福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2023年5月 3日

憲法記念日にあたっての会長談話

会長談話

本日、施行から76年を迎える日本国憲法は、その前文において、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認しています。
昨年2月、ロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始し、既に1年以上が過ぎましたが、未だ解決に向けた動きもないまま、多数の兵士そして子どもたちを含む民間人の命が失われ、何百万人もの人々が故郷を追われたままとなっています。温暖化に伴う異常気象、新型コロナウイルスによる経済停滞、各地で続く紛争によって、安定的な食料生産が脅かされる地域が 拡大する中、ウクライナ情勢がさらなる打撃となり、世界規模での深刻な食糧危機も懸念されるなど、「 恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」が脅かされています。
このような状況の中、昨年12月、岸田内閣は、いわゆる安保三文書(「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」)を閣議決定し、その中で、「反撃能力」を保有するとしました。当会は、これが「戦力」にあたり憲法9条2項に違反するとして強く抗議し撤回を求める会長声明を、本年3月に発出しました。
日本国憲法は 、前文で平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、私たちの安全と生存を保持するとしています。お互いの「国家主権」と「 生存する権利 」を尊重し、武力ではなく、法の支配、対話、信頼、人道支援を通じて平和を実現するという憲法の理念にこそ、解決の糸口があるのではないでしょうか。
「不安を、安心に」をモットーとする当会は、今後も、個人の尊重を最高の価値とする日本国憲法の理念を生かし、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する、そして、法的助力の必要な市民一人ひとりに寄り添う弁護士の団体として、 全力をあげて活動してまいります。

2023年(令和5年)5月3日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

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2023年5月11日

旧優生保護法に関し国に賠償を命じた度重なる地裁、高裁判決を踏まえて、改めて全面解決を求める会長声明

声明

 旧優生保護法による障害者に対する強制不妊手術について、昨年の2つの高裁判決(2月22日大阪高裁、3月11日東京高裁)に続き、本年1月23日熊本地裁、2月24日静岡地裁、3月6日仙台地裁に加え、3月16日札幌高裁、3月23日大阪高裁の両判決は、いずれも、旧優生保護法の違憲性、国による加害行為及び被害の重大性を明確に指摘し、かつ、除斥期間の適用は正義・公平の理念に反するとして国の損害賠償責任を認めた。特に、本年3月23日大阪高裁は、明白に違憲である優生条項とそれに基づく手術の違憲性を未だに争い続け、なおかつ除斥期間の適用を主張して責任を否定する国の姿勢を厳しく断じている。
 このように、司法の趨勢は、国に対してこの問題の責任を果たすことを強く促しているものと言わなければならない。
 ところが、国は、上記各判決全てに対し、控訴及び上告または上告受理の申立を行い、解決を先延ばしにする態度に出ている。
 このような国の態度は、各判決が共通して指摘する本件加害の非人道性に加え、被害者が高齢化し、平成30年1月30日の最初の仙台地裁への提訴後も福岡地裁の原告1名や他の全国の訴訟の原告4名を含めて、次々に亡くなっているという現状に照らせば、到底許されることではない。
 当会は、すでに令和4年の大阪高裁判決及び東京高裁判決を受けて、同年3月16日、「旧優生保護法訴訟において国の賠償責任を認めた大阪高裁及び東京高裁違憲判決を踏まえて、被害者の全面救済を求める会長声明」を発出したが、上記のとおりのその後の訴訟の状況を踏まえ、改めて、国に対し、旧優生保護法に基づいて過酷な被害をもたらしたことを真摯に反省し、各判決に対する控訴や上告または上告受理の申立てを取り下げるとともに、旧優生保護法問題の全面解決に向けて、各判決が示した法的な賠償責任を前提に、被害を償うに足りる十分な賠償・補償はもちろんのこと、責任の明確化と謝罪及び真相究明・恒久対策について早急に検討し、一人でも多くの被害者に被害回復の途が開かれるよう積極的な対応を行うよう求める。
 当会としては、今後も、旧優生保護法の問題について、あまねく被害回復がなされるよう必要な提言を適時行っていくとともに、旧優生保護法により侵害された尊厳の回復を含むあらゆる人権課題について真の被害回復の実現に向けて、真摯に取り組んでいく所存である。


