福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2022年6月 1日
特定商取引に関する法律等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める意見書
意見
第1 意見の趣旨
特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)の書面交付義務の電子化に係る政省令を定めるに当たっては、不意打ち的な勧誘や利益誘引型の勧誘等により消費者被害が多発している現状を踏まえ、電子化によって消費者保護機能が低下することがないように、下記の内容の措置を講じるべきである。
⑴ 事業者に対して、消費者から契約書面等の交付義務を電子化することの承諾を得るのに先立って、次の事項についての説明義務を課すこと
① 消費者は原則として書面の交付を受けることができること
② 書面交付に代えて提供される電子データ(書面に記載すべき事項を電磁的に記録したもの)には、契約内容やクーリング・オフ制度などの重要な内容が記録されていること
③ 電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日となること
⑵ 事業者に対して、同じく消費者から承諾を得るのに先だって、次の事項についての確認義務を課すこと
① 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、電子メールの受信、送信、電子メールの添付ファイルの閲覧及び同添付ファイルの電子データの保存ができること
② 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、事業者のWebサイトにアクセスしてID・パスワードによりログインし、同サイトの電子データを閲覧し保存できること
⑶ 事業者が消費者の承諾を取得する方法について、次の点を定めること
① 訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入、連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引、特定継続的役務提供のうち後記②の類型を除く契約類型においては、必要事項を記載した承諾書面への消費者の署名及び承諾書面の控えを消費者へ交付すること
ここにいう必要事項の記載は、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを記載すること
② 特定継続的役務提供のうち、オンラインで契約を締結し、オンラインで役務提供を行う類型(オンライン完結型取引)については、電子メールによって承諾を得ることも許容されるが、その承諾は、事業者が①の承諾書面の記載事項と同様の記載をした電子メールを消費者に送信し、消費者がその内容を確認した旨の電子メールを事業者に返信するという方法によること
⑷ 事業者が消費者の承諾を取得するに際しては、次の行為を禁止すること
① 電子データの提供の意義・効果等についての虚偽・誇大な説明及び表示
② 困惑させる行為による承諾の要請
③ 書面交付に比して対価その他の取引条件で有利に扱う告知
④ 書面交付に比して契約締結手続が迅速化する旨の告知
⑤ 家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛け
⑸ 事業者に対し、高齢者である消費者の承諾を得る際には、家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望するかどうかの意思確認を義務付けること
⑹ 消費者の真意に基づく承諾を得たことの立証責任は事業者が負うこと及び事業者が上記⑴から⑸の義務または禁止のいずれかに違反した場合には書面交付義務を履行したものとは認められず、クーリング・オフの起算日が到来しないことを明記すること
2 事業者が契約条項を電子データで消費者に提供する方法等について
⑴ 電子データの提供方法を以下のものとすること
① 電子メールにPDFファイルを添付する場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信し、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
② 事業者のWebサイトの電子データにアクセスさせる場合には、事業者がWebサイトに契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを掲載し、アクセスのためのURLを電子メールで消費者に通知し、閲覧及び保存を促すとともに、消費者がこれを閲覧しかつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
⑵ 電子メール本文において以下の内容を告知すること
事業者は、電子データまたはURLを送信する電子メール本文に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、②添付した電子データが契約書面に代わる重要なものであること、③電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを明記すること
⑶ 電子データの提供とクーリング・オフの起算日を以下のとおりとすること
