福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2024年5月 3日

憲法記念日にあたっての会長談話

会長談話

本日、日本国憲法は施行から77年を迎えます。

世界では悲惨な紛争やテロが起こっています。
2022年2月から始まったロシア連邦によるウクライナへの軍事侵攻は今なお停戦、休戦の兆しはなく、ウクライナの民間人だけでも1万人以上もの人々が亡くなったと報道されています。
また、昨年10月から、ハマス等のパレスチナ武装勢力によるイスラエル攻撃を発端としたイスラエルによるパレスチナへの空爆が始まりました。ハマスを壊滅するとの名目の下、乳幼児を含む市民3万3000人以上が死傷し、街は破壊され、人々は絶望的な状況の中にいます。
この暗澹たる惨状を目にしたとき、暴力や武力によって要求を押し通そうとすることの悲惨さを痛感するとともに、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法前文の理想を思い起こさずにはいられません。日本国憲法は、武力ではなく対話と協調による外交努力によって平和を維持することを目指しています。今こそ日本国憲法の力を活かすときであり、日本政府が国際社会に対して平和の実現を真摯に働きかけることが望まれます。当会は昨年12月6日に、ハマス等パレスチナ武装勢力及びイスラエル双方に対して直ちに停戦を求め、日本政府に対して停戦の実現に向けて働き掛けることを求める会長声明を発出しました。

一方で、国内に目を転じれば、憲法の三原則のうちの一つ、基本的人権を尊重する取組みや裁判例が出ています。
例えば、同性間での婚姻を認めない現在の法制度が憲法違反であるとの裁判が各地で起こされていますが、既に4つの地方裁判所で、同性婚を認めないことは違憲または違憲状態であるとの判決が出されています。これに加え、本年3月14日には札幌高等裁判所が、高裁として初めて、同性カップルにも憲法上の婚姻の自由の保障が及ぶとし、現行の法制度は違憲であると判断しました。札幌高裁は同性婚について「根源的には個人の尊厳に関わる事柄であり、個人を尊重するということ」であると指摘し、同性婚について早急に真摯な議論と対応をすることが望まれると付言しました。司法が、多様な性のありかたを前提として、個人を尊重する動きを強く後押しするものといえるでしょう。当会もこの札幌高裁の判決を受け、本年4月9日に、直ちにすべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明を発出しています。
他にも、2023年4月に子ども基本法が施行され、「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり」子ども施策を推進していくことが定められました。また、ここ1、2年の間で、中学校の校則見直しを行う動きが全国的に広まっていますが、これも子どもを「個人として尊重する」という憲法の理念を実現する動きの表れであるといえます。
人を個人として尊重し、基本的人権を尊重するという憲法の理念を実現するために、
今後もさらに憲法を活かしていくことが求められています。

世界各地で多発する紛争、地球規模で進行する気候変動、AI等これまでにないレベルで発展する技術、多様化する価値観があり、世界も日本も情勢は目まぐるしく変化しています。その中で日本国憲法が基本原理とする基本的人権の尊重、国民主権、平和主義は今後日本がどのように振る舞うべきかの指針であり、その実現のために不断の努力が求められています。

当会は、基本的人権の擁護と社会正義を使命とする法律家団体として、憲法の理念を踏まえ、平和と人権擁護のために全力をあげて活動してまいります。


2024年(令和6年)5月3日
福岡県弁護士会
会長  徳永 響

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2024年5月27日

刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議

決議

(決議の趣旨)
  当会は、「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を改革するために、以下のような裁判所及び裁判官の運用改善を求める。
(1)各裁判官に対して
  ア 勾留質問において勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行い、これを適切に勾留質問調書に記載する運用とすること。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とすること。
  ウ 勾留の判断にあたっては、防犯カメラの普及や科学技術・IT技術の進展、各人がスマートフォン等の電子機器によって容易に録画録音が可能となる等、勾留理由が認められにくくなった社会変化を前提に、身体不拘束の原則や比例原則も踏まえて勾留理由を厳格に判断する運用とすること。
(2)最高裁判所に対して
  ア 勾留質問調書の参考書式について罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問を促すものに変更すること。
  イ 勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを各裁判所に通達又は通知すること。

