福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2023年10月25日

「袴田事件」の再審公判において検察官が再審請求審と同じ争点について有罪立証を行う方針を示したことに対し強く抗議するとともに、改めて速やかな再審法改正を求める会長声明

声明

1 検察官は、本年(令和5年)7月10日、いわゆる「袴田事件」について、東京高等裁判所の同年3月13日の即時抗告棄却決定(以下「本決定」という。)に対し、特別抗告を断念し、再審開始決定が確定していたにもかかわらず、再審公判において、有罪立証を行う方針を明らかにした。
2 「袴田事件」は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造・販売会社の専務宅で、一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件の犯人とされ死刑判決を受けた元プロボクサーの袴田巖氏(以下「袴田氏」という。)が無実であることを訴えて再審を求めている事件である。 
2020年(令和2年)2月22日の最高裁判所による差戻決定後、第2次再審請求審の争点は、事件の1年2カ月後に犯行現場近くの工場内味噌タンクから「発見された」「5点の衣類」に付着した血痕の色調(赤み)に影響を及ぼす要因という点に絞られていたが、本決定は、この「5点の衣類」が「犯行着衣」であり袴田氏のものであるという認定に合理的疑いが生じたとする2014年(平成26年)3月27日の静岡地方裁判所の再審開始決定を支持したものである。
本決定に至る過程では、検察官は、上記「5点の衣類」について実験などを繰り返し、最高裁による差戻後も、東京高等検察庁が1年2カ月にわたりいわゆる「みそ漬け実験」を行うなどしていたが、これについては、2022年(令和4年)11月1日に東京高裁の裁判官による視察が行われ、血痕の赤みが消えていることが明らかになっていた。
当会は、本決定を受けて、本年3月13日、検察官に対し、不服申立て(特別抗告)を行うことなく、速やかに再審公判に移行させることを求めるとともに、再審公判において、一刻も早く、袴田氏に対し無罪判決が下され、その救済が実現されることを期待する旨の声明を発出したところである。
3 ところが、今般、検察官は、今後開かれる再審公判において、有罪立証の方針を表明した。
しかし、報道によると、検察官が再審公判に提出予定としている245点の証拠のうち、大半は既に再審請求審で提出された証拠であって、新証拠とされる16点についても、再審請求審における争点であった「5点の衣類」の血痕の赤みに関する法医学者による共同の鑑定書等とのことであるから、検察官の有罪立証は、既に決着のついた争点について、蒸し返しをするものに他ならない。
そもそも、本件は、事件発生から57年が経過し、第2次再審請求だけでも約15年間経過している。静岡地裁の再審開始決定がされた後も、検察官の不服申立手続において約9年間もの長期間に渡り審理が行われた。袴田氏が87歳(同氏を支えてきた実姉の秀子氏も90歳)と高齢であることに鑑みれば、検察官が再審請求審と同じ争点について再審公判で有罪立証をするなどということは、袴田氏の迅速な裁判を受ける権利ひいては個人の尊厳を侵害する不当な対応であるといわざるを得ない。
したがって、当会としては、検察官のこのような方針に強く抗議するものである。
4 当会は、本年9月13日に再審法の改正を求める総会決議を行った。この決議でも指摘したとおり、再審請求審が長期にわたることが多いこと、再審開始決定が出されること自体が極めて稀であることの大きな原因は、再審請求手続における手続規定の不備、証拠開示制度の未整備、再審開始決定に対する検察官不服申立てが認められている点にある。
  検察官が確定判決の結果が妥当だと主張するのであれば、本来は、再審請求審ではなく、その立証の機会が保障されている再審公判においてその旨を主張するべきであり、不服申立てを認めるべきではないのである。
袴田事件においても、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを許容することにより、約9年間、非公開の再審開始の判断のための審理に長期間を費やすことになったのであるが(手続規定の不備や証拠開示制度の未整備も長期化の原因となっていたことは論を俟たない)、さらに再審公判において検察官が同じ争点を蒸し返してこれ以上長期の主張立証を尽くすことを認める必要はない。
当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、また、第2の袴田事件を生まないためにも、国に対し、①再審請求手続における手続規定の整備、②再審請求手続における証拠開示の制度化、③再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう求める次第である。


2023年(令和5年)10月25日

福岡県弁護士会     

会長 大 神 昌 憲

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