福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2024年7月10日
飯塚事件第2次再審請求審の再審請求棄却決定についての会長声明
声明
1 いわゆる「飯塚事件」の第2次再審請求事件において、福岡地方裁判所(鈴嶋晋一裁判長)は、2024年(令和6年)6月5日、再審請求を棄却する旨の決定(以下「本決定」という。)をした。
2 「飯塚事件」は、1992年(平成4年)2月20日に福岡県飯塚市において通学途中の女児2名(いずれも当時7歳。以下「被害女児」という。)が失踪し、翌日甘木市内(当時)の山中で被害女児がそれぞれ遺体となって発見された事件である。福岡県警は、その約2年7ヶ月後に、久間三千年氏(以下「久間氏」という。)を死体遺棄の被疑事実で逮捕した。久間氏は一貫して無実を主張していたが、福岡地検は死体遺棄罪、略取誘拐罪及び殺人罪で久間氏を起訴した。福岡地裁は、1999年(平成11年)9月29日に久間氏に対して死刑を言い渡した(以下「確定判決」という。)。控訴及び上告がそれぞれ棄却され、2006年(平成18年)10月8日、第1審の死刑判決が確定した。
確定判決は、久間氏が犯人であることを直接に証明する証拠がないことを認めつつ、情況証拠の積み重ねによって久間氏が犯人であることについて合理的疑いを超えて認定できるとして、久間氏を死刑に処した。有罪認定における重要な証拠として、①被害女児の遺体から採取された血液の中に、犯人に由来すると認められる血液が混在し、その血液から検出されたDNA型が久間氏のそれと一致したとする警察庁科学警察研究所の鑑定結果(MCT118型鑑定)のほか、②事件当日に拐取現場とみられる通学路上で被害女児を目撃したとする供述調書や、③遺留品発見現場とされる地点付近で事件当日に久間氏の所有車両と特徴が一致するとみられる車両を見たとする目撃証言などが挙げられた。
久間氏はその後も無実を訴え、再審請求を準備していた。しかし、死刑判決の確定から2年後の2008年(平成20年)10月28日、久間氏に対する死刑が執行された。そのため、久間氏の遺志を引き継いだ久間氏の遺族によって再審請求が行われていた。
3 ところが、①に関して、第1次再審請求において、DNA型鑑定結果については写真の改ざん等の重大な欠陥があったことが明らかとなり、その信用性に疑問が呈されたものであったが、他の証拠を総合すれば、結論として確定判決の有罪認定が揺らぐことはないとされたのである。
そこで、今般の第2次再審請求においては、主として2名の供述証拠が新証拠として提出され、これらについて新たに証人尋問が行われた。②との関係では、事件当日に被害女児を目撃した旨供述していた目撃者(②の供述者)は、被害女児を見たのは事件当日ではないこと、当時の供述は警察官による強引な誘導によってなされたものであることなどの証言をした。③の証明力を減殺するものとして、事件当日に不審車両を目撃した別の目撃者は、事件現場近くのバイパスで、小学校低学年の女児2名が後部座席に乗車している犯行車両と思われる不審車両を目撃して翌朝警察に通報したが、その際に目撃した車は久間氏の所有車両の特徴と異なる白のライトバンであったこと、犯人と思しき人物の外見が久間氏の外見とは全く違っていることなどの証言をした。
4 本決定は、これらの証言の信用性を認めず、それぞれ確定判決が有罪認定に用いた各証拠の信用性を減殺することはなく、確定判決の認定は揺るがないとして、いずれの新証拠について明白性を否定し、再審請求を棄却した。本決定は、新証拠がそれ自体で確定判決の有罪認定を揺らがせる程度に高度な信用性を備えていることを要求するものと理解せざるを得ない。まさに明白性の有無や程度の判断において、新証拠がそれ自体で確定判決の有罪認定を決定的に揺らがせるものでなければならないとする孤立評価説そのものであって支持できない。本決定がこのように各証言の信用性を否定したその結論には重大な疑問があり、新証拠としての明白性を否定した点は、「疑わしいときは被告人の利益に」の鉄則が再審開始の要件である新証拠の明白性の有無を検討する際にも適用される旨を示したいわゆる白鳥・財田川決定に違反する判断であり、到底是認できない。
5 なお、第2次再審請求の審理においては、裁判所が、請求人の求めに応じて、検察庁に警察からの送致文書リストを開示するよう文書で勧告したところ、検察官は裁判所にそのような勧告を行う権限がないとしてこれを拒絶した。このような検察官の対応は、真実を探求し、正義を実現するという検察官の使命に背くものであり、全く許されないことである。
