福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2023年3月 2日
入管法改正案の再提出に強く反対し、国際的な人権水準に沿った真の入管法改正を求める会長声明
声明
当会は、2020年9月16日「「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の内容を踏まえた法改正に反対する会長声明」(以下「前回会長声明」という。)において、上記提言の内容を踏まえた出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)等の一部を改正する法律案に強く反対した。
また、当会もその構成員である九州弁護士会連合会は、2022年10月28日、「2021年法案と同種の入管法改正に反対するとともに、憲法、国際人権条約に適合する入管法改正・運用改善を求める決議」を行った。
しかし、報道によると、2023年1月23日召集の通常国会において、政府は、2021年に事実上の廃案となった入管法の改正法案(以下「廃止法案」という。)の骨格を維持したまま、これを再提出する方針とのことである。
政府が再提出を予定する法案(以下「本再提出法案」という。)の概要としては、①庇護・在留を認めるべき者の適切・迅速な判別のためとして、在留特別許可・難民認定手続を一層適切かつ迅速にするための措置及び「補完的保護対象者」の創設が、②在留が認められない者の迅速な送還のためとして、送還停止効の例外規定の創設、罰則付の退去等命令制度の創設、自発的出国を促すための措置が、③長期収容の解消及び適正な処遇の実施のためとして、収容に代わる代替措置の創設、仮放免の在り方の見直し、適正な処遇の実施が内容とされているようであるが、いずれも廃止法案で指摘された重大な問題点について、根本的な見直しがなされておらず、憲法や各種国際人権条約に適合しないものであって、当会は、本再提出法案に対しても、以下の理由により、強く反対するとの立場を改めてここに表明する。
まず、本再提出法案の上記①の内容については、前回会長声明でも指摘したとおり、我が国の難民認定率は諸外国と比べて極めて低く、本来難民として保護されるべき人々を多数とりこぼしている現状にあり、この点は、2022年11月の国連自由権規約委員会総括所見でも、懸念が示され、国際基準に則った包括的な難民保護法制の早期導入が勧告された状況にある。それにもかかわらず、本再提出法案の上記②の内容として、送還停止効の例外規定の創設を認めることは、迫害を受ける人々を、時に命の危険すらある本国に送り返す危険すらあるのであって、上記国連の勧告に逆行するものといわざるを得ない。また、罰則付の退去等命令制度の創設も、本来難民として保護すべき人々を罰則の威嚇により、迫害を受ける恐れのある祖国への帰国を迫るものであって、難民条約第33条第1項「ノン・ルフールマンの原則」(締約国は、難民を、生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない)に照らし、許容できない。
このような送還停止効に対する例外規定の創設や罰則付の退去等命令制度の創設は、著しく低い難民認定率の中において、複数回の申請や司法手続を経てようやく難民と認められるケースや人道的配慮から在留特別許可が認められるケースも決して少なくないことに照らせば、裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害するものであり、許容することはできない。
また、このような罰則付の退去等命令制度の創設は、むしろ、脆弱な地位にある外国人の支援者等の人道的活動を萎縮させるおそれがあり、その点からも許容することはできない。
さらに、本再提出法案の上記③の内容についても、前回会長声明でも述べたとおり、長期収容の解消は、収容を送還に必要な最小限でしか用いないこと、司法審査を導入すること、収容期間の上限を設けること等(これらの点も前述の国連の勧告において示されている)によってこそ解決されるのであって、本再提出法案によっては、これまで繰り返されてきた入管収容施設における被収容者の死亡事案の発生や適切な医療が受けられず困難な状況におかれるといった重大な人権侵害を防ぐことはできない。
当会は、九州最大の福岡出入国在留管理局が設置された地域の弁護士会であり、大村入国管理センターに収容されている外国人を含む外国人を支援してきた弁護士会としての責務がある。
以上から、当会としては、本再提出法案に対しても断固として反対するとともに、前述の国連から勧告された包括的な難民保護法制の早期導入、全件収容主義や実質無期限収容主義を採る日本の収容政策の根本的な見直しなど、国際的な人権水準に沿った真の入管法改正を求める。
2023年(令和5年)3月2日
福岡県弁護士会
会 長 野 田 部 哲 也
性的少数者に対する差別発言に抗議し、改めて、早急にすべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明
声明
岸田文雄内閣総理大臣は、本年2月1日の第211回通常国会予算委員会において、同性婚に関する質問を受け、「極めて慎重に検討すべきだ」と従来どおりの消極的な見解を述べた上、さらに、「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と答弁した。
そして、同月3日、記者団から前記発言について質問された荒井勝喜前内閣総理大臣秘書官は、「同性婚導入となると、社会のありようが変わってしまう」「秘書官室は全員反対」「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」「国を捨てる人、この国にはいたくないと言って反対する人は結構いる」などと発言したと報道されている。
荒井前秘書官の上記発言は、同性カップルに対するむき出しの悪意・嫌悪感の表明に他ならず、同性愛者等の性的マイノリティの尊厳を否定し、社会から排除するものである。内閣総理大臣秘書官という政府の重職にある人物によるかかる発言は、社会全体に、同性愛者等性的マイノリティは嫌悪されても仕方のないものとであるとの誤ったメッセージを与え、なお根強く残る性的マイノリティに対する差別意識を助長しかねない。
荒井前秘書官は、上記発言により更迭された。上記発言の問題の深刻さからすれば、この処分は当然のことであるが、一人秘書官を更迭して済むという問題ではない。そもそも上記発言は、岸田総理大臣の、同性婚の法制化を「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」とする、極めて後ろ向きな答弁の趣旨を問う質疑の中で出たものであり、岸田内閣の否定的な姿勢自体に、根本的な問題があるというべきである。
