福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2023年8月 3日
「大崎事件」の再審請求即時抗告棄却決定に強く抗議する会長声明
声明
1 福岡高等裁判所宮崎支部(矢数昌雄裁判長)は、2023年(令和5年)6月5日、いわゆる大崎事件第4次再審請求事件につき、請求人の即時抗告を棄却し、鹿児島地方裁判所の再審請求棄却決定(以下「原決定」という。)を維持する決定(以下「本決定」という。)を行った。
2 「大崎事件」は、1979年(昭和54年)10月、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)、同人の元夫(長男)及び義弟(二男)の3名が共謀して、被害者(義弟・四男)の頚部に西洋タオルを巻き、そのまま絞め付けて窒息死に至らしめて殺害し、その遺体を義弟(二男)の息子も加えた4名で被害者方牛小屋の堆肥内に埋めて遺棄したとされる事件である。
アヤ子氏は、逮捕時から一貫して無実を主張し続けたものの、別に起訴されていた元夫(長男)、義弟(二男)並びに義弟の息子の3名の「自白」、その「自白」で述べられた上記犯行態様と矛盾しないとする法医学鑑定(「旧鑑定」という。)、義弟(二男)の妻の目撃供述等を主な証拠として、1980年(昭和55年)3月31日、懲役10年の有罪判決を受けた。その後、アヤ子氏は、控訴・上告したが容れられず、一審判決が確定したことにより、服役した。また、元夫(長男)は義弟(二男)とその息子とともに、各自白に基づいて有罪判決を受け、それが確定した。
3 アヤ子氏は、服役・出所後の現在に至るまで一貫して無実を訴え続け、第1次再審請求の再審請求審で再審開始決定を得たほか、第3次再審請求の再審請求審及び即時抗告審においても再審開始の判断を得た。
にもかかわらず、検察官が特別抗告をしたところ、最高裁第一小法廷は、2019年(令和元年)6月25日、刑訴法433条(同法405条)の理由がないとしながらも、第3次再審請求の再審開始決定及び即時抗告棄却決定のいずれについても「取り消さなければ著しく正義に反する」として、自ら再審請求を棄却するという異例かつ不当な決定を行った。
当会は、最高裁のこの暴挙を看過することができず、同年8月8日付会長声明を発出し、誤判えん罪の被害者を救済するための制度であるはずの再審制度の制度趣旨を没却し、また、刑訴法435条6号の新証拠の明白性に関する判断基準のハードルを著しく引き上げるもので、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法制度全体の基本理念をも揺るがしかねない危険な判断であるとして、強く批判した。
4 今般の第4次再審請求は、アヤ子氏の親族により同氏と元夫(長男)のために2020年(令和2年)3月30日に申し立てられた。同請求審においては、新証拠として、確定判決が認定した殺害行為時よりも早い時点で既に被害者が死亡していたことを明らかにする救急救命医の鑑定書などが提出され、5名の専門家の証人尋問が実施された。
とりわけ救急救命医の鑑定は、確定判決が被害者の生存を前提としていた被害者が自宅に運び込まれた時点で、被害者が既に死亡していたことを確実であるというものであった。
そして、原決定も、上記救急救命医の鑑定が前提とする被害者の転落事故の態様が道路脇の溝に顔面から突っ込むようにして転落した可能性があることを認め、条件付きではあるが、その後自宅に運び込まれるまでの間に呼吸停止を来した可能性があるという限度では上記救急救命医の鑑定の証明力を認めた。
にもかかわらず、原決定は、結論として上記救急救命医の鑑定の新証拠としての価値を否定した。被害者が自宅に搬送されたときには既に死亡していたとなると、2名の救護者(近隣住民)が被害者の死体を遺棄したということにもなりかねないが、そのような可能性はおよそ考え難いというのである。
しかし、原決定がいうのは、あくまで一つの可能性にすぎないから、「そのような可能性はおよそ考え難い」からといって、「被害者が自宅に搬送されたときには既に死亡していた」ことを否定する論拠にはならない。
大崎事件の再審請求の核心は、2名の救護者(近隣住民)が被害者を同人方に搬送したときには、被害者が既に死亡していたということであって、被害者の死体を遺棄したのは誰であるかを詮索することではない。この点において、原決定は重大な誤りを犯していると言わざるを得ない。
当会は、このような原決定に対して、2022年(令和4年)8月24日付「「大崎事件」の再審請求棄却決定に抗議する会長声明」を発出し、厳しく批判したところである。
5 本決定も、救急救命医の鑑定は、旧鑑定の信用性を減殺するものであることを認めながら、確定判決の事実認定において旧鑑定が重要な位置を占めるものではなく、救急救命医の鑑定により旧鑑定の証明力が減殺されても、確定判決の事実認定に合理的な疑いを差し挟むものとはいえないと結論づけて、即時抗告を棄却した。
しかし、救急救命医の鑑定は、旧鑑定の信用性を減殺するにとどまるものではない。上記4で見たとおり、被害者が生存していたことを前提とする元夫(長男)や義弟(二男)の自白の根底をも覆すものである。
そして、本決定は、上記の最高裁決定に倣って、救急救命医の鑑定自体について、直接被害者の遺体を検分しておらず、当時の遺体解剖時の限定された写真等から鑑定したものであって、十分な所見に基づくものとは言えず、証明力は高くなく、被害者の死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえないと断じているが、このような評価は孤立評価そのものともいうべきものであり、再審事件で事後的に行われる鑑定に対して、およそ新証拠としての証明力を否定することに繋がるものである。ひいては再審制度を否定することにつながるものであり、到底是認できるものではない。
本決定は、「原決定は、論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはないから、当裁判所としても是認できる。」と原決定を追認するものであるが、原決定と同様に、新旧全証拠の総合評価を適切に行っておらず、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則の適用を求めた白鳥・財田川決定に反するとともに、無辜の救済という再審制度の趣旨を没却する不当なものであるとの非難を免れない。したがって、当会としては、本決定に対して改めて強く抗議する。
6 「大崎事件」においては、上記のとおり既に三度も再審開始を認める判断がなされているにもかかわらず、検察官の即時抗告や特別抗告により未だ再審公判に至っていない。
当会としては、アヤ子氏が96歳の高齢に達していることからして、同氏の生あるうちに汚された名誉の回復を図るべく、アヤ子氏が無罪になるための支援を続けるとともに、あわせて、本年6月16日の日弁連の「えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、再審法の速やかな改正を求める決議」のとおり、再審における証拠開示の制度化や、再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止をはじめとする再審法改正など、えん罪救済のための刑事司法改革の実現を求める次第である。
2023(令和5)年8月2日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