① 事業者が電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、事業者の送信した電子メールが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が受信した電子メールに添付された電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対し確認メールを返信した日とすること
② 事業者がWebサイト上で電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、消費者が電子データを閲覧・保存した上でその旨の確認メールを事業者に送信した日とすること
③ 仮に政省令によって起算日自体について上記①、②のように規定することができない場合は、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認する手順を加え、事業者がその手順を履行しないときは、電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日であることを主張できないものとすること
⑷ 高齢者の家族等への提供方法を以下のとおりとすること
事業者は、高齢者である消費者が電子化を承諾するに際し、家族その他の第三者への電子データの提供を希望することを表明した場合には、当該家族等に対しても同時に電子データを提供するものとすること
⑸ 概要書面を電子データによって提供する場合の契約概要の説明について以下のとおりとすること
事業者は、概要書面の交付に代えて電子データを提供する場合、消費者が当該電子データを閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明するものとすること
⑹ 契約書面等を電子データによって提供した場合の再提供義務について以下のとおりとすること
事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データを提供した場合、消費者が電子データの再提供を請求したときは再提供する義務を課すこと
⑺ 契約条項の保存措置義務について以下のとおりとすること
書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約締結時の契約内容の電子データについて、改ざんが生じないよう対策を講じて保存する措置をとる義務を課すこと
第2 意見の理由
1 はじめに
⑴ 2021年(令和3年)6月16日に公布された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」という。)においては、特定商取引法及び預託法が規定する販売業者等の契約書面等交付義務(以下「書面交付義務」という。)について、消費者の承諾を得ることを要件に、契約書面等を電子化することと、電磁的方法によって提供することを可能としており、この「電磁的方法による提供」の具体的規律については主務省令に委任している。
これを受けて消費者庁は、「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」(以下「本検討会」という。)を設け、上記の消費者の承諾の取り方や、電磁的方法による提供のあり方等についての検討を継続している。
しかし、そもそも、消費者側においては、訪問販売等において契約書面等をあえて電子化する必要性は乏しく、デジタル社会の進展とともに消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差は縮まるどころかむしろ拡大していることに鑑みれば、契約内容の確認および把握という点で、事業者から交付される契約書面等は依然として極めて重要な意義を有している。そのため、本改正法については、消費者保護の観点から、日本弁護士連合会、全国各地の弁護士会及び消費者団体が反対意見と懸念を表明している。当会も、同年3月24日、「特定商取引に関する法律等の書面の電子化に反対する意見書」を公表した。
加えて、同年6月4日、参議院地域創生及び消費者問題に関する特別委員会は、本改正法の附帯決議として「書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」を要請している(以下「参議院附帯決議」という。)。
⑵ そもそも、特定商取引法等が必ずしも処分証書ではない文書について事業者に対して書面交付義務とクーリング・オフ制度を定めた趣旨は、不意打ち的な勧誘、利益誘導型の勧誘によって冷静に考えれば締結しなかった契約を締結させられてしまったような場合や、契約内容が複雑・不明瞭で、その契約を締結した場合にどのような法律関係が形成されるのかが客観的に判断しづらい契約内容となっていることから生じるトラブルから、消費者を保護することにある。
例えば、①訪問販売、電話勧誘販売や訪問購入であれば、勧誘の不意打ち性、攻撃性という問題性を、②連鎖販売、業務提供誘引販売取引や預託取引であれば、複雑・不明瞭な契約内容を充分に理解しないまま多額の利益等に幻惑されて契約してしまうという問題性を、③特定継続的役務提供であれば、役務の内容、質、効果の客観的判断が困難なまま長期的な契約を締結せざるを得ないという問題性をそれぞれ内在している。それゆえ、消費者を不当な契約から解放するためにクーリング・オフ制度が設けられ、その前提として、消費者に契約内容やクーリング・オフ制度を正確に把握させるために、事業者に対して書面交付義務が設けられている。
