福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2022年5月 3日

憲法記念日にあたっての会長談話

会長談話

日本国憲法は,本日,施行から75年を迎えました。

今年2月,ロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始し,戦争によって,兵士のみならず,子どもたちを含む多くの民間人までもが犠牲になっています。
戦争は最大の人権侵害です。日本も,先の大戦において,多くの日本国民の生命,のみならず多くの世界の人々の生命が奪われるという戦争の惨禍を経験しました。その歴史を痛切に反省し,政府によって二度とこのような過ちが起こされることのないようにとの固い決意のもと,日本国憲法は,基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義の三原則を基本原理としました。
日本国憲法は,武力行使を禁じ(9条1項),戦力不保持・交戦権否認を定め(同2項),徹底した恒久平和主義をとっています。前文では,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有すること」を確認しています。そして,戦争の惨禍を繰り返さないために,「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持」する方策をとることを宣言しています。武力を手段として国際紛争を解決するのではなく,対話と協調を積み重ねる外交努力によって平和を維持していく,これこそが日本国憲法が目指す国際平和のあり方です。
武力により人々の命と暮らしを奪い,肥沃な国土を焦土と化す今回のロシア連邦の軍事侵攻は,絶対に許されないものです。当会は,これに厳しく抗議し,平和の回復に向けた積極的な外交努力を日本政府に求める会長談話を,本年3月2日に発表しました。

日本国内では,2020年から続く新型コロナウイルスの感染拡大により,多くの業種や低所得者層が大きな経済的打撃を受け,貧困や格差が広がっています。多数の非正規労働者を含む解雇や雇い止めによる失業者の増加,母子世帯をはじめとする困窮世帯の生活のいっそうの貧困・困窮化や負債の増大,女性や高齢者,若年者の自死の増加,ドメスティック・バイオレンスや性暴力被害の増加など,多くの課題が浮き彫りになっています。子どもたちの教育への影響も深刻です。感染やワクチン接種に関する偏見や差別の問題も生じています。また,ロシア連邦による戦争は,今後,物価の上昇等によって,生活への打撃を加速する恐れがあります。
人々が安心して暮らせる社会であるために,憲法が保障する基本的人権,とりわけ生存権(25条),勤労の権利(27条),営業の自由(22条),平等権(14条),教育を受ける権利(26条),幸福追求権(13条)などを守るための取り組みが,いっそう重要になっていることを私たちは自覚しなければなりません。

当会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として,憲法の理念をふまえ,平和と人権擁護のために全力をあげて活動してまいります。


