福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2024年5月28日

暴力団被害者の支援の拡充を求める決議

決議

決議の趣旨
 当会は、以下のとおり、暴力団等による組織的な犯罪行為の被害者(以下「暴力団被害者」という。)に対する支援の拡充を求める。
1 福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること。
2 国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充すること。


2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会


決議の理由
第1 福岡県における暴力団被害の実情と課題
 福岡県には、全国最多の5つの指定暴力団の本拠が存在し、長年にわたり、暴力団の存在や活動が市民の安全で平穏な生活の大きな脅威となっており、実際に一般の市民が暴力団同士の対立抗争に巻き込まれ、あるいは暴力団の標的となり殺傷等の被害を受ける事件も多数発生している。そのため、当会の民事介入暴力対策委員会に所属する会員有志らは、このような暴力団被害者の代理人として、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)第31条の2に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を追及する訴訟(以下「組長責任訴訟」という。)を提起するなど、これまで暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 そして、福岡県においても、福岡県暴力団排除条例第9条に基づき、組長責任訴訟を提起し、又は提起しようとする者に対し、訴訟費用に充てる資金の貸付けを行うなどの必要な援助を行ってきたところであり、かつ、2023年度には、暴力団等(なお、本決議において、「暴力団等」とは暴対法第2条第2号に規定する暴力団のほか、いわゆる準暴力団(暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるもの)を含む概念として用いている。)が関与する特殊詐欺等の組織犯罪に関し、弁護士の調査費用を調査委託費として公費で負担する全国初の取り組みを開始するなど先進的に暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 しかしながら、暴力団被害は、暴力団等の凶悪かつ強大な組織によって引き起こされるものであるから、仮に実行犯が検挙されたとしても、被害申告や捜査協力に対する報復や証人威迫、口封じといった組織を通じての再被害(被害者が加害者より再び危害を加えられること)に対する不安が直ちに払拭されるものではないという特性がある。
 そのため、暴力団被害者の中には、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされ、あるいはそれまでの就業先を失わざるを得ないなどの大きな経済的負担を被ることもある。
 また、同様の理由により暴力団被害者がその被害回復を求めて自ら組長責任訴訟等の法的手続をとることは容易ではなく、さらに仮に民事訴訟で勝訴判決を得ても、その回収は困難を極める実情がある。
このように、暴力団被害者の被害は重大であるにも関わらず、被害回復は困難を極めるから、暴力団被害者に対する十分な支援が必要である。


第2 暴力団被害者に対する日常生活支援拡充の必要性
1 居住に関する支援
 暴力団被害者が犯罪被害者(犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為により害を被った者及びその家族又は遺族。以下「犯罪被害者等」という。)である場合、暴力団被害者についても福岡県における一時避難場所の確保に係る公費支出制度の利用や各自治体が行う公営住宅への入居に関する優遇措置などは利用可能であるが、暴力団被害者は当該暴力団等が存在する限り再被害の不安を払拭できないから、一時避難場所の提供では支援として不十分であるし、公営住宅では暴力団等からの保護対策の観点上安全な環境とは言い難く、暴力団被害者に対する居住支援としては不十分である。また、福岡県は、2023年4月1日、殺人や傷害等の故意の犯罪行為により死亡した犯罪被害者の遺族、又は重傷病を負った犯罪被害者が、当該犯罪行為が行われた時に福岡県内に住所を有する場合、見舞金を支給する制度を創設しており、このような見舞金は犯罪被害者等の転居費用にも充てられることが想定されるが、遺族見舞金は30万円、重傷病見舞金は10万円にとどまっており、犯罪被害者等が暴力団被害者で、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされる場合には、到底十分な金額とはならない。
 そこで、例えば、上記見舞金支給制度を拡充し、暴力団被害者を含む犯罪被害者等が遠隔地に転居することが相当な場合には、実際にかかった転居費用を追加して補助する等の暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った居住支援制度の拡充が必要である。


2 雇用に関する支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受け就業困難に陥り、あるいは暴力団等による再被害をおそれて遠隔地に転居するなどすることで、転職や廃業を余儀なくされる場合がある。しかし、このような暴力団被害者の雇用の維持及び確保に関する支援としては、就職支援センターにおける就職支援などの一般的な福祉制度を利用するほかなく、暴力団被害者の被害の実情を鑑みれば、暴力団被害者に対する雇用支援としては不十分である。そこで、暴力団被害者を含む犯罪被害者等やこれらの者を雇用する企業に対する給付金・補助金の支援制度や、遠隔地での就業を希望するこれらの者に就業先を紹介する等の支援をするための広域連携協定の締結といった暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った雇用支援制度の創設が必要である。


3 その他の支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受けることが多く、治療やカウンセリングのための医療費の負担が生じるほか、再被害の不安や保護対策を受けることとの関係上、日常生活にまで不自由が生じることが多い。また、暴力団被害は被害者本人のみならず、その家族や関係者に対しても及ぶことがあり、支援は被害者本人のみならず家族や関係者に対しても必要となる。
 しかし、医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面において、暴力団被害者特有の支援制度はとくに存在せず、支援者側の安全の確保等の観点から民間支援団体による支援につなげることすら難しい現状がある。
 そのため、このような暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面における支援のさらなる拡充を実現するべきである。また、それにあたって、暴力団被害者の支援の担い手となる民間支援団体等に対する警察による保護対策の強化や担い手の確保等にも取り組むべきである。