消費者トラブルは、消費者が一度決済をしてしまえば、法的救済を行うことが極めて困難になるという性質が特に強く表れる類型の紛争である。そのため、早期に、簡易な方法で契約関係から離脱する手段(クーリング・オフ制度)を講じておくことは、市民の権利を保障し、安心して経済活動に関わることを促すことに繋がる重要な施策である。今回の、事業者に対して電磁的方法による書面交付義務の履行を認めるという法改正は、電磁的機器を利用しなければその内容を把握できない電磁的方法を認めるという意味で、極めて大きな消費者保護制度の変更を認めるというものである。従ってクーリング・オフ制度の前提をなす重要かつ不可欠な規律として電磁的方法による書面交付義務を定めるものである以上、極めて厳格な制度設計が求められる。
2 消費者の真意に基づく明示的な承諾確保の必要性(意見の趣旨1項関係)
⑴ 同⑴関係
書面交付義務の電子化について、消費者の真意に基づく承諾があると言えるためには、同⑴記載の事項について十分に説明し、理解を得ることが不可欠の前提条件である。参議院附帯決議においても、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されること」を要請している。
⑵ 同⑵関係
また、消費者が書面交付義務の電子化について真意に基づく承諾をするためには、単に形式的な説明と承諾があることでは足りず、消費者に電子データの提供に対応できるだけの電子機器の操作能力が必要である。したがって、事業者は、消費者が同⑵記載の操作をすることができることを質問により確認し、電子データの提供手順において検証するという手順を踏むことが求められる。
⑶ 同⑶関係
特定商取引法等の取引類型は、事業者の主導的な勧誘行為により消費者の冷静な意思形成を歪めやすい特徴があることから、書面交付義務の電子化についても、口頭による説明と承諾のやり取りでは真意に基づく明示的な承諾を確保することはできない。国会質疑においても、政府参考人から、口頭や電話だけでの承諾は認めないことに加えて、オンラインで完結する取引の場合は電子メールで、その他の分野は書面による承諾を得てその控えを消費者に交付する方法とすることが考えられること、ただし、オンライン完結型取引であっても、悪質業者の被害が顕著に見られる分野については書面による承諾とし、被害発生のおそれが低いオンライン取引に限って電子メールによる承諾の取得を認めることも一案として検討したい、とする答弁がある。加えて、消費者自らが承諾書面に署名することによって、電子化の承諾の意義と効果に注意を向け、これを承諾することの意味を自覚する契機ともなる。契約内容とクーリング・オフ制度を告知する機能をより確実に確保する観点から、オンラインによる役務提供の取引等の類型を含めて、書面による承諾と承諾書面の控えの交付を要するものとすべきである。
上記の趣旨から、承諾書面には、少なくとも、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることが記載されていなければならない。このような書面へ消費者自らが署名し、その写しが消費者に交付されることを要するものとすべきである。
オンライン完結型取引についても、消費者の真意による承諾が明確になるよう、消費者自らが事業者のメールに返信することを要するものとすべきである。
⑷ 同⑷関係
特定商取引法等が規定する取引類型が不当勧誘行為による不本意な契約締結の被害が発生しやすい分野であることを踏まえるならば、書面交付義務の電子化の承諾を取得する場面においても、電子データの提供の意義・効果等について虚偽・誇大な説明や表示をするなどの消費者を誤認させる行為や、消費者を困惑させて承諾を要請する行為は禁止する必要がある。
また、書面交付を直ちに又は遅滞なく行うことは事業者の義務であるから、電子データの提供を選択する方が対価その他の取引条件で有利に扱われるとか、手続が迅速に進むといった告知は、不当な誘導として許されない。家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛けも許されないものとされるべきである。
⑸ 同⑸関係
消費者が高齢者である場合、判断能力・拒絶能力の低下や事後的な対処能力の低下により訪問販売等の被害に遭うリスクが増大する。そのため、国や地方公共団体においては、高齢者見守りネットワークを構築して家族その他の第三者による消費者被害の防止・早期発見に結び付ける取組が推進されている。
ところが、書面交付義務が電子化されて、高齢者がスマートフォンなどの電子機器内に契約データを保管していても、家族等がそれを発見して被害救済に結び付けることは極めて困難である(一般的には契約書や請求書といった紙媒体での資料がきっかけとなって被害の発見に繋がることが多いと思われる。)。
そこで、事業者が一定年齢以上の高齢者である消費者に対して書面の電子化の承諾を求める場合は、家族その他の第三者に電子データの同時提供を希望することができる旨を当該消費者に説明した上で、これを希望するか否かの意思確認をする手順とし、これを希望する高齢者については、後述するように承諾に付随する条件に従って家族等への同時提供を実行することが求められるものとすべきである。
この点は、参議院附帯決議においても、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」とされているところである。なお、このような手順を踏むものとしても、契約の締結自体について第三者の関与・承諾を要件とするものではなく、高齢者が希望する場合に電子データを同時提供するだけであるから、高齢者の自己決定権を制約することにもならない。