2022年(令和4年)5月3日
福岡県弁護士会
会長  野田部 哲也

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2022年5月30日

ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言

宣言

1 人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者に対する偏見・憎悪・嫌悪の感情等を主な内容とする差別的言動(いわゆるヘイトスピーチ)は、対象とされた人々の個人の尊厳(憲法第13条)、法の下の平等(憲法第14条)等の基本的人権を著しく侵害するものであるばかりか、これを放置すると攻撃対象とされた人々に対する社会的な差別、偏見、憎悪、暴力等を助長しかねない、絶対に許されないものである。
2 しかし、我が国では、長くヘイトスピーチに対する対応がなされておらず、その対応の不十分さについて、国際的にも批判を受けていたところである。
このような国際的な動向もあって、2016年(平成28年)6月、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取り組みの推進に関する法律」(いわゆるヘイトスピーチ解消法)が制定された。
3 同法に対しては、その性質や限界などについて種々の批判もあるものの、ともあれ、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」が我が国において許されないものであることを宣言し(前文)、これを解消すべきことが国及び地方公共団体の責務であることを明らかにした点(第1条)では大きな意義のあるものであった。
 しかし、遺憾なことに、同法施行後も我が国ではヘイトスピーチが続いている。間もなく同法が施行後6年となるが、状況は変わっていないばかりか、市中での街宣行動や、インターネット上でのヘイトスピーチが横行している。
4 福岡県内においても、在福岡大韓民国総領事館前、在福岡中華人民共和国総領事館前等、また、天神等の繁華街や駅前等において、ヘイトスピーチにあたりうる表現行為が平然となされ続けている。
また、インターネットの動画サイト上に、前記の街頭におけるヘイトスピーチ等を内容とする投稿が組織的になされている。
福岡県は、歴史的な諸事情やアジア諸国と近接しているという地理的な面から、異なるルーツを持つ市民が多く共生している地域であり、県内における実状に照らしてヘイトスピーチを根絶すべき要請は大きい。
5 それにもかかわらず、当会はこれまでこの問題に正面から取り組んできたとは言えず、このことは大いに反省しなければならない。
また、目を外に転じても、福岡県内には例えばヘイトスピーチに対する実効的な施策としての条例を定めている自治体は未だなく、十分な対策がなされているとは言えない実情にある。
全国的な状況を見れば、表現の自由に配慮しつつ、公の施設を利用してヘイトスピーチがなされる場合における施設利用の規制に関する条例やガイドラインを制定し、第三者機関を置くなどの取り組みを行っている自治体も存在していることを考えれば、福岡県内の自治体の取り組みの遅れは、看過できない。
6 そこで、当会は、上記反省の上に立って、次の通り宣言する。
⑴ 異なるルーツを持つ市民が、共に安心し、平穏なる生活が営めるよう、ヘイトスピーチ問題を対象とする法律相談体制をより充実させる等、ヘイトスピーチによる被害の予防・救済のための法的支援の活動を進めていく。
⑵ 福岡県内におけるヘイトスピーチを根絶するために、いかなる方策によることが実効的であるのかについて、表現の自由に配慮しつつ、具体的検討を進めていく。
⑶ 福岡県及び福岡県内の自治体に対しても、多文化共生の理念を尊重し、ヘイトスピーチを根絶するための実効的な方策をとるよう求め、その実現のために、連携した取り組みを行っていく。


