福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2022年5月30日

自殺予防・自死問題対策のための取組及び連携を一層強化する宣言

宣言

 わが国の年間自殺者数は、1998年(平成10年)に急増し、同年から2011年(平成23年)まで14年連続して3万人を超える状態が続いた。当会は、2012年(平成24年)に自死問題対策委員会を発足し、また、同年5月23日には「『自死』をなくすための行動宣言~自死を防ぐための『気づき』『つなぎ』『見守り』とは何かを考える~」を採択した。この宣言で当会は、①会員を対象とする自殺対策に関する研修を充実させること、②医療福祉専門職(医師・臨床心理士・精神保健福祉士等)の協力を得て法律相談を行う体制をつくり、アウトリーチ(訪問支援)としての法律相談を実施すること、③弁護士会と各専門機関とのネットワークを構築し連携を強化すること、④基本的人権の擁護を使命とする弁護士会としての立場から政策提案及び立法提言を行うこと掲げ、今日まで、追い込まれた末の死として自殺で亡くなることを防ぐための活動に取り組んできた。
 全国でも、国をはじめとする関係者の様々な取り組みが進められた結果、年間自殺者数は3万人台から2万人台に減少し、2019年(令和元年)には2万人を下回った。ところが、新型コロナウイルス感染症流行下において、2020年(令和2年)の年間自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回る人数となった。これを具体的にみると、男性の自殺者数は11年連続で減少しているのに対し、女性の自殺者数が増加し、女性の自殺者数増加が2020年(令和2年)の自殺者総数の増加に直結していることが分かっている(厚生労働省「令和3年度版自殺対策白書」)。さらに、2016年(平成28年)以降増加傾向にある学生・生徒の自殺者数も、2020年(令和2年)は前年に比して著しく増加した。2021年(令和3年)の自殺者総数は、警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人であり、前年からわずかに減少したものの、前年に引き続いて子ども・若者及び女性の自殺が目立つ状況にある。
 このように、わが国の自殺・自死の問題は、未だ深刻な状況にある。また、新型コロナウイルス感染症が自殺の要因となる様々な問題を悪化させている可能性がある。
令和3年度版自殺対策白書において、2020年(令和2年)の「女性の自殺の増加」を職業別に見ると、「被雇用者・勤め人」で増加し、原因・動機別では、「勤務問題」,その中でも「職場環境の変化」が過去5年平均と比して98.3%の増加となっており,新型コロナウイルスの感染拡大により労働環境が変化したこととの関連が示唆されている。また、2020年(令和2年)における児童生徒の自殺者数は499人で,前年の399人から大きく増加した。新型コロナウイルス感染症に伴う長期にわたる休校は,通常の長期休業と異なり,教育活動再開の時期が不確定であることなどから児童生徒の心が不安定になるおそれが指摘されている(文部科学省の「コロナ禍における児童生徒の自殺等に関する現状について」)。
このように、新型コロナウイルス感染症の拡大は、子ども・若者及び女性の自殺の深刻化に影響があると考えられる。私たちは、新型コロナウイルス感染症という新たな問題が自殺・自死問題に与えている影響を分析し、新たな課題に対応していく必要がある。
 そこで、当会は、これまでの自殺・自死問題に対する取組みを踏まえて、さらなる活動の拡充を目指し、次のとおり宣言する。 
1  2012年(平成24年)の宣言で述べた取組みを継続することはもとより、自殺の危険因子となりうる法的問題に関わる当会の各委員会において、それぞれの課題解決への取組に一層の力を注ぎ、それによって自殺危険因子を除去・減少させるよう努め、弁護士会として自殺予防に寄与していく。
2  弁護士が自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、多角的視点から同人のニーズを検討し、対応が必要と判断した際には、弁護士会内での他の専門窓口や、他の専門機関につないで各種施策との連携を図るようにするとともに、自殺予防に取り組む他の専門機関から法的支援の要請を受けた場合には適切に対応する。このようにして、自殺予防のためのネットワーク作りをさらに強めていく。


