福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2020年9月23日

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

決議

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

【決議の趣旨】
1 精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める。 
2 日本の精神科医療における脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認し、脱施設化と地域移行を早期に実現する具体的政策の立案・実施を求める。

【決議の理由】
第1 決議の趣旨1について
 1 精神医療審査会制度とこれに対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」と言う。)は、1984年に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。

 2 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における代理人選任権の保障は最も重要な手続保障というべきである。1991年12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。先進諸国においては、こうした権利が当然のこととして付与されているだけでなく、その実効性を担保するために、例えば病院に患者の権利擁護情報コーナーが設置され人権団体の職員等が常駐して相談に応じたり、弁護士を紹介して手厚い権利擁護が実践されているところである。

 3 当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士自らが、前記国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を発足させ、現在まで活発な活動を展開しているところである(2019年3月時点における登録弁護士数は405名、2018年度における出動件数は375件にのぼる。)。
   当会の活動は、費用支援の点では2002年10月開始の日弁連の法テラス委託援助事業に引き継がれて、全国的な制度に発展した。また九弁連においても2012年度に「精神保健に関する連絡協議会」が発足し、現在では8単位会すべてにおいて精神保健当番弁護士制度が立ち上がり、各単位会において活発な活動が展開されている(2019年3月時点における登録弁護士数は当会を含め653名、2018年度における出動件数は当会を含め633件にのぼる。)。

4 全国的にみると、法テラス委託援助事業の利用件数は2018年度で1098件に留まっているものの(ただし大阪、愛知県、岡山県等では、法テラスの本来事業である民事法律扶助の出張相談制度を利用したり、単位会独自の制度設計を行っており、実際の出動件数はさらに多い。)、本年11月鹿児島市開催を目指して準備が進められてきた第63回日弁連人権擁護大会第1分科会において「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」がテーマとなるなど、今後急速に精神保健当番弁護士制度の全国展開が期待できる(なお、同大会は2021年10月岡山市開催に変更されている)。

5 さきがけたる当会は、その全国展開への後押しを全力で行うとともに、本来あるべき国選代理人制度の導入を強く求めるものである。 

第2 決議の趣旨2について
1 精神保健当番弁護士活動の限界と我が国の精神科医療の問題
上記のとおり、当会は、精神保健当番弁護士制度の活動を展開し、その実践を通じて、多くの精神障害者の退院や処遇改善を実現し、その人権保障に寄与してきた。
しかし他方において、精神障害があるといっても私たちと普通に意思疎通できる入院者がどうして退院を認められないのだろうか、妄想があっても通常の社会生活は送れるのではないだろうかと感じられるケースも少なくなかった。また、病状のためでなく、地域に退院する受け皿がないためにやむなく入院を継続する、いわゆる社会的入院のケースもあった。こうしたケースを通して私たちは、我が国の精神科医療そのものの問題にも直面した。
こうした問題意識から、当会では過去に以下のような、精神保健当番弁護士活動に限らず精神科医療の問題を広くテーマに取り上げて公開シンポジウムを開催してきた。
2001年1月 医療保護入院の要件を考える
2003年3月 心神喪失者等観察法案と精神障害者の人権
2007年3月 精神障害者の社会復帰の現状と展望
2009年2月 精神障害者の社会復帰の課題と展望
2010年10月 精神科医療を動かすもの・・社会的入院の解消に何が必要か
2015年2月 改正法における早期退院と弁護士の役割
2018年2月 オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの
こうして、精神保健当番弁護士制度は、たとえこれを国選代理人制度に高めたとしても、あくまでも個別の入院者の人権保障制度にとどまり、我が国の精神科医療における人権保障上の諸問題の根本的な解決にはならないという限界も意識せざるを得なかった。精神科医療の人権上の諸問題の解決には、国が必要な政策を立案し、これを実行していくことが必要不可欠である。精神疾患は、近年、その増加が顕著であり、2007年の総患者数は419万人に及び、生活習慣病と同じく、誰もがかかりうる疾患である。精神科医療の人権上の諸問題は、精神障害者への偏見と差別も加わって国民の精神科医療への受診を躊躇させる要因ともなっており、国民の健康増進の観点からも早急な問題の改善・解消が必要である。

2 我が国の精神科医療の問題点
  そこで、我が国の精神科医療の現状を、様々なデータによって先進諸国と比較し、その問題点を明らかにする。
まず、精神病床数が突出して多く、世界の精神病床の約4分の1が日本にあると言われ、2016年の人口10万人当たりの精神病床は263床であり、OECD加盟国の平均である69床の4倍以上である。また精神病床の平均在院日数も突出して長く、2017年の267.7日という数字はOECD加盟国の平均36.7日の約7倍である。加えて、日本では在院患者数に占める強制入院の割合が2018年で約46.8%と、EU諸国の10%台に比べ著しく高い。任意入院であるにもかかわらず閉鎖処遇が多用されている。さらに、精神病床院での隔離、身体拘束が多用され、かつ長期にわたっており、しかもその件数が増加している点が報道等により社会問題化している。
日本の精神科医療の最も大きな問題は、精神障害者に対する隔離政策ともいえる病院収容主義・入院医療中心の精神科医療からの脱却と地域生活中心への移行(以下、「脱施設化と地域移行」と言う。)が遅々として進んでいないことにある。