⑹ 同⑹関係
書面交付義務の電子化は、事業者が「申込みをした者の承諾を得て」電子データで提供することができる(特定商取引法4条2項等)という規定である。そのため、申込者の承諾を得たことの立証責任は、条文構造から見ても事業者が負うべきである。そして、その承諾については承諾の意義・効果を理解した上での真意に基づく明示的な承諾の意思表示であることを要するべきであるから、承諾の意思表示の存在の立証責任を事業者が負うことを明記することが求められるとともに、事業者が、上記第1・1⑴から⑸の義務を果たさず、あるいは禁止行為に違反するときは、承諾に基づく電子データの提供には該当せず、書面交付義務が履行されていないこととなり、クーリング・オフの起算日が到来しないこととすべきである。
3 事業者が契約条項を電子データで消費者提供する方法等について(意見の趣旨2項関係)
⑴ 同⑴関係
① 書面に代えて電子データの提供を行う場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信して、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信することとすべきである。
② 事業者のWebサイト上で電子データの提供を行う場合は、事業者がアクセス用URLを電子メールで提供するだけでなく、消費者に速やかに電子データを閲覧・保存するよう促し、消費者がアクセスして契約条項の電子データを閲覧・保存した上で、その旨の確認メールを事業者に送信する(または閲覧・保存したことを事業者が確認する。)という手順にすべきである。
⑵ 同⑵関係
前記いずれかの方法で契約条項の電子データを提供した場合、書面で提供される場合と比べて、消費者には添付ファイルを開いて確認するという作為が必要になるため、その行動がとられないリスクがある。そのうえ、添付ファイルを開いて閲覧したとしても、手のひらサイズの小さなスマートフォンの画面に詳細な契約条項が表示されることとなると、主な契約内容やクーリング・オフ制度に関する記載が看過されてしまう危険性がある(書面の場合にはフォント数に関する規制が存在するが、端末で見る場合には現実の文字サイズはその端末のサイズに依存することになる。)。
そこで、送信する電子メール本文に同⑵記載の内容を明確に表示すべきことを政省令に明記すべきである。なお、消費者がクーリング・オフの通知を電磁的記録により行う場合の送信先電子メールアドレスは、添付ファイルの電子データ内だけでなく、電子メール本文にも表示すべきである。これらの措置は、書面交付義務をデジタル化することによる事業者の利便性だけでなく、デジタル化に伴う消費者の利便性も確保するものであり、本改正法の趣旨に合致するものだと言える。
⑶ 同⑶関係
① 事業者が電子メールに契約条項の電子データを添付して送信した場合、その電子メールは消費者が契約しているプロバイダのメールサーバにまず記録され、消費者が自己の電子機器のメールソフトを操作して電子メールを電子機器上で受信し、添付ファイルを開くことで現実に電子データを閲覧できる状態となる。この点、特定商取引法等の書面交付に代わる電子データの到達時期は、消費者保護のためのクーリング・オフ制度を消費者に告知し、クーリング・オフ行使の起算日を画する基準として考えられるべきものであるから、契約成立時期の判断基準と一致させる必要はなく、消費者が契約条項及びクーリング・オフの存在を現実的に確認できたと評価できる時点であって、かつ事業者にとっても共通の明確な時点を基準とする必要がある。
こうした観点から見ると、事業者の送信した電子データが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が、受信した電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対する確認メールを返信した日をもって、クーリング・オフの起算日と扱うべきである。
② また、事業者のWebサイトに消費者がアクセスして電子データを取得する場合も、消費者が電子データをダウンロードし閲覧・保存した旨の確認メールを事業者に送信した日、または消費者がダウンロードし閲覧・保存したことを事業者が確認した日をもって起算日とすべきである。
③ なお、本改正法に消費者の「電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時」に消費者に到達したものとみなす旨が規定されたことから(4条3項等)、政省令によって到達日自体を変更することができないとすれば、電子データの具体的な提供方法が政省令に委任されていることを踏まえて、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認することを手順として定め、その手順を怠ったときは、事業者は電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日として主張できない旨を規定すべきである。そして、消費者が一定期間内(例えば1営業日以内)に電子データを閲覧・保存した旨の確認メールを送信しない場合は、事業者は遅滞なく書面の交付を行うべきである。
⑷ 同⑷関係
