものとした各決定を是認しており、断じて容認できるものではない。
4 アヤ子氏が繰り返し汚された名誉の回復を速やかに図るべく、一刻も早く再審公判を行わなければならないことは言うまでもない。
当会としては、本決定に対しての強く抗議するとともに、再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止をはじめとする、えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現を求める次第である。
2025年(令和7年)3月21日
福岡県弁護士会
会 長 德永 響
2025年3月24日
日本学術会議の独立性・自律性を尊重すること等を求める会長声明
声明
そもそも学術会議は、「学者の国会」とも呼ばれ、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、」「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命と」する国家機関である(法前文、2条)。
法の規定上、学術会議は、「独立して」、「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」等の職務を行い(法3条)、政府から「諮問」を受ける(法4条)ほか、諮問が無くとも「政府に勧告する」(法5条)権限を有しており、政府からの強い独立性と自律性を有している。
210名の会員の選定は、元来、各学術分野の研究者によって構成される学会の選挙によっていたが、1983年(昭和58年)の法改正により、学術会議の「推薦」「に基づいて、」「内閣総理大臣が任命する」(法7条2項、17条2項)現行方式に改められた。この改正が、内閣総理大臣による政治介入を招くのではないかとして問題となったが、中曽根康弘首相(当時)が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。」と答弁し(同年5月12日、参議院文教委員会)、「推薦をしていただいた者は拒否はしない。そのとおりの形だけの任命をしていく」(同年11月24日、同院同委員会における総理府総務長官答弁)という運用がなされることにより、人事面での政府からの独立性が引き続き確保されてきた。
このように学術会議という学術組織にとって政治権力からの独立性・自律性が尊重されるべきことは、憲法23条が学問の自由を保障することに基づく。
本来、学問研究の真髄は真理の探究にあるが、その際には、時々の社会において支配的な価値観や政治思想、さらには時の政府の政治方針を批判的検討の対象とすることもしばしば起こり得る。
そうした場合に政府が自らに批判的な学術的営みに干渉することが可能であるならば、真摯な批判的検討による真理探究という科学の営みはゆがめられてしまい、「科学の発達向上」(法2条)等の法の目的もおよそ達し得るところではない。したがって、科学の発達のためには、学問研究の自由の保障が必要不可欠である。
先の大戦に至る経過において、学問研究の自由が圧迫され、これが全体主義の伸長をもたらす一因をなした。滝川幸辰教授がその学説を理由に政府から休職を命じられた京大滝川事件(1933年(昭和8年))や、「国体」に反する異説を唱えたとして美濃部達吉貴族院議員が全ての公職から追放された天皇機関説事件(1935年(昭和10年))は、その代表例である。憲法は、その反省のもと、学問の自由(憲法23条)を保障したのであり、自由な学問研究に対し政治的な干渉をしてこれを萎縮させることは、学問の自由を保障する憲法とは相容れないものである。
こうして確保された独立性・自律性のもと、学術会議は、年平均10を超える提言・勧告等の意見表明を発出したり(省庁等からの諮問に応えたものを含む。)、わが国の学術団体を代表して国際科学会議(現・国際学術会議)に加盟しその一員として活動したりする、等の活動を行ってきた。その活動は、政府からの財政支援が脆弱で活動の一部が会員の手弁当によらざるを得ないという点はともかく、特に問題とされるようなことはなかったものである。
学術会議に関して政治問題が浮上したのは、2020年(令和2年)、菅義偉首相(当時)が、新会員の任命にあたり、具体的理由を明らかにすることもなく、学術会議が推薦した候補者105名のうち6名の任命を拒否した際であった。この任命拒否に対しては、当会や(2020年(令和2年)10月28日「日本学術会議の推薦に基づく会員の任命を求める会長声明」)日本弁護士連合会を含む多くの学会や諸団体、世論から、抗議、反対が寄せられたが、その後に至るも政府は任命拒否した6名を任命することなく、任命拒否の理由を明らかにすることもないまま、法7条1項が定める210名の会員のうち6名が欠員という違法状態が継続している。
政府は、このような違法状態を放置し、かつその理由の説明も欠いたまま、「日本学術会議の在り方についての方針」(2012年(令和4年)12月6日、内閣府)、「日本学術会議の法人化に向けて」(2023年(令和5年)12月22日、内閣府特命担当大臣決定)、「学術会議の在り方に関する有識者懇談会」の設置(2023年(令和5年)8月29日第1回開催、2024年(令和6年)12月20日に最終報告書を公表)、と、一方的に学術会議の在り方を問題視してその法人化を図る方針を打ち出しており、このような経過からは、問題の焦点をずらそうとする政府の意図が窺われる。
改正案では、学術会議の設置形態を独立した法人とするほか、
(1) 内閣総理大臣が委員を任命する日本学術会議評価委員会を内閣府に置き、学術会議の活動計画や業務実績についての評価に関する報告を受け、学術会議に対して意見を述べることができるとすること、
(2) 内閣総理大臣が任命する監事が、学術会議会員等について、「不正の行為」「があると認めるとき」に限らず、「当該行為をするおそれのある事実があると認めるとき」や「著しく不当な事実があると認めるとき」にも、内閣総理大臣等に報告するものとすること、
が盛り込まれているが、これらの活動次第では、任命権を通じて内閣総理大臣が学術会議の活動にコントロールを及ぼすことが可能となる。
そもそも、学術会議が「国の特別の機関」として活動してきたがために問題が生じたという事態はなかったのであるから、学術会議を法人化すべきであるとか、最終報告書が提言する評価委員会や監事を設置すべきことを示す立法事実はない。
仮に、学術会議の組織形態等を改変するのであれば、学術会議が一貫して主張しているように(直近では2025年(令和7年)2月27日の学術会議会長談話「日本学術会議の法人化に関する法案の検討状況について」及び同年3月7日の同会長談話「日本学術会議法案について」)、(1)学術的に国を代表するための地位、(2)そのための公的資格の付与、(3)国家財政支出による安定した財政基盤、(4)活動面での政府からの独立、(5)会員選考における自主性・独立性、という5要件が満たされるべきである。改正案の内容は、到底これを満たすものではない。
以上より、当会は、学術会議の独立性・自律性を脅かす改正案に反対し、学術会議の独立性・自律性を尊重すること、また、会員任命を拒否されたままの6名を任命して違法状態を速やかに解消することを改めて求める。
2025年(令和7年)3月24日
福岡県弁護士会
会長 德永 響