2022年(令和4年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由

1 ヘイトスピーチが絶対に許されないものであること
わが国では2009年(平成21年)12月、京都朝鮮第一初級学校に隣接する児童公園を利用して上記学校に対し、「朝鮮学校を日本から叩き出せ」等の怒号をもって誹謗中傷する内容の抗議・街宣をするいわゆる「京都朝鮮第一初級学校事件」が発生した。
また、2010年(平成22年)頃以降、東京都の新大久保や大阪市の鶴橋等で頻繁に反韓デモが実施された。そこでは「韓国人は日本から出ていけ」「ゴキブリ朝鮮人を追い出せ」「韓国人を殺せ」「鶴橋大虐殺を実行しますよ」「実行される前に自国に戻ってください!」等、在日韓国人、在日朝鮮人を誹謗中傷し、嫌悪、排撃することを扇動するが如き表現が用いられた。
このように、人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者に対する偏見・憎悪・嫌悪の感情等を主な内容とする差別的言動(いわゆるヘイトスピーチ)は、攻撃対象とされた人々の個人の尊厳(憲法13条)、法の下の平等(憲法14条)等の基本的人権を著しく侵害するものであり、これが横行するときは攻撃対象者に対する社会的な差別、偏見、憎悪、暴力等を助長するものであり、絶対に許されないものである。
しかし、我が国では、長くヘイトスピーチに対する対応がなされてこなかった。その対応の不十分さについて、2014年(平成26年)7月に国連自由権規約委員会から、同年8月には国連人種差別撤廃委員会から勧告を受けていたところであった。
2 ヘイトスピーチ解消法(2016年)の制定
(1)制定経緯について 
ヘイトスピーチが社会問題化する中で、2013年(平成25年)以降、国会においても度々議論がなされ、法制化の検討がなされていたが、2016年(平成28年)5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」)が成立し、同年6月3日の公布日から施行された。
同法制定の背景としては、①当時、ヘイトスピーチを伴う街頭宣伝活動が各地で公然と行われ、またその様子がインターネットで広められていたこと、②2014年(平成26年)8月に、人種差別撤廃委員会が、日本政府に対し、人種差別的ヘイトスピーチやヘイトクライムから保護する必要のある社会的弱者の権利を擁護する重要性を喚起し、増悪及び人種差別の表明、デモ・集会における人種差別的暴力及び増悪の扇動にしっかりと対処するよう等の勧告を出したこと、③京都朝鮮第一初級学校事件の民事訴訟において、同年12月9日、最高裁判所が被告らの上告を棄却し、名誉毀損と業務妨害を認めて加害者側に損害賠償を命じた判決が確定したこと等があった。
(2)問題点
もっとも、同法については、主に①対象が、「本邦外出身者」への不当な差別的言動に限定されているため、本法内出身者が含まれない点、②対象となる「本邦外出身者」も「適法に居住するもの」に限定されている点に問題があると指摘されている。
さらに、同法はいわゆる理念法であり、具体的な規制や手続について定めているものではないため、十分な対策とは言えないとの批判がなされている。
国際的にも、2018年(平成30年)8月、国連人種差別撤廃委員会は同法の施行を歓迎しつつも、同法の適用範囲が狭く、また、同法施行後も我が国でヘイトスピーチが続いていることを踏まえ、同法の改正等を内容とする勧告を行っている。
このような状況下で、全国でヘイトスピーチは続けられている。
3 福岡県内でのヘイトスピーチ問題の現状
(1)福岡県内の在留外国人数、歴史的・地理的経緯
福岡県は、アジア諸国と近接しているという地理的な面から、大陸からの文化を積極的に受け入れ、中国や朝鮮半島の人々などとの交流によって発展してきたという歴史的な経緯が存在する。
そして、2020年(令和2年)12月末の在留外国人統計によると、福岡県には8万1072人(全国の都道府県で9番目の人数)の在留外国人が暮らしており、異なるルーツを持つ市民が多く共生している。
とりわけ、同統計によると、福岡県内には1万1265人の特別永住者が暮らしており、これは大阪府、東京都、兵庫県、愛知県、京都府、神奈川県に次ぐ全国7番目の人数である。
また、同統計によると、国籍・地域別でも、福岡県内には、韓国・朝鮮の人が1万5862人暮らしており、これは、大阪府、東京都、兵庫県、愛知県、神奈川県、京都府、埼玉県、千葉県に次ぐ全国9番目の人数である。
これには、福岡県には、戦前多くの炭鉱があり、そこでは多数の朝鮮半島出身者が働いていたこと、終戦時、博多港は、在日コリアンが朝鮮半島へ引き揚げる港の一つとなっており、朝鮮半島に近いために多くの在日コリアンが集まったという経緯がある。しかも、戦後の混乱等から朝鮮半島に引き揚げず、そのまま福岡県にとどまった在日コリアンも多数存在していた。