こうした背景には、現行の刑事訴訟法には再審請求審における証拠開示の明文規定がなく再審請求の審理に関して裁判体による格差が生じていることで裁判所の勧告に検察官への拘束力が生じないということが挙げられる。まさに当会が2022年(令和4年)8月24日付け会長声明で宣明しているとおり、えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現が不可欠であることを示している。加えて、当会は2020年(令和2年)9月18日に、政府及び国会に対して、死刑制度を廃止すること、死刑の代替刑として終身刑を導入すること、死刑制度廃止のための関連法案が成立・施行されるまで、死刑執行を停止することを求める「死刑制度の廃止を求める決議」を行っているところ、その理由中にも述べているとおり、本件は、えん罪の疑いのある事件であるにもかかわらず、再審準備中に死刑が執行されており、死刑制度の非人道性を改めて浮き彫りにしている。
当会は、本件の再審請求につき注視するとともに、これまで以上に、死刑廃止及び再審請求事件における証拠開示の制度化を含む再審法改正等、えん罪を防止・救済するための制度改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。
2024年(令和6年)7月10日
福岡県弁護士会 会長 德永 響
旧優生保護法最高裁大法廷判決を受けて、全ての優生手術被害者に対する被害回復の実現を求める会長声明
声明
2024年(令和6年)7月3日、最高裁判所大法廷は、旧優生保護法違憲国家賠償請求訴訟について、同法のいわゆる優生条項が憲法13条及び14条1項に違反することを明らかにした上で、被害者らの賠償請求を認容する判決(以下「本判決」という)を言い渡した。
旧優生保護法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」として1948年に制定された法律である。
同法が個人の尊厳と人格の尊重を定める憲法13条、法の下の平等を定める憲法14条に違反することは明白であるが、1996年に母体保護法に改正されるまでの48年間もの長きにわたって存続し、その間、少なくとも約2万5000人に不妊手術が実施されたほか、優生思想に基づく教育がなされるなどの優生政策が推進されたのである。
その結果、日本の社会には優生思想が深く浸透し、今もなお障がいを有する人々に対する根強い偏見差別が存在している。
国は、優生保護法が改廃された後も、不妊手術の実施なども「かつては合法であった」などと強弁し続け、国連や日弁連の勧告などにも耳を貸さなかった。
それでも、2018年に不妊手術を受けさせられた被害者が仙台地裁に国家賠償請求訴訟を提起したことがきっかけとなって、いわゆる一時金支給法が制定されるに至ったが、真の権利回復にはほど遠い状況であった。
しかも、国は、各地の同種訴訟において、旧優生保護法の違憲性を認めることを回避した上で、改正前民法第724条後段の除斥期間の経過により被害者の損害賠償請求権は消滅したと主張してきた。
しかし、本判決は、このような国の主張を一蹴し、国が除斥期間の経過を主張して損害賠償責任を免れることは著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できないと述べた上で、国の除斥期間の主張は信義則違反又は権利の濫用で許されないと判断した。15人の裁判官が、全員一致で、国の主張の根拠とされてきた最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決を見直すことを明言し、これにより、全ての被害者の権利回復の途がひらかれたのである。まさに、画期的な判断である。
当会は、最高裁判所が旧優生保護法による被害者の声を正面から受け止め、人権保障の最後の砦としての役割を果たしたことを高く評価する。
国は、本判決を厳粛に受け止め、旧優生保護法による全ての被害者に謝罪するとともに、被害の全面救済に向けた取り組みを早急に開始すべきである。
当会としても引き続き、旧優生保護法による全ての被害者の被害回復の実現に向けて、必要な提言、相談会の実施等の取り組みを行っていくとともに、今なお社会に存在する優生思想に基づく障がい者に対する差別・偏見を解消すべく活動していく決意である。
2024年(令和6年)7月10日
福岡県弁護士会
会長 德 永 響