2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会


(決議理由)
1 日本における刑事身体拘束手続の問題
(1)憲法34条は「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」と規定している。
   これを受けて刑事訴訟法では、逮捕要件や勾留要件を定めた上で、逮捕や勾留について裁判所による令状審査を要求した上で、特に勾留に当たっては、裁判官が直接被疑者・被告人に面談する勾留質問の手続を経なければならないと定めている。
   また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、逮捕・抑留された者は、司法機関の面前に速やかに引致され、引致後「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される」権利を有することを保障し、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定め、身体不拘束の原則を明らかにしている。
(2)ところが、このような憲法や刑事訴訟法、そして国際人権(自由権)規約の定めがあるにも関わらず、実際には刑事訴訟法が歪曲された形で運用され、憲法が「正当な理由」を求め、刑事訴訟法が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を求める被疑者の勾留の要件について、実務においては、抽象的な「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」として解釈し、安易に勾留が認められる傾向にある。
   そして、いったん勾留されれば、起訴前保釈制度がない中で最長23日間の長期にわたって身体拘束を余儀なくされ、起訴後も保釈が認められなければ判決まで身体拘束が続くことになる。
   特に、被疑者が否認するなど事実関係を争ったり、あるいは黙秘権を行使したりしている場合には、安易に「罪証隠滅のおそれ」を認めて勾留し、判決まで、あるいは証人の証拠調べ等が終わるまでは保釈も認められないことから、被疑者自身の身体の自由を人質として自白を強要する「人質司法」と呼ばれてきた。
   また、被疑者が罪を認めている事件で、罰金刑や執行猶予判決が見込まれ、実際には刑務所に収監されないようなケースでも、起訴前・起訴後の勾留が認められるケースは非常に多い。令和4年の司法統計年報を見ても、起訴後に勾留された人員総数(起訴後に保釈等で釈放された被告人も含む。)が32,308人であるのに対して、死刑及び実刑判決を受けた総数は14,184人に過ぎない。
   裁判で有罪になっても処罰としては身体拘束を受けないにも関わらず、捜査段階では身体拘束が認められるというのは、裁判を目的として捜査が行われるという制度上の関係から考えれば、明らかに異常なことである。
   しかし、検察官も裁判官も何ら疑問を持たずに安易に勾留が認められ、弁護人ですらその異常さに慣れてしまっている現状にある。
2 当会や日弁連の取り組み
(1)かかる日本の刑事身体拘束手続の問題に関しては、古くから当会も日本弁護士連合会も問題を指摘するともに、様々な宣言や決議をしたり、意見書をまとめたりしてきた。
   その後の刑事司法改革の中で、被疑者国選弁護制度の導入や拡大、裁判員裁判制度の誕生、公判前整理手続の導入、一部事件についての取調べの録画録音の義務付けといった法改正を伴う制度改革は行われてきた。
   しかし、刑事身体拘束に関する制度改革は特になされず、逆に2023(令和5)年には公判期日等への出頭及び裁判の執行の確保を目的とした刑事訴訟法改正がなされるような状況にある。
(2)このような状況の中で、埼玉弁護士会が全国に先駆けて2010(平成22)年から「被疑者の不必要な身体拘束に対する全件不服申立運動」を実施し、これが全国に広がっていった。
   九州弁護士会連合会においても各地でこの運動を開始し、当会では2017(平成29)年に北九州部会で先行して運動を始め、全県的にも当会の刑事弁護等委員会が呼びかける形で2018(平成30)年以降、本年に至るまで運動を実施してきており、勾留請求や勾留決定そのものを阻止したり、不服申立によって勾留決定が取り消されたりするなど、個々の弁護実践の中でも一定の成果を上げてきた。そして、2020(令和2)年9月には、当会の臨時総会において「刑事身体拘束手続に関する法改正と運用改善を求める決議」がなされ、勾留質問時の弁護人立会権の保障や勾留判断における比例原則適用を明記する刑事訴訟法の改正、勾留質問・勾留理由開示手続・勾留判断における運用改善を求めた。
   このうち、勾留質問の運用改善に関しては、勾留質問において罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行う運用や、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用改善を求めた。
   そして、決議後には個々の事件において勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書を裁判官に提出するよう会員に呼びかけ、実際に少なくない事件で勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書が提出されてきている。