2023年(令和5年)5月11日

福岡県弁護士会

会長 大 神 昌 憲

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2023年5月12日

マイナンバーの利用範囲及び情報連携範囲の拡大に反対する会長声明

声明

 政府は、2023年3月7日、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成25年法律第27号。以下「番号法」という。)の改正案について閣議決定した。現在は国会において審議中である。
 改正案は、マイナンバーカードと健康保険証の一体化や、マイナンバーカードの普及・利用促進など、これまで、当会が反対してきた内容を含んでいる(2021年5月6日マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明、2022年12月26日現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードの取得を義務化することに反対する会長声明。)。
 そこで、本声明では特に、①マイナンバーの利用分野の拡大と、②マイナンバーの利用及び情報連携に係る規定の見直しについては、いずれも反対である旨の意見を述べる。

 改正案は、社会保障制度、税制及び災害対策以外の行政事務においてもマイナンバーを利用できることとし、マイナンバーの利用分野の拡大を図ることを内容としている。
 マイナンバーは他者と重複しない原則生涯不変の個人識別番号であるから、利用分野を拡大することは、マイナンバーを鍵として紐づけされた個人情報が名寄せされデータマッチング(プロファイリング)される危険性があるため、それを防止すべく、プライバシーを保護するための主要な手段として、マイナンバーの利用分野は3分野に限定されているところである(番号法9条)。
 ところが、上記3分野への限定なしに利用範囲が拡大すれば、マイナンバーに紐づけられる情報に歯止めがなくなり、その量・種類が増加し、プロファイリングによるプライバシー侵害も拡大する。
 利用範囲が拡大すれば、当然ながらマイナンバーを利用する機会が増加することとなり、情報の漏洩、不正利用等が発生するリスクも高まる。

 また、改正案は番号法上マイナンバーの利用が認められている事務に「準ずる事務」についてもマイナンバーの利用を可能とし、法でマイナンバーの利用が認められている事務について、主務省令で規定することで情報連携を可能とする内容である。
 改正案によれば、「準ずる事務」とは、既に利用が認められている事務(番号法別表第1に記載されている事務)と同一であること、その他政令で定める基準に適合する事務に限るものであること、とされているが、これがいかなる範囲を指すのか不明である。
 そもそも、マイナンバーの利用が認められている事務については、社会保障制度、税制及び災害対策の3分野に限定するとともに、原則として法律によってしか利用範囲を拡大できないとして、その手段を限定することにより、プライバシーの侵害を招かないようにしていた。「準ずる事務」についてマイナンバーの利用が可能であるとすると、番号法に規定のない事務について具体的な限定のないまま、行政機関限りの判断で省令を作成し、マイナンバーの取扱事務を拡大できるようになり、プライバシーを侵害するおそれが飛躍的に高まることになる。
 河野太郎デジタル大臣は、上記閣議決定と同日に開かれた記者会見において、法改正により、法令を超えて政府の裁量が大きくなることはない旨述べているが、「準ずる事務」の範囲が明確でないうえ、国会による歯止めが欠ける以上、プライバシー権を侵害するものであることは論を俟たない。

 改正案が、社会保障制度、税制及び災害対策分野の3分野に限定されない内容となっていることから、個人番号の秘匿性について疑義が生じうるところであるが、政府は、番号法制定時とは全く異なる説明を行うようになっている。
 すなわち、番号法第19条は、本人に対してすら例外的な場合を除き第三者への特定個人情報の提供を制限しており、第三者による権限外取得には罰則が設けられている。これはマイナンバー自体を他者に知られてはならないセンシティブ情報として保護する趣旨といえる。
 しかしながら、デジタル庁は、そのウェブサイトにおいて、「Q5 マイナンバーを人に見られても大丈夫なのですか。」、「A5大丈夫です。マイナンバーだけ、あるいは名前とマイナンバーだけでは情報を引き出したり、悪用したりすることはできません。」と記載している。
 これは上記のマイナンバー自体をセンシティブ情報と取り扱うことによりプライバシーを守るという番号法の本質に反するものであって到底許されない。

 よって、この改正案は、マイナンバーの利用範囲・情報連携範囲を拡大することで、プライバシーを侵害するとともに、情報漏洩や不正利用のリスクを高めるものであり、許されない。
 当会は、現在国会で審議中の改正案について、断固として反対するものである。