第3 暴力団被害者の被害回復支援の拡充の必要性
1 暴力団被害者が自ら損害賠償請求訴訟を提起することの困難さ
 福岡県における訴訟費用に充てる費用の貸付制度等をもってしても、暴力団被害者の再被害に対する不安に鑑みると、暴力団被害者が自ら組長責任訴訟等を提起することは困難を極める。そのため暴力団被害者の被害回復支援の拡充が必要である。


2 国の求償訴訟の積極的活用の提言
 犯罪被害者等に対する国の被害補償制度としては、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)に基づく犯罪被害給付制度が存在し、暴力団被害者についても同制度による支援を受けることが可能である。そして、犯罪被害給付制度では、国は、その支給した犯罪被害者等給付金(以下「犯給金」という。)の限度において、当該犯給金の支給を受けた者が有する損害賠償請求権を取得することになる(犯給法第8条2項)。しかし、これまで国が実際にこの求償権を加害者側に行使した例は僅かにとどまっているようである。その理由については、求償権を行使しても加害者が無資力などで回収困難な場合が多いことや犯罪被害者等の救済を優先するためと考えられている。
 しかしながら、暴力団被害については、資力のない実行犯等のみならず、民法第715条に基づく使用者責任を追及する訴訟や組長責任訴訟を暴力団の代表者等に対して提起することが可能な場合があり、そのような場合には回収可能性が認められることも多い。とすれば、暴力団被害の場合に国が求償権を行使しない理由はないといえる。むしろ国が求償権を積極的に行使しないのであれば、かえって暴力団側に不当な利益を与えることになりかねず、暴力団の不当な活動を助長するおそれすらある。
 また、犯罪被害給付制度により暴力団被害者の全ての被害が補償されるものではないため、暴力団被害者の被害回復には犯罪被害給付制度の拡充もあわせて必要となるが、少なくとも国が積極的にこのような求償訴訟を提起すれば、暴力団被害者が単独で組長責任訴訟等を提起する場合と比較して、民事訴訟提起に伴う暴力団被害者の不安が緩和される効果が生じることが期待できる。


3 立替払制度・回収制度の創設等の提言
 日弁連の2023年3月16日「犯罪被害者等補償法制定を求める意見書」は、国が犯罪被害者等に対する経済的支援を拡充するため、①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度、の2つを柱とし、現行の犯給法による経済的支援を包摂した新たな犯罪被害者等補償法を制定するべきとする。
 同意見書は、意見の理由として、犯罪被害者等が受ける経済的被害の実情や犯罪被害給付金制度が不十分であることを指摘するが、このような指摘は、まさに暴力団被害者にも強く妥当するといえる。
 そして、これまでは、暴力団被害者については、組長責任訴訟等を提起することで損害賠償を受けることが可能であったが、暴対法や各地の暴力団排除条例等に基づく暴力団対策の強化により、将来、暴力団等の活動の匿名化・非公然化が進む危険性も指摘されており、その場合、暴力団の代表者等に対する勝訴判決を得ても、任意の弁済を受けることは期待し難く、また財産の隠匿等により強制執行も困難になるなど、現実の回収に至らない例が増加することが危惧される。
 そのような場合、組長責任訴訟等により暴力団の代表者等に対する債務名義を取得した暴力団被害者への国による損害賠償金の立替払制度や、債務名義を取得した後の債権回収を暴力団被害者が国の機関に委託する回収制度の創設は、いずれも有益であり、暴力団被害者の支援に資するものとなる。
 日弁連の上記意見書では、参考として、スウェーデンにおける強制執行庁による債務名義に基づく損害賠償金の回収制度が挙げられているが、国としては、このような制度を参考として早期に国による損害賠償金の立替払制度や回収制度を検討するべきである。


4 適格団体訴訟制度の拡張の提言
 暴対法第32条の4第1項は、適格都道府県センターに対し、当該都道府県の区域内に在る指定暴力団等の事務所の使用により付近住民等の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されることを防止するための事業を行う場合において、当該付近住民等で、当該事務所の使用によりその生活の平穏又は業務の遂行の平穏が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求をしようとするものから委託を受けたときは、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該請求に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有すると定めている(いわゆる適格団体訴訟制度)。暴力団被害者は暴力団からの報復をおそれ、暴力団に対する法的手続を躊躇する傾向にあるため、このような適格団体訴訟制度は暴力団被害者の保護に資するといえるが、現行法では、指定暴力団等の事務所使用差止請求にしか活用できない。そこで、消費者裁判手続特例法における被害回復関係業務に係る規律を参考に新たな立法的枠組みを創設するなどして、組長責任訴訟やそれを債務名義とする強制執行手続においても適格都道府県センターに訴訟担当適格や執行担当適格を認めることで、暴力団被害者の被害回復を容易にすることも考えられるところである。


第4 結語
 以上のとおりであるから、当会は、暴力団被害者を支援するため、第一に、福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること、第二に、国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充することを求める。

以上

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