福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2021年12月 8日

岡口基一裁判官を罷免しない判決の宣告を求める会長声明

声明


1 岡口裁判官に対する弾劾裁判所への訴追について
  裁判官訴追委員会は、本年6月16日、岡口基一裁判官(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事、以下「岡口裁判官」といいます。)について、その罷免を求め、弾劾裁判所に訴追しました。
  岡口裁判官の罷免事由とされているのは、SNS上での投稿や取材コメント等の表現行為について、「裁判官弾劾法第2条第2号に規定する裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときに該当する。」というものです。
  岡口裁判官は、現在、弾劾裁判所により、その職務執行の停止がなされています。

2 裁判官の独立と身分保障について
  司法権は、立法権、行政権と並ぶ三権の一つで、裁判所がこれを担うこととされており、立法権や行政権を含むいかなる外部からの圧力や干渉も受けない、独立した存在とされています。
  そして、裁判が公正に行われ、人権の保障が確保されるためには、裁判を担当する個々の裁判官が、独立して職権を行使できなければなりません。
  それゆえ、憲法は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法76条3項)として、裁判官の職権行使の独立を明記し、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない」(憲法78条前段)として、裁判官の身分を保障しています。

3 弾劾裁判による罷免の限界について
  上記のとおり、人権の保障が確保されるためには、裁判官の独立と身分保障は欠かせませんが、他方で、裁判官は、司法権という国家権力を行使する者であり、その権限行使に対し、一定の民主的規制を及ぼす必要があります。
  そこで、日本では、裁判官の身分保障の例外として、国会議員で構成された弾劾裁判所において、裁判官を罷免することができる裁判官弾劾制度が採用されました。
  弾劾裁判所の構成員である国会議員は、国民から選挙により選出されたとはいえ、立法権の担い手であり、立法権による裁判官の独立の侵害の危険性を孕みます。また、弾劾裁判により罷免された裁判官は、裁判官としての身分を失うだけではなく(裁判所法46条2号)、法曹資格それ自体をも失ってしまいます(検察庁法20条2号、弁護士法7条2号)。そのため、弾劾裁判により裁判官を罷免できるのは、「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき」、「その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に限定され(裁判官弾劾法2条)、きわめて厳格に解釈されています。
  過去に罷免判決が宣告された例は7件ありますが、いずれも、職務を放置し、職務上の義務に著しく違反したことが明らかな事案や、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪を行い、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったことが明らかな事案に限られています。

4 岡口裁判官に対する罷免について
  確かに、岡口裁判官の表現行為は、訴追委員会の主張するとおり、「刑事事件の被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱し」、「私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに、当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめたものである」等とも評価し得るものであり、岡口裁判官は、一連の行為について、真摯に向き合う必要があります。
  しかし、岡口裁判官の一連の行為は、裁判官という公的な立場で行った表現行為ではなく、職務外の私的な表現行為にとどまり、次に述べるとおり、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するとは認められません。
  私的な表現行為自体を理由とする裁判官の罷免が認められた場合、一般の裁判官に対し、その表現行為を萎縮させ、著しく制約する結果が生じかねません。
  また、このような理由で罷免が認められてしまうと、裁判官が罷免をおそれ、萎縮し、司法権の独立及び裁判官の独立が害されることも危惧されます。
  そこで、裁判官の私的な表現行為が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するのは、その表現行為が、犯罪行為に匹敵し、当該裁判官の法曹資格を失わせなければ、国民の裁判官に対する信頼が回復しないほどの悪質なものである場合に限ると考えるべきです。
  将来、岡口裁判官が、裁判官の10年の任期(憲法80条1項)を終えた際、再任されず、裁判官としての身分を失うことはあり得るにせよ、それを超え、岡口裁判官を罷免してしまうと、行為と処分との均衡を著しく失することとなります。
  岡口裁判官の表現行為は、犯罪行為に匹敵し、岡口裁判官の法曹資格を失わせなければ、国民の裁判官に対する信頼が回復しないほどの悪質なものではなく、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するとは認められません。

5 むすび
  裁判所は、社会的少数派の人権を擁護する最後の砦です。
  そのような裁判所を構成する裁判官の身分保障と独立を守ることは、極めて重要です。
  よって、当会は、弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する訴追について、冷静かつ慎重に審理し、罷免しない判決を宣告するよう求めます。

2021年(令和3年)12月8日   
福 岡 県 弁 護 士 会       
会長 伊 藤 巧 示

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2021年12月21日

死刑執行に抗議する会長声明

声明

 本日,国内において3名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
 日本における死刑執行は,今世紀に入ってから,2011年を除いて毎年行われていたが2019年12月から今回の死刑執行まで2年間なされていなかった。今回の執行により,今世紀において合計94人もの死刑確定者が,国家刑罰権の発動としての死刑執行により生命を奪われていることになる。

 たしかに,突然に不条理な犯罪の被害にあい,大切な人を奪われた状況において,被害者の遺族が厳罰を望むことはごく自然な心情である。しかも,日本においては,犯罪被害者及び被害者遺族に対する精神的・経済的・社会的支援がまだまだ不十分であり,十分な支援を行うことは社会全体の責務である。
 しかし,そもそも,死刑は,生命を剥奪するという重大かつ深刻な人権侵害行為であること,誤判・えん罪により死刑を執行した場合には取り返しがつかないことなど様々な問題を内包している。
 人権意識の国際的高まりとともに,世界で死刑を廃止または停止する国はこの数十年の間に飛躍的に増加し,法律上及び事実上の死刑廃止国は,2019年12月31日時点で,国連加盟国193か国のうち142か国にのぼる。2018年12月17日には,国連総会本会議において,史上最多の支持(121か国)を得て死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議案が可決され,本年7月1日には,米国連邦政府において,司法長官が連邦レベルでの死刑執行の一時停止を司法省職員に指示する通知を公表した。このように死刑廃止は世界的な潮流という状況にある。

 当会においても,1996年以降,死刑執行に対しこれに抗議する会長声明を発出してきたほか,2020年9月18日に死刑制度の廃止を求める決議を採択し,本年8月25日には「米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け,日本における死刑制度の廃止に向けて,死刑執行の停止を求める会長声明」を発出している。
 そこで、当会は,今回の死刑執行について強く抗議の意思を表明するとともに,日本が,基本的人権の尊重,特に生命権の不可侵性の価値観を共有できる社会を目指そうとしている国際社会と協調し,国連加盟国の責務を果たせるよう,あらためて死刑の執行を停止することを強く要請するものである。


2021年(令和3年)12月21日
福岡県弁護士会会長 伊藤 巧示

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