以上

2023年(令和5年)5月12日

福岡県弁護士会 会長 大神 昌憲

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2023年5月29日

いわゆる谷間世代に対する不平等是正のため、国による一律給付を早期に実現することを求める決議

決議

【決議の趣旨】
当会は、政府及び国会に対して、いわゆる谷間世代(2011年11月から2017年10月までの6年間に採用され、修習期間中に給費ないし修習給付金の支給を受けることのできなかった司法修習生)の者が、その経済的負担や不平等感によって法曹としての活動等に支障が生ずることのないよう、是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現するよう求める。


【決議の理由】
第1 谷間世代の問題が生じた経緯
(1)司法修習と給費制
 司法は、三権の一翼として、法の支配を実現し国民の権利を守るための重要な社会インフラであり、弁護士、裁判官、検察官ら法曹はこの司法の担い手としての公共的使命を負う。
そこで国は、高度な技術と倫理感が備わった法曹を国の責任で養成するために、現行の司法修習制度を、1947年(昭和22年)、日本国憲法施行と同時に発足させ運営してきた。この制度の中で、司法修習生は、修習専念義務(兼職の原則禁止)、守秘義務等の職務上の義務を負いながら、裁判官・検察官・弁護士になる法律家の卵として、将来の進路如何にかかわらず、全ての分野の法曹実務を現場で実習し、法曹三者全ての倫理と技術を習得してきた。そして、修習に専念できるに足る生活保障の一環として、制度発足時から64年間にわたって、司法修習生には給費が支給されてきた(給費制)。
司法修習制度が修習専念義務等を課したうえで国の責任で法曹を養成する制度である以上、修習に専念できる環境整備を行うのは当然であり、その意味で司法修習制度と給費制は一体のものとして、我が国の法曹養成制度の根幹を担ってきたものである。
(2)給費制の廃止と無給・貸与制導入
しかしながら、2004年12月及び2011年11月の裁判所法改正を経て、司法修習生に対する給費の支給はなくなった(給費制の廃止)。ただ、修習専念義務、守秘義務等の職務上の義務は維持され、兼業も原則禁止であるため、司法修習中の生活費を必要とする者に対する制度として、国が生活等資金を貸し付ける制度(貸与制)が導入された。
こうして司法修習中は無給となり、かつ学部や法科大学院時代の奨学金の返済等の負担を負う者も多かったことから、谷間世代のうち貸与制を利用した者は約7割、一人当たりの平均貸与金額は約300万円にのぼった(日本弁護士連合会調査)。貸与金を借りなかった者も決して経済的に余裕があったわけではなく、親族から借り入れをした者、預貯金を切り崩した者なども多数存在した。
(3)修習給付金制度の創設と谷間世代の出現
給費制廃止は、修習専念義務を維持する一方で、司法修習中の生活の糧を奪うものであり、奨学金等に加えての貸与金の負担等により、谷間世代は大きな経済的負担を負うこととなった。
そのため、当会は、2010年以降、日本弁護士連合会(日弁連)、全国の弁護士会、ビギナーズ・ネット(若手法曹、学生らが主体となって給費制の維持ないし復活を目指し活動していた組織)等とともに給費制維持ないし復活のための活動を行い、全国会議員の6割を超える数の議員からの賛同や、日本医師会、日本歯科医師会、JA全中・全農、日本青年会議所など多くの団体や市民から応援をいただくことができた。この間、このような経済的負担の増加なども一因となり法科大学院入学者、司法試験受験者などの法曹志願者が年々減少するという事態となった。
これらの結果、政府は、2016年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2016」(いわゆる骨太の方針)の中で、司法修習生に対する経済的支援を含む法曹人材確保の充実・強化を明示し、遂に2017年4月、裁判所法の改正により、第71期以降の司法修習生に対し修習給付金制度が創設された。
修習給付金は、上記の通りの運動の結果、いったん廃止された給費制が事実上復活したという点では画期的であったものの、給付額は、基本給付金が額面で月額13.5万円、移転給付金3.5万円、住居給付金月額3.5万円に留まるという点で、従前の給費額には遠く及ばず、日弁連が毎年、修習生に対して行ってきている修習実態調査アンケートでも修習に専念するには到底不足であるとする声が少なくなく、結局、修習専念資金という貸付制度を利用して借金を作らざるを得ない者が多数である等の窮状が伺える。法曹の卵である司法修習生が真に修習に専念できる環境を実現するためには、その検証によって早急に給付額の改善が図られることが不可欠というべきである。
 しかしながら、さしあたり喫緊かつ重大な問題としては、給費制が廃止された2011年11月から修習給付金制度が創設されるまでの6年間に司法修習を行った司法修習生である谷間世代に対しては、修習給付金制度は適用されず、国から何らの経済的支援もなされないままとなっていることがある。このように、谷間世代の経済的負担が、給付金制度の適用も受けることができず、給費を受けた従前の司法修習生のみならず、第71期以降の司法修習生に比しても重くなるという問題性は、裁判所法改正の国会審議の過程でも指摘されたものの、未だに解決されない重大問題として残存している。