(3)このような取り組みの影響もあってか、2009(平成21)年までは1%を切っていた勾留請求却下率が急激に増加し、2014(平成26)年には2%を超え、2019(令和元)年には5%を上回るに至った。
   このような勾留請求却下率の動きは、一見すると裁判官が勾留判断を厳格に行うようになったようにも受け止められる。
   しかし、勾留請求却下率はその後減少に転じ、2022(令和4)年には4%を割り込んでいる。
   一方で、検察統計年報における在宅・身柄付を問わずに送検された被疑者(検察官逮捕を含み、自動車による過失致死傷等や道路交通法違反被疑事件は除く)に対して勾留が許可された件数の割合を見ると、1980(昭和55)年は約16%だったのに対して、年々割合が増えて行って2000(平成12)年から2003(平成15)年に30%を超えて倍近くになり、その後若干減ったものの、2011年(平成23)に再び増加に転じ、2012年(平成24)から2022(令和4)年まではずっと30%を超える状況が維持されている。
  送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合が倍近く増えているというのは、全く同じ基準で判断しているとすれば起こり得ない異常な増え方であって、勾留を許可するハードルが下がり、1980年頃であれば勾留が認められなかったようなケースでも勾留が認められるようになってしまっていると考えざるを得ない。
  この間、勾留の要件に関する法改正はないのであり、そうである以上、勾留判断に関する裁判官の運用が変わってきたとしか評価できない。
  そして、上述したとおり2014年(平成26)以降は勾留請求却下率が増えているものの、送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合は30%以上のままであることからすれば、検察官が以前よりも広く勾留請求するようになったため勾留請求却下率が増えていたとも捉えられ、勾留判断に関する裁判官の運用改悪の状況に変わりはないといえる。
  こうした状況の中、2020(令和2)年3月11日に、そもそも犯罪が成立しない事案について、会社の代表者らが逮捕・勾留され、検察官による公訴提起が行われ、約11か月もの間身体拘束された後、公訴提起から約1年4か月経過し第1回公判の直前であった2021(令和3)年7月30日に検察官が公訴取消しをするという、えん罪事件が発生した(大川原化工機事件)。勾留中に被告人のうち1名に重篤な病気が判明するも、保釈が認められず、後に勾留執行停止になるが、死亡するなどの重大な結果も生じており、2023(令和5)年12月27日、東京地裁は、警視庁公安部の警察官による逮捕および取調べ、ならびに検察官による勾留請求および公訴提起が違法であると認定し、被告国と東京都に対して約1億6200万円の支払いを命じる判決を出した。
   人質司法の問題が現在も続いていることを示している事案であって、人質司法が人の命まで奪うような重大な問題であることを表している。
3 勾留判断や勾留質問に関する運用改善の必要性
(1)以上述べてきたとおりであって、刑事身体拘束の問題の本質は改善されておらず、法改正による抜本的な改革が必要であって、当会としても刑事身体拘束に関する法改正を求めていくことに変わりはない。
  しかしながら、法改正には相当の時間がかかる一方で、被疑者・被告人の身体拘束による不利益は日々刻々と生み出されており、上記大川原化工機事件のような悲劇を繰り返さないためにも、このような事態は運用面において直ちに解消されなければならない。
   そこで、法改正を目指した粘り強い運動については継続していきつつも、勾留判断や勾留判断に直結する勾留質問に関しては、運用の改善を求めていくことが早急に必要であることから、下記のような運用改善を求めることとした。
(2)必要な運用の改善
  ア 勾留質問の実質化
    刑事訴訟法61条は、勾留の判断にあたって勾留質問することを裁判官に義務付けている。
    そして、勾留判断の前提としてなされる以上、勾留質問においては、単に犯罪事実に関する意見、陳述を聞くだけではなく勾留理由(勾留要件)に関する意見、陳述も聞くことが当然の前提となっている(最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年度193頁(最高裁判所昭和41年10月19日第三小法廷決定)、注解刑事訴訟法上巻[全訂新版]214頁以下)。
    したがって、本来勾留質問においては、勾留理由に関する陳述を聞くために、罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者、目撃者、共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)や逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族、仕事、住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)などについての具体的質問が必要なはずである。
    ところが、現在の勾留質問は、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされておらず、勾留の判断のための手続として刑事訴訟法が予定している勾留質問手続が単なる形式的な手続となり、形骸化してしまっている。
