福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2022年12月26日

現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードの取得を義務化することに反対する会長声明

声明

1 デジタル庁による不明確な説明と事実上の義務化
  本年10月13日、河野太郎デジタル大臣は2024年秋に現在の健康保険証を廃止を目指すと発表した。記者の「マイナンバーカード所持の義務化なのか」という質問に対し、「しっかり取得していただくのが大事」「ご理解をいただけるように、しっかり広報していきたい」など、マイナンバーカードを所持しない選択肢の存在について回答しない答弁に終始した。これは、マイナンバーカード取得の事実上の義務化と考えられ、到底許されるものではない。
さらに、本年11月8日、デジタル庁は、「健康保険証との一体化に関する質問について」と題する説明をウェブサイトで公開した。マイナンバーカードは必ず作らなければいけないのでしょうか、というQ1に対する回答として、「マイナンバーカードは、国民の申請に基づき交付されるものであり、この点を変更するものではありません。また、今までと変わりなく保険診療を受けることができます。」「なお、紛失など例外的な事情により、手元にマイナンバーカードがない方々が保険診療等を受ける際の手続については、今後、関係府省と、別途検討を進めてまいります。」などとする。
しかし、紙の健康保険証を2024年秋をめどに廃止しながら、「今までと変わりなく保険診療を受ける」方法は示されておらず、マイナンバーカードを所持したくない市民の保険診療を受ける権利は全く明らかでない。現行の健康保険証のように、マイナンバーカードの取得以外の方法が保障されるのであれば、直ちに明確な説明が容易にできるはずであり、すべきである。にもかかわらず、殺到する市民の質問に対する回答がこの内容なのであれば、保険診療を受けたい市民に対しては、マイナンバーカードの取得を事実上義務化することが前提であると言わざるをえない。


2 マイナンバーカード取得の義務化の問題点
 (1) 権利が義務になる問題点
健康保険証は、医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないものであり、現行のものを廃止されれば、本来利便性を求めるものが任意で取得する「権利」であったはずのマイナンバーカードの取得は、国民の「義務」に逆転する。
当会は、マイナンバー制度に対して、病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり、プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードの取得が任意の制度とされている趣旨は、プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。マイナンバーカード取得の事実上の義務化は、このプライバシー保護の根幹を侵すものとして許されない。
健康保険証との一体化のメリットとして挙げられている資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも、過誤の防止のためには目視でもよいことからすると、患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックはいわゆる比例原則に反しており、過剰なプライバシー侵害として、民法上違法である。
さらに、法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを、日常生活で頻繁に利用され、携帯されることも多い健康保険証と一体化することは、制度的に矛盾しており、紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。
(2) 顔認証チェックの既成事実化について
  また、マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ、医療機関の窓口では、カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し、顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。
しかしながら、顔認証データは、指紋の1000倍の本人確認の精度があるため、我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが、その収集・利用が強制である場合、必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。
この点、当会は、2014年(平成26年)5月27日に、警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり、プライバシー侵害ばかりでなく、市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。
EU(欧州連合)では、GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ、空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても、同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。
我が国でも、顔認証チェックによる本人確認について、民間における顔認証データの利用場面においても、利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。
また、2021年8月の当会の調査によると、福岡市民でマイナンバーカードを取得したものの顔画像データは、福岡市の手元にはないものの、委託先であるJ-LIS(地方公共団体情報システム機構)が保存しており、「論理的には、福岡市が福岡市民の顔画像データを管理している状態」とのことであった。マイナンバーカードが事実上義務化されると、全ての市民の顔画像データがJ-LISに集積されることとなる。デジタル改革関連法により、J-LISには、国が強く関与するよう変更されたため、これらのデータは、国と自治体の共同管理下に移行した。国が全ての市民の顔画像データを収集し、顔認証カメラにより常時監視し、点数化している中国のような濫用事例すら懸念される。民主主義国家では絶対にあってはならない重大なプライバシー侵害であり、到底許容されえない。


3 結論
現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカード取得の事実上の義務化をすること、のみならず法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは、重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり、許されない。
当会は、昨年5月6日に同様の会長声明を発し、シンポジウムを繰り返し実施して社会への問題提起を続けているが、それでもプライバシー侵害が強行される事態は甚だ遺憾である。主権者である市民が、政府のデータ活用の客体におとしめられる事態を避けるため、現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードの取得を義務化することは反対である。
             2022年(令和4年)12月26日
            福岡県弁護士会会長 野 田 部  哲 也

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