第2 谷間世代救済の必要性
 谷間世代の人数は約1万1000人であり、全法曹人口の4分の1近くを占める。また、すでに司法修習修了から5〜10年のキャリアを積んでおり、まさにこれからの司法を中核となって担っていく世代である。給費制世代の法曹も、谷間世代の法曹も、給付金制度世代の法曹も皆同じく法の支配の実現に寄与する司法権の担い手であることに変わりはない。それにもかかわらず、谷間世代は、修習専念義務等のもとで生活保障なく司法修習を余儀なくされるという不条理を、また、その前後の時代の法曹に比して重い経済的負担を負わされるという不平等を強いられて、何ら是正、救済されていない。司法修習は、国民の権利擁護の担い手たる法曹を国の責任で育成するための制度である。そうであるにも関わらず、国が谷間世代の救済を何ら行わず、このような不条理かつ不平等な事態を放置したままにしていることは、その責任の放棄であり、断じて容認できない。
2019年(令和元年)5月30日に名古屋高等裁判所が言い渡した給費制廃止違憲訴訟判決は、「従前の司法修習制度の下で給費制が実現した役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性については、決して軽視されてはならないものであって、いわゆる谷間世代の多くが、貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い、貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり、他の世代の司法修習生に比し、不公平感を抱くのは当然のことであると思料する。例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分考慮に値するのではないか」と付言した。修習専念義務を課しながらも、修習期間中の生活費や諸経費を借金である貸与金等でまかなわせるという制度の不合理は、修習給付金制度の創設をもって十分とは言えないながらも一部解消が図られ、今後の検証と改善が期待される。残る喫緊かつ重大な問題である谷間世代の不平等も、立法政策をもって早急に是正されるべきである。
 全法曹の約4分の1を占める谷間世代には、今後も司法の担い手の中核として、社会の不公正や権利侵害に立ち向って法の支配を実現していくことが強く期待されている。谷間世代が抱える経済的負担を是正し、谷間世代の経済的不安感や自分達だけが取り残されたという疎外感を払拭することは、谷間世代の活躍分野の拡大、司法機能の強化につながり、ひいては国民の権利擁護の実現と充実に資するのであるから、国は速やかに谷間世代に対する一律給付を実施すべきであり、その給付額としては、少なくとも給付金相当額であるべきであり、また、その修習給付金の給付額の検証と改善が不可欠である実情に鑑みると、それを上回る額であるべきである。


第3 谷間世代への一律給付実現を求める声が広がっていること
 修習給付金制度創設後、当会及び日弁連は、谷間世代の活躍分野の拡大と司法機能の強化の重要性を、院内集会や当会を始めとする全国各地での市民集会の開催など様々な方法で訴え、谷間世代への一律給付実現を求める活動を継続してきた。
 その結果、2023年2月、国による一律給付を含めた谷間世代問題の解決に向けての国会議員からの応援メッセージ数が全国会議員の過半数を超え、なお増加を続けている。また、日本医師会はじめ諸団体からも賛同のメッセージが寄せられるなど、谷間世代への一律給付実現を求める声が大きく広がっている。
 修習給付金制度創設の原動力となったビギナーズ・ネットも、谷間世代問題解決のため活動を再開し、議員会館前での挨拶運動などを行っている。


第4 結語
 以上の理由により、当会は、政府及び国会に対して、谷間世代の者に対する是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現することを求める次第である。

以上

2023年(令和5年)5月26日
福岡県弁護士会

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精神保健国選代理人制度の速やかな導入と暫定措置を求める決議

決議

決議の趣旨
 当会は、国に対し、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度の速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を精神科病院の入院者に周知する運用を強く求める。