    このような形骸化した勾留質問が行われている背景事情として考えられるのは、刑事訴訟法61条が「被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。」と規定し、勾留理由に関する質問について明記されてないことに加え、最高裁判所が作成して各裁判所に配布している勾留質問調書の参考書式が、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解についての回答だけを記載すれば足りるかのような書式になっていることも大きな影響を与えていると考えられる。
    すなわち、勾留質問調書の参考書式では、調書作成の効率化のためか、裁判官からの説明部分や質問部分は最初から印字されており、空欄となって回答が予定されているのは、①被疑者の氏名・年齢・生年月日・住居・本籍・職業、②被疑事実そのものに対する弁解内容、③勾留通知先だけとなっている。
したがって、この参考書式のとおりに説明や質問を行えば、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する質問をすることはないし、あえてこれらの事情について質問をして回答を得た場合、この書式自体にはその内容を記載するスペースはなく、わざわざ別紙を用意して別紙の方に自由記載の形で勾留理由に関する質問や回答内容を記載しなければならない。
このような参考書式が準備され、これを用いた勾留質問が一般化してしまえば、勾留質問においてもっぱら被疑事実そのものに関する弁解しか質問されず、逃亡や罪証隠滅のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされない運用が定着してしまうのも無理からぬところがあると言える。
    かかる勾留質問手続の形骸化は、勾留要件に関して具体的な事情に踏み込んで判断する姿勢を失わせ、抽象的な理由でしか判断できず、安易に勾留を認めるという結果に結びついてしまいかねない。
    勾留理由に関する具体的な質問なしに、勾留理由について適切な判断をすることができるはずがないのだから、本来の憲法及び刑事訴訟法の趣旨に則って、裁判官が勾留理由に関する具体的質問をするなどして実質的な勾留質問をするよう運用が改善されるべきである。
    そして、それを促すためにも、最高裁判所は、現在作成・送付している勾留質問調書の参考書式について、「同居者の有無やその扶養の状況」「住居の所有・賃貸の別や居住年数」「勤続歴や就労状況、職場での立場」「被害者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」「目撃者等の関係者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」などの項目を列挙するなどして改訂し、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問が必要であることを示すとともに、質問に漏れが生じにくいような工夫を行うべきである。
    そして、最高裁判所は各裁判所に対して、勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを通達し、あるいは通知するべきである。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いの許可
    現在の刑事訴訟法では、勾留質問への弁護人の立会いに関する規定は存在せず、勾留質問への弁護人の立会いを申し入れても、立会いが認められないケースがほとんどである。
    しかし、憲法34条が被疑者の勾留に関して、「要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」としていることからすれば、非公開の場とはいえ、勾留質問の段階で勾留の理由を説明することは憲法34条の趣旨に適う制度・運用であると言えるし、これに対する被疑者や弁護人の意見をその場で聴取することができれば、より慎重に勾留の判断をすることができ、無用な被疑者の身体拘束を避けることができる。
    この点、当番弁護士制度や被疑者国選弁護制度が普及するまでは、被疑者段階で弁護人が選任されること自体が少なく、まして勾留質問段階で弁護人が選任されていることは期待できない面があった。しかし、当番弁護士制度が普及した上に、被疑者国選弁護の対象が勾留された全事件に拡大され、逮捕段階から弁護人が関与するケースが大幅に増加した現在、勾留質問に弁護人が立ち会うことが可能なケースは大幅に増えている。
    このような弁護人を巡る状況の変化に加え、勾留質問手続の形骸化を防ぎ、憲法34条の趣旨に沿って無用な被疑者の身体拘束を避けるためには、本来、勾留質問時の弁護人の立会権を保障するよう刑事訴訟法を改正すべきであるが、現行の刑事訴訟法においても弁護人の勾留質問への立会いを禁止する規定はなく、改正を待たずとも、裁判官において弁護人の勾留質問への立会いを認めることは可能である。
    実際に、過去には勾留質問への弁護人の立ち会いを認めた例もある。
