福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2020年3月 6日
福岡市が街頭監視カメラを設置しないよう求める声明
声明
福岡市は、2020年(令和2年)度一般会計予算案に2522万円を計上し、天神・大名地区と博多駅筑紫口地区の街頭を監視カメラ約20台で監視しようとしている。
上記監視カメラの設置目的は、風俗営業法や福岡県迷惑行為防止条例、福岡市「人に優しく安全で快適なまち福岡を作る条例」では処罰対象となっていない飲食店等への客引き行為を抑止するためとされている。
しかしながら、録画される対象のほとんどは罪もない多数の市民であり、肖像権(憲法13条)侵害が著しいため、当然に許されるものではない。法律で認められた警察の捜査活動でさえ具体的な犯罪の嫌疑を条件として許され、その場合でも、基本的人権を制約する場合には法令の根拠を必要とし(強制処分法定主義)、令状がなければ原則として行えないというのが憲法や刑事訴訟法の考え方である。
警察自身による監視カメラの設置でさえ、京都府学連事件判決(最判昭44.12.24)、山谷監視カメラ判決(東京高判昭63.4.1)などによれば、①犯罪の現在性または犯罪発生の相当高度の蓋然性、②証拠保全の必要性・緊急性、③手段の相当性がある場合を除いて、警察が自ら公道に監視カメラを設置することは認められないとされている。また、西成監視カメラ判決(大阪地判平6.4.27)では、「特段の事情がない限り、犯罪予防目的での録画は許されないというべきである。」として、犯罪予防目的での監視カメラの設置を明示的に禁止している。
そもそも福岡市には、警察のような捜査権限はなく、犯罪捜査目的の活動は許されない。福岡市は犯罪に該当しない行為を監視対象としているが、「モラル・マナー」の保護という犯罪捜査より軽度の利益を優先して、罪もない市民を無差別に撮影し、市民の肖像権や行動の自由を制限することは決して許されるものではない。
福岡市は、データを外部に提供し、人工知能(AI)を活用した映像解析技術による客引き対策の実証実験も行おうとしている。しかし、AIを手段とする監視が著しい人権侵害を招きかねないことは、当会が2014年(平成26年)5月27日に「法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明」で指摘したところである。「モラル・マナー」違反の行為に対して、自治体がAIを使用した監視実験を行うことは著しいプライバシー権侵害である。
基本的人権を制限する場合、法律・条例の制定過程を通じた慎重な議論が不可欠であり、そのような過程を経ることなく、予算措置だけで監視カメラを設置し、AIによる監視実験を開始することは、安心という価値に著しく偏った、罪のない膨大な市民に対する人権侵害である。
当会は2007年(平成19年)以降、反対の意見を述べているにもかかわらず、なんら法律が制定されないまま街頭監視カメラが増設されていることに対し強く遺憾の意を表するとともに、少なくとも適切な法律・条例が制定されるまでの間は、監視カメラの設置・運用を中止するよう強く求める。
2020年(令和2年)3月 6日
福岡県弁護士会会長 山 口 雅 司
2020年3月27日
検察官の定年後に勤務を延長する旨の閣議決定の撤回を求める会長声明
声明
2020年(令和2年)1月31日、内閣は、2月7日限りで検察庁法22条が定める定年(63歳)を迎え、退官する予定だった黒川弘務東京高等検察庁検事長(以下、「黒川氏」という。)について、国家公務員の定年後もその勤務を延長させ得ると定める国家公務員法(以下、「国公法」という。)81条の3を適用して、勤務を6か月延長すると閣議決定した(以下、「1.31閣議決定」といい、同条の適用による定年後の勤務延長を「定年後勤務延長」という)。
これは従来の政府解釈(検察官には国公法の定年制の規定は適用されないという1981年(昭和56年)の国会答弁)に反するが、2020年(令和2年)2月13日以降、内閣は、国公法81条の3が検察官にも適用され、定年後勤務延長が可能であると解釈することとしたという説明を始めた。
しかし、一般職の国家公務員の定年退職について定める国公法81条の2第1項は、「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定している。検察官も一般職の国家公務員ではあるが、その定年については検察庁法22条が定めている。従って、検察官の場合、検察庁法22条が国公法81条の2第1項の「別段の定め」にあたるので、国公法81条の2第1項ではなく、検察庁法22条が適用されるのである。
そして、一般職の国家公務員の定年延長を認める国公法81条の3は「前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において」との限定を付している。
つまり、同条によって認められる定年後勤務延長は、「国公法81条の2第1項の規定により退職すべきこととなる場合」に限定されているから、同条項によることなく検察庁法22条によって定年退官する検察官については、国公法81条の3の適用による定年後勤務延長はないと解釈すべきことになる。
条文の文言を素直に解釈する限り、国公法81条の3を検察官に適用してその定年後勤務延長をすることはできない。別途、検察庁法に検察官の定年後勤務延長を可能とする規定がない以上、検察官の定年後勤務延長は不可能であると解釈するのが道理である。
検察官の定年制が、定年後勤務延長規定の適用がない等、他の一般職と異なるものとされた立法趣旨は、検察官の職務と責任に特殊性があることによる。この点は、国公法が制定された際の同法附則13条、及び、同法制定に併せて検察庁法改正により追加された同法32条の2により、検察庁法22条は検察官の職務と責任の特殊性に基づく国公法の特例であることが、条文上、明確にされ、それら条文が現在も不変であることからも明白である。
検察官の職務と責任の特殊性とは、刑事訴訟において公訴提起の権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても、警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することによって、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担うことを指す。
そのような権限を検察官が行使するに際しては、不偏不党を旨とすべきである。つまり、特定の党派にくみすることなく、公平・中立の立場を保つべきである。これが損なわれ、検察官の権限が政治的に利用されれば、行政権が司法権の公平な作用を害し、三権分立を損なうともに、司法に対する国民の信頼を確保し得なくなる。従って、検察官の人事権は検察庁法の規定上は内閣又は法務大臣にあるが、その行使に際しては政治的影響を介入させぬよう、極めて慎重な配慮がなされなければならない。
よって、検察庁法の立法趣旨からも、同法が検察官の定年後勤務延長を認める規定を置いていないのは、政治的思惑が介入しかねない定年後勤務延長を許さない趣旨であると解すべきである。
以上のとおり、検察庁法上、検察官の定年後勤務延長は認められない。検察官に国公法81条の3を適用し、定年後勤務延長を可能とすることは、解釈の限界を超え、違法である。しかも、法律による行政(法治主義)に反し、検察官の不偏不党を害しかねないものであって、その影響は深刻である。
よって、当会は、違法な法解釈に基づく1.31閣議決定に断固として抗議しその撤回を求めるものである。
2020年(令和2年)3月27日
福岡県弁護士会
会長 山口雅司