福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2017年11月27日
福岡県多重債務者生活再生事業の継続を求める意見書
意見
2017年(平成29年)11月27日
福岡県弁護士会 会長 作間 功
記
第1 意見の趣旨
福岡県は,平成20年から実施している「福岡県多重債務者生活再生事業」(以下,「本事業」という。)を平成30年度以降も継続すべきである。
第2 意見の理由
1. 福岡県人づくり・県民生活部生活安全課は,本年9月29日に受託者であるグリーンコープ生活協同組合ふくおかに本事業を平成29年度までで終了すると口頭で通知し,同年10月10日付で各市町村長(多重債務相談窓口担当課)宛に事業終了すると通知文を送付したとのことである。
多重債務問題は,貸金業法の改正(総量規制等)により,一時期より沈静化したが,近時は,銀行等が貸金業法13条の2の適用がないことを利用して,貸金業者による保証を付した貸付を行うことにより,再び深刻化しつつある。このことを背景として,本年の本事業による相談窓口の受付件数は,前年(平成28年)の1,747件を大きく越える2,300件(9月までの実績×2)と予測される。
この2,300件という数字は,新しい取組として多くの報道がなされた本事業開始時である平成20年度の3,431件や,偽装質屋による多くの消費者被害が発生した平成24年の相談件数には及ばないものの,過去の平均数を上回るものであり,本事業による相談窓口が県民にとって身近な相談窓口として定着していることを示すものである。
加えて,弁護士・司法書士による債務整理等の相談件数は9月までで149件であり,年間の推計では300件となり,前年の273件を越える実績が予想される。この実態からしても,多重債務相談は減少しておらず,本事業の終了の根拠とはならない。
このように本事業による相談窓口は,多くの福岡県民が多重債務の問題解決に向けて相談を行う窓口になっているのであるから,それを閉ざすべきでない。
2. 本事業では,県内4つの相談室(福岡,北九州,直方,久留米)で相談を受けているが,多重債務者が相談に来易いように身近な自治体との連携で出張相談会が開催されている。具体的には,昨年31の県内自治体との連携により71回の出張相談会を実施し,111件の面談を受けている。
多重債務者にとって,自ら積極的に相談窓口を探すことは負担であるから,身近な相談機会の周知はアウトリーチの取り組み・相談者の発見としても有効である。同様に出張相談会を開催している自治体の開催要望は強く,相談会の広報や会場の手配等の協力や自治体の機関との連携も図れており,無くてはならないものに定着している。本事業が終了すれば,住民の身近な相談機会が無くなるとともに,自治体にとっても継続的な支援や代替措置は容易に取れない。
従って,県民にとって身近な相談機会を奪うべきではない。
3. 本事業は,貸付事業を中核とした事業である。貸付を行う前提として,多重債務者へのカウンセリング,アセスメントを行い,相談者の家計の状況の把握とそうなった背景を相談者と共有した上で,債務の整理を前提に家計の見直しや,滞納の解消,不足する生活資金の貸付を行っている。
このように,多重債務問題を入り口として生活全体を再生していくことを目的とする機関は少なく,支援のネットワークの中での重要な位置を占めている。かつて多重債務問題が深刻な社会問題になった時期に国の多重債務問題改善プログラムがまとめられ,その対策方針の中の顔の見えるセーフティネット貸付が重要視されたが,福岡県はこれに着目して,全国で最初に,相談・貸付・金銭教育・悪徳商法被害救済の総合的な事業として,本事業を開始したものである。
本事業による貸付を受けている相談者は,既に債務不履行状態にあり信用情報が悪化しているため,どこからも借り入れができない者が全体の貸付のうち実に82%(29年上半期)に及んでいる。このように,本事業は,多重債務者に対する貴重な貸付機関として機能している。実際,多重債務者は貸付によって問題解決を図ろうとする傾向が強く,貸付がある相談窓口で,相談者との対話により,生活上の問題点を明らかにした上での貸付を契機にする本事業による生活再建活動は,多重債務問題を解決するためには極めて有効である。
加えて,近年は,銀行のカードローンによる多額の債務が多くなってきている。平成28年度における501万円から1000万円の債務を抱えている相談者は,2年前と比べて2.5ポイント増加しているし,法律家による債務整理相談の内,自己破産の割合は43%と5.2ポイント増加していることがその傾向を表している。銀行のカードローンによる多額の債務を抱えた多重債務問題として社会的な問題になりつつあり,多重債務生活再生事業はこの問題にも対応できている。
多重債務者の生活再生は,単に多重債務者が抱えている返済不可能な債務の解消を行なえば済むものではない。同時に抱えている家賃や税金,公共料金の滞納の問題や当面の生活資金の不足,学費や車検の費用の不足等,様々な問題をも解決する必要があるのである。本事業は,生活資金の貸付を行なう点で「顔の見えるセーフティネット貸付機関」として特徴あるものであり,この貸付業務を梃子にして多重債務者が抱えている様々な課題に対してカウンセリングやアセスメントを行なって各支援機関と連携して生活の再生に向かえるように伴走する事業である。このように,多重債務者の支援のネットワークの重要な位置を占める本事業を終了すべきではない。
4. 平成27年から生活困窮者自立支援法が施行され,自立相談支援事業を中核にして支援事業が始まっている。その中の家計相談支援事業は,家計管理により生活の課題を解決していくものとして多重債務者生活再生事業と類似している。しかし,この家計相談支援事業は県内の全ての自治体では実施しておらず,全県民対象の多重債務生活再生事業の代替とはならない。
加えて,家計相談支援事業は貸付を伴っておらず,その意味でも代替とはならない。
多重債務者や生活困窮者の問題は生命に関わる深刻な問題である。特に,多重債務者は生活困窮状態にあり,DVや虐待,ネグレクト等の複合的な課題を抱えている場合が多い。
県民生活の安全を所管する部署は,本事業が県民に対するいわば生命にかかわる事業であることを十分考慮して,慎重な判断をすべきである。従って,本事業の重大な変更をするためには,上述の本事業の実施状況を正確に把握した上で,本事業を仮に廃止した場合に,県民生活にどのような影響が及ぶのかを慎重に検討し,代替措置が十分可能かも含めて判断するべきである。従って,本事業の存続の可否については,手続的には,一番現場を把握している受託者や福岡県消費生活審議会で,事業の方向性について検討した後に行うことが必要不可欠である。
そのような手続的配慮も欠いたまま,本事業を廃止すべきではない。
よって,福岡県は,平成30年度以降も本事業を継続すべきである。
以 上