消費者が高齢者である場合、書面交付義務の電子化による見守り機能喪失の不利益を防止するため、前述したとおり当該高齢者が承諾に付随する条件として家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望した場合には、事業者は、当該家族等に対し電子データを同時提供する手順を踏むものとすべきである(なお、家族その他の第三者のメールアドレスを事前の同意なく事業者に提供することが当該家族等の個人情報の第三者提供の問題となり得るが、高齢者本人は個人情報保護法上の事業者に当たらないうえ、契約条項の電子データの同時提供が希望される家族等は高齢者との間に信頼関係が存在すると考えられることから、高齢者の被害防止の趣旨が優先されるものと考えられる。)。
このことは、高齢者である消費者に対し、書面交付義務の電子化について家族等への同時提供という条件付きの承諾の機会を与え、その条件付き承諾に従って提供するものと捉えることが適切である。
家族等への電子データの提供方法は、高齢者に対する提供方法と同じ方法で同時に提供するものとすべきである。高齢者である消費者が家族その他の第三者への提供を希望するが、そのメールアドレスを事業者に直ちに提供することができないときは、当該高齢者の希望は、自分だけで書面交付義務の電子化に対処することへの不安に基づくものであると考えられる以上、原則に戻って事業者は書面交付を行うべきである。この点は国会審議においても、「契約の相手方が高齢者の方々の場合には、家族などの契約者以外の第三者にも承諾に関与させる、家族などにもメールを送らせることなどによって安易に承諾を得られないようにすることで消費者被害の発生を抑止できるのではないかと考えております」との政府参考人答弁がなされている。
⑸ 同⑸関係
連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引は、利益誘引の強調により不利益な契約条件を見落としがちであること、特定継続的役務提供は内容不明確な役務を長期多数回提供する契約内容が分かりにくいことから、契約の勧誘段階で概要書面を交付する義務が定められている(特定商取引法37条1項、42条1項、55条1項、預託法3条1項)。本来は、勧誘場面で概要書面を形式的に交付するだけでなく、交付した概要書面を提示した状態で複雑な契約内容を説明する手順を踏むべきところである。
そこで、概要書面の交付に代えて電子データにより提供する場合には、事業者は、電子データの提供について所定の手続により消費者の承諾を得て電子データを提供した後、直ちに、消費者が当該電子データを開いて閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明する手順に進むものとすることを政省令に明記すべきである。
⑹ 同⑹関係
書面交付義務の電子化により、事業者は契約管理の効率化等の点で利便性を得る一方で、消費者には、電子データの文字が小さくて読み取りが困難である、適切に保存できておらず削除されてしまった、必要なときに必要なデータに迅速にアクセスすることが困難である等の不利益を被ることが少なくないと考えられる。
そこで、事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データにより提供した場合、消費者から電子データの再提供を請求されたときは、再提供に応じる義務を課すべきである。なお、この点は、契約内容の確認等も目的とするものであるから、電子データの再提供はクーリング・オフ期間とは連動しないものとすべきである。事業者にとっては、書面の再交付に比べ費用面でも手続面でもそれほどの負担とはならないと考えられる。
⑺ 同⑺関係
事業者が書面交付義務の電子化を実施する場合、契約締結時の契約条項の電子データと、後日事業者が契約条件を変更した場合の契約内容との対応関係が不明確になるおそれがある。
そこで、書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約者ごとに契約締結時の電子データについて、改ざんが生じないような対策を講じて保存する措置をとる義務を課すべきである。
4 小括
前述のとおり、契約書面等は、クーリング・オフ制度の不可欠な前提をなす重要な書類である。
しかし、契約書面等が書面で交付されている現在においてさえ、契約書面等がそのように重要な書類であることは必ずしも深く認識されていない。消費生活相談や法律相談の現場において、契約書面等に、消費者の重要な権利を制限する条項が記載されているにもかかわらず、そのことが事業者から説明されておらず、消費者がその条項の存在を認識していないということが判明するケースは枚挙に暇がない。中には、そのような状況が悪質事業者によって悪用されていると思しき事態もしばしば見受けられてきた。
このような状況下で、契約書面等が電子化された場合には、より一層、その傾向が強まるおそれがある。近時の例としても、詐欺的な定期購入商法においては、消費者が最初に閲覧するウェブサイト上で「初回無料」や「お試し」、「いつでも解約可能」といった表示が強調されていることで、契約条項内に記載されている定期購入である旨や解約に関して子細な条件がある旨の記載が認識されておらず、解約を巡ってトラブルになる例が多数確認されている。デジタル社会が形成されていくとしても、消費者が安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するものでなければならないのであって、消費者保護機能を否定するものであってはならない。
そこで、電子化の承諾の場面においても、契約書面等の重要性が看過され、消費者の真意に基づかない電子化への承諾がされないよう、消費者の権利を保障する施策が講じられることが不可欠である。
第3 結語
