福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2021年5月28日

罪に問われた障がい者に対する支援の拡大を図り,その個人の尊厳の回復に向けて活動する宣言

宣言

 障がい者が罪に問われた事案の中には,福祉的な支援が届いていなかったがゆえに,また根深い差別ゆえに社会から疎外され,生活に困窮し,その結果,犯罪を繰り返している事案が少なからず存在する。
 さらに,罪に問われた障がい者は,その障がいの特性から,捜査機関に供述を誘導されるおそれがある。また,私たち弁護士もその障がいの特性を理解していなかったために適切な弁護ができず,重要な事実が見逃されてきた可能性がある。そして,障がいゆえに差別され,他者に受け入れられた経験に乏しいことから,自らに有利な事実を主張することを放棄する者がいることも経験的に知られている。
 このような罪に問われた障がい者が早期に福祉的支援を受けることは,まさに「個人の尊厳」を回復させる意義を有すると気づき,すでに各弁護人や当会を含む各弁護士会において,福祉専門職や福祉的専門団体との協働が実現し,大きな成果を挙げてきた。
 かかる動きを受け,国は,2021年度(令和3年度),地域生活定着支援センターの事業に,被疑者・被告人に対する福祉的支援を行い,早期に被疑者・被告人を地域生活に移行させる,「被疑者等支援事業」を加えた。これによって,全国で一律に,被疑者・被告人への福祉的支援が実施される計画となっている。
 しかし,かかる「被疑者等支援事業」だけでは罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるには十分ではなく,この事業の開始を契機として,当会としても,さらなる活動の拡充が必要である。
 そこで,当会は,罪に問われた障がい者の個人の尊厳の回復を図るために,以下の事項に取り組むことを宣言する。
1 個々の弁護士が刑事弁護活動において主体的・積極的に福祉との連携に取り組むよう促進し,より充実した研修実施,情報提供を行うこと
2 福祉機関・団体とのより一層の協力関係を構築すること
3 障がい者への福祉的支援の意義及び差別解消の必要性についてさらなる社会の理解を求めること