   さらに、福岡県内には、学校法人福岡朝鮮学園が設置・運営する学校として、北九州市八幡西区折尾に九州朝鮮中高級学校、北九州朝鮮初級学校、同八幡付属幼稚園が、同市小倉北区に同初級学校小倉付属幼稚園が、福岡市東区和白に朝鮮初級学校が存在し、広く九州に居住する在日コリアンの子どもに対し民族教育を実施しており、また、福岡市内には広く山口、九州(長崎を除く)、沖縄を管轄区域とする在福岡中華人民共和国総領事館、九州・沖縄を管轄区域とする在福岡大韓民国総領事館が存在している。
(2)ヘイトスピーチに関する実態調査
以上のような状況を踏まえて、2016年(平成28年)3月の平成27年度法務省委託調査研究事業によるヘイトスピーチに関する実態調査報告書を見ると、2012年(平成24年)4月から2015年(平成27年)9月までの間(42か月)に福岡県で行われたヘイトスピーチを伴うデモ・街宣活動は49件にのぼっていた。この件数は、東京都、大阪府、愛知県、北海道に次ぐ、広島県と同数で全国5番目に多い件数であった。
そのため、ヘイトスピーチ解消法の成立以前においても、福岡県議会では2014年(平成26年)12月18日に外国人等への差別助長いわゆるヘイトスピーチに対する取組の充実強化を求める意見書が、福岡市議会では2015年(平成27年)3月16日にヘイトスピーチの根絶のための早急な対策を求める意見書が、北九州市議会では同年3月11日にヘイトスピーチ対策を求める意見書がそれぞれ採択されている。
しかし、福岡県内においてヘイトスピーチに対しカウンター等の抗議活動を行っている団体によると、その後の2015年(平成27年)11月から2021年(令和3年)7月までの間(69か月)に福岡県で行われたヘイトスピーチを伴うデモ・街宣活動は78件(近隣県における件数を加えると91件)発生しており、ヘイトスピーチ解消法の施行後も福岡県内におけるヘイトスピーチが決して解消されていない状況が存在する。
2021年(令和3年)8月26日、福岡法務局は、2019年(平成31年)3月11日の九州朝鮮中高級学校近くで行われた、特定の政党の選挙演説における「おまえらは日本から出て行けと言われて当たり前」、「朝鮮人は危険です」などという発言を「ヘイトスピーチ」と認定している(但し、人権侵犯の有無は不明確とされている)。
(3)総領事館前等での抗議活動
さらに、在福岡大韓民国総領事館前はもとより、福岡市内の在福岡中華人民共和国総領事館前等においても、街宣車での大音量での抗議活動なども行われており、その言動の中にはヘイトスピーチと見られるものが含まれている。
前述のヘイトスピーチに関する実態調査報告書を見ても、2012年(平成24年)に、九州・沖縄地区において「支那人移民を一人残らず日本からたたきだせ」というテーマを掲げたデモ・街宣活動が行われたとされているところであって、中国出身者に対するヘイトスピーチも問題となっている。
全国的には、特に2020年(令和2年)、新型コロナウィルス感染症の感染拡大で社会不安が広がる中で、沖縄県では「今入国しているチャイニーズは歩く生物兵器かもしれない」などという街頭宣伝が行われたり、東京都では同年6月にデモ行進内で行われた「新型コロナウィルス、武漢菌をまき散らす支那人、今すぐ出ていけ」などの発言をヘイトスピーチと認定したりしている。
4 地方自治体における取組みの状況
(1)大阪市における取組みの状況
大阪市では、2016年(平成28年)1月18日、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が施行された。
同条例は、ヘイトスピーチ解消法に先だって制定された、ヘイトスピーチに関する全国初の条例である。同条例におけるヘイトスピーチ解消法との比較による特徴は、対象が、本邦外出身者に対する言動に限定されないこと、実効性確保の措置として、拡散防止措置、氏名等の公表がなされることがあるということである。
2019年(令和元年)12月27日には、同条例に基づいてヘイトスピーチの実行者2名の氏名が全国で初めて公表された。同条例については、憲法21条1項などへの適合性が争われて住民訴訟が提起されたが、2022年(令和4年)2月15日、最高裁判所第三小法廷において、憲法21条1項に違反しない旨の判断がなされた。
(2)川崎市における取組みの状況
神奈川県川崎市では、2017年(平成29年)11月9日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律に基づく『公の施設』利用許可に関するガイドライン」が策定・公表された。
