福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2020年12月11日
発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明
声明
2020(令和2)年12月11日
福岡県弁護士会 会長 多川 一成
現行法上、インターネット上で匿名の発信者により名誉権等の人格権を傷つけられた被害者及びその遺族などの関係者(以下「被害者等」という。)は、被害回復のため、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)における発信者情報開示請求によって発信者を特定したうえで、改めて特定した相手に損害賠償請求をするなど、二段階、三段階の手続による必要がある。現行の制度には、被害者救済の上で様々な課題があり、このため、政府は、被害者等救済を促進するための法改正を検討する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足させ、同会は、「最終とりまとめ(案)」を公表し、その中で現行制度の検討のほか、非訟手続による新たな制度の方向性を示した。
ここで、同「最終とりまとめ(案)」では言及されていないものの、以下の理由から、現行制度を維持する場合でも、非訟手続を導入する場合でも、発信者情報開示のための手続において、同手続の請求を行う被害者等(以下「請求者」という。)の住所地に裁判管轄を認めるべきである。
まず、現行制度下における発信者情報開示請求仮処分申立、同訴訟において、その管轄は、原則として被告の住所地となるところ(民事訴訟法3条の2第1項)、コンテンツプロバイダ(サイト運営者)、アクセスプロバイダ(インターネット接続業者)の多くが東京都に存在することから、東京地裁においてその多くが取り扱われるに至っている。また、海外事業者の場合で国内に営業所がない場合、東京都千代田区を管轄する東京地裁が管轄権を有することから(民事訴訟規則10条の2及び民事訴訟規則6条の2)、結局、現状では、仮処分、訴訟のほとんどが東京地方裁判所に申し立てられている。
発信者情報開示仮処分・訴訟では、専門性が求められるため、請求者本人による対応は難しく、弁護士を依頼することが多いが、仮処分の場合、審尋(多くの場合2回)と供託手続のために、2、3往復分の交通費と日当の支出を余儀なくされる。請求者が地方在住者の場合、これらは、大きな負担となるため、請求を断念し泣き寝入りせざるを得ない場合も多い。
ところが、「最終とりまとめ(案)」でも、発信者情報開示制度における地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。また、新たな裁判手続として非訟事件手続の創設も検討されているが、その手続でも、地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。これは実質的には、被害者等の裁判を受ける権利の実現を困難ならしめる結果となりかねない。
従って、現行の発信者情報開示請求仮処分、同訴訟において、請求者の住所地においても裁判管轄を認めるべきであり、仮に新しい裁判手続を導入した場合でも、請求者の住所地に裁判管轄を認めるなど、被害者等の権利保護、司法アクセスの確保を徹底し、裁判を受ける権利を十分に尊重した制度設計を行うべきである。
以上