2021年(令和3年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由

1 罪に問われた障がい者の存在と福祉的支援の必要性
  2019年(令和元年)の矯正統計年報によれば,同年の新規受刑者のうち,20%が,知的障がいがあるとされるIQ69以下である。また,このIQを測定するに当たって「テスト不能」とされた人を含めると23%に上る。
 この数字によらずとも,私たち弁護士は,刑事弁護を通じ,少なくない被疑者・被告人に,コミュニケーションの取り難さを感じることがあった。そして,私たちは,これが障がいによるものであると気付かなくとも,その被疑者・被告人の歩んだ人生に触れるとき,その生きづらさがあったことを知り,また,その生きづらさが刑事事件につながったこと,この生きづらさを解消する福祉的な支援が得られれば,罪に問われなかった可能性があったことも,経験的に感じていた。さらに,その生きづらさの根底には,障がい者に対する差別があり,その差別ゆえに,自ら社会との関りを持てず,また,その関りを持つことを諦めざるを得なかった人々に接することもあった。
 このような状況は従来から続いていた中で,2006年(平成18年)1月には,いわゆる下関駅放火事件が発生した。これは,通算して40年を超える刑務所での受刑歴があり,知的障がいのあった被告人が,出所後,福祉的支援の途を探ったが,これを得られず,出所して8日後に,自ら刑務所に戻ることを目的として,下関駅に放火して全焼させた事件であった。この事件を契機として,このように罪に問われた障がい者に対する福祉的支援の必要性が社会的にも認知されるようになった。
 これを受けて,2009年度(平成21年度)から国の「地域生活定着支援事業(現在は地域生活定着促進事業)」が開始され,地域生活定着支援センターが主体となって,矯正施設収容中から,矯正施設や保護観察所,既存の福祉関係者と連携して,支援の対象となる人が釈放後から福祉の支援を受けられるような取り組みがはじまり,2012年(平成24年)にはこれが全国に広がった。これによって,障がい者が,矯正施設に収容されたならば,福祉の支援を受けられる機会が設けられた。
 しかし,そもそも,罪に問われた障がい者が,社会内において福祉の支援を得られていたならば,罪を犯さなかった可能性がある。加えて,刑事施設で受刑することになれば,それまでの社会資源が失われ,社会との関係が希薄化し,社会復帰と自立が困難になって,ひいては個人の尊厳の回復が困難になる。
そのため,矯正施設に収容される前段階である捜査あるいは公判段階における福祉的支援を充実化することは極めて重要であるし,その根源を正すという意味で障がい者の差別を解消することも必要である。
2 福岡県弁護士会の取り組み
 このような罪に問われた障がい者が少なからずいる中で,障がいについての知識があり,あるいは福祉関係者との人脈のある弁護士は,捜査あるいは公判段階において,その知見や人脈を用いて,障がいに気づき,福祉関係者らと連携して,その福祉的支援を得てきた。
 しかしながら,このような個別の弁護人の属人的な知見や人脈に依存しては,弁護人次第で,罪に問われた障がい者の権利を守る機会が失われていることから,制度として福祉的な支援を得られるようにすることが求められていた。
 そこで,当会は,2014年(平成26年)に,罪に問われた障がい者の特性に即応した権利擁護活動を行うことを目的として,刑事弁護等委員会及び高齢者・障害者等委員会の委員からなる触法障害者支援ワーキンググループを組織した。
 また,当会会員に対する研修や啓発を通じて,各弁護人の障がいへの気づきを促したり,各会員の障がいや福祉に関する知識を深めたりしてきた。
 そして,各福祉関係者とも連携し,福祉の側における罪に問われた障がい者に対する偏見を除去することに努めてきた。
 さらに,当会は,2014年(平成26年)から北九州市の,2015年(平成27年)から福岡市の,各障がい者基幹相談支援センターと連携し,罪に問われた障がい者の刑事弁護を行う会員が福祉的支援を得られる枠組み作りに取り組んできた。これらの制度によって,前記両市への帰住を希望する被疑者・被告人に関しては,個別の弁護人が,福祉関係者との人脈等がなくても,福祉的支援を一部でも得られるようになった。
 併せて,当会からの働きかけも契機として,県内の裁判所では,勾留質問に際して,障がいの有無を確認し,その結果を国選弁護人に通知する取り組みが広がりつつある。
3 さらなる福祉的支援を促進することの必要性及びそれに伴う制度の整備並びに差別解消のための取り組みの必要性
(1) しかしながら,捜査あるいは公判段階における福祉的支援のための制度,ないし個々の会員の活動は未だ十分であるとは言えない。
 刑事手続において被疑者・被告人への福祉的支援を実現するためには,弁護人が障がいの特性に精通し,福祉制度に精通した福祉の専門家との連携を図ることが必要である。そのためには,弁護人が主体的に活動してこそ,罪に問われた障がい者の福祉的支援を実現することができ,その個人の尊厳の回復を図ることができることを,私たちは改めて自覚する必要がある。
(2) 2021年(令和3年)においては,前記地域生活定着支援センターの業務が拡大され,捜査又は公判段階から,障がい者を含む罪に問われた福祉的支援の必要な人の福祉的支援に向けた取り組みがはじまった。
 しかしながら,公が主導する支援にも限界があり,本来支援対象とされるべき被疑者・被告人が適切に選別されない,あるいは,被疑者・被告人の意思を十分に尊重せず,意に反した支援が進んでいく可能性を否定できない。何より,現段階での制度では,「不起訴相当事件および起訴されたとして執行猶予がほぼ確実に予測される事件」のみが,その支援対象となる危険があり,弁護人により積極的な活動がなければ,救われるべき被疑者・被告人の福祉的支援が置き去りにされてしまう。そのため,罪に問われた障がい者に対する支援を充実化し,個人の尊厳の回復につなげるためには,公が主導する支援だけでは不十分であり,被疑者・被告人に接する弁護人こそが主体的に取り組む必要がある。
 一方,当会と北九州市及び福岡市の障がい者基幹相談支援センターとの連携事業の利用件数が,統計上想定される件数から考えて低調であることから明らかなように,個別の弁護人の意欲に依存するだけでは罪に問われた障がい者に対する支援を広く充実させることは困難である。
 そこで,当会は,個々の弁護人が福祉と連携し,罪に問われた障がい者のための福祉的支援を実現できるよう,個々の弁護人の活動を促進しなければならない。
(3) また,個々の弁護人が,罪に問われた障がい者の障がいに気づかなければ,刑事手続を通した福祉的支援を実現することもできない。そして,弁護人に福祉についての正しい知見がなければ,罪に問われた障がい者のために適切な福祉的支援を図ることは困難である。
 そのためには,私たちが,障がいや福祉について,さらに研鑽しなければならず,当会としても,その研鑽の機会を設けなければならない。
(4) また,弁護人が罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるためには,その障がい者の特性に合った,適切な福祉的支援を実現する必要がある。
 そのためには,より多様な福祉の支援を得る機会を保障する必要があることに鑑み,当会が,より多くの福祉との協力関係をより一層強化しなければならない。
(5) さらに,先に述べた通り,障がい者が罪に問われた事件の中には,その差別を受けた経験から,自ら社会との関りを閉ざしたことが原因となったものもあった。前記下関駅放火事件で罪に問われた障がい者のように,社会に受け入れられることを諦め,刑務所に行くために,罪を犯した事件もあった。このような,いわば負の連鎖を断ち切るためにも,より根源的な問題として障がい者に対する差別を解消する必要がある。
 そして,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律が制定され,施行された今日においても,罪に問われた障がい者が直面する現実においては,障がい者に対する差別が解消されたというには未だ道半ばである。障がい者が,差別されず,社会から受け入れられていれば,その犯罪に至らなかった可能性があることにも鑑み,障がい者の差別の解消に取り組む必要がある。
4 そこで,罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復するために,弁護人が主体  的に福祉と連携することを当会が促進することのほか,当会が前記事項に取り組むことを決意し,ここに宣言するものである。
                                             

以上

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