2018年(平成30年)5月30日、公園内行為許可申請に対し「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」という観点から、全国初の不許可処分が行われた。その後、2019年(令和元年)12月16日、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が施行された。ヘイトスピーチに対する禁止規定を設けるとともに、刑事罰を科しうるとした全国初の条例である。
(3)その他の自治体における取組みの状況
上記のほか、東京都世田谷区(2018年)、東京都(2019年)、大阪府(2019年)東京都国立市(2019年)、神戸市(2020年)、宮崎県木城町(2021年)、愛知県(2022年)においてヘイトスピーチに関する条例が制定されている。なお、香川県観音寺市では、2017年6月29日、観音寺市公園条例の改正によりヘイトスピーチが禁止行為として規定され、違反した場合に5万円以下の過料を科すこととされている。
(4)福岡県内の自治体における取組みの状況
一方、福岡県内では、ヘイトスピーチ解消法施行後、啓発ポスターの作成等の活動のほか、福岡法務局による人権救済活動の一環としてのヘイトスピーチ認定等が行われたことはあるものの、条例制定等を含む実効的取り組みには未だ至っていない。
5 当会におけるヘイトスピーチ問題への取り組み状況
(1)いくつかの取り組み
   翻って当会の活動を顧みると、遺憾ながらヘイトスピーチ問題に正面から取り組んできたとはいえないが、それでも、この問題に関する取り組みを全くしてこなかったというわけではない。人権擁護委員会への人権救済申立事件としてヘイトスピーチに関する問題提起がなされ、個別的に検討を行ったことは幾度かあった。また、2015年(平成27年)には当会の人権擁護委員会委員が多く参加する九州弁護士会連合会人権擁護委員会において、西南学院大学の奈須祐治教授(憲法学)、京都第一初級朝鮮学校襲撃の代理人を務めた具良鈺弁護士(大阪弁護士会)を招き、ヘイトスピーチ問題の学習会を開催したことがあった。2019年度(令和元年度)から福岡県からの委託を受けて実施している人権侵害に関する無料電話法律相談、「ふくおか人権ホットライン」においてヘイトスピーチを含む人権問題全般の相談に対応してきた。日弁連のヘイトスピーチ問題に関する全国会議にも当会からも毎年人権擁護委員会の委員が参加している。
(2)取り組みの不十分さと反省
しかし、これまで当会内にヘイトスピーチ問題の専門的検討を行う組織はなく、会としての声明等の意見を発出したことはなかったし、自治体に実効的なヘイトスピーチ対策を求める前提としての、実効的なヘイトスピーチ解消のための方策の検討もできていない。前記のふくおか人権ホットラインのほかに、ヘイトスピーチ問題に的を絞った法律相談会等を実施したこともなかった。
このように当会のヘイトスピーチ問題に対する取り組みは、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体としては不十分であったと言わざるをえない。
そして、県下において前記のようなヘイトスピーチの横行を招いている現状を前に、私たちはこれまでの自らのヘイトスピーチ問題に対する対応の不十分さを反省し、真摯にその事実と向き合う必要がある。
6 反省の上に立ち、これからとるべき対応
  以上の反省を踏まえ、今後はヘイトスピーチ問題の解消のため、当会は、法律家の団体として、以下述べるような具体的な取り組みを行っていく必要があることを自覚し、本宣言を行うものである。
(1)ヘイトスピーチによる被害の予防・救済のための法的支援の活動
   前記のとおりヘイトスピーチは許されざる人権侵害である。
   当会は、ヘイトスピーチによる被害者を救済するため、単に一般的な人権侵害に対する法律相談体制を整えるというにとどまることなく、ヘイトスピーチ問題に対する法律相談体制を整えていく必要がある。
   また、人権救済申立制度におけるヘイトスピーチ被害の救済にも尽力していく必要がある。
(2)ヘイトスピーチ解消のための実効的方策の具体的検討
   県内の各自治体にヘイトスピーチ解消のための実効的な方策をとるよう呼びかけて連携を図る前提として、まず、私たち自身が、行政による表現活動の過度な規制とならないよう、また、健全な表現活動に対する萎縮効果を生じさせることのないよう表現の自由に十分に配慮した上で、ヘイトスピーチ解消のための実効的方策とはどのようなものであるのかにつき、調査・研究を行い、具体的な検討を行っていく必要がある。
(3)実効的な方策実施に向けた自治体との連携した活動
 そして、ヘイトスピーチ解消のための実効的な方策の具体的検討を行うだけでなく、検討結果を踏まえ、県内の各自治体と連携し、実効的な方策の実現に向けた活動を行っていくことが必要である。
 

