福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2022年9月22日

生活保護基準の早急な引上げを求める会長声明

声明

1 国は、2013年8月から3年間かけて生活保護(生活扶助)基準の引下げ(以下「本件引下げ」という。)を実施した。本件引下げは、引下げ幅平均6.5%、最大10%という戦後最大のものであり、これに対し、生存権を保障した憲法25条に反するなどとして保護費減額処分の取消しを求める訴訟が、福岡地方裁判所を含む全国29の地方裁判所に提起された。
2 本件引下げにおいては、一般低所得世帯の消費水準との比較の観点から生活保護基準を調整する「ゆがみ調整」と、物価下落による影響を考慮して生活保護基準を調整する「デフレ調整」という2点が根拠とされたものであるが、2020年6月の名古屋地裁判決以降の9地裁では厚生労働大臣の裁量権が認められるとして請求が棄却された。2021年5月の福岡地裁判決もその一つである。
3 一方で、大阪地裁(2021年2月22日)、熊本地裁(本年5月25日)、東京地裁(本年6月24日)の3地裁は、原告の請求を認容する判決を言い渡した。
  上記3地裁は、いずれも、保護基準の具体化にあたっては、厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるとしつつも、それぞれ次のように指摘し、本件引下げにかかる厚生労働大臣の判断の過程には過誤、欠落があり、同大臣の裁量権の範囲を逸脱又はこれを濫用するものとして、本件引下げは生活保護法3条、8条2項に違反する違法なものであると判断した。
  熊本地裁は、「ゆがみ調整」「デフレ調整」のいずれについても、また、両調整を併せ行ったことについても、基準部会等の専門的知見に基づく適切な分析及び検討を怠った点で、その判断の過程及び手続に過誤、欠落があるとした。
  大阪地裁及び東京地裁は、「デフレ調整」について、異常な物価高となった平成20年(2008年)を調整の起点とした点や、保護受給世帯には生活扶助相当CPIという厚生労働省独自の指数によって算出された4.78%の物価下落率に相当する可処分所得の増加が生じたとはいえないとして、デフレ調整は統計等との客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは専門的知見との整合性を有しないとした。さらに、東京地裁は、デフレ調整の必要性についても、国が十分な説明をせず、専門技術的な見地からの検討を行ったとはうかがわれないとも指摘している。
 処分取消しを認めた上記3地裁判決は、生活保護基準の改定に関し、専門的知見との整合性等を重視し、厚生労働大臣の裁量的判断の過程に対し司法統制を及ぼしたものであって高く評価できる。国は、上記3地裁判決の指摘を重く受け止めなければならない。
4 生活保護基準は、憲法25条1項が定める「健康で文化的な最低限度の生活」の保障を具体化した基準であり、国や地方自治体の様々な施策の適用基準とも連動している。そのため、生活保護基準の改定は、生活保護を利用していない市民に対しても生活全般にわたって多大な影響を及ぼすものである。
このような生活保護基準の重要性に鑑みれば、厚生労働大臣の判断過程においても、本来上記3地裁判決が指摘するような疑義があってはならないというべきである。
5 当会は、本件引下げに先立つ2012年11月9日、「生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明」を発出し、本件引下げに至る議論過程における問題点を指摘するとともに、生活保護基準の引下げは生存権保障水準の引下げにつながり、市民生活に深刻な影響を及ぼすとして強く反対した。また、本件引下げ後のさらなる生活保護基準の引下げについても、2018年3月9日、「生活保護基準のさらなる引下げを行わないよう求める会長声明」において、市民生活全般の地盤沈下をもたらすことへの警鐘を鳴らした。
6 2020年から続く新型コロナウイルス感染症の感染拡大や経済への影響が長期化する中、生活保護の申請件数は2020年、2021年と2年連続で増加している。さらに、現在、円安の進行やロシアによるウクライナ情勢の影響などにより物価の急激な上昇が起こっているところであり、生活に困窮する市民は増加し続け、最後のセーフティネットとしての生活保護の重要性はますます高まっている。
  本年秋からは、厚生労働省による5年に1度の生活保護基準の見直し作業が本格化する見通しである。その見直し作業は、上記3地裁判決の指摘を踏まえ慎重に行われなければならず、また、現在の社会情勢を踏まえれば、生活保護基準の引上げをこそ検討すべきである。
  よって、当会は、国に対し、上記3地裁判決の指摘を重く受け止めるとともに、現在の生活保護基準を見直し、少なくとも2013年8月の本件引下げ以前の水準と同程度にすることを念頭に、早急に生活保護基準を引上げるよう強く求める。


2022年(令和4年)9月14日
福岡県弁護士会       
会 長  野 田 部 哲 也

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