3 先進諸国の精神保健の歴史と動向(特にリカバリーモデル)
  欧米の先進諸国においても、かつては精神障害者を病院に隔離する入院医療中心の精神科医療の時代があった。しかし、劣悪な施設環境の中で個人の尊厳が無視された知的障害者や精神障害者の悲惨な状況に対する批判や反省が高まった。
こうして1960年代ころから、向精神薬の発達とも相俟って、精神疾患だけを理由とする入院隔離に対し、精神障害者の自由権をできるだけ保障する立場から脱施設化と精神科医療改革が推進されていった。その結果、一部の国では、地域の受け皿や支援体制が十分整備されていなかったため、入退院の回転ドア現象を生むとともに、医療保護の必要な多くの精神障害者がその機会を奪われ、ホームレス化したり、刑務所に収容される弊害を生じたこともあった。
しかし、1980年代以降、医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉らの多職種チームが重症の精神障害者の地域生活を包括的に支援するプログラム(ACT:包括的地域生活支援サービス)や、入院・隔離し投薬によって症状を抑え込むという方法ではなく、精神障害者との対話ないし対話の場を徹底して継続していき、薬も最小限にとどめる治療技法(オープンダイアローグ:開かれた対話)等が開発・研究され、実践され、欧米における精神科医療福祉の標準となっていった。これにより、上記弊害を克服しつつ、脱施設化と地域移行がさらに進み、コミュニティ中心の精神保健サービスが発展していった。
特に指摘すべきは、こうした先進諸国においては、精神科医療のあり方についても、薬物医療・入院治療・診断名中心で精神症状の寛解・治癒を主目的とする医療(医学モデル・リハビリテーションモデル)から、当事者が障害を抱えながら生活する地域において本人の価値実現を支援することに重点を置くリカバリーの考え方(リカバリーモデル)へのパラダイム・シフトが進展していったことである。そこでは、治療の場は病院ではなく地域であり、地域における本人(及びその家族)のニーズを中心にして多職種のスタッフがその実現に向けて支援することが重視されている。医師の病気に対する専門的治療の優先順位は必ずしも高くない。
2010年代以降、このようなリカバリー運動が精神障害者支援の世界的潮流となっている。私たちは、このような精神障害者支援の在り方こそが、障害者権利条約の理念にも適った精神科医療のあるべき姿であると確信する。

4 世界に逆行した我が国の精神保健政策
  ところが、我が国においては、世界で精神病床の削減が重要な政策課題として取り組まれ始めた1960年代から、これに逆行する政策が進められた。即ち、戦後間もない時期の民間精神科病院に対する国庫補助制度、及び患者当たりの医師や看護師の人員配置を少なくてよいとする精神科特例の結果、民間精神科病院の設立が促進され、過度の入院中心主義がもたらされた。人口1万人当たりの精神病床数は実に1994年まで増加し、そのピークは28床に達し、その後も病床数は高止まりの状態にあった。
2004年、ようやく厚労省が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「改革ビジョン」と言う。)を公表し、国として初めて「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策の転換を提言した。そして、そのために国民意識の変革や立ち遅れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を10年で進めるとした。特に「受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)」については、精神病床の機能分化・地域生活支援体制の強化などにより、10年後の解消を図ることを目標として掲げた。
しかし、改革ビジョンの公表から10年間に、精神病床は、2004年の35万4937床から2014年の33万0694床に減少したにとどまる。また、「受入条件が整えば退院可能な者」は、なお5.3万人いるとされ、達成率は約24%にとどまった。改革ビジョンが掲げた目標は失敗したと言わざるを得ない。
そして、2017年のデータにおいても、精神病床は33万1700床あり、「受入条件が整えば退院可能な者」は5.0万人と報告されている。