決議の理由
1 精神科病院入院者の不服申立手続である精神医療審査会に対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」という。)は、1984年(昭和59年)に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年(昭和62年)の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。
2⑴ 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における弁護士人選任権の保障は最も重要な手続保障である。
⑵ 1991年(平成3年)12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。
⑶ ところが現行の精神保健福祉法及び関連法制の下では、入院者の弁護士選任権の保障は前提としているものの(弁護士との面会は絶対に制限できない権利とされている)、弁護士選任権を明文で保障する規定はなく、ましてや、これを入院者に告知する制度的運用もない(強制的入院者に入院の際に交付すべき権利告知書の内容に含まれていない)。もちろん、国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度もない。
  そのため、厚生労働省の衛生行政報告例によれば、退院請求等手続を利用する者は、精神科病院入院者全体のわずか1.5%程度に過ぎず、そのうちさらに代理人が申立てを行っているのは6%台という、極めて由々しき状況が続いている。
3 当会は、こうした現行制度のなか、国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年(平成5年)に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を当会自らの費用負担により発足させ、現在まで活発な活動を展開してきた(2023年(令和5年)4月1日現在の精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数は408名、コロナ禍の影響をさほど受けていなかった2021年(令和3年)度における出動申込み件数は404件にのぼっていた。なお当会の活動は、費用負担の点では2002年(平成14年)10月開始の日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の法テラス委託援助事業に引き継がれている。)。
  また、精神保健当番弁護士制度の全国普及に向けた活動にも積極的に取り組んできた。
4 こうした活動を踏まえ、当会は、2020年(令和2年)10月の総会において、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める決議を行った。
  その後、日弁連も、2021年(令和3年)10月15日、人権擁護大会において「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を行い、その中で、無償で弁護士を選任し、援助を受けることができる制度を速やかに創設することを求めるとともに、精神科病院入院者がいつでも迅速に利用できる弁護士選任制度を速やかに全ての弁護士会に創設することに全力を尽くす決意を示した。
  2023年4月現在、全52弁護士会中、実施済み弁護士会は32、実施に向け準備中の弁護士会は7に上り、今後、さらなる整備拡充が期待される。   
5 ところが、2022年(令和4年)12月、精神保健福祉法が一部改正されたが、同改正において国選代理人制度の導入は盛り込まれなかった。当会はこれに対し、遺憾の意を表明し、国選代理人制度(退院等請求をした精神科入院者のために国あるいは精神医療審査会が弁護士代理人を選任する制度)ないし国費による無償の弁護士選任制度(退院等請求をした精神科入院者が弁護士代理人を選任するかどうかはあくまでも本人の意思に委ね、その弁護士費用を国が負担する制度。国選代理人制度と併せて本決議において「精神保健国選代理人制度」という。)の速やかな導入を改めて求めるものである。
  加えて、これらの制度が導入されるまでの間においても、現に今いる精神科病院入院者の弁護士選任権を実効あらしめるためには、暫定措置として、①国が、強制入院者に入院の際に交付する権利告知書の内容に全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度の説明(とりわけ、その利用には費用援助制度が整備されていること)及び連絡先を盛り込むこと、②精神科病院管理者が、その後も入院者が入院中継続的にこれを認識し得るよう掲示等で周知すること、③精神医療審査会が、退院請求等の申立時に代理人が付いていない入院者に対し、弁護士選任権についての認識や理解を確認し、当該権利や費用援助制度について分かりやすく説明することが極めて重要である。
6 厚生労働省の令和4年度の精神保健福祉資料(いわゆる630調査)によれば、わが国の精神科病院には現在もなお約26万人もの入院者がおり、その半数約13万人が精神保健福祉法により強制的に入院させられた人たちである。これは、わが国の令和3年末時点の受刑者数が3万8366人であり減少傾向にあること(令和4年版犯罪白書)と比較すると、その3倍以上であり、しかも強制入院については期間も決まっていない、いわば不定期刑ともいうべき身体の自由に対する制約である。まさしく精神科病院入院者に対する権利擁護は、弁護士・弁護士会が取り組むべき最後に残された大きな人権課題というべきである。
  入院者の基本的人権を確保するためには、精神保健国選代理人制度が不可欠であり、当会は国に対し、その速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を入院者に周知するための上記運用を強く求めるものである。

以上


2023年(令和5年)5月26日

福岡県弁護士会

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