以上

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自殺予防・自死問題対策のための取組及び連携を一層強化する宣言

宣言

 わが国の年間自殺者数は、1998年(平成10年)に急増し、同年から2011年(平成23年)まで14年連続して3万人を超える状態が続いた。当会は、2012年(平成24年)に自死問題対策委員会を発足し、また、同年5月23日には「『自死』をなくすための行動宣言~自死を防ぐための『気づき』『つなぎ』『見守り』とは何かを考える~」を採択した。この宣言で当会は、①会員を対象とする自殺対策に関する研修を充実させること、②医療福祉専門職(医師・臨床心理士・精神保健福祉士等)の協力を得て法律相談を行う体制をつくり、アウトリーチ(訪問支援)としての法律相談を実施すること、③弁護士会と各専門機関とのネットワークを構築し連携を強化すること、④基本的人権の擁護を使命とする弁護士会としての立場から政策提案及び立法提言を行うこと掲げ、今日まで、追い込まれた末の死として自殺で亡くなることを防ぐための活動に取り組んできた。
 全国でも、国をはじめとする関係者の様々な取り組みが進められた結果、年間自殺者数は3万人台から2万人台に減少し、2019年(令和元年)には2万人を下回った。ところが、新型コロナウイルス感染症流行下において、2020年(令和2年)の年間自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回る人数となった。これを具体的にみると、男性の自殺者数は11年連続で減少しているのに対し、女性の自殺者数が増加し、女性の自殺者数増加が2020年(令和2年)の自殺者総数の増加に直結していることが分かっている(厚生労働省「令和3年度版自殺対策白書」)。さらに、2016年(平成28年)以降増加傾向にある学生・生徒の自殺者数も、2020年(令和2年)は前年に比して著しく増加した。2021年(令和3年)の自殺者総数は、警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人であり、前年からわずかに減少したものの、前年に引き続いて子ども・若者及び女性の自殺が目立つ状況にある。
 このように、わが国の自殺・自死の問題は、未だ深刻な状況にある。また、新型コロナウイルス感染症が自殺の要因となる様々な問題を悪化させている可能性がある。
令和3年度版自殺対策白書において、2020年(令和2年)の「女性の自殺の増加」を職業別に見ると、「被雇用者・勤め人」で増加し、原因・動機別では、「勤務問題」,その中でも「職場環境の変化」が過去5年平均と比して98.3%の増加となっており,新型コロナウイルスの感染拡大により労働環境が変化したこととの関連が示唆されている。また、2020年(令和2年)における児童生徒の自殺者数は499人で,前年の399人から大きく増加した。新型コロナウイルス感染症に伴う長期にわたる休校は,通常の長期休業と異なり,教育活動再開の時期が不確定であることなどから児童生徒の心が不安定になるおそれが指摘されている(文部科学省の「コロナ禍における児童生徒の自殺等に関する現状について」)。
このように、新型コロナウイルス感染症の拡大は、子ども・若者及び女性の自殺の深刻化に影響があると考えられる。私たちは、新型コロナウイルス感染症という新たな問題が自殺・自死問題に与えている影響を分析し、新たな課題に対応していく必要がある。
 そこで、当会は、これまでの自殺・自死問題に対する取組みを踏まえて、さらなる活動の拡充を目指し、次のとおり宣言する。 
1  2012年(平成24年)の宣言で述べた取組みを継続することはもとより、自殺の危険因子となりうる法的問題に関わる当会の各委員会において、それぞれの課題解決への取組に一層の力を注ぎ、それによって自殺危険因子を除去・減少させるよう努め、弁護士会として自殺予防に寄与していく。
2  弁護士が自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、多角的視点から同人のニーズを検討し、対応が必要と判断した際には、弁護士会内での他の専門窓口や、他の専門機関につないで各種施策との連携を図るようにするとともに、自殺予防に取り組む他の専門機関から法的支援の要請を受けた場合には適切に対応する。このようにして、自殺予防のためのネットワーク作りをさらに強めていく。