5 2004年の「改革ビジョン」後の政策の迷走
  その後、我が国は、精神保健福祉法の2013年改正に基づき、翌14年に厚労大臣による「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」(以下「大臣指針」と言う。)を定めた。そこでは、社会的入院や長期入院者のための退院支援や地域生活における医療、生活面の支援体制の整備など、法改正に先立って設置された障がい者制度改革推進会議でも提言された精神保健福祉改革の改善メニューが網羅されている。
しかし、大臣指針には、絶対的に不足している社会内居住環境の整備など、改善メニューを実現するための具体的な作業工程やその裏付けとなる予算措置を伴っていないという致命的な問題があった。また、病床削減については、「機能分化は段階的に行い、・・・人材及び財源を効率的に分配するとともに、・・・地域移行を更に進める。その結果として、精神病床は減少する。」と記載するのみで、具体的な削減計画を立案することなく、地域移行の進展による結果任せとするに等しい内容であった。
のみならず、大臣指針に先行して2012年の機能分化に関する検討会の報告書以降、「重度かつ慢性」という概念を導入し、長期入院がやむを得ない患者がいることを容認するようになった。先進諸国がACTやオープンダイアローグ等の開発・研究と実践によって脱施設化を図り病床削減を実現してきたことと比べると、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されて然るべきである。
このように、大臣指針やその前後の施策は、改革ビジョンが10年で解消するとした目標を実現できなかった原因を検証することなく、病床削減について地域移行の進展による自然減少という結果任せにするものであり、改革ビジョンにおいて示された精神病床の削減と地域移行に向けた積極的な姿勢が後退したと評しても過言ではなかった。

6 近年の精神保健福祉行政の問題点
  その後、我が国は、2018年からスタートした第7次医療計画と第5期障害福祉計画において、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」という掛け声の下に、全国の自治体を巻き込んだ取り組みを進めようとしている。そこでは、入院需要を3か月未満の入院を要する急性期、1年未満の入院を要する回復期、1年以上の入院を要する慢性期(長期)に分けた上で、それぞれの入院需要を予想し、これを計画目標に設定している。
しかし、以下述べるとおり、この計画は、精神病床の削減と地域移行の観点から重大な問題を内包している。
まず第一に、目標とする入院需要が、計画最終年度である2025年度末に20.5~22.4万床と予測されている。その人口当たり病床数はなおOECD諸国の平均の優に2倍以上の水準であり、政策目標として低すぎる。その要因の一つは、長期入院者の需要予測において、「重度かつ慢性」とされる入院者については、統合失調症の新治療薬の普及や認知症施策の推進で若干の入院需要の減少を目指すだけで、基本的に退院促進の対象から外されていることにある。「重度かつ慢性」の概念が、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されるべき点については上記のとおりである。また、認知症を重度かつ慢性とされる入院者に含め、その長期入院者が多数在院する認知症治療病棟という名称の精神病床を温存している点も、いわゆる治療反応性がない認知症という疾患を強制入院の対象としてよいのかという根本的な問題が看過されている。超高齢化社会を迎え、すべての人の身近な問題となった認知症を精神病床で処遇する国は日本以外に例を聞かない。
また、急性期と回復期の入院需要について、現状を是認し、逆に若干の増加が予測されていることがもう一つの要因である。これは、日本の年間の新規強制入院件数が欧米諸国に比べて異常に多いという問題を看過するものである。OECD諸国の平均入院期間が10日から1か月程度であること等に照らせば、そもそも入院3か月や1年という長い入院期間を基準としていることも問題である。急性期だからという理由でとりあえず入院させ、一度入院させると2、3か月は入院を継続する現状の運用を是正するためには、入院治療をできる限り回避すべく先進諸国が取り組んできた成果に倣った政策を立案・遂行する必要があるのに、計画にはそのような観点が完全に欠落している。
第二に、目標達成に必要な地域移行を促す基盤整備としての「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」の取組み自体にも、大きな問題がある。地域移行の責任は自治体と支援事業者にあるとされている。しかし、国の提言である改革ビジョンによっても病床削減がほとんど進まなかったのに、自治体と支援事業者の努力で実現を期待するのは困難である。過剰な精神病床を擁する精神科病院からの個々の入院者の退院は、本来、行政が、リカバリーモデルへのパラダイム・シフトに基づいて、入院医療に配分されてきた予算と人的資源を地域医療福祉に移行させる総合的な政策を計画・立案し、その一環として策定した病床削減計画に基づいて実施されるべきである。そのような計画を策定せず、また、計画に対する病院の協力義務がなければ、民間病院は病院経営のために、病床稼働率を念頭に置いて入退院をコントロールする範囲でしか退院支援に協力しないであろう。また、一定数の入院者を退院させたとしても、病院は、空いた病床に別の新規患者を入院させるであろうから、病床削減に結びつかないのである。

7 結語
  以上のとおり、我が国の精神科医療は、脱施設化と地域移行の世界的動向から完全に取り残されている。それにもかかわらず、我が国の近年の精神保健福祉行政は、改革ビジョン以降、その精神が後退したと思われるほどに迷走し、脱施設化と地域移行を実現するにはあまりに実効性の乏しい内容にとどまっている。
上記の第63回日弁連人権擁護大会第1分科会においては、「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」というテーマの下、精神障害者の人権保障上の諸問題について、より広汎かつ根本的に論じ、その改善・解消に向けた方策を提言するべく、来年岡山市開催を目指し引き続き準備を進めている。
そこで、当会としても、我が国の精神科医療における最大の問題点として、脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認するとともに、脱施設化と地域移行を早急に実現する具体的政策の立案・実施を求めるものである。


2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

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