    一方で、弁護人は、勾留質問の時点ですでに被疑者のみならず家族や関係者から一定の事情を聞いており、勾留要件に関する事情も把握しており、勾留質問への弁護人の立会いが認められれば、裁判官による勾留質問に付随して勾留要件に関する事情を補足したり、勾留理由開示や準抗告を待たずに勾留理由に関する弁護人の意見を述べたりすることができ、裁判官はそれらの補足事情や弁護人意見も踏まえて、より適正に勾留の判断を行うことが可能となる。
    したがって、勾留質問への弁護人立会いを許可するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
ウ 社会変化を前提とした比例原則等を踏まえた勾留に関する厳格な判断
上述したとおり、送検された事件総数に対する勾留許可件数の割合は、1980年頃に比べて倍近くとなっている。
この間の社会変化が犯罪捜査や刑事裁判に与えた影響は大きく、防犯カメラが普及して様々な場所に設置され、また防犯カメラそのものやデータ保存方法や保存媒体が発展したこともあり、防犯カメラ映像は犯人検挙や公判立証に欠かせないものとなっている。
また、スマートフォンの普及により、GPS機能や基地局情報などから特定日時にどの場所にいたかの特定が容易になり、スマートフォン自体の機能を用いて誰でもいつでも容易に録画録音が可能になり、これらの情報や映像・音声も犯人検挙や公判立証に役立っている。
その他、従来の指紋や足跡痕等に頼った科学的な犯人特定方法についても、DNA鑑定や顔貌を含む画像鑑定等の発展により、様々な形での情報取得ができるようになっている。
それに加えて情報化社会の進展により、銀行取引を含む様々な取引が電子化・オンライン化される一方、口座開設や携帯電話の契約など様々な場面で本人確認が必要となり、身分を隠したまま生活を送ることの困難さはより増しているといえる。
このような現代社会では、逃亡を試みたとしても防犯カメラやスマートフォン、銀行取引その他の取引情報などから、居場所は特定され、仮に逃亡自体に成功したとしても長期間の逃亡生活を送ることは極めて困難で、それまでの利便性の高い生活の多くを犠牲にせざるを得ない。
    かかる社会変化を踏まえれば、普通の社会生活を送っている人であれば、パニック状態となって一時的に逃げ出すことはあっても、逃亡して訴追を逃れ続けようとする可能性が1980年頃と比べて大きく低下していることは明らかである。
    また、罪証隠滅のおそれという観点から考えても、被害者や目撃者等の関係者への働きかけをしようとしても、誰もが常にスマートフォンを保有している現代では、その働きかけの行為自体が相手や周囲に録画録音され、かえって罪を重くする結果となるリスクが高いのであり、そのようなリスクを負って証拠隠滅を図るとは考え難く、少なくとも1980年頃と比較すれば罪証隠滅のおそれは相対的に低くなっているはずである。
    つまり、この間の社会変化を前提とすれば、1980年頃と比べて勾留理由は認められにくく、勾留されにくくなってきているはずである。
    にもかかわらず、実際には送検事件総数に対する勾留許可の割合が逆に倍近く増加しているというのは、上記のような社会変化を考慮せず、逆に勾留判断のハードルを下げてしまっているからとしか考えられない。
    いずれにせよ、勾留理由を判断するに当たっては、上記のような社会変化を踏まえて具体的に判断する必要がある。
    また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、身体不拘束の原則を明らかにしているが、日本での起訴時点での身体拘束率は7割を超えているのであって、身体不拘束の原則から外れてしまっていると言わざるを得ない。
    この点、1990(平成2)年の「犯罪防止と犯罪者処遇に関する第8回国際連合会議」での「未決拘禁に関する決議」では、「未決拘禁は、自由の剥奪が、容疑犯罪及び予想される刑罰に比して不均衡となる場合には、命じられないものとする。」として、未決拘禁において比例原則が適用されることを明らかにしている。
    比例原則自体は、日本の行政法や刑事訴訟法でも認められている基準であり、憲法において勾留に「正当な理由」が要求されていることからしても、日本における勾留の判断においても比例原則が適用されるはずである。
    しかし、上述したとおり、比例原則の観点からすれば原則として勾留が許されないはずである罰金刑や執行猶予刑が見込まれるような被疑者や被告人について勾留が認められるケースが多いのが実情であり、現在の裁判実務では勾留判断において比例原則を極めて軽視した判断がなされていると言わざるを得ない。
    したがって、勾留の判断において、社会変化によって逃亡や罪証隠滅のおそれが相対的に低くなっているという現状認識を前提として、身体不拘束の原則や比例原則が適用されることを踏まえて、勾留理由について厳格に判断するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
4 結語
  そこで、当会としては、上述したような運用改善を、各裁判官と最高裁判所に求める。
  また、当会としては、今後もシンポジウム等を通じて刑事身体拘束に関する法制度の改革や運用改善の必要性を広く市民と共有していくとともに、個別の弁護活動における勾留質問の実質化や勾留質問への弁護人の立会い、準抗告等の勾留に対する不服申立を積極的に行っていく運動や取り組みを通じて、法改正や運用改善を引き続き目指していく所存である。


