福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2019年8月 6日
死刑執行に抗議する会長声明
声明
去る8月2日,福岡拘置所において1名,東京拘置所において1名,合計2名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
我が国での死刑執行は,今世紀に入ってからも,2011年を除いて毎年行われており,2001年以降これまで合計90人もの死刑確定者が,国家刑罰権の発動としての死刑執行により生命を奪われていることになる。
当会は,最近では,昨年12月27日の死刑執行に対し,抗議する声明を発表し,すべての死刑の執行を停止することを強く要請した。それにもかかわらず,今回の死刑が執行されたことは,まことに遺憾であり,当会は,今回の死刑執行に対し,強く抗議するものである。
たしかに,突然に不条理な犯罪の被害にあい,大切な人を奪われた状況において,被害者の遺族が厳罰を望むことはごく自然な心情である。しかも,わが国においては,犯罪被害者及び被害者遺族に対する精神的・経済的・社会的支援がまだまだ不十分であり,十分な支援を行うことは社会全体の責務である。
しかし,そもそも,死刑は,生命を剥奪するという重大かつ深刻な人権侵害行為であること,誤判・えん罪により死刑を執行した場合には取り返しがつかないことなど様々な問題を内包している。
我が国では,死刑事件について,すでに4件もの再審無罪判決が確定しており(免田・財田川・松山・島田各事件),えん罪によって死刑が執行される可能性が現実のものであることが明らかにされた。
世界的な視野で見ると,欧州連合(EU)加盟国を中心とする世界の約3分の2の国々が死刑を廃止又は停止している。経済協力開発機構(OECD)加盟国35か国のうち死刑を存置しているのは,日本・米国・韓国であるが,米国は50州のうち19州が死刑を廃止し,4州で知事が執行停止を宣言している。韓国では,20年以上,死刑の執行が停止されている。したがって,OECD加盟国のうち,国家として統一的に死刑を執行しているのは日本だけである。
国連総会は過去7度に亘り「死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議を採択し,国連人権理事会で実施された過去3回のUPR(普遍的定期的審査)では,日本に対し,死刑廃止に向けた行動の勧告を出している。
当会は,本件死刑執行について強く抗議の意思を表明するとともに,死刑制度についての全社会的議論を求め,この議論が尽くされるまでの間,すべての死刑の執行を停止することを強く要請するものである。
2019年(令和元年)8月6日
福岡県弁護士会会長 山 口 雅 司
2019年8月 9日
再審制度の制度趣旨を没却する最高裁判所の大崎事件第三次再審請求棄却決定に対し抗議する会長声明
声明
大崎事件は,1979年(昭和54年)10月,原口アヤ子氏が,その元夫(10人兄弟の長男),義弟(二男)との計3名で共謀して被害者(四男)を殺害し,その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。原口アヤ子氏は,逮捕時から一貫して無罪を主張し続けたが,確定審では,「共犯者」とされた元夫,義弟,義弟の息子の3名の「自白」,「自白」で述べられた犯行態様と矛盾しないとする法医学鑑定及び義弟の妻の目撃供述等を主な証拠として,原口アヤ子氏に対し,懲役10年の有罪判決が下された。
原口アヤ子氏は,受刑後,第一次再審請求において,2002年(平成14年)3月26日,再審開始決定を得たが,検察官の即時抗告により同決定が取り消され,その後再審請求棄却決定が確定した。そして第二次再審請求においても,再審の扉は閉ざされていた。
今般の第三次再審請求審においては,弁護側は,被害者の死因について事件前に発生した「転落事故による出血性ショックの可能性が高い」という法医学鑑定書を新証拠として提出した。また,義弟の妻の目撃供述についても,供述心理学の専門家による鑑定によって信用性に疑問が呈された。 そして,鹿児島地方裁判所は,2017(平成29)年6月28日,「殺人の共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」と結論づけて,本件について2度目となる再審開始決定をした。これに対して検察官抗告がなされたが,2018年(平成30年)3月12日,福岡高等裁判所宮崎支部も再審開始の結論を維持し,検察官の即時抗告を棄却して,再審開始を認めた。
ところが,本決定は,検察官の特別抗告には刑訴法433条の理由がないとしたにもかかわらず,特別抗告を棄却せずに,原々決定及び原決定に同法435条6号の解釈適用を誤った違法があり,「取り消さなければ著しく正義に反する」と述べてこれらを取消し,同法434条,426条2項によって自判し,再審請求を棄却するという過去に前例のない,異例の決定を行った。
そもそも,再審制度は,えん罪の被害者を救済するための制度であり,この点を踏まえて,最高裁も,1975年(昭和50年)5月20日最高裁第1小法廷決定(いわゆる白鳥決定)及びそれに続く1976年(昭和51年)10月12日最高裁第1小法廷決定(いわゆる財田川決定)において,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の大原則が再審請求審においても適用されることを明らかにし,以後,この原則を踏襲してきた。とりわけ,大崎事件においては,第一次から第三次の再審請求を通じて3回の再審開始決定が出され,地裁及び高裁において,少なくともそれぞれの合議体の過半数の裁判官が確定判決に疑問を呈したのであるから,原口アヤ子氏を有罪とした確定判決に合理的な疑いが生じている可能性が高まっていた。
しかし,本決定は,事実調べを行なった原々決定及び確定審の事実認定を詳細に分析した原決定に対し,書面審理のみで結論を覆し,再審の扉を再び閉ざしてしまった。しかも,検察官が特別抗告の理由として制度上主張できない事由について,刑訴法411条1号を準用して職権で判断して再審決定を取り消したものであり,このような最高裁の判断は,再審制度の制度趣旨を没却するものであり,これこそが「著しく正義に反する」ものといわざるを得ない。
また,白鳥決定では,刑訴法435条6号の新証拠の明白性の判断手法について,新証拠と他の全証拠を「総合的に評価して...確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りる」とされ,財田川決定においても,「確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく,確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし,かつ,これをもつて足りると解すべき」とされてきた。
しかし,本決定においては,新証拠として提出された法医学鑑定に対し,「科学的推論に基づく一つの仮説的見解を示すものとして尊重すべきである」と一定の評価を与えつつも,新たな法医学鑑定それ自体に確実な裏付け,確実な根拠,遺体から現れたすべての事象に対する合理的説明を要求し,それらを満たさないことを理由に証明力を低く評価し「決定的な証明力は有しない」と断じた。その一方で,共犯者とされた親族らの「自白」及び目撃供述については,その知的能力や供述の変遷等に関して問題があることを認めながらも,その信用性は「相応に強固だ」と評価し,新証拠によって「合理的な疑い」は生じないとした。このような判断は,明白性の判断基準のハードルを著しく引き上げるものであり,再審制度の制度趣旨に反するのみならず,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法制度全体の基本理念をも揺るがしかねない危険な判断である。
当会は,このような再審制度の制度趣旨を没却し,刑事司法制度の基本理念をも揺るがしかねない本決定に強く抗議するとともに,当会としても,このような不当な判断が二度と繰り返されないためにも,再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止をはじめとする,えん罪被害救済に向けた再審法改正の早急な実現に尽力する決意を表明する。
2019年(令和元年)8月8日
福岡県弁護士会
会長 山 口 雅 司