当会は、2019(令和元)年5月29日の「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」において、憲法13条、14条、24条や国際人権自由権規約により、同性カップルには婚姻の自由が保障され、また性的少数者であることを理由に差別されないこととされていることを示し、政府及び国家に対して、同性者間の婚姻を認める法制度の整備を求めたのを皮切りに、同性婚ができない現状を問う裁判に関する札幌地裁判決、大阪地裁判決及び東京地裁判決に際しても、それぞれ、2021(令和3)年4月28日、2022(令和4)年8月10日及び本年1月18日に会長声明を発し、政府・国会に対し、同性者間の婚姻制度を直ちに整備することを求めてきた。当会は、これらの声明等の中で、社会の変化にもかかわらず一向に本問題について対応しない政府の問題点を指摘してきたが、今回の一件は、この政府の問題点が差別発言という形で顕在化したものと言え、問題は極めて深刻である。
当会は、荒井前秘書官による性的少数者に対する差別発言に強く抗議する。同時に、国に対し、同性婚に対する極めて消極的な姿勢を直ちに改めて、同性愛者等の性的マイノリティに対する理解を深め差別を解消するための施策を進め、速やかに同性者間の婚姻制度を整備することを求める。
2023年(令和5年)3月2日
福岡県弁護士会
会 長 野 田 部 哲 也
2023年3月13日
「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告棄却決定に対し、 検察官に特別抗告をしないこと等を求める会長声明
声明
1 東京高等裁判所は、2023年(令和5年)3月13日、いわゆる「袴田事件」の第2次再審請求差戻し後即時抗告審について、静岡地方裁判所の再審開始決定を維持し、検察官の即時抗告を棄却する旨の決定(以下「本決定」という。)をした。
2 「袴田事件」は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造・販売会社の専務宅で、一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件の犯人とされ死刑判決を受けた元プロボクサーの袴田巖氏(以下「袴田氏」という。)が無実であることを訴えて再審を求めている事件である。
第1次再審請求審(1981年(昭和56年)~2008年(平成20年))を経て、第2次再審請求審(2008年(平成20年)~)において、静岡地方裁判所は、2014年(平成26年)3月27日、新証拠である本田克也筑波大学教授によるDNA鑑定の信用性を認めた上で、事件の1年2か月後に犯行現場近くの工場内味噌タンクから「発見された」血痕が付着した5点の衣類が捜査機関によってねつ造された疑いのある証拠であることを認定して再審開始を認めるとともに、死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田氏の即日釈放を命じた。
ところが、検察官の即時抗告に対して、2018年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定(原決定)を下したことから、弁護団は最高裁判所に特別抗告を申し立てたところ、最高裁判所は、前述の5点の衣類に付着した血液の色調に影響を及ぼす要因、とりわけみそによって生ずる血液のメイラード反応に関する専門的知見について審理不尽の違法があるとして、2020年(令和2年)12月22日、原決定を取り消し、審理を原審に差し戻す決定をし、東京高等裁判所において差戻し後即時抗告審が係属中であった。上記最高裁判所の決定においては、原決定を取り消して原審に差戻しをするにとどまらず、更に進んで最高裁判所で自判し再審開始決定を確定させるべきとする2名の裁判官の反対意見が付されていた。
3 本即時抗告審においては、前記最高裁判所の決定を踏まえて血痕の色調の変化が主要な争点となり、弁護団は、1年余りの期間みそ漬けされた場合にはメイラード反応やヘモグロビンの酸化によって血痕の赤みが失われるメカニズムを示した鑑定書等を新証拠として提出した。三者協議の場においては、2022年(令和4年)7月22日、弁護側が請求した法医学者2名が、「化学的に赤みが残ることはない」という趣旨の証言をした一方で、同年8月1日、検察側が請求した法医学者2名は、「赤みが残る可能性がある」という趣旨の証言をしたが、東京高等検察庁が1年2か月続けてきたいわゆる「みそ漬け実験」について、同年11月1日に東京高等裁判所の裁判官による視察が行われ、血痕の赤みが消えていることも明らかになっていた。
4 なお、「袴田事件」は死刑再審事件である。当会は2020年(令和2年)9月18日付けで「死刑制度の廃止を求める決議」を行っているところ、本決定は、上記決議で述べたとおり、誤判・えん罪による刑の執行(生命剥奪)という不正義を放置することが許されないことを、改めて、私たちに自覚させるものであった。当会は、本決定を踏まえて、死刑制度の廃止等を強く訴えるものである。
5 袴田氏は、前述の静岡地方裁判所の死刑及び拘置の執行停止後、47年間の長期間の身体拘束を経て釈放され、親族と共に穏やかな生活を送っているものの、検察官の即時抗告によって、9年近くが経過し、袴田氏が87歳となった現在もなお、再審公判が開かれることなく、再審請求手続が行われている状態であり、その救済が著しく遅延している状況にある。前記最高裁判所の決定の反対意見をも踏まえれば、これ以上の検察官による不服申立ては許されるものではない。
そこで、当会は、検察官に対し、本決定に対して不服申立て(特別抗告)を行うことなく、速やかに再審公判に移行させることを求める。そして、再審公判において、一刻も早く、袴田氏に対し無罪判決が下され、その救済が実現されることを期待する。
また、これと同時に、政府及び国会に対し、2022年(令和4年)8月24日付け「「大崎事件」の再審請求棄却決定に抗議する会長声明」や2023年(令和5年)2月27日付け「日野町事件第2次再審請求事件即時抗告棄却決定に対し、 検察官に特別抗告をしないよう求める会長声明」で述べているとおり、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止をはじめとする、えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現を求める。
2023年(令和5年)3月13日
福岡県弁護士会
会長 野 田 部 哲 也