以上

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2024年5月28日

暴力団被害者の支援の拡充を求める決議

決議

決議の趣旨
 当会は、以下のとおり、暴力団等による組織的な犯罪行為の被害者(以下「暴力団被害者」という。)に対する支援の拡充を求める。
1 福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること。
2 国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充すること。


2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会


決議の理由
第1 福岡県における暴力団被害の実情と課題
 福岡県には、全国最多の5つの指定暴力団の本拠が存在し、長年にわたり、暴力団の存在や活動が市民の安全で平穏な生活の大きな脅威となっており、実際に一般の市民が暴力団同士の対立抗争に巻き込まれ、あるいは暴力団の標的となり殺傷等の被害を受ける事件も多数発生している。そのため、当会の民事介入暴力対策委員会に所属する会員有志らは、このような暴力団被害者の代理人として、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)第31条の2に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を追及する訴訟(以下「組長責任訴訟」という。)を提起するなど、これまで暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 そして、福岡県においても、福岡県暴力団排除条例第9条に基づき、組長責任訴訟を提起し、又は提起しようとする者に対し、訴訟費用に充てる資金の貸付けを行うなどの必要な援助を行ってきたところであり、かつ、2023年度には、暴力団等(なお、本決議において、「暴力団等」とは暴対法第2条第2号に規定する暴力団のほか、いわゆる準暴力団(暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるもの)を含む概念として用いている。)が関与する特殊詐欺等の組織犯罪に関し、弁護士の調査費用を調査委託費として公費で負担する全国初の取り組みを開始するなど先進的に暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 しかしながら、暴力団被害は、暴力団等の凶悪かつ強大な組織によって引き起こされるものであるから、仮に実行犯が検挙されたとしても、被害申告や捜査協力に対する報復や証人威迫、口封じといった組織を通じての再被害(被害者が加害者より再び危害を加えられること)に対する不安が直ちに払拭されるものではないという特性がある。
 そのため、暴力団被害者の中には、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされ、あるいはそれまでの就業先を失わざるを得ないなどの大きな経済的負担を被ることもある。
 また、同様の理由により暴力団被害者がその被害回復を求めて自ら組長責任訴訟等の法的手続をとることは容易ではなく、さらに仮に民事訴訟で勝訴判決を得ても、その回収は困難を極める実情がある。
このように、暴力団被害者の被害は重大であるにも関わらず、被害回復は困難を極めるから、暴力団被害者に対する十分な支援が必要である。