以上のとおり、消費者保護、ひいては市民の経済活動の安心を担保する観点から、特定商取引法等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める。
2022年(令和4年)6月1日
福岡県弁護士会
会長 野田部 哲也
2022年6月22日
中小企業への支援策の拡充と最低賃金額引上げを求める会長声明
声明
福岡地方最低賃金審議会は、今後(例年どおりであれば8月頃)、福岡労働局長に対し、2022年度福岡県最低賃金の改正の答申を行う見込みである。昨年度、同審議会は前年度比28円増額の時間額870円とする答申を行い、当該答申どおりの改正が行われた。
しかし、時給870円は、未だ、年収200万円以下のいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準にとどまっており、この水準では、労働者の生活を安定させつつ労働力の質的向上を図ることは実際上困難である。また、原油価格の高騰やロシアのウクライナ侵攻等の影響により、食料品や光熱費など生活関連品の価格が急上昇している。労働者の生活を守り、新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも、最低賃金額を大きく引き上げることが必要である。
最低賃金額について、フランスでは、2021年1月に10.25ユーロ(約1473円※本日時点の為替レートによる。以下同じ)に引き上げられ、さらに同年10月から10.48ユーロ(約1507円)に引き上げられた。ドイツでは、2021年7月に9.60ユーロ(約1380円)、2022年1月に9.82ユーロ(約1411円)と引き上げられ、同年7月には10.45ユーロ(約1503円)へと引き上げられる。さらに同年10月から12ユーロ(約1725円)に引き上げることについて国会で審議中である。イギリスでは、2021年4月から23歳以上の労働者の最低賃金が8.91ポンド(約1493円)に引き上げられ、さらに2022年4月から9.5ポンド(約1592円)に引き上げられた。韓国では、2021年1月に8720ウォン(約922円)に引き上げられ、2022年1月から9160ウォン(約968円)に引き上げられた。
このように多くの国で、コロナ禍で経済が停滞する状況下においても最低賃金の大幅引上げが実現しており、我が国においても、コロナ禍であることが、最低賃金の大幅引上げを不可能ならしめるものとはいえない。
また、最低賃金の地域間格差が依然として大きく、格差が是正していないことは重大な問題である。2021年の最低賃金は、最も高い東京都で時給1041円であるのに対し、最も低い高知県と沖縄県は時給820円(福岡は870円)であり、221円(福岡県とは171円)の開きがある。最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり、最低賃金の低い地方の経済が停滞し、地域間の格差が縮まるどころか、むしろ拡大している。都市部への労働力の集中を緩和し、地方に労働力を確保することは、地域経済の活性化のみならず、都市部での一極集中から来る様々なリスクを分散する上でも極めて有効である。
地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の最低生計費は、研究者らによる最近の調査により、都市部か地方かによって、ほとんど差がないことが明らかとなっている。これは、地方では、都市部に比べて住居費が低廉であるものの、公共交通機関の利用が制限されるため、通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。そもそも、最低賃金は、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上、最低賃金の地域間格差を維持することは適切ではなく、地方の最低賃金を都市部の水準まで引き上げることが求められる。
最低賃金の大幅な引上げの実現のためには、十分な中小企業への支援が必要である。現在、国は「業務改善助成金」制度により、影響を受ける中小企業に対する支援を実施しており、従前、その利用件数は低調であったが、令和3年度中央最低賃金審議会の「業務改善助成金について、特例的な要件緩和・拡充を早急に行うことを政府に対し強く要望する」との答申を受け、2021年8月以降、その利用要件の緩和や支援対象の拡充が行われた。政府が、答申に応じ、業務改善助成金の拡充等を行ったことは高く評価すべきであるが、今後も、最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるよう、中小企業へのさらなる支援策を講じることが求められる。この点、昨年度の福岡地方最低賃金審議会の答申においても、国及び地方自治体所管の各種支援策の拡充・強化、特に「コロナ禍において直接間接を問わず影響を受けている中小・小規模事業者に対しては、特例措置として賃金引上げ幅に見合った新たな直接的給付金等支援策の創設を早急に検討すること」を求める極めて適切な付帯決議がなされており、国はこの付帯決議の趣旨を尊重し、早急な対応を行う必要がある。最低賃金の引上げには地域経済を活性化させる効果もある。当会は、引き続き国に対し中小企業への充分な支援策を求めるとともに、労働者の健康で文化的な生活を確保し、地域経済の健全な発展を促すため、福岡地方最低賃金審議会が、本年度、最低賃金の大幅な引上げを答申すべきことを求めるものである。
2022年(令和4年)6月22日
福岡県弁護士会
会 長 野 田 部 哲 也