2022年(令和4年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由


1  福岡県弁護士会の自殺・自死問題へのこれまでの取り組み
 自殺は、追い込まれた末の死といえる。そして、自殺が発生する背景には複数の要因が連鎖して存在していることが多い。
われわれ弁護士は、日常の業務の中で、自殺の要因(経済問題、家庭問題、労働問題、男女問題、学校問題等)となりうる法的問題に携わることが多い。
弁護士が、法的問題を通じて、相談者又は依頼者等と関わる中で、自殺の危険性があると感じた場合は、単に法的問題を解決するだけではなく、必要に応じて、適切な他の専門職につなぐ必要性が高いといえる。
 弁護士が、このような自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしていくことを目指して、当会は2012年(平成24年)の宣言にもとづき以下の活動を行ってきた。
(1) 研修の充実
 弁護士が自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしうるためには、弁護士が、自殺・自死問題に対する理解を深める必要がある。
そこで当会は、会員を対象に、自殺対策に関する知識及び自殺企図者の法律相談技術の向上を図る研修を毎年行ってきた。
 最近5年間のものとしては、2021年(令和3年)9月実施の「弁護士・事務職員のメンタルヘルス」、2020年(令和2年)9月実施の「ケーススタディで学ぶ、希死念慮者や自死遺族にまつわる各種事件への対応」、2019年(令和元年)5月実施の「こころの問題を抱えた方からの法律相談のスキル(ロールプレイ実践)」、2018年(平成30年)7月実施の「こころの問題を抱えた当事者への弁護士の対応の留意点」、2017年(平成29年)9月実施の「被災者の法律相談における精神医療の観点からの留意点」が挙げられる。
(2) 法律相談による支援
ア 自殺・自死問題に対応する相談
 当会は、自殺・自死問題に対応する相談窓口として、①自死遺族法律相談及び②自死問題支援者法律相談の2つの相談制度を設けている。
①自死遺族法律相談は、2012年10月に開始した制度で、現在も福岡県、福岡市、及び北九州市で開催している。福岡市では、市との共催で毎月1回、天神弁護士センターにおいて弁護士1名と心理専門職1名の合計2名による面談相談及び電話相談を実施している。福岡市の相談では2012年の開始以来、電話相談40件(うち10件が継続相談となった)、面談相談110件(うち48件が継続相談となった)の計150件の相談を受けている。北九州市では、北九州市の委託事業として、北九州市精神保健福祉センターにおいて、電話相談及び面談相談を行っている。福岡県では、福岡県精神保健福祉センターにおける法律相談に毎月1回、会員を派遣している。
 ②自死問題支援者法律相談は、2013年12月に開始した制度で、自殺の危険性がある本人ではなく、本人を支援する方々(家族、医療関係者、福祉関係者など)からの相談を受け付けるものである。相談申込みの受付から原則48時間以内に弁護士による電話相談を行い、必要に応じて面談相談も行うもので、支援者と共に本人の法的問題の解決を図ることを目指す制度である。筑後地域では、「かかりつけ医による精神科医紹介制度」とタイアップする形での相談にも応じている。
同相談では、2013年12月の開始以来、合計238件(➀相談者内訳:家族31件、本人78件、支援者129件、②相談結果内訳:電話相談のみ98件、面談相談のみ78件、電話相談及び面談相談57件)の相談を受けている。
イ 個別の自殺要因に対応する相談
 また、個別の自殺要因に対応する様々な相談も実施している。
自殺の要因として多い経済的な問題や、雇用の問題に関する法的支援として、県内17か所の法律相談センターで無料の多重債務相談・無料労働相談を実施している。
生活困窮者への法的支援としては、➀生活保護に関する無料法律相談である生活保護支援システム(いわゆる生活保護版当番弁護士制度)を運営して相談を受けているほか、②日本司法支援センター(法テラス)及び県内の14自治体(試行中のものも含む)と連携し、生活保護利用者・理事津支援事業対象者向けに、各自治体の福祉事務所(保護課)への巡回法律相談であるリーガルエイドプログラム(Legal Aid Program)を実施し、③法テラスと連携しホームレス支援のための法律相談も実施している。
⑶ ネットワークの構築・連携の強化
 当会は、自殺・自死問題に対応するため、国や自治体、医師、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士等の専門職団体との協議や連携を行っている。
 上記の自死遺族法律相談や自死支援者法律相談は、精神保健福祉士や臨床心理士等の専門職の同席や協力を得て実施している。また、福岡市主催の自死問題対策の相談会(こころと法律の相談会)に会員を派遣し、精神科医師、臨床心理士、精神保健福祉士、司法書士と一般市民からの相談に対応している。
 また、他の専門職と共同して相談に対応するだけではなく、医師や精神保健福祉士と自殺・自死問題に関する研究会及び交流会を行っている。例えば、福岡大学病院精神科とは、毎年複数回の共同研究会(テーマ研究、ケーススタディ等)を行っており、当会北九州部会の自死問題対策委員会の月例会議には毎回北九州市精神保健福祉センターのスタッフも参加している。筑後部会では、精神保健福祉士会と毎年合同でセミナーを開いている。
 さらに、当会は、毎年、市民向け自殺対策シンポジウムを開催している。シンポジウムでは、自殺対策に関する専門家の講演だけでなく、他の専門職とのパネルディスカッションを行い、意見交換を行っている。 
⑷ 積極的な政策提言及び立法提言
当会には、自殺危険因子に関係する分野を扱う様々な委員会があるが、制度改善によって自殺危険因子をなくしていくべく、それぞれの分野における政策・立法提言を行っている。
 例えば、自殺の大きな要因の1つである貧困問題に関しては、生活保護改正法案の廃案を求める会長声明(2013年(平成25年)11月22日)、ホームレス自立支援特別措置法の期限延長を求める会長声明(2017年(平成29年)3月9日)、生活保護基準の引き下げを行わないように求める会長声明(2018年(平成30年)3月9日)、最低賃金の引上げを求める会長声明(2018年(平成30年)6月8日、2020年(令和2年)7月27日、2021年(令和3年)7月7日)等がある。
 多重債務の問題に関しては、貸金業法や利息制限法の改悪の動きに強く反対する会長声明(2012年(平成24年)7月18日)があり、保証人の自殺に関しては、個人保証の原則禁止など抜本的な法改正を求める決議(2013年(平成25年)5月22日)がある。
 コロナ禍のもとでは、中小企業・小規模事業者の経営を支援することにより、経営者、従業員とその家族の生活、取引先の経営を守る宣言(2021年(令和3年)5月27日)を行っている。