第2 暴力団被害者に対する日常生活支援拡充の必要性
1 居住に関する支援
 暴力団被害者が犯罪被害者(犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為により害を被った者及びその家族又は遺族。以下「犯罪被害者等」という。)である場合、暴力団被害者についても福岡県における一時避難場所の確保に係る公費支出制度の利用や各自治体が行う公営住宅への入居に関する優遇措置などは利用可能であるが、暴力団被害者は当該暴力団等が存在する限り再被害の不安を払拭できないから、一時避難場所の提供では支援として不十分であるし、公営住宅では暴力団等からの保護対策の観点上安全な環境とは言い難く、暴力団被害者に対する居住支援としては不十分である。また、福岡県は、2023年4月1日、殺人や傷害等の故意の犯罪行為により死亡した犯罪被害者の遺族、又は重傷病を負った犯罪被害者が、当該犯罪行為が行われた時に福岡県内に住所を有する場合、見舞金を支給する制度を創設しており、このような見舞金は犯罪被害者等の転居費用にも充てられることが想定されるが、遺族見舞金は30万円、重傷病見舞金は10万円にとどまっており、犯罪被害者等が暴力団被害者で、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされる場合には、到底十分な金額とはならない。
 そこで、例えば、上記見舞金支給制度を拡充し、暴力団被害者を含む犯罪被害者等が遠隔地に転居することが相当な場合には、実際にかかった転居費用を追加して補助する等の暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った居住支援制度の拡充が必要である。


2 雇用に関する支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受け就業困難に陥り、あるいは暴力団等による再被害をおそれて遠隔地に転居するなどすることで、転職や廃業を余儀なくされる場合がある。しかし、このような暴力団被害者の雇用の維持及び確保に関する支援としては、就職支援センターにおける就職支援などの一般的な福祉制度を利用するほかなく、暴力団被害者の被害の実情を鑑みれば、暴力団被害者に対する雇用支援としては不十分である。そこで、暴力団被害者を含む犯罪被害者等やこれらの者を雇用する企業に対する給付金・補助金の支援制度や、遠隔地での就業を希望するこれらの者に就業先を紹介する等の支援をするための広域連携協定の締結といった暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った雇用支援制度の創設が必要である。


3 その他の支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受けることが多く、治療やカウンセリングのための医療費の負担が生じるほか、再被害の不安や保護対策を受けることとの関係上、日常生活にまで不自由が生じることが多い。また、暴力団被害は被害者本人のみならず、その家族や関係者に対しても及ぶことがあり、支援は被害者本人のみならず家族や関係者に対しても必要となる。
 しかし、医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面において、暴力団被害者特有の支援制度はとくに存在せず、支援者側の安全の確保等の観点から民間支援団体による支援につなげることすら難しい現状がある。
 そのため、このような暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面における支援のさらなる拡充を実現するべきである。また、それにあたって、暴力団被害者の支援の担い手となる民間支援団体等に対する警察による保護対策の強化や担い手の確保等にも取り組むべきである。


第3 暴力団被害者の被害回復支援の拡充の必要性
1 暴力団被害者が自ら損害賠償請求訴訟を提起することの困難さ
 福岡県における訴訟費用に充てる費用の貸付制度等をもってしても、暴力団被害者の再被害に対する不安に鑑みると、暴力団被害者が自ら組長責任訴訟等を提起することは困難を極める。そのため暴力団被害者の被害回復支援の拡充が必要である。


2 国の求償訴訟の積極的活用の提言
 犯罪被害者等に対する国の被害補償制度としては、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)に基づく犯罪被害給付制度が存在し、暴力団被害者についても同制度による支援を受けることが可能である。そして、犯罪被害給付制度では、国は、その支給した犯罪被害者等給付金(以下「犯給金」という。)の限度において、当該犯給金の支給を受けた者が有する損害賠償請求権を取得することになる(犯給法第8条2項)。しかし、これまで国が実際にこの求償権を加害者側に行使した例は僅かにとどまっているようである。その理由については、求償権を行使しても加害者が無資力などで回収困難な場合が多いことや犯罪被害者等の救済を優先するためと考えられている。
 しかしながら、暴力団被害については、資力のない実行犯等のみならず、民法第715条に基づく使用者責任を追及する訴訟や組長責任訴訟を暴力団の代表者等に対して提起することが可能な場合があり、そのような場合には回収可能性が認められることも多い。とすれば、暴力団被害の場合に国が求償権を行使しない理由はないといえる。むしろ国が求償権を積極的に行使しないのであれば、かえって暴力団側に不当な利益を与えることになりかねず、暴力団の不当な活動を助長するおそれすらある。
 また、犯罪被害給付制度により暴力団被害者の全ての被害が補償されるものではないため、暴力団被害者の被害回復には犯罪被害給付制度の拡充もあわせて必要となるが、少なくとも国が積極的にこのような求償訴訟を提起すれば、暴力団被害者が単独で組長責任訴訟等を提起する場合と比較して、民事訴訟提起に伴う暴力団被害者の不安が緩和される効果が生じることが期待できる。