2022年(令和4年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由


1  福岡県弁護士会の自殺・自死問題へのこれまでの取り組み
 自殺は、追い込まれた末の死といえる。そして、自殺が発生する背景には複数の要因が連鎖して存在していることが多い。
われわれ弁護士は、日常の業務の中で、自殺の要因(経済問題、家庭問題、労働問題、男女問題、学校問題等)となりうる法的問題に携わることが多い。
弁護士が、法的問題を通じて、相談者又は依頼者等と関わる中で、自殺の危険性があると感じた場合は、単に法的問題を解決するだけではなく、必要に応じて、適切な他の専門職につなぐ必要性が高いといえる。
 弁護士が、このような自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしていくことを目指して、当会は2012年(平成24年)の宣言にもとづき以下の活動を行ってきた。
(1) 研修の充実
 弁護士が自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしうるためには、弁護士が、自殺・自死問題に対する理解を深める必要がある。
そこで当会は、会員を対象に、自殺対策に関する知識及び自殺企図者の法律相談技術の向上を図る研修を毎年行ってきた。
 最近5年間のものとしては、2021年(令和3年)9月実施の「弁護士・事務職員のメンタルヘルス」、2020年(令和2年)9月実施の「ケーススタディで学ぶ、希死念慮者や自死遺族にまつわる各種事件への対応」、2019年(令和元年)5月実施の「こころの問題を抱えた方からの法律相談のスキル(ロールプレイ実践)」、2018年(平成30年)7月実施の「こころの問題を抱えた当事者への弁護士の対応の留意点」、2017年(平成29年)9月実施の「被災者の法律相談における精神医療の観点からの留意点」が挙げられる。
(2) 法律相談による支援
ア 自殺・自死問題に対応する相談
 当会は、自殺・自死問題に対応する相談窓口として、①自死遺族法律相談及び②自死問題支援者法律相談の2つの相談制度を設けている。
①自死遺族法律相談は、2012年10月に開始した制度で、現在も福岡県、福岡市、及び北九州市で開催している。福岡市では、市との共催で毎月1回、天神弁護士センターにおいて弁護士1名と心理専門職1名の合計2名による面談相談及び電話相談を実施している。福岡市の相談では2012年の開始以来、電話相談40件(うち10件が継続相談となった)、面談相談110件(うち48件が継続相談となった)の計150件の相談を受けている。北九州市では、北九州市の委託事業として、北九州市精神保健福祉センターにおいて、電話相談及び面談相談を行っている。福岡県では、福岡県精神保健福祉センターにおける法律相談に毎月1回、会員を派遣している。
 ②自死問題支援者法律相談は、2013年12月に開始した制度で、自殺の危険性がある本人ではなく、本人を支援する方々(家族、医療関係者、福祉関係者など)からの相談を受け付けるものである。相談申込みの受付から原則48時間以内に弁護士による電話相談を行い、必要に応じて面談相談も行うもので、支援者と共に本人の法的問題の解決を図ることを目指す制度である。筑後地域では、「かかりつけ医による精神科医紹介制度」とタイアップする形での相談にも応じている。
同相談では、2013年12月の開始以来、合計238件(➀相談者内訳:家族31件、本人78件、支援者129件、②相談結果内訳:電話相談のみ98件、面談相談のみ78件、電話相談及び面談相談57件)の相談を受けている。
イ 個別の自殺要因に対応する相談
 また、個別の自殺要因に対応する様々な相談も実施している。
自殺の要因として多い経済的な問題や、雇用の問題に関する法的支援として、県内17か所の法律相談センターで無料の多重債務相談・無料労働相談を実施している。
生活困窮者への法的支援としては、➀生活保護に関する無料法律相談である生活保護支援システム(いわゆる生活保護版当番弁護士制度)を運営して相談を受けているほか、②日本司法支援センター(法テラス)及び県内の14自治体(試行中のものも含む)と連携し、生活保護利用者・自立支援事業対象者向けに、各自治体の福祉事務所(保護課)への巡回法律相談であるリーガルエイドプログラム(Legal Aid Program)を実施し、③法テラスと連携しホームレス支援のための法律相談も実施している。
⑶ ネットワークの構築・連携の強化
 当会は、自殺・自死問題に対応するため、国や自治体、医師、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士等の専門職団体との協議や連携を行っている。
 上記の自死遺族法律相談や自死支援者法律相談は、精神保健福祉士や臨床心理士等の専門職の同席や協力を得て実施している。また、福岡市主催の自死問題対策の相談会(こころと法律の相談会)に会員を派遣し、精神科医師、臨床心理士、精神保健福祉士、司法書士と一般市民からの相談に対応している。
 また、他の専門職と共同して相談に対応するだけではなく、医師や精神保健福祉士と自殺・自死問題に関する研究会及び交流会を行っている。例えば、福岡大学病院精神科とは、毎年複数回の共同研究会(テーマ研究、ケーススタディ等)を行っており、当会北九州部会の自死問題対策委員会の月例会議には毎回北九州市精神保健福祉センターのスタッフも参加している。筑後部会では、精神保健福祉士会と毎年合同でセミナーを開いている。
 さらに、当会は、毎年、市民向け自殺対策シンポジウムを開催している。シンポジウムでは、自殺対策に関する専門家の講演だけでなく、他の専門職とのパネルディスカッションを行い、意見交換を行っている。 
⑷ 積極的な政策提言及び立法提言
当会には、自殺危険因子に関係する分野を扱う様々な委員会があるが、制度改善によって自殺危険因子をなくしていくべく、それぞれの分野における政策・立法提言を行っている。
 例えば、自殺の大きな要因の1つである貧困問題に関しては、生活保護改正法案の廃案を求める会長声明(2013年(平成25年)11月22日)、ホームレス自立支援特別措置法の期限延長を求める会長声明(2017年(平成29年)3月9日)、生活保護基準の引き下げを行わないように求める会長声明(2018年(平成30年)3月9日)、最低賃金の引上げを求める会長声明(2018年(平成30年)6月8日、2020年(令和2年)7月27日、2021年(令和3年)7月7日)等がある。
 多重債務の問題に関しては、貸金業法や利息制限法の改悪の動きに強く反対する会長声明(2012年(平成24年)7月18日)があり、保証人の自殺に関しては、個人保証の原則禁止など抜本的な法改正を求める決議(2013年(平成25年)5月22日)がある。
 コロナ禍のもとでは、中小企業・小規模事業者の経営を支援することにより、経営者、従業員とその家族の生活、取引先の経営を守る宣言(2021年(令和3年)5月27日)を行っている。