2 さらなる取り組みの必要性
(1) 自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあること
2012(平成24年)の宣言の後の全国の自殺者数の推移は、本宣言の趣旨の中に記載したとおりである。
 福岡県の年間自殺者数の推移も見てみると、1998年(平成10年)から毎年1000人を超える状況であった。2014年(平成26年)には、16年ぶりに年間自殺者数が1000人を下回り、以降、減少傾向が続いていたが、2020年(令和2年)に、年間自殺者数が826人となり、国全体と同様に前年を上回る結果となった。
 このように、全国的にも、福岡県においても、この10年間の様々な自殺予防の取り組みの成果もあって、自殺者数は減少していたにもかかわらず、コロナ禍のもと、再び増加の兆しをみせている。
 コロナ禍により、貧困問題や孤立をはじめとする様々な自殺危険因子が生じたが、その悪影響は、新型コロナウイルス感染が落ち着いたとしても、長期的に残存する可能性がある。
 我々は、自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあることを認識し、当会が行ってきた自殺対策の取り組みをより一層強化する必要がある。また、自殺の危険因子に関わりのある分野を取り扱う各委員会も、危険因子の解消につながるそれぞれの活動を一層充実させる必要がある。 
(2) 各機関との連携による包括的な取組みの必要性
また、追い込まれた末に自殺で亡くなってしまうことを回避するためには、複雑に連鎖している問題を解決する包括的な取組みが重要である。
なぜなら、問題を部分的に解決するだけでは、支援として充分でないことが広く認識されており、調査結果にも裏付けられているといえるからである。
具体的には、NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンクが自死遺族に対して行った自殺の実態調査で、自殺者が一人あたり平均して4つの問題(例えば失業→生活苦→多重債務→鬱病等)を抱えていたこと、また、自殺者(相談の有無が明らかな者)のうち約70%が、亡くなる前に専門機関に相談していたことが明らかとなっている。相談時期としては、亡くなる前1か月以内の相談が約60%であり、自殺者は、自殺に至る直前に専門機関に相談をしたにもかかわらず、自殺に至ってしまったという深刻な現実がある。
そのため、自殺を防ぐためには、各専門機関が連携することで、自殺の危険性が高い人が抱えている問題の一部ではなく、全体を解決していく必要がある。
(3) われわれ弁護士に求められている役割
弁護士として自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、同観点から、他に対応が必要な問題はないか検討し、対応が必要と判断した際は、専門機関につなぎ、連携を図りながら支援を行うことが重要である。
 当会は、これまで自殺予防の支援を行う関係機関とのネットワークの構築を行ってきたが、新型コロナウイルス感染症の影響下で自殺の要因となる問題が悪化している中で、このような取組みをさらに強化することが求められている。
 また、社会における自殺予防のためのネットワーク構築としては、いずれかの支援窓口にたどり着けば、各関係機関の連携を活かして他の要因についても必要な支援を受けることができる体制を築くことが必要である。
このようなネットワークを構築することができれば、社会の誰もが、複雑に連鎖する問題に対して包括的な支援を受けることができる可能性が高まり、自殺・自死問題の解決だけではなく、社会の住民の命とくらしの質を守ることにつながるといえる。
われわれ弁護士も、支援につながるための窓口の一つであることを認識し、その役割を果たすことが求められている。私たちの社会は、今、これまで予期していなかった様々な問題に直面しているが、より良い社会を実現するため、法律の専門家として、積極かつ果敢に取り組む所存である。
以上から、当会は、上記のとおり宣言する。


 

以上

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