3 立替払制度・回収制度の創設等の提言
 日弁連の2023年3月16日「犯罪被害者等補償法制定を求める意見書」は、国が犯罪被害者等に対する経済的支援を拡充するため、①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度、の2つを柱とし、現行の犯給法による経済的支援を包摂した新たな犯罪被害者等補償法を制定するべきとする。
 同意見書は、意見の理由として、犯罪被害者等が受ける経済的被害の実情や犯罪被害給付金制度が不十分であることを指摘するが、このような指摘は、まさに暴力団被害者にも強く妥当するといえる。
 そして、これまでは、暴力団被害者については、組長責任訴訟等を提起することで損害賠償を受けることが可能であったが、暴対法や各地の暴力団排除条例等に基づく暴力団対策の強化により、将来、暴力団等の活動の匿名化・非公然化が進む危険性も指摘されており、その場合、暴力団の代表者等に対する勝訴判決を得ても、任意の弁済を受けることは期待し難く、また財産の隠匿等により強制執行も困難になるなど、現実の回収に至らない例が増加することが危惧される。
 そのような場合、組長責任訴訟等により暴力団の代表者等に対する債務名義を取得した暴力団被害者への国による損害賠償金の立替払制度や、債務名義を取得した後の債権回収を暴力団被害者が国の機関に委託する回収制度の創設は、いずれも有益であり、暴力団被害者の支援に資するものとなる。
 日弁連の上記意見書では、参考として、スウェーデンにおける強制執行庁による債務名義に基づく損害賠償金の回収制度が挙げられているが、国としては、このような制度を参考として早期に国による損害賠償金の立替払制度や回収制度を検討するべきである。


4 適格団体訴訟制度の拡張の提言
 暴対法第32条の4第1項は、適格都道府県センターに対し、当該都道府県の区域内に在る指定暴力団等の事務所の使用により付近住民等の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されることを防止するための事業を行う場合において、当該付近住民等で、当該事務所の使用によりその生活の平穏又は業務の遂行の平穏が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求をしようとするものから委託を受けたときは、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該請求に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有すると定めている(いわゆる適格団体訴訟制度)。暴力団被害者は暴力団からの報復をおそれ、暴力団に対する法的手続を躊躇する傾向にあるため、このような適格団体訴訟制度は暴力団被害者の保護に資するといえるが、現行法では、指定暴力団等の事務所使用差止請求にしか活用できない。そこで、消費者裁判手続特例法における被害回復関係業務に係る規律を参考に新たな立法的枠組みを創設するなどして、組長責任訴訟やそれを債務名義とする強制執行手続においても適格都道府県センターに訴訟担当適格や執行担当適格を認めることで、暴力団被害者の被害回復を容易にすることも考えられるところである。


第4 結語
 以上のとおりであるから、当会は、暴力団被害者を支援するため、第一に、福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること、第二に、国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充することを求める。

以上

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当会元会員に対する有罪判決についての会長談話

会長談話

当会の会員であった堀孝之(ほり たかゆき)元弁護士(2024年4月30日に弁護士登録を取り消した。)は、成年後見人として管理していた預り金570万円余りを業務上横領したとして、2024年5月28日、福岡地方裁判所において、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を受けました。
未だ確定していないとはいえ、被害全額の弁償をしてもなお、起訴されて判決で認定された事実は大変に重く、判決内容も当会が業務停止処分を下した事実とほぼ同じであって、弁護士に対する信頼を著しく損なうものであり、極めて遺憾です。
当会は、新たな不祥事の発生防止に向けてすでに対策を講じているものの、これにとどまらず、本談話の発出によって弁護士の意識向上を促し、弁護士職務の適正の確保並びに弁護士及び弁護士会に対する市民の皆さまからの信頼回復に努める所存です。

2024年5月28日
福岡県弁護士会
会長 德永 響

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