2 さらなる取り組みの必要性
(1) 自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあること
2012(平成24年)の宣言の後の全国の自殺者数の推移は、本宣言の趣旨の中に記載したとおりである。
 福岡県の年間自殺者数の推移も見てみると、1998年(平成10年)から毎年1000人を超える状況であった。2014年(平成26年)には、16年ぶりに年間自殺者数が1000人を下回り、以降、減少傾向が続いていたが、2020年(令和2年)に、年間自殺者数が826人となり、国全体と同様に前年を上回る結果となった。
 このように、全国的にも、福岡県においても、この10年間の様々な自殺予防の取り組みの成果もあって、自殺者数は減少していたにもかかわらず、コロナ禍のもと、再び増加の兆しをみせている。
 コロナ禍により、貧困問題や孤立をはじめとする様々な自殺危険因子が生じたが、その悪影響は、新型コロナウイルス感染が落ち着いたとしても、長期的に残存する可能性がある。
 我々は、自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあることを認識し、当会が行ってきた自殺対策の取り組みをより一層強化する必要がある。また、自殺の危険因子に関わりのある分野を取り扱う各委員会も、危険因子の解消につながるそれぞれの活動を一層充実させる必要がある。 
(2) 各機関との連携による包括的な取組みの必要性
また、追い込まれた末に自殺で亡くなってしまうことを回避するためには、複雑に連鎖している問題を解決する包括的な取組みが重要である。
なぜなら、問題を部分的に解決するだけでは、支援として充分でないことが広く認識されており、調査結果にも裏付けられているといえるからである。
具体的には、NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンクが自死遺族に対して行った自殺の実態調査で、自殺者が一人あたり平均して4つの問題(例えば失業→生活苦→多重債務→鬱病等)を抱えていたこと、また、自殺者(相談の有無が明らかな者)のうち約70%が、亡くなる前に専門機関に相談していたことが明らかとなっている。相談時期としては、亡くなる前1か月以内の相談が約60%であり、自殺者は、自殺に至る直前に専門機関に相談をしたにもかかわらず、自殺に至ってしまったという深刻な現実がある。
そのため、自殺を防ぐためには、各専門機関が連携することで、自殺の危険性が高い人が抱えている問題の一部ではなく、全体を解決していく必要がある。
(3) われわれ弁護士に求められている役割
弁護士として自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、同観点から、他に対応が必要な問題はないか検討し、対応が必要と判断した際は、専門機関につなぎ、連携を図りながら支援を行うことが重要である。
 当会は、これまで自殺予防の支援を行う関係機関とのネットワークの構築を行ってきたが、新型コロナウイルス感染症の影響下で自殺の要因となる問題が悪化している中で、このような取組みをさらに強化することが求められている。
 また、社会における自殺予防のためのネットワーク構築としては、いずれかの支援窓口にたどり着けば、各関係機関の連携を活かして他の要因についても必要な支援を受けることができる体制を築くことが必要である。
このようなネットワークを構築することができれば、社会の誰もが、複雑に連鎖する問題に対して包括的な支援を受けることができる可能性が高まり、自殺・自死問題の解決だけではなく、社会の住民の命とくらしの質を守ることにつながるといえる。
われわれ弁護士も、支援につながるための窓口の一つであることを認識し、その役割を果たすことが求められている。私たちの社会は、今、これまで予期していなかった様々な問題に直面しているが、より良い社会を実現するため、法律の専門家として、積極かつ果敢に取り組む所存である。
以上から、当会は、上記のとおり宣言する。


 

以上

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